閑話(2) 殴った方が早い
遅れ馳せながらあけましておめでとうございます(既に1月末)
年始はやる事が多くて敵わないですね(fallout4)。
最近落ち着いて文章を読む余裕が中々無く、インプット不足感が拭えませんが、お話はどんどん進めていこうと思います。
陸と海、どちらの方が人という生き物にとって心地良いかと聞けば、十中八九の者は陸、と間髪入れずに答えるであろう。人間とは陸生生物なのだから。
かく言う俺とてその通り、海に浮かぶよりかは陸の方に立っている方が心地良い・・・要は酔った。アホみたいに揺れるのだから・・・。
「さて、この分だと陸まで5kmくらいか?・・・煩わしいな、津波でも起こせば一瞬で辿り着くと思う。違うか?」
「その発想には、"無事で"って語句が抜けてるね。いいじゃないか、ちょっと寒いけど水には触れずに移動出来てるんだからー」
さて、突然だが我々は漂流している・・・さっきまで船に乗っていたじゃないかって?
「あのイカ擬きは、次回以降絶対必ず仕留めてやる・・・今度は木造船では無く、高張力鋼製の巡洋艦で来て、な」
何があったかと、端的に述べれば海洋巨大生物の襲撃・・・というのは語弊があるかもしれないが・・・に遭った。馬鹿デカイ烏賊みたいな奴だ。
頭だけで乗っていた船の全長くらいあった。多分脚はもっと長い。
そいつと船が正面衝突した。当然の事ながら、大質量の物体の激突、という事象を経た船がどうなったかといえば、修復不能な損傷を受け、今は海の藻屑と化した。
が、幸いな事に、船が全て沈むまではそれなりに時間があった。
おかげで善良なる乗組員は無事小型ボートを下ろし、積荷で重要な物をできるだけ持ち出して脱出する事が出来た・・・不幸中の幸いというやつだ。
残念な事に、他の乗組員から恨みを買っていたり、疎まれていた者たちはいつの間にか消えていた・・・非常時というのは、人の本性を剥き出しにする故に・・・。
「まあ、フェリアの風魔術様々だ。私も加減という物を、そろそろ習得せねばなるまいな」
俺達を海に浮かべているのは、他の船員とは異なりボートではない。
俺が海を凍らせて作った流氷の如き氷塊である・・・急ぎ生成したからして、センスの欠片もない外観なのはご容赦願いたい。
推進力は、フェリアの風魔術による風。あまり効率は良くないが、板切れをオール代わりにするよりは遥かにマシだ。
「金貨は持ち出せたが、衣類や日用雑貨が沈んだのは痛いな・・・それに」
漸くハッキリと見える様になった陸を睨む。
「・・・陸は魔の森だよ、エリアス」
帰還は思ったよりも長引きそうだ。
岸辺の岩場に巣食っていた巨大ヤドカリの様な甲殻類を、火属性の魔術で砲撃して焼き払い、漸く陸に足を付けた俺達の前に立ちはだかっているのは、深い、欝蒼と茂る・・・いや、少し葉に赤みが出てきているか・・・魔の森。
かつて課外活動において、その表層部、人の手の入った場所には入った事はある。
だが・・・ここからは・・・。
「未開の魔の森、ね。何が出てくるか分かったものじゃないけど・・・割と何とかなりそうね。道は二つよ」
ニーレイが爪楊枝みたいな細い指を二つ立てる。
「一つ、このまま海岸沿いに進んで当初の目的地ガンスフィエに向かう・・・こっちは比較的安全。見通しの良い場所をひたすら進むけど・・・海辺だから寒いのが難点ね、あと、基本的に魔物は海のやつの方が強い」
この時期・・・というか何時でもではあるが、海辺というのは寒い。気温は内陸部よりも季節一つ分近く違う事すらある程に。
特に夜から朝方・・・少々厳しい物がある。
「二つ、魔の森に入って内陸部の街道まで突っ切る・・・多分魔物との連続戦闘になるし、誰も入った事ないような奥地での進行になるかな。でも、それを除けば食料も手に入りやすいし、何より暖も取りやすい。魔物も戦闘パターンが知れたやつが基本になるかな」
普通なら生存率は五分五分ね、と。
「なら、内陸部に向かうべきー、でしょー?」
そうだな、と損得勘定をさっと済ませる。
