野望
文章力なさ過ぎて、どうしたら一話あたり短くなるのか分からなくて困ってます:/
カラン、と琥珀色の香る液体の中で、溶けた氷が音を立てる。
木のカウンターに肘を突く真っ白な腕、ブレスレットの様に手首を覆う艶やかな漆黒の獣毛がアクセントとなり、その色白な肌をより良く引き立てていた。
「・・・珍しいな、コソコソ付いて来るなど」
黒髪金眼の美女、スィラ・レフレクスが座る隣の丸椅子に腰掛けたのは・・・酒場には不釣り合いな背丈の、小柄な少女。
「どうもまだこの手の店に堂々と入るのは後ろめたくてな、それに・・・一緒に入ると風聞的によろしく無いだろう?」
それが単なる言い訳であるというのは、普段の彼女・・・自らが仕える主である、エリアス・スチャルトナを知っているスィラからすれば、考えるまでも無く察する事が出来た。
「はぐらかすな・・・ニーレイまで屋敷に置いて来て、私の大事な大事な一人の時間を削る事を承知の上でも会いに来たのだからな」
そう口では言いつつも、近頃稀な二人きりの時間を持てた事は嬉しいのか、はたまたはからかうネタが出来た事が面白いのか、先程まで垂れ下がり静止していた尻尾は、ゆらゆらと上機嫌に振られていた。
「・・・まあな」
ゴトリ、と小柄な少女、エリアス・スチャルトナの手元にマスターが果実水が注がれたグラスを置く音が響く。
「主がいなければ、こうも冷たい酒は飲めんからな・・・魔術とは便利な物だな?」
「そうだな」
エリアスが揺らすグラスの中には、何時の間にやら幾つものロック・アイスが浮かんでいた。
全て、彼女が魔力から編み出した氷である。
「・・・こうも息をする様にアレコレ出来る様になったコレだがな・・・」
エリアスの指先に、まるで水晶玉の様な、ほぼ完全な球状の氷塊が突如現れる。
「・・・未だに何故願っただけで、想像しただけで、念じただけで、こんな不可思議な現象が起きるか・・・皆目見当がつかない」
何もない・・・いや、魔力という目には見えぬ特異な媒体を用いて行われる魔術。
そもそも魔力とは何なのか。
生物由来の驚異的な変換効率を誇るエネルギーであり、その量も途轍も無い物がある。
ニーレイはこれが生命力に直結していると言った。限界まで失えば死ぬと。
生命力。適当に解釈すれば生きる力となるか・・・面白い解釈では、さる欧州の哲学者が述べた、生きとし生ける者が持つ目的へと向かって完成し、全体化する力、というのもある。
ここで魔力イコール生命力と断定するのは早計である。世の中の生物は皆生命力を持ち合わせているにも関わらず・・・少なくとも俺が定義する「生命力」という物を持つ者・・・魔力を利用し、魔術を行使する魔術師は圧倒的少数派だからだ。
聞いた話では二桁人に一人・・・地域に依ってそれは様々らしいので、一概には断言出来ないが。
天性の素質、魔力を感じる事が出来る者が、魔術師になる事が出来る。
しかし、何も魔術が使えないから、魔術師ではないからといって、魔力を持っていない訳では無い。
普通の人間でも、魔術など一切使えない獣人ですら、量は兎も角、魔力自体は持っているのだ。
