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僕の明日は  作者: とある人。
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日常はいともたやすく崩れ去る


おかしい。


聞こえるはずの音が消えた。聞こえていた音が消えた。

僕が難聴になったならともかく、視界まで真っ白に切り変わるのはどう考えても普通じゃない。

どれだけ考えても、どれだけ思考を重ねても、この現象の説明は不可能で。むしろ説明が欲しいぐらいには混乱していた。

疑問が脳内を塗り潰す。

人間には不可能で、事象は不可解で、不可思議が蓄積した空間は、僕の心を不可という負荷が染め上げる。

溢れ出る疑問と負荷による大津波は混乱を発狂へと昇華させていく。

ああ、これは駄目かも知れない…。










『待たせたな。人間。』




聞こえないはずの聴力は、振動によって発せられていない言葉を確かに記録した。

原理の探求を諦め、次の言葉を待つ。







『貴様はただ選ばれた。故に権利が贈与される。』

『願望を唱えよ。二つまで叶えよう。』




何だよこれ。出来の悪い番組みたいだ。

願いを叶えるだって?何故?何の目的で?

僅かに得ただけの情報に、これほどまでに衝撃を受けるものなのかと眩暈がした。

少しでも現状を明瞭にするために音の無い会話を試みる。




「願いの前に質問がしたい。」




『答えよう。』



会話の成功に安堵をしつつ、慎重に話を進める。





「ここは何処で、あんたは何者で、どうして僕が選ばれたのか、願いは何でも良いのかの四つを問いたい。」







『ここは空間、時間、光といった概念が静止した場。』

『我らは神と呼称される者。意思によって発露される情念の集合体ではなく、確定した情報から構成されている人類管理機関。通称−神』

『選ばれし者を選定する方法も条件も偏りは無く。万里の人間に、三千世界の人間に、選ばれる権利が付与された上で乱数によって選ばれる。故に理由は無く、作為は無い。』

『願望に制限が無いのと同様、成就される願いに不可能は有り得ない。』

『これらの答えを示そう。そして問おう。』

『願いは何だ』







質問しても分からない事が増えただけ。

ただ一つ理解したのは、目の前の神と自称するナニカは人理の及ばぬ存在であること。

ならばさっさと願いを言ってしまった方が良いだろう。

向こうの要求以外の行動をした代償があるかすらわからないのであるなら、要求通りに済ませたほうが良い。

それに、これ以上の異常はいらない。






「ならば、僕の願いはただ一つ。」

「日常を要求する。変わることが無く、代わり映えが無く、何物にも代えがたい。そんな日常を願いとして要求しよう。」






『その願い、しかと聞き届けた。』







瞬間、日常は世界を染め上げる。

異常性は消失し、元にあった姿を取り戻す。





「おい。おい枝下しだれ慎島つつしま 枝下しだれ!」



友人とも親友とも呼べる傷ヶきずがさき ようの声が聞こえる。

どうやら僕はボーッとしていたことになっているらしい。

先程のことは夢と思いたいけれど、確かにあった事実であると僕の第六感らしきものが強く主張している。

否定すら許さないほどに強く主張してしまっている。

しかし、願ったものが 日常 なのだからこれといって気にする事でもあるまい。

取り敢えず返事をしなくては。





「ああ、ごめん。日常の素晴らしさにうっとりとしていた。」






「全く、人様が何度も呼んでいるというのに朽ち果てた木のようになりやがって。まぁ、いいや。」

「飯の時間だ。」







願いの履行がされている事を確認する。いつも通りの人の密度、多岐に渡る話題と話し声、変わらない友人の姿。

安心した。






「それで、僕が頼んだ飲み物は買えたのか?」





「それがよー、聞いてくれよ。自販機の前にあの人が陣取っててよー。買えなかったんだわ。けど、パンは買えたぜ」





「ああ、ありがとう。何故かは知らないけど朝に食べ損ねてな。」




「まじかよ。昼まで食べ損ねることにならなくて良かったな。それであの件なんだけどよ・・・」





大した意味も無い、取り留めの無い会話が続いてゆく。

気が付いたら過ぎ去ってしまうような、誰にでもあるワンシーンが人の記憶に確かに残り、自分がそこに居たという事実を形成する。そんな誰にでもある日常が積み重なって明日が生まれ、明日という存在が安定する。有るか分からない明日より、中身の分かる明日を僕は求めよう。

だから、どうか安寧の日々を過ごせますように。












あれから2週間が経った。





あれが何だったかは分からないが、僕の生活は安定している。美しき日々とは正にこのこと。ひゃっほいと言ってしまっても構わないだろう。

ひゃっほい。

何も無い喜び。何かを失うことも、得ることも無い。

ひたすらに平坦で真っ直ぐな人生の道のり。それが約束されていること自体が既に素晴らしい。

その喜びを嚙み締めながら教室の戸を開く。









あれ?





