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白銀の残光 -pLatonic Clematis-  作者: BatC
第二章
44/94

吐言

武器の名称を【】を付けて表す事にしました。

翌日。少々夜更かしをしてしまったからか、朝、久々に母に起こされてしまった。


起こされた、と言っても、ベッドに腰掛けながら頭を撫でられた所を気付いただけである。


懐かしさと恥ずかしさが入り混じり、何とも微妙な顔をしていたと思う。


夜、親父が部屋に侵入していた事は不問にしてやった。あくまで善意や其れに準ずる物に従った行動だったらしかったからな。


だが、態度は変えた。敬語を辞め、ツィーアやその他と話すときと同じ口調にした。最初こそ驚かれたのだが、此方が素だ、と言えば逆に喜ばれた。不可思議である。


朝食のパン中心のフレッシュな食事を腹に収めると、スィラとの日課を始める。


今日は寝坊してしまった為、朝方スィラは既に走りこみやら素振りやらはこなしていたらしい。


何時もは此処でスィラの、対魔術戦訓練を行う。だが、流石に広いとはいえ、こんな庭でドンパチやりあう訳にはいかない。


だから今からやるのは、俺の近接戦闘訓練である。


スィラはハルバードを構え、俺は【カルマ】を長剣モードにして相対する。


俺の近接戦闘能力だが、決して低い訳では無い。


魔念力を直接使えば其れこそスィラにも勝てるし、直接使わずとも自分の身体を固定する事で、重いどころではない一撃を放つ事も出来る。だが、其れでは訓練にならない。


訓練するのは技術的な部分だ。魔念力などは封印し、身体能力のみで対抗する。コレがかなり難しい。


何せスィラは馬鹿力だ。こっちの軽い子供程度の体重では、軽く一撫でされただけで其処ら中に吹っ飛ばされてしまう。これでは勝負にならない。


必要なのは攻撃を受け流し、衝撃を可能な限り軽減する技術。更には相手の攻撃を受けずに此方の攻撃を通す。難しいのはこの点である。


理屈は分かる。俺に向いている力を別方向に逸らす。スィラがやってみせる限りは、如何にも簡単そうに、真面に受ければ地面にめり込む程の此方の一撃を弾いてみせた。それでも多少の後退は強いる事が出来たのではあるが。


多分、体重の差的にコレは難しいので、基本躱す方向でやり合う事になると思う。


スィラは右半身を引き、ハルバードの刃を後方、地面に擦りそうな高さに置き、右手で柄を握り、左手は石突に添える形。下段、中段から打ちかかる構えだ。


対する俺は右半身を前に、右手で剣を上段、中段に打ち込める構え。


一間の静寂。先に動くのは俺。


地を蹴り肉薄、右上方から左下方に斬り下ろす。"速さだけは"とスィラから太鼓判を押された斬撃だ。まあ、膂力頼みの攻撃ではあるが。


「ふっ」


が、スィラがそう易々と懐に相手を飛び込ませる訳が無い。彼女のハルバードが地を這い跳ね上がり、飛び込んで来る俺を牽制、あわよくば得物を飛ばそうとする。


此処で取られる訳にはいかない。左脚で芝を抉りながら少し右に方向転換。攻撃線から逃れる。スィラの右方へ。


彼女の恐るべきは、あの長大なハルバードを振りながらも一切体幹が動かない、刃を返す速度が尋常では無いという点だ。既に第二撃が放たれる所。左手一本で振られたハルバードが彼女の左方を薙ぎ払う。一度離れ仕切り直す。


つまりは何が言いたいかというと、スィラにはほぼ弱点という弱点が無いのだ。長大な得物は得てして取り回しが悪いというのが通説なのだが、其れが全く無い。


毎回こうして攻めあぐねる。彼女の動きはほぼ完全に見切れてはいるのだが、幾ら見えていても身体で、技術で対応出来なければ意味が無い。


リーチ差があるから此方の剣を届かせるのには、彼女の間合いよりもう二歩は内側に入らなければならない。


基本的に向こうの斬撃は受けられないので、彼女の攻撃に当たらず近づくという、高々最高速度マッハ三程の攻撃機で、戦闘態勢の航宙重巡洋艦に近付くが如く無理難題な事柄をこなさなければならない。


