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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第二章
59/94

誘い

大変お待たせしました。Sid Meler'sシリーズを遊びまくっていたら一ヶ月なんてすぐでした(アホ)






最近、街に妙な噂が流れている。


若い女性がある日を境に突如行方不明になるという物だ。


ちらりと聞いた時は、へぇ、程度の感想であったが、どうも本当に何人、いや、もう二桁人もの人物の行方が分からなくなっているという。


しかし、あくまで庶民の間に蔓延る噂の類であり、その真偽は分からない。


別にこのご時世、人攫いなど珍しくも無いことで、況してや若い女性が標的となっているともなれば、そちらの方の話になるだろう、とニーレイは見立てる。


「良くある事じゃない?多分今頃は首輪でも付けられて馬車の中で奴隷商に味見(・・)されてるかもよ?」


と、下賤な、極めて下品な事を言い出す彼女を胸板に叩きつけ黙らせつつ・・・今日はデュースケルン城壁外を歩いている。


この街に着いてから改めて外に出たのは久しぶりである。


たまには気分を変えて城壁の外を散歩してみようと思い立ったのは、今朝ツィーアの寝床で、早めに起きた彼女に起こされた時の事。


城壁外に広がる見晴らしの良い平原丘陵は、恐らくは居るだけで心地良かろう、という安直な理由だった。


この辺り、機動力に優れたこの身体は便利だと思う。屋根伝いにぴょんぴょん跳んで行けば一瞬で城外だ・・・。


「出来れば皆を連れてピクニックでもしたかったな」


当然、ツィーアやスィラは現在は色々と忙しいから、そんな事が出来る訳が無いのは分かってのぼやきである。


「暇なのは私とエリアスだけ〜・・・って、こっちまで悲しくなるんだけど・・・」


・・・何か仕事でも出来れば良いのだが、常識的に考えて高々8歳、もうすぐ9歳な女児に仕事を任せる様な人間が居たら、寧ろ色々と問題しか無さそうだ。


「私は子供だからな」


「面倒くさい時だけね」


ニーレイの的確な注釈に、くくくっ、と笑いを抑える事が出来なかった。


「いいだろう?自分の立場でも何でも、最大限利用して楽するというのは、実に人間的だと思わないか?」


己の手に持った籠に視線を落とす。


中にはアルタニク家のコックに用意して貰った、昼食のサンドイッチと飲み物が入っている。本当にピクニック気分だ。


「私はそんなコロコロ性質を変えるような面倒は御免ね」


格好も、ツィーアから貰った真っ白なワンピース・・・どこの貴族令嬢かって突っ込みたくなる。


見た目的には、濃紺の髪に真っ白な衣装は中々に映えて良いということは認めよう。


「人間は楽をする為に苦労する動物なのだ・・・と誰か昔の偉い人が言ったらしい至言をニーレイに教えておこう」


違いないね、とケラケラ笑う彼女が襟から飛び出し、俺の顔の横に並んで飛ぶ。


「黙っていれば現状維持が出来る私達と、馬鹿面晒してると後退して行く人間・・・人間って大変だねぇ」


根本的な寿命が違う妖精族と人間。


圧倒的に長いスパンで学び、深く理解し、己を高める事が出来る長寿な種族。


短い生の中で懸命に足掻き、志半ばでも、後世にその続きを託さねばならない物達。


決定的な種族としての差がそこにはある。


「だから皆ひたすらに努力する・・・だが油断するなよ?人間は古代において遂にこの星の生命すら脅かした、とんでもない種族だからな?」


雑談を挟みつつ歩く草原。


遮蔽物が極めて少ないそこは、地味に強めな風が流れる。


ひゅうと流れる風音は常に耳を打ち、髪を吹き散らした。


「・・・へぇ、古代文明終末の物語かな?聞いてみたいな」


「クソ程も面白くない三文劇だ。馬鹿が馬鹿やって、阿呆がこれまた阿呆な手段でやり合った結果が文明の終焉・・・二十万年以上続いて来た人類の物語地球編も、終局は実に間抜けで呆気なかった」


