閑話(3) 犬を飼おうが狼を飼おうが
これで一先ずこの章における閑話は終了です。
古来から人を背に乗せて来た動物といえば、まず大半の者が挙げるのは馬であろう。
人より多くの荷をより速く、長い時間に渡って移動させる事が出来、調教次第で良く言うことを聞く・・・世界的に見てオーソドックスな騎乗動物と言えるか。
更に挙げよ、と言われると困る人も居るかもしれない。だが、歴史を学んだ者や、海外、特に南アから中東に掛けてのアレコレを脳に詰め込んでいる者に問えば、恐らくラクダという答えが返ってくるに違いない。
はたまたは東南アジアから中央アジアに掛けての文明をよく考える人間の脳裏には、象、なんて選択肢も・・・きっとある筈だ。
この場合、ラクダの方が乾燥地帯での長時間行動に向いているが故の現地民による選択であり、象に関してはその耐久力と大きさ、パワーによる攻撃力を考えての運用だろう。素人見立てだが。
さて、この世界における騎乗動物というのは、当然の事ながら馬だけでは無い。
南方民族が使うのは鳥類型魔物の《スウィフトオストリック》に似た大型鳥類、《ストラウスオストリック》。耐久力と最大積載量は馬に劣るものの、巡航速度と最高速度、航続距離等、移動に関する能力では馬に勝っていると言われており、乾燥地帯での行動に適しているという。
ハノヴィア帝国では、寒冷地での長時間行動を鑑み、現地北部に生息する極地適応型の魔物、《リースチ》・・・実物はまだ見た事は無いが、絵で見る限り大型の犬か狐といった塩梅の生き物らしい。
因みに魔物としてのランクはB、調教しなければ集団で人間を襲う可能性もある上、動きが素早く、防御力も高い厄介な魔物だそうだ・・・逆にそれを使いこなせれば、強力な動物兵器になり得るという・・・機動性、斤量共に馬を上回っているからして、通常の足として使っても良い。
ヤールーンの一部の民族では飛龍に乗る・・・何を言っているのか分からないかも知れないが、何故かあの凶暴で誇り高い飛龍が、背に乗ることを許す民がいるらしい・・・ドラゴンライダー、浪漫だな。
斤量、機動性、攻撃力、防御力、全てにおいて一般化された騎乗動物の中では最強である筈・・・専門職をしても扱いが難しいとの事なので、稼働率には問題が出ていそうだが。
と、まあ前座が長くなりすぎたか。要は何が言いたいのかといえば、騎乗動物は馬だけで無く、色々と居るという訳だ。
つまり、その土地土地に適した動物を手なづけ、使いこなす事は知恵であり、それを用いて移動するというのは大半のシチュエーションにおいては正解だという事。
よって、例えS級の魔物であろうと《スクウィッド》を足にする事については何の不思議も無いという事である。
「多分世界初だよねー、スクウィッドを飼い馴らした人間・・・」
改めて俺たちの前に現れた《スクウィッド》だが、その姿はかつての堅固な陸の要塞とも言えたそれとはかけ離れ、見るも無惨な姿と言うに相応しい体裁であった。
主な怪我は火傷、骨折であるが、その程度が酷かった。その上傷口を虫に荒され・・・まあ痛そうな状況である。
敵対する様子も無く、単にジッと俺達・・・正確には俺の様子を伺っていたコイツをどうするか、思い付いたのはニーレイであった。
「使えばいいじゃん?デカくても魔物だよ?」
と、巨大なトカゲに対して何も思ったところが無いようだ。
むしろそれの周りを飛んで、ぺちぺちと頭を叩いて戯れるくらいには、プラス印象なのかね。
「うっそでしょ?・・・まあいいけどさー・・・そうするにしても、綺麗にしてからで頼みたいなー」
という訳で、少なくとも表皮に関しては改めて治療を施し、乗り物として使う事にした・・・《スクウィッド》自体も素直にしていたしな。
乗っていいか?と聞くと、ぎゅる、と肯定(?)の鳴き声と共に地に伏した。多分了承されたのだろう。