魔物は恐らく問題にならない。S級のスクウィッドが出たとしても、この四人、俺、レズン、ニーレイ、フェリアの戦力ならば十分対処可能だろう。
では気温は?・・・寒気は体力を簡単に奪う。況してや既に季節は秋だ・・・暖かい方が良い。暖をとる薪を調達する上でも、森の中の方が有利な筈。
「決まりだな。進むべくは森、街道を目指すか・・・と、お客さんか」
現れたのは・・・巨大な蜻蛉。
一つ一つがビー玉みたいな大きさの複眼と、プレートメイルが如き甲殻、一本一本がクレーンのフックの様な爪。
「チョロそうだね、行ってもいい?」
「そうだな、片付けて来い・・・と言いたいところだが、フェリア、お前もだ。二番手で援護しろ」
するとレズンは気を害した様な顔で、剣を抜く。
「・・・信用してないの?」
「・・・や、そうじゃなくてさ・・・」
「勿論信用はしていないが、今回は別口だ」
ちょいちょい、と俺の魔力波センサー(仮)が捉えた・・・もう飛び出して来る・・・ソイツを指差す。
「・・・うっそー・・・」
茂みをブチ破って現れたのは、黄土色の刺々しい鱗の塊。
強靭な筋肉で包まれ、極彩色の翼膜が張られた翼。
地を穿つ、中に鉄骨でも通っているんじゃ無いかと思える太さの爪。
そして・・・鋸みたいな牙が並ぶ、首元まで裂けた口。
「わーお・・・地龍さんだぁ・・・って、何であんな怒ってるの?」
それに応えたのは意外や意外、俺の肩をつんつん、と突いたフェリアの金属製の指だった。
「・・・最初の砲撃の時のか?」
こくこくとうなづく彼女が指した先・・・学校で絵で見たのと、丁度龍の卵と同サイズの卵をぶちまけて作ったと思われる目玉焼きが3つ。
「・・・すまんの、と言って許しては・・・くれないよねー・・・」
それに応えるかの如く、後ろ脚で立ち上がった地龍は、心中の怒りを爆発させるかの如く・・・天に向かって咆哮を轟かせたのであった。
自然の中で生きる生命体にとって、群というのは己の生存を確約してくれる数少ない決まり事だ。
特に、この魔の森に於ける魔物どもの生存競争は激しい。
俊足を誇り、風属性魔術を自在に行使する鳥類の魔物も、傷を負い、弱れば遥か格下、昆虫の魔物に群がられ、食われてしまう。
しかし、手負いの《スウィフトオストリック》でも、群に所属している者は、周囲の者の庇護を受けて傷を癒す事が出来る。
互いに守り合う・・・何とも美しい野生の中の情ではないか。
尤も、群から逸れた者に気を割く程、彼らは慈愛に満ちてはいない。
そう、はぐれ者は自らの力で生きねばならない。
人里を襲い傷付いた超獣、この《スクウィッド》とてそれは例外では無かった。
普段ならば凡ゆる外敵の攻撃を弾く鱗と、勝手に敵が自滅する棘に守られていた皮膚は焼け爛れ、柔らかい真皮を曝け出している為・・・虫の魔物に良い様に肉を噛み、血を吸われてしまう。
それに対処する為、自らの身体を地面に投げ出し、転がる事で虫を潰すものの、今度は木が傷口に突き刺さり一人、いや、一匹悶絶してしまう事数度・・・体力的にはそのままにしておいた方が良い事に本人も気付き、途中から虫をシカトする事にした。
事の発端は他でも無い。散歩がてらに歩いていると群から逸れ、森の外に逃れ、そこで珍しい生き物を見つけた。
足が二本、手が二本。頭が体の割に異様に大きくて、鱗も羽毛も無い・・・代わりに何かぺらぺらした、あるいはひらひらした物を表面に付けてる、ちっちゃいやつら。
森の表層に時々現れる、と群の長に聞いた事があるから知っている。ヒト、そういう生き物らしい。
何でも聞くに、中々美味しいらしい。食べるのに楽で、滅多な抵抗も受けない。噛み砕かなければならない様な甲殻なども持たず、柔らかい・・・らしい。又聞きでしか知らなかったけれども。
興味が湧いた。今から思えばそれが全ての始まりだった。
逃げるヒトを追いかけ追いかけ・・・一人が棒の様な物を縦に構え、何かが放たれると、コンコンと何かが頭に当たったが、一体何をしているのか分からなかった。
そのまま一人を周りの木ごと食べた・・・なるほど、コレは癖になるわけだ、と納得する味。
