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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第二章
66/94

逢引

最近どうも筆が進まない・・・頭の中で構想は出来ているのですが、文章力が低過ぎて表現出来ないというまどろっこしい感触を味わい続けています。


とどけこのおもい!!!!って感じなんですが、またこれも違う様な・・・言葉って難しいですね。






束の間の盗み聞き。


大体の・・・重要そうな点を聴き終えたツィーアは、その翡翠色の瞳に、子供とは思えぬ程硬質な光を湛え、卓に肘を突きその手先で己の顎の線をなぞった。


「・・・逆棘とやらについての心当たりはあるか?」


寄せられていた眉根が若干緩められ・・・に、しても氷の様な無表情の仮面を被った彼女が真っ直ぐこちらを向き、感情が抑圧された透明な声が流れ出る。


「もし相手が一発で分かる様な意味を持った言葉なら、その隠語を考えた奴は(こっち)の世界で生きていく価値は無いわね・・・盗み出す・・・鬼の居ぬ間・・・私かエリィが管理している・・・ナバル・ストゥーエ・カルカロフが欲しがる様な物・・・」


そういえば・・・その、ナバル・ナントカ・カルカロフとやらは・・・一体何者なのか。


「あら?知らなかったかしら・・・そっか、エリィは中央との付き合いとか無いもんね・・・」


人によっては嫌みに聞こえる言い方だが、前提として基本的に貴族は庶子を見下すものであり、それが全ての行動、言動に染み付いているからして・・・一々不快になる段階はとうの昔に過ぎた。


大体、貴族と庶子、もしくは商人など・・・成り上がった物がまずトラブルになるのがコレだが、別にあらかじめ彼等は驕った言い回しをする、と分かっていれば問題は起きない。


幾ら親しいとはいえ、そもそもがツィーアの様な、謂わば大貴族とは生きる世界が違う庶民の、何とも場違いな悩みであった。


「この国の、現在の真の支配者・・・真人教第7代教皇・・・それがナバル・ストゥーエ・カルカロフという男よ」


・・・一瞬彼女が何を言っているか理解出来なかった。


「・・・何故そんな大物が・・・?」


口を突いて零れ出た疑問、それにツィーアも首を傾げる。


「私も分からないわよ・・・そんな大層な物がデュースケルン(ここ)にあるなんて・・・もし、あるとすれば・・・」


指を立て、妹に物を教える姉の様に・・・気取った調子になる彼女を尻目に、気を利かせたボーイが裏から、こっそりと料理を運んで来る。


白身魚・・・これは・・・鰈か?いや、文句の一つも無い程に美味そうなのだが。


「・・・西区の貸し倉庫街にある金庫・・・そこにある、うちの地下金庫ね」


まともに中身を見たことは無いから、何があるかは分からないんだけど、と、今更荷物から何やら書を探して広げ始めた・・・因みにコレ、いつも彼女が持ち歩いている、直筆のメモである。メモ魔だからな、ツィーアは。


「目録は・・・多分、私の机の引き出しね。後でミムルに取って来させるわ・・・食べ終わったら、行くわよ」


「・・・それは私もか?」


裂いた鰈の断面にソースを塗り付け・・・行儀が悪い、と眦に皺を寄せるツィーアに怒られた。


「当然でしょ・・・まだ日は高いし・・・大体、今日はそのために護衛を付けていないのだから」


器用に、完全で模範的なウィンクが出来る彼女は・・・既にこの歳から、その内面を完成させていたのかも知れない・・・。










昼食後、ツィーアに連れられた俺は、屋敷に目録を取りに行く使用人組(スィラも入る)と一度別れ、再び舟で西区へ。


西区は、前も行った時と同じく、港湾設備やら倉庫やら・・・比較的大きな建物が建ち並ぶ区域である。


「エリィは、倉庫街(こっち)には来たことはある?」


倉庫街の方は・・・来たことは無い。用事が無いからだ・・・倉庫を借りている訳でも・・・はたまたはその中身を狙う盗人でも無い限り、そんな何も無い所には行かんだろう。


「そうよね・・・普通だったら、商人の手伝いでもしない限り、用は無いわね」


その言葉の通り、石造りの大きな蔵が建ち並び、赤茶けた鋼鉄の扉が軒を連ねるこの道を歩く者は少ない、いや、ほぼ居ない。


時間帯の問題もあるだろう、流石に昼過ぎに商品の出し入れをする商人もそうそう居るわけもあらず・・・。


アルタニク家(うち)の倉庫は・・・見える?あの塀・・・あの中の、一番奥・・・その地下にあるわ。お父様が亡くなってから一度だけ来たことがあるのだけれど・・・その時はすぐに帰っちゃったのよ」