因みに航宙重巡以上の艦艇に単騎の攻撃機で肉薄出来た者は居ない。亜光速の粒子ビームにすら反応する射撃管制装置に実弾光学選り取り見取りの針鼠の様な対空火器持ちだ。その結果は押して図るべし。


其処まではいかないものの、俺もそんな攻撃機側の気分である。


「ビビっていては結果は出んぞ?」


止まった俺に、今度は向こうが踏み込む。


右脚を踏み出したか、と思えば地面が爆発でもしたかの様に爆ぜる。


神速の踏み込みからの斬撃。ハルバードの穂先が左方から振られ、俺の左肩から右脇まで寸断する軌跡を描く。


並の相手には必殺の一撃となり得る攻撃。だが、向こうの攻撃というのはチャンスでもある。


対して俺は前方に踏み込む。向こうから近付いているのだから、今こそリーチの差を埋めるべきである。


腰だめに構えた剣で刺突の体勢。このままいけば彼女のハルバードが俺を打つより、剣がその腹を裂く方が早い。


だが、其れも彼女は織り込み済みであったらしい。右手を柄から離し引き戻し、ハルバードの斧の部分で俺の背中を狙いながら、フリーになった右手で拳を作り、俺の剣の腹を狙って鉤突きを打ち込んで来る。


此方とら左手は空いているが、コレはハルバードの柄を抑えるのに必要だ。どうにかして手首を返して刃を寝かせたいのだが、多分間に合わんだろう。


剣が逸らされ、俺はハルバードに触れた事で弾き飛ばされ、八メートル程後方で地に二本の跡を刻みながら停止した。


一間睨み合い、スィラと同時に肩の力を抜く。


「・・・攻撃に臆さず踏み込む点は評価に値するがな、私が右手で短剣を抜いて脇腹を狙っていたら・・・どうした?」


そう、実際の所彼女の右腰以下、全身至る所には短剣が収められている。彼女ならば今言った事を実行するも簡単であっただろう。


「・・・手首を掴んで・・・」


「其れなら斧槍に引っ掛けられてただろうな」


何とか言い逃れしようとするのではあるが、間髪入れずスィラが取って来た。分かってる負けだよ。小さく溜息を吐いて【カルマ】を短剣に戻して収納。汗が気持ち悪かったので、上のワイシャツの襟を緩める。


スィラの格好も涼しい物で、質素な七分のボトムに、半袖のシャツを身に付けるのみ。いや、下着は着ているだろうけれど。・・・着ているよな?物凄く激しく揺れていたが。


俺?ある訳が無いだろうが。


やりあう前に用意しておいた水のボトルを一気に傾ける。こんな時に砂糖と電解質が入ったスポーツ飲料が欲しいと切実に思うが、生憎この世にそんな物はまだ無い。せめて砂糖くらいは入れたい。だが高い。仕方が無いよな。


今だスィラからこのルール下においては一本も取った事が無い。本人からすれば、そんな初心者に負けて居られるか、と笑うところだが、俺からすれば見えていて僅かに届かないというのが、何とももどかしい。


全ての攻撃は分かるし、見切れる。だが、身体がついていかない。幾ら此方の身体的なスペックが高くとも、熟練した者からすれば其れも頭の中の攻略案に留めておこう、程度の物でしか無いのだ。


