狂鬼
珍しく数日で打ち切りました。この数日は移動が多くて、執筆時間が結構取れたお陰ですね。
静かな聖堂。
贅の限りを尽くし、彩られたステンドグラスから射し込む色とりどりの光が、その無駄に広い内部を薄く照らしていた。
コツコツ、と嫌に大きく足音が響く。
「・・・礼拝者とは珍しい」
祭壇に祈りを捧げていたらしい、初老の司祭が顔を上げる。
喋った事自体久々だったのか、その声は掠れに掠れていた。
「・・・仮にもここは教会だろう?祈りの一つでも捧げる程度、赦されるだろう?
その幼く、その割りに透き通り耳から背筋まで緊張させる程美しい声の割りに・・・威圧的な言葉遣いに、思わずといった様子で彼は振り向く。
女神が居た。
薄っすらと青みを帯びた黒髪は、射し込む陽の光を照り返し輝き、肌は冬、街を覆う新雪よりも透明感がある。
閉じられた瞼を包む睫毛は美しく反り返り、すっと通った鼻筋、薄いが、それ故に均衡の取れた唇、そしてそれら全てが織り成す絶対の美。
並んだ木の長椅子の一つに腰掛け、前の椅子の背凭れの上に組まれた手を乗せ祈る様子は聖女の具現、しかし、絡み合う指は何処か扇情的な魅力を放ち、見ているだけで、どこか背徳的な感情を呼び起こさせる。
聖職者であり、既に枯れた身ではあったが、それでも原初の、十年も前に忘れた男の感覚を彼に取り戻させる程であった。
何を祈っているのやら、一分も目を閉じ黙っていた幼い彼女は、ゆっくりと目を開けると、穏やかな笑みを浮かべ、正面の祭壇に立つ司祭を見やった。
「・・・他に信者は、いないのか?」
声を掛けられた。その事に気付くのは、彼女が怪訝な顔で溜息をつく迄の数分間の時を要した。
「・・・居らんよ。デュースケルンにはそうした土壌が無いからの」
人間以外を文明人と認めない真人教。
この獣人、魔族すら入り乱れるデュースケルンにおいて、そんな物が歓迎される訳も無く・・・大都市にも関わらず、信者数は極めて少ない。
何せその差別相手と良く密着した都市だ、逆にこちらが白眼視される、というのは、この教会に赴任してからの経験からよく分かって居た。
「司祭、お前はどうなのだ?この街を見て、何かその教義に疑問を抱いた事など無いのか?」
なかなか、どうして不思議な事を言う子供が現れたものだ、と男は顎を摩る。
「・・・わしにとって、教義なんざ口で唱えるおまじないみたいなものじゃよ。ここに住んでいる者なら皆知っておろうて・・・獣人も人間も大して変わらん・・・生憎魔族は見分けが付かんのでな、まあ、どっちにしろ、大した違いなんぞ無いんじゃろうなぁ・・・」
これは本音だった。事実、獣人は兎も角、魔族と人間は殆ど見分けが付かない。
眼の色や髪の色が、明らかに人間では無い者・・・例えば紫だとか、緑だとか、青だとか・・・は魔族だろう、と検討は付くが、それ以外は切ったり殴ったりでもしない限り分からないだろう。
話しても変わらない、寧ろ、こちらが真人教の司祭と分からなければ普通に話せる相手である、というのは、普段人と話すことはあまり無く、信者が少ないが故にあまり顔を知られていない彼は良く知っていた。
「じゃが、わしはコレで俸給を頂いている身・・・お勤めじゃからの」
今となっては、信心など欠片も無いのだろうなぁ、と今更ながら自己分析してみる。
かつては信心深く、熱心に毎週毎週お祈りしていたものだ。
今でも毎週の祈りは欠かした事は無いが、具体的な中身はいつの間にやら抜け落ち、ただ形だけ、体裁だけ整える様な物になり果てている、というのは認めるしか無かった。
「信者が居らんのでな、このだだっ広い教会の掃除をするのはわししか居らん・・・毎日掃除して生きているのだけで精一杯じゃ、無駄な事を考える暇なんぞないわい」
自分で言っておいて、何だか寂しくなって来てしまった。