何故?と問う前に、彼女は息を継いで再び口を開く。


「・・・埃が凄過ぎて、何が何だか分からなかったのよ・・・歩く度に舞い上がってそれを吸うと・・・後で鼻をかんだハンカチは真っ黒だったわね」


心底嫌な思い出だったのか、はぁ、と地面に向かって遠い目をする彼女の肩を叩く。


「・・・私を連れて来た本当の理由は?」


ああ・・・分かっている。


「勿論・・・お掃除要員よ?」


・・・それについては、何とか楽する手立てを考えるとしよう。


さて、そんな駄話をしている内に、アルタニク家が所有する倉庫へとやって来た・・・石造りというか、岩造りとも言うべき代物で、幾重にも落とされた鉄扉と鉄門・・・俺達は素通り出来たが、魔術的な一回限りの罠や、機械的な仕掛けが幾つかあるらしい・・・ともあれ、何事も無く中に入った。


「ここよ」


立ったのは・・・大きな継ぎ目の一つも無い、一枚物の鉄門。地面に食い込んでおり、壁に・・・扉を保持する溝が掘られている為、これは上下に開閉するタイプの扉なのだろう。


「・・・ちょっと特殊な手順を踏まないと開かないの」


下を見ながら門の傍に寄り、脚先で・・・床面探る動きをする。


「エリィ、一度そっちの壁際に寄っていてくれる?」


拒否する理由も無いので、少し後ろに退く・・・。


「・・・あ、そっちは・・・!」


ん?と思った時には・・・。


「・・・もう少し早くだな」


床が抜け・・・俺の身体は重力に従い、真っ直ぐ下に落ちて行く・・・訳が無いだろうが、俺を誰だと思っている?


腰からカルマを抜刀、一瞬で鋼の鎖を形成・・・見えている天井に打ち込み、命綱とする。


驚くべきは、一寸の隙間も無い強固な岩壁に、その刃先がまるで膾を裂くかの如く、食い込んで行った事だろう・・・そんなどうでも良い事を考える程度には、心情的に余裕があった。


が、一つ想定外の事態が起きてしまう。


・・・カルマの刃が鋭いのは、アンカーとして打ち込むには良かったのだが・・・まさか俺の体重程度で引っ掛けた岩を切ってしまう(・・・・・・)なんぞ、誰が考えるだろうか。


「・・・えぇ・・・?」


一瞬の減速の後・・・俺は束の間のフリーフォールを味わう事となってしまったのだった。










落下した先は濁った水面だった・・・が、濡れるのは嫌なので・・・。


「『ヴァリーニェ』ッ!」


今度は能力をケチらない。身体を水面から僅かに浮いた位置で固定する。


ぐっ、と急激な速度変化に、自分よ中身が偏る様な感覚を味わった。


別に浮いている訳では無い。固形化した魔力で壁面の僅かな凹凸を広範囲に渡って掴み、どちらかといえばぶら下がっている、に近い状態・・・接地しているのは、俺が今しがた落ちて来た縦穴の壁面である。


空中で回転し、顔面から落ちかけていたまま止まった為・・・はっきり言って生臭い水面に顔を近づけて居るのは嫌だった。


ゆっくりと『ヴァリーニェ』の出力を身体の各部位毎に調節し、姿勢制御・・・身体をどうにかして起こす事に成功。


「さて・・・」


ここは一体何処なのか。


上方で絡繰が動くかの様な作動音・・・縦穴に引っ掛けていた魔力の束が挟まれる様な感覚・・・どうやら、扉が閉じてしまったらしい。


ぶち破るなり何をするにしても、まずは状況判断を行う事が何よりも先決だろう。


「『イリジュン』」


手の中から溢れた光が、室内を照らしてゆく・・・すると、ここが一体どの様な構造になっているかが見えた。


やはり天井は思ったよりも高い。声の反響具合からして、かなりの広さを予想していたのだが、それを差し引いても広い。


そして・・・どうもここは、俺の手首程の太さがある、錆びた鉄格子の中の様だ・・・。


そして足元の水面である。思ったよりも浅く、深緑色に腐った底が簡単に見えた。上澄みだけは透明な水。多分、俺の太腿あたりまでしか無い。


そして気になる事・・・水底に見える、朽ち果てた白骨(・・)


