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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第二章
53/94

レコグ・ワールド

あけましておめでとうございます(遅)



「・・・んぁ・・・ふわぁ」


瞼を透過し突き刺さる朝日に、意識を覚醒させられる。


陽光は原初の目覚ましだ。人間の持つ、昼間は生きる為の活動をせねばならない、という本能を刺激して来る。よって目覚めも良い。


自然な時間に起き、自然な時間に寝る。二十四刻みの時に支配されない、煩わしい時間から解放された、言わせれば規則化されていない時がここにはある。


時計はある。しかし、人々はあまりそれを重視しない。


すぐ狂うから頼りにならない上高価で、皆一々そんなものに関心を向ける程暇ではない。


普及率も低い。そして、そもそも時計を読める人がどれほど居るか分からないという状況。あまり意味を為していないのである。


すぐに回り始めた思考を認識しつつ、覚醒した頃よりも軽くなった瞼を持ち上げる。


横に傾いた縫いぐるみの海が、昨夜どんな所で寝たのかを自己主張して来た。


はっきり言うと、よく眠れなかった。


なんだか暗がりから見ると、縫いぐるみの目の部分に嵌め込まれた宝石で出来た目が、こっちを見ている様な気がするのだ。


流石に、うっ、となるし、少し入る月明かりに反射して不気味に光るものだから、無視して眠るには少なからず精神力を要した。


・・・ベッドの寝心地自体は前世今世総合しても最高峰であっただけに、少々残念だった。


腕を持ち上げようとした所で、少しシーツ以外の感触を感じる。


シーツを除けてみると、紫の妖精、ニーレイが自分の身体を抱く様に丸まり、すやすやと寝息を立てていた。


彼女と一緒に寝る様になってから更に疲れるのは、寝返りを打つ時に押し潰さないかと心配な所だ。何せ体格差は軽く四倍か五倍。体重に関しては更に差が開く。蟻でもあるまいし、そんな相手にのし掛かられたら命が危ない。


それなのにも関わらず、彼女は毎晩毎晩、俺の胸の上、少なくとも同じシーツに包まって寝るのだ。


理由を聞くと、魔力濃度がだとか魔素親和性がだとか意味不明な話をしていたが、結局の話、寝心地というか居心地が良いからそこに居るという。まあ・・・それは別にどうでも良いか。


柔らかそうな頬っぺたを指先で突くと、「うぅん・・・」と呻く。


手のひらに乗せるには大き過ぎるのだよなぁ、と彼女の身体を見て思う。どちらにしろ起こすしか無い。


「ニーレイ」


翅を器用に折り畳み、幸せそうな、天使の様だ・・・と感嘆したくなる寝顔を見せる彼女を起こすのは偲びないが・・・。


声を掛けたくらいでは起きてくれなかった。突っつけども起きない。


「・・・」


これには困った。乱暴気味に起こそうにも加減が分からないからやり辛い。何かの拍子にポッキリ壊してしまいそうな身体をしているから・・・。


有効そうなのは・・・そうだな。


水属性下級魔術『アイスアロー』の矢を顕現、そのまま握り砕き、細かな雪の様な状態にする。


ニーレイが纏う小さなシャツの背を引っ張り・・・ぐいぐいとそれを押し込む。


ついでだから、下のパンツの方にも・・・。


「・・・ぅ?」


ぼうっ、とした寝ぼけ眼を開く彼女を、ベッドの上に肘を突きつつ観察。


背に違和感を感じたのか、ぺたぺたとその小さな手を這わせ探る彼女・・・漸く何かを感じたのか、顔を青ざめさせた。


「うきゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!! 」


途端天井に激突しかねない勢いで飛び上がるニーレイに、自然と俺の口角も吊り上がる。


「おはよう、ニーレイ」


これだから・・・悪戯は辞められないよな?