一層の事、水を頭から浴びたい衝動に駆られるが我慢。後でしっかり水浴びをすれば良い。


腹いせに氷の玉を作ってスィラのシャツの背襟をつまんで投下してやった。パンツの方にまで入ってしまったらしい。飛び上がり剰え脱ぎ出す始末。清々した。


そういえば、とスィラに問うてみる。


「スィラ、その斧槍は何処で手に入れた?」


彼女の得物のハルバード。全体が鈍色の其れは、この世の他の武器に比べ、明らかに異質である。


まず装飾が一切無い。基本的にこの手の腹が広い武器には流麗な彫刻や、飾りが付けられるものなのだが、其れが一切無い。【カルマ】と打ち合わせても一欠もしない程の品質を持っているのにも関わらず、だ。


次に柄。殆ど傷が無い其れに一部、びっしりと刻まれた溝がある。


コレは装飾では無い。この異様な強度を持つ金属に刻まれた滑り止めである。


まさに"工業製品"と言える精度で刻まれた其れが、この時代にあってなんとも言えぬ違和感を醸し出している。


「コレか?」


おまけにこの斧槍、無茶苦茶重い。明らかに鋼鉄の重さでは無い。同じ体積の鉄の二倍異常の重さがあると思う。密度が高い金属・・・。


「四年前か、立ち寄った村で偶然な」


硬くて比重が高い金属といえばタングステンがすぐ浮かぶ。後は・・・多分無いと思うが希少金属のレニウムだとか。だが、もし兵器として作られているのなら・・・。


「偶々古代遺跡に入る機会があってな。其処に居た嫌に硬い魔物をどうにか倒した後・・・倉庫みたいな所で箱に入って置かれていた」


劣化ウラン製では?と推測するがどうなのだろう。というか、古代遺跡から出たと言ったな。なら分かるかも知れない。


「ちょっと見せてくれ」


少し心当たりが出て来た。俺が作った物では無いが、"ある兵器"の為の物かも知れない。


ずっしりと重い其れを受け取ると、流石の俺もつんのめりそうになる。何とか斧槍を回転させて石突を地面にめり込ませて停止。改めて其れを眺める。


真ん中よりブレード側に一箇所、持ち手と思われる滑り止めの間に一箇所切れ込みがある以外変わった所は無し。ならば興味は切れ込みにしかいかない。


まずは持ち手の間の切れ込み。よくよく見てみると、僅か五ミリ程度の隙間にゴミが詰まっている様に見える。多分、泥とか手垢とかそんな物だろう。


氷で薄い針を作り・・・最近はこんな器用な事も出来る様になった・・・それで掻き出して見る。時々高圧水流も駆使しながら洗浄・・・。


現れたのは刻印。コレがあれば全てが分かるな。


刻まれていた文字は・・・少し読み辛いが・・・FOR HTPGPWASA、Made in EETO、其れから・・・CAUTION!の警告と共にRadioactive Material、と放射能マーク。


FOR HTPGPWASAというのは、コレはHTPGPWASAと呼ばれる兵器の為という事。生産地のEETOというのは、East Eurasian Treaty Organization、東ユーラシア条約機構という意味。そして放射能警告・・・やはり劣化ウラン製らしい。


HTPGPWASAというのは、非常に特異な兵器である。綴りはHuman-Type General-Purpose Wide Area Suppression Armsである。此方の母国語に直すと、人型汎用広域制圧兵器となる。


文字通り人間を象った見た目で、えらく高価で、尚且つ運用が面倒な兵器である。


とある極東の島国の変態的なロボット技術者達が、異様な執念で完成させたロボットであり、高レベルな電子頭脳を持っている為、ヒューマノイドと俗称される。


どういう訳か全てが女性型、更に言えば十二から十八の少女をモチーフとした外観をしており、其々タイプによって性格まで差異を付けられている。繰り返して言うが、コレは兵器だ。其れも飛びっきり凶悪な。