淀んだ空気と、湿りぬらりと光を照り返す、苔生した壁面が、得体の知れぬ不気味さを醸し出していた。


『イリジュン』を四方に射出、全方向の限界を探す・・・あった。


一箇所だけぽっかりと開いた、出口らしき場所。


『ヴァリーニェ』で天井を掴み、そちらの方へと移動、鉄格子は・・・。


「・・・ふん!」


今度こそ、カルマはしっかりと期待された役割を果たし、錆びてボロボロになっていた鉄柱群を薙ぎ払う・・・けたたましい金属音と、重量物が水面に落下する音が、閉鎖空間の中を駆け巡った。


勿論、水は全て対物障壁で防御した。こんな汚い水など触りたくも無い。


そのまま破口を通り、出口らしき穴に近付くと・・・その場所は一段高くなっており、陸地になっている事が分かった。


少しヌルっとしたものの、一応地に足が着いた事で安心感が生まれる。


「・・・何処なんだ、ここは・・・」


かなりの高さを落ちた気がする。5秒は浮いていたからして、恐らく三桁メートルは落ちたのでは無いだろうか。


困った。夜まではそう時間が無いというのに、こんな厄介事に巻き込まれるなど・・・おまけにただ一人。


せめてニーレイが居れば一発で脱出出来たものの、生憎今日に限って彼女はスィラに付いて行ってしまった。


考えてみれば、珍しく一人の時間だ・・・この二ヶ月程、全くの一人になって行動しているというのは初めてかも知れない。


と、そんな呑気な事を考えている場合では無かった。兎に角は、この目の前の通路を進むしか無い。


ぬるぬるした気持ちの悪い感触の石畳、『イリジュン』の光を掲げつつ、足元と天井から滴って来る水滴を対物障壁で弾きつつ歩く。


対物障壁、コレ傘の代わりになるな。素晴らしい、今度からは雨の日でも手ぶらで出掛けられる。


と、呑気に歩いていると・・・頭上に"べちゃっ"という粘着質な・・・明らかに水では無い物が落下した音。


流石にぞっとして、障壁を傾けて前方に、ナニカ重たい物体を吹っ飛ばした。


再び"どちゃっ"という音・・・恐る恐る明かりを向けてみると・・・。


「・・・なんだコレ」


そうとしか言えない物体。


緑色なんだか黒色なんだか赤黄色なんだかよく分からない色が混じった、不定形・・・その・・・なんだ、半固形の・・・ぐねぐね自分から蠢く、テラテラ光るナニカ。


そう、多分・・・俺が思いつくモノ・・・空想上の生物(?)


「・・・スライムか?」


そう、《スライム》。


謎の液体で身体を構成し、一体何を食って、どうやって生きているかも分からない、謎の生き物。というか、炭素系生命体であるかどうかも怪しい。


昔、近所の子供がやっていたゲームに出て来た様な可愛気のある物では無い・・・。


まずどう見ても触れるのは危なそうな、そこからこっちの肉が腐り落ちてしまいそうな程に汚い・・・いや、本当に下水処理場の沈殿槽の底に溜まったヘドロを練って、そこへ更にジェル状になった腐肉だとか、その手の物を混ぜて潰したみたいな臭いと質感を持っている。第一に、今もこうして地面を這いずりながら近付いて来ているその通った跡にあった苔が・・・白煙を立てて融解している。見るからにヤバイ。


幸いなのは動きがトロくさいことだろう。遅過ぎる。牛歩どころでは無い、多分、蛞蝓歩だとかそのくらい。


どう見ても汚物の塊が動いている様にしか見えない、《スライム》らしき物体・・・汚物の対処方法など、昔から決まっている。


「ドラゴン・・・」


と、その時ふと思う。


こんな閉所で炎を使ったら・・・酸素やら一酸化炭素やらの、致命的な問題が発生するのでは?


