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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第二章
64/94

蹂躙








闇属性上級攻撃魔術『イビルデ・ゲイル』・・・風属性魔術を模倣した魔術だが、その実態は風の刃などという生半可な物では無い。


「エリアス!スィラの防御!!」


慌てた調子で叫ぶニーレイの言葉を一切疑う事無く、スィラの前に飛び出し、対物、対魔障壁を多重展開・・・前面からの防御を徹底した。


その瞬間、叩きつけられる熱風。


木材が自然発火し、壁がぶち抜かれる。音速を超えた空気が荒れ狂い、衝撃波が床から天井までをズタズタに引き裂いた。


・・・『イビルデ・ゲイル』の特性を完結に説明すると・・・高圧縮され、高熱になった空気を、超音速で一定方向に指向放射、発生した熱風と衝撃波が凡ゆる物を破壊する・・・という、聞く限りは中々にえげつない術である。


「こんな街中でアレを使うの!?」


「さあ?だが、実際ぶっ放したな、あのキチガイは」


途轍もない爆音の所為か、耳から僅かに出血しつつ気絶してしまったスィラを担ぎながら、倒壊する店から飛び出す。


「ニーレイ、スィラを屋敷に転移」


兎に角戦闘不能になったスィラが邪魔だ。ニーレイにも、一度退却して貰う事にした。


「ほいほい・・・じゃあ、頑張ってね・・・ツィーアに怒られない様に」


なんだと?と返す前に・・・紫の光となって、スィラとニーレイが消失する・・・言い逃げやがった、あの羽虫モドキめ。


・・・確かに街をぶっ壊すと・・・というか、もう壊れているのだが・・・主にフェリアとか言う奴の所為で。


食事を摂っていたレストランは無残に倒壊し・・・ぶちまけられた残骸が通り一面に広がり、通りがかった市民にぶつかったりなどして大混乱が起こっていた。


かく言う俺も・・・通りの店の屋根に居なければ、多分押し流されていただろう。


「・・・市民の味方の真人教の人間は、自重という言葉を知らんのか?」


目の前の惨状に、ぽつりと呟いたそんな一言だったが・・・俺の相手は聴力も強化されているのか、拾っていた様だ。


「・・・私はもう真人教団員でも、枢機卿でも無いわ・・・人殺しにそんな肩書き、必要無いでしょ?」


治癒魔術を使ったのか、新たな血を流している様子は無く・・・が、首筋にはナイフが刺さったまま、ゆらりとふらつきながらも瓦礫の上に立つ彼女は、さながら幽鬼の様相を呈していた。


「・・・そうか外道。再び私の前に立った事を後悔するが良い」


我ながら、昔やったゲームのラスボスみたいな事が自然に口を突いて出たな、と内心苦笑しつつ・・・折角なので迫力を出す為、無駄に大量の水属性下級攻撃魔術『アイスアロー』の矢を、それこそ自立浮遊砲台の様に、大量に浮かべる。


「・・・死ねッ!!」


再びの、しかし、無詠唱の『イビルデ・ゲイル』が放たれ・・・。


「そうはいかんな?」


『高速アイスアロー』の乱れ打ちがそれにぶつかり・・・爆発的に広がった水蒸気が、その闘いの狼煙となった。










「・・・そう、治安維持に千回して・・・予備に千、ああ、ボレーフェルトのは戻さなくて良いわ・・・あとは作業員にしておきましょ、訓練にもなるでしょう?・・・だから・・・やっぱマズイかしら、そうね、千五百は待機させておくべきね。その方針で行きましょう」


昼下がりの行政府の一室、ここでは現在、デュースケルンに於ける兵力の再分配について議論が行われている。いや、今決定したから、行われていた、だ。


「お疲れ様です、お嬢様」


入口付近で待機していたミムルが、労いの定型文を投げ掛け、それにお嬢様ことツィーアが片手を挙げる事でのみ応えた。


「ラクシアとの話し合いはどう?戦力の貸し出しの件は大丈夫?」


現在デュースケルンでは、激増するであろう作業員その他に対し、街中の警備を増強する方向で話がついている。


デュースケルンの常備兵力は約七千、ボレーフェルトの治安維持及び警備に五百を割いているおり、呼び戻す気もないから、実質は六千五百となる。


普段は街の警備に五百、有事に備えて待機しているのが三千、非生産階級である軍の食い扶持を少しでも軽減する為、残りの三千の内二千を体力作りを兼ねた農作業に、残りの千は休暇、という風になっており、それのサイクルを兵士たちは繰り返す。


