割り切り
気付けば前代未聞の長さになってしまいました・・・(約一万と八千文字)
分割も考えましたが、キリの良い切り方を考える燃料が無かった。
考えれば考えるだけ、エリアス・スチャルトナが何者であるか、という猜疑心に近い疑念はみるみる内に自分の心の中を埋め尽くした。
今までの彼女の姿、行動、言動、全てを加味し、その人物像を再構築しようと頭を働かせる。今までの見た目から来る先入観やらを取り除いて。
嫌に大人びた、何処か別の所から自分を見ているかの様な、己をほぼ完璧に操る人間性の欠けた少女。
慌てて取り繕った嘘など簡単に看破出来る。あの後、誇張こそ入っているものの、古代文明の最後に何らか関わった事に対しての悔いが残っていることが、皮肉にも付け足したかの様な、冗句だ、の一言によって疑念から確信に変わった。
まさか古代からずっと生きている訳があるまい。長寿と呼ばれる龍ですら千年か其処らの寿命でしか無いと言われている。人間などたった百年も生きらるか分からぬ生き物だ。
ならば・・・もう思い至る事は一つ。
転生、という物がある。
永らく魔術の奇跡とされ、秘術も秘術、魔術師達の夢の一つである所業。記憶を、力をとどめた儘老いた身体から解放され、新たな生を持って生きる。
だが、ツィーアは知っている。そんな事は不可能である、と。
仮に可能ならば凡ゆる偉人が其れを成し、今よりより良く世界は潤っていたであろう。其れほどに長く生きた人間の経験と知識から出でる力は大きい。ただ、普通の人間ならそれを活用出来る力が皆身体から失われてしまって行くだけで。
若き身体に老練な知が宿ったそれはまさに英傑、そう呼ばれるに相応しい者になるであろう。
エリアス・スチャルトナは、そう考えれば実にぴったりと当てはまる人物なのではなかろうか。
古代に前世を持ち、今に其れを引継ぎ産まれた、時代の寵児。
何を為すかは分からない。何を成したのかも分からない。
ただ・・・言えることは・・・。
「起きろ」
傍若無人極まる声が頭上から響き、軽く胴を蹴られた事に気付いたのは、どれほどの時間が経った時であっただろうか。
昼間、目の前に振り下ろされた斧がぶち当たった記憶が彼にはある。
当然死んだものと考えていたのだが、どうやら自分は生きているらしい、と寝起きのぼやけた頭でそんな事を思った。
重く張り付く様な目を開けば、目の前に映るは視界の半分を埋める土と・・・異様に細い脚首。子供、其れも女子の物だろうか。薄っすらと肌色が透ける様な黒いストッキングと、草臥れかけた革靴。
身体を起こし顔を見ようとして、手足が縛られ動かず・・・無様に地面を転がることとなった。
うっ、と襟首を掴まれ無理矢理立ち上がらさせられ首が締まる感覚を覚えるのも束の間、再び地面に放り出された。背中から叩きつけられ、ゲホゲホ、と咳き込む他に無かった。
目に突き刺さる陽光。
その中に判別できる、自分を見下ろす二つの影。
方や小柄な青みさえ感じさせる黒髪の・・・恐ろしく整った顔立ちをした、人間味の欠片も感じさせない程冷たい表情をした少女。
方や大柄な、陽光の元でも尚黒い、漆黒の獣人。忘れる訳も無い。己を正面から堂々と武で打ち倒した女だ。
獣人とはいえども、彼女は強かった。まさか自分が魔術師でも無い女にても足も出ずに負けるなど、彼にとっては産まれて初めての事だった。
昔から自分は強かったと思う。子供の頃は近所のガキの中でも一番腕っ節が強かった。商人であった親の伝手で軍に入った後も、そこら辺の兵なんかよりずっと強かったという自負がある。だから百人隊長にすぐに抜擢され、軍の部隊の中でも屈指の強さの百人隊を作った事は、自分の誇りだった。
だが・・・自分で言うのもなんだが、素行はあまりよろしくなかった。酒をかっ喰らっては暴れていたし、何度か厳重注意を貰う様なヤバイ事にも手を出した事がある。今思えば若気の至り、なんであんな事をしちまったのか、と自分でも思う。それゆえにそれ以上の昇進も無く、ただ強いだけの百人隊長だった。そんな自分は上官達にもかなり疎まれていた方だった。
だが除隊になる様な事も無く、何とか軍務に励む事数年。転機は一つの下令された命令。
悪名高き西方軍管区への異動。
一般兵であった自分達には良く分からない、謎のベールに包まれた立ち入り禁止地帯。数年前に近衛の魔術師達が調査に入り、"二人"しか生還しなかったと言われている危険地帯。
自分達一般兵からすれば、近衛魔術兵団員はまさに雲の上の存在。実際に見たことは無いが、魔術なんて使わずとも自分達など圧倒するだろうし、魔術など使われた時は、何もさせて貰えずに敗北を期するだろう。
そんな近衛の奴らが死者を出しながら、しかも逃げ帰って来るなど、尋常では無い事は、勉強嫌いで頭もそんなに良くなかった自分でも良く分かった。
だがそれ以上に提示された臨時給与が魅力的だった。
普通に働くの優に三倍近い報酬が出るという、この条件には部隊員揃って心が躍らせ、快諾した。休暇が出、途端に酒に食い物に金を使い、浮ついた気分で過ごした数日間は楽しかったと思う。
自分達を見るそれまでの上官達の口の端に浮かんでいた笑みの意味を取り違える程に。
送られた西方軍管区の宿舎は嫌に綺麗にされていた。まるで殆ど使われていないかの様に。その意味に気付くのは・・・もっと先の話だ。