それを利用出来るかは別だが。
「・・・まあ、便利だからいい」
と、話が逸れた。
「・・・話したいのは、例のユキとかいう奴の事か?」
頬杖を突き、僅かに眼を細めたエリアスは、ふぅ、と鼻から深く息を吐く。
「私も、まさかアレが出てくるとは思わなくてな・・・世の中には逃れられぬ縁というのもあるもの、と思い知らされた気分だよ・・・」
「やはりお前は不自然だ・・・お前は何だ?何を知っている?・・・答えろッ!!!」
僅かに声色に怒気すら滲ませ、警戒した様子で俺を正眼に見据え、睨み付けて来た。
さあ?と適当にあしらえる相手ではない。コイツは理屈で納得させなければ梃子でも滑車でも動かない、頑固で意固地な機械ちゃんなのだ。
俺の右後方で遣り取りを眺める頼もしい仲間は様子見を決め込み・・・この場でアクションを起こせるのは俺と、ユキだけ。
「・・・」
向こうはこっちが何か言うまで何かする気は無い様子。だとすれば・・・。
俺が歩み寄るしか無かろう。
ゆっくりと踏み出し距離を詰め・・・かつては見下ろしていたその顔を今度は下から見上げるという不思議な体験だな・・・手を伸ばせば届きそうな、少なくとも向こうは届く様な間合いに。
割れた窓から吹いた風に乗って届いた匂いは・・・埃臭かった。
「あー・・・」
何を喋るべきだろうか・・・そもそも、向こうは・・・こっちの中身を知らない筈。
・・・謎には謎を被せる、というのはどうだろうか。少なくとも、その場凌ぎにはなるのではないだろうか・・・いや馬鹿な事を考えるのは・・・これは変に誤魔化すと後が怖いな、これは単に正直に・・・。
・・・というのも面白くないと思うのだよ、俺は。
一つ息を吸い覚悟を決め、ふっと薄く笑みを浮かべ・・・小声で、囁く様に、一言だけ。
「・・・秘密だ♪」
・・・かつての母国語で。
「ッッッ!!!??」
少し訛ったな・・・流石に何年も喋ってないと・・・いや、そもそもこの口で発音したのは初めてだな、仕方ない。
日本語は母音が多すぎてな。
「今ので大体私が何かは分かったと思うが・・・今はお前がここに来た本来の目的を果たすべきだ、違うか?」
言葉をこちらの標準語に戻し・・・と、そういえば何故ユキはこちらの言葉が・・・学習したのか?あいつ、新言語の解読も出来るのか?だとしたらすげぇな。
「ぐっ・・・うぐぐぐぐ・・・ッ!」
いや、そう唸られてもな。
だが・・・昔からの性で、ああいうのを見るとつい油をぶっかけたくなる。
「・・・あまり感情的になるとすぐ冷却液が沸騰するぞ?」
ぷつっ、と何かが切れる音。比喩では無い。多分、感情が吹っ飛んだ所為で頭脳に大電流が流れ、電流カット機構が働いた音だと思う。
だが、我慢し切ったらしい。どうあっても感情プログラムに振り回されないというのは、機械ならではの事か。
「・・・ツィーア・エル・アルタニク嬢、質問に対してまだ答えられていない」
あ、感情切ったな。こういう事が出来るからヒューマノイドという奴らは・・・と、それはさて置き、ツィーアの精神状態は大丈夫だろうか?
