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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第三章
75/94

毒牙

最近本を読めていないんですよね。


新しい創作のネタは思いついているのですが、それに必要な知識の収集が追いついていないという・・・。








アリエテ王国の冬は厳しい。


更に北のハノヴィア帝国程では無いが、どちらにせよ寒くて雪に足を取られる面倒が生じる事には変わり無い。


街中はまだ良い。人間が経済活動を行う場所に関しては、誰しもが必要性を感じて除雪を行うからだ。


問題は街道で、長大なそれを態々除雪機も無いのに掻く様な物好きは居るまい・・・この度さる辺境領で執政演習を行う事となった、カルセラ・コウ・エーレン・ベルギアからの愚痴まみれの手紙の端に書かれていた近況報告によれば、ハノヴィア帝国軍は体力作りがてら街道の除雪を軍ぐるみで行うそうだが、それはまた別の話だろう。


さて、冬季の学校はやけに行事が多い。


何かにつけての式典、ダンスパーティ、立食会、楽劇鑑賞・・・などなど。


要は外が寒くて暇だから、この季節に一気に屋内行事を済ませてしまおう、という訳だ。


勿論庶民には一切関係無く、貴族階級のみの行事も多い・・・だが、残念な事に俺は貴族側に括られてしまったからして、これら全てに付き合う羽目になる。


「思うに、私が社交場などに出てもトラブルしか起こらんと思うのですが。これ以上ケイト女史の頭痛の種を増やすのは忍びないと思いますが?」


「残念ながら、貴族寮で生活している者は原則全員参加という方針なのです。・・・本当の所はそうしたいのは山々なのですが、他生徒よりの要望も多く、どうしても断り切れなかったのです」


して、俺の話し相手は赤髪の行き遅・・・おっと嫌な寒気がしたな。我らが学校長ケイト・ヴァシリーである。


自室の応接間で向かい合い、スィラの淹れた茶を飲みつつ今後の予定について語らっているという訳だ。


「特に、再来週末の立食会は必ず参加してくださいね・・・非公式ではありますが、イオリア王家が参列するとの話も出ている程の大きな会です・・・その様な会で"欠席"すると、主賓からすれば、失礼に取られる可能性もありますから・・・」


イオリア王家・・・アイク・ベル・イオリアの生家、アリエテ王国の最高格、か。


「・・・分かりました、お受けします・・・それと、今度の模擬戦大会の単独演武(・・・・)も」


単独演武。生徒同士で屋内実戦訓練を行う行事があるのだが、武闘会での優勝経験、ケイト女史自身の戦闘経験、その他戦闘履歴を鑑みて、俺と他生徒との実力差があまりに大き過ぎるという事で組まれた特別メニューである。


アリエテ王国魔術師の伝統競技であり、一般に魔術演舞と呼称される事が多い。格式高い競技で、まず何かの催し物においては余興として披露される事も多い。


やる事は文字通り一人で武術、魔術を披露すると共に舞い、その技巧や美しさを測るという物だ。魔術、武術を的確に第三者視点から見て美しく織り交ぜる事が望ましい。


端的に言えば、やや物騒なダンスと思って貰っても構わない。


勿論、目の前の仮想敵に対して有効な攻撃が為されているかという事も評価に入るのだが、それ以上に魔術を装飾的に運用する事も要求される・・・これが中々難しいのだ。


魔術の系統も、ある程度統一する事も望ましい。


火なら火、水/氷ならその系統で、風なら、光なら、闇ならその通りに、と。やはりそれは色彩的な意味合いがあるのだろう。


ケイト女史が見せてくれた見本は勿論火系統である・・・何というか、火の粉に吹き上げられる彼女の赤髪も相まって格好良かった。


同時にこの人が結婚できない理由も分かった気がする・・・庶民にしては優秀過ぎるんだなこの人・・・貴族は彼女の魔術的才能の高さから腰が引けるし、庶民からすれば彼女は仕草が優雅すぎて気が引ける・・・仕事も社会的地位の高い物に就いているし、見合う様な人間が居ないのだ・・・。