目に写ったのは特筆すべき点は無く、いつも通りの教室内の風景なはずなのに、何か違和感を感じる。

教室内は様々な人がいる。それは当然のことで、所属している部活動やそれぞれの趣味嗜好、それらが違うのは人として、学校という機関として当たり前なのだ。なので怪我をしている人が居てもおかしくはない。



それが僕以外の全員で無ければ。



正確には全員では無い。まだ登校していない人もいる。

だけれども、この胸騒ぎは何だろう。現状を認識した瞬間から酷く僕の内側が荒れている。

一体、何が起きているんだ……。








昼休みになった。

結局のところ、僕以外の全員が怪我をしていた。

怪我の大小はあれど、誰かしら必ずどこかに怪我していた。おかしい。

もしかしたら他のクラスにも怪我人がいるかもしれない。早く確認しなきゃ。



「おーい、どこ行こうとしてんだ?昼食べないのかよ?」



教室を飛び出して行こうとしていた僕を呼び止める、友人の声が聞こえた。



「あー、先に食べてて。少し用事があるんだ。」



「ほう?もしかして…お前も怪我したのか?手当ては早めのほうがいい。俺は先に昼飯食べてるからなー。」




「悪いな。すぐ戻る。」




時間が惜しいので、おざなりに返事をして教室を出る。向かう先は保健室だ。怪我人が集まる場所ならこの事態の原因がわかるはず。




保健室に着いた。

戸をコンコンとノックする音が廊下に響く。



「はーい。どうぞー。」



「失礼します。」



「いらっしゃい。今回はなんの用事で来たのかな?」




返事をしたのは妙齢の女性。20代にも30代にも見える外見をした、得体の知れない人物。

保健室の主・三戸部みとべ 双葉ふたばだった。




「用事じゃなくて、怪我でもしたのかな?」

「どの部位を怪我したのかな?右手?左手?右足?左足?胴体?それとも頭?」




「右手でも左手でも右足でも左足でも頭でもありません。」

「ある意味怪我をしていないという名の怪我をしたので来たんです。」



「何も上手くないわよそれ。」



駄目だったか。やっぱり僕のギャグセンスは使い物にならない。

それはともかく、アルコールの匂いが充満した部屋でこちらを振り返りながら話す、三戸部の手には怪我人リストらしきものが。

それだ。それが見たかった。



「少しお願いしたいことがありまして、突然ですけどその怪我人リスト見せて欲しいんですよね。」




「ええ、それは構わないけれど。ほら、これが怪我人のリストよ。」




「ありがとうございます。」




渡されたリストを確認する。

ここ2週間での怪我人の総数は…726人。

明らかに多すぎる。これは間違いなく異常。

何かが起点になって起きているはずなのにその起点が何なのか…。





「どう考えても多い怪我人の数よね。」

「これは推測の域を出ないけど、恐らく、保健室に来る必要の無い怪我なら全校生徒がしてると思うわ。私達、教員を含めてね。」

「貴方もどこか怪我してるのでは無いかしら?」





追加情報と言うにはおぞましい情報。もしかしてとは僕も思っていたが、改めて口に出されると異常事態だと突き付けられているような気分になる。




「いいえ。僕は全く怪我していません。健康そのものです。」

「リスト、ありがとうございました。失礼しました。」




そう言って保健室を出る。怪我に注意するようにという言葉を背に受けて。






理解はしていた。何となくは分かっていた。信じたくなくて、認めたくなくて、現実から目を背けていただけだった。ただ、否定し続けた結果がこの様だ。もしかしたらというifの可能性ばっかり探したのに見つけてしまったのは、たった一つの真実。雨が海に還ることを、人が生を謳歌することを、人は人、自然は自然であることを誰もが知っていることは摂理なのだ。それすら蔑ろにしてしまった僕が罰せられるのは赤児ですら分かっている。

いい加減受け入れよう。日常ばかり、幸福ばかり望んでいたツケが回ってきたのだと。

この事件というには異質な程の怪我人の多さ。

これを引き起こしたのはきっと。












この僕だ。


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