それを、今回見込めるラクシアからの戦力を計算に入れ・・・軍事力を少し生産力に回そうという話だ。


「・・・向こうが出してくれるのは、戦車三両、装甲車四両、攻撃ヘリ二機と・・・当面の運用拠点となる巡洋艦を一隻貸与してくれるそうです。あくまでこちらの要請に対して動く兵力ですので、それに対して専用の人員を配する必要はありません」


各兵器の特性、能力に関して、二人はつい先日向こうから送られた資料(翻訳はエリアス)によって、大体どんな代物なのかは理解している。


「装甲車両は、基本城壁外に待機ね。街中は・・・ちょっと狭すぎるから・・・巡洋艦は港に入れるの?」


薄い絨毯が敷かれた廊下を歩きながら、ぽつぽつと小さな独裁者は報告を聞く。


「全長三百二十メートル、全幅三十三メートルですから・・・南北どちらかに停泊している船舶を避ければ可能です・・・が、高さの問題で積荷の積み降ろしが出来ませんので、新たに沿岸に"くれーん"なる物を設置しなければなりません・・・鋼材を大量に使用します、具体的な量は資料にして執務室に届けさせて頂きました」


分かったわ、と頷いたその瞬間の事であった。


背後から駆けて来る足音。


ミムルがそれにまず気付き、廊下を走っている事に苦言を呈そうと振り向くと・・・。


「・・・お嬢様!!」


背後から迫っていたのは・・・此処の所数を減らしていた、抜き身の長剣を手にした刺客。


掃除をしていた女の使用人が悲鳴を上げると、その他職員達が驚き、我先にと逃げ出す・・・いや、ここで私を守るべきではないの?と嫌に内心冷め切った態度のツィーアは考える。