残念ながら表皮は兎も角、棘や牙、甲殻等の骨類は治せなかった・・・ニーレイが言うには、どうやら《スクウィッド》の骨には魔力を弾く様な性質があるのではないか?という事だが、その辺りは定かでない・・・棘が無いと、トカゲというよりデカいイモリかヤモリだな。
水属性の治癒魔術の連続行使により皮は治ったのではあるが・・・この皮膚、最大で厚さが70cm近くあった上、触り心地はまるで鋼板だ・・・甲殻が無くとも、防御力に関しては十分なのではないだろうか?我ながらよくもまあ追い払えたと思う。
棘が無いと心なしか小さく見えるのは気のせいでは無いだろう。全高の殆どは、上方に飛び出ていた棘も含めた物であって、実際の背中までの高さは5m前後しか無いだろう。長さにしても、よく見れば尾が長いだけで、本体はかつて地球上に居たとされる恐竜のスペックを考えれば、まだ常識の範囲内であった。
「こんなにも大人しいのにな・・・よく見れば可愛い内に入るかも知れないな・・・」
頭を撫でても、恐らく感覚は分厚い頭殻に阻まれて届いていないだろうが、声の方に反応したのか、キュウと鳴く・・・キュウというより、ギュゥゥヴ・・・という感じの・・・ボリュームも相まって、愛嬌の欠片もない鳴き声であったが。
「・・・まさかコレ、町まで連れて行かないよねぇ?流石に無理だよ?エリアスが見てないと何をするか分かったものじゃないし、そもそもこんなの何処に置くつもりさ・・・」
「・・・いや、ニーレイよ。何を勘違いしているのかは分からないが、私はそこまで常識知らずではないぞ?流石にペットと言い張るには無理がある事くらいは分かっているぞ」
移動速度は流石に歩幅が長大である為か、流石に速い。乗り心地は上下の振動、背中の硬さからして、暴力的によろしくない・・・全員立って乗っている事から、皆の感想が一致している事は明らかである。
だが圧倒的に速いから許す。スピードは正義なのだ。
「それにしても・・・エリアスって何でコレと意思疎通出来たの?」
・・・ん?
「コイツは人語を喋れないにしても、理解はしているのではないか?現に言う事はほぼ全てこなしている様に見えるぞ?」
事実、治療の最中は痛くとも動くな、と命じれば動かぬ様努力していた様に見えたし、背中に乗せろと言えば頭を下げて乗り易い様に気を配り、森の外縁部に向かえと言えばまたこうして歩いてくれている・・・振動が酷いと言えば、ずしずしとした歩き方を止め、少し腿でクッションを効かせた歩き方に変えている事からも明らかだ。
「何言ってるのさ、コレはエリアスの言ってる事にしか反応して無いじゃん・・・もしかして気が付いて無かったの?」
・・・そうだったのか?いや、確かにそうか・・・一番初めに乗り心地が悪いと言ったのはレズンで、その時には何もコイツはアクションを起こさなかった。反応したのは俺が暫くした後、改めて愚痴ってからだった。
じっとしていろ、と命じて治癒を施したのも俺。基本的にレズンやニーレイ、フェリアは当たり前として関わっていない。
「・・・そうなのか?」
と、《スクウィッド》に問えど応えが返って来る筈もなく・・・も無かった。
俺が捕まっている背の棘の残骸のみがピクピクと動いたのだ。
多分・・・雰囲気的には肯定の意。
「ほらね?エリアスの声には反応するでしょ?・・・私の声には一切反応していないよ」
はて、何時から俺は動物語を解するようになったのか。
この世界に来てより、然程人語を離さぬ生き物はペットを初めとしてそれほど接した事は無いはずであるが、どうやら以前の《スクウィッド》襲撃時には既に言葉が通じていた疑惑がある。
思うにあの時大人しくコイツが森に帰ったのは、俺が思わず口走った「帰れ」という言葉の意図が伝わっていたという可能性がある。
果たしてそうなのか?と問えば再び肯定らしきアクション・・・先程のと同じ行動を起こした。
では否定の意はどの様に表す?と問えば、尾をビタンビタンと地に叩きつける仕草・・・そうか。肯定とはアクションの程度がかなり異なるとは思うのだが、そこは気にしないでおこう。