なんと惨めな生活か。金だけは司祭という立場の下、有り余る程蓄えてあるが、それを使う暇など皆無に等しい。
食事の一つとて、外食でもしない限り淋しい物だ・・・料理する手間も億劫だからだ。
「・・・わしもさっさと退職して、隠居したいもんじゃがの・・・どうもこの教会は"流刑地"だなんて呼ばれとって、誰も来たがらんのじゃよ・・・」
なるほどな、と今の今までの長話を黙って聞いていた少女が立ち上がる。
「有意義な話だった・・・礼を言おう」
ところで、と、思い出したかの様に声色を変えた。
「今日以降、告知されるとは思うが、アルタニク家はとある大事業への出資者を募集する。そこで出るであろう、将来の利益は出資額に応じて出資者に配当されるという、新機構で運営するそうだ・・・これは単なる独り言だが」
革靴の踵を鳴らし、ゆったりとした歩みで観音扉の向こうへと消えた彼女を見送り、先程の言葉の中身を吟味する。
「・・・まあ・・・様子を見てからでも遅くはあるまいて・・・」
その二週間後・・・堂々とストラトリオルの【御殿】に辞表を送り付け、一つの精密部品工場の大口株主となった慈悲深い彼は、その後、とある事情で激増したデュースケルンの孤児達を一緒くたに養いつつも、生涯に渡って豪遊に耽ったという。
「・・・良くこんなところ、足を踏み入れようと思うよね」
極めて不思議そうな風で問う、外で待機していたニーレイと合流・・・興味本位で訪れた、真人教の寂れた、しかし大きな教会を後にする。
「偶には敵の懐で胡座をかくのも良かろうと思ってな、何、少なくとも無意味では無かったさ」
「そう・・・」
襟から服の中へと飛び込み、胸元から頭を出す彼女が体勢を整えた事を確認し、改めて本来の目的地へと向かう。
さて、今日俺が街に繰り出したのは他でも無い、二つの関連した用事を漸く済ませよう、という訳だ。
路地裏から屋根上へ、俺からすればゆっくり、しかし常人からすれば常軌を逸した速度で跳ぶ。
「・・・西表通りだよな?あの喫茶店は」
「うーん・・・多分ね、あ、今度はケーキまるまる一つね、欠片じゃなくて」
肥るぞ、と軽口を叩きつつ、目的地の喫茶店の裏へと着地・・・見ていたのは、毛むくじゃらの野良愛玩動物のみ。
「ここだな・・・珈琲、まだあるかね」
「・・・あんな泥水のなり損ない見たいなお湯の何処がいいの・・・?」
お子ちゃまには分からん、と煽ってやると、胸板をポカポカと殴るタイプの抗議を黙殺し、表へと出て店の戸を押し開ける。
・・・既に相手方は既に待機していてくれた様だ。
「あ、エリアスさん!こっちですよ」
うるせぇ、言われんでも分かっとるわ。
決して、この手の暴言は口には出さんが。
「ああ、メル。早いじゃないか・・・まだ二十分近く猶予はあったと思うが?」
「いえ、今はやることも無く暇でしたので、お先にお待ちしてました・・・そう言うエリアスさんも随分とお早いですね?まだ朝の九時前ですよ?」
体内に時計でも持っているのか、恐らくは正確な時間を知っているのだろう、彼女にそんな事を言われると、急ぐ必要も無かったな、と少し後悔した。
「かく言う私も暇でな・・・それはそうと、本題を先に済ませないか?」
彼女の向かいの席に着席、珈琲と・・・なんだコレ、しぇるるぁあと・・・兎に角、ニーレイが指定した上手く読めない品名の物を頼んでみる。
「では、確認してくださいね」
メルが足下に置くバックパックから取り出したのは、一封の包み。大体サイズは四十センチ四方くらい。
受け取り、あまり破らない様、丁寧に包装を開き、中身を検品・・・。
中身は暗灰色の光沢がある厚手の布。ざらりとしたその鑑賞は・・・何だか俺からすれば懐かしい物だった。
「・・・布?」
傍目には単なる暗い色の布であるから、この正体が分からないニーレイが首を傾げるのも無理は無い。
