初恋の終わり 5
日曜日、私は一人で校舎へと入っていった。
あれ以来、我が家の前で待っている男たちは現れないし、学校への道の途中で待ち伏せる男もいない。
私は安心して、学校へ来ることができる。
今日は日曜日でお休みだけど、明日からもこうだといいな。
今日は朝からだらだらとテレビを見て過ごしていた。
いつもの平和な日曜日のスポーツ番組や2時間ドラマの再放送、政府の人たちを茶化すだけの社会派バラエティ。
どれを見てても、なんとも思わない。
ただ、テレビをつけていただけ。中身なんて、どうでもよかった。関心なんてなかった。
日曜日の昼間にテレビをつけて、画面を真剣に見ている人は日本にどれぐらいいるのだろう?
ただ、暇つぶしだけのテレビ観賞。
テレビ局もそれが分かっているのか、番組の質もいい加減。中身がなくて、薄っぺら。
テレビをつけて見ているのではなく、目を開けて眠っていたかのような気分だった。
そして、夕方、21世紀が何年もすぎているのに、いまだに昭和の生活にどっぷりと漬かっている家族たちの日常を、コミカルに描く国民的アニメの主題歌がテレビから流れる頃、私は、着替えて、学校へ向かった。
そう、今日もいい天気、だった。
校舎には夕日が差し、あたりが赤く染まっている。
部活動で出入りする生徒たちのために、開かれていた校門を通り、玄関から校舎の中へ。
用務員室へよって、カギを借り出し、旧館2階の生徒会室へ向かう。
夕日が差し、赤く染まった階段を上っていると、誰かが上から下りてきた。
踊り場の窓から差し込む夕日の光を背にしているので、真っ黒な人影だけしか分からない。たぶん、男子。
でも、向こうからは、私の姿はよく見えているみたいで。
「やぁ、神宮寺さん。どうしたの日曜日なのに?」
この声は・・・・・・
「あ、佐野君か。ちょっと生徒会室に用事があって」
お互いに2,3段ぐらいまで近寄り、立ち止まった。そこまで近づけば、逆光でも、佐野君の表情ぐらいはみえる。
「それより、佐野君は、なにしてるの?」
「ああ、ちょっと先生の手伝いにな。これでも、副委員長だから・・・・・・」
「それは、それは・・・・・・ ご苦労様」
「ああ、ありがとう」
日曜日だというのに、先生の手伝いで登校させられるって、可哀想に。
佐野君、私の背後を盛んにうかがっている。
「なぁ? 今日は、斉藤さんや神宮寺は? 一緒じゃないの?」
ありさちゃんと学君のことを訊いているのだろうな。
「ううん、今日は私一人」
「えぇ! それは、ちょっと危ないよ。こないだ、あんなことがあったばかりじゃん!」
「う、うん・・・・・・」
「よし、じゃ、俺、この書類、先生の机に置いてくれば、仕事終わりだから、家まで送っていってやるよ」
別に下心があるっていうような表情ではない。純粋に、私の身を案じて、そんなことを言ってくれているみたい。
「ううん、大丈夫。一人でも帰れるから」
「で、でも・・・・・・」
「大丈夫!」
ちょっと強い口調になった。
たぶん、帰りは私一人の方がいいと思う。だれも近くにいない方が。
これから起こることが起こることだけに。私は一人でいる方が、いいのかも。
「そ、そっか? なら、いいんだけど・・・・・・ もし、一人で帰るのが心細かったら、いつでも俺呼びに来いよ。しばらく教室にいるから」
「うん、ありがとう」
「ああ」
佐野君と別れて、渡り廊下を渡り、旧館にはいって、生徒会室へ廊下を歩いていく。
テレビでは、いたずら小僧の少年がお父さんに大目玉を食らっているころ、私は、生徒会室のドアの前に立った。
目を閉じ、大きく深く深呼吸し、決意の宿った眼を開く。
そして、鍵を回し、中へ。
いよいよだ。
奥の窓の近くに立ち、学校の裏庭を眺めた。
紫の色の満開の花が巻きついた植物棚の下のベンチには、もちろん、まだだれもやってきてはいない。
清貴さんは、柔道部のコーチが7時前に終わるから、それまでは、やってくることはできない。
私は、窓際に一番近い席に座り、約束の人物が戸口に現れるのをじっと待っていた。
戸口のドアは開けっ放しにしてあり、ドアの向こうの窓から見える空は、暗く濃い青の世界が広がっていた。
トワイライトの世界。逢魔ガ時。
太陽はいつの間にか沈み、残照だけがあたりを照らす。
やがて、遠くから、かすかにペタペタとスリッパの音が聞こえてきた。
生徒なら上履きを履くので、このような音はしない。
どうやら、待っている人がやってきたみたいだった。
その足音はしだいに、生徒会室へ近づき、はっきりと大きく聞こえるようになった。
ペタペタペタペタ・・・・・・
そして、戸口に、その足音の主が現れた。
逢魔ガ時にあう人物。
なぜだか、私、身震いした。日が落ちて、少し冷えてきたのかもしれない。