ふん、と鼻を一つ鳴らす。


「この世界は、同じ轍を踏まない様願っているよ」


そんな皮肉を飛ばす俺を、やはりニタニタとうざったい笑みを浮かべる彼女。


「じゃあさぁ・・・エリアスが見届ければいいじゃん・・・最後まで」


は?と顔を顰めた俺は真っ当だと思う。


「あのね・・・」


耳に掛かるこそばゆい息を感じながら聞いたそれは・・・。


「・・・なんだと?」


「・・・どうする?面白くない?」


俺を驚愕に固まらせるのには十分な話だった。


「・・・考えさせてくれ」


「いやいや?別にやるにしても最低十年後だよ・・・それまで気長にね?」


尤も・・・。


「・・・まずはこの時代を生き抜かなきゃ話にもならないよ?」


バスケットからおやつ代わりのトマトを引っ張り出し、一部千切ってニーレイに渡し、残りを食む。


「私は問題無いさ・・・自分とスィラの心配でもしたらどうだ?」


広げた手のひらに舞い降りたニーレイを籠の中の敷布の上に降ろし、残ったトマトの蔕を放り捨てた。


「私はまだ、時間は山程あるけどね・・・最後は故郷の花園で、寿命で往生するって決めてるから」


まあ、六百年以上後の事だろうけど、と。


妖精の寿命は平均して千年近いという・・・なんだか人間の身には想像もつかない年月だな・・・。


「お母さんは始祖に会ったことがあるくらいだからね・・・私は唯一始祖の顔を知らない第一世代目、って感じだよ」


妖精の中で、三百歳と少し程度では、まだまだ若年者なのだろうか。


「私なんかまだまだ未熟者だよ・・・漸く先代が築いた技術を習って、物にしただけ・・・これから私は自分だけの・・・私の生涯としての研究をしなきゃいけないんだから・・・それが私、ニーレイ・プリンシピア・オブスクラムがこの時代に生きた証になるの」


