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街を飲み込む白い影と継母の呪い【アイゼル編】

※本話はホラー要素を含みます

 結婚式の当日に僕はクレアと再会した。


 忙しさでほとんど話す事は出来なかったけど、想像以上に綺麗になっていたクレアを前に、僕はただ何も言葉が出て来なかっただけだった。


 幸せそうな顔で僕を見つめるクレアと、同じ顔をしているであろう僕の間には、言葉は要らなかった。


 辺境の都市にある城は、僕の父の居城になっているが、僕自身は人目を避けて遠い城砦で暮らしている。

 殆ど訪れた事のない城の端で、ふと外を見ると、城下町に異様な一画があった。



 うねうねと白いものが動いている。

 煙かと思ったが、空に立ち昇る様子はない。


 よく見ると、うねりの一つ一つが人の身体の様な形をしている。

 シーツに包まれた白いお化けが何体も動き回っている様だった。


 ——白い影。


 報告はあるが実態の掴めていない、不思議な現象を思い出す。


 どこからともなく現れた白い影が、人や物を家ごと飲み込んで連れ去ってしまう——。


 白い影にまつわる噂は、そう言うものだった。


 現実に現れた白い影が動いている街の一画は、見る限りどんどん消えていく様な気がした。


 唖然と見つめる僕の横に、いつの間にかクレアの母がいた。

 クレアに似てとても綺麗な人だが、継母だと言う。


 ……彼女が、クレアに対して冷たい事は調べて知っている。


 この結婚で継母から離れて、クレアに明るい笑顔を取り戻して欲しいと言うのも、僕の願いの一つだった。


「あら、また出たのね。……あの白い影はクレアにかかった呪いなのよ。あなたに選ばれた事でずっとあの子は呪われている——」


「——呪い!?」

 思いがけない言葉に僕は声を荒げていた。


 僕に選ばれた事で呪われたとは——、ハッとする。


 皇帝の弟である僕は、皇族を狙う何者かから逃げる為にこの辺境の地に逃がされた。

 人目を避けて、人里離れた城砦でずっと暮らしている。


 まさか!? 僕を狙う者が彼女をも狙っているというのか!?


「可哀想に、クレアとあなたが近づけば近づくほど、白い影はあなた達を滅ぼそうとするでしょう」

「!!?」


「私達はもう限界なの。あなたが6年間クレアを守れたなら、もしかしたら呪いが解けるかもしれないわね——」

 クスッと笑いながら付け加える。


 クレアの継母は呆然とする僕を残して去って行った。


 ——考えていなかった!

 僕を狙う者たちがクレアをも危険に晒すなんて!


