(14)優と貴子
年始年末、恭子の仕事は休みで実家の田舎に帰って行った。
正月二日目、マサルは半年振りの実家にいた。
アパートから実家までは車で30分もかからない。しかしマサルにとっては遠い家だ。
この日、貴子と貴子の両親も新年のあいさつに菅野家を訪れていた。
マサルは帰ってきてから一言も父親と口を聞いていない。
食事の席でマサルの父・優三が言った。
「来年春に予定している私の還暦祝いのパーティだか、その席でマサルと貴子ちゃんの
婚約発表も一緒にやったらどうだろうかねぇ」
マサルと貴子は「え”っ!」 と言う顔になったが、両親たちはどんどん話を進めて
いっている。
いつものことなのだが、マサルはなにも言わず話も聞かず。
暇を持て余し、お飾りの伊勢海老の頭を皿にのせ、箸で黒豆を掴み伊勢海老の
触角に挿している。
「器用だよねぇ、マサルって。なんで小説は売れないんだろうねぇ…」
呆れた笑いを投げかける貴子だが、マサルの小説は読んだことがない。
「おまえはいつも一言多いんだよっ!」
マサルはそう言うと貴子の皿に伊勢海老の頭をおいた。
マサルと貴子が小競り合いをしていると貴子の母が
「あらあら、もう夫婦喧嘩かしら?」 と品の良い笑いでうれしそうに言った。
愛想笑いも起きないマサルはただただ時間の過ぎるのを待った。
ここで席を立つと母が悲しむのがわかっているからだ。
貴子たち家族が帰ったあと、優三が跡継ぎの話を持ち出したが、マサルは端から
聞く耳は持たず、正月そうそう喧嘩をしたくないと思い、母親が作ってくれた煮物を
持ってそそくさとアパートにもどった。
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マサルと貴子が初めて会ったのは、まだ物心もつかない頃。
父親同士が友人で若い頃から仲がよく、その流れでお互いの家の行き来も多く、
小さい時から遊んでいた。
小学三年生の頃。
「おまえたちは婚約したんだぞー!」 マサルの父・優三が嬉しそうに言った。
その時は、マサルと貴子はなんのことやらわからず、そのまま思春期を迎える。
中学高校と私立の共学に一緒に通った。父親たちが勝手に引いたレールだ。
ただ、本人たちはお互いに男女の意識は持ち合わせていなく、色恋じみたこともなく、自由にすごしている。
それは何年たってもこれから先も変わらない。二人の間にあるのは友情だけだ。
男と女の友情。成り立たないといわれる友情は、成り立っている。