「・・・そうか、今度は他の魔物でも試してみる事にする」
案内早く魔の森を抜ける事が出来そうだ。
酷く日光が目に痛い。
乱れた髪を退けながら、気怠げにベッドから起き上がった金髪碧眼の女性、シレイラ・スチャルトナは、窓から覗く何時もよりも高い太陽に眉を顰めた。
「・・・久しぶりにこんなに遅くまで寝てたわね」
これ以上寝ている訳にもいかない、と足で弾みを付けてベッドから降りる・・・と、シーツが吹き飛び、もう一人の寝所住人の顔へと被さった。
「起きなさい、そろそろ起きないと予定に障るわよ?」
くぐもった声を上げるのはシレイラが夫、ライノである・・・が、起きるつもりは無いらしい。
まあいいっか、と昨晩の彼のお努め振りを思い出し、一人ローブを羽織って水浴びへ。
母となってより、考える事はほぼ子の事となって久しい。昔はもっと自分の事ばかり考えていたのになぁ、と感慨深い。
娘のエリアス・スチャルトナが夏季休業を過ごしたであろう、アルタニク伯爵領にはかつて・・・もう十年以上前だが、行った事はある。
尤も、単に西方軍管区に近い大都市であるから、という理由で極短時間滞在したに過ぎなかったが、アリエテでは他に無い、独特な雰囲気を持つ街で、その内ゆっくり滞在してみたいと思った記憶がある。あの水の都市はそれだけの魅力がある。
なんの因果なのかは分からないが、何故かエリアスが向こうに行ってからアルタニク伯爵領方面では奇怪な事が次々と起こっていたらしい。
まず驚いたのはここ数十年目撃例が無かったとされるS級魔物、《スクウィッド》が、ボレーフェルト近郊の魔の森より出現したという事。
《スクウィッド》といえば暴力の代名詞の様な魔物であり、その大きさ、力、凶暴性とどれを取っても驚異的である。
どうやら人族の味が好きらしく、積極的に人を襲う性質があるという。
平均的な全長で約80m程、推定平均体重130t、とてつも無い程巨大な生き物であるが、その実動きは4足歩行爬虫類らしく俊敏だ。
そんな体格を持つだけあり力も強い。
その長大な尾部を振り回すだけで、町々の建物は薙ぎ倒され、城門も打ち砕くだろう。
全身を覆う鱗状の皮膚は、そこらの剣戟弓弾は勿論、中級程度の攻撃魔術では傷一つ付けられまい。
その上で首まわりから後ろ半分まで生えた大木の様な棘。鍛え上げられた名槍の如く鋭く、単に近付く事も困難である。
顎の力は凄まじく、巨石を積んで作られた城壁を文字どおり齧り取る事すらある。
巨大な口の中には、八層に分かれた牙がある。
一層目は巨大な棘とも思える物を砕く事を前提とした平鋸歯、二層目は肉や植物を切断する事を目的とした鋭利で一回り一層目よりも小さい牙、三層目は比較的尖っては居ないが、より効率的に物体を切り刻む事が出来る四角い平歯、五層目は・・・と、いう風に、喰らい付かれれば凡ゆる物体を破壊し、咀嚼し、噛み砕く事の為だけに形作られた代物だ・・・王都の資料館に飾られている頭骨を見たが、実際生きているそれに会いたいと思った事は一度も無い。
古代兵器にしてもそうだが、人が自らよりも遥かに巨大な何かと戦う時、如何に訓練を積もうとも原始的な恐怖心だけは、それこそ変な薬でも飲まなければどうにもならないだろう。
自分よりも体格に優れる、同じ人間を相手にする時とて、技量として自らよりも劣っていると分かっている相手でも緊張するのだ・・・ましてや自らの倍、数倍、数十倍の大きさの敵の恐ろしさといったら、実際当たってみなければ分からないだろう。もしかすると分かると同時にそれが最後の闘いになるかもしれないが。
ボレーフェルトではこの襲撃で100人近くの死傷者を出したという・・・丁度日程的にエリアスが通った時期であるから、第一報を聞いた時は心配で心配で・・・。
その翌日に無事に《スクウィッド》は撃退され、何とその戦いにはエリアスと、かの黒狼族の付き人スィラ・レフレクスが活躍したという報せが入って来、どちらも無事と聞こえて漸く安心出来た・・・。
