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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第二章
52/94

イネンハーフェン

もうすぐ年が明けてしまう・・・尚まだ休みは(




「劣化ウラニウムの合金?」


そう問い返したの俺の斜め後ろに立っているスィラ。従者の位置というらしい。詳しい事は良く知らんが。


ところで先程、スィラから珍しく質問があった。内容は、彼女の持つ斧槍、それが何で出来ているのか分かるのか?という事であった。


そういえば以前、彼女にあの斧槍はあまり触らん方が良い、とそれと無く言ったな。その上どうやら、件の巨大な恐竜らしき蜥蜴、《スクウィッド》との戦いに於いて、その並外れた強度を再確認した故の疑問らしい。なるほどな。


さて、先ずは劣化ウラニウムという物の話からしようか。


劣化ウランという名称は、金属ウラニウムを工業的に濃縮する過程で生じる残り滓、更には核機関を動かす核燃料として使用された後の物を指す。ここでは前者を指す事にしよう。


天然ウランは基本、その中に核燃料となり得る物質、ウラン235と呼ばれる同位体を約0.7%含んでいる。核燃料を作るには、このウラン235が必要であり、それを分離、更にその濃度を、用途が発電関係ならば3〜5%、兵器関係ならば90%以上に濃縮する必要がある。


そのウラン235を取り出した後の物。ウラン235の濃度が0.7%以下に低下し、同位体であるウラン238がその中身の大半を占める副産物。それが劣化ウランと呼ばれる物である。


劣化ウランは極めて重い金属だ。ここで重要なのはこの重いという部分で、その用途はこれ故に決まっていると言っても過言では無い。


質量は同体積の鉄の約2.4倍。その性質から、劣化ウランは主に重りとして使われる。例えば航空機が高速飛行する場合に発生する振動を抑える、動翼カウンターウェイト。これは小さな体積でより大きな質量を得られる劣化ウランが重宝されている。


他にも重機や列車の重心を微調整するマスバランスとして、そして・・・重火器用の徹甲弾の弾芯として用いられている。


世の中には、よりこの手の用途に向いた、タングステンという金属も存在するのだが、希少金属でもあるそれはコストと、そもそもの絶対量が少ないという観点から、最終的には劣化ウランの方が一般的となった。


さて、ここからは兵器としての劣化ウランの話だ。


金属としてのウランを使った兵器が登場したのは、大体二十世紀中頃の事。欧州から世界へ覇を唱えんと欲した帝国が作った、大口径航空機関砲。その砲弾の弾芯には貫通力と破壊力を高める為ウラン。劣化ウランでは無く、生のウランを使った物があったという話が残っている。恐らくこれが最初の例だろう。


その数十年後、戦車砲として使われていた装弾筒付翼安定徹甲弾(APFSDS)の弾芯に、それまで使われていた、硬い重いのタングステンカーバイドよりも兵器としての特性が優れているとされた劣化ウランが使われ始めた。これ以降が劣化ウラン兵器が世に知られる時代となる。


劣化ウランを使ったAPFSDSは、一時期より環境への配慮、人道的観点からの配慮により、使われなくなった時期がある。しかし、最終的にはその量と単価、そして・・・タングステンには無い破壊を撒き散らすそれが重宝される様になる。相手も味方も無人兵器だらけになりつつあった当時の戦場を鑑みれば当然の帰結かも知れないが。


機関砲弾、戦車砲弾は勿論、装甲材・・・ありとあらゆる兵器に用いられた劣化ウランはその後、民間の工業関係者からも身近な物となっていった。


前にも考察した通り、この重斧槍は、HTPGPWASAという兵器の為の近接武器として製造された物である。重さによる威力の増強を重視した結果だろう。


生物が使う訳ではないから、重金属特有の毒性を考慮する必要が無いからだ。


そして多分、純粋なウランで出来ている訳では無い。恐らく合金だ。でなければこんなに頑丈な訳が無い。別にウランは鋼の強度的にそう変わらないのだ。


多分、白金だとかイリジウムだとかオスミウムだとかその辺りの希少金属が混じっているのだろう。でないとコレは説明がつかない。オスミウムも毒といえば毒になり得る金属なのだが、まあ、生物は斬られる側であって使う側でないから(以下略)。