電線被覆体、耐熱防炎服や、航空機、宇宙船の部材などに使われる、ポリイミド繊維の派生品で、極めて高い耐熱性、絶縁性、化学的安定性、対摩擦強度、強靭性を持ち合わせる、ナノテクノロジーの結晶足る化学繊維がコレだ、この世界でコレを作ろうとすれば・・・あと千年近くは必要かも知れない。いや、順当な、元の世界の技術の発展からの計算で、この世界ではどうなるかは分からないが・・・案外、二、三百年で出来たりしてな。
「ああ、多分間違い無い・・・では、コレは貰っておこう」
と、再び包んだそれを、持参した肩掛け鞄の中に押し込んだ。
「で、そっちはどうなのだ?予定を合わせるのに難儀していた所を見ると、大分忙しい様だな?」
事実、彼女は今日の午前中しかこの街には居ない。その僅かな時間でこの取引を行っているのだ・・・まあ、時間は作ったは良いが、開け過ぎた様だが。
「そうですよ、聞いてくださいよ!ユキさんったら、輸送に使う〜とか言って、私にマニュアルだけ渡してブレストに放って、放置されてミサイルランチャーに立派な木まで生えてる状態のサヴォア級の整備しろとか言って来たんですよ!?無茶苦茶だと思いません!?核融合炉だって今更起動するかも分からないのに!!!」
サヴォア級・・・何だったか、超速巡洋艦とか言う肩書きが付いていたヤツかね、いや、まともに覚えてなど居ないが。
「・・・まあ、なんだ、頑張れ」
・・・船は完全に放置していたのだろうか・・・まあ、あっても仕方ないよな、海の向こうに行くわけでもあるまいし。
「クラセクトは居ますけど・・・あれ、コレ言っちゃいけないヤツだったっけ・・・?」
「クラセクト?まだ動くのが居るのか?」
内心、コレにはかなり驚いた。クラセクトは、俺からするとかなり身近なロボットの一つである。
見た目は前脚が発達した、(虫にしては)巨大な鋼の昆虫。その正体は、何でも整備する、手先が常識外に器用な奴。
模様などは無く、ただ無骨な鋼の塊だが、意外と動きは早い。ただ、精密機器の塊なので・・・ちょっと壊れやすいのが偶に傷だ。
頭の左右に付いたつぶらなカメラがチャームポイント(?)である・・・可愛いという感想を抱く物好きも偶に居る。
別にクラセクトの実寸大縫いぐるみが欲しくて、オークションで相場の1.5倍で落としたとかいう事実は無い。無いったら無いのだ。
・・・アレ、何処行ったのだろうなぁ・・・一回引っ越した時に・・・いや、この話は辞めよう。
「あれ、ご存知でしたか?」
まあな、と適当に流・・・。
「可愛いですよね」
「ああ・・・って、何を言わせるか!」
・・・せなかった。ちっ、こいつ微妙に深くまで突っ込んで来やがる。
「いやぁ、あの丸っこい頭とちっちゃい目の組み合わせが絶妙ですよねぇ・・・アレ作った人、センス?って言うんですか、センスありますよね!」
「クラセクトの製作者のセンスなど、お前の脳みそのシナプスの本数ぐらいに興味は無いが、よくもまあ、そんな物が残っている物だな」
運ばれて来た珈琲と・・・しぇる・・・なんたらという、パイの様な、小麦色に焼かれたパリパリの菓子が運ばれて来た。
少しだけ味見・・・ただのパイだな。美味しいか、と言われれば・・・まあ、イケないこともない、というか、美味しい方だと思う。
が、俺のメインは珈琲・・・別にパイも胃の腑に放り込んでも構わないのだが、ニーレイが多分拗ねるからな。
皿を持って机の下、膝の上にそれを乗せると、ニーレイが上着の裾から出て来てそれを突っつき始めた。
「・・・工場は、西部の湿地帯を埋め立てた所に作るそうだ。少々地盤に不安は残るが・・・時間が掛けられないからな・・・まあ、予定されている工場は平屋で木造だ。鉄筋コンクリートのビルディングを建てる訳では無いから、大丈夫だろうさ」