 結婚式の始まる前だと言うのに、僕は城を飛び出していた。

 僕に気付いて驚いて止めようとする召使いもいたが、構わずに全速力で走る。

 アレが何なのか、確かめなければクレアが危ない——。


 目的地に着いた僕はまた呆然と立ち尽くす。

 城から見えた白い影に覆われた一画は、正気を吸い取られたように色を失っていた。

 いや、薄くなっていると言うのが正しい言い方かもしれない。

 何もかもが色褪せて見える。


「……」


 人が立っているのが見えた。

 奥には遊ぶ子供たちと、こっちに向かってくる青年がいる。


 人がいたのかと思いホッと青年を見る。

 ゆらりゆらりと近づいてくる足取り——僕は恐怖した。

 やはり色褪せて見える姿には正気がなかった。

 顔が全て影に覆われたように霞んで表情は見えない。


 白い影は跡形もなく消えていたが、ここに生き物の気配はなかった。


 どこからともなく現れた影が、人や物を家ごと飲み込んで連れ去ってしまう。


 ——あの噂は本当だったのだ。


 僕は膝から崩れ落ちるような感覚を味わったが、青年が横をすり抜けて行く気配に、彼を目で追った。


 僕の立っていた所は白い影に覆われていない場所だった。

 建物は正気を失ってる区画と同じ木で出来た簡素な作りのものだが、こちらからは木の温もりがあり生気があった。


 そばに小さな商店があり、店主と客がこの場にそぐわない僕を見て驚いている。

 ただでさえ貴族は少ない場所だと言うのに、今日の僕は結婚式でなおさら派手な格好をしていた。


 ——だから、僕は彼らが近づく青年の異様さに気付いていないのだと思った。


 しかし、彼らは青年が近づくと何やら談笑しだした。

 もしかしたら僕の事を話題に笑っていたのかもしれない。


「なんだろうねぇ、こんな所でお貴族様があんな格好で」

「今日は城主様の次男の結婚式だって言うから、まさか本人じゃないだろうねぇ」

「ははは、まさか!」


 そんな話題を、その生気のない青年と交わしているのか!?


 僕はくっきりと色の分かれた区画に目をやる。

 彼らにはこの区画の差が見えていないのか?


 白い影の噂はあっても実態が掴めなかった理由はこれなのか!?


 ふと見ると、正気のない子供達の中に男の子が混じっていた。

 一人だけ楽しそうに笑う男の子の声が響いた。

 一緒に遊んでいる子供達は規則的な動きを繰り返すだけで、笑ってもいない。


「あははははは」


 別の区画から来たのだろう。

 楽しげに笑う男の子には何が見えているのか——?


 恐怖が全身を駆け上り、衝動的に走り出していた。


 青年に、店主は何やら持たせる仕草すると、青年は僕のいた方に戻って動き出す。

 買い物をした青年は何も持っていない。


 背後では、やはり急に走り出した僕を訝しげに見る店主と客がいる。

 彼らは青年の行動に疑問を持っていない。

 そして、店主は何を青年に持たせたと言うのだ!


 幽霊のように正気を無くした者たちと、彼らに何の疑問も持たずに接する住民たち。


 一体これは何なんだ!!?


 僕は気付くと城に戻っていた。

 華々しく煌びやかな装飾が施されて、結婚式当日なのだと思い至る。


 クレアに結婚は中止だと言わなければ……。


 上手く働かない頭で考える。


 あの白い影が、僕を狙う者達によるものなら、早くクレアを僕から遠ざけないといけない。

 


 遠く楽団の演奏が聞こえる。

 ひどく楽しげな曲にみんなの笑い声が重なって陽気な雰囲気を作り出している。


 今朝までの僕は、この陽気さでクレアを迎え入れようとしていたんだ。

 ただただ嬉しくて、待ち遠しくて、ただ会いたくて……!


 なんて事を……!


 何も考えていなかった。

 僕自身の立場も、何も知らないくせに、君を危険に晒していたなんて!!


 ゆらゆらと、さっきの青年のような足取りで僕は歩いていた。


『私達はもう限界なの。あなたが6年間クレアを守れたなら、もしかしたら呪いが解けるかもしれないわね』


 クレアの継母の言葉がふと浮かんだ。


 彼女の言葉がそのまま信じられるとは思わない。

 ただ、僕も実態のない“呪い”によって生き方を変えられた。

 “呪い”はずっと僕のものだった——。


 結婚式の当日だ。

 クレアとの結婚を今更止められる訳がない。

 結婚式当日に結婚を止められたと悪評が立てば彼女はどうなる?

 あの継母のいる家にクレアの居場所はないんだ。


 6年間——。

 継母は言っていただろう。

 6年間クレアを守れたら呪いは解けると。


 あの白い影が何なのかは分からない。

 ただ、僕が彼女を守れたら、もしかしたら——。


 クレアを守る為に、これが形だけの結婚である事をクレアに告げた。

 冷酷に真実であるように伝わるように、心の中の悲しみが伝わらないように。


 結婚式の前に少しだ顔を合わせていたクレアは、喜びいっぱいの顔で僕を見つめていた。

 僕も同じように無邪気に喜びをクレアに向けていた。


 それが、たった数時間で変わってしまった。

 

 夫になる男の豹変に何を思ったのか?


「アイゼル……」


 僕はクレアの顔に現れた驚愕と絶望をただ見つめていた。

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