第十七話
私がしばらく二人を見送っていると、後ろで小さな咳払いが聞こえた。
そういえば……
ちょっと顔を引きつらせながら笑顔で振り向くと、相変わらずリィヤは何かを期待するような目でレオヴィスを見ていた。
リィヤはレオヴィスに何か言わせたい、もしくは行動してほしいんだろうけど……
ぱちぱちと不思議そうに私が瞬きすると、その視線を感じ取ったのか、リィヤはごほん、と先ほどよりも大きな咳払いでその場を取り繕う。
「……ユリフィナ王女殿下、よろしければ途中まで御一緒させて頂いてよろしいですか?」
待っていてくれたんだろうし、ここで断るのは昨日と同じ理由でできない。
女って便利だけど不便だ。
「ええ、もちろん喜んで」
にっこりと笑うリィヤに、にっこりと笑い返す。
リィヤも私が断れないのを見越してるんだろうし、ちょっとくらい笑顔に嫌味を込めたって許されるわ。
レオヴィスはそんな私達を、無表情ながらもどこか呆れた顔で見ていた。
「……お前たちは似た者同士だな」
ぼそりと呟く。
むむっ、聞こえたわよ!それって悪口でしょ!
……でも昨日のリィヤの姿を見ていると、どうにも反論する言葉が出ない。あの振り回され具合といい、こうして腹の内を探りながら隠すことといい、なんだか……ね。
お互いじっと見つめあい、何かを感じ取ったのかリィヤは小さく頷いてくれる。
ふ、ふふふ……あのド鬼畜野郎様さえいなければ、リィヤを笑ってやれたのに。
他人事として面白可笑しく笑っていられたのに、あの、あの死神にさえ目を付けられなければ……!
ため息を吐いてから、気を取り直して話しかけた。
「……レオヴィス…様はスリファイナへは今回が初めてなのですか?」
ちらりと周りを見ると、侍女たちは私達が一緒に歩き始めたためか、少し離れて歩いている。
とはいえ会話が聞こえない距離ではない。別に昨日庭園で会ったことがバレたところで大した問題はないのかもしれないが、レオヴィス側にはあるかもしれないので、一応初対面だとして話をする。
レオヴィスは周りにはそれと気づかれないほど小さく微笑んだ。
「レオヴィスでいい。主国と属国の関係とはいえ、私と貴方とでは身分にほとんど差などない。歳も近いことだし、仲良くしてくれると嬉しい」
目を細めて、慣れない様子で笑うレオヴィスに、またもや私の心は不覚を覚える。
な、なんなのこの破壊力は!笑顔だけなら、どう考えたってシーナの美貌の究極兵器が一番のはずなのに、この物慣れない端正系美少年の恥じらうような笑顔になぜ私まで照れる!
顔には極力出さずに悶絶している私の視界に、リィヤが小さくガッツポーズをしている姿が映った。
……なんなんだ、いったい。まあいいけど。
リィヤのその姿を見たせいか、心が落ち着きを取り戻し始めた。
「でも……失礼ではありませんか?私は女ですし……さすがにそのように馴れ馴れしくお呼びするのは躊躇われます」
うんいいよー、とは言えない。さすがにちょっと頭が悪すぎる。
周りにいる侍女たちがいなければ簡単に頷けたかもしれないが、今は自分から迂闊な言動をするのはまずい。
レオヴィスはそんな私の状況を知っているのか、一つ意味ありげに頷いて見せた。
「こう言っては失礼になってしまうかもしれないが……友が欲しいのだ。周りにはあまり年の近い者もいなく、加えて私の立場が人をそういう風には見せてくれない。唯一心を許せる者がこのリィヤだけで」
うんうん、それは寂しい。
私も前世の時は表面上だけでいいから友達は欲しいって思ったもん。親友って呼べる子も欲しかったけど、どこまで踏み込んでいいのか、重く感じられたらいやだな、とか考えていたら友達以上親友未満みたいな微妙な関係ができた。
……ホント、ある意味それなりの人生じゃなくて、絶妙な人生だった気もする。
まあそんなことはともかく。
ということはレオヴィスは、今のところまともに話もできない人間関係ってことだ。
上辺だけのお世辞に、友情。心の中じゃなんて思われてるか、みたいな。
……うーん、いやすぎる。私なら嫌。だったらいらねーよ、って思っちゃう。ま、私は自他共に認める小心者なので、思うだけで行動できないんだけどさ!