一定地域の制圧、という題目で展開された自分達を含む部隊は、悠々と、どこか楽観的にさえ感じる雰囲気で前進した。
後悔した時には既に遅かった。
前に演習を共にした時に見た、魔術師部隊が放つ火炎弾を遥かに上回る破壊力を持つ爆炎が立て続けに群に穴を開け、劈く様な金属音を響かせる頭上を"鋼鉄の怪鳥"が目にも止まらぬ速さで、見えたと思った時には既に遥かに後方に飛び去ってしまっているが為、本来空を守る役の魔術師達も右往左往、何の役割も果たしていなかった。
風切り音を立て飛来する爆発する大矢が火を吹きながら、遠く、空に浮かぶ黒点から文字通りぶちまけられ、地に突き刺さる度に纏めて二桁にも及ぶ人間を血の霧みたいにする。
自分のすぐ脇に立っていた奴の頭が吹き飛んだ。
びたり、と鎧の肩口にへばり付いた未だ蠢く血の滴るナニカを至近距離で見てしまった時の、身体の中から力が地面に逃げて行く様な感覚は今でも夜、自分を苦しませる。
自分はその後、何かが足元で吹き荒れ、冗談みたいに宙を待った後、他の野郎の死体の上に叩きつけられて気を失った。
不思議な事に五体満足だったオレは、夜になり、異様に静かな戦場跡を這々の体で逃げ出した。
だが、戻ったオレが直面した現実は過酷だった。
公式的には自分は既に死亡したこととなっており、高齢で自分を産んだ両親も既に他界していたが為に財産は凍結されてしまい、一瞬の内に一文無しとなってしまった。
改めて職に就こうにも、身分が証明出来なかったらもう奴隷になるくらいしかやることがない。隣国のハノヴィアに行けばまだ何とかなったかもしれんが、そもそもそこまでどうやって行くのか、という問題が立ちはだかった。
いつの間にやら、気付けば盗賊に身を奴していた。
切っ掛けは些細な事で、あまりに腹が減って、無銭飲食をやらかした事。
追っかけて来た兵士を殴り殺して逃げて・・・あとは成り行きでこうなった。
そこらの傭兵やら自警団、冒険者など敵ではなかった。
大抵素手でも打ち勝てる様な奴らばかりで、次々と行商から道ゆく旅人を襲撃。一応、変に通らない奴が出たり、討伐隊が組織される様な規模にはならない様に気を付けつつやったから、小規模な冒険者の徒党が討伐隊の真似事をしてやって来たりもした事があったが、その頃集めて鍛えていた野郎共でも簡単に翻弄して全員撥ねてやった。
偶にオレが態々出てって相手にしなきゃならん奴も居たが、そいつだってそう長くは持たなかったのだ。
だから自分よりどう見ても年下、それも女に腕っ節でのされたというのは、悔しいというよりも何処か新鮮で、困惑の度合いが強かった。
そしてどうやら、自分を軽々持ち上げ、落っことしたのはこの獣人の方であった様だ。なんつー馬鹿力か。
もう一人のちっちゃい方は・・・そうだ。
いつの間にやら自慢の配下を返り血一つも浴びずに葬った奴だ。
その亡骸もパッと見る限り酷い物で、何人かは上半身が消失、残りは全て胸元にまるで逆棘の生えた槍を無理矢理引っこ抜いたかの様な穴がぽっかりと開き、足元に血の沼を顕現せしめていた。
その中に佇む、僅かに口の端を吊り上げたこの世の物とは思えぬ美しき少女の姿は、鮮烈に今も尚瞼の裏に写っているかの様に思い出す事が出来る。
悪魔か吸血鬼。そうとしか思えぬ雰囲気を醸し出していた。
「あんたは・・・「質問に答えろ」」
見下ろした儘少女が此方の言葉を遮る。無表情・・・いや、僅かに侮蔑と嘲笑をその美貌に浮かべている様に見える。
「言わんでも分かるとは思うが、現在、貴様の生殺与奪の権利は私にある。別に答えんでもいいが、この質問は私の興味本位の物だ。要らんと分かったらすぐにあの世に送ってやる。いいな?」
声こそ神が作り賜うた鈴の様な、何時迄も聞いていたい様な音色ではあるが、そこに込められた意はほぼ敵意に近い物だった。
此方の命など、どうとも思ってはいない、と。
「仮に役立つ事を喋ったとして・・・まあ、私にも情という物はある。気が向いたら解放してやっても良い」
そう心にも無さそうな事を言うと少女は手の内に・・・本人に不釣り合いな長さの氷の大槍をパキパキと空気が冷える音を立てながら生み出す。
魔術師。それもかなり出来る質だ、と確信する。
何を考えたのか、それを足元に突き立てた。
キーン、と甲高い音を立て、槍先にあった石が・・・真っ二つに割れてしまった。
そのまま水に沈む様に地面に刺さる氷の槍。背筋が寒くなる。
つまりはアレを上から落とされただけで、こっちの身体に一つ穴が開くと。
それを知ってか知らずか、突き刺した槍に寄りかかり、腕を組み口を開く。
「名前、年齢」
何かもっとアジトの場所だとか、奪った物は何処に溜め込んでいるのかだとか聞かれるかと身構えていた為、一瞬何の事か思い当たらず、呆然としてしまった。
が、少女がガシッと背後の大槍に手を掛けた事で我に返った。
「ジャクソンだ、ジャクソン・ウェーバー、歳は・・・すまんわからねぇ、忘れちまった」
これは事実だ。もう年月も分からんほどに野山で過ごしてしまった。多分そろそろ四十路か、と身体の調子的に思うだけで。
だが、それに対しては彼女は何も気にする物では無いらしい。ふん、と一つ息を吐き、大槍から手を離してくれた。小さく「スラッガー・・・」と呟いたのは何だったのか。