「・・・それで、今日は別行動、ということか」


「ごめんね・・・折角だけど(あたし)も今日は流石に行政府に顔出さないといけないから・・・」


朝食後、食後のお茶を味わいながらツィーアが突如、今日は用事があるから・・・と切り出した。


なんでも帰って来てからの数日は、役人からの挨拶を受けたり、この街の治政についていろいろとやらねばならぬ事が山程あるという。


まあ・・・最近忘れがちであったが、ツィーアは貴族で当主で、領主である。この世界で貴族ということは、政治家である事を意味する。


ただでさえ、彼女は普段領地を離れ学生をしているのだ。帰ってきた時くらいはしっかりやろう、という事だろう。


「いや、別にそれは仕方が無いだろう。私は私で勝手に観光して回るさ」


俺も俺でやることはある。ニーレイの買い物にスィラの手袋、食べ物に食事、おやつに間食だ。


・・・景色は食えないんだよ。分かるか。


「ニーレイ、不貞腐れてないで行くぞ」


「・・・う〜・・・」


ライムを齧りながら、ジトっと湿っぽい視線を投げ掛けて来る彼女。朝の一件からすっかりいじけてしまった彼女は、さっきから自棄になる様にライムだとか林檎だとかを齧っている。


まあ、そんな拗ねた顔も仕草も、俺からすれば可愛らしいなぁ、と思うだけなのだが。


「では・・・また夜かな?」


「そうね、行ってらっしゃい」


今日は久々に、スィラと・・・ニーレイも加えてデートだな。


「ニーレイ、スィラに出支度をする様に伝えて来てくれないか?」


へーいへーい・・・と飛び去って行く、少し熟れて来た彼女の後ろ姿。


「さて・・・」


ここの使用人達に、オススメの観光スポットでも聞き込みをしておくか。リサーチは重要なのだ。










デュースケルンは数多くの河川や運河が張り巡らされた街だ。


交通の要である運河群は勿論、街中を貫く大河川、レーヴェ川から別れた小川が道という道に横たわっている。


これらを渡る手段というのが、当たり前の事だが橋、そして渡し舟が主に用いられる。


この渡し舟だが、この船頭の仕事で収入を得ている者が多数居り、基本的に利用に関しては有料である。


値段もバラバラで、大体相場は一オルドから十オルド程度。これを知っている事で、交通費を大分節約出来る。


渡し舟業者にも様々な者どもが居り、真面目にやっている船頭から、観光客相手にぼったくったり、船上商店などと協力して、無理矢理買い物をさせたり・・・など。


それらが存在する事さえ念頭に置いておけば、自分の身も守れるという訳だ。


・・・全てアルタニク家の使用人に聞いた話だが。


「・・・そんな奴等斬り飛ばせば良いのではないか?」


物騒極まる事を宣うスィラはさて置き、俺たちは今、少し湿り気を帯びた空気が流れるデュースケルンの街中を歩いている。


なるほど、確かに道幅がかなり狭い。馬車が通ればそれだけで塞がってしまうだろう。


その上段差がかなり多い。何故か土地が微妙に高い場所と低い場所が偏在しており、登ったり下ったりと忙しい。隙間なく石と礫で舗装されているからして、決して歩きにくくは無いのだが・・・馬車は通れまい。


「主な交通は船だから・・・あんまり人が歩かないのからなのかな」


そして石は薄っすらと苔に覆われており、少し滑りやすい。


運河や小川の水が地中に染み込んでいるのか、地表は濡れるまではいかないものの、湿っていた。


左右に連なる家屋を形作る焼レンガの表面は、深緑の蔦植物と苔に覆われ、人が多く住む大都市だとは思えない雰囲気だ。


ここはあくまで高級住宅街であり、中心部ではないというのもあるが。


そうして閑静な道を歩く事数分。表の繁華街へ近付くに連れ人通りが増え、すれ違う者も多くなって来た。


皆服装はエルクや途中の町の者どもより遥かに上等で、高い生活レベルを持っていそうである。


行き交う人々は皆、俺達に視線を投げ掛けて来る。


まあ・・・見るからに怪しいよな。武装した獣人に、まだ年端も行かない少女(失笑)の二人組。おまけにどちらも容姿に恵まれていると来た。注目されぬ訳が無かった。いや、自画自賛ではなく事実で・・・この話は面倒になりそうだからやめておこう。