可哀想だ。協力してあげたい。なんたって、あの笑顔を間近で拝める機会が増えるかもしれないし!
私の邪すぎる心を知ってか知らずか、レオヴィスはどうだろう、と視線だけで問いかけてきた。
「……あまり私から進んでお返事するのは、よくないことなのかもしれませんが……お話し相手になれるのは嬉しいです。喜んで。ですが、やはりレオヴィス…とお呼びするのはとても親しい者がするものと思います。今はまだお許しください」
にこっと可愛らしく微笑んでみる。
人目があることだし、これが妥当なとこだと思うんですけど、どうでしょう?
私の心の声にレオヴィスが頷いた。
「それで構わない。明日……は、きっと支度で忙しくなってしまうな。では帰りの道中、貴方とお話しできるのを楽しみにしている。……話しているうちに分かれ道になったようだな。では、私達はここで」
「はい。私も楽しみにしてますね。おやすみなさい」
私が何気なく付け足したお休みの挨拶に、周りの侍女、そしてリィヤにレオヴィスまでもが目を見開いた。
な、何?え、私なんかやらかした?さっきアーサー達の時はそんな反応、しなかったのに!
その説明を求めて戸惑いながら周りを見回す。
……リィヤ、いったい何でそんなに嬉しそうなの。隠れてるつもりなんだろうけど全然そのガッツポーズ隠れてないよ。
…………侍女さん達、ざわざわした感じ、やめて。何かに戸惑ってるのはわかるけど、説明して、説明。貴方たち以上に戸惑ってるのがここにいるのよ。
……………………えーと、レオヴィス?あの、顔真っ赤だけど……大丈夫?
いやな予感だ。
これで嫌な予感以外の予感がする人間がいたら奇跡だ。心が清過ぎるか、頭のネジがいかれてるか、どっちかだと思う。
これ……どういう運命の伏線なんだろうか。地獄?天国?
死神に憑かれてる以上、地獄か地獄に近い天国なんだろうけど。ああ、どっちにしたってろくなもんじゃないな。
だんだん顔が引きつってきた私に、一人の侍女がそっと私に耳打ちした。
「姫様……あの、ですね……従者や侍女、身内の者ならともかく、おやすみなさい、と異性の方に挨拶するのは、夫婦の誓いをした者がするものなのです」
はぁ。夫婦の誓いをした者ねぇ……
…………………………………んん?
なに。ということは、よ?
たぶんこんなに言いづらそうにしてるってことは。
そういう……意味なの?え、まさか!?
「……姫様、お早く誤解をお解きください。でなければ、今ではなくとも将来婚姻の気があるとみなされてしまいます」
や、やっちゃったーーー!!!!
素早くぶんぶんと首を振るが、声が出ない。
あああああ、こんな時に何やってんの私!心の中でどんなに叫んだって否定しなきゃダメなのよ、意味ないのよ、今こそ心と体の言動不一致の汚名を返上しなければならないのに!!
いやいやいや待てよ、私五歳なのよ、子供が子供に求婚したからって本気にすんじゃねぇよ、大人ども!
必死に心を落ち着けて深呼吸を繰り返す。
すーはーすーはーすーはー。
……うん。みんな早とちりしすぎ。そんな気があるわけないじゃないの、私もレオヴィスも。
まだ私五歳よ?
あっちだって十歳ぐらい?
ないでしょ、さすがに、ねぇ?
…………あれ?
レオヴィスも顔の火照りはまだ少し取れないものの、落ち着きを取り戻して私の顔をじっと見ている。
リィヤはにこにこにこにこと何を納得してるのか、一人頷き続けている。
侍女は少し顔を引きつらせて、私の言葉を待つように手を祈りの形に握りしめていた。
………………………あら?まさかみなさん、本気なんですか?
私、五歳にして前世でも経験のないプロポーズとやらをしてしまったようです。