これは二口目も行きたいと、残りの奴を追い掛けた・・・と、そこで嬉しい誤算が起きる。
ヒトの群を見つけたのだ・・・その独特な形をした住処も。
夢中で逃げ惑うヒトへと食らいついた。彼らの逃げる速さなど大したものじゃ無い・・・そもそも歩幅も推力も違うのだから。
そんな捕食劇も、ある一撃を境に終わりを告げた。
視界の左方から飛来する、その身に比して大きな棒を持った、黒い体毛を持つヒト。
それが頭を殴った。流石に揺さぶられた・・・その事実に、怒りで目の前が真っ赤になる。
思わず威嚇の咆哮が喉から迸り、目の前をちょこまかと動き回るヒトを叩き潰そうと飛び掛かる・・・が、そうする訳にもいかなくなった。
明確な"敵"が出現したからだ。
多分さっき壁へと派手に捨て身タックルをかました何かだろう。
立ち上がった姿は小さい。幼体のヒトだ。
だがその正体は・・・恐ろしかった。絶対的な力の差があっただろう。
完膚なきまでに叩きのめされ、追い返され・・・その結果が、この身体の有様という訳だ。
巨木の合間を縫って進む森の深部。
静かな森ではあったが、どこか騒々しい雰囲気が立ち込めている・・・ほら、遠くでドラゴンが鳴いた。
こうして歩いてはいるが、戻るところなど無い。
元々自分が森の比較的外側を歩いていた理由というのも、他の個体との縄張り争いに負けて居地を追われたからであった。
ならば・・・と。
気が赴くがままに進むが良い、と。
何となく賑やかな方へと、足を運ぶのであった。
俺が前衛、フェリアがカバー、レズンが裏取り、ニーレイがバックアップ。即興で組んだ役割分担は、確たる正解とは思えないまでも、まあまあ適切には機能していた。
「レズンとフェリアは虫共を片付けろ。私とニーレイでドラゴンをヤる」
『思考加速』を使う・・・一度命名してしまえば、使うのは楽だ・・・と同時に『高速・アイスアロー』を乱れ撃ち・・・。
「ッ!硬いな!」
全弾地龍の頭部に命中するも、全て弾かれ効果無し・・・そこらの古代製大口径機関砲並の威力があるハズなのだが・・・化け物だな。
そこにニーレイの闇属性中級魔術『ジェルノ・コプラズ』・・・黒色の対象から魔力を吸い取り無駄に消費させる攻撃魔術が放たれ、地龍の鼻先で弾けた。
・・・あまり堪えてはいない様だ。
「・・・ニーレイ、もう少し火力のある闇属性魔術は無いのか?」
それもその筈、地龍は龍種の中でも防御力に極めて優れた種族で、火属性、土属性、その他物理攻撃に対する極めて高い耐性を持っているという・・・『アイスアロー』程度が弾かれるのは道理だろう。
「いやぁ・・・実は地龍の防御を突破してダメージを与えられる様な闇属性魔術って危ないのが多くてさぁ・・・使いたく無いんだよね」
いや出し惜しみかよ、とがっかりする返答ではあったが、どちらにせよ地龍をなんとかしなければ先に進めない。
「なら、こいつの弱点を教えろ。叩き潰してやる・・・おっと」
地龍は土属性魔術も使う。土属性上級攻撃魔術『ロルフィーン』・・・足元から巨大な尖った岩が突き出して来る。
「連続か、なかなか器用な物だな!」
次々俺の着地点が盛り上がり、太さが俺の胴ほどもある岩槍が聳え立つ・・・その先端はまるでアイスピックの如く鋭い。
「・・・弱点は口、眼、鼻、排泄器周りとかの開口部だよ。脚の付け根の内側も若干柔らかい筈」
ならば、と横回避を前進の運動に変更。
自らよりも大柄な敵に対しての戦闘行動の基本は、敵の間合いの内側に飛び込む、だ。
だが地龍は脚が短く、腹と地面の間隔が狭い為、下の死角に潜り込むのは無理がある。
下が無理ならば、と・・・上だ。
「抜けろ!!」
屈伸からの跳躍、敵の直上を取り・・・水属性上級攻撃魔術『アイシクルスピアー』の釣瓶撃ち。
流石に角度も死んでいる上の、直上からの大質量攻撃だ・・・多少のダメージは通る筈・・・と、思ったのだがなぁ。
「やはり弱点をやらんと意味が無いか」
だが、俺の射撃精度ではまさかピンポイントで眼窩や鼻、その他細やかな弱点部位を攻撃できる訳が無い。