スィラはそんな視線は露程も気に掛ける様子は無い。最初はつまらなそうに一瞥、その内に一切構わなくなった。


いや、構わんでいいと思うがな、無視された男の顔がな・・・堪らなく哀れでな・・・。


「いやぁ・・・一々気にしてたらしょーがないと思うよ・・・」


・・・まあな。ニーレイ、正論だ。


して、少しモヤモヤしつつ道を急ぐと・・・漸く繁華街に出た様だ。


「・・・すごいな」


路地から出ると、景色が一気に広がった。


中央を流れる、十メートル級の船舶が多数行き交う大運河。


思わず運河が見える柵のところまで駆け寄る。


運河を挟む両脇に広がるメインストリートと、それを渡る幾数もの橋々。


人口密度も一気に跳ね上がり、街中は賑わいを見せている。道が広いからか、視界が悪くなる程では無いが。


何より驚いたのは、その運河の広さだ。


昨日通った運河も広い事には広いのだが、精々中型船が辛うじて交差する事が出来る程度であったと思う。


だが、ここは橋や深さを考えなければ、多分幅四十メートル級の大型船舶でも入れそうな程の広さであった。


「そんなに珍しかったか?主は・・・見たことが無かったか」


ふっ、と微笑ましい物でも見たかの様な、穏やかな笑みを見せるスィラ。なんだなんだ?その生温かい目は。


「いや、主もなかなか可愛らしい所があるじゃないかと思ってな」


「子供みたいにはしゃいで真っしぐらに走っていく所とか、運河を覗き込んでる時の、ぽけーっとした顔とかね!」


胸元のニーレイすらもニヤニヤと・・・。


少し振り返ってみよう。


物珍しさに、スィラを置いて駆けて行ってしまった俺。


多分感嘆のあまり、表情筋から力が抜け落ちてしまっていた俺。


・・・・・・。


「・・・ふんっ!」


膨れっ面を作って、顔を背ける他無かった。










気を取り直し、目的地へと歩を進める事にする。


まずはニーレイの買い物だ。彼女の持ち物を分ける袋を買わねばならない。


向かったのは布屋。布を買い、その後縫製屋にそれを持ち込み、加工して貰うのだ。


布屋自体はすぐに辿り着いた。だが・・・それからが問題だった。


「むむむむ・・・」


ニーレイの買い物は長かった。いや、長い。かれこれ既に半刻は経っている。しかも・・・。


「エリアス、次その隣の」


ニーレイは襟の中に隠れ続けなければならない。だから好き勝手に飛び出して商品を物色する事は出来ない。


つまりは、俺が顔を近付ける形でニーレイに見せてやらねばならないということ。


「・・・いい加減、決まらないのか」


流石に呆れ気味のスィラだ。腕を組み足を揺すり・・・まあ、こういう時、お前は暇だろうな。そうだな・・・暇ならば・・・。


「スィラ、お使いだ」


銅貨を指で弾き、投げ渡す。


「この街の名物らしい、ミンスフなる食べ物を買って来い」


暇な奴は使いっ走りにするに限る。


「・・・わかった」


今よりはマシか、と快諾(?)してくれた。スタスタと店を出て行く彼女を確認し・・・布選びに戻る。


・・・実際俺からすれば大して変わらないと思うのだが、ニーレイはさっきから同じ様な物ばかり見ている。


編み方がどうのこうのと一人ブツブツ言っているが・・・いや、知らんわ。


「・・・そんなに迷っているなら、両方買ってやろうか?」


「えっ!?いいの?」


魔の一言が、この買い物の締めくくりとなった。


勘定をすると・・・千八百オルド?それが二つ?なんでこんなに高いのか。あと二枚でプラスティカーが買えるではないか。お釣り付きで。


「しかし・・・」


スィラをお使いに出してしまった。これではいくら早く買い物を終えたとしても動けない。


仕方なく布屋の表、運河の脇の柵に腰掛けながら、スィラの帰りを待つとしよう。


確かミンスフなる食べ物を売っている店は一区画向こうにあった筈。行って帰ってくるだけなら十分も掛からない。仮に行列が出来ていたとしても、多分十五分少しで帰って来るだろう。