「まあ・・・必要無いけど」


この一週間、伊達に狙い続けられた訳では無く・・・余程の事でなければ動じなくなる程に、スィラを見て来た彼女からすれば、この手の奴など見慣れていた。


流れる様に腰に差した散弾銃を取り出し、撃鉄を起こし、大体の銃身の向きで照準を付ける。


気が触れた様な奇声を上げつつ肉薄・・・いや、撃つのを待っていた(・・・・・)彼女に誘い込まれた彼の末路は悲惨である。


引き金を引くのと同時に撒き散らされる、爆炎と鉛の散弾。


丁度数メートルの距離に引きつけて撃ったのは、あまり散弾が散らない内に全部当てる為。


右の太腿から下、盛大な血飛沫と肉片をぶちまけながら弾け飛んだ脚が壁に叩きつけられ・・・莫大な衝撃を叩きつけられた男の本体は、その場で強制的に前転を強いられた。


「は?あ、ぐ、ぎゃああああああぁぁぁぁッ!!?あ"ガッ!?」


「五月蝿いわよ」


ベキッ、と彼女のブーツの踵が男の口に叩き込まれ、折れた歯が宙を舞う。


「警備兵!!」


騒ぎを聞きつけた常駐兵が駆け付け、下手人を拘束して行く・・・多分、間も無く失血死するだろうが。


「・・・お嬢様、この者は如何しましょう」


ミムルの問い・・・何度も言うが、貴族はその時の気分で犯罪者を裁く。


「・・・チャイカ(かもめ)の餌」


端的な答えに、兵は少し顔を青くしつつ、了解、と応え、刺客の男を引き摺って行く。


因みに、その内容は人間を檻に閉じ込め、海辺に吊るす事で鴎の餌にするという、要は生きたまま鳥葬されるという沿岸都市では比較的ポピュラーな物である。


端的に言えば、死刑だ。


それからもう一つ補足すれば、この世界の鴎、《チャイカ》と呼ばれる鳥は、昔の鴎では無く・・・一回り大きく、水魔術まで使う魔物の一種である。勿論肉食。


弱っている生き物か、自分より遥かに小さい生き物しか狙わないので、特に普通に沿岸に住む分には害は少ない・・・魚を偶に盗むくらいで。


血の匂いにも敏感なので、きっと良い餌になるだろう・・・明日には骨しか残っているまい。


「・・・あまり慣れたくは無いのだけど・・・我ながら、(あたし)も手慣れて来た物ね・・・」


硝煙が未だ立ち上る散弾銃からカートリッジを排出、慣れた手つきで持ち手側面のホルダーから、新たな散弾を装填する。


「しかし、多人数相手にはそれは向きません・・・護身用としては良いですが、過信は禁物ですね」


分かってるわよ、と銃をホルスターに突っ込みながら、ツィーアは床の掃除に励む使用人を見やる。


「・・・今度、ラクシアから・・・じどーしょーじゅう?と、てきだんとー?を買うんでしょ?ミムルも武装して、それで守ってくれるなら文句無いんじゃない?」


つい昨日の事である。ツィーアが持つ武器、そして現在非武装のミムル、その両方の強化を狙って、ラクシアから新たな武器の購入を取り付けた。


かなりの対価を要求されたが・・・まあ、この初歩的な散弾銃では、防御に不安を覚えたからして・・・必要経費である。命は金よりも大事なのだ。


「・・・それから、防弾衣ですね。武器ばかりでは命は守れませんから・・・」


化学繊維製の防弾、防刃衣、これが実はミムルの本命である。


体力的な問題もあり、ツィーアが常に鎖帷子などの鎧を身に付けることは難しい。そして何より重く、迅速な行動が出来ない上、一応文官という体面をとっている以上、そう過剰な武装を、外から見える形で為すこと自体が慣習的なご法度になってしまう。文官と武官が見た目で区別がつかない様ではいけないのだ。


その点、衝撃は殺せないが、致命的な負傷を避けることが出来る、特殊繊維で作られた服というのは便利だ。何より軽い・・・少なくとも布だけならば。


色はどうしても地味なので、下着の上、上着の下に着ることなる・・・が、その方がどちらにせよ好都合だろう。


「オシャレなのを期待してるわ・・・それから、西部の住民の移動についてだけど・・・」


と、言葉を継いだその時である。


ズン、と遠い、しかし大きな地響きの様な音。


尋常ではない、どう考えても非常事態なその音に、大体聞こえた方向の窓を開いて遠くを睨む。


「・・・ミムル、兵に住民の避難と消火作業の支度をさせて」


はぁ、と深い、地の底に届くかと思う程に深い溜息を吐く。


「・・・そろそろ、エリィにも何かして貰おうかしら・・・流石に、ね・・・」


何をさせてやろうか、とこめかみをヒクつかせながら、彼女は引き攣った笑みを浮かべ・・・自分も再度の予定の組み直しの作業の為、執務室に脚を向けた。










予想攻撃線を見切り、必要最低限の距離で回避する。まさしく言うに易しく、為すに難い技術である。


実際の話、単なる突きだろうが何だろうが・・・首を少し傾けるだけで躱せる、と分かっていても、どうしても場数を踏んでいない、謂わば精神的な素人は大きく動きがちである。何たって怖いものは怖いのだ。


・・・例えば、今俺の真下を通り過ぎた『イビルデ・ゲイル(熱衝撃波)』の様に。


過ぎ去った、風を装う上級闇魔術は、背後の家屋を纏めて二、三軒程吹き散らし、その高熱で残骸を自然発火させる・・・まさしく暴力的な威力である。


その下手人の女と言えば・・・。


「ふ、は、ふははははははっ!逃げてないで、勝負しましょう?じゃないと・・・全部焼けちゃうわよ?」


無詠唱で魔力の消費を感じさせぬ程の速度で、『イビルデ・ゲイル』を連射、狙いはアバウトで、大体俺の方に狙って来てはいるのだが・・・少し、建物を狙っている感じがある。


・・・破壊という行為自体に酔っているのかも知れない。


さて、俺が反撃を上手く出来ない理由は幾つかある。まず彼女が放った魔術による火の鎮火の為、辺りに水を撒き散らしている事。


第二に・・・こちらは水平射撃が出来ず、どうしても射線の確保に苦労する事だ。


なんで出来ないかって、もし躱されたりでもしたら、その向こう側の被害がとんでもない事になる・・・超音速の氷の矢は、それこそ後装式高初速加濃砲から撃ち出される砲弾、徹甲弾その物である。あんな煉瓦造り、木造建築の建物など簡単に貫いて、一体何処まで飛んで行くか分かった物では無い。


