130. 夜伽
「今日は皇太后陛下に、何を教わったんだ?」
重華が皇太后の指導を受けるようになってから、こうして訊ねるのもいつしか晧月の日課になった。
新しいことを学ぶのが楽しくて仕方ないらしい重華は、晧月にも楽し気に教わったことを話してくれる。
そんな重華の様子を見るのが、晧月もまた楽しくて仕方がなかったから。
だが、今日の重華は少しばかり様子が違った。
問いかけた途端、顔を真っ赤に染めて、俯いてしまったのだ。
いつもと違う様子に、晧月が首を傾げると、重華はようやくいつもより少し重い口を開いた。
「えっと、その、今日は、あの……よ、夜伽について……」
思いもよらなかったその言葉に、晧月もまた顔に熱が集中するのを感じた。
だが、それを振り払うかのように頭を振る。
「なんでまた……」
それはそれで、必要な知識なのかもしれない。
だが、晧月の認識では、重華が教わりに行っているのはそういったことではないはずなのだ。
「その、話の流れでまだ夜伽をしたことがないことを、皇太后陛下に知られてしまって……あと、その、私が夜伽について、よく知らないことも」
重華が知っているのは、夜伽が皇帝が妃との間に子を設けるために必要なこと、というだけだった。
そのために、具体的には何をすればいいのかは、よく知らなかったのである。
晧月は重華の育った環境を思えば、当然のことかもしれないと晧月は思う。
「それで、教わったのか?」
問えば、こくりと頷きが返った。
これは面倒なことになったかもしれない、と晧月は思う。
重華にはしっかり手解きをしておいたから、早く夜伽に召すように、皇太后がいつそんなことを言い出すかわかったものではない。
「でも、陛下は、嫌、ですよね?」
「何がだ?」
晧月は今しがた考えていたことが、読まれたのかと錯覚しそうだった。
だが、すぐに、重華がそこまで考えが及ぶはずはない、とも思う。
その晧月の考えは正しく、重華が問いかけたのは別のことに対してである。
「私が、その、夜伽をすることです」
「は?」
寵妃が夜伽をすることを嫌がる皇帝など、まずいないだろう。
もしそんなことがあったのなら、それは寵妃に見えただけで実際は寵愛を受けていなかっただけである。
「わ、私、その……陛下と柳太医のおかげで、見えるところの傷はほとんどなくなりました。で、でも、残ってしまった傷も結構あって」
長く放置され続け、きれいに治りきらなかった傷は、普段は着物で見えないところに今もその跡を残している。
きっと、そのことは晧月もよく知っていることだろう、と重華は思っている。
そして夜伽について皇太后から詳しく聞いてしまった重華は、晧月が重華に夜伽を命じない理由はその傷跡にあるに違いないと考えたのである。
「そんなことを気にしたことは、一度もない。俺がおまえに夜伽をさせなかったのは、無理強いしたくなかったからだ。だが」
晧月が重華の手を強く引く。
突然のことに抗う術など何もなく、重華は引き寄せられるままに晧月の胸にぽすんと身体を預ける形になった。
「あ、あの……っ」
「望むなら、今すぐにもさせてやろう」
おあつらえ向きに、ちょうど二人がいるのは寝台の上だ。
このまま重華を押し倒してしまえば、なし崩し的にはじめることも可能だろう。
晧月自身としては、本来思い描いていた状況とは異なってしまうのが、多少残念に思うところはあるものの。
「あの、あの、わ、私、その……っ」
一目で混乱しているとわかる重華の様子に、晧月はくすりと笑みを漏らした。
この展開は、重華としても、あまりにも予想外だったのだろう。
「ちなみに、俺にだって傷の一つや二つくらいあるぞ」
「えっ!?」
重華が驚いたように、晧月を見上げた。
だが、思ったよりもずっと近くに晧月の顔があって、慌てて顔をそらした。
耳まで赤く染まる様子に、晧月はまたしても笑みを漏らす。
「剣の稽古をしていれば、怪我をすることもあるからな。嫌になったか?」
問われて重華は慌てて首を振った。
「俺も同じだ。傷かあるかどうかなんて、些細なことだ」
そう言われると、すんなりと納得ができると重華は思った。
「あの、痛く、ないですか?」
どこにあるかさえわからないその傷を気遣うように、重華はおそるおそる問いかける。
「ああ。もう随分昔のものだからな。跡が残っただけで、なんともない」
「よかったです」
心底ほっとした様子の重華に、晧月からまた笑みが漏れる。
「おまえは?」
「私も、今はもう痛くないです」
「なら、もう何も問題はないわけだな?」
どこか含みのあるような笑みを浮かべて、晧月が問いかけた。
重華は素直に頷きかけて、途中で何かに気づいたかのように動きを止め、おそるおそるまた晧月を見上げた。
あいかわらずその距離は近かったが、今度は重華の顔がそらされることはなかった。
「え!?えっと、その、今、から……?」
晧月は決して嫌だと思っているわけではないようだ。
重華だって、決して嫌だと思っているわけではなかった。
それでも、展開の早さについていけない、と思ってしまうのを止められない。
そう思っていると、晧月が重華の肩に手をかけ、ゆっくりとその身体を自身から離した。
「さすがに今からはやめておこう。まだ、日も高いし、お互いいろいろと準備もあるだろう」
そう言いながら、互いに最も必要なのは心の準備かもしれない、と晧月は思った。
「今夜、ならどうだ?」
問えばまた、驚いたように目を丸くした重華の瞳が晧月を見つめる。
やはり少し性急だったかもしれない、日を改めるべきだろう、沈黙が長く続き晧月がそんなことを考え始めた頃だった。
重華は意を決したかのように、小さくはい、と言いながらこくりと頷いた。
今度は晧月が驚いたものの、できるだけ晧月はそれを表に出さないよう努めた。
「そうか、なら、また夜に来る」
「お……お待ち、しています」
頬を赤らめながらも真っ直ぐに見つめる重華の瞳を見ていると、晧月はこの後落ち着いて政務を行える気がしなかった。
そして、迎えたその日の夜。
「本当にいいのか?」
「はい」
「今ならまだ、止められるぞ?」
「大丈夫です。ただ、はじめてなので、その……上手くできないかもしれません」
重華はそう言うと、少し潤んだ瞳で晧月を見上げた。
「だから、陛下の……晧月様のよきように、してくださいますか?」
晧月は息を飲んだ。
「それも、皇太后陛下に教わったのか?」
「え?」
重華の反応から、すぐにどうやら違うようだと晧月は結論づける。
同時に、自身からどんどんと余裕がなくなっていくのを感じた。
「悪いな。何を言われても、もう止められそうにはない」
重華は乱暴に口づけられると同時に、自身の帯に晧月の手がかかるのを感じながら、その言葉に応えるかのようにゆっくりと目を閉じた。
― 本編(完) ―
これにて、本編完結となります。
ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。
こちらで掲載するのは本編のみですが、ネオページでは現在このお話の続編にあたるお話を第二部として執筆中です。
もし、そちらにも興味持っていただけましたら、ネオページで『皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる』を検索していただけますと嬉しいです。
ネオページでは、第3回ネオページ書き出しコンテスト大賞受賞の副賞として作成していただいた表紙画像も見ることができます。イラストレーターの海夏先生が描いてくださった重華と晧月も、是非見て行ってください!