・・・そう思っていたのだが・・・。


戻ってこない。


二十分経った。そろそろまだ見ぬ食い物に期待していた胃の腑も罵声を上げ始めている。


「遅いな・・・」


言うや否や立ち上がり、辺りに目を配りつつスィラの行ったと思われる方向に向かう事とする。


「迎えに行くの?」


ああ、とニーレイに返しつつ歩く事五分程・・・なんだか人集りが出来ていた。


よく見えないので、少し離れ、運河の柵の上に乗って見ると・・・。


「・・・何をしているのだ・・・」


黒い頭と三角の耳。スィラがその中心で、数人の男達と睨み合っていた。










内心、スィラ・レフレクスはすぐにでも目の前のゴミども(・・・・)を叩き斬ってやりたいところだった。


やろうと思えば、今から斧槍を組み立て、全員を頭から股まで真っ二つにするまで三秒。


腿から短剣を抜いて、全員の頸を掻っ切るならば所要時間は五秒だ。


目の前の三人組が何者かといえば、それは勿論、俗に言う女性狩りという奴である。


奴等は身分の低そうな女、つまりは獣人の女を標的に言葉巧みに誘い、奴隷商に売り飛ばしたり、娼館に売り込んだりするのが仕事。


前ならば相手になどしない。適当にボコして投げておくのだが、問題が一つある。


向こうのいざという時の武器である、背後の権力だ。


場所によって多少変わるが、彼等の後ろには大体が真人教、下町を統べるならず者ども、酷いところだと市長や領主などと癒着している事すらある。


そして従わない者を司法に訴えるなりなんなりして貶め・・・まあ、真面な連中ではない事は確かだ。


ミンスフという、何やら団子みたいなこの街の名物とやらの入手には無事成功した。だが問題は帰りに発生したのだった。


「やあ、そこの黒いお姉さん」


声を掛けられた瞬間から嫌な予感はしていた。案の定、こうして面倒な事になっている。


全員斬り殺す事は容易いが・・・今は出来ない。


何故なら主に、更にはツィーア嬢に多大な迷惑を掛けてしまう事は想像するに容易い。


今の今まで、どうにか断りつつ主と合流しようと進んでいたのだが・・・何故か人集りが出来てしまった。お陰で身動きが取れない。


元々舌戦は苦手な質な私である。・・・そろそろ流石に不味かった。


「悪いようにはしないからさぁ・・・ほらちょっとだけだって」


・・・斬るか。もう面倒くさくなってきた。


一つ溜息、心の中で主に詫びを入れつつ、背後の斧槍に手を伸ばして・・・。


「・・・何をしているのかと思えば、遅いではないかスィラ」


突如人垣が割れ、青みが掛かった黒い頭が現れた。


「・・・主」


我が主、エリアス・スチャルトナはつかつかと歩み寄って来ると、私が手に持つ紙袋を、ひょい、と取り上げる。


「買えたのか?待ち侘びたぞ遅かったぞ。いい加減に限界だったぞ」


そう言いながら、既に彼女の視線は紙袋の中へ。・・・見るからに食欲に支配された目だな。恐ろしいことだ。


「おいおい、こっちを無視すんなって!」


遂に向こうの手が出て来た。こちらの手首を掴もうとした手を躱し、さり気なく主の方へ。


「おお・・・何とも奇っ怪な見た目だな・・・で?コレはどういう騒ぎだ?」


「ああ、此奴等がな・・・」


と、事情説明をしようとした所で、男の中の一人に口を挿まれる。


「お嬢さん、こっちは彼女に用事があってね。悪いけど・・・」


と、追い払おうとする、頭頂が少し禿げた中年の男。それに対し・・・。


「人の下僕に用があるなら、その主人に話を通すのが筋ではないのか?」


そう言って・・・私の顎を撫でて来た。物凄く、物凄く挑発的な笑みを浮かべて。


人前に出ると、何故か主はこうして態々見せつけようと(・・・・・・・)する。


特にこの顎を撫でるヤツ。背筋がこう、ゾクっとするのだ。嫌な感じでは無いのだが、何か、こう・・・アブナイ感じというか何というか・・・兎に角手つきが淫靡というか・・・。


