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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第二章
54/94

臆揺

最近気になる事がある。


歯がぐらぐらし始めたのだ。


そういえばこのくらいの年齢から、歯が生え変わり始めるのだったか、と今更ながら思い至る。


俺より一つ歳上のツィーアとて、この間奥歯が抜けたとか言っていたな。逃れられぬ宿命だ。前歯が抜けたら見た目が何とも間の抜けたものになってしまう・・・。


まあ、今俺のグラついている歯は前歯なのだが。嘆いても仕方が無い不可避の事象であった。


自分で引っ張っても何故か抜けないし、痛いので自然に抜けるのを待つのみというのがもどかしい。


どうしても口の中が気になるよなぁ・・・この時期は。


と、別に乳歯談義はどうでもいい。目下の問題は・・・。


目の前で斬り合いをしているスィラと赤髪の少年の事だ。


「ッらぁッ!!」


「フッ!!」


スィラはナイフ、少年は・・・なんと素手だ。だが、ナイフの斬撃を弾いているというのはどういう事なのだろうか・・・爪?


「分かったよエリアス、あいつ吸血鬼(ヴァンピール)だ」


吸血鬼。割とポピュラーな魔族だから良く知られている。


「・・・こんな真昼間から大丈夫なのか?」


そんな事をニーレイに問うと、何故だが彼女は吹き出す。


「ぷっ!人間が勝手に信じてる迷信って結構あるけど、それはちょっと、ねぇ?」


・・・うぜぇ。


気を取り直して聞けば、吸血鬼が日光に弱いだとか、流水を渡れないだとか、銀が毒になるだとかは無いというのだ。


確かに日光の下より、夜の月光の下での方が力は強くなるし、それは吸血鬼の中にだってカナヅチは居るし、銀だろうとなんだろうと刺されれば傷を負うが、別段そう劇的に効いたりはしない。多分、どこかの冒険作家が適当に脚色した物だろう、とニーレイは言う。


吸血鬼も吸血鬼で、それを聞いて「その設定面白そう!」と言って偶に人間をからかうものだから、余計誤解を生んでいる・・・と。


「・・・で、すっごい呑気に見てるけど、何もしなくていいの?悪いけど、スィラじゃ勝つのは難しいと思うよ?」


「そうなのか?同等以上にあしらっているではないか」


現状、素人目に見る限り、スィラが押している様に見える。


「ぎゃッ!?」


彼女のナイフが少年の腕を深く抉り、赤黒い鮮血の尾で宙に弧を描く。


だが、力が抜け、ダラリと垂れ下がったその腕の傷口の・・・周りの肉がボコボコと隆起し(・・・)、瞬く間にそれを埋めてしまったのだ。


「やったな!!」


激昂し、改めてスィラを爪で切り裂かんと踏み出す少年。今何が起きた?


「・・・ちょっとしたあんな剣撃じゃすぐ治癒されちゃうくらいの、自己治癒魔術がいっつも働いてるの」


・・・正真正銘の化け物じゃないか。


「・・・仕留めるには?」


風切り音と共に振るわれたスィラの脚が少年の胴を捉え、その身体が冗談みたいにくの字となり、吹き飛ぶ。無茶苦茶痛そうだな、アレ。


「心臓を止めて血を抜く・・・とか?」


とか?ではないだろう。もしや知らないだとか言うのではなかろうな。


「・・・えへ♪」


・・・翅、毟るぞ。


「・・・え、えへへ・・・」


知らない、と。まあ、それなら別にどうでも良いのだが・・・誤魔化すな。あとその仕草は何かイラっとする。


で、別にそんなの相手にスィラを戦わせておいて良いのか、という話だったな。


一つに、どう見ても現状、スィラが優位にあるという事。少なくとも全く本気になってもいない彼女が負けるとは思えない。本来の得物である重斧槍も、分解したまま俺が今手元で立て掛けている。


