抑圧された気狂
やっと書き終わりました・・・どうも文が纏まらず、迷走し過ぎたので数日間寝かせたりいろいろとしていました。
昨日は結局、辺りがすっかり暗くなるまで・・・片付けの兵に混じって、瓦礫の撤去作業に従事する事となった。
水属性魔術の要領で運河の水を除けて底を片付け、木材を手でぶん投げ、『ヴァリーニェ』で石材を集める・・・という作業は、難易度はさて置き、兎に角時間が掛かる物だった。後から見ると・・・まあ、随分壊してしまったな、と思う。
家屋の下敷きになってしまった市民の遺体を収容、負傷者の手当ても何とか終わらせて屋敷に帰り、部屋のドアノブを捻ったのは、既に屋敷の大半の者が寝静まってからだ。
「・・・帰ってたんだ、エリアス・・・って、随分と大荷物だね」
灯りが抑えられ、燭台一つがただ光を放つのみの室内。その椅子の背凭れの上に腰掛けるニーレイが出迎えてくれた。
「ああ・・・負傷者の手当てをしていたらな、治した者が、お礼に!などと言って押し付けられてしまってな・・・」
持って帰って来たのは色々・・・いや、本当に雑多な物なのだ。纏めると、現金や装飾品、衣類やら刃物やらタペストリーやら・・・統一感など欠片も無い。
はっきり言って、要らない物しか無い・・・が、コレを渡して来た彼等は、何かをお礼という形で俺に差し出し、俺が笑顔で受け取るという形式上の儀式による自己満足が必要なのであって、別に相手がどう思おうがどうでも良いのである。
何が言いたいかというと、タダで物を貰い、笑顔を浮かべて軽く謙遜するだけで、彼等が満足するというのなら安い物である、という事だ。
別にボランティア精神に則った行動では無いが、まあ、人に良く思われるというのは、歓迎こそすれ忌避する物では無いと思う。
「・・・そんな捻くれた見方しなくても、普通に好意として受け取って置けば良いのに・・・」
「歳を経ると、純粋な表面のみの見方というのは出来なくなるものだ・・・」
折角見た目は可愛らしいのだから、表面上、しっかりと演技しておくことには変わり無い。
「・・・まあ・・・そうなんだけどさ・・・もう少し可愛げがあっても良いんじゃない?」
「表では取り繕うさ・・・裏では気くらい抜かせてくれ。本当に疲れるからな」
言葉を交わしつつ服を脱ぎ捨て、借りて来た桶に熱湯を注ぎ、水を足して温度を調節する・・・もう慣れた操作だ。
ところで、別に俺は沸騰したお湯に飛び込んだところで、別に火傷などしない。熱いとは感じるが、体表にはダメージを負わないという謎の状況が発生するのみで・・・。
心地良いか不快かで見れば、当然不快なので、温度調節は怠らないが。
「・・・そういえばエリアス、明日は満月だよ・・・」
薄暗い部屋に、彼女の紫色の瞳から漏れる紅い光が尾を引く。
・・・そうか、もうあれから一月近く経ったのか。それに・・・。
「・・・魔族の力が増す日、か・・・成る程な。向こうはそれを狙っていたのだな」
湯に浸したタオルで身体を拭う・・・煤と埃で真っ黒だ。
「満月の日の魔族は本当に別人だと思った方がいいよ・・・この間とは、全くレベルが違う筈・・・言っておくけど、あのフェリア・コンクルスとは格が違うからね、努々油断しない様に、ね」
あっという間に桶の中が薄黒くなったので・・・水を窓の外に投げ捨て、再度お湯を注ぎ、タオルをガシガシと洗う・・・また黒くなった。
「・・・具体的にはどの様な点が強化される?しぶといのは分かるが・・・ただ魔力量やらが強化されるだけでも無いだろう?」
全裸で何回もテラスに出るというのは流石にアレだとは思うのだが・・・仕方が無いので再びお湯の交換に。
「主だったのなら・・・基本的な身体能力、魔力量、対物理対魔術耐性、思考速度、魔力掌握・・・って、つらつら並べるより、全部って言った方が分かりやすいかな?上がり幅には個人差があるけどね」
例えば、と。