妖精は自分という存在が世に忘れ去られるという事を非常に恐れるという。


歴史に名を刻む。これは言うに易しく・・・成すには恐ろしく壮大な事だ。


武と功で突出した英雄。


知と格で世を平定する王。


策と妙でそれらを支える臣。


仁と徳で教えを説いた聖人。


はたまたは悪行と暴虐で世を暗黒に染めた悪人など・・・。


そのベクトルがプラスであろうとマイナスであろうと・・・並大抵の事では蔓延る凡愚に埋れてしまうだろう。


彼女等がそれを成す方策とするのは・・・学問。


智略と思慮で人々を豊かにする学者である。


「・・・まだ題目も決まってないんだけどね」


と、自嘲するかの様に薄く笑う。


「・・・テーマ、か・・・」


妖精の学問はかなり進んでいる様に感じる。数学、魔術、文化・・・工学に関しては微妙な所であろうが、


「経験して、見聞して、猜疑して、希望して、夢見て・・・私は、私だけの答えに辿り着きたい・・・なんてね」


くさいこと言っちゃったね、と朗らかに笑う彼女は・・・とても大きく、頼もしく、そして何より・・・輝いて見えた。










ピクニックの様な、少し遠回りな散歩から帰ると、街は既に夕暮れ時。


少し草の露と土で汚れた白いスカートを靡かせ、街を颯爽と駆け抜ける、紺髪の少女。


・・・いや、むしろ爆走していると言った方が良いかも知れない。


「ねぇ!いつまでコレ続ける気!?」


通り越す人を躱し躱し・・・大の大人も格やといった速度で石畳を蹴るエリアスに、襟の中でがっくんがっくん振り回されるニーレイ。


「さあ?後ろの熱心なファン(・・・・・・)にそれは聞いてくれ?」


「なんで疑問形なのさッ?」


そう、現在・・・街に入ってから何者かの追跡を受けている。


ちらりと振り返って見たのは・・・全力疾走で息を切らせつつ追いすがる大人が三人。


高々子供一人にぜえぜえと大人が息を切らして・・・とニヤリと笑いかけてやった時の真っ赤な、頭に血が昇った時の顔は見物であった。


「どこの、どいつの差し金だと思う?」


地を、運河の柵を、常夜灯の支柱を蹴り・・・かなりの速度で逃げつつも、向こうも魔力で肉体強化しているのか、割と頑張って付いてくる。


仕事場から帰宅する市民達が皆吃驚して腰を抜かしかねない光景だ。


「さあぁっ!?たっ、多分!ツィーアを狙ってるのの一味か、最近話題の人攫い・・・っていうのはあんなしつこく無いかぁ、ぁあっ!?」


おまけに、向こうも魔術師である。追っ手もその雇い主も、生半可な相手とは思え無い。


「さて、今すぐにでも『ファイアボール』の一発でも飛んで来そうな雰囲気なのだが、どうするべきかな?」


「先手必勝でいいんじゃないの・・・」


こんな街中、通行人も多々居る中で()り合うのは非常に宜しく無い。


にも関わらず、阿呆みたいな事を言い出すニーレイをガン無視する事に決め込み、指でビシッと襟の奥に弾き戻す。


「ニーレイの言う通りぶっ飛ばすか・・・このまま上手いこと逃げ切るか・・・」


「逃げるのは多分無理だと思うよ?こんな格好で、こんな濃い魔力の残滓を撒き散らしてちゃあ、ね」


つまるところ?