・・・重過ぎて芝生に突き刺さり、手を離してもそのまま立っていそうだ。


本来の得物でない短剣を用いて、少なくとも近接戦闘能力では圧倒している。いくら向こうが高い治癒力があったとしても、現状壊れないサンドバッグみたいな物だ。多少斬り掛かって来る、な。


というか、向こうは素手だよな。実質。


ならそんなのに遅れを取る方がおかしいよな。常識的に考えれば。相手が徒手空拳の達人だとかならまだ分からんでもないが・・・。


二つに、目の前でやりあってくれる限り、いつでもヘルプに入る事が出来るという事。


ここからでもスィラと彼の間に対魔障壁、対物障壁を展開出来る。例え必殺の攻撃でも横槍を入れ防ぐ事は可能であり、最悪、『高速アイスアロー』で仕留めるまで行かずとも、動きを止める。だから、一応はスタンバイしていたりする。


向こうが川だから、あまり仰角を取らなければ被害も出ないだろう。精々、大口径機関砲弾程度の威力しかないからな。


・・・口径57mmくらいの。


弾体重量や強度はさて置き、俺の『高速アイスアロー』は旧世代の牽引式対戦車砲並の初速は出せている。やろうと思えばもう少し出せるから・・・まあ、それはいいか。


その位の威力があれば、半身くらい吹き飛ばせるだろう。吸血鬼とはいえ肉体強度は人間とそう変わらない様だからな。


三つに、スィラとの約束である。


戦いは基本的にスィラが担当する、それが事前からの取り決めである。少なくとも余程彼女一人では手に余る相手でない限りは。


彼女自身の修行の為であり、集団に於ける役割分担というヤツである。まあ、スィラとあろう者が遅れを取る様な相手など・・・どんな奴だろうな?(すっとぼけ)


以上の理由により、こうして呑気に観戦している訳だ。・・・あ、また蹴っ転がされた。何度身体を破壊されても治ってしまうというのは・・・その内痛みが快感になりそうだな。もしや吸血鬼にはマゾヒストが沢山居るのではないだろうか。


「いや、それは流石に無いと思うけど・・・」


無いか。冗談が過ぎたな。


見ればもう向こうは息も絶え絶えだ。肩で息をし、着物の様な衣服は既にズタズタの血塗れ・・・身体は無傷なのな。流石の再生力か。


「はぁ・・・はぁ・・・や、やっぱりボクは身体うご、動かすんは・・・向いて、ねーや・・・」


い、痛いし・・・と、本当に辛そうな雰囲気。・・・あまり強くないのか?


「・・・だから、こーする(・・・・)


が、その瞬間、ピン、と空気が張り詰めた。同時に周囲に放たれる濃密な魔力(・・)