「工程はもう決まっているのですか?」
一口、珈琲の液面を揺らし音を立てぬ様に啜る。
「いや・・・今日、緊急議会を開いてな、そこで今回の出来事の概要の説明と、以降の行動予定を議論するそうだ」
方針は既に決まっているのだ、後は話を通すだけ・・・まあ、領主貴族という一種の独裁者の方針を理屈も無しに捻じ曲げる事など、この世界では不可能だからして、ツィーアの提案はまず通ると思う。
「細かい原油の採掘輸送計画、土地の干拓埋め立て、工場設営と機材の搬入に、それらを為す人材の確保・・・まだ何一つ進んではいない。本格的に計画が動くのは、早く見積もっても二週間・・・建築は、資材の備蓄状況にも依るが、一ヶ月は掛かるだろうさ」
木材一つを取っても、建てる工場の面積は広大で、小さな山一つをハゲ山にしても足りない程かも知れない。
更に、今回から本格的に運用される原油・・・その精製過程で出るアスファルトも、その資材の一つである。
だから、順序としてはまず、採油精製施設、燃料備蓄施設の建設と、チェルボロト〜デュースケルン間の輸送路の確保。
それから予定地である湿地帯の干拓に入り、工場を・・・というのが大筋。
実は輸送路の確保、というのが案外大変な事である。
最初はパイプラインの建設、という安直な手を提案したのだが、設備の管理、保護、整備、信頼性その他諸々の問題の観点から却下された。
技術力的には問題は多いものの、設営自体はそう難しい事では無い。
しかし、未だ工業規格のこの字も無いこの世界の個人工房メインな工業力では、正確な寸法のパイプを大量に用意する事ですら四苦八苦する事になる。形状は勿論、材質、強度にも差異が出れば、それこそ安心して使うことなど出来はしない。
ではどうするのか。
船を使う。折角湿地に大河川と有力な港湾機能を持っているのだ、コレを利用しない手は無い。
が、デュースケルン北北東約80kmの位置にあるチェルボロト、予定採掘地点までの間の湿地帯は水深がかなり浅く、輸送用の大型船舶が通る為には水路の掘削作業が必要だ。
艀を使う手もあるが、外洋でも運用可能な大型輸送、油槽船舶を新たに建造する予定で話は進んでいる。これは前払いとして提供された新たな技術の運用試験という側面も持っている。
・・・此処だけの話、百メートル級の金属外殻船である。動力も新式のかなり強力な代物になる予定・・・産業革命も真っ青な、な。
「・・・そんな事して、王国の方は何も言って来ないんですかね?」
「十中八九いちゃもんは付けて来るだろうさ、独占だ〜供出しろ〜だとかが妥当な所か?だが、王国法上は問題は無いし、正当な取引で無ければこちらも請ける必要も無い、力で黙らせられる事も無かろう・・・何せ、お前等が後ろに居るのだからな」
そう、王国の統治体制的に、今回の様に如何に大きな取引だろうが、それを上奏し、許可を得たり何なりする必要など無いのだ。
簡単に言うと、この王国は"貴族領"という自治区が多く集まった、連合国の様な形態をしている。
勿論、国際的にはその全ての貴族領も、アリエテ王国として扱われるのだが、基本的に王家はその地域毎の治政にはノータッチである。
彼等の目下の興味は一定の上納金と、魔術師。流石に上納金を滞納している様な領地には多少口を出すくらいはして来るだろうが、向こうにはそれ以外はどうでも良いらしい。
魔術師を供出しなければならないというのは、これがまた後に説明するが、その領地領地の力を削ぎ、王国自体の強大な軍事力を支える為である。
さて、魔術師と金を出すというのは、何もタダで出せと言ってくる程、王国はケチでは無い。必ず対価がある。
その対価は、まずその軍事力である。王国はその帰属する全ての領地に対しての防衛義務、万が一それらが破壊されたり、強奪されてしまった場合は、その元の持ち主である貴族に対しての補償義務を持つ。