「いや、えっと・・・あのぉ・・・」


相手は子供だというのに、顔を真っ赤にして停止してしまう男達。見れば、見物人である周囲の者どもも、ほぅ、と感嘆の息を漏らす。


「行くぞスィラ、時間は限られている」


「・・・あっ、お、おい!」


手を掴むや否やさっさと歩き出してしまう主に、漸く我に返った男達が制止するが・・・彼女の意識は既に手元のミンスフとやらへ。


「・・・触った感じはカマボコみたいだな」


何だかまた謎の語を出しながら実況する。カマボコとは。古代にも似たような物でもあったのだろうか。


「・・・ショウユが欲しくなるな・・・」


意味が分からない語句がもう一つ・・・まあ良い。問題は・・・。


「・・・主」


脚行きが普通に戻った段階で呼びかけてみる。


「・・・どうした?」


「怒らないのか・・・ですか?」


口にミンスフを頬張った主からは、特に私を非難する様な感情は見られない。時間を無駄に掛けてしまった上に、面倒な場に巻き込んでしまったにも関わらず。


「あんなもの不可抗力だろう。別にお前が悪い訳ではない」


「・・・だが・・・」


すると主は、はぁ、と一つ溜息をつき、「わかったわかった」と・・・面倒くさそうな顔。


「要はケジメをつけたいのだな?」


・・・私は面倒くさい女なのだろうか。


だが、そうでもしないと自分が納得出来ない。要求された事柄の十割が達成出来なかったならば、それは叱りを受けても仕方が無いだろう、と思うのだ。


「・・・そうだな」


ふむ、と腕を組み思慮する素振り。毎度毎度思うのだが、どう見てもそれは年寄りくさい。


「ならまずは・・・」


がさり、と紙袋に手を突っ込み、中から白い団子を掴み取って・・・。


「むぐっ!?」


口に捻じ込んだ。いやいや!?何故!?