「・・・一体どういう人間を相手にしてるのか・・・そのどっかの誰かさんに分からせてあげる(・・・・・・・・)のが一番手っ取り早いよね」


「・・・なら、どこか戦えそうな場所のピックアップを頼む」


出来れば開けた平地で、と要望。


数瞬、ニーレイが黙考・・・その間に・・・後ろから火炎弾が飛来した。


慌てて振り向き、魔力障壁を纏わせた掌で握り潰す様に掻き消す。


・・・ワンピースの袖が少し焦げた。


「まだ往来もあるのにね・・・」


もしもこちらが躱していたらどうしたのだろうか。


「猶予は無さそうだな、ここで殺る」


道の脇を通る運河に浮かぶ停泊している無人のガレー船を足場に、その反対岸へ飛び移る。


背後をちらりと見やると、慌てて同じ様に船の甲板に飛び降りようとしていた。


「・・・エリアスも性格悪いよね」


そう言いつつも、察したかの様に、ニタリと嫌な笑みを浮かべる彼女に目線だけで応えながら・・・反撃の文言を紡ぐ。


「『ブレイズバスター』」


何も無い宙から・・・否、自分の身体から噴き出した魔力その物が燃焼するかの如く、己の手の延長上の空間に青白い光を放つ高エネルギーの塊が生まれ落ちる。


同時に高速射出。


靡いたスカートの端が近寄っただけで小さく発火し、髪を熱波が軽く撫でる


一直線にガレー船へと向けて飛翔した鬼火は、過たずその木製の船殻に突き刺さった。


「・・・まあ、運が良ければ生き残れるだろう」


爆裂音が轟いたその瞬間、運河に流れたのは岩壁をも赤化させる極炎。


飛び散る火が着いた木片と、高々と噴き上がった爆炎。


突風が吹き荒れ、離れた所で様子を窺っていた通行人が尻餅を着く。


「・・・最後に慌てて魔力障壁張った気配がしたけど・・・黒焦げじゃないかな、アレじゃあ」


やれやれ、と首を振るニーレイが、肩の上へと乗る。


「・・・少し強過ぎたかと後悔はしている」


まあ、他に直接爆風が当たらない様に、態々運河の中で吹き飛ばしたのだから。


尤も、場所が狭い為に爆発の威力が上がるという事も考えては居たが。


「仕方が無いだろう?相手がどの程度の魔術師か分からないのだから、手加減のしようが無いのだから・・・」


「いや、そこ!そこが分からないの・・・なんでそんな魔術師としてかなり上玉の類に当たるエリアスは、他人(ひと)の魔力量が分からないの・・・」


そう、そうなのだ。


俺は未だに他人の魔力量が一切、本当に一切推し量れない。


ニーレイが言うには、本当に見ただけで・・・その人の背が高いか低いか見れば分かるぐらいの分かり易さで分かるという。


なのに、俺には見えない、分からない。


この間、彼女と魔力共有した時にも分からなかった。いや、感じてはいたと思う。


あることは分かるが、どれくらいあるかは分からない・・・これが一番しっくり来る形容だな。


空間を漂う魔力は簡単に、手に取るように感じられるのだが・・・。


「・・・まあ、別にそう困ることは少ないだろうけどさ」


大体、相手の魔力量を知らなければならないなど、それこそ荒事の前戯ぐらいだろうに。


知らんでも困らん、果てしない程にどうでも良い情報など捨て置く事にする。


「・・・開き直ったね」


「ネガティブに考えるのは辞めたんだ」


焼けた裾を摘んで具合を見て・・・これはダメだな・・・と悟ったが最後、ぶちっと黒焦げた部分を毟った。


「・・・さっさと帰ろう。今日はさっさと寝る」


炭化した布切れが舞い上がり・・・茜色の空に点々と黒い影を映した。










「だーから言ったじゃん?あんな雇われ何人かじゃ一瞬だってー・・・」


ガチャリ、と乱暴に食器が置かれる音が、レズンの目の前の男の手先で立てられる。


「五月蝿いッ!!その時に貴様が手助けすれば仕留められただろうがッ!!!」


癇癪を起こし、机の脚を蹴る音に思わず首を竦めるレズン。


「いや無茶言わないでよ・・・まだ十分に準備も済んでないのに、あんな化け物相手にやりあえって言うの?」


バカじゃないの?と語尾に付きそうな調子のそんな一言に、不機嫌な薄茶発の男・・・レグロ・アルタニクは、ふん、と荒々しく鼻息を吐き、ソファに腰を乱暴に落とす。


「・・・そこまで言うからには、その準備とやらが済めば打ち勝てるのだな!?」


そんな目の前の雇い主に、はぁ、とレズンは肩を落とした。


「・・・いちおー全力は尽くすから・・・っていうかボク、大体まだ底も見えないよーな相手に勝てる勝てないなんて話は無理があると思うんだけどー・・・違う?」


ぐっ、と正論をぶつけられて呻くレグロであったが、その次の瞬間には顔を真っ赤にし、握り締めた拳を卓に叩きつける。


「黙れッ!!貴様、今の自分の立場を分かっているのか!?」


ゴトリ、と机から落ちたティーカップが絨毯の上を転がる。


「・・・わかってるよ」


しかし、言葉とは裏腹に、その紫色の瞳には反骨心と呼ばれる反抗の意思がありありと浮かんでいた事には・・・レグロは気付く由も無い。


「あと一週間か?予定の日とやらは・・・こっちは少し微妙な所だが、政治的には既に流れは此方にある。あとは貴様がアレの懐刀を落とすだけなのだ!」


アレの懐刀。


それは最近街で知られるようになった、二人の女性を指す。


一人は最近、ツィーア・エル・アルタニクに護衛として付き添う様になった黒狼人。名前はスィラというらしい。


普段は獣人などと、と見下す人間から見ても圧倒的に見目麗しく、先日撮られた写映絵の値段は、既に当初の十数倍以上にまで釣り上がっていた。


街をツィーアと共に歩けば自然と人垣が生まれ・・・刺客も手が出せなくなってしまう。


しかもこの女、武芸の方においても相当な手練れであり、今ではツィーア嬢を狙う暗殺者達・・・一部、レグロの手の者も含む・・・からすれば恐怖の象徴にすらなりつつあった。


獣人と思っていても、その想像の更に上を行く圧倒的な身体能力。


この間も路地から飛び出し、十五人掛かりでツィーア嬢に奇襲を仕掛けた傭兵共を・・・ナイフ一本と身体一つで全員一撃の下制圧し斬った(・・・)


僅か数分の出来事、そこにはただ血溜まりと幾重にも重なった残骸が残されたのみ。


一度はレズンとて手合わせをした相手ではあるが・・・まともに剣を打ち合わせて戦うのは無理があると確信した。警戒心が強い上、危機察知能力も高い様なので、搦め手もかなり手の込んだ物でなければ通用しないだろう。


だが・・・十分に対処は可能だ。手はある。あくまでまだ、こちらの常識の範疇にあるからだ。


最大の問題はもう一人の方にある。


名前は割れている。エリアス・スチャルトナ、ツィーア嬢と大して変わらない程度で・・・常識外の容貌をした、驚異の美少女。


本人はほぼ気にしていない様に見えるが、すれ違う人々、ほぼ全てがその姿を見れば二度三度と振り返り、手に持った荷物を取り落とし、目を剥いて硬直するか、もしくは・・・愚かな事にもその後を尾け、その身に不埒な欲望を滾らせた報い(・・)を受けるか・・・。