コレは人間に紛れて敵地に潜入し、破壊工作どころか拠点破壊攻撃を行う戦略兵器である。


当時世界最高峰であった技術が結集されていた。世界最小と言われた核融合炉を搭載し、背面、腕部に多数の火器を搭載可能。天使の翼を模した様なアタッチメントを装着すれば、プラズマロケットエンジンを用いてあまり長距離は飛べないが、単体での飛行をも可能にしている。


腕力は機械らしく凶悪。体重も体格の割りには重く、人間が発砲不可能な重火器すら手持ちで扱う事が可能。趣味なのか、剣やら槍やら、近接武器も製造されていたらしい。


生産数は僅か八機。あまりに高コストというか、そもそも希少金属を使い過ぎて資材をそれ以上確保出来なかった為である。


・・・余談だが、俺は一機だけ使った。強奪し、クラッキングして使った物だが・・・そういやアレはどうなったのだろうか。自爆もさせなかった気がするし、最後欧州の何処かに投入したっ切りだったか。


因みに十四歳モデルだった。他意は無い。偶々其れが獲り易かっただけで。


中には其れで性欲を処理しようとする上級者も居たが、俺はどうしてもアレは無理だ。まず、幾ら人間に近いとはいえ、動きは違和感しか無い。目はあくまでカメラでしか無いからギョロギョロと左右別々に動くし、口も話している言葉に合っていない。だから不気味過ぎてダメだ、アレは。


装備は・・・忘れた。フライトユニットを付けてたかな、という程度。


話が逸れたな。まあ、このハルバードはそのHTPGPWASA用に製造された近接武器の一つで、そもそも人が使う為の物では無い。だから劣化ウランという、放射性物質であり重金属であるという代物で出来ているし、無茶苦茶重く、大きい。


というか、スィラはこんな物に触れ続けて何とも無いのだろうか。いくら劣化ウランは然程放射線を出さないと言えども、スィラがいきなり重金属中毒でぽっくりというのは笑えんぞ。


「なあ、スィラ。四年もコレを持って居ておかしいと思う様な事は無かったか?」


身体とか、と言っても彼女は頭に疑問符を浮かべるのみ・・・あんまり触らんでおこうかな。


もう一つの継ぎ目。コレもほぼ隙間が汚れで埋まってしまっているな。


もしかすると・・・此処で分割出来るのではないか?


同じく汚れを掻き落とし、隙間を見てみる。


少し捻じって見ても動かない。多分、内側からスプリングでテンションを掛けてあるのだろう。


少し捻りながら押し込んで、更に約六十度捻ると、ジャキン、とスプリングが伸びる音が響き、外れた。肉厚な幾重にも重なったロック機構がが物々しい。


「え・・・あっ、おいっ!?」


自分の得物が真っ二つにされたのかと、スィラが焦り始めるが、再びロッキングラグを噛み合わせながら押し込んで見せると、目を心無しか見開いて此方の手元をまじまじと見る。


「持ち歩きが楽になるな?スィラ」


ほら、と手に取る様に促すと、彼女はおずおずと受け取った。長さが半分になるのは大きい利点だろうな。重さはあるが。


興味深気にぐっと力を入れて押し込みながら回してみたり、外してみたりしている。どうやら此の機能は知らなかった様だ。


しかし・・・この武器は少し早めに捨てさせた方が良いかもな。絶対に身体に悪い。だが、そんな事を言えば、何故知っている?となるかいちゃもんでも付けているのかと思われるな。


まあ、今は良い。劣化ウランとて近くに居るだけでは別にそう影響は無い。リスクはあるだろうが。重金属も粉なんかを吸わなければ問題は無いだろう。・・・肌が心配だな。グローブくらいは付けさせようかな。