「残飯処理、食え」


そのまま紙袋も押し付けて来た。


半ば呆然として思わず立ち止まると、訝しげな主が振り向き・・・クスリと笑う。


「なんだその間抜け顔は。咥え込んでいる物くらい咀嚼したらどうだ」


そういえば口に押し込まれたミンスフを咥えたままだった。慌てて噛み、呑み込もうとすると案の定、咽せてしまう。


「ふふ・・・そんなに慌てるな。ほら」


腰のベルトに吊ってある水筒を抜き取り蓋を開け、優しく手渡してくれた。


「ケホッ、ケホッ・・・申し訳ない」


水筒を返すと、彼女も一度口を付け、喉を鳴らした。


・・・全く味も分からずに呑み込んでしまった為、このミンスフとやらの味は全く分からなかった。


手元の紙袋の中を見ると、まだ一つだけそれが入っていた。確か五個入っていたから、主は三つ食べたのか。


主を見ても、食え、と顎をしゃくるのみで、取り付く島も無さそうだ。


意を決して口に運んでみる。コレを味わうのは初めてだ。


食感は・・・なんだか不思議な感触だ。ぷるぷるしていて尚且つふわりとしているというか・・・。


味は白身魚そのものだ。味は淡泊で・・・確かに何か調味料が欲しくなるかも知れない。


だが、まあ、中々いける。酒の肴にはもってこいだろうか。


そんな事を考えていると、いつの間にやら隣に寄って来ていた主が、身体を寄せて来て居た。


至近距離で、身体をくっ付けながら見上げて来るこの光景・・・。


「なんだ?何か赤面する要素でもあったか?」


本気で不思議な様で、突如無表情となり小首を傾げる。


顔に血が昇り熱くなる。いや、あまりに可愛らし過ぎてもう、一目も憚らず抱き締めたくなる。


いよいよ我慢出来ず、手が出ようとする、その瞬間であった。


「・・・スィラ、その可愛い物好きはなんとかした方がいいな」


手を抑えられ、見破られていたことにビクリと肩が跳ねる。


「な、何を・・・」


「惚けるな。分かっているぞ」


ニタァ、と口の端を吊り上げ眼を細め、その顔をまるでこちらを嬲る様な表情へと豹変させた。


演技。謀られた!そう悟るに時間は掛からなかった。遊ばれていたのだ。


「・・・い、いつから・・・」


そうだな、と目線を外し、少し思い出す仕草。


「まあ、この間の《スクウィッド》相手に殺りあったあたりから、少しアブない傾向はあったよな」


思わずずっ転けそうになってしまった。


・・・確かに、少し変な考えに襲われた事もあったが・・・。


「同性を如何わしい目で見るのは関心せんな」


まあ仕方が無いのかも知れんが、とまるで自分が綺麗である事を分かっていてこんな真似をしているかの様。


「・・・分かっていてやっているのか?」


そう問うと顔だけこちらに向け、ふっ、と笑みは崩さず、その表情を普段の不敵な自信家の顔に戻す。


「己が持ち合わせている武器(・・)は、最大限活用してこその物だろう?」


その顔でそれを言ってはいかんだろうに・・・。


「・・・おねーちゃんはエリアスがとんでもない悪女になりそうで心配だよ・・・」


確かに年齢的には圧倒的にお姉さんだが、ツッコミどころが多そうなおねーちゃんという自称はさて置き、確かに・・・。


「・・・悪女だろうが何だろうが、私が楽しければいいさ」


今世は楽しむ事に決めたんだ、とも。


そう言って、行こう、と手招きし、微笑む彼女は・・・。


何より楽しそうに見えた。










中心街を冷やかしつつ通り抜け、商館や倉庫、海外の物品を扱う港街へと到達した。


ここを通り抜けると港、レーヴェ川へと辿り着く。その畔は大型船舶がマストを連ね、異邦の人々が闊歩する観光名所だ。


異邦の者。外国人か、興味があるな。


「交易船はどんな所から来るのだ?」


鉄の観音扉と赤煉瓦の倉庫を眺めつつ、ニーレイに問う。


「大体はハノヴィア、たまーにヤールーン。それから・・・南蛮(・・)からかな」


「南蛮?」


南蛮。かつての祖国では南方を回って来るポルトガル人を指した言葉だ。意味はそのまま、南の蛮族。ではこちらでも・・・。


「南の方から来る肌の色が濃い未開人の事よ・・・ほら、あそこに居るでしょ」


ニーレイが指した先には・・・無精髭を蓄え、独特な布地の多い衣装を纏った黄色人種(・・・・)


なるほどな。そういえば俺達は白人にあたるのか、と己の極めて白い手の甲を見て再度認識する。


見た所・・・彫りが深いアラブ系の顔だな。衣装も身体全体を隈なく覆うムスリムの様な形。イスラム教の様な宗教がこの世界にもあるのだろうか。


「ローム海からタリファ海峡、ヤールーン海峡を抜けて来るらしいよ」


六千キロの旅だってさ、と。


・・・六千キロか。すげぇな。


因みにローム海というのは、このアリエテ王国の南、かつて南方征討においても到達出来なかった、更に南に存在する海の事だ。タリファ海峡というのは、どうやら内海になっているらしいローム海の西側に出る出口。ヤールーン海峡は勿論、ヤールーンとアリエテ王国に挟まれた狭い海峡の事だ。


