9、邪素の塊
「浄化魔法式が使えるような魔法士がいれば、また違うんでしょうが……」
邪素そのものを消し飛ばす浄化魔法式は、なんといっても最高難易度の魔法式だ。
まさに列聖されるような聖人、つまり尋常でない魔力を秘めている人間にしか、発動どころか構築さえも不可能だろう。
昨今、最前線にどんどんと若い魔法士達が投入されていき、この先に開くだろう才能が潰されていっている。これでは育つ才能も育たない。
しかしそうしないと、怪魔侵攻線はますます北上してきてしまうだろう。そうすれば、次はこのライセン合衆国が最前線となってしまう……世界一の人口と経済力を持つこの国が、だ。
「大分ジリ貧なんだな……」
「ええ……どうにかして、有能な魔法士を育てていかないといけないので、そのうち志願兵の募集が世界的な徴兵になるかもしれませんね」
「……そうなのか……」
レオンハルトは少し考えるような素振りをしたあと、「なあ」とハルリアナに声をかけた。
「どうかしましたか?」
「……浄化魔法式が使える人材って、もしいたらどのくらい有用なんだ?」
「そうですね……【怪魔感染者】を減らすことが出来るという点で、ベテランの魔法士の消耗をおさえることが可能です。
ですから、若者の才能を育て、強力な魔法士を生み出すこともできますし……。そもそも、浄化魔法式を使えるほどの魔法士がいれば、【大怪魔】や、複数人なら【怪魔卿】も単独で狩ることができますよ」
ハルリアナの体質があってこそ討伐できた【怪魔卿】。それらの討伐が可能になれば、領土奪還も望めるかもしれない。
「……そうなのか。なら……どのくらいの魔力保有量があれば修得できるんだ?」
「それは、そうですね……もしかして、レオン。あなた、浄化魔法式を修得しようとしているんですか?」
ハルリアナが目を見開いて問うと、レオンハルトは真剣な表情で「ああ」と頷いた。
流石のあなたでも、それは無理でしょう……と言いかけて、ハルリアナははたと思いとどまる。
「……どうした?」
「確かに、今のままの魔力保有量では、さすがのレオンでも浄化魔法式……の魔法陣を組み上げることすら不可能でしょうが……」
「魔法を発動どころか、魔法陣もか!?」
「一つ、あるんです。魔力量を数倍底上げする方法が。……かなり、力技ですが」
そこまで言って、ハルリアナはレオンハルトを見た。
「覚悟があるなら、試してみてもいいですよ」
*
____翌日。
レオンハルトがハルリアナに連れてこられたのは、ここ数日で補修が完了した訓練場だった。その様相は、爆裂魔法式の暴走時とほとんど変わらない。地面も綺麗に整えられている。
「剣術に関しては、またのちほど。魔力の底上げをしたいのなら、それをやるべきです」
訓練場中央に立ち止まり、ハルリアナは自らが連れてきたレオンハルトを見やった。彼はああ、と頷き、それから軽く首を捻る。
……よく周りを見れば、確かに訓練場は完璧に直されているが、魔法を制御し、標的に当てるための訓練に必要な、障害物が悉く撤去されている。
彼女は一体どんな意図で的を訓練場から出したのか。
「……それと、一つ聞いていいか、ハル」
「はい?」
「訓練は昨日からでも始められたはずだ。浄化魔法式の話をしたのは昼だったし、それなら早く始めた方がよかっただろ。……それなのになんで、今日に持ち越したんだ?」
魔力の強化は普通、長年の訓練と修行によってなせるもの。一日でも多く訓練した方が理にかなっていると考えるのは当然だ。
だが、ハルリアナは「事情があったんです」と肩を竦めた。
「危険を伴う、というか……精神的に多大な負荷がかかるので、副大統領閣下……いいえ、お義父様に許可を貰ってくる必要がありました。
レオンはまだ未成年。修学もしていないあなたでは、自らのことを決定するには幼すぎます」
「確かにそうだけどさ、お前だって同じ年だろ……。というか、身体的じゃなくて……精神的? どういうことだ?」
「それを今から説明します」
言うと、ハルリアナは手にしていた《雪霞》を抜いた。じゃりん、と柄の鳴る音が広大な訓練場に響く。
……陽の下で、光を受けて煌めく白刃。峰も刃も一点の曇りもなく磨かれており、その様はまるで氷の刃だ。
冷たい闘気を纏い、いつ敵を屠ろうかとじっと待つ銀の狼。《雪霞》だなんて美しい名前が似合うのは見た目だけだな、とレオンハルトは心中で苦笑を零す。
「で、一体これから何をする気……、
ッッ!!?」
……レオンハルトが鋭く息を呑んだのは、ハルリアナが中段に構えた刀の鋒から、禍々しくも美しくさえある、黒銀の霧が大量に吹き出したからだった。
邪素。魔力の塊であり、【怪魔】の構成要素。その毒素は人を蝕み、容赦なく殺す____。
しかもその邪素の塊の大きさは、【怪魔】ならば恐らく【大怪魔】級。
「おっ……おい、ハル!? どういうつもりだ!? その邪素はなんなんだ!」