「戻ろうか、水浴びをしたい」


が、スィラから視線を外し、家の裏口に目を遣った所で、灰色の服装をした親父が視界に入る。


「いやぁ、エリアスも中々やるじゃないか・・・だが、まだまだ詰めが甘いな」


壁に背を預け、腕を組み半顔で此方を見やる父は、俺達の鍛錬を見て居た様だ。


「あそこはな、上体屈めて脚狙ぇや良かったんだ」


あまりアドバイスとも言えないアドバイス。だが、スィラは仕切りに頷き肯定する。正解かいな。


「刺突は辞めた方が良いぞ。相手からすりゃあ、どっちかというと受け辛いが、躱された時が大きすぎるからな」


っつっても、その歳なら十二分だがな、と一応は褒めてはくれる。あまり嬉しくないのは、俺の本当の歳の所為だろうか。


そうそう、ところでだ。


「見て居たのなら・・・父上、スィラの身体はどうだった?」


「うん?ああ・・・傷はあるが白くて・・・って!?な・・・」


何を言わせるんだ!という言葉は、スィラの放つ怒気によって塗り潰された。


「・・・ほう?」


分割していたハルバードをチャキチャキと鳴らせながら、泣く子も黙るどころでは無く、泣く子の心臓も止まる様な凄絶な笑みを浮かべ、ライノを睨み付けるスィラ。口元が真っ赤に裂けているのにも関わらず、眼だけが射殺す様な視線を放つ。


「いや、まあ・・・あー・・・はははは・・・」


ジリジリと後退する父と、その場で完全に戦闘態勢に入っているスィラ。


彼女の手が電撃の如き速さで翻り、ハルバードが神技とでも言えるべき速さで連結された。


「すまん主。一人斬ってしまいそうだ」


一応、許しは求めて来るのか。親父も少し縋る様な目付きで俺を見る。


はぁ、と一つ溜息をつき。


「・・・私は水浴びに行くからな」


逃げる事にした。汗も流したい上、そもそも其れが予定だった。


其れを肯定と見たのか、スィラが更に笑みを深くして距離を少しずつ詰め始める。こえぇな。


俺はそそくさと退散するとしよう。駆け足で親父の横をすり抜け、井戸近くの水浴び場に向かう。


物凄く恨みがましい目で見られた気がするが、多分気の所為だろうな。そう思っておこう。


何故か庭から五百ポンド爆弾でも落ちたかの様な爆音が轟く。騒ぎに気付いた母が止めに入るまで、この壮絶な鬼ごっこは続いたという。


おまけに事情を知った母にも、後で今度は魔術で追っかけ回された父。大変そうだな。男って。


と他人事の様に思う俺であった。










ツィーア・エル・アルタニクにとって、広いとはいえ庶民、ひいては友人の家に泊まるというのは初めての事であった。


そもそも友人と言える者が彼女には殆ど居ない。


エリアスと出会う前は、アイクとあと一人同い年の貴族の娘、其れからカリナも一応友人と言えるだろうか。


カリナの実家は遠く離れたハノヴィア、アトラクティア国境近くでアルタニク領とは完全に国の対角に位置していたし、アイクに関して言えば実家は王宮だ。公務で行った事はあれど、その時泊まったのは高級とはいえ宿場町であった。


もう一人の友人も新興貴族で、爵位も低く、領地も此処十年で開拓された南方にあった筈。あまり行く意味も無かった。


ふと羊皮紙から顔を上げると、木枠で組まれた質素な窓枠が目に入る。


実家や寮、高級宿場街の宿では、窓枠は金属で組まれ、下手をすれば金の装飾迄施されている。精緻な彫刻が施された物など様々であった。だから、このただ木目を晒す木枠というのは何だか新鮮だった。


「・・・こういう自然なのもいいかもしれないわね」


節約にもなるし、今度建てる建物からはもっと質素にしてみようか、と割と本気で検討をしだす。


絨毯も無い床板だとか、変に飾りが無い机だとか。此方の方が執務的には集中出来る気がする。寝るのにも落ち着いたし、マットは硬めに感じたが、目覚めは良かった。


そういえば、と。寮でエリィが言っていた、「あまり柔らかいマットで寝ると腰を悪くする」というのを思い出した。


高い物が良いとは限らないんだなぁ、と改めて認識させられた気分である。


・・・ペンと紙は安物を使ってはならないと知っているけれども。滲んで液が垂れて酷い事になるからだ。


窓から見える中庭では、先程までエリィとスィラが鍛錬をし・・・今は何故かエリィの父と斧槍を振り回すスィラが追いかけっこをしている。多分、藪蛇物なので見なかった事にして席を立つ。


