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人面獣心

 二人が友達関係(?)になり、「ではでは」とイグノーツが現れた理由である本題、この魔法についての解説を始める。


 シェルターの魔法は半径約5メートルほどの領域を周囲空間から保護して、一時的に亜空へと移動させる。人によっては隔離とも切り離しとも言うが、やっていることはどちらの意味でも然程間違いない。

 リンネという世界での運用は家族一つあたりにつき一つ。大体二人から五人が一度に保護される人数想定。魔力嵐などの巨大災害で一番危険な時間を凌ぐためのものなので、効果時間は最長で24時間、短くても12時間は継続する。


 基本的な効果は、その名の通り内側の物体を保護するものだった。それでいて少数であれば複数名まで入れるスペースを確保し、比較的長い時間外部の災害より守ってくれる。またイグノーツは述べてないが、600年も別世界でより良いものが使われていったという歴史がある。ここまでの効果が出るとなると恐らくシェルターの魔法は『合魔(ごうま)』の類か。


「亜空へ移動と言ったけど、地面へ潜る理由はなに? 物理的に保護されて中が安全であるのなら、外の変化が分かりにくい地中へ移動するのはデメリットだと思うけど」


 話を最後まで聞いたサヤが質問をした。


「地中への潜航は……心理的な理由ですよ。この魔法は一度展開すると基本内側からしか解除は出来ませんのでね。外から見えたり中から外が簡単に覗けると、()()()()()()()の元になりかねない」

「トラブルって、例えばどんなこと?」

「ごく初歩的な運用ミスから、人間心理ゆえのジレンマ、思考から発生するトラブルなど。敢えて私から詳しく言う事はしませんが、サヤさんなら想像出来るかと思います。これはそういう時のためのものです」

「……なるほどね。貴方が言っていることが本当なら、今後はそういうのもより考えて行かなければならない。気をつけるわ」

「はい。ツカサさんもこれからは気をつけてくださいね」


 まるで私には想像が出来そうもないみたいな言い方ですね。それくらい私だって想像出来ますよ。古来より“衣食足りて礼節を知る”という言葉があるんだ、魔力嵐が衣食住吹っ飛ばしたら人間同士はそれまでと同じように、隣人同士でも仲良くいられるのか分からないってことでしょ。


「それはどっちかと言うと、もっと後になって考える問題ではないですかね……」


 え、違う? しまった、先のことを考え過ぎたか。


「さっきから思っていたのだけれど、イグノーツさんはツカサの心の中を見ているわよね?」

「あ。そういえは此方の国では勝手に覗くと違法なのでしたね。すみません、ついやってしまいました」


 サヤの刺々しい視線に気付いたイグノーツが、弁明を垂れながら謝罪の姿勢をした。私は知ってるよ、この人「つい」とかでやってる訳じゃないって。信じないでいいからねサヤ。


「いいことイグノーツ? 人は誰しも知られたくないことを心の中に抱えている。そういうのを勝手に覗く行為はしないで欲しいの。例え貴方の世界では合法で問題がない行為だとしても、“郷に行っては郷に従え”、“ローマではローマ人のするようにせよ”……それが出来ないなら絶交よ」

「……分かりました。せっかくサヤさんと友達になれたばかりで絶交なんてされたらたまりませんからね。貴方達の従うルールに従いましょう」


 イグノーツはそう返事をして一旦は頭を下げたように見せた後、「ただし」とそのままの状態で付け加える。


「個々の状況においては私独自の判断で行動することもあります。ツカサさんは私の意識が保存されている本の所有者ですので、自衛の観点において現地法が『役に立たない』と判断した場合、優先順位を下げさせてもらいますのでその点はご了承ください」

「その点は別に構わないわ。持ち主のツカサに迷惑をかけない範疇なら、どんな防衛手段であっても講じていい。先んじて認めておきましょう」

「ご配慮感謝いたします」


 そうして二人は互いに合意を交わした。


 私としてはイグノーツさんが法を無視する理由付けに尤もらしく利用されている気がして不安なのだけれど……これ最悪こっちにも火の粉が飛ぶよね、可能性の話だけど。常に見張っておけるように本は手元に常備しといた方がいいかもしれない。余計なことをされたら所有者である私まで被害を受けてしまう。くそっ、もっと早く手放せていたら! 