・・・という事をスィラに言っても分からんだろうから、核機関だとかは端折り、金属特性だけ教えておこう。


「兎に角、重い金属と頑丈な金属が混じった物で出来ている物でで・・・かなり身体に良く無い物だから・・・あまり直接触らないでおけ」


使うなら手袋をしろ、と言うと、手袋はすぐ擦り切れるから・・・と文句を垂れるのは、擦り切れる度に買ってやるから、と説得。渋々だが分かってくれた様だな。


何か頑丈な皮などは無いのだろうか。スィラが全力で握り締めて使っても擦り切れたり、破れたりしない物は。


「飛竜の皮とか使えばいいんじゃない?」


ひょこっと襟から首を出した紫の小さな頭。ニーレイがそんな事を言う。・・・飛竜?ドラゴンってやつか?


「飛竜の皮か・・・それならまあ、良いかも知れんが・・・」


スィラも肯定的である。成る程。欲しいし、ドラゴンというならば興味はあるな。


「でもめっちゃ高いよ、ましてや手袋に加工するって考えると・・・百・・・や、両手分で二百万オルドくらいは・・・」


・・・二百万か。そういえばニーレイは俺の財産の量を知らないのだったか。百万オルドが金貨一枚だから・・・たった二枚分じゃないか。


最近金銭感覚がぶっ壊れて来ている気がする。何せ金貨にして俺は百八十枚くらい持っている。一億八千万オルドだ。武闘会とスクウィッドの撃退だけでコレなのだ。この世界、ちょろいと思う。


「問題無いな。何処に売っている?」


ほえ?と、何故か理解不能である、と言わんばかりの顔をするニーレイ。


「何処って・・・ここ、デュースケルンなら良い縫製屋が居るし・・・飛竜の皮自体なら運が良ければ・・・」


そういえば、俺達の現状を語っていなかったな。


今、俺達は()に乗っている。二階層になっているらしく、上は客室と貨物室である。下は知らない。


既に陽は落ち、辺りは船に備え付けられたランタンの火と、立ち並ぶ家々から漏れ出る明かりが水面を照らすのみ。ツィーアは先程合流した、彼女の屋敷の者か、もしくは行政の者かは知らないが、身なりなしっかりした若い男と、羊皮紙を手に何やら言葉を交わしている。