火属性魔術など論外である。消火作業をしている端から着火など、頭が沸いているとしか思えない。


と、なると・・・近接戦闘で持って行くしかあるまい。


腰からカルマを抜刀、魔力を流し込む事で刀身を伸ばし、鋼の刃付きの鞭を形作る。


「せいっ!!」


後方へのステップを斜め前方、向こうの射線を躱しつつ接近する方に変更、順手に持ったそれを横薙ぎに振るう。


「ッ!?ちっ!」


熱風を浴び、赤く熱を帯びた刃先が迫って来るのを認めたフェリアは、先程までの悠々とした歩みを辞め、肉体を魔力循環で強化、大きくバックステップをして回避した。


短剣と雖も、その最大射程は・・・試した事は無いし、コントロールの問題も考えたことは無いが、基本制限は無い。


鎖型とはいえ、鞭は上手いこと振るわないと自分に刃先が飛んで来るから・・・あまり無茶は出来ないが、こうして二十メートル程度ならば、相手を巻き込む瞬間に刃を伸ばす事で、射程を延長する事が出来る。


馬鹿みたいに金属音が五月蝿い事以外は、極めて有効な武器である。


・・・それから、先程のフェリアの言葉を借りれば・・・。


「・・・こんな事も出来る、と」


「なっ!?」


通り過ぎた筈の刃の鞭が、不自然に空中で停止・・・次の瞬間、全くの逆方向に、跳ね上がる様に振り抜かれる。


「コイツは少し食いしん坊(・・・・・)でな、どうも早くお前の血肉を喰らいたくて仕方が無いらしい・・・」


手元でしっかりと、刃の重量に耐えて固定する事が必要だが、この様に慣性に逆らった無茶な運動も出来る、という便利さ・・・まあ、使い手は選ぶだろうが。


当たり前だが、魔力で伸ばしたとは雖も、その刃の重さは軽減される訳では無い・・・つまりは伸ばした状態は滅茶苦茶重いのである。


破壊力の上昇は歓迎すべきであろうが。


さて、先程の不意打ちで彼女が体勢を崩した隙に接近、一息に距離を詰め・・・カルマを鞭から長剣に変形。


「くうっ!!」


彼女も先程まで飾り状態であった長剣を抜刀、こちらの一撃を上手く受け流す・・・上手いな、剣技。


かなりの勢いで『魔念力(ヴァリーニェ)』を用いた固定まで使って撃ち込んだのにも関わらず、片手で弾かれた。


「・・・こっちだけじゃ、ないのよッ!!!」


相手の・・・先が無い肩口の方に魔力の収束を確認、振られたそれを・・・潜り抜ける様に躱す・・・あくまで距離は空けない。


「・・・『スライサー』の刃か?」


不可視の空気の刃・・・本来中距離攻撃魔術である筈が、それをまるで剣の様に使っている・・・その問いに、彼女は軽く口の端を吊り上げる事でのみ応えて来た。


なるほど、その様な使い方もあるのか・・・いや、風属性魔術は苦手だからして、直接の応用は出来ないのだが・・・。


「・・・武器なら、いくらでもあるのよ!!」


今度は脚先から風の刃が出力され、蹴り上げの要領でそれが迫って来る・・・これは剣でも受けられるのだろうか。


横合いに回避しつつ刃をそれに翳すと・・・受けた部分から先が消滅した様だ・・・だが、根元は健在か。


「・・・この剣を受ける事は出来ない様だな」


腰だめの構えから、相手の腹部を両断する軌跡の斬撃・・・は、彼女が合わせた刃に軌道を逸らされ空を斬る。


「その剣が魔力を斬るからでしょッ!!」


剣を振り切った隙を縫って、風の刃が右方から迫る。


「・・・残念ながら、この剣に関してはまだ研究中なのだ・・・まだまだ色々おかしな機能はあると思うぞ?」


右脚を半歩引き、返す刀で斬り下げ、風の刃を防ぎつつ、胸部から腹部を狙う。


「よくも、そんな正体不明な魔剣を使えるわね!」


彼女は中々真面に刃を合わせて来ない・・・力押しでは負けると分かっているのだろうな。


「・・・焦れったいな」