何も言わず、俺はスィラに重斧槍を投げ渡し、いつでも魔術を使える様に手先に魔力を集め、身体を魔力で強化する。


その周囲の景色が揺らぐ程の魔力が少年の身体を覆い・・・恐らく物理障壁が展開された。


やらせまい、とスィラが重厚な金属音と共に連結されたハルバードを大きく振りかぶり、少年の胴を間一文字に寸断する剣線を描く。


「無駄ッ!」


どこからか・・・いや、突如宙に現れた長剣が、刃先が水中に入ったかの如く減速してしまった斧槍を止める。


「ちっ!」


返す刀で振り抜かれた両刃の長剣を、重そうにしつつも斧槍を引き戻しつつ躱す。掠ったぞ、危なっかしいな。


「スィラ、引け!」


少し残念そうに眉を細め、こちらを一瞥した彼女は、一応素直に後方に飛び退く。


「『フローズンアロー』!」


その隙を狙い、水属性中級魔術である、中型の氷の矢を放つ少年。だが・・・。


「ふん、見飽きたわ」


苦もなく角度を付けた斧槍の刃の腹で弾かれる。結構な速度であったが・・・スィラにはもう(・・)通用せんだろうな。


何故ならば、以前より鍛錬として、彼女に『高速アイスアロー』を筆頭に、『アイシクルスピアー』やらの水属性攻撃魔術を鱈腹撃ち込んだ事がある。


目的は対攻撃魔術訓練。他にも火属性シリーズがある・・・そちらの話は少しアレ過ぎるので省略する事にして・・・水属性の方だ。


基本的に『アイスアロー』系列の術は物理攻撃だ。基本は鋭利な氷の矢を高速で放ち、その重量から来る貫通能力と衝撃力によって標的にダメージを与える。


これを防ぐ方法としては、そもそも撃たせない、躱す、そして弾く。銃と同じだ。


撃たせない方法としては、撃つアクションを起こす前に制止する。敵が離れているなら石を投げ付けるなり砂を掛けるなり何なりし邪魔をする。貫通不可能だと思われる障害物を射線に挟み、射撃を躊躇させる事など。


躱すは躱すしかない。俺には理解出来ない。スィラは最初から出来た。やっていた。何故あれ程上手い事こちらの狙いをブレさせつつ動き回れるのか分からない。


最後に弾く。コレが一番単純で難しいとはスィラの話。


飛んでくる氷の矢に刃を当てるのは簡単らしい。少なくとも彼女にとっては。


しかし、並の攻撃なら兎も角、『高速アイスアロー』程の威力ともなると武器への負担が極めて大きい。最悪、並の武器なら曲がるか欠ける。


ここで提案したのは被弾経始の考え方。装甲たる刃の腹に角度を付ける事でその実質装甲厚を高め、強度を増す事により砲弾などをそれで防ぐ考えである。


計算上・・・と言ってもスィラは理解出来ないので、兎に角、刃の腹に角度を付けさせ弾け、と言った。目標は弾体が装甲表面を滑る程傾斜させる事。


当たり前だが、角度は付けれは付ける程、刃の腹の前方投影面積は狭くなる。するとそこに飛来する弾体を当てる難易度は飛躍的に上昇する。それが彼女をして、難しいと言わしめる要因である。


高い防御力を発揮しようと思えば思う程難しくなる。分かり易いがそれ故に、ひたすらに純粋な技量と身体能力を要求される。


スィラは基本的にパワー・ファイターだ。どちらかというと技量より、筋力と大型の武器でゴリ押しして倒す方が得意な質。今まであまり小手先の技を重要視していなかったが故、結構苦労した。


結局彼女がしたのは、その卓越した動体視力任せの力技。飛来する弾体を見て、刃を合わせるだけの事。


最初は大型の氷の槍、『フローズンアロー』を使った。比較的重いその攻撃を弾くには、力を逸らす意味も込めてより深い角度を付けねばならない。


でなければ弾くどころか、身体を持って行かれる。亜音速で撃ち出される全長二メートル、基部直径二十五センチの大投槍の威力は伊達では無い。


幾度と無く吹き飛ばされながら、彼女は遂に『フローズンアロー』ぐらいには耐える事が出来る様になった。それが出来たなら『高速アイスアロー』の弾速に反応する事。音速の次は超音速、それが出来たなら超超音速、最終的には俺の出し得る限界を。


掠った時の衝撃波で負った切り傷をこまめに治癒しながら・・・初速四百メートル毎秒程の氷の矢にまで対応する事が可能となった。


それから上は無理だという。主に反応速度的な理由で。


というか、音速を超えた時点で弾体は見えず、彼我の距離と発射タイミングから到達時間を計算し、ほぼ勘で戟を振るうというからして、既に生き物の限界を超えている様に思える。