この街を見下ろした丘から街の中に入るまでの道は、案外長く、気付けば辺りは真っ暗になってしまっていた。


城門を顔パスで通り、少し街中に入ると、小さな・・・と言っても結構広い・・・船着場に着く。


そこで馬車を降り、荷物を下ろし船に乗り換え・・・今に至る。


客室に居ても暇だった。甲板に出て夜風に当たりつつ、夜のこの街を眺め雑談しようと思ったのだった。


甲板から下を見ると、側面からオールが何本か出ている。どうやら下の階層には漕ぎ手がいるらしい。人力で進んでいるのか。今気付いた。


水辺特有の少し生臭い香り・・・そして、僅かに・・・排泄物の匂いがするな。もしや運河に垂れ流しなのではなかろうな。


「ああ、それはアレの所為だ」


そうスィラが指したのは、一艘の船。運河の壁面に船腹を付け、何やら数人の男達が作業をしている。


「このくらいの時間になると、処理屋が仕事を始めるのだ。ああやって排泄物を集めて、近隣の農村に運ぶのさ」


なるほどな。


デュースケルンには下水道は無く、排水は全て区画毎に設けられた水槽に貯められてゆくらしい。要は汲み取り式だ。


貯まった糞尿は毎日業者が船で回収。堆肥として使う為、夜に運び出す。


エルクでも同じ事はあったが、あそこには下水道があり、城壁外の集積場に全て集められてから回収されていたという。


まあ、効率的にはエルクが優れているな。だが、交通網を活かしたこういうのも悪くは無いな。


夜なら本来は人通りは少ない。臭いにもしっかり配慮していたという訳だ。


「ねぇ、エリアス」


そういえば、ニーレイはいつも俺の服の中で何をしているのだろうか。モゾモゾと動いているのは分かるのだが、別に悪戯されている気配も無いし、魔術的な物も何も感じない。


「なんだ?」


襟から飛び出、ふわりと目の前に滞空するニーレイは、その僅かに紅みを帯びた瞳で・・・もう月は半分程欠けてしまっている故に弱々しい・・・俺の眼を覗き込んで来た。


「わたし、さっきの話ですっごく気になったんだけど・・・」


さっきの話?劣化ウランの事だよな。多分。まだ何かあるのか。


「そっちのハルバードに使ってるのは劣化(・・)ウランって言ったよね。じゃあ、劣化じゃない方の・・・濃縮ウラン、だっけ?そっちは何に使うのさ?」


・・・態々省いた説明を掘り返して来るのか。鋭いというか、よくもまあ重箱の隅を突つくというか。


「だっておかしいじゃん?ウランってヤツをそのまんま使わないで、わざわざ濃縮っていう過程から出た残り滓を使うんでしょ?少なくとも濃縮した方(・・・・・)が本来の精製物だと思うんだけど・・・どうなの?」


俺の無理な省略が彼女の興味を惹いてしまった様だ。


「濃縮ウランは・・・そうだな。何と言うか・・・」


こいつらに概要だけでも分かる様に説明・・・難し過ぎるな。


「・・・燃料だ。莫大なエネルギーを放つ取り出す事が出来る、人類・・・古代人が見出した中でも、最も強大な炎を起こし得る、な」


核の炎。いや、正確には炎では無い。ただその原子が崩壊する時に発生する、ひたすらに純粋で、膨大な熱エネルギー。


正しく制御すればそれは人を生かす事が出来る力、手放し、暴走させればそれは全てを燃やし尽くす死の光となるそれは、最後の最後まで人類の手には負えない物だった。


「・・・すごい薪・・・いや、石炭だと思えばいいの?」


「いや、燃えはしない。あくまで金属、鉄や鉛みたいな物だからな」


ますます分からない、と首を傾げる彼女。まあ、燃料と言われれば燃やすと普通は考えるわな。


「核分裂反応と言って・・・何と言えば良いか・・・」


核分裂反応を説明しようとすると、それだけでも一苦労物なのに、それを要約しなければならないというのは・・・というか、そもそも原子の概念から説明しないと・・・いや、適当に終わらせるか。


「・・・不安定になったウランという物質は、ある方法で壊れる時に大きな熱を出す。それを利用して・・・まあ、色々と使えるのだ、それが」


色々、ねぇ・・・と呟きつつ、スィラの背負う斧槍に目を向け、何やら思案し始めた彼女の横顔を見ていると・・・そういえば聞きたい事があったのだった、と今思い出した。


金の事だ。今の俺はそこそこな金持ちではあるのだが、一つ問題が発生している。


量が多過ぎて持ち運びに支障をきたしているのだ。


金貨は一枚百グラム弱の重さがある。三十グラムで一オンスだから・・・大体三オンスになるか。


現在俺が保有している金貨は百七十八枚である。仮に一枚あたり九十グラムと計算しても、約十六キログラムとなる。勿論、俺はそれ以下の銀貨、大銅貨、銅貨、賤貨も保有しているからして、お金だけでも二十キロ近い荷物と化している。邪魔くさい事この上無い。


だから何かそういう小物を収納できる魔術道具というか魔法の袋というか、そういう物が存在しないかどうか、ちょっとした希望を持って問うてみようと思ったのだ。『メモリアルストレージ』以外で。出来れば危険が無いヤツで。


