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傾国の姫  作者: 安田鈴
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第十九話

 部屋に戻り、侍女たちによって寝るための準備が整えられベッドにもぐりこむと、彼女達は一礼をしてから出て行った。

 後は寝るだけだ。いつもなら、疲れ果てて何も考えずに目を閉じるところだが、今日はそうはいかない。

 絶対にやることが…確かめなければならないことが一つあった。


「……シーナ!」


「何だ?」


 打てば響くように現れる美貌。

 なんだかんだとこの美貌に騙されて、それでも何とかやってきた。この鬼畜に逆らうだけの気力や根性がなかっただけだけど、だけど、今回の私の怒りは簡単には解けない……はずよ!!

 今日こそこの美貌のド鬼畜に打ち勝ってみせる!!……たぶん。

 心の中で熱い決意を持ちつつも、小心者の私がそれをぐだぐだにする一言を混ぜる。

 ……しょうがないよね、こればっかりは。前世からの引き継ぎの性根だもの。

 言い訳しつつ、きっ!と自称鋭い視線をシーナへ向けた。

「あんた……私に隠してたよね?」

 出だしはまずまず。しかしシーナの顔はニヤニヤ笑いからピクリとも動かず、まったく動じてない。

 そりゃそうよね。悪いことをしてるって自覚して、さらに酷いことしてるんだから。責められることさえ想定済みなんだわ。

 そう考えると、こいつドMかもしれないけど。

 ……ないな。ないない。

 責められることを想定して、さらにこっちを青ざめさせる事実を持ってるんだわ。

 …………待って、青ざめさせる事実って、何でしょうか?

 いやだー!自分で想像して自分で自爆したー!!もう聞きたくないー!!


「隠してることなら、山ほどあるな。言われるまで言わないが」


 そんな私の心の葛藤を見抜いているのか、あっさりと白状する。余裕のニヤニヤ顔で。

 ぬ、ぬけぬけと!

 いつかその顔にペンキ塗りたくってやるんだから!!

 額にバカとか書いて笑ってやるんだからー!!

 すでに心の中では敗北状態の滂沱の涙だが、私の希少な意地がシーナと対峙する私を踏みとどまらせた。

「い、言われるまで言わないのなら、しょうがないわ、言わせてみせるわよ!あんた、私の教育係になってたでしょ!?」

「ああ。それが?」

「……あ、あっさり認めやがって……。なんで!?」

「何が?」

「だから、何で教育係になんかなったのよ!?ていうか、あんた私の前世の後始末があるから、それが終わってから行くって言ってなかった!?」

「そんなものすぐに終わった。お前がこっちで誕生して一日もしないうちにここに来てたが?」

「だ、だったら私が五年も寝てるのを……」

「そうだな。いつ蹴り起こしてやろうか楽しみに待ってたぞ」

「うそ!?あんた、猫になってつい最近私のところに来たんでしょ!?」

「お前はもう少しその優秀な頭を使ってやれ。せっかくの宝なんだ、持ち腐れにすると後悔するぞ。……よく思い出せ、俺は廃嫡の話が流れてきたから、猫になって近づいたと言ったんだ。すでにお前の話が届くぐらいには、近くにいた。五年も…正確に言えば二年だが、お前の傍で教育係をしていた俺が、お前の自我を起こしたとなれば問題だろう。何でもっと早くやらなかったと言われれば終わりだからな。まあ、今みたいに周りに誰もいない時を見計らってもよかったんだが、せっかくの近づくチャンスを不意にする手はないだろう?」

「チャンスなんか潰れちゃえばよかったのに……」

「潰れても教育係として傍にいたがな」

「……教育係なんて今すぐクビにしてやるんだから!」

「もう遅いな。お前にはたっぷり、教育をした」

「ひっ!なに、なんなの、どんな教育したってのよ!?」

「……聞きたいのか?」

「き、聞きたくない!」

「そうか、聞きたいか。お前が無自覚に国を傾かせるための楽しい仕込だよ。ははは、お前が動けば動くほど傾国の女として名を馳せることになるぞ、愉しみだろう?」

「いやー!!信じらんない、ばかー!!」

 はっはっは、といつもの高笑いだ。刷り込まれた怒りと恐怖のトラウマ。ああ、振り絞った意地が消えてしまいそう。

 くらくらとする頭を押さえ、必死に怒りをかき集める。

 こいつのせいでレオヴィスに恥をかかせるところだったのよ。

 もしかしたらこの国の危機だったかもしれないのよ!

 あんなことで国を傾かせた女として、歴史に名を残すところだったかもしれないのよ!!

 そうよ、こいつのせいで!!!!

「なんでそんな教育しやがったんだ!!」

 言った……!言えたわ!たぶんもうこんな口二度と利けなくなるかもしれないけど、自分の中の最大の汚い言葉で怒れた!!

 心と体の言動不一致、返上よ!


「面白くなるから、だからだが?」


 ……ホントに……ホントに、こいつ、こいつ……!!

 もう心の中でさえ罵倒語が出てこない。

 負けは見えていた。確かに、最初から負けるとわかっていた。

 こんなド鬼畜ドSにド悪魔の死神なんぞに勝てるわけがないと、最初から確かにわかってた。わかっておりましたとも。ええ、そうですよ!

 畜生、私のかき集めた怒りと根性と意地と勇気と気力の集大成が、あんな、あんな一言に終わるなんて!!