「私は運動能力に関しては殆ど変わらないけど、魔力量は普段の倍以上出力出来る様になるし、操作も・・・素早く出来る割に、精密さや強固さも改善されるくらいかな。それから、少し無理をすれば・・・簡単な術なら、同時操作も出来るかも」
まだなりきってない今夜でも、と、ニーレイはその小さな手先に魔力を収束・・・ただ光を放つだけ物、光属性下級魔術『イリジュン』と、その逆で、光を吸い込む真っ黒なエネルギー体を生成する闇属性下級魔術『ヴィミラウ』を同時発動・・・『ヴィミラウ』なのだが、本当に不思議な光景である。光を吸い込むとは、一体どういう原理なのか・・・。
それだけでは無い。更に手先・・・いや、指先に新たな魔力が収束・・・水属性下級魔術『アイスアロー』、闇属性中級魔術『ディスセプション』を行使。
「『不可視の氷槍』・・・ってところかな?」
ヒュッ、と風を裂いて飛翔する、非常に見えにくい氷の矢。
・・・これは水属性と闇属性の複合魔術だ。
『アイスアロー』に、対象を人間が上手く見る事が出来なくなる、闇属性中級認識阻害魔術『ディスセプション』の効果を付与する事で、氷の弾体を人に認識し辛くする・・・コレ、相手が魔力を感知出来る魔術師で無ければ必中では無いか?
「発射動作を見せない狙撃でなら・・・ただ、私は水属性魔術はニガテだから・・・エリアスが使う『高速アイスアロー』だとかが使えれば、もっと有用だと思うね」
そうは言いつつも、ニーレイが使う『アイスアロー』の弾速とて中々の物がある。
窓から打ち出して庭を超えた運河に落ちるくらいだから・・・射程にしても、百メートル以上はある様だ。
そんな意図を感じ取ったのか、彼女は少し肩を竦めて戯ける。
「『アイスアロー』くらいなら、ね・・・氷って物がどうも良く理解出来なくてね、水が冷たくなると出来るっていうのは分かるけど、じゃあそれはどういう物なの?って考え出したらキリが無いから・・・」
・・・つまりは物質の3状態についての納得が行っていないと、そういう事か。
「根本的に事象を理解していないと、如何に術式だけで魔術を使っても、そこからの応用が効かないから・・・私だって、魔力で術式編めば『フローズンアロー』や『アイシクルスピアー』だって使えるけどさ・・・良く分からない物は使いたくない、って気持ち、分かる?」
まあ、それは分かる・・・というか、魔術という物を良く分からないながらも、普段から便利だからと言って使っている俺の言えた事では無いが。
「まあ・・・それもそう・・・だが、それを言い出すと、私とて、魔術とは何なのか、という疑問にぶつかってどうにもならなくなるがな・・・物質の状態変化のサイクルなら教えられるぞ」
義務教育を終えたか、その途上で理科を修めた者にとっては常識であろう、全ての物質は温度によってその姿を、固体、液体、気体、そしてプラズマ・・・その何れかに変化する、という事柄。
その条件は温度、それぞれの物質内の分子の運動の状態にある・・・と、それは分かり切っている事なので割愛しよう。
「つまりは、その物質を構成する分子間力の強弱が、その物質の状態を決める。強いなら固体、弱くなれば液体、更に弱くなれば気体・・・水ならば順に氷、水、水蒸気・・・つまりは湯気の関係だ。その上、物質を電離・・・電荷という・・・陽子と電子という素粒子が持つそれを余分に持つか、或いは失うか・・・掘り下げればキリが無いから、今は用語はいい。兎も角、電離という事象を経由すると、その先のプラズマという状態になるわけだ」
最も身近なプラズマといえば、それは家の仏壇の側にあるマッチを擦れば、もしくは煙草を吸う時にライターをカチリとすれば、その一種を観測する事が出来る・・・要は火である。
個人的に、魔術を理解する上で必要なのは、あらゆる物質ら分子から、更には原子から出来ている、という事実を真に理解する事だと思う。
魔力という、物質の超精密操作を可能とする生物由来の媒体を介して原子に働きかけ、時に万能原子とも言える魔力を水素や酸素に変換、結合し、熱運動を沈静化して氷結させ・・・この世の理に働きかけるのだ、と俺は勝手に解釈していたりする。
