1 信長に憧れた少女
初めまして。記念すべき初投稿となります!
この度は、拙いお話をお手に取っていただき、ありがとうございます。実在の人物が登場いたしますが、私の脳内のフィクションでございます。何卒ゆる〜くご覧いただければと存じまする…┏○))
『鳴かぬなら、殺してしまえ、ホトトギス』
小六の玲奈は、その言葉を聞いて首を傾げた。
「……なんで?」
テレビの画面には、戦国武将・織田信長の肖像画が映っていた。
緑色の着物、鋭い目、どこか近寄りがたい表情。
アナウンサーは、信長の苛烈な性格を説明していた。敵には容赦せず、古いしきたりを壊し、天下統一を目指した男。恐ろしいほどの決断力を持つ一方、常識にとらわれない人物だったという。
若い頃は「うつけ者」と呼ばれていたらしい。
うつけ者って、なんだろう?
けれど、玲奈が気になったのは、そこではなかった。
「ねえ、お母さん」
「なあに?」
「信長って、そんなに怖い人だったのかなぁ?」
台所から返事があった。
「大昔の人だからねえ。今の怖いとは、ちょっと違うんじゃない?」
「でもさ、怖いだけだったら、みんなついていかないんじゃないかなぁ?」
母親は、洗い物の手を止めたらしかった。
「うーん……そうかもしれないけど、本当のところは誰にもわからないよねぇ」
玲奈は、テレビの中の信長を見つめた。
戦国時代、刀を持った武将たちが領地を奪い合い、命を懸けて戦っていたゲームのようなゲームじゃない世界。
今の時代に生きる玲奈からすれば、どうして戦う前に話し合わないんだろうと思ってしまう。
そんな世の中で、信長は何を考えていたのだろう。
ただ怒鳴って命令し、逆らう者を斬り捨てるだけの男だったのかな?
もしそうなら、なぜ彼のもとには、あれほど多くの人間が集まったんだろう?怖いだけの人なら、みんな信長についていかないよね、きっと。
子どもにはちょっと難しい話だった。
それでも、玲奈の胸には、小さな疑問が残る。
「……本当は、どんな人だったのかな」
それが、すべての始まりだった。
*
玲奈は、何でも興味を持つ子どもだった。
新しいものを見つけると、すぐにやってみたくなる。
ピアノ、そろばん、暗算、習字、剣道、柔道、合気道、空手、弓道、日本舞踊にバレエ、体操、スケート……。
思い返せば、ずいぶん多くの習い事を経験してきた。お父さんお母さん、ごめん。
最初のうちは、どれも楽しかった。剣道では、竹刀を握って夢中で打ち込んだ。弓道では、弓を引くときの緊張感に惹かれた。
柔道や合気道では、自分より大きな相手の身体が、力のかけ方ひとつで倒せる事に驚いた。
バレエや体操では、思い通りに身体を動かす難しさを知った。
けれど――。
しばらくすると、気持ちは別のものへ移ってしまう。
ピアノは難しい曲に進む頃に辞めた。
習字は、何枚も同じ字を書くのに飽きた。
武道も、新しい技を覚えると、別のことが気になった。
バレエも体操もスケートも、夢中になった時期はあったけれど、ずっと続けることはできなかった。
「玲奈は、ほんとに飽きっぽいねえ」
そう言われるたび、玲奈は笑った。
「だって、ほかにも面白いことがあるんだもん」
けれど、途中で辞めたからといって、経験まで消えてしまうわけではなかった。
竹刀を握った感覚、弓を引いたときの緊張、畳の上で受け身を取ったときの衝撃。
そうしたものは、身体のどこかに残っている。玲奈は、それでいいと思っていた。いつか何かの役に立つかもしれない。
そんなふうに考えながら、次の興味へと向かっていった。
*
中学生になった頃、玲奈は日本の歴史に夢中になった。
最初は、やはり織田信長だった。図書館で子ども向けの伝記を借りた。読み終えると、また別の本を借りる。
信長の本を読み、戦国武将の本を読み、戦のあった場所や城の名前を調べた。信長について知れば知るほど、今度は彼の周りにいた人々が気になった。
豊臣秀吉。
徳川家康。
明智光秀。
斎藤道三。
そして――帰蝶。
信長の正室とされる女性だった。後世には濃姫とも呼ばれている。けれど、それが本当の名前なのかも、はっきりとはわかっていない。美濃から来た姫だから濃姫と言う説もあるらしい。
玲奈は、帰蝶について書かれた本を探した。
信長については多くの逸話や記録が残っているのに、帰蝶の生涯については、はっきりしないことが多かった。
どんな性格だったのか、夫である信長とどんな関係を築いていたのか、信長が天下統一へ向かって進んでいく間、彼女はどこで何をしていたのか…。
その後、どう生き、どんな最期を迎えたのか、確かなことは、思っていた以上に少なかった。
歴史に名前が残っているのに、その人自身の姿が見えてこない。
記録に残らなかっただけで、帰蝶にも喜びや悲しみがあり、迷い、怒り、誰かを大切にした日々があったはずだ。
ただ「信長の正室」という一言で、その人生を片づけてしまっていいのだろうか。
玲奈はそこに惹かれた。そしてある日、ふと考えた。
もし自分が帰蝶だったら。今の私と同じ歳で会ったこともない男のもとへ嫁ぐことになったら。
その男は、後世に恐ろしい人物として語り継がれることになる人。(帰蝶は知らないけれど)
自分ならどう思うだろう。怖いだろうか、逃げたいだろうか。それとも、実際に会ってみれば、噂とは違う何かが見えてくるのだろうか。
想像は、いつしかどこまでも広がっていった。
一一玲奈は、まだ知らなかった。
まさか自分自身が、その「帰蝶」として生きることになるなんて。