だから、極端な話、非生産性の高い軍事力を王国に捧げていれば、その領地は、その他の生産活動にその生産量を全て振る事が出来る。
コレは何を意味するかと言うと、その分食料生産量が増え、頭数が増え、学者技術者が育ち・・・まあ纏めると、その領地が一気に豊かになりやすくなるのだ。
その分貴族領主など支配階級も無理なく贅沢出来て万々歳、と。
通常であれば、軍事力も投げ捨ててそんな無防備になれば、虎視眈々と外からその領地を狙う外敵に掻っ攫われて終了、となるところだが、そこは警備会社じみた役割を持つ王国が頭を捻る部分で、そっちに任せておけば安心安全、外敵は逆に乗り出して来た王国軍に踏み潰される、という寸法だ。
外敵である肉食獣が絶滅した森の中で、草食獣が大繁栄する様に、その領地も好きに文化、技術的に発展、繁栄の道を歩める、という美味しい、非常に美味しい汁を吸えるのである。
そして何より王家は紳士的である。
ある領地で、例えば良質な鉄が出て、王家がそれを欲しがったとする。
それらを王国が「寄越せ!」と無理矢理接収する事など無く、しっかり対価を、大方の場合は金を払って、同じ土俵で取引してくれるのだ。
いや、全く良い王家だと感心する。ある話を知らなければ。
実際に王家が好きに出来る地域というのは、それこそ一部の直轄領しか無い。
そう、直轄領なら好きに出来る。
この直轄領というのが、この話の裏で、大体の王国が保有する直轄領は其処ら中に偏在しており、地図を見れば分かる通り、土地の広さも場所もバラバラだ。
何故なら・・・これらは王国が軍事力を背景に、元は貴族領だった場所を脅し取った場所だからである。
この脅し取り方も悪質で、外面的には寄付、もしくは献上の体を取って居る。
しかしその実態は、単なる恫喝の結果、無く無く貴族達が手放した結果の事。
攻め入るぞ、とは言わない、しかし、「明日から賊に気を付けたまえ」、と言って駐留する王国軍を引き揚げさせる。
すると翌日からなぜか、何処からか湧いたが賊の大集団が現れ、領地を荒らし始める。
魔術師まで混じった手に負えない集団で・・・というか、誰でも分かる、この正体は王国正規軍だ。
これでは敵わぬ、と王国に助けを求めると・・・鎮圧の対価として欲しい物を取引のテーブルに並べて来る。
王国は本当に良い性格をしていると思う。
「だが、今回に限ってその手は使えん。アルタニク伯爵領には王国軍は居ない上、自前の兵力を山程抱えている。更には・・・」
かちゃり、とソーサーとカップがぶつかり音を立てた。
「・・・重攻撃ヘリが巡回するのだろう?少なくとも、私ならこんな領地で狼藉など考えるだけ無駄だとは思うがな」
「さあ、それはどうでしょうか?」
生前の癖なのか、彼女は人差し指を顎に当て視線を上に向けて思考する。
「基本的にラクシアの戦力は大型兵器ですから、こちらの市民に紛れたゲリラコマンド相手の戦闘は苦手ですし、向こうも上手いこと魔術や地形を活かせば、特にレヴェンガは簡単にやり過ごせるという事を王国側は既に知っている筈です。西方軍管区ではそれを一般兵にも徹底させていると言いますし・・・簡単にはいかないと思います」
正論だな、と感心する。
割と彼女は見た目に反して・・・いや、元はと云えば軍人だと言っていたな、そういえば。
「結局の所、治安維持という観点から見れば、歩兵程それに向いた兵種は無いと思いますね・・・武装の強化は急務でしょうが」
歩兵は魔術師に勝てない。それがこの世界で常識の動かし難い事実である。
矢が届かず、火炎弾やら氷弾を遠距離からぶち込んで来、近付けば風の刃が標的を斬り裂き、例え傷付いても魔力が続く限り治癒し続ける化け物。