エリアスが置いていった浴槽という箱に炊いた湯を流し込み、沐浴してみる。
一体どこでこんな風習を聞きかじったのか、それもまた聞いてみなければならない事である・・・が、確かに暖かな湯の中では硬直した筋肉が良く解れ、程よく脱力出来て良い・・・と、今は考えない。
非常に大きな報せがもう一つ入って来ていた。
永らく続いて来た古代兵器との戦い、その終止符が打たれたというのである。
国号をラクシアとし、アルタニク伯爵領との間で交渉が持たれたらしい・・・そもそもこちらと対話が出来たという事の方が驚きだが。
確かに彼らの行動には知性があり、アレは古代人による人工物だ。果たしてそれが喋れるのかと考えると想像だに出来ないが、現に西方軍管区では一切の戦闘が停止したという・・・本拠地に近付くと流石に警告が飛んで来るというが、それはまだ常識の範疇だろう。
その対応で王国中枢部は大騒ぎとなっているらしい。
まだ中央との繋がりがあるケイトによると、ラクシアとの対話が出来た事、西方軍の損耗が停止した事については諸手で歓迎する所だが、ラクシア側が提示した国土の認定、また交渉の全てはアルタニク伯爵領を通してのみ行うという事、また彼らの技術が齎しているアルタニク伯爵領の急速な発展については、議会でも物議を醸している様だ。
西方に出来る一つの大国が齎す影響と、交易が齎す利潤と損失、アルタニク伯爵領による技術の独占、戦力が浮いた西方軍の矛先、そして情報の開示を求めるハノヴィアその他周辺諸国・・・考えるのは私で無いからいいとして、議会な連中からすれば仕事が突如降って湧いた訳だ・・・きっと、嬉しい悲鳴を上げている事だろう。
湯浴みもそこそこにして朝食の支度をしなければならない。使用人の1人でもいればこんな忙しくてする必要は無いのだが、我が家族にそこまでの余裕は無い・・・事実上、私もライノ現状は無職無収入である。
ライノの再就職先次第だなぁ、と勝手に考える・・・ケイトに頼んで教師の道を進む事も考えはしたが、ライノは9割9分9厘9毛方物を人に教えるのには向いていない。何をするにしても感覚で考え、教えるにしてもいい加減な事しか言わない人間を雇う学校があれば逆に教えて欲しい。
サラッと魔力の火球で窯に火を入れ、水瓶から鍋に水を移す。
私も二人目を産んだら働こうかなぁ、と再就職に思いを馳せつつ、暗室から選んで来た野菜と干し魚をバケットに放り込んだ。
エリアスは恐らく能力的にはあと二年程で最低限の教養を身に付けられるだろう。事実、学校での前期の成績は頗る良い様で、特に魔術工学系の・・・今時珍しく、主に魔道具だとかに関する事柄に興味を示している様だ。
色々と取ったらしい、剣術を初めとした武術に関しては、どうも槍と弓が少々苦手、馬術がギリギリ可となっていたが、馬など適当に乗っていればその内乗れる様になるものなのだからして、とくに気にしていない。
武術一般に関してもすべて使える必要は無い。どれか一つでも単位を全て修得すれば卒業要件は満たされるからだ・・・何でもできるに越した事は無いが。
実際私自身とて槍術に関してはどう足掻いても馴染めず、結局訓練過程半ばで投げ出した記憶がある。弓に関しては・・・魔術師なのだから、実戦ではいくらでも何とかなる。
社会科等は事前の勉強も無いにしても、秀才とまではいかずとも、優秀な成績を取っている。勉強は怠っていない様だ。
少々他生徒とのトラブルは絶えない様だが、それは私も計算尽くである。あの性格にあの美貌、おまけに富裕層の中に飛び込んだ軍属とはいえ庶子だ・・・多分、私でも色々と問題を抱えそうな気がする。
幸いにもアルタニク伯爵を初めとして、権力者との交友関係は良好な様で、決定的に孤立しているわけではない。友人は決して多くないが、その中での繋がりは強いという型だ。
エルクに帰る時は家にも寄るのだろうか?