・・・俺からすればその時点で十二分、化け物なのだと思える。


その弾いている氷の矢は、既に音すら置き去りにしているのだぞ?と教えると、彼女自身も大層驚いていたが。自覚は無いのな。


故に、低初速の『アイシクルアロー』など、スィラからすれば稚戯に等しい。


・・・それでも、そこらの長弓から放たれる矢程の速さはあるが。


人外って怖いな(他人事)。


「・・・」


弾かれた事には大して驚かないどころか、寧ろ平然としている少年。黙ってこちらを睥睨しているのには何か意図があるのだろうか・・・。


「・・・今日はこの辺で帰ろっかな、まだこんな日も高いし、あっついし、だるいし、腰痛いし・・・」


文句ばっか垂れるのな、お前。


「・・・いきなりやる気になったと思えば、次の瞬間にはそれか・・・名乗るくらいしたらどうだ?」


スィラの言うことはごもっとも。俺はこいつの何も知らんぞ。


「・・・あれ?てっきり知ってるもんだと思ったんだけど・・・」


キョトン、と目を点にし、張り詰めた空気が霧散する。


「私達はお前の事など知らん、貴様が突然殺気立った故に対抗した迄・・・」


俺が言葉を補足し、スィラの側へと歩み寄り、少年と相対した。


「・・・何者だ?名乗らないのなら・・・こちらにも考えがあるぞ?」


腰に手を回し、短剣【カルマ】の柄に触れる。これ以上はぐらかすならば、相応の覚悟をしてもらおうか。


「あー・・・名前?レズンって呼んでくれればいーよ?まー、そんなものどーにでもなるよーなもんだけどさ」


レズン・・・適当そうな奴だな。


「で?何故お前は突然殺気をぶつけて来たのか教えて貰おうか」


そう問うも・・・どうやらあまり気乗りしない様だ。


「・・・長話って、性に合わないんだよねー」


だから・・・。


「今日のとこは、一先ず退散・・・」


「させると思うのか?」


魔力を解放。


辺り一帯を、俺の支配下に置く(・・・・・・)為に。


潰すも取り押さえるも、殺すも生かすも自由自在、絶対のキル・ゾーンを作り出す業、『魔念力』。


ニーレイによると、系統は闇属性。最上級に分類出来る範囲制圧魔術。


空間に水を満たすが如く、己が魔力を指定した範囲に隙間無く満たす。


「・・・やっぱ、一番厄介なのはキミだったね」


そう言いつつ、大きく後ろに・・・人間ではあり得ぬ程跳躍し、向こうに停泊する帆船の船尾へ。魔力の束を見切ったか。


「今日は分が悪いから・・・またね」


スィラが腰から銃を抜こうとするの制止。どうせあんな対物障壁相手では効果は薄いだろう。


「・・・様子見相手に態々手札を明かす事も無いだろう」


と、説得しつつ、川の向こうにひとっ飛びし、どこかへ消えるレズンなる少年を見送る。


気付けば陽は既に傾きかけ、空の端に茜色が染み込みつつある。予想外に時間を取られたな。


「・・・もう帰るか、未だ目的は果たし終えてはいないが・・・」


道程的に、これ以上遅くなると夕食が遅くなり、ツィーアにも、その使用人共にも迷惑を掛けてしまう。