「次・・・」
尋問というには少し緩い尋問。聞かれる事は何故かこの地域の世俗的な事や、地形だとか、こいつはこの辺りを侵略統治でもするのかって思う位に社会的な事を聞いてきた。この辺りに住んで長い。知ってる事は洗いざらい喋ってやった。別に困る事でも無かったからだ。
だが、問題は次に聞いてきた他の盗賊の勢力、というところだ。
狩りの領域というか、野盗同士でも一応縄張りがあり、少なくとも大きな、強い所同士は常に勢力圏が被らない様に気を遣いあっている。
俺達は別にそう他の盗賊を気にする程弱くは無かった為、あって無い様な物であったが、何故かそれまで聞いてきた。というか、そのような気がする物があることを知っていたというのも驚きだった。
コレはそもそも相手が知らないが為に聞かれる事も無い事柄で、喋って良い物なのかもよく分からなかった。
「貴様に許された選択肢は言うか、言わざるかだ。悩むという選択肢は無い」
地から氷の大槍を引き抜いた少女はそれを一閃。オレの頬を掠め、鼻先に突き付けた。
恐ろしく鋭利な、それでいて何故か溶けない透き通った氷の冷気が肌を刺す。
目の前の美しき人形の如き少女の背後に一瞬、悪鬼か何かが見えた気がした。
「・・・よろしかったので?放しなどすればまた・・・」
「構わん。それが約定だ」
とっ捕まえた賊の首領。途中詰まることはあれど、ペラペラと知りたい事は喋ってくれた。
後は用無し、バッサリ・・・とはせず、逃がしてやった。別に俺は殺しが好きな訳では無い。スィラは内心残念がっただろうし、今もまだ惜しんでいる様な惜言を垂れ流してはいるが。
逃がした事にはツィーアも良い顔をしなかったが、周辺の盗賊の勢力情報で黙らせた。アレ一つ逃がす事でもっと多くの敵を炙り出せる、と。
少なくとも俺は約束は守る、ということを分からせる事で、アレ伝からさらなる情報が入ってくる事も期待できなくもない。
それから、あれだけボコられて尚襲って来るというのは相当な馬鹿だ。あいつは割と賢そうだし、何より強い方らしい。力関係くらいは理解出来るよな?と軽く脅してから逃がしたからまた噛み付いて来る事は無いと思う。奴が賢明なら、な。
さて、もうすぐナードルフに到着するか、という所まで道程は来ている。盗賊との遭遇による時間的ロスは約二時間。夕方に着く筈が夜になってしまった程度の事。
途中、暗くなった事で活動を開始し、彷徨いていた骨、《スケルトン》相手にツィーアが散弾銃で脚を吹っ飛ばしたり腕を吹っ飛ばしたりして這い蹲らせて遊ぶというドS丸出しな遊びを編み出したこと以外は特に何も無く、日没から一時間もしない内にナードルフ城門前に到達した。
町の明かりが漏れ、その一帯だけが明るい。その他周りはもう真っ暗だ。
門番と二言三言ツィーアが言葉を交わすと、すぐに通して貰えた。
俺はその間、遠目に見える町の景色を眺めていた。
そんな大きな建物は無く、背の低い建物が連なる町。この時間になっても人通りは非常に多く、活気が溢れている。
飯屋らしき建物から出てくる四人組の武装した男たち。酔っ払っているのか、一人がふらつき転けそうになると他の奴らがおっと、と脇から抱えて支える・・・かと思いきや纏めてひっくり返った。あのなぁ。
薄着の女が街頭に立ち・・・あれは娼婦か?道ゆく男に意味深な視線を投げかけ・・・あ、一人連れて行った。入っていくのは宿か。あとその男、宿に入るまでに我慢出来ないのか。公衆の面前で女の尻を揉むな。
何が面白いのか、腹を抱えて爆笑しながら酒瓶を振り回す上半身裸の中年男。酒瓶がすっぽ抜けて離れて飲んでいた男に直撃。憤る男に素知らぬ顔で逃げる中年男性・・・カオスというかなんというか。
「荒っぽい冒険者やら、大工やら木こりばかりの町だからな。こんなもんさ」
とはスィラの言。此処には前にも来たことはあるらしい。
あんなんでもそう治安は悪くない・・・というにはもう乱闘間際な所も見られるが・・・らしい。盗みや拉致だとか、犯罪は少ないんだ・・・一応、と。
「だが、ツィーア様や主は一人で出歩かん方が良いだろ・・・でしょうね」
トラブルの元だからな、と警告はしてくれたが、実質あまり心配はしていない様だ。
別に俺もツィーアも態々夜遅くにほっつき歩く必要性など無いだろうからな。
ツィーアは既に泊まる宿は決めていたらしい。繁華街から少し外れた静かな宿で、規模もそれ程大きくない割りにどこか品のある装いであった。
取った部屋は二人用を二部屋。俺、スィラとツィーア、ミムルの組み合わせで、食事は今日の夜に、明日の朝晩、更に明後日の朝食と付く。
一応荷物は全て部屋に運び込む。本体は固定できるものの簡単な鍵しか無く、置く場所も裏路地という馬車と人も居りしっかりとした鍵が付いている宿の部屋の何方がセキュリティに優れているかなど言わずとも分かるだろう。
少し多いツィーアの荷物を運び込むのを手伝い、夕飯にありつけたのは既に何時もなら寝支度をする様な時間だった。