今の遣り取りの間に硬直から復帰していてくれている事を祈りつつ、部屋の隅の彼女に視線を向けると・・・潤んだ目でこっちをじーっと見ていた。
なんだ、俺は助けてやれんぞ。どう言い繕っても俺の身分は客だからな。
「・・・ミムル」
だが、せめての慈悲として、助け舟を出してくれるヤツくらいは見繕ってやろうと思う。
意図を汲み取った・・・いや、これは最初から助け舟は出す気だったのだろう、しかし・・・どう見ても反応を見て楽しんでいた口だな、コレは。まったくけしからんな、従者の鏡だな。
ニコリと営業スマイルを貼り付けたミムルが、ツィーアの耳元に口を寄せ短く耳打ちすると・・・一瞬俯いたかと思うとすぐ様顔を上げ、咳払いをすれば、何と既に何時もの自信有り気な彼女がそこには居た。
一体何を言ったのだか。
「アルタニク伯爵領、引いてはアリエテ王国にようこそ、歓迎するわ・・・ええと・・・?」
・・・名前で突っ掛かった。
「・・・少なくとも便宜上の名くらい名乗ったらどうだ?」
何故仲介なんぞしているのだろうな、俺。
が、本人(?)からすればお節介だったらしく、分かっている!と言わんばかりにカメラで睨まれたが。
「U・・・いや、この際隠し立てする必要も無い・・・かつて、私の主人が私に付けた名・・・ユキと呼んでいただければ良い」
「・・・やはり旧知だったのか、あのユキとやらと」
空になったグラスの縁を白魚の様な指でなぞりながら、スィラは僅かに上気した頬越しにエリアスを見やる。
「まあ、向こうはまだ確証は得ていないだろうがな、いずれは気付くだろうな・・・甘過ぎないか、コレ・・・?」
長話で渇いた喉を潤そうと林檎の果実水に口を付け・・・喉にへばりつく粘度の高い蜂蜜に眉を顰めた。
「それが標準だろうに」
水の方がマシだった、と溜息を堪えつつ、エリアスが残りをスィラの氷のみが残るグラスに流し込むと、彼女は苦笑いのまま顔を引き攣らせながらも、一気にそれを飲み干した。
「幸い、ユキは理性的で尚且つ倫理観はしっかりと持ち合わせている個体だ・・・少々堅物な所があるが・・・」
まあそれはいい、と。
「これからが大変だ・・・公式的には初の向こう側との対話・・・ツィーアは・・・少々言い方が悪いが、開けた口の中に飴が転がり込んで来た様な物だ・・・甘美で、こっちが真面である内はいくらでもしゃぶれる程溶け難く・・・」
エリアスの赤い瞳がスィラの金色の眼を流し見る。
「・・・外の奴等からすれば、口をこじ開けて、指突っ込んで掻き出したくなるくらいの、だな?」
満足な解答であったのか、ふふ、と含み笑いを漏らすと、小さく肩を竦め戯けた。
「・・・オマケに口に入れてる事が周囲からも明白な程に大きな飴だ」
椅子の背の隙間から垂れるスィラの尻尾を未だ細い指で掬い上げ弄ぶ。
「具体的な行動は明日になってからだが・・・今日がこの街の最後の静かな夜かも知れんぞ?何せ・・・まあ、あの取引が成立すれば、途轍もない金と人間がアルタニク領に流れ込んで来るだろう・・・西方軍管区にへばり付いている西方軍集団十万は完全にフリーとなり・・・さて、その鉾先は一体どこへと向くのやら・・・」
力を込めたことで、するりと手から逃げた尻尾を名残惜しく見つめるエリアスの頭をぽんぽん、と撫で、グラスの交換と新たな酒精をマスターに要求するスィラ。
「まあ、そもそもあの傲岸不遜な事で定評のあるこの国の王家が、実質支配していないとはいえ、西方軍管区を言っては悪いが、得体の知れない連中に割譲するか?と私は思うのだがな・・・寧ろ、"敵対的組織とコンタクトを取った"、とでも適当に余罪でも引っ掛けてツィーア嬢を左遷して、アルタニク領を直轄領にして向こうとは現状維持、とでもしそうな気がしないでもないのだがな」
もしかすると厄介な役人が聞き耳を立てているかも知れないからして、声の音量を可能な限り落とす。