魔力を注ぎ、刃幅、刃渡りを延長・・・バスターソードの様な大剣に変形する。


「ッ!!」


それを力任せに、相手を縦割りにせんと大振りに、相手の射程外から叩きつける・・・が、退いたか。


「・・・一発で潰れてくれれば助かったのだがな」


ズズッ、と石畳を砕いてめり込んだ大剣を引き抜き、肩に担ぐ形で構え直す。


「・・・反則でしょう、そんな剣・・・!」


今度は・・・大威力の闇魔術『イビルデ・ゲイル』が飛んで来る・・・が、瞬間的に展開された対魔障壁、または大剣の腹に阻まれ、一瞬たりとも、俺より後ろには到達しない。


「・・・これも防げるか・・・なら、もう少し大きくすれば全身隠れられるな」


大剣を更に幅広に、長大に変形・・・刀身だけで俺の身長を優に超える、まるで鉄柱の様な剣が形作られた。


流石にもう、常に『魔念力ヴァリーニェ』を行使しなければ、安定して立つことも・・・というか、地面に沈む程の重量だ。靴が駄目になるので、ぽいっと両脚から革靴を蹴り飛ばす。


「・・・これだけの剣なら・・・小技も使えんだろう?」


『ヴァリーニェ』で体重を分散させた脚で蹴り出し・・・それでも石畳が沈み込んだ・・・全身を用いて、超大剣と化したカルマを横薙ぎに振るう。


「がっ!?」


流石にこれだけのリーチと重量を持っているからして、その威力は圧倒的である。


彼女の持つ長剣は、掠っただけで折れ曲がり、弾かれて道端の残骸の木の柱に突き刺さった。


・・・弾かれた彼女の手も無事では無い・・・その細い指が不可解な方向に折れ曲がっている。


「降伏すると良い・・・ただでは済まないとは思うが、幸いここの領主は寛容だ。首の皮一枚繋がるやも知れんぞ?」


ブォン、と風切り音と共に、再度大剣を構え・・・流石に自由自在にとはいかない大きさである。力の問題では無く、主に取り回しの問題で。


「・・・誰が・・・二度と負けない、そう決めたの、よッ!!」


何度目か分からぬ、吹き荒れる熱風・・・だが・・・。


「・・・無駄な足掻きだ。そう同じ技が通じると思うなよ?」


こちらが生み出すのは・・・単なる水。


だが・・・普通の量だと思っては困る。


「・・・『ダイダルウェーブ』だ」


水属性上級範囲攻撃魔術『ダイダルウェーブ』・・・一挙に生み出した大量の水で、特定範囲を押し流す技・・・直接の殺傷力はあまり高くないが、閉所での戦闘や、高熱の魔術に対するメタになり得る、中々に有効な術だ。


激突した水と高温の熱波が大量の水蒸気を生み出し・・・延々と途切れること無く押し寄せる水が、徐々に押し始める。


「ほら、どうする?このまま海まで流されてみるか?」


「なんのッ!・・・『ウールワインド』!!!」


何と二種類の魔術の同時使用だ・・・しかも両方とも上級魔術である。


熱風に加え、爆風の様な風の刃を含む風が吹き、大量の水の向きを全て運河へと押しやる事に成功した・・・だが。


「・・・『魔念力(ヴァリーニェ)』」


・・・健闘もここまでだ。


「ッぎ、っ・・・ッ!?」


がくり、と不自然に彼女の身体か反り、横合いに引っ張られ・・・石造りの壁に、壁面が少し崩れる程の強さで叩きつける。


「まだ死んでくれるなよ?・・・ほら、次だ」


再び弾かれる様に宙を舞う彼女の身体・・・次は、瓦礫の山にでも突っ込んで貰おう・・・これ以上建造物を壊すのは偲びない。


幼児が振り回す人形の様にしなったそれは・・・ぐしゃっ、という、生理的嫌悪感を催すような音と共に、崩れた家屋に激突した。


「・・・さて・・・少々時間を掛け過ぎてしまったが・・・」


まあ、色々と得るものは多かったと思う。彼女は魔術と魔術の繋ぎ方、間髪入れず撃ち出すのでは無く、しっかりと前後の術が干渉し合わないように気を遣っていたと思うし・・・少し、風属性の魔術のイメージも理解出来た気がする。