不躾にもそれに手を伸ばした者の末路は・・・そこらの裏路地の運河を覗いてみれば稀に見つけられる。


綺麗な華には棘がある、という言葉は正しく至言だ。


尤も、彼女の棘は龍でも殺しそうな凶悪極まる逆棘付きの投げ槍であるが。


「・・・今日はもういい・・・消えろ」


しっしっ、と追い払う仕草を見るまでも無く、レズンはさっさと部屋を去る。


レグロの機嫌が悪い理由は分かっている。行政府内部で、ツィーア派が息を吹き返しつつあるからだ。


何時でも狙われ続け、孤立し、ストレスと疲れが限界に達した彼女を上手く政治の世界から追い出すのが目的であったが・・・一週間程前から、彼女は以前からの元気を取り戻し、精力的に活動を始めた。


その源はすぐに分かる。


まず自分の身の安全がほぼ保障された事による安心、そして・・・有力な味方(・・・・・)を得た事による自信。


「・・・そろそろ潮時かなぁ・・・」


チラリと背後の迎賓館から漏れ出る灯りを振り返り、鼻から小さく息を吐きつつ肩から力を抜く。


肩越しに館を睨むレズンの瞳が、ギラリと赤く、物騒な光を帯びる。


「・・・番獣に手を咬まれそうになった時に避ける方法を考えるんじゃなくて、どうしたらこっちが咬もうとも思わないか考えた方がいいよ、レグロ・・・」


さて、と背伸びをし、一つ欠伸。


「ふぁ・・・眠いやもう・・・面倒くさいや、全部明日やろっと」


一瞬纏った、辺りの草木も震える程の苛烈な気配は瞬く間に失せ・・・その姿も常闇の中へ、溶けるかの如く消え去った。










「・・・正当防衛っていうのは分かるけど・・・そこはもう少し手加減して欲しかったわね・・・」


チェラポタマスという、豚肉に似た肉が取れる魔物の肉の上に、トマトソースで炒めたピーマンや人参、玉ねぎを乗せた物・・・これは肉で野菜を巻いて食べれば良いのだろうか?


「・・・それはニーレイにも良く言われたよ・・・仮に次があれば努力する・・・」


少々耳が痛かった。


どれ程壊してしまったのかは、さっさと去ってしまった為良く分からないが・・・補修費用、俺の財布から出るのかなぁ、と僅かに顔を青くするエリアス。


「詳しい被害は明日にでも人を遣って確認しとくけど・・・その話はそれからね」


じとっ、とその翡翠色の瞳に非難の色を滲ませながら、手元の南瓜の煮物にフォークを突き立てる。


結局、あのボロボロになったワンピースはオシャカとなった為、今は簡素・・・と言っても俺からすれば十分街歩きに使えそうな、一枚布の貫頭衣に着替えた。


帰った時、既にツィーアは家に居り、「どうしたの!?」と心配してくれたのだが・・・別に俺はどうにもなって居らず、逆に街に若干の被害を出した事を喋ると眦を吊り上げ・・・今に至る。