「・・・この国の王家はそんなに頭おかしいのか?」
頭おかしいというより・・・と顎を摩り明後日の方向に目線を流しつつ。
「問題は、高々宗教である真人教の教義に無深慮に従い続けているくらい、アレが政治中枢に入り込んでしまっている、という事か」
「宗教が国策に口を出すとロクな事が無いというのは、私の中では常識なのだが・・・政教分離の大切さを後世に伝える政治論文でも執筆するべきか?エルクの学園にでも納めて貰って・・」
そういえば、とスィラが話題を変える。
「私はあの場に居なかったのだが・・・ユキ氏とどんな取引をしたのだ?」
それに一つ息をつき、まあ簡単に纏めると、と秀麗な眉を僅かに細めながら、やはり小声で語り始めた。
交渉の場として選ばれたのは、勿論窓が破壊され、図らずも風通しが良くなってしまった食事場では無く、正規の応接室である。
相手は一人、ユキという名のヒューマノイド、こちらはツィーア、補佐にミムル・・・更にアドバイザーとして俺の出席も要請された。
スィラとニーレイは外様なので、流石に今回は室外で待機して貰っている。当然の事。
幾つかの儀礼的な挨拶を済まし、いよいよ本題へ。
「我々が望むのは、我々の身体を補修する部品です」
実を言うと、ユキの側、つまりは機械サイドはこれまで、王国、帝国領内に於いて、こっそりと・・・地下資源類を探索していたらしい。
それもその筈、現在彼等の間では、深刻な資源、資材不足が発生しているというのだ。
経年劣化した樹脂類は全滅、金属も稼働時の振動で疲労し強度が低下、リサイクルを繰り返す内に不純物が混じり、大元の強度にも問題が発生しており、現在存在している兵器の約八割が、本来の性能の半分も発揮する事が出来ない、もしくは全く動かず、部品取りになってしまっている始末。
事故が起きたら取り返しが付かない航空機の稼働状態を優先的に保ってはいるものの、既にそれも限界が来つつある。
仕方が無いので、外部から新たな資源を手に入れたのだが、今度は製鉄所が作れない。
これは技術的問題では無く、それを建設する為の手、そして・・・鉄を溶かす為の炉を熱するエネルギーが足りない。
電力は常に兵器軍への供給でカツカツだ。受電設備を増産しようにも、金や銅その他を初めとした希少金属類が無い。
そもそも、人工知能を持つとはいえ、装甲車に戦車やヘリ、輸送機に戦闘機、整備用ロボット、しか居ないにも関わらず、どうやってその手の物を扱うのか。
唯一、その手の作業が可能なユニット、ユキが居るものの、そのボディは替えが効かない貴重品の塊だ。肌の軟性ポリマー一つを取っても、もしも傷付けば治す事は出来ず、関節とて磨耗すれば交換が必要な代物のくせに、現在補充が効かない。
クラセクト(整備用ロボット)にさせるか。個体数も少なく、アレは細かい作業をするには有効かも知れないが、アレ自体も精密機器であり、土木なんかさせて土が詰まって壊れました、なんて事が起きたら目も当てられない。ただでさえ不足気味の整備の手が減り、更に状況が悪化してしまう。
つまりどうするべきか。
まず足りないのは人手、コレを外部から持って来る事にする。即ち、最寄りのアルタニク領から労働者を取る。が、もし彼等が根城にする旧パリに人間を連れて来た所で食料も居住空間も無い。現実的では無い案だ。
依って、製造所を人の居住地に近い外部、人間の領域に作り、コレを輸入する。この場所にはアルタニク領が選ばれた、と。
次に足りないのはエネルギーである。電気を使うのは、消費される希少金属と、レアメタルが確保出来ないのと、そもそも機械工学のコの字も無い科学レベルのこの世にそんな物が作れる訳あらず、と論外、となると何かを燃やしてエネルギーを得なければならない。
製鉄に使われるのに必要な燃料、この時代では主に石炭が用いられているが、生憎アルタニク領では産出しない。
木炭は熱量と効率の観点から除外される。