夕食は麦飯というか蒸かし麦というか微妙な代物に、豚っぽいのだが豚ではないらしい肉の腸詰。それにベーコンとグリンピースっぽい何かが入ったマッシュポテト。これは少し乳臭くてしつこく感じたが、此処のコレはこういう物らしい。麦飯とマッシュポテトは少し気に入らなかったので、腸詰に関しては追加で頼みつつ好きに食った。こちらはこんがりパリパリで結構美味くいただいた。もう一つ、ごぼうの様な根菜が入った塩スープはまあ、おかわりする程の味では無かったかな、と。玉ねぎと胡椒だとかの香辛料を入れれば良い味になりそう、というか塩スープってそういう物ではないのか?と思った。
風呂は無い。身体を拭くお湯とタオルは用意して貰えるが。
ツィーアは面倒くさいからさっさと寝る、と言って茶道具だけ持って部屋に入って行ってしまった。
スィラもそのまま寝ようとしたのでベッドから引き摺り下ろす。
後ろから捕まえて頭を軽く嗅いだだけで血生臭い。
「あ、主っ!?引っ張らなくても脱ぐ!自分で、ッ!?」
「うるさい黙れ少しは動くな!」
バタバタと暴れるスィラを押さえ付けつつ無理矢理上半身を剥いて拭く。特に髪の毛を重点的に。真っ白な肌には別に汚れらしい汚れは見当たらなかったが、多少垢が出て来た。これは暫く真面目に身体を洗って居なかったらしい。
「身体は清潔にしておけと言っておいた筈だが?」
「うぶっ!あ、汗が流せればそれで・・・ひぃっ!?」
ソファに顔を押し付けつつ、今度は下半身。下着を剥ぎ取り・・・コレ絵面的にはかなりアレな光景だな。もし人に見られれば強姦容疑しか持たれなさそうだ。いや、俺は今は女というか女児なのだけれども。
後ろの面が終わったのでひっくり返して・・・とあることに気付いた。
「・・・そっちの手入れをする時間があればもっと身綺麗にしておくべきだと思うがな」
「ま、待て、前は自分でも拭けるから・・・ッ!」
容赦はしない。ギシリ、とタオルが軋む程にそれを握り締めた。
寝る直前、ベッドにうつ伏せのままブツブツと呪詛を呟く彼女を見、少し、やり過ぎたかとは自分でも思った。
「昨日スィラどうしたの・・・?なんか・・・その・・・すっごい声出してたけど・・・」
などとツィーアに聞かれる程の騒ぎだったのだが、幸い隣がツィーアで、端の部屋であり下も食堂であった為、他の宿泊客にはそう迷惑にはならなかった様だ。
心無しかぐったりとしたスィラを連れ、朝食へ。
出たのはベーコンエッグサンド。六枚ぺろりと食えるくらいには口当たりが良かった。あまりの量にツィーアを始め他の客にドン引きされた。因みに此処の労働者がどんなに頑張ろうと朝は三枚食えるか食えないかというくらいのボリューム。いや、気づいたら食べてたのだ。無意識だったから仕方が無い。余談だがスィラは一枚。ツィーアと同じくらいしか食べられなかった。もう食わんのか?と茶化したら、ギロリと凄い目で睨まれた。いや、昨日は流石に調子に乗り過ぎた事は謝るから、許してくれ。
「で、今日はエリィにこの町を案内してあげたいんだけど・・・」
妙にツィーアの歯切れが悪い。何かあったのだろうか。
「その・・・何と言うか・・・」
「お嬢様が書類箱の底に仕舞ったまま、大分放置していた仕事を昨日発見しまして・・・」
ああ、その手の事件か。それは大変だな。
「用はソレを片付けんとマズいから私たちだけで回ってくれ、という事か?」
うん・・・と申し訳なさそうに俯くツィーア。カルセラなら指先をつんつんさせながら上目遣いに誤魔化して来そうだが、ツィーアは真面目だよな。
「いいさ、スィラに案内させる」
と、彼女に話を振ってみる。
フォークでつんつんと食後の果物の皮を突っつき回していた彼女は、やはりジトっとした半眼を向けて来た。
「・・・別に良いが」
むすっとしている。後で何か埋め合わせをしてやるべきだろう。何が良いか。食い物はよろしくなさそうだからアクセサリーでも・・・と、そういえばコイツは普通の女とは感性が一味も二味も違うのだった。ナイフ?それとも研ぎ道具?まあ、後で町を回りながらでも決めるか。
「ごめんね、今度何か別な事で・・・」
「いいから。ツィアも仕事なのだから仕方が無いだろう?」
と、折り合いを付けた所で、久々、というか初に近いスィラと二人っきりのデートとなった。
改めて見た朝のナードルフは更に活気付いて見えた。
牛車が丸太を乗せた台車を三頭掛かりで引き、職場である森に行くのか、大型の馬車に多数の作業員と思しき男達乗り込み、町の外へと向かって行く。
足元は土埃を防ぐため撒かれた水で多少ぬかるんでいて、少し靴が汚れた。というか、馬糞牛糞が溶け出して少し歩きたくない状態にあるのだが。
今日のスィラの格好はかなりラフな物で、キャミソールというのか、そんな薄手の肩紐と胴巻きだけで出来たシャツの上に短い、腰までのジャケットというか何と言うか、ひらっとした腰下丈の半マントみたいな上着。下は七分丈のタイトな・・・何て言うのだろうか。皮で出来たピチッとしたパンツ。レギンスだったか。コレは黒染め。長く、引き締まった脚線美を惜しげも無く見せつけて大変良い。というかかなりセクシーで格好良いお姉さん的な感じ。履いている革靴こそ普通に見えるが、底と爪先に鋼板を仕込んでいるらしい。お出かけ着までそんな戦闘趣向で良いのかね。
俺はまあ、基本は変わらず白いブラウスに膝上丈のフレアスカート。黒い無駄に頑丈なストッキング。代わり映えしなくて申し訳ないとかは言わない。