「物の見方の問題、ね・・・じゃあ、やっぱ原子論が正解なのかな・・・また書くこと増えちゃったなぁ・・・」
ところで最近、ニーレイは良く書き物をしている。学会に出す論文という事だが、如何せん字が小さく読み辛いからして、内容は知らない。
「・・・何本書いているのだ?」
「今は7本だね・・・さっき言った原子論の証明を入れると8つかな?」
・・・まあ、頑張れとしか言えない。よくもまあ、頭がこんがらがらないものだ。
「そっか・・・素粒子の世界、ね」
そうこうしている間に、粗方身体は拭き終えた。また水を取り替え、使ったタオルは洗っておく。
「古代には"ナノテクノロジー"という分野があったな。10^-9mの長さ・・・一ミリメートルを10を6回掛けた数で割った数字のスケールの物を扱う分野だ。それがまさに、原始サイズだな」
ベッドに向かって、ぽん、と飛ぶ・・・と、あろうことかそのベッドが消失した。
慌てて姿勢制御・・・全裸で床に転がる無様は避けた。
背後を見ると、ケタケタと笑い転げるニーレイと、少しずれたところにあるベッド。
・・・このクソ羽虫。
フラッシュバンの様に高出力の『イリジュン』を投げ付け、「目がああああぁぁぁ!!!」と叫ぶニーレイの半身を『アイスアロー』埋め込んで向こうの運河にぶち込んでやった・・・これは使えるな。今度からやろう。
レズンの要求の日当日、果たしてエリアスの姿はどこにあるか。
それは・・・東区の端、埋め立て予定地近くで働く労働者達が知っていた。
「なあ・・・俺の勘違いかもしれねぇんだがよ」
通用口から道具を担いで出た二人の作業員の男。
「・・・あぁん?んだよ、ぼーっとしてねぇで手伝えや・・・あ?」
ガラーン、と領からの支給品のスコップが地に転がる。
「・・・昨日までここ・・・沼地だったよな?」
彼等の目の前に広がっていた光景・・・木板で区切られていた、広大な水面は・・・。
「・・・うっそだろ・・・?」
丸々と干上がり、薄く草が焦げる匂いと共に白煙を上げる更地と化していたのだった。
「・・・そうよね、水って湯気に変わっちゃうのよね・・・焼けば」
苦虫を渋茶で飲み干した様な顔をしながら・・・焼けた土の上を、昨日まで川底だった場所を歩くツィーア。
「・・・エリアスってさ・・・安直な解決法、好きだよね?」
さて、レズンとの約束の時間は夜・・・要は、それまで俺は暇なのである。
「なんだ、目的は十分に達成しているだろう?なら、何も問題は無いではないか」
その旨をツィーアに伝えた所、ある仕事を言い付けられた。
曰く、「工場建設予定地の水抜きの手伝いをして!」と。
「・・・急遽、作業を繰り上げなきゃね・・・まだ埋め立ての土砂も届き切ってないのに・・・」
埋め立てをする前に、まず大量の杭を打ち込む。その為には地盤がしっかりとしていなければならない・・・少なくとも、ぬかるんでいてはならないというのは明白である。
その為には排水作業を終えた後、暫く地面を乾燥させなければならないのだが・・・。
「鉄杭もまだ型が出来た所ですので・・・暫く作業はお休みですね」
やった事は単純だ。高温の『ドラゴンブレス』を用いて水を熱し、蒸発させた。
水蒸気爆発が起こらないように、少しずつ温度を見ながら火を近付ける所に、多少苦労した程度だろうか。
ただ・・・『ドラゴンブレス』の性質上、服が熱でヨレヨレになってしまい、危うく燃える所だった。頭から水を被る事で事無きを得たが。
白く輝くまで温度の上がった炎を持ってすれば、水は近付けただけでどんどん蒸発してゆくので・・・その様子が少し楽しかったというのはある。
端の方は、水を堰き止める木の板に燃え移ったら元も子もないので、かなり控えめ・・・火が赤くなるくらいの温度で作業した。板は良く水を吸っていたし、焦げることもなかった。
水を蒸発させた後は、底に残った水草などと一緒に、地面を焼いて乾燥させるだけである。