「・・・ちっ」


何とも釈然とせぬまま、今日が終わってしまったのだった。










「・・・いやー、流石にビックリしたかな。あっちの獣人は兎も角・・・ほんとにヤバイのはやっぱ魔術師の子の方だったな・・・」


夕暮れの街をや屋根伝いに疾走しつつ、ポツリと呟き一つ。


あの瞬間、少女より爆発的に放たれた魔力は、比較的強者であるからしてそう危機に疎いレズンからしても、十分恐れを抱く程の密度であった。


「・・・今じゃ打ち合っても勝てないから・・・」


眼下を行き交う人々の頭。その首筋。その中身(・・)に思いを馳せ、薄く口の端を吊り上げる。


「・・・やることは決まってるよね」


小さく開いた口から覗く犬歯は、人とは異なり大きく、鋭かった。










帰路は特に寄り道をする事も無く・・・ナンパと思しき者をスィラが睨み潰した(・・・)事はあれど、些細な事だ。


潰したというのは、文字通り精神的に潰してしまった。男のプライドだとか、尊厳だとか。


元はといえば男である、俺の眉尻が痛む程の言い様である。


悉く(ひと)を踏み躙るその罵詈雑言、一体何処から出て来るのやら。


「ああいう男は嫌いだ、削ぎ落としてやりたくなる」


彼女はそう路端の汚物を見る様な目で吐き捨てるのだ。


・・・何を削ぎ落とすのだろうな。怖いから聞かないでおこう。


そうして陽の落ちた薄暗い路地を歩き住宅街へ。


昼間ですら薄暗いそこは、帰宅した住人達の生活から漏れ出た灯りによって、昼間と大して変わらない光量であるものの、雰囲気はより人間味のある空間となっており、少し安心出来た。


「こんな調子で結婚出来るのかな、コイツ」


ひらひらと手を揺らし、半眼で俗な事を宣うニーレイに、コイツ呼ばわりされたスィラは、ふん、と一つ鼻で笑う。


「重要なのは向こうが気に入るかでは無く、私がそいつを認められるかなのだ」


うわ一層清々しいまでの自己中・・・、と襟元がぼやくのも仕方があるまい。


「当然だろう?」


ふふん、と筋肉の所為か、立派であるのにあまり揺れない胸を張る彼女を見ていると・・・仮に将来殿方と結ばれたとして、相手は昼も夜でも死ぬ程苦労しそうな気がする。あくまで勘だが。


何故俺の周りの女はこんなに強い者ばかりなのか。一人くらい女らしい・・・と言えば語弊があるが、こう、ゆったりとした者というか、落ち着いた者というか、そういう者は居らんのか。


ミムルか、大人しくしていればメアリーが割と近いかも知れない・・・どちらにしろ強いか。


・・・待てよ?俺も一応女だよな。俺がそうなれば良いのではないか・・・?


「・・・スィラ」


胸元で手を祈る様に組み合わせ、儚げな・・・といっても良く分からんので、少し目を見開いて涙ぐませ、眉尻を下げ・・・とこんな感じだろうか。


「・・・なんだその気持ち悪・・・じゃなくてそのナヨっとした仕草は」


・・・気持ち悪いと言い掛けたな君。というかどうすれば良いのか分からん。もう少し縮こまれば良かったのか?