「二週間も練習すれば、形にはなるでしょう。期待していますよ?」


分かりました、と返して見送る。


偶にはケイト女史が気を抜ける様にしてあげたいなぁ、とは思うが、どうも彼女はガードが固い・・・まあ、未来の俺が何か名案を思い付く事に期待しよう。


はぁ、と無駄に大きなソファーに寄り掛かり、眼を閉じる。


ケイト女史には大まかに夏季休業の期間に起こった事、新たにレズンを奴隷として使用人にした事、彼が吸血鬼である事、ニーレイとの付き合い、《スクウィッド》のすーちゃんの事、そして・・・アルタニク伯爵領でのラクシア陣営の事を話してある。


すーちゃんだが、エルクには居ない・・・流石に騒ぎが大きくなり過ぎると考え、ブレームノの家に置いて来た・・・裏の森で元気に過ごしている事だろう。


人を食うなとは言ったが、自己防衛の為には容赦はするなと言っておいた・・・母にもその旨伝え、時折様子を見て欲しいと言っておいた・・・物凄く嫌な顔をされたが。


エルクで合流したスィラ・レフレクスは、しかと古代兵器・・・その能力を目に焼き付けて来てくれた様だ。


何でも彼女の常識を超えていた様で、一体何をどうすれば良いか、と戦いについて思う事が多いらしい。


己が"長距離砲撃"という攻撃に晒された場合の対処・・・答えをやるのは簡単だが、彼女なりの答えを聞きたいというのも俺なりの考えだ。是非是非悩みに悩んで欲しいところである・・・丁度、使用人は二人に増えた事だし、時間はあるだろう。


その二人目の使用人・・・レズンだが・・・彼の食事は非常に困るところだった。


勿論人殺し、傀儡化は基本的に禁止・・・バレない程度に夜間に複数人より少しずつ吸血をして貰うという事にした。ちょっとした妥協策である。


本人は不満気ではあったが、なら飢死ぬだけだ、と返せば渋々従った。


「難儀なモノだな、主人というのは・・・その点、下々は楽だ。悩む事は主に全て押し付けられるからな」


くくく、と含み笑いと共に柱の陰から現れたのは、我らがスィラである。


「・・・スィラは良い、レズンの面倒を見て貰っているからな・・・ニーレイ、明日も早いのだから夜更かしもそこそこにしてさっさと寝ろ。油が勿体無いだろうが」


「この一小節だけ埋めたら寝るから待っててよ」


彼女は研究レポートの纏めにご執心らしく、ここの所は常にペンを握っている。


文字を一杯に書き付けられた羊皮紙のロールは既に部屋の一角の山となっているし、正直言ってこいつが一番俺の生活を蝕んでいる元凶ではないかと思う。


さて、そんなくだらない事を話している横では、使用人服(女物)を纏ったレズンが手際良く食器を片付けていた。


意外な事に彼の家事能力はこの面子の中では最も高く、多少の礼儀作法のレッスンは必要であったものの、その他の作業に関しては先輩であるスィラよりも手馴れていたのである。


それを指摘すると彼は、当たり前じゃん、と当然の様に答えた。


「ヤールーンを出てからずっと人間社会に紛れて一人暮らしをして来たんだからー・・・10年近く」


このくらいは必要能力(スキル)でしょー?と。


その他に進展があった事は・・・アルタニク伯爵領で世界初の火力発電所、黒い沼(チェルボロト)から噴き出る原油を運ぶ送油菅、原油の精製所の建設を始めた事か。


アルタニク伯爵領では鉄鋼業、冶金技術について大きなブレイクスルーがあった関係で、極めて良質な鉄鋼、鋼鉄を生産する事に成功したと、ツィーア・エル・アルタニクが今にもスキップしそうな表情で報告してくれた。


生産量では王国最大の工業都市コンブレナにまだ届かないが、既に売り上げは好調・・・というより、新たに建設される諸施設の建材として使用される為、供給がとても追い付いて居ない様だ。


南方民族、ハノヴィア、非公式ではあるが、ヤールーンからも鉄鉱石を買い集め買い集め、と・・・アリエテ国内ではコンブレナの業者が嫌がらせにか、鉄鉱石を買い占めてしまっている為、調達が難しくなってしまっているらしいが。