これだけ空気も淀んでいるのだ。どう考えても、風通しが良い、換気が効く場所とは思えない。


そして・・・もう一つ考え付いた事。


これだけトロくさく、別に遠隔攻撃も出来ず、小さい相手を一々ご丁寧に始末する必要はあるのか?と。


故に正しい対処方法は・・・。


「ふっ!っと・・・」


ぴょん、と少し盛り上がった水溜りみたいな《スライム》の上を飛び越し、向こう側へ。


要はスルーするという事。


ずるずる、とこちらへと方向を変え、追い掛ける・・・というにはあまりに遅い速度で蠢く《スライム》らしき物を背に、改めて真っ暗な通路を行く。


この時、態と強めに足音を立てる。音の反響具合で、先の照らし切れて居ない空間の広さや水の有無を、少しでも予知する為だ。


何度か落下して来る《スライム》達を、上手く対物障壁で後ろに投げ飛ばしつつ進むこと・・・時間は分からないが、一時間は経っていない筈・・・数十分、突如通路が切れた。


切れたというのはこの場合比喩で、単純に先が無い・・・行き止まり(デッドエンド)という事。


これはどうした物か。確かにあの最初の部屋からの出口はあの一箇所のみで、途中には分岐も無かった筈。


完全に石煉瓦で組まれた一本道だったのだ・・・ん?


石煉瓦?


ならば、なんでこの一面だけ一枚岩なんだ?疑ってくださいと言わんばかり・・・いや、最初から隠蔽の意思が無いのだろうか。


が、パッと見た感じでは、何か仕掛けがある風では無い・・・軽く裏拳で叩いた感じでもかなり分厚い、強固な大岩に見える。


折角ここまで大したエネルギーを使わずに来たのだ・・・腕部が膨れ上がる様な感覚と共に、拳をぐっと握り込み・・・。


「ふんッ!」


『ヴァリーニェ』で身体を固定する事も忘れず、地を蹴り腰を捻り、身体全体のパワーを余す事無く拳へと乗せ、眼前の岩へと叩き込む。


ゴッ!!と拳がそれと激突、一点に伝えられた運動エネルギーは、放射状に岩へと拡がり・・・。


破片やら砂やらを向こう側に吹き飛ばしながら、岩は石ころ(・・・)へと姿を変えた。


砂埃を魔術的な風で払い、石を蹴散らしながら抜けた先は・・・。


「・・・まさか、こんなところで会うとは思わなかったな」


薄暗く、松明と篝火で照らされた空間・・・精緻な人面のレリーフが不気味にその輪郭を影で縁取る。


「・・・その割りには、あんまり驚いてない様に見えるんだけどなー・・・さっきはありがとうね、お陰で清々したよ、エリアス・スチャルトナ」


レズン・・・一人では無い。周囲に居た何人もの顔を隠した兵が、一斉に弩・・・ボウガンを構えた。


・・・そろそろ、混乱し過ぎて何をしたら良いか分からなくなって来た、と大きく溜息を吐かざるを得なかった。










彼はその矢先を全て、腕を挙げる事で制した。


「・・・そんな玩具(おもちゃ)じゃ彼女に傷を付けることなんて出来ないよ・・・それより、本来の仕事を続けてくれるかなー?」


そう言うと・・・どうやら彼の指揮下にあるらしい兵達は、奥の祭壇に向き直り、何事か作業を再開する。


「直球で質問をするのは、どうも頭が悪く見えて嫌なのだが、生憎私には時間が無い・・・こんなところで何をしている?」


直接戦闘の構えを表に出す訳では無いが、体内を流れる、ざらりとした砂の様な魔力を循環から放出に切り替え・・・だがそれを悟られぬ様に、表皮からそれらが滲み出る前に、手前へと戻した。


魔力の隠蔽から初まった魔力コントロールの術は奥が深い・・・こうして普段は体内を"循環"させておく事により、エネルギーを温存、そしていざという時、放出に切り替える事で、魔術の速射性や、瞬間的な出力を容易にするという効果がある・・・体内を何かザラザラした物が流れる様な違和感に慣れてしまえば、別にどうという事は無い。


