4-8.その後
4-8.その後
見る見るうちにラヘルは土気色になっていく。既に視線はあらぬ方を向き、全身の筋肉が力を失っている。
「致死性毒を奥歯に仕込んでいたかな?」
デリヴァは、伯爵を仰ぎ見た。
伯爵は目を伏せて首を振った。デリヴァも黙って頷いた。
伯爵が指示をすると、ラヘルは特に処置もないまま、牢に運ばれ、毛布を掛けられた。
「ありがとうございます。朝までもう一眠り致しましょう。」
伯爵がそう言い、襲撃の仕置きはお開きとなった。
デリヴァも魔法行使や緊張で疲れがあり、起きたのは昼過ぎであった。
何も知らずにぐっすり寝ていたルイザが、お昼ご飯に呼びに来た。大捕物に参加しなかった彼女は血色も良い。
「あ、さすがに起きるよ。昼まで寝かせてくれたんだね。お気遣いありがとう。」
デリヴァは昨日の機敏さはどこへ置いてきたのか、のそのそとナマケモノのように動いた。
「お肉たっぷりのビーフシチューですよ。」
「おお!すぐ行く!」
駆け出しそうなデリヴァはルイザにあっさり捕まった。
「だーめですよ、パジャマのまま御館様の前に出る貴婦人がありますか。ワンピースで良いから着替えて下さい。ほらほら、髪もとかします。デリヴァさんは美人なんですから、ちゃんとしてなきゃダメです。」
「そんなぁ。昨夜は頑張ったのに。」
「ロミルダさんから伺いました。ラヘルさんだったんですね。おお怖い。デリヴァさんのおかげで捕まえたんでしょ。」
「まあ、私はザシャさんに待ち伏せをお願いしただけだよ。」
「思えば、ラヘルさん、スープをこぼしたり、様子がおかしかったですもんね。全部お見通しだったんですか?」
「いや、全然。私も顔を見て驚いたくらいだよ。正体は分からなかったな。今思えばそうだったんだ、って思うくらいだよ。」
「へえ。そうなんですね。何でもお見通しかと思ってました。」
おしゃべりしながらも、ルイザはてきぱきとデリヴァの寝間着を剥ぎ取ってワンピースをかぶせ、さっさとブラッシングを終えてしまった。
「口紅塗るだけでお化粧完成なんて反則過ぎでしょ。どんだけお肌綺麗なんですか。」
「うーん、あまり私はそういうことに関心がないんだ。」
ルイザのおかげで身支度を終えると、遅めの昼食には伯爵夫妻やニコラ様、ザシャもいた。
「おはようございます。こんにちはかな。」
「おはようございます。デリヴァ様。昨夜はありがとうございました。」
ニコラがわざわざ立って頭を下げた。ザシャも同じ動きをした。
「いえいえ。お役に立てて何よりです。ビーフシチューと聞いて飛んできました。」
昼食会が始まった。
主としてザシャの武勇伝を聞く流れになり、ザシャの口から、予め眠りのお香を予防する飴を用意してもらっただの、ベッド入れ替え、鎖帷子、レイピアの準備などを指示されていたことが報告され、ニコラが驚くやら伯爵が唸るやら、婦人が感心するやらしていた。当のデリヴァは黙々とシチューを口に運んでいた。
「こちらは御館様からです。」
ルイザが赤ワインを注いだ。
「退治もしたからお昼からだけど、良いかな?」
デリヴァは満足そうに赤ワインのグラスをくゆらせた。
「ところで。ツルツル、とツルリ下敷きってどう違うんですか?」
ザシャが聞いてきた。
「あー。ツルツルは天井裏全部とか、部屋の床全部の摩擦を殆どなくすんだけど。味方を巻き込んだので反省しまして。ツルリ下敷きは狙った対象のみ、床にツルツルの下敷きの上に乗っているような感覚になる個別の魔法です。猫獣人の時は、天井裏だったんで狙えなかったんですが、今回は、はっきり目視できましたしね。」