さて、この"鋼鉄"は現在アルタニク伯爵領の外には滅多に出ない。


というのもアリエテ王国側が流入制限を掛けている事、アルタニク伯爵領での需要が現在極めて高い状態にある事が関係している。


が、だ。ただ一つ、現在領外で供給を受けている工房がある。


メアリー・アリソンの工房だ。


恐らくは世界初の銃器設計局と化した彼女の工房に、ツィーアは非常に高い関心を持っているらしい。


何でも彼女は銃の有効性に魅了されたらしく、銃器設計を全力支援する事にしたらしい。


メアリー自身をアルタニク伯爵領に引き抜く事も考えたらしいが、本人が辞退した為、無理強いはしなかった。


そこで、「気が変わったら訪ねて、何時でも歓迎するわ」と即座に返せる辺り、彼女は本当に器が大きいと実感出来るな。


そうだ、メアリーだ。


旧知であったらしいニーレイとの再会が叶った彼女のはしゃぎ様と言ったら、まあ自然と頬が緩んだとだけ言っておこう。


銃器設計の方の進捗であるが、散弾銃、回転弾倉式銃をある程度形にした彼女が手を出したのは・・・手動簡易閉鎖器を用いた半連発式小銃の開発であった。


つまりは一般に言うレバーアクション式ライフル、またはボルトアクション式ライフルと呼ばれるソレの製作である。


さて、この手の銃がそれまでの先込め式、後込め式単発銃、マッチ/パーカッションロック式滑腔銃を瞬く間に置き去りにした理由・・・誰でも想像が付くだろう。


単純な事、発射速度である。


敵より速く、体勢を崩さずに次弾を放つ事。これは銃という武器を考察するにあたって、見逃せない要素の一つである。


何故歩兵がマスケット銃を捨てレバーアクションライフルを持ったか、レバーアクションライフルを置いてボルトアクションライフルを皆持ったか、自動小銃を、光学銃(レーザーガン)を・・・と持ち替えていったか、と。


勿論信頼性という観点も無視は出来ないが、ここで考えるのは、より小さい動作で次弾を放つ事、という事を考えれば当然の事だ。マスケット銃は銃を立てるなりして弾込めをしなければならない為動作は大きいし、時間も掛かる・・・俗に言う、タネガシマ銃だとかの部類だ。


対してレバーアクションライフルはカートリッジ化された弾薬を、銃床部のレバーを往復運動させる事により素早く撃ち殻を薬室(チャンバー)から排出、チューブ状の固定弾倉から銃が新たな弾のリムを掴んでチャンバーに押し込んで閉鎖する事が出来る。これは画期的な事だった。


ボルトアクションライフルは更に優れた機構を持っている。動作をより小さく、単純でかつ強固な構造で、同じ様な・・・いや、更に素早い再装填を可能とした。弾倉への再装填(リロード)も、箱型弾倉や銃弾クリップを用いれば非常に容易になる。


自動小銃は勿論、ボルトアクションライフルのそれを火薬の力で動作させようとした物で、それまで登場した銃器を圧倒する発射速度を誇る・・・何せ引き金を引けば次の弾が出るのだから。


レーザーガンは俺の時代のちょっと前に一般化した物で、無反動、弾倉交換は小さなバッテリーを入れ替えるだけという便利な代物であったが、この時代での再現には工業力が足りな過ぎる上、何方かというとコレは宇宙や宇宙船内と言った狭くて比較的埃等の減衰物質が少ない空間での運用を主眼として開発された物だからして、ここでは無かった事にする。


とまあ、余談が過ぎた。


開発を行うのはボルトアクションライフル、もしくはレバーアクションライフル・・・だが、レバーアクションライフルに関してはメアリーの意欲が極めて低い為、恐らくは開発されないだろう。


というのも、メアリーが本当に作りたいのは機関銃・・・フルオート武器であった。


どうも件の古代の機関砲に魅せられたらしく、あの連続した轟音を轟かせるソレを自らの手で再現したくて仕方がない様だ。


・・・だが、自動火器というのはそう簡単に出来るものでは無い。


ボルトアクション式ライフルが、半自動拳銃が、機関銃すらも開発が為されていた第二次世界大戦時ですら、機関銃というのは高い工業力が要求される代物であったし、ましてや自動小銃など一国、当時最も高い工業力を誇った超大国が実用化したのみで、我が故郷であった島国などはベルト給弾式の機関銃すらまともに作れなかったのだから。


工作精度、資材鋼材の質、ガス圧や反動等の比較的複雑な物理学的計算の可否、そしてそれらが大量に吐き出す、均質化された銃弾の大量生産量、供給能力・・・などなど、問題は積んで腐る程ある。