そこで、アルタニク領に存在する、ある物に彼等は着目した。
「・・・黒い沼ね」
アルタニク領北部に広がる、広大な湿地帯。
その海に程近い地域に・・・黒いドロドロとした液体が湧き出す場所がある。
チェルボロトと呼ばれるその地帯は無人地帯であり・・・不毛の土地として知られている。
問題はその黒い液体の正体。
一応、この世界でも、"地下から湧き出る燃える水"、というのは、一般市民は兎も角、学者の間ではそこそこに知られた代物だ。
「・・・石油か」
石油。かつて一時代の華を築き上げた、近代産業の血液。
「硫黄分は少々多めですが、比較的品質は良好・・・精製もし易いはずです」
・・・あと気になったのだが・・・。
「・・・何故今になって敬語になる?」
「?対等な取引相手に経緯を払うのは当然の事では?」
理屈の上じゃ分かっとるわ。
「いやだから・・・お前に丁寧に喋られるとムズムズするというか・・・まあいい・・・」
「・・・?」
話を戻そう。
燃料には基本的にそれらを利用する事になる。
一先ずの対価は、彼等が必要とする物品をこちらが製造するのに必要な技術の供与、一部どうしても必要な機材を向こう持ちで製造、こちらへと貸出する。
こちらはその機材、技術で彼等が必要とする物を作り、引き渡す。
勿論、余剰生産力を使って、それらの機材、技術を自分達の為に使うことは構わない。
その他は、取引内容の拡大縮小に伴って改めて協議し、内容を変更する、と。
悪くない、いや、破格の取引だとは思う。
上手くいけば、このアルタニク領は技術力、生産力に限って言えば、年月にして300〜400年、分野に依っては1000年以上時代を先取りする事になる。
それも、ルネサンス期から産業時代、分野に依っては原子力時代から情報化時代、更にはその先の量子化時代から航宙時代までをも跨いだ期間だ。これがどれほど途方も無い事なのか・・・多少世界史を囓った者ならばすぐに理解出来る筈。
オマケにそれらの導入までサポートしてくれる、と。こいつらは本当にこの価値を理解して・・・いや、逆にそこまで切羽詰まっているという事か・・・。
「・・・エリィ、コレってどうなの?」
ツィーアが後ろで控えて黙って話を聞いていた俺に話を振って来る・・・本当ならもっと譲歩を引き出すべきだろうが・・・まあ、向こうの機嫌を損ねる事もあるまい。
「破格の取引だツィア・・・アルタニク領ごと独立してもやっていけてしまう程に得る物は大きい」
真顔でそんな真実を伝えてやると、一瞬の空白の後、面白いくらいに彼女の顔が蒼ざめてゆく。
「そ、そんなに?」
口の端を引き攣らせつつも、何とか表情を崩さない彼女の顔が面白い。が、おちゃらけるのは後の楽しみだ。
「生憎、このタイミングでいい加減な誇張を織り交ぜる程、私は不真面目な人間ではないからな」
は、はははは・・・と彼女が虚ろな目で乾いた笑いを漏らす脇で、ミムルが俺にアイコンタクト。
"続きをやれ"、と?俺が?
・・・まあ、ツィーアは思考停止してしまって使い物にならないが・・・この際仕方ないのか。
「・・・大筋はそれで構わない。それと・・・相互不可侵条約、相互防衛協定を結びたいところだな」
相互不可侵条約は文字通りの意味、相互防衛協定は・・・まあ、簡潔に言うと、外的に攻められた時はお互いの武力を以って守り合う、しかし、こちらから仕掛けた戦争に関しては、お互いそれぞれノータッチ、という内容の協定となる。
この場合、軍事力に関して言えば、ユキサイドが圧倒的に優れており、アルタニク伯爵領側の存在意義があるのか?と疑問に思う者も居るかも知れない。
しかし、ユキサイドが持っていない、政治力という物をアルタニク側は持っているのだ。コレはかなり大きな力である。
ユキサイドは、確かに莫大な軍事力を持つが人間、はたまたは獣人、魔族を初めとした、この世界に住む諸民族との対話の窓口を一切持っていないのだ。