スィラを見た冒険者と思しき男達が、おっ、と思った様に視線を向けて来るが、ジャケットの下に通したスリングで吊ったハルバードと、手を繋いで歩く子供にも見える俺を見て、お呼びじゃ無いと空気を読んだ様に、元の作業やら道に戻って行った。そもそも、彼女の放つ気配が只者では無いからな。少し阿呆な、調子こきの若いのが近付いて来ようとする度、ジロリ、とスィラに睨まれてすごすごと退散する。
何時も何時も武装して疲れないのか?と思わんでも無いが、かく言う俺も事情があるとは雖も常に帯剣していることには変わり無いので、何も言わんけれども。
「ここは職人街だ。木細工の家具や小物、そんな物を作る工房が並んでいる」
前を歩く彼女の尻尾は、これまた珍しくパンツの穴から出され、ふりふりと目の前で揺れている。
何時も彼女はスカートを履いている。その時尻尾はほぼその中に隠れており、見られるのは寝る前、寝巻きに着替えた時くらいだ。
それを公衆の面前で晒して歩いているのだから、新鮮と言うか何と言うか。そもそも、パンツを履いているスィラ自体が珍しい。何故スィラはスカートばかり履くのだろうか。こんなにも似合っているのに。
「・・・ああ、それか」
彼女が言うには、パンツはあまり激しく動こうとすると引き攣り破れ、動き辛いのだという。
と言うのも、スィラは脚に限らず、身体がかなり柔らかく、四肢の稼動範囲が相当広い。前世ならプロの体操選手も真っ青になるであろうくらいに。
それが武器でもある彼女は、より身体を縛られない服装を好む。全裸が一番だろうが、流石にそれは無いので、例えばスカートなら脚に制約はほぼ無くなる。キャミソールや、タンクトップ等、袖が無ければ腕にもほぼ制約は無くなる。だから彼女は袖がある服を一切持っていないらしい。寒くないのか?と聞くも、上からマントか何か羽織れば良い、と即答。・・・本人が良いなら俺は何も言わんが。
なら、今日パンツを履いているというのはどういう風の吹き回しなのか。
「・・・お前が・・・似合うと言ったから・・・」
・・・そんな事・・・ああ、そういえばチラリと言った事もあったか。
折角脚が長いのだから、もっと見せたら良いのに、みたいなニュアンスの事を言った記憶が無いことも無い。
というか、だ。
「・・・何か言い方が恋する乙女みたいだったぞ?」
「なっ!?」
チラチラと横目で俺を見ながら口をへの字にしてボソボソと。態々言うのも恥ずかしかったのか、頬まで僅かに染めて言って。そう言うに相応しい様であったと思う。
「この分だと、うちのスィラは可愛らしい嫁さんになりそうだな」
ま、相手が居ればだが?とニヤつきながら笑いかけてやる。
「よ、余計なお世話だッ!」
ふんっ、とそっぽを向いてしまったので、間髪入れず尻尾を引っ張ってやる。「ふぎゅっ!?」と変な声が出、「・・・もうコイツ嫌だ・・・」だとかほざいた気がしないでも無かったが、聞かなかった事にしよう。
「で?次は何処に行く?」
スィラの溜息は深かった。
・・・やはり何かアクセサリーでもくれてやろうか、と店々に目を這わせて行くのであった。
「そろそろ昼だな。何か食いたい物でもあるか?」
「生憎誰かさんの所為で食欲が湧かなくてな」
粗方工房街、商店街、倉庫街、宿場街を回ればもう日は天頂に近い。見れば一度作業を切り上げたらしい作業員達がちらほらと食事に町に出て来ている。
旨そうな肉系の店を見つけたが、スィラが匂いだけでもげんなりし始めたので、穀類野菜類がメインらしい店の暖簾を潜った。
労働者達が求めるのは専ら炭水化物と蛋白質らしく、この様な食物繊維が沢山取れそうな店はあまり人気は無いらしく、空き席は少なくなかった。が、熱心な健康志向の客や、俺達の様な観光客相手にしっかり商売している様だ。ガラガラという訳では無かった。
奥の方には観光客かは知らんが、立派な装いをした男性を中心に数名、これまた着飾った女が集まり食事を取っていた。貴族の息子か何かか。
突っかかられても嫌なので、少し離れた席に腰を下ろし、歩いて来たウェイトレスにそれぞれ適当な物を頼んだ。
・・・なんかあいつら声でけぇな。少し煩い。折角静かでシックな店なのにな。
「・・・主、もう少しコレ、暴れない様に出来ないか?」
ん?ああ、銃のホルスターか。腰に下げているのだが、どうも少し動いて煩わしいらしい。うーむ。だとするとギチギチにベルトで固定するだとかするしか無いのだが・・・。
余談だが、スィラには俺のもう一丁の銃も与えてある。両腰に下げ、見た目はガンマン・・・いやマンじゃないが。だが、このリボルバー拳銃はダブルアクションが出来ないから二丁撃ちは実用的では無いのだ。そのうちシアーを弄ってなんとか出来る様にしてやるから我慢してくれ。あくまで再装填を挟まずに最大十発の連続射撃を可能とする程度の意味しか無い。いや、連続で十人も殺されたら相手は誰だって困るだろうが。
「あー・・・もう一本ベルトを用意するまで待ってくれ」
昨日の対盗賊戦において、俺に銃、更には初歩的なメリットよりもデメリットの方が大きい様な武器は限りなく必要無いという事に気付いた。何せ俺に関して言えば銃を抜いて撃つより魔術で氷の矢を作って撃ち出す方が威力も射程も攻撃速度も高い。
・・・中型自動拳銃レベルなら携行しても良いとは思うが。
無論、魔術が使えないケースというのも考えている。探知されたく無い魔術師が近くに居る場合だとか。