そこでボルトアクションライフル等の単発銃の設計製作生産ノウハウを貯めてもらう。


ボルトアクションライフルとて比較的高精度な部品を作れなければ、まともに使える物にはならない。ボルトと機関部(レシーバー)の寸法が合わなければ遊底を引けないかも知れないし、逆にスカスカ過ぎて発砲の反動で吹き飛ぶかも知れない。


チャンバーと閉鎖器とて、ほぼ完璧に密封、閉鎖という作業を確実にこなさなければ、弾薬の本来の力を銃弾に伝える事など出来はしないし、レシーバーの隙間から高温の爆炎が噴き出でもしたら、射手の顔が大惨事だ。


ライフル弾を安定させて撃ち出す、長く高精度な銃身も、今よりも更に高いレベルで、尚且つ大量に生産出来なければ意味が無い。機関銃ともなればこの条件に、より高い耐久性と放熱性、高温時の精度という更に大変面倒な条件が加わる事となるだろう。


この先の機関銃その他に使用される予定のライフル弾とて、生産を安定させなければ意味が無い・・・銃は弾があってナンボの武器であるからな。


逆に大量に作れたとしても、一々爆圧で変形してチャンバーにこびりつく様な屑弾を作っても意味は無い。


ボルトアクションライフルならまだしも良い・・・いや決して良くは無いが・・・自動火器ともなればその連射性能も意味は無くなる上、下手をせずとも銃自体を破壊しかねない。


であるから、と説明すればメアリーも伊達にこの手の仕事をこなしている訳ではない。渋々と言った体であったが、納得はしてくれた。


だが、肝心の機関部が上手くいかず、早速暗礁に乗り上げ気味な様だ。


主に問題は工作精度。一つ一つ手仕上げで製作している為、どうしても誤差が生じるし、問題点が発覚しても改良型を再製作するには時間が掛かる。


弾丸の精度もあまりよろしくない。


8×60mmRL(リムレス)弾という寸法で製作している新設計の弾を使っているのだが、これが曲者で薬莢の質も悪ければ弾頭も発射の衝撃で歪んでぐしゃぐしゃに潰れ、滅茶苦茶な方向に飛んで行く。空力的にもライフル弾の意味がない。これは素材の問題だ。


薬莢も鋼鉄で製作されているのだが、偶にサイズが違ってチャンバーに入らない弾がある。これも論外な不具合である・・・。


他にも欠点というか不具合は挙げれば挙げるだけ存在するが、殆どは初のライフルの製作、という事で許せるが・・・死ぬ程使い辛いライフルだという事は事実。


多分、かなりの時間が掛かるだろうな。


まあ俺が苦労するのでないからして、別に大した問題では無い。彼女が好きでやっている事だ。


何より直近の問題は模擬戦大会の演武構成と・・・。


「明日、私は出掛けるからな。留守を頼むぞ?」


ちょっとした頼まれ事をこなさなければならない。











さて、気持ちの良い朝・・・とは言えないな。雪が降り続いている。


季節は既に冬、此方に帰って来てより二ヶ月の時が過ぎた。


この間変わった事と言えば、ある程度の関係者の間で《スクウィッド》を退けた者、なんて尾鰭の付いた話が出回ってしまった関係で、何かにつけて話を、だとか、その腕を見込んで・・・だとか・・・一体単なる幼女に何をさせようというのかとツッコミたくなる・・・物理的に。


だが、この手のお使い(・・・)は実に小遣い稼ぎには丁度良いのだ。


日用品が北大西洋に船とともに沈んだ結果、色々と出費は嵩んでいるし、ツィーアとの付き合いにも金は掛かるし、何よりスィラ、レズン、ニーレイを養わなければならない。金は出て行く一方であった。


勿論、スィラやレズンに関しては学校より給金が発生してはいるが、それとて大した額では無い。それだけでは間違いなく赤字になってしまう。


じゃあどうするか?俺が少し働くしかあるまい。


幸いな事に、後期は授業も少なく全休の日も週に3日くらいあるからして暇はある。ならば有効活用するのみである。


主な依頼はケイト女史を通して伝えられる。中にはケイトの個人的な用事も含まれてはいるが、その辺りは特に仕事上は関係無い。


内容は簡単で、例えば城壁外に湧いた低級魔物の駆除や衛兵が犯罪者を捕縛する時の後詰めなどの戦力としての仕事、後は学校〜役所間での書類その他の配達などの雑務・・・まあ、時によってまちまちである。