「うん?うーん・・・あった、かな?」


何故半疑問形なのか。


いやぁ・・・と記憶を探る様に頭を摩りつつ、言葉を続ける。


「ヤールーンに居た頃、そんなのを作った人が居るって聞いたんだけど・・・あくまで又聞きなんだよぅ・・・」


俺の中でニーレイの信用度が少し上がった。確実性の無い事を断言しないだけ、評価出来る。


「多分だけど、人間界には無いよ。聞いたことも見たこともないし・・・あるとしたらヤールーン、それも魔族関係の方かな」


・・・ヤールーンに行く必要がある、と。なるほどな。まあ・・・考えておこうか、その内に。少なくとも戦時下の今は行く事は出来なさそうだな。


そうして思考している内に、ベルが一つ鳴り、船が減速を始めた。船頭が下の階層の奴隷に合図をしたのだろうか。


ゆっくりと旋回し・・・水路を左へ曲がる。


左舷のオールは停止し制動、右舷のオールは漕ぎ続ける。


曲がり切ろうかどうかという所で、再びベルの音。船を真っ直ぐ進ませる為、更に細かなオール捌きが階下で行われる。


・・・手漕ぎ船でも、こんな精密な操船が出来るのか、と少し驚いた。余程熟練しているのか、はたまたは何か機械的な物を使っているのか。


そうして曲がった水路の先は袋小路、船着場であった。どうやらここが目的地である様。陸の側にも何名も作業着を着た男や、使用人服を纏った女が立ち並んでいる。


船室からミムルを伴ったツィーアが顔を覗かせ、そろそろ荷物を運び出す準備をした方が良い旨を伝えられた。


「スィラ」


荷物運びが居るというのは何と楽な事か。つくづく実感する瞬間である。あまり頼り過ぎても、俺の方が駄目になりそうな気がしないでもない。


本人の鍛錬の為だ、と思ってお金、衣類その他、そして《スクウィッド》の牙。多分さらっと五十、六十キロは超えている荷物を持たせてあげている(・・・・・)と考えるか。ふふ。


「エリアスはさ」


ん?と視線を落とすと、手摺のロープ腰掛けたニーレイの薄っすらと紅く光る瞳。


「どうした?」


暫しの黙考。数瞬後、いや、と首を振った。


「・・・本当にエリアスは古代の人だったんだなぁ、って思って」


「何故突然改まって・・・私が嘘をついているかも知れないのだぞ?」


少し意地悪な問いを投げ掛けてみる。実際俺の言っている事は、この時代レベルの者からすれば、限りなく理解し難く、突拍子もない事だろうからだ。


「あのね、エリアス」


突然目の前に飛び上がって来た。鼻に掠りかけたぞ、おい。


「はっきり言ってエリアスの言ってた事は良く分からないし、想像もつきにくい。自惚れじゃないけど、昔から色々な事を学んできたし、私は頭が良い方だと思ってる」


一息にまくし立てる様に言葉を流す彼女に、少し圧倒される。


「エリアスの言った事を、戯言と断じてしまう事は簡単。でもね、私は知ってるの」


何を、と問おうとする俺の言葉は、彼女が即座に続ける言葉に遮られる。今日は一際饒舌だな。


「人は所詮、人が見たことがあったり、想像出来る域でしか物を語る事は出来ない・・・私はエリアスの言った事を語る事も想像する事も出来ない。でもエリアスは確固たる心象がある様に見える。なら、その概念をエリアスは見た事があると仮定するなら・・・」


にぃ、と口の端を吊り上げる彼女。・・・その謎のテンションに着いて行けないのだが・・・。


「・・・その概念は存在するんじゃないの?って考えられる、ってね!」


ドヤァ、と胸を張り、ふふん、と笑い始めたので指先でどつき、擽り回す。何故か?やりたいからやるのだ。


「随分と楽しそうだな。そんなに嬉しかったのか?」


俺からすれば割とどうでも良かった話は、ニーレイにとってはとても有意義な話であったという。


「じ、自分のせっ、世界が広がるのって、えぇっ!楽しくな、っ、ないかなああっ!?ってえっ!」


く、擽ったいってぇ!と暴れるニーレイを一頻り弄っていると・・・船が接舷した様だ。降船しなければならない。


「・・・何をしているのだ・・・」


戻ってきたスィラが呆れるのを尻目に、笑い過ぎて目尻に涙を溜めたニーレイは、歩き出すとなると俺の襟に飛び込み、隠れる。


掛けられたタラップを降りると、船着場は周囲より一段低くなっている事に気づいた。


運河自体が周囲よりもかなり低い為、船着場も低いのは当然であるというのは、俺も夜だからか頭が回らないのもあったからか、気が向かなかった。というか、この運河、もし落ちてしまうと這い上がるのが大変ではないだろうか。