「・・・レグロが探している物の話は、覚えてるー?」


先程の話に出て来た・・・いや、態と出した(・・・)物の事か。


「"逆棘(スニップ)"か?」


そーそー、と兵の作業・・・何かを台座から抜きだそうとしている様で、小さな櫓を組んで縄を張っている。


「ボクが回収する事になったんだ。レグロったら・・・ここの入り口を見ただけで帰っちゃったよ」


どんな入り口だったのかは知らないが・・・まあ、常人には少々キツイ場所だよな、こんな閉鎖空間かつ不気味で・・・《スライム》も居る。


「でも、あんな鈍い人間のお守りをするよりはマシだね・・・途中で魔が差して、後ろからぐさっとやっちゃいそうだしー・・・あー、あの人間どもはどうでもいいんだ。ただの荷物運びの冒険者だからね」


ところで、と艶かしい、どきりと元はと言えば男である筈の俺の心の臓が跳ねる程魅力的な流し目で俺に振り返った彼は、その中性的な美貌に薄く笑みを引く。


「・・・気にならないー?」


良く良く見てみれば、彼は常識外に整った容貌をしているのだ・・・男としての嫉妬以前に、その完成された容貌に感心してしまう。


「・・・何がだ」


「・・・"逆棘"ってモノの、正体」


一体何のつもりなのか、と流石に眉を寄せざるを得ない。


そもそも、だ。


「・・・わざわざこちらに盗み聞きをさせるとは、一体どういう風の吹き回しだ?何が目的だ?誰の指示で動いている?」


カツカツと・・・先程の通路とは異なり、どちらかといえば乾いている埃っぽい床で・・・足音を響かせながら、一定の距離を保ちつつ、ゆっくりと彼を回り込む様に歩く。


「順番に答えるなら、1つ、レグロが嫌いだから、2つ、はっきり言ってレグロには転けて貰いたい、3つ、ボクの暇潰し・・・って感じでいーい?」


果たしてそれが納得のいく説明かどうかはさて置き・・・少なくとも、状況は少々面倒な事になっているという事は分かった。


「おいでよ・・・今はレグロにコレを持って行かないといけないけど・・・後であげてもいいんだよー?」


一体自分が何を言っているのか・・・分かっているのだろうか。


「・・・モノに依るがな・・・で、そこまで言うからには何か・・・要求したい事があるのだろう?」


距離3メートル、それが彼我の距離。


やろうと思えば、即座に首を狩りに行ける距離・・・魔術で迎撃する暇も無いだろう。


「勿論ー・・・幾つかあるんだ」


そう言うと彼は踵を返し、作業が進む祭壇の方へと歩き出す。


「一つ・・・まず前提として、今夜はボクとの決闘は踊って欲しいなー・・・これは個人的な欲求だね。食欲だとか性欲みたいな物さ、止められる物じゃ無いから・・・」


戦闘が原初の欲求に迫るとは、絶対に何かがおかしいと思うのだが、と場違いにも、心中で突っ込んでみる。


「・・・二つ、ボクはね・・・あんな《・・》カスみたいな、ただでさえ下等生物(人間)の分際で分を弁えず、口と運に多少恵まれただけでデカイ顔をする奴が大嫌いなんだよ・・・ッ!」