ミムルはシレイラさんを手伝い家事をしている筈。自分からそうする様に言ったからだ。


だから飲み物を取るにしても自分で取りにいかねばならない。まあ、すぐ其処だから・・・。


「・・・そういえば昨日から補充もしてなかったわね」


水差しは空だった。隣のコップも当然空。ミムルを自ら見送った手前、態々呼び戻す訳にはいかないので、自分で汲みに行かなくてはならない。


水差しを下げて部屋を出る。


少し狭く、灯りを炊いて居ない為に薄暗い廊下を歩き、階段を踏み外さない様に注意しながら降りた。窓棚に置かれた花瓶の花が少し萎れているのが目についた。ついでだから、あとで水をやっておこうかと、珍しく物への気配りという考えを心に浮かべていた。


家の中は静かだ。多分、洗濯か何か、外でやる事でもしているのだろう。


台所をチラリと覗く。


大きな水瓶が三個程並んでいる。


右から順番に蓋を持ち上げて見てみると・・・一番左が空で真ん中が使いかけに見える。右が満杯だ。


真ん中の水瓶に浮かんでいた桶で水差しに水を移して、ついでに器に移して一口飲む。若干知恵熱で火照った身体に、乾き掛けた咥内に冷やっとした水が流れ込む。


ふう、とまだ満足出来なかった為、もう一口。と、其処でダイニングの向こう、リビングの方に気配を感じた。


チラリと覗くと、水浴びを終えたらしい、エリィが薄手のタンクトップと、僅か腰しか覆って居ない、極めて短いボトムを纏い、タオルを首から掛け、開け放った窓に腰掛けていた。


まだ季節は夏も大台を越えたばかり。昼間は結構暑い。かく言う私も麻の半袖に膝上丈の、横にスリットが入ったスカートという涼しげな格好。エリィは少し大胆過ぎる、というか無防備過ぎると思う。いや、もし襲いかかられても大抵は何とかしてしまうのだろうが。


それにしたって、もう少し貞淑さを持っても良いと思うのよ、と心の中で愚痴る。


近付くと向こうも気付く。水差しをダイニングの卓の上に一度置き、隣に行ってみる。


風にあおられたエリィの髪が、ふわりと揺れ、柑橘系の、しかし何処か甘い香りがした。彼女の匂いである。


一応、自分は歳上でお姉さんにあたるのだが、どうしても頭が上がらない目の前の少女。


昨日は彼女と一緒にお風呂に入った。


前にも寮で入った事はある。しかし、一緒に入ったカルセラも、エリィも、自分も身体は使用人に洗って貰っていた。其れが当たり前だったし、これからもそうだと思っていた。・・・カルセラに関してはエリィに飛び掛かって、洗ってあげる〜、だとか言って暴走していたのだが。


だから、ミムルも連れずに風呂に二人で入った時、洗いっこをしよう、と言われたのは新鮮を通り越して、軽く混乱する羽目になった。


まあ・・・良かったけれども。


「ねぇ、エリィ?」


何時もはミムルが常に横に侍っていたり、スィラが一緒に居たりして、中々此処の所は二人きりになる機会は少なかった。


二人きりで無ければ話せない事は山程ある。


例えば彼女の知識。部屋にある自分の銃を思い浮かべる。


エリィに言わせれば、ぱーかっしょん・ろっく式?32ゲージ(位の)散弾銃、という。位と言うからには何か基準があるのだろうか。自分の物はエリィやカルセラが持っていた銃とは異なり、大きな鉛の球を撃ち出すのでは無く、小粒の細かい鉛弾をばら撒く仕様。