塩味の野菜スープの汁を飲み干し、はぁ、と溜息と共に指でナイフを弄ぶ彼女。


「ま、いいわ。エリィが無事なら・・・今更だけど、矛先がそっちちも向いちゃったわね・・・」


ふぅ、と物憂げな溜息を再び。


「最近そっちはどうなんだ?あまりお客さん(・・・・)は来なくなったそうじゃないか」


話題を少し変え、空気を入れ替える事にした。


「え?うん・・・スィラがしっかりおもてなし(・・・・・)してくれてたから、みんな身の丈に合わないお店に来てる、って分かったのかも」


ふふっ、と眉の皺を解き頬を緩める彼女を見て、目論見が成功したと悟る。


「行政府の方も、少なくとも拮抗するまで持ち直したから・・・気持ち次第ね、何事も」


笑みを自嘲気味な物に変え、運ばれて来たティーカップの縁を指で撫でつつ視線を中の琥珀色の液体へ。


俺の手元にも運ばれて来たそれの香りは・・・なんとコンソメスープだった。


俺が思い付く洋のスープといえばまず出てくるスープの一つで、個人的にも結構好きな物なのだが、この世に生まれて以降、一切口にする機会が無かった。


別に存在しなかった訳では無い。ただ・・・作る人間があまり居ないのだ。


俺も聞かされて初めて知ったのだが、コンソメスープというのは作るのに物凄い手間が掛かるらしい。


詳しい手順などは知らないが、兎に角時間が掛かり、そして何より味付けがかなりシビアなのだという。


因みにこの世界ではコンソメスープとは言わず、ガトーウェスープ呼ばれている。俺は勝手に脳内変換してコンソメスープと呼ぶが。


「顔色は良くなったな・・・少し肉が付いたか?・・・主に頬あたりに」


ニヤリと口の端を吊り上げ、戯れに揶揄ってやる事にする。


「ッ!?まさかッ!ほ、ホント!!?」


突如慌てて頬を撫でたり揉んだりし始め・・・どうやら少々心当たりがある様だ。


「ほう?もしや寝る前に甘味か何か食べ続けてなどいないだろうな?」


・・・実際の所、単なるテキトーな嘘なのだが。


が、案外当たっているのか・・・ギクリと肩を強張らせる仕草。


「・・・冗談で言っていたが、それは本当に身体に良くないぞ」


深夜、甘い物やカロリーが高い物を食べるのは良くない。非常に良くない。


何が悪いかというと、まず大抵その後すぐに寝るからして、朝まで満腹、その結果、朝飯が喉を通らなくなる。


朝食の重要性は言うに及ばす、その日の最初のエネルギー補給だ。特に頭の糖分の。


脳は寝ている間にも大量の糖分を消費する。起きて何か行動している時と同じくらい、寝る前に補給しても意味はあまり無い程に。


朝になれば頭が使うエネルギーなど少しも残っていない。にも関わらず、満腹度だけは朝まで残ってしまう。


その糖分を補給する朝食が入らなければ・・・と、この先からは容易に予測出来るだろう。


オマケに皆食った後に歯を磨かない・・・。


寝ている間は口の中のpHを保つ唾液が出ないからして、すぐに酸性になり・・・虫歯の原因になる。


「・・・うぅ・・・歯磨き・・・しなきゃダメかしら・・・」


いや別に俺の身体ではないからな。だが・・・。


「・・・私はツィアの歯が真っ黒になってボロボロ抜け落ちる光景は見たくないな」


そんな凄惨な未来を想像したのか、ひっ、と喉を鳴らし・・・肩を落とす。


「・・・努力するわ・・・」


と、いいつつも果実水(蜂蜜入り)に口を付けるのは、何と言うか性というか、既に染み付いてしまっている質というか・・・。


と、そこで今も甘い物を口にしていると自分でも気付いたのか、グラスを置き、食後の紅茶を傍らの使用人に言いつけた・・・。


「・・・砂糖は要らないわ」


・・・あまり気にし過ぎてストレスを溜めては逆効果になることもあるがな。


こういう聞いたことに極端に反応するのは、やはりツィーアもまだ子供なのだな、と、少し微笑ましい気持ちで、ドライフルーツの砂糖漬けを摘まみつつ・・・暗闇しか見えない、大きな嵌め殺しの窓の外に視線を遣る・・・何と無く、本当に何と無く。


そこで一つ、おかしなことに気付いた。


「・・・なぁ、ツィア」


「なぁに?エリィ」


窓の外、一点だけ・・・室内の灯りの反射では無い・・・光が・・・。


「・・・あんなところに何かあった・・・」


か?という言葉は出なかった。


「ッ!?」


・・・その前にそれの正体に思い至ってしまったからだ。


「・・・『魔念力(ヴァリーニェ)』」


えっ、と眼を丸くする彼女を初め、二人程室内に居る従者達に向けて多量の魔力を放出・・・そのまま全員の身体を絡め取り部屋の隅へ押しやる。


と、同時に彼女等と窓の間、盾になれる位置に跳躍。対魔、対物理障壁を展開・・・一気に視界が水族館などの屈曲した分厚いアクリル板を通したかの如く歪んだ。


「え、エリィぃッ!!?」


徐々に近づいて来る、空気を叩く羽音(・・・・・・・)