「着いたわ、行きましょ」


使用人に荷物を持たせ、何事か耳打ち・・・「客よ、丁重にもてなして」、か。多分。ボソボソとしか聞こえなかった。


薄っすらと苔生した石煉瓦で組まれた階段を昇るとそこは・・・。


「歓迎するわ、エリィ」


エルクの学校、それに匹敵する程の大洋館が煌々と灯りを光らせ、堂々と佇んでいたのだった。










「おかえりなさいませ!お嬢様!」


館に入るや否や待っていたのは、玄関ホールの壁際という壁際、階段の手摺際という手摺際に立つ使用人、執事達の大合唱であった。・・・ちょっと怯んでしまったのはここだけの秘密だ。


「ただいま、変わりは無いかしら?」


豊かなライトブラウンの髪を後方に流しながら、その使用人の道のど真ん中を堂々と歩く彼女の貫禄と言ったら半端では無い。


俺と来たら何とか表面には出さないものの、目線は忙しなく落ち着かず泳いでしまっていると、自分でも分かる程に動揺しているというのに。


「お嬢様、一つ・・・」


黒い燕尾服を纏った初老の男性がツィーアに寄り、小声で何かを話し始めた。・・・今度は聞こえないな。耳を強化すれば聴けるかも知れないが、態々する必要性などこれっぽっちも感じない。無意味。


「・・・詳しい事は後で聞くわ。今は夕食を」


「・・・半刻で用意致します」


ツィーアと執事が話している間、微動だにしない使用人達に、俺もスィラもドン引きである。訓練され過ぎだろ。


「夕飯まで半刻あるわ、お茶にしましょう。ミムル、スィラを」


スィラは荷物を運び込むべく、俺が今夜泊まる予定の部屋へと荷物を担ぎ、ミムルに連れられて行った。


ツィーアが他の使用人に、お茶の支度をする様に言いつけると、周囲に並び、停止していた全てが一斉に動き出す。圧巻の光景だな。


彼女の後を歩き・・・昼間であれば庭を一望出来るであろう、一面格子硝子張りの廊下を通り、外へ。


石畳の足下、茂みと白い石柵で囲われたテラスだ。なるほど、洒落ているな。趣味が良い。


「昼間なら、そこに噴水があるんだけど・・・今は・・・ちょっと見えないわね」


よいしょ、っと白木の椅子に腰掛け、その向かいの椅子を勧めて来る彼女に甘え、俺も卓を挟んで腰を下ろす。


「案外ここまで長かったな」


エルクを出発してより早一週間と半分。多少ゆっくりしていたとはいえども、それ程の時間が掛かった。


遠いところなのだな、と、前世であれば数時間もあればたどり着けた数百キロという距離を、今更ながら改めて噛み締める。


「そうね・・・確かにエルクからデュースケルン(ここ)は遠いわね・・・でも、三大都市の中じゃ、一番近いわよ、ここ」


海路でも陸路でもね、と、侍女がティーカップに紅茶を注ぐのを待ちつつ、何か金属の缶を差し出して来る。


開けてみると・・・角砂糖だ!・・・コレだけで、多分二、三万オルドはすると思う。しかし、ここはツィーアに甘えて、一つ摘まんで口に放る。


・・・うん、甘い。果実とは異なる、久々の直球な甘さだ。


「それ一個で五百オルドくらいするからね」


・・・ソレは別に態々言わんでも良いと思うのだよ、ツィーア。


この後、飲んだ茶葉も一グラム数百オルドと聞かされ・・・なんだか本当に遠い世界に来てしまったなぁ、と改めて、改めて思い知ったのだった。










「じゃあエリィ、おやすみ」


「ああ、おやすみ。ツィア」


夕食後、彼女と別れ部屋付きの侍女らしい女使用人に案内され、辿り着いた部屋は・・・広かった。ひたすらに広かった。いや、廊下やらホールやら、食堂も何か結婚式会場かと思う程の広さであったからして、もしやとは思っていたのだが・・・それにしても、と言いたくなる広さである。