しかも、それらはあくまで付加価値であり、通常の兵士と同等、魔力による肉体強化を用いれば、単純な肉弾戦でも歩兵を圧倒する能力を発揮するという、どう足掻いても勝てる気がしない奴らが、この世界の魔術師なのだ。
「歩兵が魔術師に打ち勝てる装備、か・・・」
他の魔術師のレベルが良く分からないから、どの程度の威力の武器を持たせるべきか分からない。
俺が全力で展開した物理障壁を撃ちぬける武装・・・パッとは思いつかないな。
これを機に、今度実験して見ても良いかも知れない。30mm機関砲、5inchライフル砲、145mm滑腔砲のAPFSDS・・・などなど。
熱重粒子砲?俺に死ねと言うか。
いくら俺でも下手に致死性の怪我はしたくないのである。
「・・・一般的な魔術師、つまりは王国正規軍に組み込まれている魔術師ですが・・・狙撃による暗殺は勿論、障壁を使わせないという方法からは有効です。それから、大多数の魔術師が普段から張る物は、中口径小銃弾・・・つまりは30.8口径級のライフル弾なら貫通後も有効な運動エネルギーを保持しているかと思いますが・・・」
ちらり、と一心不乱にパイを食っていたニーレイを見やると・・・驚くべき事に殆ど平らげていた。お前のそのちっこい身体のどこに収まったのだ、それは。
「・・・宮廷魔術師団の一部上位や、近衛魔術兵団員ならその限りではありませんね・・・それこそ、40.8口径のライフル弾でも受け止めるかも知れません、実際、シレイラさんはあまり防御方面はあまり得意な方では無かったのですが、仕込んでいた鋼板で衝撃が分散されたとはいえ、強装薬の50口径弾を受け止めています。高々4cm四方の金属片です。通常であれば身体に4cm四方の穴が空いていた程の威力があった筈なのですが・・・」
それは初耳だ・・・そういえば、と幼少期の記憶を漁る。
当然の如く、人口ミルクなど無いこの世界であるから、幼児の栄養摂取方法は母体からの授乳なのだが、その際に見た母の左胸の上、不可解な四角い傷があったな、と何と無く思い出した。
アレは新たな性癖に目覚めてしまいそうなくらいに恥辱に塗れた思い出なので、あまり思い出したくない、というか触れたく無いのだが・・・。
あんまり美味しくない、というか濾し出された血液と考えると、少し、いや、結構嫌だった。いくら美人物とはいえ。
「近衛には更に防御系魔術に優れた者が沢山居ますから・・・流石に大口径機関砲に耐えられる者は・・・分からないですけど」
そこで、今更ですけど、とメルが声色を変える。
「・・・なんでオフの時間までこんなこと考えなきゃいけないんでしょうか・・・」
それはすまんかった、と口だけでは謝って置く。
「そうだな・・・そろそろ私も戻らなければならんな。やるべきことをこなしていないと、疲れて帰って来たツィーアの雷が落ちるからな」
そうだ、先程からちょくちょく話に出ている「ラクシア」という名称の説明を忘れて居た。
今回、一々ユキ、メル率いる機械種族陣営を機械機械と呼ぶのは、便宜上面倒だという話が出た。主に議会に通す上で。
そこで、彼女等に固有名詞を与えよう、つまりは国名として、もう独立国と扱ってしまおうという話だ。
そこで考えだされた名、それが・・・。
「ラクシア・・・ユキが提案して来るとは思わなかったな」
ユキがあの場でぽつり、と呟いたのがその名である。意味は?と聞いても、彼女は頑として口を開く事は無かったが。
「どうでもいい、とか言って自分から意見出したりする性格じゃないと思ったんですけど・・・変わったこともあるんですね」
全くだ、と入り口の方・・一人新たに客が入って来た・・・に一瞬目を向けつつ、代は出しておく、とメルに帰る様促す。
「では、またそのうちな」
「はい、エリアスさんも体調にはお気を付けて」
