危険な継母、忍び寄る影【アイゼル編】
白い影に覆われた村を出て馬を走らせる。
日差しを直に注いでいた太陽が傾き、空は紅く染まろうとしている。
長く伸びてきた馬の影の先に都市の外壁が見えてきた。
マーシャルとルークが村の前に滞在していたのは、城砦の補給で使う小都市より西に位置する帝都に近い都市だった。
馬を走らせれば遠くはない。
だが、赤ん坊と女性を連れて移動するには無謀な距離に思えた。
男たちが全力で馬を走らせても、昼に出発して、荒野が夕日に染まり始めるまでの時間がかかった。
「よほど急いでいたんだな」
門の手前で馬を降りるとダリルが、マーシャルとルークの気持ちを代弁する様につぶやいた。
ダリルはぶっきらぼうで怖い印象があるが、人一倍、他人の気持ちに敏感だった。
僕も、道中を振り返り3人での移動を想像する。
マーシャルとルークの焦りと焦燥が伝わって来る気がした。
それだけで彼らの誠実さが証明されるようだったが、まだ信用するわけにはいかない。
この国の皇族の血を狙うものがいるのだ。
そのせいで僕は死んだことにされて、この辺境に隠れ住んでいる。
用心を重ねてもやりすぎと言うことはない。
馬を門にいる部下に預ける。
今回は領主として訪ねているわけではないから目立つ行動は避けたいが、彼らは信用できる。
外壁の門をくぐり、街に入る前に僕は目立たないようにフード付きの外套を羽織った。
城砦を出る時から簡素な平民に見える服を着ているのだが……。
「やはり目立ちますね、アイゼル様。私たちは隠れ家に行きましょう」
ギリアムが裏通りの方に足を向ける。
どうも従者達に言わせると、僕を平民と扱うのは無理があるらしかった。
「マーシャルさん達が泊まっていた宿屋は俺たちに任せてください!」
ロイスたち3人は門から真っ直ぐ、宿屋に続く大通りを歩いて行く。
僕は3人に任せて隠れ家に急ぐ。
空はすっかり紅く染まり、もうすぐ夜だ。
暗くなる前に着いておきたい。
正式な訪問なら副領主の邸宅など、滞在する場所はあるのだが、正式な訪問以外の用件も多い。
宿屋に泊まるにも、身分を隠しても不自然さが残る。
「宿屋など、アイゼル様がいらっしゃる場所ではありません」
とギリアムは言うが、隠れ家はもっとひっそりとしていて、貴族が泊まるのに相応しい場所とは思えなかった。
各都市に用意してある隠れ家は、定期的に場所を変え、門番がその都度場所を教えてくれる。
馬を預けるのと引き換えに、ギリアムが門番から受け取った隠れ家の鍵は、前回の訪問と同じ場所だと告げていた。
裏通りをしばらく歩き隠れ家に着くと、ギリアムが手慣れた様子で灯りを付け、食事の用意をする。
暗闇と静けさに身震いするような冷たさが、灯りが灯ると共に和らいだ。
門番には掃除も頼んでいるから、いつ訪ねても最低限の用意があった。
用意されている食事はさすがに日持ちのするものばかりだが。
そう言えば、朝、城砦を出発してから何も食べていなかった。
水代わりのビールを口にしながら、ふと頭に浮かんだ最後に口にしたもの——。
クレアのくちびるの感触が蘇り、カッっと身体が熱くなる。
いつも、クレアの為と一日中彼女の事を考えていたが、それは憧れで手に入らない幻だった。
今朝、キスした彼女は生身の身体で、温かかった。
質量を持ったクレアが僕の手の中にあったのだ。
あまりにクレアの事ばかりの自分に苦笑する。
「どうかしましたか、アイゼル様?」
「いや……」
ギリアムが隠れ家を一通り確認した後で、僕と同じテーブルに座る。
椅子は足りているが、広くない隠れ家だから、3人が戻って来たら窮屈になる。
「マーシャルさんたちについてですが、アイゼル様は何を疑っているのですか?」
ビールを飲みながらギリアムが言った。
「皇帝陛下のペンダントを持っていたのです。ターニア様が陛下のお子なのは疑いようがありません。皇帝陛下から直接ターニア様を託された彼らを疑うべくもありません」
ギリアムの言う通り、彼らの誠実さは分かった。
だが——。
「今、この6年目に彼らが現れた事がおかしいんだ……!」
クレアの継母の“呪いの言葉”で予告された6年目に現れた変化が彼らなのだ。
口の中でビールの苦味が強くなる。
白い影がクレアの”呪い“だと言い、6年間クレアを守れたら”呪い“を解く道もあるかも知れないと継母は言った。
城下町の一画を飲み込んで色を奪った白い影は、今も小さな村の生気を奪っている。
そして、現れたのが皇帝陛下の子のターニアだ。
皇帝陛下は僕の兄であり、ターニアは僕の姪にあたる。
ターニアのペンダントを握って居た小さな手を愛しく思い出す。
だが、彼女を取り巻く不穏な影にゾッとする。
母親と父親と引き離されたこの子も、”呪い“に巻き込まれてしまったのか。
——白い影の。“呪い”が皇帝陛下や僕、皇族の血に関わりがあるのなら。
”僕とクレアが近づく事で滅びる“と言う言葉も何かしらの意味があったのかも知れない。
それが、この皇族の子“ターニア”の出現というキッカケで解けるかもしれない事ともつながる。
——しかし、何故それをあの継母が知っているんだ——!