範囲は兎に角広かっただけに時間は掛かったが、魔力の消耗度合いについては無視できる程度の物だ。
「で、これで一先ずは良いか?・・・大分水を蒸発させたからな・・・今夜か明日は大雨かも知れんがな」
間違いなく大雨になるから、ここの乾燥も・・・あまり意味は無いではだろう。
「あ、そう・・・なら、取り敢えず労働者達には今日一日休息与えて。明日からまた大仕事だけど、ってね」
ツィーアがミムルに視線を向けると、彼女は畏まって去ってゆく・・・工事関係者に話を伝えに行ったのだろう。
「思ったよりも早く終わっちゃったから・・・今から行けば丁度良いかしら・・・お食事に行きましょう?予定、夜まで無いんでしょう?」
自分の財布を開かずに飯が食えるならば・・・勿論喜んでお呼ばれしよう。
工事現場の近くで、公用の小型船に乗り中心街へと向かう事十数分、行政府近く・・・比較的身分の高い人間が集まる区域へと入った。
「こっちの店には来たことは無いな」
何時も俺達がいく店は街の西部や東部・・・どちらかといえば一般人が、いや、少し裕福な商人などが出入りする繁華街で、中流階級の世界である。
街を出入りする者も多く通る為、非常に活気ある空間で、店や宿も多い。治安も・・・まあ、人の出入りが多いので多少は仕方が無いのだが、決して悪いわけでは無い。
行政府などは南部にある。ツィーア邸など、貴族やその他役人が住むのもこの辺りである。地価は高く、売っている物や食べられる物も高い。所謂金持ちの世界だ。
治安は極めて良い。最も多くの兵が巡回しているし、そもそも人は少ない。怪しい者は即座に摘み出されてしまう程である・・・スィラなどは、俺やツィーアと歩いていなければ、すぐに止められて身分証提示を求められるだろう。
では北部は?と気になるだろう。別にスラム街になっている訳では無い。単に一般市民の世界である。
集合住宅が立ち並び、安い食堂や宿が軒を連ねる、最もこの街で広い区域で、冒険者ギルドなんかもここに存在する。
治安は・・・比較的良く無いというだけで、この世界では一般的なレベルである。たまに財布がスられる程度で、極稀に人攫いが出るくらいか。
で、今回来たのは南部、その中心街である・・・身なりの良い者しか歩いていない・・・偶に、何かの手続きに来たらしい商人らしき、少し格好のグレードが低い者が歩いている程度。
一度ツィーアと行政府に来た時に訪れたが、その時は本当に行って帰って来ただけで、寄り道などする暇など無かったからして、ゆっくりと見るのは今回が初めての事だ。
「・・・土地の使い方が贅沢だな」
まず思ったのがそれだ。
こんな街中にある区域だが・・・庭園、緑が矢鱈と多い。
水が豊富なので、どこに行っても噴水があるこの街だが、それを差し引いても、噴水が多い・・・それも特大な物が。
「落ち着けるでしょ?私の祖父上が整備したのよ」
石壁から流れ落ちる水が、建物の際に沿って流れる小水路に注ぎ、それが繋がる一段低い位置にある大きな円形の噴水の下へと流れ込む。
落差で勢いを付けられた水は、段状になった噴水塔の上部に据えられた、気圧式のポンプに更に吸い上げられ、大量の水を輝かせながら、上から流す。
その水はまた別の水路を通って、運河へと流れ込む・・・と。
「魔術的な機構は使っていないのだな」
「魔術師が常にメンテナンスしなきゃいけない公共設備なんてナンセンスよ・・・電気だったかしら?それが普及したら、あの組み上げ機も半人力から電動にしてもいいかも知れないわね」
発電設備に関してだが、産出した石油の一部を使うことで話がついた。
何より、だ。工場で電気を使う設備が使えるというのは大きい・・・向こうの、ラクシアの設備とて、規格を合わせればそのまま使えるかも知れないのだ。
「ま、それは電気が余るくらいになってからの話だけれど」
船を降り、小綺麗な道を歩くこと五分・・・洒落た、というか、どう見ても高そうな、高級感ありありな飲食店へと到着した。