今日のお仕事は、と。


・・・ケイト女史の封筒を領主館に届ける、と。簡単なお使いだな。


この街を治めるブルダ・ドワ・アズブレル辺境伯は人格者である事で有名な貴族だ。


見た目はお世辞にも秀麗とは言えないが、愛妻家でかつ良く民の声を聞くという。


事実彼の館には良く庶民が出入りしているし、陳情は何時でも受け付けられている。


その為か彼の館の中庭は一般に開かれており、市民のちょっとした憩いの場となっていたりする。


貴族らしくない貴族、それがブルダ伯の評判だ。


まあ・・・俺が会うことは無いだろう。ただ執事に書類を放って帰って来るだけ・・・これで数千オルド・・・大銅貨何枚かのちょろい仕事である。


遠くは無い。防寒の毛皮のコート・・・何の毛皮かは知らないが・・・の襟に顔を埋め歩く事10分程で、領主館へと辿り着く。


流石にこの季節、中庭で戯れているのは・・・ああ、近所の子供か。雪だるまを作ったり、雪玉を投げて遊ぶのは何処の子供も同じらしい。


流れ弾を適当に手で弾きつつやり過ごし・・・「あのねーちゃんすげー!」とのお褒めの言葉に軽く手を振って応え、領主館の中へ。


流石に領主館の内装は高貴かつ豪華だ・・・このあたりに庶民は無駄を感じるかも知れないが、貴人というのは舐められない為にもこの手の物に手を抜く事は出来ない。


金と、見事な装飾をこなす職人との繋がりを保つ能力というのは、最も分かりやすい力の指標の一つなのだから。


手頃な使用人に話し掛け、ブルダ伯宛の書類を持って来たと伝えれば、即座に若い執事がやって来て封蝋を検めた。


「エリアス・スチャルトナ様ですね?我らが主人がお待ちです。ご案内致します」


ん?届けて終わりでは無かったか?と疑問に思い、その旨を問いかければ、若い執事はこう答えた。


「ブルダ伯が個人的に是非一度話をしたいとお望みでした。聞けば、エリアス様はその齢にして既に手練れの魔術師であられると・・・」


腹がほぞ痒くなり、衝動的に目の前の人間を殺したくなる様な誉め殺し文句が出掛けた為、もういいです分かりました、と話をさえぎり、先を急ぐ様促す・・・「失礼しました」と黙っているが、揶揄われた様で少し不愉快である・・・まあ、この程度で気を損ねる様なガキでは無いからして、黙っているが。