そもそも、言葉を喋ることが出来る、即ち、スムーズな意思疎通が可能なユニットは、ユキ、もしくはメル・セトラしか保有していない。
メル・セトラは性格的に抜けており、交渉事を任せるにはあまりに不安事項が多過ぎる為除外。
と、なると、残るはユキとなる訳だが、ユキにはその他各戦闘ユニットの統率、運用という大事な仕事がある。
それに外交までしろとなると、コレはもう防衛相とドローンコントロールユニット、おまけに外交官と総理大臣を一緒にしろと言っている様な物だ。いくら機械の身体で疲れ知らずとはいえ、そもそも一日は24時間しかないが為、こなし切れる仕事量では無い。恐らく、今日もかなり無理をしてここに来ている筈だ。
「・・・構わないでしょう、こちらにも好都合です」
あっさり了承された・・・基本武力を供出するのは向こうなのだが・・・いや、補給の目処が付けば、消耗しても幾らでも増産が効く機械軍からすれば、それは大した事では無いのだな。
生き物である人間主体の軍とは、思考回路が根本から違うのだ。
「では、細部を煮詰めて行きましょうか」
ツィーアの脇腹をぐにぐにと揉んで叩き起こし、契約の内容をミムルがペーパーに筆記してゆく・・・物凄く綺麗な筆記体だった・・・俺?昔から筆記体は苦手なんだよ、今でもバリバリの活字体だよ。
因みに、ツィーアもすらすらと流麗な筆記体を書く・・・スィラ?読めるか、あんな字。
教科書だとかは全て筆記体だったので、読めることには読めるのだが・・・。
「では、両者サインを」
が、ここで問題が発生する。
「・・・読めません」
ユキはこちらの文字を読めなかったのだ。こうして話せてはいるのにも関わらず、だ。
どうも、彼らは正式にこの言語を学習した訳では無く・・・これまでに様々なユニットが収集した膨大な音声データと、既存言語との類似性から推測で意味と音を結び付け、言葉にすることに成功したという、一体どうしてそうなったのかよく分からん、とんでもない作業の結果、なんとか会話は出来るだけ、という。いや、むしろ音声データの収集だけで会話を実現した時点で凄いが。
「・・・二つの言語で書けばいいだろう?」
が、ここにバイリンガル・・つまりは向こうの言葉とこちらの言葉の両方に通じている人間が居るかというと・・・。
「・・・私にやれ、と?」
「「エリィ(あなた)しか居ないでしょ(う)?」」
と、言うわけで文書の訳という・・・何だか学生時代以来の、懐かしい作業をする羽目になってしまった。
「・・・エリィ、もうちょっと綺麗に書けない?」
「・・・それではaかcかoか判別出来ませんが・・・」
うるせぇ、俺はペンを動かすよりキーボード叩いてる方の人間なんだよ。字はあまり書かないんだよ。
「・・・後で書き直しておきますので、構いませんよ?」
多大な精神的ダメージを受けつつも書き上げた条文二枚は・・・書いた本人から見ても・・・いや、分かっているから勘弁して欲しい・・・。
「・・・確かに主は字が汚いな、というかカクカクし過ぎていて読みにくいな」
「お前が言えた事ではないだろうが・・・」
確かにスィラが書く字は読みにくい。しかし、それは崩れに崩れた筆記体の所為であって、字が下手くそな訳では無い・・・ミムルが、どこで習った?と聞くほどであった。
「まあ、慣れて居ないと読めないだろうな」
と、にやりと馬鹿にした様な笑みを浮かべたスィラに、エリアスはむすっと頬を膨らませる。
「・・・いまに見てろよ」
などと言い交わす事が出来る主従というのは、何だか主従というには対等過ぎるが・・・雰囲気は決して悪くは無かった。
その主の方の仕草は、どう見ても子供であるというのも、和やかさを演出しているのだろう。
「・・・で、古代の技術・・・数百年以上先の技術に相当するもの、か・・・」
今回の取引で降って湧いた様な劇物。コレをツィーアが御し切れるかどうかが、世界の命運を分けていると行っても過言では無い程に強大な力。