シックな感じで、中々良いセンスの店だ。ウェイターの青年の雰囲気も良い。かなり訓練されているのだろう。
「コース料理だけど・・・良かったかしら?」
嫌がる理由など欠片も無いので、勿論だ、と返し、ボーイに案内されるがままに席へ。
「諸々の手続きの方は大丈夫なのか?随分と煩いのが騒いだそうじゃないか」
話に挙げたのは、ここ数日の行政府内の動きについての事。
どうも、ラクシアの事が公表されてからというものの、領内外に不穏な動きがあるという。
本人への襲撃は勿論・・・一部の議員、役人が集まり、何事か内緒話をしているという。勿論、正規に召集された物ではない、別に違法では無いが、極めて怪しい物である。
更にアルタニク伯爵領南東の地・・・幾つかの小貴族が収める領地が偏在している地域にも、少し不穏な空気が漂っているという情報が入って来た。
「・・・シェム男爵領を中心とした、武器と馬用の飼料の流れの証拠で黙らせたわ。こっちからの流れは、工事に関する資材の調達の下りで止められたけど・・・反対側から流れ込んでいるのは、私の力じゃどうしようも無いわ・・・兵力を態と浮かせるくらいしか、ね」
そう、正規の常備兵力を作業員に回し、一見防御力が下がっている様に見せている・・・実際伯爵領自体の防御力は下がってはいるのだが・・・これはツィーアの誘いである。
分かり切っているとは思うが、今回の切り札は勿論、ラクシアから貸与される一部隊だ。
レヴェンガ2機に、強力な制圧能力を誇る装甲車両が7両・・・更には大射程大瞬間火力を誇る・・・筈の巡洋艦が一隻。
ただのこの世界標準の一般兵力からすれば、どう逆立ちしても勝てない相手だ・・・装甲車両等は、例え弾が切れても存在自体が殺戮マシーンとなり得る。
領地全体の防御力は確かに落ちてはいるが・・・それ以上に攻撃力、打撃力は叩き上がっているのだ。
「来るなら良し・・・来ないなら尚良し・・・ってね。あと警戒すべきは王家の介入だけど・・・ここは遠いから、体制を整える時間は十分にあるわ」
グラスの中で揺れる赤い飲み物・・・ワインでは無く葡萄水・・・を傾け、小さく喉を鳴らし嚥下した。
皮ごと絞った物だから、少し酸味がある・・・が、砂糖やら蜂蜜が適当に入っているから、結構甘い。
俺が飲むのはそれとは異なる物・・・ただの洋茶だ。勿論砂糖蜂蜜香料抜きの。
「真人教の奴らも、ここだと勢力は弱いからすぐには行動を起こせない・・・そもそも、異人種が溢れていて、尚且つ王都からも遠い沿岸部だから、影響力が低いのよね」
そうそう、真人教といえば・・・。
「・・・フェリア・コンクルスの本格的な尋問は・・・多分今頃やってるんじゃないかしら。取り敢えず、夕方には第一弾の報告が上がって来る筈よ。手荒な事は・・・向こうの立場的によろしく無いから、途中で死にました、何てことは無い筈だから安心してね」
可愛らしく、ウィンクしながらそんな事を言うものだから、為政者としての彼女の中での犯罪者の命のウェイトの軽さが分かる。
「別に今更どうと思っている訳では無いさ・・・ただ、私に会うとその度に殺しに掛かって来るのは困るのでな」
まあ、単純に言えば、適当に処分しておいてくれ、という事である。割とどうでも良い事だが。
して、ランチが運ばれて来るまで、束の間の歓談に花を咲かせていると・・・もう一組の客が店に入って来る気配。
俺たちが座っている席は、店で最も奥の上座のボックス席なのだが、そのボックス席の中でも最も下座に、入り口に近い席に座っている俺からは、入って来る人物が見えた。
一人は・・・何だかツィーアとよく似た髪の色をした中年の男だ。ネックレスやら指輪などの装飾品が多い・・・金を偶々手に入れた貧乏人がする様な、趣味の悪い格好だな。
あと一人・・・そっちは見覚えがある。
「・・・レズンだ」
俺の呟きに、ツィーアは小さく眼を細め、意識をそちらに向ける様に視線を流す事で答えた。
俺がレズンに視線を向けた際・・・彼がちらりと此方を見、パチン、と嫌に綺麗なウィンクをした。