だって照準器も無しに目測で氷の矢を、おまけに自分の線から外れたところから撃つのだから・・・というのは言い訳だ。
地龍は火属性魔術に対する耐性が高いと聞くが・・・全く効かないよりはマシだろう。
手の延長線上へ魔力を収束、一点へ集中的に束ねられた魔力は一瞬煌いたかと思えば、青白く・・・昼間だというのに、辺りを白く照らし出す程の光を放つ。
「『ブレイズ・バスター』ぁ!!!」
術者である俺の服すらも、水を同時に纏わなければ一瞬で炭化する程の熱量・・・その前に、俺の身体自体も対魔障壁を纏わねば焼けそうになるのだが・・・。
狙いは頭部。点を狙えないのなら、面で当てれば良い。
このくらいなら、流石の俺でも当てられる。
閃光と共に弾けた爆炎。
地龍など粉々に砕け散ったのでは無いかと思う程の炎・・・遠巻きに待機していた巨大な蜻蛉と蚊の合いの子の様な魔物が巻き込まれ、灰となる。
「・・・こいつ、《スクウィッド》よりも遥かに硬くないか?」
ぶすぶすと焦げ臭い煙を上げながらも、その頭殻は無傷に近い様だ・・・衝撃で脳みそが揺れたのか、ブンブンと頭を振っている。
「エリアス、それが龍種だから・・・」
そういえば、魔物の格としては龍種はほぼ最高位の種族だったな、と教科書の項を思い出す・・・《スクウィッド》は単なる爬虫類・・・。
「どうするんだこいつッ!?」
ブォン、と空気を切り裂きながら振り抜かれた尻尾を、大きく身体を後方へと反らすことで回避・・・なんだか、古い映画にこんな躱し方あったな・・・。
と、そこで蚊蜻蛉モドキの追撃・・・口部の針を構えて突っ込んでくる。
だが、今の俺からすれば遅い。
カルマを抜刀すると同時に延伸、長剣として・・・最近長剣としか使ってないな・・・と、余計な事を加速した思考の中でも考えつつ、蚊蜻蛉を頭から尾部の先までに、二つに斬り飛ばした。
・・・虫だからあまり気にしていなかったのだが・・・身体がデカイと体液も多い。
直線的に突っ込んで来ていたのもあり、真正面から緑色のねちゃねちゃした体液を浴びる・・・全て、幾重にも張られた対物理障壁に阻まれ、感触と被害こそ無いものの、視界一杯にそんな液体を浴びるのはあまり気持ちの良い事では無い。
「レズン!!こっちに漏れてるぞ!!!」
「仕方ないじゃん!!多いんだからーーーー!!!」
彼らの方を見れば・・・虫の残骸の山と緑色の原が広がっていた。
レズンが水晶剣で文字通り斬り込む様に虫の群れに突貫し、フェリアは風属性魔術で編まれた空気の刃を腕部に展開しつつも、遠距離攻撃で着実に虫の数を減らしている・・・上手くレズンが狙うには無理がある所を片付けているな。
「エリアス、余所見したら・・・」
っと、そうだった。地龍を何とかしなければ・・・と振り向いたその時だった。
目の前一杯の焦げ茶のゴツゴツした物体。
岩・・・投げたのか飛ばしたのかは知らないが、目の前数十センチに迫ったそれを躱せない事は、兎も角確かだ。
痛いだろうなぁ、と思いつつ・・・後方への加速度を感じた。
「いっッつ!!?」
辺りの景色が一気に前に流れ、背中で・・・多分、樹木か何か・・・を圧し折りながら吹き飛んだ・・・背中への衝撃の数=折った木の数の式が成り立つならば、19本で合っている筈・・・いやいや、コレは普通じゃなくても死ぬだろう。
最後は地面に轍を作るほど擦り付けられ、鏡餅みたいに岩が上に乗っかって終了・・・邪魔だ。
足の裏で押し出すようにして直径2m程の、重力にしてトン近くある様な岩を空高く蹴り飛ばす。
目の前には薙ぎ倒されて開けた森と、その先に此方を睨む地龍・・・コレでなお油断していないとは、こっちの事を分かっているのか、それとも単に用心深いのか・・・ニーレイ、お前の攻撃は完全に無視されてるぞ。
「・・・魔術が効かないなら」
直接殴り殺すしかあるまい。
ダッシュ、吹っ飛ばされた時と同じくらいの速度で駆ける。
迎撃に来る・・・ここで噛み付きでは無く、頭突きをして来るというのは面白い習性だ。
弱点をあくまでも極力晒さない事に徹するらしい・・・賢い事だ、馬鹿みたいに口を開けたのなら上顎に剣先を捻込んでやったのに。