 しかもなに、その不思議そうな顔は!せめてニヤニヤ笑ってなさいよ!!

 ええ、そんな答えが返ってくると予想してたわよ!それ以外のあんたの行動目的なんてないでしょうよ!!

 あああああ!!!!

 ……もう……無理だ……。


「……そうですね……」


 そんな言葉しか返せません。南無。

 がっくりと肩を落とした私をふん、と鼻先で笑い飛ばすシーナ様。

 こいつを黙らせることができるやつ、大募集です。

「……それで?」

「……何がでしょうか」

「それだけか?お前が俺に聞きたいことってのは」

 意気消沈した私に残されたものはただ一つ。疲労だ。

 もう、寝ていいですか。

 私の心の声をシーナは聞いた……が、しっかり無視された。

「根性出せ。お前にはまだ有り余ってるはずだ」

「有り余ってるって何よ!あるわけないでしょ、さっきので絞りつくしました!」

「なら作り出せ。やれ。やれなくてもなんとかしろ」

「や、やれないのになんとかできるわけないでしょー!?」

 酷い!まるで崖まで追いつめて「飛べ。飛べなきゃ殺す」って言ってるのと同じよ!

 ド鬼畜野郎め!!

 涙をにじませながらその美貌を睨みつける。

 いつか、いつかきっと……!

 もはや妄想すら浮かばない未来を夢見て、瀕死の心を立て直した。

「それでこそ俺の玩具だ。最高傑作だよ。お前の人生の最期に褒めてやるからな、楽しみにしてろ」

 そんなもの、全力で遠慮します!

 神様に捧げる怒りの結晶をまた一つ手に入れた。これでいくつだっかしら。三つ?あら七つまであと少しね、簡単に集まりそうよあはははは。

 集めてはいけないものを集めている自覚は……心の隅にある。でも必要といえば必要なんです、これ。

「……えーと、私の教育係になったのが面白くするため、でしたっけ?面白かったですか?」

 半ば自棄になって聞いてみれば、シーナは極上の美貌にこれまた極上の笑みを浮かべてくれた。

「ああ、最高だった。お前はホントに俺を愉しませてくれる、最高の女だ。ぞくぞくする」

 ぞくぞくですか。

 最高の女ですか。

 ……なんでだろう、誰もが見惚れる美貌の男にこれほど評価されて、女として誇っていいはずなのに涙が出そうになるのは。

 ああ、嬉し涙ってやつかしら。ハハ、そんなもの出やしないと思ってたよ。

「お前にはまだまだ愉しませてもらうための教育がしてある。そのために五年もお前の傍で教育係なんぞやったんだ、しっかりその成果を出してもらうからな」

 にっこりと笑うシーナに、だいぶ引きつった笑顔を返す。

 ……五年ももう調教されてたんだ……無駄な抵抗って、こういうことね。

 シーナは遠くを見つめる私の顎をつかみ、滴るような甘い笑みを浮かべてくれた。


「……お前には期待してるんだ。壊れないように俺が優しく守ってやるから、お前は俺を存分に愉しませることだけに必死になってろ」


「……」

 思わずはい!とハートマークをつけてしまいそうな、凶悪な笑みだった。

 この男、もはや私の弱点じゃないところも弱点にできるのか!恐ろし過ぎるぞ、究極兵器!

 身震いする私を満足そうに見下ろし、シーナはその姿を変えた。

 現れたのは、見覚えのある美の付く黒猫だった。

「シー!」

「……前と変わらない猫の姿だからな、その名前でもいいし、猫だから抱き上げたって変じゃないんだがな……やっぱりお前、変なところで根性あるな」

「ああ、このもふもふ!たまらん!つやつやサラサラ、素敵すぎる!」

「……お前、俺が俺だってこと、理解してるんだろうな?」

「ナルちゃんだから猫になっても美形!なんなの、このふにふにした肉球!たまらんたまらん!」

「……おい。一応、俺は男なんだからな?女になれるが、男なんだぞ?」

「尻尾はするんってなるし、耳はピンと立ってるのに柔らかいし、ああ食べちゃいたい!」

「食べるなよ?噛むな、口に入れるな、口を近づけるな!」

「今日はぎゅーっとしながら一緒に寝ようね、シーちゃん!」

「お前に貞操観念ってものはないのか!?俺は男だと……!おい、聞いてるのか!?」

「おやすみ、シーちゃん……」

「も、もう寝やがるのか、この女は!」

 その後も何か叫んでいるようだったけど、私にはもう限界です。

 とりあえず今日は寝させてください。明日また聞きまーす。

 ぐうぐう。




 次の日、私の周りはユーリトリアへの支度で大変忙しい中、私個人は勉強以外特にすることもなく、時折身の回りのもので持っていく物を確認されたが、別にこだわりもない私は本当にすることがなかった。

 そしてそんな暇人の私に、一日つきっきりでいたのがシーナだったわけだが……

 記憶が一部なくなってしまうくらいの恐怖の一日だった。

 猫の姿の時はあんなに可愛いのに、と呟いたら、なぜか一瞬黙り込んだけど。その後身も凍るような恐怖の笑顔を浮かべてくださいました。怖いよ、シーナ様。

 まあいいや。とにかく、ユーリトリアにいざ!

詰め込み過ぎた感が……

うーん、時間があればもう少し見直したいと思います。

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