部屋は三部屋に分かれている。一つは入り口に続いている応接間、そこから通づる使用人の為の寝床がある小部屋。そして・・・一番広い、寝室。


応接間はまだ良い。寮にもあった応接間が少し広くなった程度で、別に代わり映えはしないのだが・・・寝室は・・・。


絶対落ち着けない。天蓋とベールに囲まれたベッドはまあ、良いな、とは思う。問題は、だ。


「・・・どうしろと言うのだ・・・」


壁際の床を埋め尽くす、数多の縫いぐるみ。大小様々、種類も様々。床が見えない・・・。


兎に角は靴を脱ぎ、一歩踏み入れてみる。


ずぶっ、と折り重なった縫いぐるみの隙間に足を取られ、危うく転けそうになった・・・とか考えていたら、少し硬めの物を踏んづけて滑った。


「わぶっ!?」


頭から縫いぐるみの海に突っ込む羽目になってしまう。・・・手脚が短過ぎてリカバリー出来ない・・・。


もがき続ける事数分・・・未だ溺れて脱出出来ず・・・そろそろ『魔念力』まで使って脱出しようかと思い始め、いや、流石にこの程度で魔術に頼るなど・・・と葛藤していた時であった。


足首に手の感触。掴まれたと認識すると同時に引っ張られる。


ずぽっ、と縫いぐるみの海から抜き出された。


「・・・何をしているのだ・・・主・・・」


目線を下方へ・・・逆さになっている為本当は上へ・・・向けると、俺を見下ろす呆れ顔のスィラ。


「・・・出られなくなったのだ」


彼女は使用人であるからして、主で有る俺達と共に食事をする事は無い。大抵はその後、主人が残した多すぎる食事の残りに何らかを足しつつ食べるという。


今日の夕食は・・・俺が食べた物を挙げるならば、玉ねぎやじゃがいも、人参が入ったトマトスープ、コンビーフらしき脂の濃い肉が入ったサラダ、干しぶどうパン、そして米は無いが、鯵の押し寿司らしき物が出たのが、特に印象的であった。海が近い街だからか、海鮮料理が発達しているらしい。


ツィーアはトマト料理が好物らしく、このトマトは昔からアルタニク家が懇意にしている農家から仕入れている物で・・・云々かんぬん、と長々と説明していたのを思い出す。確かに美味しかったし、サラダに含まれていた八つ切りになった生の方も、変な青臭さは無く・・・いや、コレはどうでも良いか。


ちなみにツィーアは、鯵より鱒の方が好きらしい。・・・もっとどうでも良いか。


兎に角、貴族の食事というのは、巨大なテーブルを埋め尽くさんばかりに料理を並べる。食べ切れる量では無いし、そもそも前提として、主人だけで食べ切る事を想定していない。


・・・俺なら頑張れば全部食べ切れそうな気がしないでも無いが・・・まあ、後で使用人達のおかずになると聞けば流石に自重した。


で、スィラはその使用人として、他の屋敷の使用人達と共に食事を済ませて来た所なのだろう。


その表情は少し疲れが見える・・・何かあったのだろうか。後で聞いてみようか。


「・・・縫いぐるみなど普通に蹴り分けて進めるだろう・・・?」


さも当たり前の様に宣う彼女。うるせぇ、こちらとらお前と違って脚が短いんだよ。背が低いんだよ。


自分でも理不尽だと思うが、何故か得体の知れぬ怒りが湧き上がり、少し殺気が漏れ出ててしまったのか、彼女はそっと俺を降ろし、逃げる様に使用人の小部屋へと引っ込んでしまった。