例えば、あの『スライサー』を近接攻撃に使うのだとかだ。あれなら・・・。


「・・・いけるな」


元々気流操作なら、細かい加減は兎も角可能だったのだ。手先から生える刀剣をイメージする事で・・・全長一メートル半程の、不可視のブレードが出現した。


軽く振る限り重量も無く、触れただけで石畳に薄い亀裂が入る・・・斬れ味も十二分、と。


今度から使わせて貰おうか・・・が、不可視とはいえ、コレを展開すると勢い良く風か吹き出すからして・・・展開すればバレバレだろうな、絶対。


まあ、即応性は高いだろう。近距離からノーモーションで展開、斬撃刺突なんて事も可能・・・良いな。


さて、そんな研究はさて置き、仕留めたであろう、フェリア・コンクルスの生死を確認しなければならない。


死んでいるのなら首を落として身体はこの場で焼く、生きているなら・・・それはその時考えようか。


そうだ、もしかすると最初から『魔念力(ヴァリーニェ)』で仕留めれば良いのでは?と思う者も居るかも知れない・・・それは少し難しい事なのだ。


魔念力(ヴァリーニェ)』は大量の魔力の放出、運動、凝縮などの精密な魔力操作が肝である。


ニーレイの言う、魔術工学的に言うと、術式というヤツが複雑精緻でないと意味が無い、しかも、それが刻刻と変化し続けるのだ。


さて、この術式というのは謂わば"魔力で編まれた幾何学図形"であるという。初耳であったというか、ついこの間聞いた。例えば、火属性下級攻撃魔術『ファイアーボール』だと、正円に正八角形を内接させた形になるという。


この術式を直接使うのが俗に言う呪術師であり、彼等はこの図形を特殊な魔力伝導性が良いインクで書き、そこに魔力を注ぐことで、魔術を行使する・・・だから、彼等は魔術師の仲間でありながら、凡ゆる図を図示する幾何学者でもあるのだ・・・コレはかなり精密な作業を要する。


さて、魔術師はそんな面倒な事は考えない。大体イメージと勘だけで魔術をポンポン行使している訳だが、勿論、その方式でも魔術師は魔術を発動する事も出来る。というか、それが正規の方法だ。


ところが魔術師が魔術を行使する時、その図形を思い浮かべる事が無くとも術式は勝手に構築され、それに魔力を通すというプロセスで魔術を行使するというポイントは同じなのである。


さて、ここからが先の疑問に対する答えだ。魔術は術式を通すことで正常に発動し、効力を発揮する・・・では、コレがずれたり、乱れたりすれば・・・どうなるだろうか。


当然発動しない。効果がおかしくなる、操作が効かない・・・などなど、様々な不具合が出るのは明白な事である。


コレを意図的に為す、相手の術式構築過程で魔力により介入し、その発動を阻害する・・・そういう術があるという事を、ニーレイは教えてくれた。


やったことは簡単だ。俺が『魔念力(ヴァリーニェ)』などの精密かつ、術式構築に時間が掛かる(らしい)術を行使し、それにニーレイが介入して術を滅茶苦茶にする・・・一回もやれば良くその恐ろしさが分かる。


まず制御が効かなくなる。試しに浮遊させた岩が潰され、砕けて砂になった。


最後にはそれらを保持する事が出来なくなり、塵は風に吹き散らされて行ってしまう・・・。


いとも簡単にやって見せてくれたそれだが、俺には出来ない。そもそも、魔術自体の術式すら目に見えないし、感じない。


どうなっているか、その構造も分からないのだ・・・どう崩せば良いか分からないのに、そんな事が出来るわけが無いのである。


しかし、相手もそうだとは限らないのが世の常である。


そしてこの術式構築妨害は、より高度な、精密な、そして出が遅い魔術に対しての影響力が高いのである・・・単純な既存魔術に関しては効果が薄い、はたまたは弱める事は出来ても発動自体までは妨害出来ないというのが、ニーレイの話である。


「構築済みの術式は構造が割と強固で、ただ魔力を当てただけじゃ崩れてくれない・・・精々、数カ所に集中させて、軽く辺の一つをずらす程度が関の山なの・・・特に、単純な構造だと、一本一本の魔力線も太いから尚更ね・・・ただ、精密な魔術になると、線も細いし、構造も複雑・・・一箇所でも乱れると正常に動いてくれなくなるから、すごく有効なの」


と、いう事だ。


つまり何を恐れているかと言うと、開幕から相手に余裕のある状態で大技を出し、術式構築を邪魔され、そのままの流れで反撃・・・という流れを作りたくなかったのである。もしかすると、そこからでも力で押し戻せたかも知れないが・・・そういう癖を付けるのは良くない。