ニーレイはかつて、そのローム海沿岸まで行ったことがあるらしい。何故行ったかなどは知らんが。


アリエテ南方の地形を聞くのは始めてだ。そのローム海というのも、タリファ海峡やらは原住民の命名らしく、正式な物でもないという。


・・・話を聞く限り、そのローム海というのは地中海で、タリファ海峡とやらはジブラルタル海峡ではないのか?と思い、その旨を話す事にする。


「うーん・・・古代の名称かぁ・・・そっちの方がいいかもね、面倒が無くて」


どうやら彼の海の名称は、今世でも地中海に決定しそうだ。ニーレイが妖精の学会に持ち込むと言う・・・。


「まあ、そのうち故郷に帰った時にでもね・・・」


そうだな、と適当に返し、時折見える海外の品を扱う店を覗く。うーん・・・奇怪な彫り物やら異国情緒溢れる布やらが主か・・・ん?


「どうした・・・のですか、主」


先程から見栄を張ってか、敬語モードになるスィラはさて置き、俺が見つけた物だ。


「・・・いい壺じゃない」


これは・・・磁器だ。青く、硝子質で、表面はつるりとしている。


青磁と呼ばれる物だった筈。かつての中国で生産された貴重な物で、世界各地に輸出された品物。


一部の物は神品とも評価される程素晴らしい出来栄えで、俺の生きた時代では残存数が少なく、本来大して価値が無い様な代物でも、途轍もない値段が付いた、という話を聞いたことがある。


俺自身は別に磁気に別段思う事は無いが・・・重要なのはその産地の存在である。


「おっ、お目が高いねお嬢さん!それは"ヨウ"の国で作られた花瓶だ!お嬢さん綺麗だから・・・特別に九千オルドだ!」


"ヨウ"の国。それは何処にある国なのか、と問うと、店番の東洋風の男はうん?と以外そうな顔をする。


「・・・何か聞くと不味い事でもあるか?」


「いえいえ!・・・そんな事を聞く貴婦人なんて初めてだったもんですから」


少し訛りも見られる。変なアクセントだとか。聞くには問題はあまり無いが。


「・・・この国の沿岸を南に下って・・・」


アリエテ沿岸、恐らく大西洋を南下、ジブラルタルを通り地中海へ。その奥の狭い水路・・・恐らくスエズ運河の名残・・・を通り抜け紅海へ、大陸海・・・多分インド洋・・・を大陸沿岸に沿って抜け群島海域へ、その先に、その"ヨウ"という国があるという。やはり中国の位置と推測出来るな。


ならば陸路では行けないのか、とシルクロードを思い浮かべつつ問うと・・・。


「とてもとても・・・"鉄の魔物"が跳梁跋扈する世界ですよ・・・通るのも危険すぎて・・・」


・・・この世界ではシルクロードが存在しないらしい。理由は強大無比である古代兵器群の存在。


大分己の居る所が分かってきたぞ。多分、俺が居るのはヨーロッパ大西洋沿岸部、旧オランダ領から旧ベルギー領にかけての地域の筈。ならエルクは内陸部だから・・・旧ドイツ連邦領だな。


