8、修行開始
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そもそも、何故ハルリアナが強いのか……というと。それは偏に、邪素を練る才能に秀でていたから、なわけだが、それだけではない。
魔力保有量が多いこともさることながら、彼女は【怪魔】相手に肉弾戦が出来る手段を持ち合わせていたのである。
と、いうのも。
「これが、わたしの愛刀……《雪霞》です、レオン」
____それから三日後。
呼称が『レオンハルト様』から『レオン』、『お前』が『ハル』に変わってから、ハルリアナは彼に自身の知識を教え込むことを開始した。
ハルリアナには聖素を使う才能がほとんどない。……全くないわけではないが、聖素を使う通常魔法ではレオンハルトどころか候補生学校の一年生にすら劣るだろう。
それに彼は、なんとしても魔法式や魔法陣などの理論を扱う、魔法基礎学を既に理解している俊才だ。
故に、彼女が彼に叩きこむのは戦術論、歴史学、軍隊構成、今最前線にいる有能な魔法士……それから実践的な剣術と体術だ。
ここ3日の間はひたすらに座学(かなり偏っているが)を教えていたのだが、今日はやっと剣術の話に入ったのである。
「カタナ……か。かつて旧和華帝国の戦士達が使っていた片刃の剣のことだな」
「おや。知ってらっしゃいましたか。ええ、その通り……これは、フェリシア王国の両刃剣とは少し違う性質を持ちます。
……そしてこの《雪霞》は、わたしが皇帝陛下から下賜された、唯一のものです。遥か昔の聖人に強力な浄化魔法式をかけさせたものらしく、これで【怪魔】を叩き斬ることが可能です」
「それは……すごいな」
浄化魔法式は現在列聖されている、史上で数人しかいないとされる者にしか使えない最上級魔法だ。【怪魔感染者】の邪素を浄化できる魔法式はこれしかない。
それだけではなく、通常の剣では【怪魔】に触れるだけで激しく腐食されるが、《雪霞》は何度【怪魔】を討伐しても曇り一つない……さすがに【怪魔卿】を斬った時は刃毀れしたが。
「……そんなものをくれたんなら、前皇帝はそれなりにハルのことを心配してたんじゃないのか?」
「まさか。父皇帝にしても、せっかく統一政府に売った皇女がまったくの役立たずのまま死んでは困りますからね。そのためのものです。
……まあ実際に感謝はしていますけれど。もし《雪霞》がなければ、わたしは少なくとも十回は死んでましたし」
「とんでもないことを、ずいぶんとあっさり言うな、お前は……」
「事実ですから。それに、戦場で命をかけるのは当然のことですし……まあ、実際に死にかけたのも一度や二度ではありません」
ハルリアナの言葉に、レオンハルトは少し意外そうに両眉を上げた。
「……歴代3位の【討伐量】を誇るお前が、死にかけた? ハルは【大怪魔】でさえあっさり葬れるんだろ?」
「【大怪魔】と【怪魔卿】では、強さの格が違います。そもそも知能の質からして全然異なるんです」
世界に十数体しかいないとされ、その全容さえも明らかになっていない【怪魔卿】。
【大怪魔】は1ヶ月に数回の頻度で確認されるが、【怪魔卿】はそもそも姿を現したことはほとんどない。
更に……全ての【怪魔】の上に立つと言われている、【怪魔王】などは最早、本当に存在しているのかさえもわからない……存在していない方が人間としてはありがたいのだが。
「【大怪魔】は人の言葉をごくたまに解する程度……ですが、【怪魔卿】ともなると、たまに人の形をとるばかりか言葉を交わせることさえあります。
1年前、彼らが指揮を執って大規模な作戦行動を起こされたことがありましたが、……そこでは魔法士がひどく死にました」
もちろんハルリアナ自身も死にかけた。
……半年前の大攻勢では少し死者は減ったが、討伐した【怪魔卿】2体があれでも最弱に近い個体だろうという推測が立てられた時、本気で絶望したものだ。
おそらく今生きている人間の中では最も精鋭であったハルリアナですら、単騎でとはいえ冗談抜きで死にかけてやっと討伐したのだ。
邪素で死なないハルリアナ以外で、恐らく【怪魔卿】を狩れる人間は今はいないだろう。
「今、第一戦線だけでなく、魔法士の母体数が少ないのも……その大攻勢に関係するのか?」
「ええ、もちろんです。……ですが通常の魔法士達にとっては【大怪魔】ですら大きな脅威なので、彼らの軍勢でも軍人はばたばた減ってしまいます」
そのためどこも人不足で、対【怪魔】以前の師団と比べて、一個師団の人数が5分の1から10分の1に割り込んでいる。最早怪魔が確認された以前の軍からすれば、旅団とさえ言える。
激戦地である最前線には魔法士しか行けないので尚更だ。魔法士でない普通の兵士だとただ無意味な骸を積み上げることになってしまう。
……それにハルリアナがあっさり【大怪魔】を狩れるのは、自身が自分の邪素に守られており、感染しないという確信があるからだ。