クレアは貴族令嬢だが、それほど皇帝に近い家柄ではない。
地方の一貴族で、皇帝が開く大きな舞踏会でもあれば呼ばれるかもしれないが、直接会える立場の家柄ではない。
継母の家も同じ立場だ。
それがどうして、僕も知らない白い影と皇族の血との関係を知っている!?
昔、僕の父が生きていて皇帝だった頃に開かれた舞踏会の事件。
皇帝が狙われた事で、皇族の血が狙われている事は推測可能だが、それと世間に出回っている白い影の噂が結び付けられるのか?
何かを知って居なければ2つは全く違う事象に見えるだろう。
だから、“クレアの継母は何かを知っている”、これは間違いないのだろう。
「クレアの——クレアの妹が皇帝陛下の子供を産んだのは偶然だろうか?」
僕は誰彼となくつぶやく。
「まさか!あり得ません」
ギリアムがはっきりと否定する。
僕の僅かに信じたかった可能性が、ギリアムの言葉に急速に萎んでいく。
『アイゼル様は何を疑っているのですか?』
と、ギリアムは言ったが、事情を知っている彼もやはり同じ事を疑っているのだ。
クレアの妹とは、つまり継母の娘だ。
クレアとは異母姉妹になる。
そのクレアの妹が皇帝陛下の子のターニアを産んだ。
つまり、ターニアは継母の孫に当たる。
6年後の予言をした女の孫が、偶然ではなく現れた。
これを仕組まれたと言わずに、なんだと言うのだ!
しかも、マーシャルはクレアの妹の友人だと言う。
継母ともつながっているかもしれない。
そして、マーシャルはあの事件の関係者でもある。
実態は掴めない。
だが、明らかに揃っていく不穏な事実。
継母への得体の知れない不気味さが危険を知らせている——。
やはり簡単にマーシャルとルークを信じるわけにはいかない。
クレアはマーシャルとルークを気に入っている様だが……。
クレアが気に入ってるのは、2人の仲で、見守っていると言うのが正しいような気がする。
ただ、ルークの事を考えると胸が痛んだ。
クレアとルークが城砦の庭園の東屋で2人っきりで会っていた。
見つけた僕は、嫉妬心が止められなくなった。
6年間、クレアとの形式的な結婚で、彼女に近付く事を自ら禁じていた時に、ギリアムやグレンがクレアと話しているのを見た時も嫉妬を感じていた。
けれど、それとは違う。
あの時は、自分が近づけないクレアに近づく事が出来る2人が羨ましいかったんだ。
例えギリアムとグレンがクレアを好きでも、クレアが彼らを好きになるはずはないと思っていた。
しかし、ルークに対しては、クレアを取られてしまう様な不安があった。
ルークが想いを寄せているのは明確にマーシャルだ。
東屋でルークはクレアにマーシャルの事情を語って、マーシャルへの誤解を避けようとしていた。
その誠実で真っ直ぐな態度に、クレアが惹かれている。
クレアが、マーシャルとルークに見ているのは純粋な2人の愛なのだろう。
——それは僕がクレアに与えてあげられなかったものでもあった。
ただ、隠して居ただけでずっとそばにあったものなのに——
コンコン!
ドアがノックされ、宿屋に行っていた3人が戻って来た。
手にはそれぞれ新鮮な食事を抱えている。
マーシャルとルークについて、どんな話しが聞けたのだろうか?