「・・・気付かれた?」
その様だな、と返し、頭を引っ込める。
彼女にもう一人の人相を教え、誰なのか?と問うてみると・・・途端に顔を歪め、舌打ちでもしそうな位、その瞳を激情で燃え上がらせた。
「レグロね・・・レグロ・アルタニク・・・思わぬところで余罪発覚ね」
出て行って糾弾しようとするのか、席から腰を浮かせる彼女を抑え、しっ、と声を出さない様促す。
「・・・何よ・・・?」
「・・・少し様子を見ないか?・・・レグロは気付いていない様だし、どうやらレズンも私達に構うつもりは無い様だぞ?」
見る限り、レズンは口も開かず黙ってレグロの後に続き・・・かなり近い、準貴賓席に座った様だった。
「・・・情報収集、ね」
小声で確認する様に呟き、衝動を抑え込む様に小さく嘆息し、背凭れへと寄り掛かった。
さて・・・何が目的なのやら。
レグロに連れられる、退屈・・・いや、どちらかといえば不愉快な昼下がり。
頭の中で何度も何度も何度も何度も、目の前の男の脊髄を脳みそごと引き摺り出す妄想に、僅かに身体を火照らせつつ歩いていた・・・そんな思考のループは、食事処にと選んでいたらしい、高級レストランに立ち入った途端に立ち消えた。
紳士的なボーイと会話するレグロを尻目に店内を見渡していたところ・・・目が合う。
誰と?と言われれば・・・極めて特徴的な、見る度に我が目を疑う様な美少女・・・ボクの敵、エリアス・スチャルトナ。
犯したくて犯したくて犯したくて犯したくて犯したくて分解したくて吸血たくてどうしようもなく、抑える度に胸が毟れそうな気持ちになる、恐ろしく魅力的な人間。
想像しただけで舌の根から涎が溢れ、身体が芯のほうからぞくぞくと寒気に似た興奮を催す。
が、それはあくまで外には出さない・・・常識という社会のルールは、ボクの倒錯的な愛を否定するからだ。
そう、この感情は愛、一目惚れだ。
今まで出会ったモノのどれよりも、何よりも愛らしく・・・気高く・・・強い生き物。
その高みから引き摺り下ろして、手折りたくて、踏み躙りたくて、存在を冒涜したい・・・もしそれが叶えば・・・どれほど甘美な興奮をボクに与えてくれるのだろうか。
その玉肌はどれほど滑らかに刃を滑らせるだろう?血と泥に汚れた玉璽の残り香りは?・・・開いたその中身は、どれほど美しく鮮やかだろうか・・・?
と、流石にレグロにも悟られてしまいそうな程に興奮する・・・のは避けたいので、そろそろ思考の暴走を抑える。
「何を惚けている!・・・私に恥をかかせるなよ?!」
何時もならば癇癪を起こしたクソババアの様に怒鳴り散らすレグロも、外では体面を気にしているのか、声もかなり抑え気味である・・・。
全く、小心者もいいところで反吐が出る。
「・・・わかってるって」
殺すぞカス、と心の中でだけ付け足しつつ、顔には普段通りの微笑・・・親だったモノには、「何を考えているか分からない」と言われた事もある、曖昧な微笑。
「・・・ボクにばっかり言うけどさー・・・そういうレグロはどうなのさー?・・・まさか、ボクが好意でキミを手伝ってる、なんて思ってないよね?」
日中でも、注視すればは紅い光が漏れ出ていることが分かるであろう、その瞳が穏やかに・・・勿体ぶる様に細められる。
「ッ!・・・あ、当たり前だ!しっかり言い付けて調べさせている!」
忘れていたな?と、そのままくびり殺してやっても良かったのだが・・・今は辞めておく。
あまり使えない催促をして・・・ペースを崩す。多分、今ならペラペラと喋ってくれるだろう。
「シェムの武装蜂起で彼女以外を引き離す件はもう良いのかな?ボクは途中で邪魔が入るのは御免なんだけどー?」
行儀が悪いというのは分かっているが、何と無く手元でフォークを弄る・・・。
「・・・もう準備は済んでいる・・・今すぐにでも動き出せるくらいにはな」
ボクも今にでも手首を振り抜けばキミの頭にコレが刺さるけどね、とくだらない事を考えつつ・・・もう少し頑張って貰おうと思う。