そうなると、ヤールーンは旧イギリス連邦の位置と推測出来、ハノヴィアはスカンジナビア半島に存在する・・と。アトラクティアは多分バルト三国の内陸寄りの辺りか。


・・・ハノヴィア領とも接しているという事は、ハノヴィアは滅茶苦茶広い国だという事が、今更分かる。旧ロシア連邦領まで食い込んでいるな、恐らく。


ここまで分かると地理が想像し易い。大いに助かった。


「その花瓶、買っていこう」


銀貨を一枚弾き渡し、釣りは要らん、と付け加えた。


「情報料だ」


花瓶を受け取ると、さっさと退散する事にする。


「嬉しそうね、エリアス」


そうか?と己の口角に指を当てる。


確かに少し吊り上がっていたな。


「楽しいだろう?知るという事は」


「違いないね」


分かり合えるのはニーレイのみ。恐らく勉強が嫌いな質であるスィラは、何のことか分からない、と小首を傾げる。


「・・・スィラは、脳みそを使うより身体を動かしている方が性に合ってそうだけどね」


「失礼な!私とて戦う時は色々と考えているぞ!」


考える筋肉って面白いよね、と煽るニーレイの額を弾き、スィラの脇腹を擽り制止。


「阿呆か、お前ら・・・」


しょぼんとしてしまったスィラの耳を、ぐにゃぐにゃと捏ねくり回し、再び歩を進め・・・。


レーヴェ川へと辿り着いた。










歌が聞こえる。


澄んだ空気が流れる川辺に、透き通る音色。


何処から、と思い視線を巡らせ耳を傾ける。


帆船が係留された港の傍、草地になっている川原。一つの影が舞い踊る。


まるで彼の者にだけ、その場所だけ重力が存在せぬかと思う程、空恐ろしさすら感じる程に現実離れした舞い。


引かれる様に歩み寄ってみると、その者の姿の更なる異様さが明るみになる。


赤い髪。ケイト・ヴァシリーのそれとは異なり、その色合いは暗い。癖毛なのか、内側に巻き込む様な毛先は、舞いに釣られ躍る。


瞳は深い紫。アメジストがはめ込まれているかと思う程である。


肌は白く、何処か浮世離れした印象を抱かせる、整った目鼻。


少女の様に細い体躯も合間って、どこか可憐な印象を与える。


衣装はひらひらと、振袖を思わせる、動く度に尾を引く物。和装そのものであった。


だが、恐らく男。何故かといえば、その外見年齢は十五歳前後程であるにも関わらず、はだけた襟から覗く胸は平坦で、腰のラインも丸みを帯びていない。顔の造形は兎も角、女らしさはあまり無かった。


声変わりはまだなのか、その声は贔屓目に見ても高いが。


まあ、歌は上手い。見事な儚さを演出するソプラノの独唱だ。


かつて、一度だけフランスのオペラ座で見た演劇、そこで聞いたソプラノ・・・アクートだったか?・・・を思い出す。


踊り歌うのに夢中な様で、俺が近付くのに構う気配は無い。


彼が居る川原の直上、土手の上まで到達してしまった。


「・・・エリアス気をつけて。少なくとも普通の人間じゃないよ、あいつ」


こっそりと忠告してくれるニーレイ。隣を見れば、スィラも腰のナイフを気にする仕草・・・そんなに危ない奴なのか?そうは見えないが・・・。


気付けば演舞も終局に入る。一際激しく、情熱的に歌い上げ・・・。


ふっ、と音が止み。


岸に寄せられる水音と、遥か遠くの街中の喧騒が強調される。


こういう時にすべきは・・・拍手を贈るべきだろう。


「お見事」


すると漸くこちらに気付いた様だ。はっと驚いた様子で・・・本当に気が付いていなかったのか・・・。


「・・・あっ!」


パクパクと浜に打ち上げられた鯉の様に・・・顔も真っ赤で本当に鯉みたいだ。いや、この場合は茹で蛸・・・。


「・・・お邪魔だったかな?」


あまりの狼狽ぶりに、少し悪い事でもしてしまったかと反省するも、それには首を横に振った。


「・・・いーや、別にいいんだけど・・・そのぉ・・・」


キョロキョロと視線を暴れさせ、漸く焦点が合う頃には、スィラが他所見をし始めるくらいだった。


「なんて言うか、まさか見られた(・・・・・・・)なんて・・・っていうか、思いがけない出来事っていうか・・・」


そう恥ずかしがる様な声では無かろうに。十二分、人前で歌えば金を取れるレベルだろう。


「そうか?お前の様な者なら必然であると思うがな」


あれだけ見事なソプラノだ。誰もが立ち止まり、聞きいるに違いないだろう・・・という意図で言ったのだが・・・。


・・・何やらおかしいな。急に空気がピリッと緊張し始めた。発生源は目の前の赤髪の少年。


表情も一瞬生真面目に、その後ふっと不敵な笑みを浮かべた。


・・・こいつ、決闘でもするのかという様な気迫だな。


「主!」


隣のスィラも臨戦態勢。


・・・状況がよく分からないのだが・・・何故こうなった?



※1/20 誤字修正

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