何だか、この身体に生まれ落ちてより、己の身体のコンプレックスを指摘される事が、妙に癪に障る様になったなぁ、と、今更ながら自己分析する。


子供だから脚が短いだとか、背が低いだとか、顔が丸いだとかは仕方が無い事なのだが、どうも耐え難い苛立ちというか何かが湧き上がって来る。


そういえば、早熟の子供は、大人から子供扱いされる事を嫌がると聞いたことがある。


俺は中身は成人済みの大人、外見は高々八歳と少しの子供。


・・・。


時として自尊心とは非常に邪魔になるのだな、と、改めて思うのだった。










「とうとうこんなとこまで来ちまったけど・・・どーすんの?」


「手札が一つえらく使いにくくなったが・・・まあいい、もう根回しは済んでいる」


デュースケルンを貫く大河川。その名をレーヴェ川。


両岸に立ち並ぶ商館と屋敷。中でも一際大きく、荘厳で・・・停泊する船舶を一望する、俗に言う一等地に立つ屋敷の窓辺。二人の男女が下界を見下ろしていた。


如何にも軽薄そうな口調の少年に見える(・・・・・・)人物。


背は低く、身体は細い。


ふわりとした赤髪と、アメジストを思わせる瞳。少し丸みを帯びた顔は幼く、見た目は完全に少年と呼べる。いや、少女と呼んでも違和感は無いかも知れない。


だがその中身はそれと相反する物だというのは、側のソファに腰を沈める男は良く分かっていた。


「レズン、お前には万が一の場合、力での解決をさせない為の抑止力となってもらう・・・まあ、本当にそっちの(・・・・)交渉になるならば、しっかり働いて貰うが・・・」


ワイングラスを傾け、暗紅色の液体を口に含む男は、何処からどう見ても高貴な身分の者である。


ライトブラウンのウェーブした髪に、緑色の眼。首から金細工のネックレス、手には数多の宝石が輝く指輪を身に付け、光沢のある白いシルクのバスローブを身に纏う。実際彼は準男爵という地位を持っているからして、事実として貴族に名を連ねる者である。


「別にそれはいいんだけどさぁ・・・結構おっかないのがくっついてるんだけど、カノジョ」


レズンと呼ばれた赤い少年。そんな言葉とは裏腹に彼はうきうきと、楽しみで楽しみで仕方が無いといった様子で、今にも小躍りしそうな雰囲気を纏っていた。


「嬉しそうだな。俺からすればそれは重畳だが」


だが、と前置き。


「まずは俺の仕事だ。恐らく明日には出仕して来る筈・・・それからだ」


「・・・大人気無いねぇ・・・三回りも四回りも歳が離れた女の子にさぁ・・・」


そう言ったところで、この嗜虐趣向すら持ち合わせる男を単に喜ばせるだけというのは、レズンは知っている。


思ったとおり口元に下卑びた笑みを張り付かせ、大いに気を良くした様だ。ちょろい。


「じゃ、ボクはそろそろお暇するかな、また明日〜」


軽く手を挙げ答える彼の顔からは、何と無くだがこちらに対する信頼が垣間見える。


「・・・ま、ボクからするとどーでもいいんだけどね、誰だって」


人間の使用人どもに見送られ、夜の港を歩く。


彼は突如辺りを見渡すと、手頃な建物・・・港の監視塔を視界に収め・・・ふわりと地より浮き上がり(・・・・・・・・)、その周囲より頭一つ突き出た頂に立つ。


「何か仕方ないんだけど・・・うーん・・・大義のためって言ってもねぇ・・・」


顎に指を這わせ、考える仕草。しかし、すぐにその深妙な顔は崩れた。


「まっ、いっか」


どーせ人間だもんね、と。


今宵は月夜では無いが、夜は彼にとっての至福の時。


薄っすらと紅く(・・)光を帯びる瞳を愉悦に歪めながら、そう嘯くのであった。




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