「幼気な少女を演じてみたのだが・・・ダメか?」


「悪くは無かったが、中身と致命的に合っていない」


中身と、ねぇ?まあ、分かってはいるがな。考えてみれば俺もおかしい事を考えたな。はっはっは、笑うしかない。


「・・・やっぱ、高笑いの方が似合うよね、エリアスは」


「・・・同感だな」


今の俺は気分が良い。多少の失礼など許してやろう。ふふ。


「・・・デコピン一発で」


ビクリ、と肩を跳ねさせるスィラを横目で見つつ、中指と親指を合わせる。


「あ、主?ここでは・・・」


後退る彼女の背後は民家の壁。すぐに追い詰めた。


「まあ、なんだ。諦めろ」


迫る指にまるでそれが銃口であるかの如く怯える金の瞳。


パアァン、と想像以上に良い音が出たとだけ言っておこう。










「・・・・・・」


遠くから人々が賑わうが聞こえる。


今日は安息日だ。恐らくは日々の猥雑から解放された大人が、学業をこなし束の間の休息として遊ぶ事をを許された子供達が、皆うきうきした顔で行き交っている事だろう。


・・・目の前の光景とは正反対の、ね、と少しばかり自虐的に微笑む。


跳ね返った血潮をハンカチーフで拭い、転がる人の脚の一部(・・)を蹴り、血だまりに長靴を汚す。


ここは真人教の拠点、教会である。


歩くは長い緑髪を靡かせた隻腕の女、フェリア・コンクルス。


去り際に名も知れぬ聖職者の胴を蹴り付け、突き立った剣を引き抜く。


既に白い部分が少なくなった、その衣で刃から血肉を擦り落とし、奥へと歩みを進める。


「・・・これだけして、なーんの天罰も何も無いんだから・・・」


本格的に神なんて信じるだけ無駄ね、と、言葉は紡がねど心中はその事実に苦笑した。


聖堂を奥へと抜け、扉を開いた途端に驚き、目を見張る修道女(シスター)の胸元に返すは長剣の鋒。


「あ、あなたが・・・どうして・・・ッ」


「さあ?どうしてでしょうね?」


一言、戯れに嗤ってやる。


だが目の前の彼女の意識はそれまで。突き刺した剣を横に無理矢理振り抜く。


胴を縦に貫く血管、背骨、心臓、肋骨が引き裂かれ、噴き出した鮮血が白い壁と、どこかの風景が描かれた絵の入った額を盛大な血のアートで彩った。


「あら、資料が汚れちゃうわね・・・」


ぶらりと胸元から上半身、下半身が僅かに残った肉で繋がった女の死骸を、部屋の外へ蹴り飛ばし排除。


汚れたズボンに眉を顰め舌打ちしつつ、目的の本棚へと意識を向ける。


この本棚はただの本棚では無い。巧妙・・・というには少し足りないが、奥にある物を隠す偽装であった。


本来正規の手順を踏むならば、特定の本を抜き出し、差し替え、パズルを完成させなければならない。簡単だが魔術的な仕掛けだ。


手際良く、そこそこの厚さがある皮表紙の本の位置を差し替える。エルクのここならば、以前にも開いた事があった。多分、一ヶ月そこそこでは変わらないだろう。


案の定、簡単に開いた。中は書庫である。


ここはこの真人教と呼ばれる組織の運営する上で、最も重要な物が保管されている場所だ。


中央にある機械、これは筆記具だ。遠くに設置された同じ機械同士で文字の遣り取りをする連絡機器。


極めて貴重かつ高価な代物だが、この際この場では用の無い物だ。


邪魔が入らぬ様、一度扉を閉じ紙束と向き合う。血で汚れた指を舐めて綺麗にし、唾液で紙に跡を付けながら片っ端からその並ぶ文字を読解して行く。


彼女が目的の文言を見つけるのは、その約半刻後の事であった。


「・・・ナードルフ、ボレーフェルト、そして・・・デュースケルン・・・」


小さく読み上げ、にぃっ、と笑う。


「待っててね・・・絶対、絶対・・・」


殺す・・・。


喉から迸る、聞く者が居るとすれば不快感を呼ぶ哄笑。


「は、ふふ、ふ・・・?」


崩れた紙束の向こう。奇妙な物を見つけた。


木の扉。大きさはそう大きな物でも無い。精々一メートル方も無い物。


「・・・金庫・・・?」


嫌に中身が気になった。近寄り、紙束を蹴散らし、触れてみる。


・・・金庫にしては柔な造り。軽く蹴り抜くだけで戸は容易く割れた。


「・・・これは・・・」


一度剣を放り、それ(・・)を掴み取る。


ずしり、と見た目の大きさ以上に少し驚く。金属特有の冷たさは無く、不思議な、感じた事も無い感触。


だが、それが何かは、あくまでどういう物かは知識として、経験(・・)として分かっていた。


