妻を兄のような男に任せるなんて無理だ
僕、アイゼルが宿の部屋に戻るとギリアムが扉の前にいた。
「クレア様はミアが介抱しているので、アイゼル様は私と一緒のこちらの部屋です」
さっきまでクレアと一緒だった部屋の隣の部屋に強制的に連れて来られる。
たぶんこうなるだろうとは予想していたが、クレアがこんなに酒に弱いとは知らなかった。
「城砦では、ミアの監視のもとで自室でたまに飲んでらしたようですがね」
侍女のミアの酒場でのクレアへの対応の手慣れた様子と自室でしか許可していなかった所をみると、クレアは相当に酒が弱いのだろう。
ギリアムの方がクレアのことを知っているのは癪に障る。
さっきも、僕に間違われたからとはいえ、クレアに腕に抱きつかれていた。
ギリアムが、酔ったクレアを抱き上げて部屋まで運んでいるし……。
「アイゼル様も酔われているようですね」
ギリアムが僕の様子に気付いて言う。
昔から、ギリアムの方がクレアのことをよく知っていて僕は気に入らなかった。
小さな頃に数日間一緒だっただけの女の子だけど、その後ずっと一緒のギリアムとの会話では何度も何度もクレアのことを話した。
「クレア様はアーモンドクッキーがお好きでしたね」
そんなことをまだ小さいギリアムが言った。
「なんでギリアムがそんなことを知ってるんだ!?」
僕は驚いた。
ギリアムはクレアと遊んでいる僕を見ていたけど、クレアと話したり食事したのは一回だけだった。
僕のお世話係として、遠くから見守って、人知れずにお菓子と昼食を運んでいた。
なぜ、そんなことをしていたかというと、僕がまだ辺境に来たばかりで人に対する警戒心が強すぎたからだ。
遠くから猫にエサをやるように同世代の子供に慣れさせようとしたんだろう。
結果として、僕とギリアムの仲は良くなったが、それは食事の配膳よりクレアの存在が大きかった。
ギリアムはずっとクレアのそばにいた僕よりも、おやつの何を先に食べたとか、僕と喧嘩した後にすぐに僕の方を心配そうに振り返ったとか、遠くから見ていたからこそ知っていることがたくさんあった。
クレアと別れて、なれない辺境の城砦に住んでいた小さな僕にはギリアムが僕の知らないクレアの話を知っていることが許せなかった。
何度も一方的のギリアムに当たり散らして困らせた。
成長してからはそんなこともなくなったが、今になってまたギリアムに嫉妬して当たり散らすなんてする訳がない。
ただ、何も話さずに背中を向けて眠るだけだ。
ふふっ
ギリアムの笑いが聞こえた気がした。
僕は起きてギリアムに向き直る。
「クレアは腕に抱きつくのは、恋人同士じゃなくてもやると思っているからな」
ギリアムはため息をつく。
「クレア様の警戒心の無さは本当にどうにかしないといけませんね」
僕以上にクレアのことを心配するのもギリアムだ。
「アイゼル様、巡礼宿でのことは聞きました」
厳しい口調でギリアムが言った。
「クレア様が宿を抜け出したとはどういう事なんですか! アイゼル様がついていながら何故そんなことになったのか、きちんと説明してください」
そのことは話す必要があるとは思っていたが、今、言うと僕が守れないのに嫉妬だけしてる無能にみえるな。
「巡礼宿でクレア様を連れ去った犯人のものと思われるマントを渡されましたが、クレア様が自分に届けて欲しいとは何故なんですか!?」
断片的な話だとこれは理解できないだろうな。
ぼくはきちんとギリアムに説明することにした。
◆◇◆
私、クレアは朝、目が覚めると頭が痛かった。
「二日酔いです、クレア様」
宿場町の宿にミアが来てくれていたんだ。
「……巡礼宿は酷い場所だったわ。いつもどれだけミアに助けられているかがよくわかった」
「あの場所は私がいてもそんなに快適にはなりませんよ」
それはそうなんだけど、ミアがいてくれるだけで心強いんだもの。
「クレア様、エドさんに合ったんですね。巡礼宿で洗濯されたエドさんのマントを渡されてびっくりしましたよ」
ミアがエドのマントを持ち出して言う。
「……ありがとう、ミア!」
私は頭痛がするからベッドに横になっていた。
ベッドの上にエドのマントを広げてもらう。
洗濯されて匂いはほとんど消えてしまったけど、微かにアイゼルと似た匂いを感じる。
扉がノックされて、アイゼルとギリアムが入ってくる。
「アイゼル……」
「クレアちゃん、そのマントは……」
アイゼルが何か言ってるけど頭に入ってこない。
「アイゼル……頭が痛いから少し眠るわ」
そう言って意識が薄れていく。
◆◇◆
目を覚ますとお昼を過ぎていた。
すっかり頭の痛みも引いている。
ベッドの横にはアイゼルがいて本を読んでいた。
『隠された皇子とメイドの愛』だ。
「アイゼルはその本が気に入ったの?」
こんな風に言うとアイゼルは普段なら嫌そうな顔をする。
けど今日はそんなそぶりを見せない。
「……気に入ったというか、読んでみたら、僕をモデルにした小説として意外な共通点があったから、気になって読んでしまったんだ」
アイゼルが感じる共通点ってなんだろう?
今度じっくり聞いてみなくちゃ。
「ねえ、宿場町の外にいっってもいい?」
私が言うとアイゼルが怪訝な顔をする。
「教会を見て来たいの。巡礼宿でホムンクルスを見かけなかったけど、ここの教会でもいないのか確かめたくて」
アイゼルは考える。
「ルークのことを考えたらホムンクルスの数を調べるのは必要かもしれないな……。わかった、行こう」
「アイゼルは目立つからダメよ。ギリアムと一緒ならそんなに目立たないし、行ってもいいでしょう?」
アイゼルの顔が笑顔になる。
「絶対にダメだよ、クレアちゃん」
言われそうな気がしてたけど……。
そういえば寝る前に掛けていたエドのマントがなくなっている。
「アイゼル、そんなに心配しなくてもいいのに、ギリアムとちょっと教会を見て来たらすぐに帰って来るわ」
私はギリアムとの子供の頃の出来事を思い出す。
「アイゼルと小さい頃に遊んだ時に、ギリアムがいつもお菓子を持って来てくれたでしょう? ギリアムはちょっと年上のお兄ちゃんでお菓子もくれるから、すごく大好きだったの。今もお兄ちゃんだと思っているの」
ガチャ
ドアを開けて、出掛けていたらしいミアとギリアムが戻って来た。
「ギリアム、クレア様が言っているのはお菓子が好きだったってことですからね」
ミアがギリアムに言う。
ギリアムは驚いている。
アイゼルが私の顔を自分に向けさせて言う。
「絶対にダメだ、クレアちゃん!」