 捨てようとしても捨てられなかったのだからどうしようもない。そう頭の中で分かっていても、受け入れきれるとは限らない私であった。


「あ、ツカサさん。今後は許可を得てから心を見ることになるので、都度確認をしたく……」

「全面禁止です!」

「えー」


 えー、じゃない。






「——以上が、この魔法を使用する上での注意です。理解しましたか?」


 一通りの利用上の注意事項を聞き終わり、私とサヤはそれに頷いて示した。

 シェルターの魔法を解除すると、公園内に戻ってきている。イグノーツもそばにいた。


「これで一応私達は魔力嵐が来ても、大丈夫。けど……」

「そうね。どうやって広めようかしら」

「私達の世界ではまだ発見されてないからねえ」


 魔法は発見されると通常然るべきところから発表があって、これこれこういう効果でこういう手順で発動しますとその中に説明も突っ込まれる。だから世に出回っている公認の魔法は調べればちゃんとした場所で発表されているとこまで辿れるのだけれど、この魔法はリンネという異世界で発見されたもので、こちらでは未発見のものだ。


 私達はこの魔法を自分達だけでなく他の人にも広めたい。出来るだけ多くの人が生存する確率を高めるためだ。だが……この『出所不明』の魔法を広く周知させるような真似をしたら、当然そんなの何処の誰が発見した? と疑問に思った人に調べられるだろう。すると出所を証明出来ないので怪しい魔法と扱われる。これが問題。


 魔法において発表した研究者と所属機関が明記されているのは、その研究に携わった人や機関を記録し公表するためと、それを使う側が安心するためだ。つまり「この魔法はきちんとしたところから発表された物だからちゃんと調べられているだろうし、安心して使える」と思わせるため。


 ちゃんとしたところからの発表でなかったり、発表元の分からないような魔法は基本怪しい。正規の研究者でなかったり素人の発見した魔法だったりするので、きちんと調べられていない可能性が高く、魔法の中に未確認の効果があったり、意図的に効果を一部伏せていたりするからだ。そういう魔法はしっかりと公表されている魔法と比べて使用に高いリスクを伴う。使う側は万が一が起こりうる魔法なんて出来れば使いたくないだろう。


 ……よく考えれば大分胡散臭いよなあ、イグノーツも。


「仮に発表しようにも時間が残されていないから、間に合いそうにないかも」

「最悪『非公認魔法』として世に放つ手もあるけど、どうしたものかしら」


 サヤが今言ったけどそういう魔法は『非公認魔法』と呼ばれる。

 公認のやつと違って使うのに一定以上のリスクがあるが、公認魔法にはない効果の魔法があったり、後に研究が進んで公認へ変わるものもある、なかなかにグレーなゾーンだ。意外と世の中では非公認魔法として発見されているものは数多く、人類が発見している魔法のうち7割は非公認魔法だなんて冗談も存在する。


 ネット上には非公認魔法を専門に取り扱っているサイトもあるとか……なにそれ怖い。え、今から調べるの? 大丈夫かな、閲覧しただけでウイルス感染とかしないよね?


 そう考えながら検索してトップに出てきたサイトを開き、中で防御系の魔法を探し始める。

 なんで調べたら普通に見つかる……。


「……類似の魔法は見つからないか。初歩くらいの魔法なら幾つかあるけど、どれも耐久性やら持続時間に範囲、効果なんかが実用ラインにまで達していない。せいぜいがお遊びに使えそうなくらい。何よこれ、このサイトはガラクタ置き場なの?」

「学校で習った護身用魔法の方が使えそう……」


 素人も大勢参加しているのだろうし、これくらいが普通の水準なのか。もっと危ない魔法でもあるのかと思ったが、意外と拍子抜けだった。

 結局、発表する時間なんてないからダメもとでここへ上げることにした。誰がアップロードしたかは勿論伏せた上で。こんなことして良くはないはずだけど、非常時だから仕方ないとサヤは割り切った態度を示す。


「こちらのサイトへシェルターの魔法を放流するのですか?」

「適当に検索して一番上に出てくるくらいだから、結構な数の人が見るだろうと思って。というか貴方ってこういうの分かるの?」

「ええ、まあ」


 イグノーツは電子機器の知識もあるようだ。

 見せてもらっても? と聞かれたので私が調べている横で見せてあげる。


「あ!」

「ど、どうしたの? 何か危ない魔法でも見つけた!?」

「私が小学生くらいの頃に見つけて大発見だと思ったら、後に本に載ってるのに気づいてショックだった魔法に、これ似ているんですよ!」


 私はイグノーツに拘束魔法をかけて傍にどけた。


「すみません。もうふざけたりしないので解いてもらっていいでしょうか」

「自覚はあったんだね。でもダメ、イグノーツさん全然反省したような態度じゃないから。しばらくそれで我慢してください」

「公共の場で魔法で全身拘束された成人男性一人、その近くに何食わぬ顔で立つ女性二人という光景は果たして許容して良いのでしょうか。誰かに見られればあらぬ噂が立つかもしれませんが」