「ツィーア嬢の暗殺は諦めたのー?アレはアレで向こうの戦力分散になってて良かったと思うんだけどー・・・?」
フォークの歯をぐにぐにと・・・少し曲げては戻す、という手慰み。
「・・・損失が大き過ぎる。拷問に口を割らない程度にしか訓練されていなゴロツキとはいえ、そうタダで用意出来るものではない」
じゃあなんでこんな寸前でタマ切れになるような時期からやってたんだよ、と机の下で脚を蹴り折ってやりたくなる・・・アホみたいに金を持っている分、やることは大規模だが、ただ思い付きで策を出しているのだろうか。
冒険者のパーティを数組使い潰して誘導した《スクウィッド》に、高い金を払って雇った、ポコポコと狩られていく暗殺者・・・また目が回るような金額で買収した役人を使った領主排斥活動・・・あとは・・・シェム男爵その他下級貴族の私兵と、その他ツィーア・エル・アルタニクに対して、あまり快く思っていない者たちを集めた、総勢13000の兵達か。更に真人教団に大量に貢ぎ、魔術師隊を貸してもらうだとか・・・ボクを物で釣って協力してもらう、だとか。
一体いつになったら、ボクの手元にアレが来るのか疑問だけど。
「ふーん・・・」
料理が運ばれてきた・・・ちなみにボクには無い。彼との食事は基本自腹だし、ボクはそんなにお金は持っていないし、そもそもボクは吸血鬼だからして、通常の食事は必須では無い。例えるならば娯楽みたいな物だ・・・決して意味が無いわけではないが。
「・・・で、その鬼の居ぬ間に盗み出すって言う・・・逆棘って、なに?」
ピクリ、と眉の根元が震え・・・この男の裏の顔が蠢く。
「・・・金庫の中を見たのか?」
そう・・・この男はただの間抜けでは無いのだ・・・でなければ、利用しようとも思わなかった。
「まっさかぁー?キミが悪いんじゃないのー?単にたまたまキミが留守にしてる時に、偶然金庫が開いてたんだからー・・・不用心だよね?ま、安心してよ・・・迎賓館の従業員には見られてないだろうからね」
勿論・・・本当は閉まってたけど、気になったから開けた。コレはちょっとした特技だったりする・・・数本のバーを内蔵した回転機構で構成されるシリンダー錠という物だったのだが、水を流し込み凍らせ、型を取りながら少しずつ歯の形を手前から変えて解錠するのが簡単だ。勿論、中に漏らしてはいけないし、かなり繊細な動作を求められるから・・・ボク以外に出来る者は見たことがない。数ミリの何十分の一、鍵の精度によっては何百分の一という単位で水を足して凍らせる、という作業、といえば程度が分かるだろうか。
「お前に話す必要は無いな・・・そもそも、あれはナバル様が私に下命された事だ。何に変えても達成しなければならない」
ナバル・・・誰だっけ?聞いたことがあるような、無いような・・・ま、それは今はいいか。
「それはいい・・・私がやるべき仕事だからな。だから貴様は・・・」
少しボクに対して慎重になりつつ・・・瞳の奥では煌々と意思の炎を燃やしている。
「・・・分かってる分かってるってー・・・ほんとーに耳にタコが出来るよ」
水のボトルを手に取り、コルク栓をナイフで弾き、水をグラスへと注ぐ。
さて・・・ヒントは与えたよ?と背後の仕切りの向こうへと心中で問いかけ・・・さて、と再び正面を見据える。
夜まではまだまだ長い・・・もう少しだけ、ボクも仮面舞踏会を続けるとしよう・・・。
会後のベッドの上では、仮面もドレスも脱いで貰うけどね・・・!
そして共に乱れ合う・・・赤心と本性を曝け出し、獣となって壊し合い、犯し合い・・・喰い合う・・・ボクの心を満たして貰う・・・。
「・・・でないと・・・抑えられなくなっちゃうからね・・・ボク・・・」
喉の奥から迸りそうになった哄笑・・・これはまだ出せない・・・そう。
今我慢した方が・・・後で気持ちいいに決まっているからだ。
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