小粒と言っても、一つあたりの大きさは通常の弾の三分の一程の大きさがある。初めて撃った時は、弾けた食肉塊と、大きな音に驚いた。


だが、すぐにコレが有用な武器であると気付く。


多分、殆どの相手は当たれば一撃で致命傷になり得る。ゴッソリと抉られた肉塊が其れを物語っていた。


何より恐ろしいのはその攻撃性能。


二十メートル離れて試し撃ちをした。肉塊は吹き飛んだ。五十メートル離れて試し撃ちをした。鉛弾は何発も肉に食い込んでいた。


つまりは五十メートルまで離れた相手にも被害を及ぼすという事。弓より正確に、魔術より素早く。


銃自体はそこそこ大きい。両手で持たなくてはうまく狙えないし、撃ったら撃ったで結構大きな衝撃が来るからしっかり保持しなければならない。其れでも下手な魔術や弓よりも素早く構えて撃てるし、次弾も金属の筒を・・・かーとりっじ?を入れ替える事で素早く放つ事が出来る。


因みにこのカートリッジという物、見た目はこの銃身にぴったりとはまる太さで、後ろにらいかん?だとかいう小さなペレットの様な物を取り付ける出っ張りが付いている。


底に火薬を敷き、紙蓋を落として散弾と呼ばれる鉛の球を流し込む。少しキツ目に詰める事で、ジャラジャラと落ちない様にする。


カートリッジ自体は何度も再利用出来る。流石に磨耗、劣化するらしいので、永遠にという訳にはいかないけれども。


弾込めはすごく簡単。銃身は小さな金具を押し込む事で根元が折れ、銃身の最後尾が顔を出す。其処にカートリッジを挿し、元に戻して、撃鉄、もしくはハンマーというらしい部品をカチリと言うまで起こす。


後は引き金を引けばズドンとなる訳だ。


撃った後は熱くなったカートリッジを取り出さなければならない為、扱う時には左手には厚手の革手袋をする。コレは仕方が無い。


と、良く出来た機構だと思う。メアリー・アリソンの技術力の為す所が大きいとは思うが、幾ら加工に長けていたからと言って、こんな大仰な物をポンと作れる訳が無いのだ。


其処にエリィの存在が出てくる。彼女は明らかに"元から"古代武器を知っていた様に思えた。それもかなり詳しく。


もしかすると親がその発掘研究の関係者なのかも知れないと勘ぐっていない訳でも無かったのだが・・・彼女の親は近衛魔術兵団の元最上位二人。エリィが抜いた・・・回転弾倉式拳銃?にひどく驚いたらしい事から、エリィが幼き頃に古代武器である銃に触れる機会があった可能性は極めて低い。


では素朴な疑問。何故、エリィは古代の武器、ひいては銃の存在、構造、仕組みを知っている?


あんな物は頭の中にそもそもの考えが無ければ生まれて来ないだろう。


考えてみれば他にも色々と不可解な点は多い。


一つにその人格。こんな穏やかに見える家庭環境で育った人間にしては、あまりに冷めた・・・言ってはなんだが、荒んだ人格を持っている。


年齢相応の少女とは口が曲がっても言えない、言うならば"一度出来上がった物が歪んだような"人格を持っている様に見える。


そんな人は王宮にも領地にも居た。特に兵士に多く。


過酷な古代遺跡調査。特にうちの領地の南、西方軍管区においては、一度近衛魔術兵団員が決死の潜入を試み、壊滅した事例がある。それでも、その報告により齎された魅力的な情報に基づき、兵士達が度々侵入を試みている。