そういう場合に銃は有効かと思いきや、今度は音と閃光という魔術的では無く物理的に目立つからして、隠密行動にそれは向かない。
なら使うとしたら刃物だろうが、この【カルマ】ちゃんは自己主張が激しい上、他の刃物を持つことを許してくれない。最悪魔力の放出だけでも如何に克服するかが今後の課題だ。その怪し気なオーラを仕舞って欲しい。・・・仕舞えと言ったら仕舞ってくれるのだろうか。そういや試した事は無かったな。いや、無意味に抜く事が無いから・・・。
と、思ってる内の出来事だった。
ガシャン、と陶器が割れる音。
驚き振り返って見れば、先程見たウェイトレスが転び、料理の乗った皿をぶちまけてしまっていた。あの貴族っぽい一行の卓の脇で。
「おいおい君ねぇ・・・しっかり足下には気を付けないとダメじゃないかぁ・・・」
ニヤニヤとここから見てもうざったらしい笑みを浮かべる男に、ケラケラと笑う取り巻きの女。大方脚でも出して引っ掛けたのだろう。
ウェイトレスの女は気丈にも男を睨み付け、何事か小さく言い返すも、何やらそれは男を助長する結果となったらしい。
鼻息も荒く立ち上がると、仁王立ちとなって高らかに・・・こちらからすれば騒がしく名乗る。
全く興味の欠片も湧かないので、軽く纏めると、自分はなんたら領のなんたら男爵である〜みたいな名乗りの後、自分はこの様な身分であるからしてお前らのような庶民などどうとでも出来る云々と定型文と化しつつある脅し文句を言い連ねた。
まあ、こんなんでも庶民からすれば結構怖いものだ。何せ貴族という奴は一種の治外法権の塊みたいな奴らだ。そこらで身元の良く分からん人間を斬ったとしても、後からやれ正当防衛だった、だとか、無礼な物言いをしただの動機を言い繕って金をそれなりな額払えば無罪放免、というより見逃されてしまう。それがこの国の統治システム暗部の一つだ。
結局は金が全ての物を言う。庶民でも相手の積んだ賄賂を上回る金を憲兵に渡してやれば相手を獄にぶち込んでやる事も出来なくは無いが、生憎そんな裕福ならそもそも貴族相手に絡まれる様な所に居る奴など居ない。貴族だってそんな裕福な庶民だって、絡み合ってしまったらお互い大損するだけで、何もプラスの事は産まないから気を遣いあったりもする。
まあ、この目の前にいる凡々に関しては、単に相手を扱き下ろして見下すのが趣味なだけの可能性もあるが。
庶民たるウェイトレスはコレを分かっているからか、下げたくも無いし、本来下げる必要も無い頭を下げさせられるという訳。
別に王侯貴族など特権階級の存在を全てが全て悪いとは思ってはいない。ツィーアの様な民の為に幼くして奔走する貴族も居るし、聞けばカリナの所のマリョートカ家も、自領の民にはかなりの手を施しているらしい。その動機が「マリョートカ家が治める領民は他領より優れていなければならない!」だとか言って意識高い施策をしているというのも少々突っ込みどころは多いが。選民思想とはげに怪奇な物なり・・・。
だが、ツィーアが言う様に低い爵位を持つ下級貴族に限ってコレだ。実際に見て、ああ、これは酷いな、と俺が思うくらいに。
「時にスィラよ。この場合に取る行動は?」
「基本、ああいう手合いは関わらないに越したことは無い」
こういう時のスィラは冷淡だ。見向きもせず、ただ頬杖を突く。
なるほどな、と。別に正義感がどうとか言うつもりは無い。ただ、実と害が釣り合うか釣り合わないかで俺は行動を決める。
「ただ・・・」
ただ?
「アレが運んでいたのは主の昼食だ」
なんだと?そう言われて改めて床に散らばった物を見ると・・・豆のスープ・・・頼んだ記憶がある。
・・・なるほどな。つまりは俺の昼食はしばらくお預け、と。
「有罪だ、やるぞスィラ」
「・・・今日に限って異様に気が短く無いか?主・・・」
とは言いつつも満更でもない様子で立ち上がるスィラ。
罪状は勿論、食に対する冒涜、俺の昼食をお預けにした事、そして騒音被害を齎した罪である。死刑・・・は少しこの場ではマズイので、スィラにやらせよう。加減くらい分かっているだろう。
スィラを先頭に跪かされているウェイトレスの元へ。
「おい」
ハルバードには手を掛けない。というか、席に立て掛けて置いてきた。今に限っては邪魔らしい。
「なんだ君は、獣人の分際で僕に気安く話し掛けるなどガッ!?」
間合いに入ると同時に、育ちが良さそうな男の顔面にスィラの拳が突き刺さる。黒革のグローブが血の尾を引いた。
どしゃり、と飯の残骸の中に鼻血を吹きながら倒れる男。ウェイトレスも取り巻きの女も皆呆気に取られた表情だ。
その隙に俺はウェイトレスの側へ寄り、耳打ちする。
「・・・厨房に戻って私の食事の用意をしておいてくれないか?コレは私が注文した物だったのだろう?」
はっと我に返り、いいの?と問わんばかりの顔で、申し訳ありません、と言って逃げる様に奥に入って行った。
さて、問題はここに残った四人なのだが・・・。
「きっ、きさまっ!僕が誰だと知ってブフォッ!?」
何事か講釈垂れようとした男顔面に容赦無く、鉄板仕込みのスィラの靴裏が叩きつけられる。
「ああ?聞こえんなぁ?自分のお名前も満足に言えない***なのかぁ?」