ニコニコとした笑顔を崩さず、声だけを小声で・・・身体の芯から寒気が奔る程の悪意を込めた、低い唸る様な声に・・・少し同情が湧いた。


いつもあの調子・・・今日は多少反論していたものの、レグロは見るからに我儘な、らしいと言えば其れらしい、傲慢な貴族なのだろう。


そんなの人間の近くに居て、よくもまあ、胃が保つ物だ・・・。


「・・・自制心だけはねー・・・吸血衝動を抑えているうちに、なんでも我慢出来る様になっちゃったー」


そうだ・・・彼は吸血鬼・・・生きとし生きる者の血を啜る、忌避されるべき種族。


「・・・ボクはね・・・もう

ヤールーンには居られない・・・許されない存在だから・・・こうして、血を吸う事を辞めて、人間(ベシラム)の中に紛れて生活するしか無いんだよ」


ベシラム・・・魔族や獣人、人外が使う、人間に対する蔑称だ・・・確か、"非力な者達"という意味。


「それも・・・レグロとかいうクソ・・・ゴミクズの所為で台無しだよ。アレが最初何て言って近付いて来たと思うー?」


大体話の流れから予想は付く・・・隠れ住んでいた彼を脅そうとしたのだろう・・・。


「別に周りのベシラムどもなんてどうでもいー・・・たまーには優しい、ご飯とかご馳走してくれるおばさんとか居たけど、大抵は・・・ボクの顔だけ見て近寄って来るマヌケばっかだったし」


ボワ、と彼の掌に赤黒い魔力が収束し・・・作業をしていた冒険者の首へ一直線に延びる・・・何を・・・?


「あ、安心してねー?・・・大した事じゃないよ」


頸に纏わり付いた赤い光は渦を巻き・・・その瞬間、冒険者達の身体から力が抜け落ち・・・。


「・・・殺したのか?」


・・・首吊り死体の様に、喉が伸び・・・弛緩した身体から・・・排泄物を含んだ体液が、床に水溜りを作った。


「まさかー?勿体無いでしょ、そういう粗末な事はー?」


本当になんでも無い事の様に、ヘラヘラと笑う・・・が、その光景は彼の表情とは裏腹に、極めて異常・・・身の毛もよだつ情景であった。


「・・・『定命は土に還らず(ベスメルトニィ)我が下部に(シェロヴェク)』」


これは・・・魔術だ。


それも・・・未だ俺では理解出来ない程に高度な・・・。


「吸血鬼の業さー・・・これが君たちが言う、吸血(・・)だよ」


勉強になった?と言わんばかりに、五人もの人間を一瞬で無力化した・・・かと思えば、ゆらり、と冒険者達は立ち上がる。まるで・・・幽鬼の様に・・・。


「・・・吸血は単に相手から生命力・・・血や魔力を奪うだけじゃないんだよー・・・」


ぴっ、と彼が指を振ると、冒険者だった(・・・)、虚ろな目をした者達は、再び櫓に掛けた縄を引く作業を開始した。


「・・・ボク達夜の一族は生まれながらの支配者・・・須く下等生物は跪き、それぞれが最も重要とする物・・・血、即ち力をを献上する・・・それがボク達の国、吸血鬼の世界・・・ッ!」