その度に、まるでゴミの様に増える人間の"残骸"。


殆どの兵士達は、例え生存し帰ってきても、そう繰り返していく内に心を患ってしまう。"片付け"をする後方支援要員ですら、だ。


そういった者は大体、突然発狂し感情的になるか、完全に無感情無反応になってしまうかの両極端。


圧倒的な力に蹂躙される絶望感。楽観的に古代遺跡に挑む者に与えられる物。


まさか彼女は此れまでの生でそんな心を病む様な経験はしてはいるまい。


彼女の感情は極めて希薄だ。


無い訳では無い。ただ、心の内で揺れ動くものの身体など動かせない。まるで水面も震わせる事も出来ない水面下の小魚の様に意味を為す物とはなっていないのだ。


感情という物は人間を動かす原動力だと自分は思っている。


飢えが人を前に進め、喜びが人を潤わせ、嘆きが人を立ち止まらせ、怒りが人を成長させる。


彼女は素の感情を殆ど覗かせない。此方が不審に思わない様に自然を装った表情はするも、それも何処か白々しささえ感じる。


考えている事が分からない。何を考えて、何の為に事を成しているのか。


全て理性で動く人間の何という不気味な事か。


話が逸れた。今は・・・古代の物の事を聞く。


「アレを銃って呼称したのもそうだけど・・・古代武器の事、最初から知ってたよね?」


そう問うとエリィは表情は変えず・・・少し目を泳がせる。何事かを思索する時の彼女の態度である。誤魔化すつもりだろうか。


少し眉を吊り上げ、虚言は許さないという意思を見せつつ彼女の瞳を覗き込む。


暫し睨み合いというには緩い、見つめ合いに近い状態が続く。


すると彼女の方が先に肩から力を抜き、ふっ、とからかう様な笑みを見せる。すっと窓際から離れ、卓の端に手を掛けながら半顔で振り返る。


「もし・・・」


其処に浮かべられていたのは張り付けられた薄い笑み。だが口元が釣り上がるのみ。その眼には少しも感情など浮かんではいなかった。


「・・・私がツィアの言う古代文明を滅ぼした古代人と言ったら・・・どうする?」


ひっ、と喉の奥から空気が漏れる。


その瞬間、彼女の周りがまるで陽炎の様に歪み・・・腸を掴まれているのではないかと思える程の威圧感が放たれた。


肌を撫でる悪寒と濃密な死臭を感じる鼻腔。


目の前に広がるは赤茶けた大地。


折り重なるえも知れぬ鉄塊。点々と転がる黒焦げた骸。


夕暮れでもあり得ない、見たことも無い様な、赤い空。


傾いた巨大な建造物が黒煙を上げ、中程から折れた長大な鉄塔が鎌首を擡げる。


そして一つ。崩れ原型を留めぬ物々の中で形を保っている建物。要塞にも見えるその登頂に見える人影。


その人物がゆっくりと顔を上げて・・・。


「(・・・エリィ?)」


死人の様な顔をした其れと目が合う。


まるで只の穴の様な瞳から溢れ出た"黒"が茜色の世界を埋め尽くして・・・。





「・・・っはっ!?」


呼吸も忘れていたのか、猛烈な息苦しさに襲われ、肺が求める儘に激しく新鮮な空気を呑む。


ふと周りを見回す。物音一つしない室内。窓から流れ込む夏の風が卓の上に広げられた敷物の端を捲る。


「・・・幻、覚・・・?」


どれ程の時間が経ったのか、エリィの姿は既に無かった。


あの光景は何だったのだろうか。


地獄。その中に立つ・・・間違いなくエリィ、エリアス・スチャルトナの姿。


生ける屍とも言えた風貌の彼女は、まさしく其処に立っていただけ。


その瞳は諦観と後悔に濡れていた。


あの白昼夢は何を意味するのか、すぐには分からない。だが・・・。


「・・・古代文明、を滅ぼした、古代、人・・・?」


途轍も無く突拍子もない事だ。だか、何故だか冗談とも思えない、ストンと冷静に納得する自分も心の中には居る。


いつの間にか、水差しの中の水には氷が浮かんでいた。


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