時には力でのゴリ押しも有効だろう。だが、頼るのは良くない。工夫を捨てることは最も唾棄すべき愚行だ・・・思考を辞めては進歩も無いのである。


術式崩壊のデメリットはかなり大きい。それが精密であればある程、大量の魔力を使えば使う程、影響も大きくなってしまう・・・。


まあ、それはさて置き、だ。


瓦礫を適当に蹴散らし・・・血が付いた石の辺りを足で掘り起こす事にする・・・見つけた。


緑髪の至る所を赤黒く染めた、ずたぼろな肉人形・・・関節は勿論、折れた骨が肉を食い破り、全身見るも無残な姿になった彼女。


爪先で顎を持ち上げ・・・た所で、それの首が跳ね、ゲホッ、と血痰を吐く・・・生きていたのか、コレで。


さて・・・どうするべきか・・・止めを刺すべきか、生かして兵に突き出すか・・・と迷っていると、背後に魔力の放出と同時に現れた者の気配。


「・・・エリィ」


現れたのは、ニーレイの転移で飛んで来たツィーアと、頭が痛むのか、酷く顰めっ面をしたスィラだった。


「ああ・・・事情は聞いているか?」


恐らく二人に連れられて来たという事は、話は道すがら聞いているだろう・・・。


「ええ・・・それ、生きてるの?」


あと数分もほっとけば死ぬだろうが、まあ、一応はな。


「・・・じゃあ、出来るだけ治癒してから運んでくれる?・・・色々と聞きたいことがあるから」


なるほど、事情聴取か。ならば・・・。


水属性治癒魔術『シーキュア』を目一杯・・・しようとした所で、ニーレイに止められた。


「あのね、エリアス・・・それ、そのまんま治すつもり?」


おう・・忘れていた。『シーキュア』は本当に治すだけ(・・・・)の魔術なのだ。この状態で治すと・・・まあ、あちこち骨が飛び出た異形の人間になる・・・生きる永らえる事は出来るが。


という事で、形を整えよう。飛び出た骨をぐいっと押し戻し、適当にめくれ上がった肉を合わせておく。


「・・・ギッ!?あ、ガアァ!!!ギャッ!!?」


・・・寝ていても痛い物は痛い、というか、目が覚めてしまった様だ。


「五月蝿い、寝てろ」


ベストな力加減で落とされた斧槍の柄が、彼女の意識を再度刈り取る・・・「・・・耳の中で音がぐわんぐわん言うんだ・・・」とまあ、先程耳をやられて気絶してしまったことを根に持っているのだろう。


さて・・・大人しくなってくれたお陰で、身体の形は整えた。後は・・・中身がおかしくなっていない事を願いつつ、大出力の『シーキュア』を発動。


「・・・はぁ・・・まーたコレの復興にお金が出て行くのね・・・金貨に足が生えたみたい・・・全部が全部エリィの所為じゃないけどね、今度何かお仕事して貰うかも知れないから、覚悟しておいてね?」


・・・俺もタダ飯喰らいは良くないと思っていた所だ。寧ろ、精神衛生上、その方が良い。


「それは出来うる限り、喜んで力を尽くそう・・・で、コレは何処に連れて行けば良い?」


「後から兵が来るから・・・引き渡せば所定の場所に連れてくわ。もう少し待ちましょう・・・その間に」


ツィーアの・・・翡翠色の瞳が、ジロリと俺を正眼に睨む。


「・・・その道に散らばった瓦礫と、運河を塞いでる瓦礫・・・片付けてくれる?」


まあ、それくらいならば・・・ちゃっちゃと片付けてしまおうか。


「それが終わったら、石と木の分別ね・・・あ、使えそうな物も掘り出して別の所に置いておいてね」


・・・どうやら、今晩の夕食は何処か外で食べなければならない様だった・・・くせえ酒場の飯か・・・。


「じゃ、私たちは先に帰ってるから」


うるせえ、少しくらい手伝え羽虫モドキ。


・・・流石に面と向かっては言わない。基本的に平和主義(・・・・)なのだ、俺は。


それから・・・。


「・・・面白い(オモチャ)も拾ったしな」


整形途中にこっそりとちょろまかした短剣、レンジャー・レプリカ改を、袖の中にこっそりと隠した。





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