戸の呼び鈴を鳴らしながら去って行った彼女を見送り、ニーレイの首根っこを掴み裾から服の中に隠し・・・冷めた珈琲の残りを一気に喉奥へと流し込む。
「・・・で?こんな白昼堂々と何の用だ?」
床の木板を鳴らしながら寄って来た、先程入った客。
「ボクもここの・・・この間まで黒香茶?って書いてあったのが好きでさー・・・時々飲みに来るんだ。偶々だよ、たまたまー」
真紅の髪に、薄紫色の瞳。
少女の様な華奢な体格だが、声は少し低く、上も下も女らしい曲線は皆無である為、恐らくは男であろう、彼は・・・吸血鬼という、また冗談の様な種族である。
「そうか・・・」
図々しくも、メルが立ち去った後の席に腰を下ろした彼を見て、先ず最初に感じた事。
「珈琲なんて誰が考えたんか知らないけど、まあ、こっちのが呼びやすいくていーよね」
雰囲気がこの間と全く違うのだ。
瞳は潤み唇は赤く・・・どこか・・・そう、色気があるのだ。男にも関わらず、一々の仕草が嫌に艶かしい。
「・・・私は忙しいのだ」
席を立ち・・・代金は既に払ってある・・・さっさと、この異様な雰囲気を放つレズンから離れようと背を向けた・・・その時。
「ッ!?」
掴まれた手首を瞬時に振り払う。
フォン、と本来人間ならば鳴らしてはならない質の風切り音が鳴り、カーテンが揺れた。
「・・・まあ、待ってよ」
力任せに払われ、おかしな方向に曲がった指を何事も無かったかの様に、ベキッ、とやや粘着質な音を立て、無理矢理直す。
「渡す物があって来たんだー・・・」
そう言って、相変わらず和服の様な羽織り物の襟から取り出したのは、一通の封筒。
一瞬の逡巡、受け取るべきかどうか・・・。
「招待状・・・受け取ってくれると、嬉しーんだけどなー・・・」
首を傾げ、困った様に笑う彼があまりに綺麗で・・・不覚にも、どきっとした。
顔には出さんが。
「・・・ふん」
毟り取る様に封書を取り上げ、さっさと店を出る事にする。
「ちゃんと読んでよー!」
やや乱暴気味に戸を後手に閉め、奴の声をシャットアウト。
「・・・どうするの?それ」
空気を読んでくれていたのか、今の今まで黙っていたニーレイが、襟から首を出す。
「・・・どうもこうも、見る以外の選択肢は無い・・・まあ、優先すべきは元の予定だがな。兎も角、屋敷に戻ろうか・・・」
人気の無い裏路地までゆったりとした歩みで、しかし、その先は脚力に物を言わせ跳躍・・・繰り返しこの移動方に頼っている所為か、最近は正確に好きな高さに飛び上がる事が出来る様になった・・・屋根瓦を蹴り砕かない様に気を遣いつつ移動。
「・・・一体何が目的なのやら・・・」
ぽつり、と小さく漏れ出た呟きは、憂鬱な、今にも雨が降りそうな曇天のデュースケルンの空気に溶けて消えた。
「・・・く、ひ、ひひ・・・やっぱいー、いーよね、彼女・・・」
押し殺した含み笑い。
俯き懸命に抑え込みつつも、肩の震えを抑えることが出来ぬ様子で・・・しかし、耳を澄ませなければ聴き取れない程の大きさの独白。
もし仮に彼の顔を覗き込む様な事があれば・・・身の毛もよだつ狂気に歪んだ、醜悪な、しかも元が綺麗であるから、より悍ましい表情を垣間見る事となるだろう。
「・・・そーだよ、君なら・・・きっと、ひひ・・・壊れないよね、あんなとの違って・・・」
真っ赤な舌がその唇に薄っすらと唾液を塗り、喜色に濡れた、僅かに紅く光る眉を厭らしく反らせた。
だから・・・と幽鬼の如く、ゆらりと立ち上がる。
「・・・いーっぱい、犯し合おうね・・・」
ふと、店員が戻って来た時には既に、先ほどまで居た客は、影も形も無く・・・。
空になったティーカップの傍、ゆらゆらと揺れるスプーンの曲面が、妖しく、室内の蝋燭の火を照り返しているのみであった。
気になる点がございましたら、どうぞお申し付けくだされば幸いでございます。