「まさしくパンドラの箱だ。良い側面も多いが、同梱されている災厄を捌けなければ大変な事になる」
パンドラの箱の喩えが分からなかったのか、首を傾げるスィラであったが、何が言いたいのかは理解出来たらしい。
「清濁、併せて飲み干さねばならない、という事か?」
まあその喩えで概ね間違いでは無いだろう、と背凭れに身体を預ける。
「今回の場合、どちらかというと濁の方が大きい様に思えるがな」
いくら美味くとも腐れた酒は飲みたく無いな、とはスィラの弁。
「それをツィーアはどうにかして消化しなければならん・・・十中八九、腹を壊してヒィヒィ鳴される事になるだろうが・・・」
ぐいっ、と残った水を小さくなった氷と共に飲み干し、音も無く立ち上がった。
「今日のところはもう帰る・・・スィラも、鍵番が居眠り漕ぐ前には帰れよ」
卓に料金としては多めの銀貨を置き、戸の鈴の音のみを響かせ、エリアスは宵闇へと消えてゆく。
残された方といえば、置かれた銀貨を指で絡め取り・・・挟んで弄びつつ、今まで飲んだ分と、エリアスが飲んだ分をざっと計算する。
「・・・あと一杯飲めるな・・・」
数瞬の黙考。
銀貨の裏面に彫られた、女神をモチーフとしたらしいレリーフを、じっと見つめる。
「・・・女神、か」
そのまま指で机の上へと弾き、コマの様に回転させる。
「・・・さっきのと同じ物を」
暫く回り続け、やがて回転力を失い転けた銀貨が移すのは・・・女神の像では無く、無機質な表面の数字のみだった。
「・・・そもそも、なんで石油が出ている?当の大昔に枯渇した資源だよな?」
夜の帳が落ちた街。人気の無い裏道をわざわざ歩くと言う、通常であれば危機管理能力を疑われる所業を為している少女が一人。
「それを私に聞かないで頂けますか?大体、貴女は私の質問に一切答えられていない。こちらだけが答えるのは、それこそ一方的な情報の搾取に他なりません」
その後方、暗闇に浮かぶ紅い光を放つアイカメラ。
「・・・そう冷たくするな・・・折角気を使って、一人になってやったのだからな」
次の瞬間、ゴギャ、と石畳が叩き割れ削れる音。
「・・・本当に人間ですか?少なくとも私と力比べ出来る生物など、そう存在しない筈ですが」
足元が弾ける程の力で踏み込み、少女の首を狙って突き出された機械の腕は、その手よりも一回り、二回りと小さい指に絡められ、何事も無かったかの如く止められていた。
「・・・良く言われるが、多分生物学的には人間だと思う・・・両親は少なくとも人間だからな・・・それから・・・」
少女が伸ばしたもう片方の手が、彼女の目の前に立つ者の下腹部を撫でる。
「・・・この世は不思議な事ばかり起きる」
そのまま立てた人差し指を、臍の下あたりに、上にねじ込む様に、ぐっと押し込む。
「・・・あ・・・?」
途端に、その身体がピクリとも動かなくなり・・・軽く触れるだけで、ゆらりとバランスを崩す。
身体はそのまま地面に・・・打ち付けられる前に、少女がすっとそれを受け止めた。
「変わり無い様で何よりだ・・・何年ぶりかは分からんが、兎も角久しぶりだな、ユキ」
この世で理解出来る者は他に居ないであろう、太古の昔に失われた言葉がその小ぶりな口から放たれる。
「・・・まさか・・・どうして・・・!?」
感情システムを切っているのか、声色は極めて平坦だが、驚愕に彼女の頭脳が過負荷状態となっている事は明白であった。
「いや俺に説明しろと言われても、こうなってしまった物は仕方が無いというかな・・・いや、この際どうでもいいだろ」
「どうでも良く無いでしょう!?どう考えても歴史的に科学的に哲学的に見ても前代未聞でしょう!?況してやここは本当に地球かどうかも分からない位に植生もおかしい世界で・・・」
先程までの寡黙な雰囲気は何処へやら・・・まくしたてるかの様に言葉を吐き出すユキ。