「……もうしたらダメだよ?」


 そう言って拘束を解いてあげた。私は世間体を犠牲にしてまでここでやることじゃないと思い直しただけだ。別に甘い態度を取ってるわけじゃない、勘違いしないでよイグノーツ。


「とりあえずアップロードするためにアカウントは作ったけど、出来れば作りたくなかったわね。なんでアカウントがないと上げられない仕様なのかしら……どうせ非公認魔法に名誉もなにもあったものじゃないのに。そんなに承認欲求を満たしたいの……?」


 サイト上に魔法データを上げるためのアカウントを作成していたサヤは、納得がいかないように一頻り文句をこぼす。


「魔法を公開せず身内だけで使うという手もありますよ?」

「でもそれだと、みんなを助けることが出来ないでしょ」


 イグノーツに向かって私は言った。

 私達がこれを公開しようとしているのは、この魔法で助かる人が増えてほしいからだ。魔力嵐の力が彼の言う通りのものであると信じ、何もしなければ大勢の人の命が失われてしまう事態になる。手の中にそれを救える手段があるのにそれをしなかったら、恐らく後悔するだろう。

 故にこうすると決めた。イグノーツもそうしたいと思うこちらの気持ちを分かっているはず。


「だったら、助けなければ良いのではないですか?」


 だから、その言葉が出てきた時にどう反応すればいいか分からなかった。

 あまりにも彼が自然にそう言い放ち過ぎたために。


「聞く限りでは、そのサイトへ魔法を共有するのはリスクを伴う行為なのでしょう? 非公認の魔法を大量に集めておいて、誰でも閲覧できるようにしておきながら閉鎖されることもなく放置されている。そういう場所が現実にあったとして、そこはどのような人が行き交い、行政に見られているか、想像すれば分かりますよ。そんなところに公開してまで助けようとする必要がありますか?」


 イグノーツは言ってきたことの裏を汲み取るようにして情報を組み立て、こう続ける。


 そんなことをするくらいなら正規の手法での発表を待てばいい。

 自らが危ないことをしてまで助ける義務なんてありはしない。

 会ったこともない人のために必死になってやる価値はあるのか。


「私はふざけてこのようなことを言っている訳ではありませんよ」


 こちらが聞くのを制するように告げられる言葉。


「ツカサさんもサヤさんも人助けのためにこの魔法を大勢の人に共有しようとしている。その意思や姿勢は大変立派なことです。ですが今一度、その行動が間違いでないかどうかを確認した方が良いです」

「私達は何か良からぬことをしている、と? 法的な意味ではなく、倫理的な意味で」

「サヤさん。どんな世の中でも色々な人がいます。助けてくれてありがとうと伝えられる優しい方から、助けてもらって当然だと宣う傲慢な方まで。貴方はもしどちらか一方を助けるなら、どちらを助けますか?」


 その質問には、何の意味が……? そんなことは今出せる答えではない。人にだって色々いるし、事情というものがある。

 私がそう思ったのと同じように、サヤも同じ考えに至ったようだ。


「それはその時決めることよ。結論は今出せない」

「大体の方は言葉にせずとも、前者の人を助けたいと望むでしょう。助けられたことに感謝もせず、協調性もない自分中心的な思考が目立つ人を助けたいとは思いません。貴方は助けますか?」

「余力があればするでしょうね。それの何が悪いの?」

「見捨てることがよりマシだとしても?」


 イグノーツは真剣な声音で語りかけると、サヤの表情がやや険しくなる。


「少し前にシェルターの魔法を使う際、起こりうるトラブルについて述べましたね。これから魔力嵐が通過して、この国は間もなく非常事態へ変わるでしょう。人はその心の内側に獣を飼っており、その獣は普段、社会という鎖に繋がれています。ですが、もうじきその鎖は機能しなくなりますよ」


 今度は私の方を見ながら、イグノーツは言葉を繋げていく。


「ツカサさん。もし、貴方が助けた人が貴方の身内を殺しにかかったとしても、貴方はそれをしますか?」


 そして最後にそんな質問を投げて、唇を閉ざした。

18日にコロナ発症のため第13部以降の投稿が遅れます。

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