「・・・ふ、うふふふふ・・・」


前言撤回だ。神は居たらしい。


「それも・・・」


とびきり、頭のオカシイ奴が・・・。










スィラに必殺デコピンを食らわせ、強制的に後方宙返りをさせてから屋敷に戻った夕食の場。


一足先に卓に就き、今か今かとツィーアが奥の大扉から現れるのを心待ちにしていた。


厨房に繋がる扉から漂う香りから察するに、恐らくは肉だ、今日は。


オマケにそれは香辛料たっぷりのステーキ。香ばしい食欲を唆るというより寧ろ暴走させかねない香りが鼻腔を刺激し、俺の胃の腑に住む虫が自己主張を始める。


思えば塩胡椒で味付けされた、前世でいうオーソドックスなステーキは久しぶりかも知れない。いや、塩は兎も角胡椒が掛かった物は前世以来かも知れない。腹が鳴る。


俺の感情の昂りを受け、腰の【カルマ】ですらカタカタと暴れそうになる始末。そんな所でリンクしなくていいから。


ぐいっと尻で押し潰し止め・・・肉が薄いから痛い。やめた。全て貧相なこの身体が悪い。


・・・太腿と二の腕はこんなにも柔らかいのに。尻はまだ青いという事か。


胸?邪魔だろうが。


スィラはあれだけ大きな肉をぶら下げてよくもまあ、あれだけ自由自在に動けるよな。腕が引っ掛かったりしないのだろうか。サラシを巻いてもまだ揉めるくらいあるのに・・・。


因みにアイツはブラという物をしない。サラシを巻くかそのままだ。垂れたり型崩れしたりしないのか心配になる。


考えてみれば、あいつは本当にスタイルが良い。何故あんなに俺好みの身体をしているのだろうか。何故俺は男に生まれなかったのだろうか。


・・・別にそれはいいか。


っ、と、そんなどうでも良い事を考えていると、奥の大扉が開いた。漸くツィーアのお出ましか。


・・・?


「どうしたツィーア?何かあったのか?」


彼女は物凄く笑顔だった。そう、まさに貼り付けた(・・・・・)と言うに相応しい様な。


しかし、貼り付け切れていない。口元は引き攣り、放たれる気配は阿修羅の如く凄まじい。


不機嫌。そう、とびきりの不機嫌であった。語らずとも分かる。


「あらエリィ、わかる?」


・・・何故高々俺より一つ年上の少女に気圧されなければならないのか。分かってはいるのに抗い難い。


はて、己の今日の行動を振り返ってみる。


特に法に反する事などは・・・私闘紛いのアレと変な奴等に絡まれた事は兎も角、どちらも向こうから来た事件だ。断じて俺が悪い訳では無かろう。


しかも片方は平和的に、あくまで対話において解決(?)したのだ。責められる事など・・・。


「・・・勘違いして欲しくないのは、別にエリィが一般常識に欠いた事をした訳じゃないの、悪いのは寧ろ向こうっていうか・・・エリィも悪いんだけど・・・何て言えばいいかしら・・・」


一度何故か考え込んでしまった彼女であったが、と・に・か・く!と大仰な動作と共に仕切り直した。


「今街が大変な事になってるのよ!」


大変な事。そう聞いて思い浮かべるは昼間逃がした吸血鬼(ヴァンピール)。吸血鬼というくらいだから、もしや其処らの人間の血でも吸いまくっているのでは?と考え、少し身構える。もしそうならば大事だ。


「・・・大変、とは?」


少々漏れ出てしまった剣呑な気配を感じ取ったのか、彼女は威圧感を引っ込め、はぁ、と一つ溜息。


「・・・別にそんな物騒な事じゃないわよ・・・」


もう、調子狂うわね・・・とぼやく彼女は、なんだか疲れて見えた。・・・他にもこの要件の以外何かあったのかも知れないな。


「・・・これ見て」


溜息と共に懐から取り出した・・・厚紙?


しかし、裏返して見て、思わず顔を引く事となった。


「・・・何故?」


率直にそれが何かと言えば写真だった。何故写真がこの様な時代にあるのかは分からない。だが、紙質は兎も角、精巧に現実を写したそれは、紛う事無きカラー写真だった。


黒髪の獣人の女の顎を妖しい手つきで弄ぶ、異様に艶かしい銀髪の少女の絵。


・・・俺とスィラじゃないか。いつの間に撮られたのか。


俺、こんな顔をしていたのかぁ、と感慨に耽っていると、使用人達が料理を運んで来た。


パンは四角いのと細長いののどちらが良いかと聞かれたので、細長いバケットを要求する。個人的にパンは硬めの方が好きだ。


「それ、幾らで売ってる(・・・・)と思う?」


・・・幾ら?