別に何か特別に言い付けることがあるという訳では無いが、出来ればこまめに顔を見せて欲しいというのが親心というものだ。
だが・・・。
「・・・嫌な予感がするわね・・・」
・・・エリアスが帰って来る、という事柄について、喜ばしい事である筈であるのだが、どうも嫌な予感が拭えないのだ。
何か、とんでもない面倒事を抱えて戻って来そうな気がする。
そして・・・悪い事に関しての勘というのは大抵良く当たるものだ・・・。
寝食以外は《スクウィッド》の背の上に乗り、延々と移動し続けた俺たちは、結局二週間ほどかかると思われた魔の森の踏破には2日も要らなかった。
街道に出れば後は速い。引っかかるものも無く、特に厳重なクリアリングも必要としない森林地帯と違って、歩く事に専念出来るからだ。
しかし・・・問題が一つ。
「で?この《スクウィッド》はどうするつもりなの?」
そう、此処まで俺たちを乗せて来た巨大蜥蜴の《スクウィッド》の扱いである。
正直な話、このまま乗り物として是非ともエルク、ブレームノまで乗って行きたいところではあるが、如何せん大き過ぎる。
こいつ自身が《スクウィッド》という恐るべき魔物であるという事を度外視しても、その大きさがあまりに常識外過ぎて、その影響、弊害は今さっと考えて見ても甚大である様に思える。
この生き物を騎乗動物として扱う前例が無いからして、コレを留める騎舎が無い。
重量があり過ぎる所為で、歩くだけで整備された街道を破壊しかねない。
そもそもこんな魔物が街道を歩いている所を、通りすがりの商人にでも見られたらとんでもない騒ぎになり得る。曲がりなりにも討伐には国軍が動く事になる戦術級の魔物だ・・・国が出張る大事件になってしまう。
「・・・せめて、愛玩動物程度の大きさであればなぁ」
かと言ってここに放置していけば、一体何が起こるか分かったものでは無い。その選択肢は無い。
「かと言って此処で用済みだ、って殺すのは可哀想だもんねー・・・」
そう、そうなのだ。
案外こいつも可愛い所があって、一度野営だと言っていざ寝るぞという時、こいつの寝息でニーレイが吹き飛ばされて茂みの向こうに消えた日も、注意すれば反省したのかしゅん、とつぶらな瞳の上の眉が垂れ気味になったのも中々表情豊かで愛嬌があった。
寝返りで辺りの木をなぎ倒し、隠れていた虫の魔物共が一網打尽になったのは余談だろうが。
食事も非常に手際が良く、歩いている途中、サッと横切った駝鳥のお化けみたいな魔物、《スウィフト・オストリック》をばくりと、爬虫類特有の素早さで食ったり、熊と鹿が混じったような魔物の《メドウォレン》を上空に蹴り飛ばしてそのまま口に放り込んだり・・・などという芸も披露してくれた。
「・・・大きさか、大きさがどうにか・・・」
と、その問題は話題の《スクウィッド》自身によって解決の目を見る事となった。
門戸のベルが鳴るという事は来客があったという事である。
ブレームノの外れにあるスチャルトナ邸を訪れる人間は少ない。単純に通り掛かりに訪れると言っても、他の家屋からは遠すぎる。
況してや立地が立地、ちょっとした小高い丘の上にあるのだ。下手をすれば裏手の森から低級の魔物程度なら現れるかもしれない様な場所。尤も、対策として塀は高く、上部には高価な感圧式の警報魔道器すら設置してあるからして、生活には別段影響は無い。その上塀の中に居るのはかつてのアリエテ王国軍近衛魔術兵団の筆頭男女である・・・リスクなどあってない様な物だ。
だが非力な一般人からすれば中々に足を運び難い場所である事に違いは無い・・・仮にこの家の者に用事があるなら、二日に一回は町に買い物に来るシレイラを待てば良いのだから。
何が言いたいかと言うと、何か予定が無い場合に態々門戸を叩く者が居るとすれば、それは旧知の人間か、もしくは身内が帰宅した可能性が最も高いという事だ。
門を開き、出迎えに出たシレイラの瞳が捉えたのは予想通りの人物と・・・予想だにしない者共。
まずは予想した通り、我が娘エリアス・スチャルトナ。相も変わらず無愛想ながらも、それすらも魅力と化している程に見目麗しい・・・少し見ない内に背が伸びたか?