「なるほど。やっぱりデリヴァ様の魔法って地味に怖いです。」
ザシャが肩をすくめた。
「ラヘルはどうなったのですか?」
ニコラ様が伯爵に尋ねた。
「死にました。口の中に予め、噛んだら即死する毒を含んでいたようなのです。駆けつけた時にはもう、遺体の状態でしたから。デリヴァ様でもどうしようもなかったでしょう。」
モーンゼーンはデリヴァに視線を送った。
「あ、ああ。そうですね。もう私でも手の施しようがなかったです。」
デリヴァは合わせた。ルイザがチラリとデリヴァを見た。
「そうですか…。」
「本来なら、取り調べをして、指示した人間を聞き出さなければならなかったのですが。申し訳ないことです。ラヘルは半年前くらいに雇ったのですが。もう一度、経歴や紹介元を洗ってみますね。」
「ええ、お世話になっていた人がアサシンだったのはちょっと落ち着きません。」
「そうですね。当家の信用にも関わりますし、もう一度、使用人達の経歴を見直す必要がありそうです。」
モーンゼーンは頭をかいた。
「それと…。先ほど早馬が来まして。」
一同が伯爵を見た。
「アーダルベルト王太子殿下がそのまま王位に就かれたそうです。ライムント様は臣籍降下となり、教会で僧籍に入られるとか。ニコラ様も許されて戻ってくるように言われています。」
「まあ。もうゴタゴタに巻き込まれずに済むかしら!?」
ニコラが笑った。ザシャもほっとしたような顔をした。
「申し訳ございません。」
ルイザが赤ワインを溢れるほど注ぎすぎてこぼしていた。
「うわー!いっぱい注いだねぇ。」
デリヴァはサッとワインを流し込み、溢れないくらいにしてグラスを置いた。
「カナーイ伯爵家が王都まで護衛の馬車を出してくれるようですし、当家からも騎士団を派遣しましょう。ご安心を。」
モーンゼーン伯爵は、なぜかデリヴァに説明するように言った。
「じゃ、私はお役御免かな。」
「ありがとうございました。やっぱり、デリヴァ様は当家の福の神ですね。100年後と言わず、モーンゼーンにお越しの際は必ずお立ち寄り下さい。串焼きをたっぷり用意してお待ちしています。ぜひ、私の代の内に何度も。」
「ありがとうございます。この治癒魔法を覚えたいと願った時、忘れられてもかまわないと思ってたんです。でも、私、思ったよりさみしがり屋みたいです。300年掛かってやっと気がつきました。だから、モーンゼーン伯爵、ここは私の人間界のお家です。これからも良くしてくれたら嬉しいです。」
デリヴァは頬を赤らめて言った。
「こちらこそです。」
その夜も、慰労会になり、デリヴァはしこたまご馳走になった。
――翌朝。
ニコラ様は午後にはカナーイ伯爵家の実家の馬車とモーンゼーン伯爵の用意した騎士団の護衛で王宮に帰ることになった。そういうこともあり、デリヴァもここが潮時とまた旅に出ることにした。
――そろそろ、海の幸も食べてみたい。
デリヴァは旅装を整え、伯爵に御礼を述べた。
「ご一緒して下されば良いのに。」
ニコラは寂しがったが、王都と海辺は逆方向だった。
「今回は良いお仕事で、路銀も豊かになったので、ドメウ男爵領で牡蠣でも堪能するつもりです。」
「まあ、うらやましいわ。」
ニコラ、ザシャ、そしてロミルダ夫人とハグを交わした。
「ルイザ、君にも世話になったね。」
ルイザは別れを惜しんで目に涙を一杯ためていた。そして、少し長めのハグを終えると、デリヴァは耳元で、
「お疲れ様でした。」
と言った。
「え…?!」
困惑するルイザにパチリと片目をつぶると、みなに手を振って、デリヴァは、乗合馬車の待合所へと去って行った。