『魔念力』で脚部を固定、踏み込み、引き絞り、全身の筋肉の全てを両腕部を振り抜く為だけに使う。
「砕けろ」
ただ、力任せにカルマを振り抜く。
それだけで、あれ程頑強であった地龍の甲殻の表面が欠け、平手打ちされた赤子の如く吹き飛ぶ。
何だ、最初からこうすれば良かったじゃないか。
「・・・流石に硬いが・・・」
更に踏み込み一閃・・・というより、単なる殴打に近い一撃。次は胴だ。
最も外皮では柔らかい部位であろう腹部であっても、切れはしなかった。
だが、腹殻は大きくヒビ割れ、全長十数メートルにも達する龍の身体が鞠の如く打ち上がる。
「・・・削り取ってやろう」
彼方へ吹き飛ばし此方へ蹴り飛ばし・・・自力で飛べず、何度も叩きつけられる内に着地する事すら叶わなくなった地龍はされるが侭だ。
時折悪足掻きの様に岩弾が飛来するが、見えていれば脅威とはなり得ない。
所詮は岩、どうして砕けぬ事があろうか。
幾度かそんな遣り取りを繰り返していると、流石に向こうの嫌戦感が怒りを上回った様で、攻撃の手を止め、這々の体で森の奥へと逃げ出した・・・あれほどボロボロでも、あれだけ速く逃げられるのか。
「いやー・・・あんなにびびった地龍なんて初めて見たよー・・・これはあの『スクウィッド』を単独でボコボコにして追い返したってのも納得だよねー」
虫を片付け終えたらしい、緑の体液で顔を汚したレズンと、無傷のフェリア、途中からただ見ていたらしいニーレイが寄って来る。
「酷い格好だぞレズン、オマケに生臭い・・・そういえば、あの『スクウィッド』はお前が一枚噛んでいたのだったか?」
あーうん、と彼はやや言葉を濁した。
「・・・群れからはぐれた個体が居てね、比較的若くて、王国軍が本気を出せば対処可能、尚且つすぐ人の味に夢中になりそうな奴だったから、冒険者を雇ってちょっと食わせて、ボレーフェルトまで誘導して貰ったんだよね・・・レグロの書いたシナリオ通りに進めば、ボレーフェルトごとツィーア・エル・アルタニクを殺害、満を持した所で隣のネール男爵領で演習中の王国軍に通報・・・と、まあそんな感じだったのかな?ボクは『スクウィッド』がもし此方側に被害を出そうとしたり、他領に一直線に向かおうとした時の調整役だったけど、思った通りにアレが動いてくれたからー・・・あの時は暇だったなぁ」
・・・最低な言い草ではあるが、重ねて言っておくと彼は吸血鬼である。吸血鬼は自らをヒト族に於ける上位存在であると信じて疑わないので・・・いくら人間が死のうと何とも思わない。精々、ライオンに猿の群れが襲われた、程度の認識しか持っていないのだろう。
まあ、俺にしても特にボレーフェルトの者に同情こそすれ、死んだのは名も知らぬ警備兵と数人の農民・・・ご冥福をお祈りしますと口だけは動くだろうが、その他にどうしようも無いからして、今更彼に説教しようとも思わないが・・・。
「何だかんだやりつつも、大型の魔物に関しては取り逃がし続けだな・・・龍のステーキとかどうだ?少し興味があるのだが・・・」
「いやー・・・何か龍の肉ってみんな夢見るんだけど、実際アレ筋しか無くて食べられたものじゃないよー?」
そうか・・・それは残念極まるな・・・。
「・・・まあ良い無事退けられたのなら、荷物を纏めて進むぞ」
はいはい、とレズンが食料品の入った鞄を担ぎ上げたその瞬間であった。
・・・何か・・・聞いた事があるような・・・地響、足音が・・・。
「何だ?まだ森に足を踏み入れてもいないのに大層な歓迎だな・・・と?」
大木が並ぶ森の合間より現れたのは・・・。
「おやおや酷い姿で・・・火傷って一番傷としては辛いよねぇ・・・」
正しくずたぼろ、と言って良いであろう、表皮が爛れ、腐り掛けた胴体。
突き出した根元から薙ぎ払われ、用を成していない大棘だった骨の残骸が張り付く首周り。
表面がケロイド状に泡立ち焼け焦げた頭殻と、その潰れかけた眼窩から覗く輝きを失わない黒い目。
そして、本数の足りていない牙。
間違いなく・・・ボレーフェルトに現れた《スクウィッド》、その成れの果てであった。