「別に地球だろうが火星だろうがケプラー62系列*の惑星だろうが何でも良い。生まれてしまったものは生まれてしまったのだ。そんな事知ったことではないな・・・おっとすまん、関節ロックしたままだったな」
再びぐりぐりと、下腹部辺りを表から弄くり出す。
「・・・貴女くらいの腕の細さなら、折角なので突っ込んだ方がやり易いのでは、と思うのですが」
あくまで無表情、だが、これは彼女なりの・・・俗に言う、誘惑だった。
「お前には絶対にその手の事はしないからな」
前、大昔に言っただろう?と。
「まだ意固地になって、そんなことを気にしていたのですか?現在の貴女は生物学的に女性でしょう?別に構わないでしょうに」
はぁ、と大きな溜息。してその後顔を上げ、ユキを正眼から見据える。
「今の俺は、いや、私は"ただの"エリアス・スチャルトナだ。あの男では無い・・・お前に対するアクセス権も無ければ命令権も無い・・・だから・・・お前は自由だ、何をしても、誰もお前を止めることは出来ない」
深夜故か、既に街は寝静まり・・・不思議な静寂を保っている。
ただ、一人と一体の話し声のみが反響し、たち消えるのみ。
「今回の事とて自分で考え、実行したのだろう?誰にも許可を取らず、考えを請わず・・・ただ己に問い、その答えを出した・・・誰に遜る必要も無い、お前は王だ。全世界中全無人兵器軍を統べる中枢だ・・・お前の感情プログラムとて、欲望くらいは識っているだろう・・・ならば・・・っと、入った、動くか?」
彼女の長弁は、ゆっくりと挙げられた無機物の手により遮られる。
「・・・生憎、私は道徳観と自制心も一緒に持ち合わせていますので」
そうか、とそれきり興味を失ったかの如く、挑発的な声色は失せ、軽く膝に付いた砂を払いながら立ち上がった。
「お前は今日は?」
「城壁の外にヘリが」
それからは話が途切れ、ただ帰り道を黙って歩く。
「・・・お前が一体、この世界に何をしようとしているか、理解しているか?」
唐突に、アルタニク邸の門に到達した時、エリアスがぽつりと呟いた。
「・・・私達が他文明社会への影響を考慮しなければならない段階は、当の昔に過ぎているのです。何処か、そう、誰かに血反吐を飲み込ませるしか、私達が生き残る術は無い・・・ただ生きる、それが私達が唯一持つ、"欲望"です」
ちらりと、肩越しに彼女を眺めるエリアスを、じっと正眼から見据えるユキ。
やがて根負けした物か、先に肩から力を抜いたのは、より小柄な少女の方だった。
「・・・そうか」
その眦は緩められ、口の端には小さく笑みすら浮かんでいる。
「随分と柔らかくなった物だ・・・てっきり、いきなり殴り掛かって来る物かとヒヤヒヤしていたぞ?」
そんな戯けた調子の一言に、むっと眉根を寄せたのはユキの方。
「失礼な、人間が学習し成長する様に、人工知能とて発達するのですよ」
発達を続けた人工知能は人と相違無い、か、と穏やかに笑う。
「色々とあった様だな」
「はい、色々と」
して、そのまま踵を返し、来た道へと去ろうとするユキ。
それから、と。
「貴女への愛想は既に尽き果てていますので。まさか見知らぬ人をいきなり殴るなど、それこそ非文明的でしょう?」
ふん、と鼻息一つ。
「・・・皮肉は上手くならんでいい」
ギィ、と軋む門を押し開け、敷地へと消えたエリアスの背を見送ったユキは、切っていた様に装っていた感情プログラムに従って微笑む。
「・・・いつになっても子供くさい・・・狡い人だ、貴方は」
元の主を騙して興奮している自分も、相当だが、と自らの肩を抱く。
髪型のセンサーから届いた、エリアスが室内に入った音を感知すると、自らも帰路に就く事にした。
「・・・そう、私にだってしたい事はあるんですよ」
笑みこそ穏やか、しかし、声には隠し切れぬ昂まりから来る震えがあった。
「・・・色々と、ね」
誤字などありましたらご指摘よろしくお願いします。