後の二人と一人(?)は初見の者だ・・・と、思いきや内二人の顔は見た事があった。
エリアスの荷物の上に腰掛ける闇妖精・・・間違い無く、アトラクティア議会上院議員に300年もの間席を保持し続けた妖怪の如き存在・・・かつて一度だけアリエテの式典で、遠目に見かけただけであったが、間違えるはずも無い。ニーレイ・オブスクラムだ。
こちらはまだ良い。やや学問狂いな所はある様だが、元はと言えばアトラクティアで善政を敷いてきた一人・・・概ね真面な者である。
もう一人・・・此方は真人教の代表者として名を連ねていた者では無かったろうか。
緑髪の枢機卿フェリア・コンクルス・・・だが何かがおかしい。
まず格好、真人教の正装では無く・・・禍々しい事この上無い空気を纏う、酷く生々しい動きをする漆黒の鎧。
そう、まるで・・・鎧が生きているのでは無いかと思えるくらいに・・・。
鎧の中の彼女自身も奇妙だ。
彼女の意思が一切見られないのだ。
ぼうっと、ただ漫然と・・・まるで成功な人形が動いているかの様な・・・瞬きをする事がまだ人間である事を主張している、と言えるかも知れない・・・。
「お帰りなさいエリアス?・・・また知り合いが増えたのね?」
暗に紹介する様促すと、エリアスはただいま、と会釈しつつ、ニーレイより紹介を始めた。
「ニーレイ・オブスクラム、闇妖精・・・色々あって、行動を共にする友人となった」
「エリアスのお母さんね、あ、よろしくぅ?」
コミュ障か、とエリアスに突っ込まれている小さな妖精であるが、果たしてエリアスは彼女がどれほど途轍も無い存在であるか理解しているのだろうか?
「もう一人、フェリア・コンクルス・・・此方も私の過失で頭がおかしくなってしまって、面倒を見る事になった・・・あまり気を遣わないでやってくれ」
フェリアは無言で小さくお辞儀をするのみで、すぐに下がってしまった・・・一体我が娘は何をやらかしたのか・・・風属性魔術の権威を一人廃人にしてしまったのでは無いかと、心底頭が痛くなる。
さて、問題はもう一人である・・・完全に初見、赤髪で特徴的な真人教の修道着を纏った中性的な少年?だ・・・格好は女物だが・・・首にスィラと同じく奴隷の証である首輪が見える。
「・・・レズン・スタッド・アスカルディーダ、吸血鬼だからあまり気を許さないで欲しい・・・レズン、一応言っておくが、私の家族を噛んだりしたら、その場でバラすからな、覚えておけよ?」
「・・・はーい、分かってますよーだ・・・」
吸血鬼。
ヤールーンで最も人間が恐るべき種族を挙げれば、まず話に出るのがこの種族だろう。
身体能力、魔術的才能等、基本的な能力が人間を軽く上回る。
人の血を吸い糧とし、生者を屍として操る・・・欠点は酷く飢餓に弱い事というだけ、おまけに月夜にはその能力は驚異的に跳ね上がる、と。
彼が吸血鬼とエリアスが紹介した時点で、奴隷と分かりつつも腰が引けてしまったのは、生物的本能が上位者を恐れる自然の摂理であるからして、仕方が無い事だろう。
「・・・で、今気付いたんだけど・・・門の外に居るのは、ナニかしら?」
そう、門の端からチラリと覗く尻尾。
「・・・これでも大分|小さくなれる様になった《・・・・・・・・・・・》んだ・・・飼う事にした」
全長8m、体高1m無い程度の巨大な灰色の魔物。
小さい、いや十分大きいが、コレは知っている。
「《スクウィッド》のすーちゃんだ」
「・・・あのね、エリアス・・・」
「すーちゃんだ」
・・・。
もう、自分の娘がワカラナイ・・・。
取り敢えず、娘に友達が増えて良かったと思う・・・事にしよう・・・と天を仰ぎ。
"すーちゃん"のぎゅぎぃ!という可愛さの欠片も無い鳴き声が響き渡った。