「売られているのか?」


人の写真を撮っておいて勝手に商売するとは何たる事かと思ったが、この世界に肖像権だとか何とかは、未だ確立されていなかった。モラルは兎も角、別に法律違反などでは無い。王国の法などあって無い様な物でもあるが・・・。


「・・・一枚、千四百オルドよ」


「へぇ・・・」


・・・は?


「・・・本当に?」


「本当よ」


千四百オルドと言ったら・・・そこそこの高級宿で満足に過ごせるくらいの大金だが・・・いや、写真一枚にそれか?あり得んだろうが。庶民の平均月収の二割に届いているのに・・・。


「シャエイ絵はもともと高いけれど、これは異常よ・・・あまりに法外な値段だから販売を差し止めて来たのよ・・・」


シャエイ絵。写映絵的な意味だろうか。こちらでは写真をこう言うらしい。


魔術的手法を使ったあるカメラの様な魔道具によって撮影されたそれは、魔力が無ければ使う事は出来ず、おまけにそのはっきり言って娯楽でしか無い機能は結構魔力を食うらしく、極めてマイナーな代物でしか無いらしい。


因みにこれは後から聞いた、ニーレイのカメラ談義による知識である。


「街にとんでもない美少女と美獣人が現れた!って噂になっていて、その件でその写映絵が出回ってるの」


・・・なるほどな?しかし、差し止めたと言ったな。その手の物は下手に差し止めてしまうと・・・。


「それ、更に値段が上がるぞ」


「え?」


プレミアというヤツだ。供給源が縛られた上、需要が噂が広まるという形で増加すると・・・更に大金を積んででも手に入れようとする奴が現れるかも知れない。いや、現れるだろうな。


前世においても、美女モデルのプライベート写真だとか、そんな物が結構な値段で取引された、という話を聞いたことがある。


まあ・・・写真を見る限り、スィラは凄まじい美女だ。少なくとも前世において報道に登場するモデルや女優が霞む程に。


それが赤面して生唾を呑み込んでいるのだ。下賤な言い方をすれば、十分オカズ(・・・)になり得る逸材だろう。


・・・というか、同性のしかも年下に顎を撫でられ赤面するとは、やはりアイツの性癖は大変よろしく無いのではないだろうか。貞操の危険を感じる。きゃーこわい。


・・・自分で言って寒気を感じた。


「ッ!兎に角っ!エリィが大衆の前に出るとこんな事が起きるから、以後もうちょっと衆目を引かない様に配慮して!」


難しくないか、それ。


「・・・仮面でも被った方が良いか?」


「逆に目立つわよね、それ」


頭が悪そうな提案をしてみたが、流されてしまった。そこは笑う所だ・・・面白く無かったか、そうか・・・。


「なんで突然一人で落ち込んでるのよ・・・まあいいわ、食べましょう」


使用人に合図し、メインディッシュを運び込む様言いつける彼女の横顔に、先程憶えた疑問を投げてみる事にした。


「久しぶりの行政府はどうだった?」


コトコトと皿が並べられる音に、彼女が再び吐いた深い溜息が重なる。


「・・・治世は問題無かったわ。あの代官は当たりだったわね」


なら、別に問題は無かったのではなかろうか。暗い顔はもっと別の理由だろう。


「・・・で、問題は?」


そう問うと、彼女は非常に渋い顔をする。


「・・・マズイ事になっちゃった」


主に私の立場が、と。


はぁ、と三度目の溜息。共に弱々しく、ぽつりと呟く。


「私、議員失職するかも・・・」


初めて俺が見た、ツィーアの弱音であった。





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