間も無く応接間へと案内され、ソファに座る様に勧められた。


「君がエリアス・スチャルトナ君だね?」


振り返れば恰幅の良い、豪奢な装いの壮年男性・・・センスは悪く無い。寧ろ格好良い風体の男が立っていた。


「はい、お初お目に掛かります。エリアス・スチャルトナと申します」


コートは執事に預け、学校の制服姿で腰に手を当てお辞儀をする。


「果たして私の様な者に、如何なる用でございましょうか?」


変に気を遣っていると取られたのか、ブルダ伯は、はっはっは!と豪快に笑うと、「遠慮なく座りたまえ」と言うと、俺の対面のソファにどかっと腰を落とした。


「用事は一つある。何時も君がしている副業の延長線上にある事だ、後で正式な依頼書を発行しよう・・・が、今は少し儂の話に付き合ってはくれぬか」


はて、少し面倒な予感がするな。


「今度の模擬戦会では、魔術演舞を披露するそうじゃないか。昔から私はアレを観るのが楽しみでな、是非観させてもらおうと思っているぞ」


「至極光栄の至りです。お目汚しにならぬ様、微力を尽くしましょう」


さっさと帰って演舞の練習の方に時間を割きたいのだがな。


「そう謙遜する必要もない。何せ武闘会の優勝者じゃないか、君は」


その言葉に己の眉がピクリと跳ね上がるのを感じる。


この男、事前に嗅ぎ回ったのかは知らんが、俺の事はよく知っているという事をアピールしたのだから。


「・・・よくご存知ですね。私は極力正体を明かさず・・・アクシデント(・・・・・・)はあったにせよ、私があの大会に参加している事は内緒の話だと思っていたのですが」


きっと俺の目にはやや剣呑な光が宿っている事だろう。事実、俺の頭の中にある緊急時の対応は基本的に荒い。


「そう警戒せんでくれ。儂は君の事を高く買っているのだ・・・フェリア・コンクルスを説得できなかった事については謝らねばなるまい」


・・・ああ、彼女は此処にも顔を出していたのか。


フェリアだが、今は寮の方には居ない。実家の方に置いている。


理由は顔が比較的王都出身の者に知られている事、これだけでも十分だとは思うが、もう一つは脱げなくなったあの装甲服が他者に与える感情面を考慮し、止めておいた。


母がそう言うのだから間違いはなかろう。


「いえ、彼女とは和解(・・)出来ましたので、特に気にしてはおりません・・・ただ、重度の精神疾患(・・・・)を患いまして、療養が必要ですが」


「・・・そうであったか、お大事にせよ、と伝えてくれ」


含みの内容は兎も角、言葉面は信じてくれた様だ。


尤もそれ以外は単なる近況を聞かれただけであり、特にストレスになるような話は無い。


「ああ、そうだそうだ、そろそろ本題を話さねば。エリアス君の時間をこれ以上占有する訳にもいくまい」


自分で話を切ってくれたのは助かる。


「君好みな仕事だと思う」


そうして提示された一枚の羊皮紙・・・。


「選択肢は無いのでしょう?お受け致しますよ」


「選択肢はあるぞ?この街で住む上での"後援"という報酬を逃す事になるかもしれんがな!」


それを暗に強いている、と言うのだ。


そんな批判的な目付きて彼を睨みつつ、それでは失礼、と席を立とうとする。


「・・・これは儂の独り言だがね」


・・・戸に手を掛けてから気になる事を言い出すな、このおじさんは。


「真人教の新しい枢機卿は君へ、ある種の公開裁判(・・・・)を用意しているそうだ。日時は二週間後・・・模擬戦大会後の晩餐会・・・アリエテ王家の前で」


ミシリ、とドアノブが歪む音が響いた。












「随分遅かったねー?かれこれ一時間くらい待ったんだけど」


正門の傍から現れた、茶色のコートと帽子に身を包んだ赤銅色の髪の少年・・・レズン。


「何の用だ?まさかこんな時間に仕事が終わる訳もあるまい?・・・まさか」


そう問うと彼は、にひっ、と悪戯気に笑って歩き出す・・・歩幅が俺より遥かに長いのだから、もう少しゆっくり歩けよ。


「抜け出してきたさー!」


今から寮までぶん投げてやろうか。丁度脚が長くて振り回しやすそうだからな。


「待って待って!・・・ちゃんと目的と必要性を持って来たんだから・・・」


・・・続けろ、と促す。


「ポケットの中」


言われるがままにコートの左ポケットを探ると・・・いつの間にやら紙が入っているではないか。


「これは?」


読め、と言わんばかりに流し目をするので、畳まれているそれを開き・・・内容を理解した瞬間、自ずと溜息が出た。


「・・・人の邪魔をするのは何時の時代も無駄に情熱のある暇人、という訳だな。逆に感心する」


「この間教えた場所に向かって歩いてー・・・後ろから獲るから」


じゃあ買い物に行くからー、と態と大きな声で宣言した上でレズンが別れる・・・再び魂も一緒に出て来そうな溜息が喉奥から流れ出た。


「・・・本気でハノヴィアに亡命しようか・・・家族連れで」


雑貨屋の店頭に並ぶ鏡で後方を確認、2人組の浮浪者に扮した追跡者(・・・)を確認。


レズンのメモによれば真人教の手の者・・・まあ、使い捨てのアルバイトか何かだろうが。


それでも・・・こんな時、レズンの能力は絶大な効力を発揮する。


「帰ったらカルセラに手紙を書くか」


それとフェリアもエルクに寄せておこう。実家の方はすーちゃんが居るから戦力的には大丈夫な筈・・・今度の休みに一度帰って言いつけておくか。


「果たしてこれでどうなるやら・・・」


向こうは此方のことを知っているだろうが、俺は真人教について殆ど知らないという状況は、非常によろしくない。


いくつか調べる必要もあるだろう。


場合によっては討ち入りの真似事もせねばなるまい・・・。


「まあ、帰ってから考えるか」


デュースケルンでやった事の二番煎じ・・・狩りの時間だ。






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