飯まみれになりながら鈍い打撃音と共に呻く男を、聞くに耐えない罵詈雑言と共に蹴りつけ続けるスィラ。一体何方が悪役なのか分かったものでは無かった。
スィラもスィラで、かなり苛ついていたらしい。手加減はしている様だが、歯を剥き出しにして今にもゲラゲラと高笑いでもしそうな顔だ。何処のどいつだ?スィラをこんな欲求不満の塊みたいにした奴は。
どうでもいいが、自分の頭にブーメランが刺さるイメージを幻視した。
さて、そろそろ正気に戻りつつある取り巻きの女共を警戒するか。戦力になる様には見えないが、地味に魔術師が混じっていては面倒だ。
それにこの場から逃がすのも駄目。憲兵やら呼ばれなどすれば、更に場が混沌とする事間違い無いからである。
取り敢えずはこいつらが何かしないか見張りつつ、何があろうと対応出来る様にしておくだけで良いだろう。
と、思っていたら早速アクションがあった。
席から立った女の一人がスィラを止めようとしたのか・・・何故か何も言わずに割り込んだのだ。
そのまま蹴り飛ばすかと思いきや、何を言い出すのか面白がったらしいスィラはピタリと脚を止めた。
「い、いきなり何ですか!?特に貴女達には関係など・・・「いや」」
突如口を開いた、テーブルに腰掛け黙っていた俺に注目が集まる。
「一つ、食事時に無駄に騒がしい。二つ、私の昼食を運んでいた者の邪魔立てし、此方の有意義な時間を浪費させた事、三つ・・・」
すたり、とテーブルから降り、ゆっくり、勿体ぶる仕草を装いながら、スィラの対極、挟む位置に立った。
「・・・昼間っから胸糞悪い寸劇を見せ付けてくれたからな、その"お礼"だ」
足下から地面を這う様に魔力を流すと同時に凍結させる。術名は確か・・・『グレイサー』とかいう水属性中級魔術。相手の足元を凍らせて動き難くしたり、足を凍らせて捕らえたりする戦闘補助魔術。無論、足だけでは無く、全身氷漬けにも出来ちゃったりはするので、一概に補助魔術とは馬鹿に出来ない。尚消費魔力は・・・あまり実用的では無いとだけ言っておこうか。
床を女三人と俺を繋ぐ間だけ、青白く光る氷が猛速で這う。飛び退こうとするがもう遅い。しっかり足首まで凍りつかせ、後ろに跳ぼうとした奴なんか強制的にブリッジの体勢になってしまっている。まあ、頭を庇って瞬時に手が出たのは、中々良い身体能力をお持ちではないか。見ればそこそこ筋肉がある様だし、腰に剣を帯びているな。剣士か何かなのか。
もう一人はどう見てもとろくさそうなぼんやりとした女で、捕まった後数瞬後に「・・・おお?」と小さいリアクションで驚いて(?)いた。
だが・・・こののろそうな奴はちょいと他とは違ったらしい。
「むー・・・『ファイアブレス』!」
自分の足から少し離れた位置の氷に小さな火炎放射。その氷を溶かさんとする。
追加で魔力を送ってやろうか・・・と思ったら、どうも全然溶けている様には見えない。何故?
「・・・むぅ・・・呪われてるの・・・」
「はぁ?じゃあコレって闇魔術の氷?・・・あんた光魔術は使えないんだっけ・・・」
剣士と魔術師で何やら相談。・・・いや、ただの水属性中級魔術なのだが・・・少なくともその筈なのだが。
闇属性魔術なんて精々・・・下級魔術の『ノクタラ』という、自分や相手に暗視能力を付与するという、何気便利な術くらいしか使った事が無い。それはこの間出来た。他の術?上手く使えなかった。何せイメージが湧かない。なんだよ、相手に直に死を与える〜だとか、相手に自分の知る限りの苦しみを与える〜だとか。攻撃魔術にしても意味不明過ぎるわ。というかどうやって練習するのか。一々相手が大変な事にならないか?
ところで俺が勉強した中には『イビルデ・〜』と頭文字が付く闇属性魔術群が存在する。コレは様々な属性をモチーフにしており、例えば『イビルデ・ブラスト』は呪われた炎、相手に絶大な苦痛を与える火傷を負わせる炎を生み出したり出来る。勿論水属性に近い物もあり、『イビルデ・フロスト』で生み出される氷は俗に呪われた氷と呼ばれ、解除するまで術者の魔力を吸い続けてその形を保とうとするのだ。
因みに、『イビルデ・フロスト』の呪われた氷が術者の魔力を吸い続ける様に、『イビルデ・ブラスト』はなんと自分にも炎が燃え移って来る。そして、大体術者は腕に酷い火傷を負うのだ。それも一生治らない、身体を蝕み続ける傷跡を。
前にも言ったが、この様な酷いデメリットを持つ闇属性攻撃魔術は、基本的に誰も使わない。確かに威力は凄まじいし、消費魔力もそう高くは無いから強いのだが。
因みに、イビルデ系の魔術は全て区分的には上級、難易度的には中級となっている。それはどうでも良いか。
んで?俺の氷が呪われてるって?あり得んわ。失礼な。多分密度が無茶苦茶高いだけだ。
と、何やら先程止めようとした女が、スィラにポイっと此方に投げ飛ばされて来た。折角だからキャッチ。地面から伸ばした氷の塊で。
尻から落ちた彼女は痛冷たそうだ。別に同情はしないが。溶けないからべちゃべちゃになることは無いだろうから安心してもらおう。
スィラはズリズリと気絶したボコボコの男を引き摺って外に出ると、道の端に積まれていた道中から集められた馬糞牛糞の山を見つけ・・・放り投げた。うわ、えげつな・・・。
べちゃり、と水を鱈腹吸った糞の山はしっかりと男を受け止め・・・半分くらい埋まった。