ツィーアと従者二人の耳にもそれが届いたのか・・・ちらりと目線だけ向けると、見るからにその顔を蒼ざめさせていた。


「まさか・・・」


五翅二重反転の大口径ローターが空を裂き、その十トン以上の巨体を飛翔させる音。


轟、と吹く突風が固定されている筈の窓をビリビリと震えさせる。


「・・・ツィア、アレ(・・)を実際に見たことは?」


窓の外は大光量のサーチライトによって夜にも関わらず真っ白で・・・。


「あ、あるわけ無いでしょ!」


まあ・・・壁越しに30mm高速徹甲弾(HVAP)でも・・・いや、80mmHEATロケットでも撃ち込まれたら・・・耐えられるか?いや試したくは無いのだが。


「主!」


と、そこで異変に気付いてやって来たのか・・・入口から使用人服姿のスィラが重斧槍を担いで飛び込んで来た。


「下がってろ、スィラ」


来てしまったからには仕方ない・・・いくらスィラでも、まさか戦闘ヘリには勝てまい。


彼女を後方に回し、外の様子を窺う為窓際へと歩み寄る。


壁陰に隠れたりはしない。どうせ全て透視(Xray)カメラで透けて見えているし、こんな壁、大口径徹甲弾からすれば盾にもならないというのは明白であるからして、視界を優先した方が良い・・・少なくともこの体の身体能力を鑑みれば。


が、見えたのは覚悟していた銃口では無く・・・。


「・・・なっ!?」


それを認識した瞬間、反射的に、迷わず横っ飛びに避ける。


直後、窓硝子が、悲鳴めいた耳障りな破裂音と共に砕け散り・・・そいつ、いや、ソレ(・・)が室内へと、床板を砕き、毛羽立てながら飛び込んで来た。


身長百六十五センチ、僅かに煤けたショートの白髪・・・ぎょろりと辺りを見回す、真っ赤な作動光を灯した一対のアイ・カメラ。


磨き抜いた石膏の如く白い擬似皮膚は、その柔らかさを思わせる見た目とは裏腹に・・・人間が携行可能な旧世代の小銃弾程度ならば容易く弾き返す程の強度を持つ軟性ポリマー。


「・・・まず突然押し掛けた非礼は詫びる。しかし、そちらの風習良俗に従っている時間は無かった為、このような手段を採らせて貰った」


一欠片も感情は見られず、声にも色が無い。


武器は持たず、無手ではあるが・・・コレ(・・)の各部出力を甘く見てはならない。内蔵武装は無いが、素手でもその戦闘能力は人型という括りを軽く飛び越えて来る・・・。


「こちらはツィーア・エル・アルタニクとの会談を求めるもの」


恐らくは眉根を顰め、半眼でソレを睨んでいるであろう、俺から・・・あまりの事に部屋の角で腰を抜かし、スィラに脇を支えられて何とか立っているツィーアに、その視線が移った。


「・・・受ける?・・・ツィーア・エル・アルタニク伯爵」


窓の向こう、遠ざかるヘリの羽音に叩き起こされた街を背に立つ、最後に見た時(・・・・・・)と変わらないソレ、いや、そいつは・・・。


「・・・ユキ」


思わず呟いたユニット名。


そこらの獣よりは遥かに集音能力に優れた、目の前の人型兵器が拾えない訳が無く・・・。


「ッ!?」


突如身体ごと振り向いた人型汎用広域制圧兵器(HTGPWAS)・・・十四型(Type14)、固有名ユキは、その造り物の秀麗な瞼を僅かに見開き・・・次の瞬間にはその目尻をまるで獣の如く吊り上げた。


「・・・どこまで知っている?答えろ、エリアス・スチャルトナ」


しまった、と思った時には既に遅かった。


「やはりお前は不自然だ・・・お前は何だ?何を知ってる?・・・答えろッ!!!」


さて・・・どう言い逃れしようか?


無駄とは分かりつつも目線だけでスィラ達に助け舟を求めたが・・・結局、肩を竦めつつ苦笑いをするしかなかった。





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