大きな身振りに、布量の多い和服の様な・・・特徴的な衣装の袖が宙に尾を引く・・・。


「・・・吸血という洗礼を受けた下等生物は、魂を上位者たるボク達に捧げ、その心身を委ね・・・永久の安寧を授けられるのだ・・・!」


尊大に、全てを見下し・・・だが嫌味でない・・・そこには、世の強者たる自負と、力が込められていた。


「・・・なーんて、そんな阿呆で傲慢なコトを真顔で公言して謀らないのが、吸血鬼って種族さ・・・」


と、思えばそんな気配は霧散し、小さく肩を落とし自嘲する・・・その落差に、こっちまで転けそうになる。


「そんなさー、変な見栄張らないで、大人しく"雑魚共は黙って餌になっていろ"って言えばいいのに、面倒な口上まで作ってー・・・黙って奪え(ヤれ)ばいいのにー・・・」


と、愚痴みたいな事を漏らし始めた彼の二転三転する表情に、流石に溜息が出る。


「・・・いや、お前も吸血鬼だろう?」


散々人間を見下す発言をしておいて、ここで掌を返すのは、少々納得がいかない。


「大体な、人間である私の前でそれを散々扱き下ろしておいて・・・」


「・・・ボクはね、身の程ってゆーのを弁えているんだよ」


やはりまた唐突に、戯けた調子から神妙な声色で語り出したレズン・・・コイツは・・・。


「何故吸血鬼を初めとした魔族獣人族が・・・人間をここまで嫌うか・・・わかるー?」


・・・レズンは・・・表面的な感情で内心を完全に覆ってしまっているのだ。


こうしてコロコロ表情を変えているその実、彼の心情は完全に平坦で・・・恐ろしく冷静に状況を分析し、利用している・・・。


「みんなねー・・・実のところ、人間ってイキモノが怖いんだよ・・・」


その言葉に、俺の意識は思考の海から引き揚げられ・・・彼を本来の意味でも目で見る。


「人間はさ・・・同族でも平気で、その場の感情だけで殺すくらいに冷酷で・・・尚且つ、人の手にある物を平気で毟り取ろうとするくらいに欲深いしー・・・」


ニーレイも同じ様な事を言っていたな、と、いつしかの会話を思い出す・・・そう、人間という生き物が理解し難い(・・・・・)という事だ・・・。


「・・・普段は内輪で殴り合っているくせにー・・・もし少しでも自分達の脅威になりそうな物が、理解出来ない物があったらー・・・いつの間にか束になって掴みかかって来るんだ」


・・・確かに、それはある。


例示してみよう。


目の前に水槽があったとする。その中には・・・ピラニアの様な鋭い牙を持ち、だが比較的小さな肉食魚がギッシリ詰まっている。


しっかり餌を適量やって、量的には足りているにも関わらず・・・常にそれらは仲間同士でお互いの腑を喰らい合っている。


だが、一度その水槽に手を入れた瞬間・・・いや、その水槽に近付いた瞬間、水槽から飛び出してでも此方に飛び掛かって来て噛み付いて来る・・・水から出てしまえば、きっとその後は呼吸も出来ず、死んでしまうにも関わらず、だ。


そう、人間も彼らから見れば同じ様な存在・・・理解し難い、奇妙で厄介で、完全にイカれているとしか思えない生物なのである。


「・・・それを・・・分かってないのが多過ぎるんだよー・・・吸血鬼きには、さ」


なるほど、な。ニュアンスは分からんでも無い・・・が、一つ、今までの会話で気になった事がある。


「何故、吸血鬼(・・・)とひたすら他人事の様に言う?」


そう・・・彼はずっと・・・"吸血鬼"、"吸血鬼"と延々と、まるで別の種を説明するかの様に・・・自分という要素を、言葉から抹殺している様に聞こえた。


「・・・ボクは確かに吸血鬼という種族だよ。おとーさんもおかーさんも吸血鬼だし、吸血鬼の例に漏れず成長が遅い・・・これでもボク、今年で83(・・)歳なんだよー?見える?」


いや・・・精々14か15、行って18だと思って居たな、見た目的に。


「人間ならもう爺さんだな。枯れてヨボヨボで、杖を突いて歩いているだろうな」


祭壇を回り込みながらそれを聞いた彼は、クククッ、と喉で笑う。


「人間なら、そんなに生きてるヤツも希少でしょー?大変だよね、ほんの70年も生きられないなんて・・・」


この世界の平均寿命は低い。その上、その上限と下限には凄まじい格差がある・・・例えば、スラムに住む貧困層の平均寿命は30半ばまで生きられれば良い方で、裕福な王侯貴族でも、栄養学の概念が無いこの世では、精々60まで生きられれば上等な方だ・・・。


が、これには例外が存在する。魔術師・・・魔力を持つ者達である。


これらの平均寿命は90半ば程とズバ抜けて高い。王都にある魔術大学の長老の中には、今年で120歳を超える、大魔術師すら居るという・・・が、それも数年以内には亡くなってしまうだろう、と言われている。


「ま、それはいーや・・・コレ、コレが・・・スニップだね」


縄を掛けられて引き上げられて来たそれは・・・詳しくは知らない、が・・・見覚えがある物だった。


「・・・W380(サイズミックチャージ)・・・?!」


「さいずみつくちやあじ?」


薄緑色の円錐形に、側面から生えた数本の筒。


かつての新大陸に君臨していた超大国が作り出した、古い、古い映画に因んだ愛称を持つ、宇宙軍向けの兵器。


「・・・マズイもんなん?」


もんなん・・・?という言い回しに首を傾げる余裕も無い。


これは・・・戦術核弾頭だ。


「少なくとも・・・放置して置いて良い事は何も無い代物だな・・・」


何故か、悠久の時を経たと思われる、その金属製の表面は未だ滑らかで・・・側面から生えた、逆棘状の爆発安定管ブラスト・スタビライザーが、鈍く光を照り返すのが、妙に妖しく見えた。


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