店の中から何やら高貴そうな服装の男を引き摺って出てきた美人な獣人がそれを糞溜の中に放り込んだ、というのを見て、道ゆく人という人が立ち止まり、唖然とした表情で停止していた。
が、半没した男の人相を見た瞬間、ぷっ、と吹き出す奴が居たり腹抱えて爆笑する奴が出たり。
スィラも盛大に高笑いしつつ、店に戻って行った。それに拍手する労働者達。
なんでこんな喜ばれてるんだ、と不思議に思い、近くにいたまだ含み笑いで済んでいる奴の一人に問うてみる。
「そこの御仁。あの男はどういう奴だったのだ?」
するとふん、と気に入らぬ物を見る様に憤然たる・・・とまではいかないものの、本気で蔑む様な目付きで気絶している凡々を見やりつつ説明してくれた。
アレは最近中央から来たとかい言いふらしていた貴族らしい。女を常に侍らせ、事あるごとにそこらの人間に絡んでトラブルを起こしていた様だ。
「この間も木細工屋で難癖つけて、代金払わないで逃げたって親父が愚痴ってたよ・・・ひでぇ奴だよなぁ」
・・・余罪、前科もたっぷりと。しかし金があるから憲兵が動かず云々と・・・大変だなぁ、庶民も。
「コレに懲りてくれりゃあいいんだけどなぁ・・・お嬢ちゃんも気を付けなよ?」
と、気遣いを貰った所で離脱。店に戻る。
解放しろだの煩い剣士(仮)の女とアレの嫁(仮)の頭を『アイシクルスピアー』の大槍の先端を握って尻の部分で殴って黙らせ、漸く昼食にありつく事が出来た。我ながら鮮やかな手並みだったと思う。魔術師(仮)の女?諦めて体育座りしていたぞ。軽く息切れしていたから、つい先程まで脱出しようと頑張っていたのかもしれない。出来なかった様なのは、まあ、残念でしたとしか言えない。
「さてスィラ。私はまだ"極めて面白い物"とやらを見ていない訳だが、この後案内してくれるのかな?」
ん?と急に食欲が湧いたらしく、スクランブルエッグっぽい物を掻き込んでいたスィラが視線だけを向けてくる。一度水を含んで口の中を空にしてから喋ろうとするのは、ミムルのマナー教育の賜物か。
「ああ・・・それは少し、ここから離れなければならんからな。食い終わったら馬を借りて行こう」
態々馬を使う程離れた所にあるのか。・・・まあ、馬の乗り方は分かるが。マジメに訓練したからな。慣れれば割と楽しいもので、あまり疲れない俺の身体もあいまって趣味にしても良いかなと思うくらいに。
移動速度的に、普通に走った方が速いというのは言わない約束だ。何せ馬に乗れば足元も汚れないからな。
借りた馬に跨り、駈歩で走らせる事二十分。進んだ距離は大体八キロかそこらか。
町の背後の丘をぐるりと回り、反対側に抜ける。大岩が立ち並ぶ視界が悪い道で、左手に見える丘陵しか見えない。その"面白い物"はこの岩の壁が途切れた右手に、その姿を見せるという。
「此処の岩の向こうは大きな窪地・・・まあ、"真ん中にある物"の所為でできたものらしいが、地割れやら何やらが起きるわ草木は生えないわで近付けないらしい。だが、ここからは・・・遠目だが、良く見える」
なんだそれは。巨大隕石でも突き刺さってでもいるのか?そして、それが毒でも撒き散らしているだとか。
まあ、良い。もうすぐ見えるのだ。無駄に考える事も無かろう。
既に陽は傾きかけているらしく、辺りは橙色の光に包まれつつあった。少し買い物に時間をかけ過ぎたか?
まあ、スィラの言うことには夕暮れ時に見るのもまた一興だろう、という事なので、宿に戻るのがそう遅くならなければ良いか。
黙々と進むこと数分・・・前方にやけに明るく陽が差している所が見えた。多分、彼処が目的地だろう。
しかし・・・先客が一人。
「・・・ツィア?」
桑茶色の髪をふわりと靡かせ、振り向く少女。眉尻が下がった翡翠色の瞳が物憂げな雰囲気を醸し出していた。
ツィーアはスィラに目を遣る。すると何事か読み取ったのか、彼女は、やれやれ、といった仕草で、行け、と手で示す。
いつの間にやら、背後に馬を連れたミムルが居た。スィラはそちらに行くらしい。
俺は馬から降り、適当な出っ張りに縄を引っ掛け、馬を宥めてからツィーアの方に歩く。
「・・・仕事は終わったのか?」
「うん、さっき切り上げて来た」
ツィーアの視線は外に向いている。俺もそれをみるべく・・・目を向けて・・・。
「・・・まさか」
「・・・やっぱり、アレも知ってるんだ」
ふっ、と頬を緩めるツィーア。表情に翳りは見えない。
「ねぇ」
寧ろ満面の笑みに近い、輝く様な。
「古代ってどんな世界だったの?」
横目で見る限り、裏はそう無い様に見える。興味本位・・・ではないだろうな。
「・・・今より空気が汚くて・・・騒がしくて忙しくて・・・だが身体的には楽な時代だよ」
・・・カルセラみたいな顔だな、と言ったら怒るだろうか。あの何も考えていないように"見せている"顔に。
そう思いつつ、視線を前に戻す。
広大な、深く水が溜まった"クレーター"。
中心に突き立つ、長大な鉄柱にも見える、未だ原型を留める"船体"。
まるで花弁の様に内側から押し広げられたかの様な、尾部の破口。
未だ空に鎌首を擡げる、しかし折れ曲がった主砲。
宇宙戦艦。
かつてそう呼ばれた巨躯は、大気圏外からの落着という圧倒的破壊を周囲に齎した。
自ら地に刻んだ巨大な爪痕の中で、それは静かに、夕陽を照り返していた。




