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(12)弟・優治

マサルがコタツに向って原稿を書いていると携帯が鳴った。

持っていたペンを口にくわえ、体を捻り万年寝床の上の携帯を取り、出た。

「もひもひ…」

「兄貴?今日家にいる?バイト?」 3才年下の弟・優治からだ。

「いや、今日はバイト休みだ」

「じゃ、夜行くから。晩ご飯買ってくけどなにがいい?」 

マサルからの返ってくる答えはわかっているが、優治は一応聞いた。


「肉」 

「…わかった」 

―――兄貴、「肉」しか言わねーんだよなぁ。いっつも…




7時過ぎに優治がアパートにやって来た。

「ほら、ステーキ弁当とビール。あと、適当に買ってきたから、ちゃんと食べなよ?」 

優治は兄・マサルを心配して定期的に食料を運んでいる。

「うっひょ~肉!サンキュー」

喜ぶマサルを見ると優治は嬉しくなる。小さい時からいつもマサルの後を追いかけて

慕っている。優治にとってマサルは、いまでも大好きな兄だ。



二人はビールを開け、弁当を食べ始める。

「兄貴、最近どう?小説の方は」

「おう!ばっちり!」 

なにがバッチリなのかわからないが、マサルはいつも自分の小説は自画自賛だ。


「母さんが心配してるよ。兄貴、ちゃんと飯食ってんのかとか、

 風邪引いてないかとかさぁ。父さんも本当は心配してんだよ」 

優治は自分のステーキ弁当の肉を二切れマサルの弁当に入れながら言った。


「あっ、増えた、肉」

マサルは聞いているのかいないのか優治の話に返事をしない。



「あっ、貴子ちゃんが昨日うちに遊びに来たんだ」

「貴子が?」  マサルは二本目のビールを開けた。

「うん、たまに来てるだろ?貴子ちゃん、ここに」

「あぁ…」


「で、兄貴の様子を母さんたちに報告してたよ。元気に痩せ細っていってて

 もうすぐ、栄養失調で病院に運ばれて家に帰って来るから心配要らないって…」

「・・・」 

「そしたら母さんが余計心配しちゃって、僕に見て来いって。だから今日来たんだよ」

「貴子め…」


貴子は親同士が決めたマサルより一つ下の婚約者だ。

親同士が友人で子供の頃から知っている。

マサルももうすぐ30歳になり、貴子は29歳になる。

お互いの両親は早く結婚してほしいが、マサルがマサルなだけに、ちゃんとした就職にもつかず売れない小説を書いていることで中々事が運ばない。

貴子は別段あせるわけでもなく、時折マサルのところに来て一人で近況報告をべらべら話して帰っていく。

そんな貴子だからか、親が決めた婚約者と言っても、マサルは楽にしていられる。



弁当を食べ終えたマサルはビールのつまみにさきいかを食べ始めた。

「あーひさびさのさきいか…うまいなぁ」

「ぶっっ!」  優治が飲んでいたビールを吹き出した。

「ぁんだよ、汚ねーなぁ」

「だって、兄貴…いっつも食いもんで感動すんだもん」  優治がまた笑い出した。

「食いもんはどんなものでも、ありがたく感謝と感動を込めていただく!それが大切だ。

 優治は苦労をしらなすぎる!」

マサルは兄らしく言ったが

「兄貴の苦労は自分で作ってるだけじゃねーかよ。小説書くんなら家に帰ってきても

 いいじゃん?そしたら母さんの手料理だって…」

マサルは優治の口を手で押さえた。

「それ以上言うな…おかーちゃんの手料理を思い出しちゃうじゃないかぁぁ」

マサルはふざけるように言ったが、すぐ後に

「家には帰んねーよ。おやじと顔合わせて飯なんか食いたくないからな」

そう言ったマサルの顔は笑ってはいない。


「わかってるよ…。でも、僕は兄貴と一緒に仕事がしたい。

 兄貴が父さんの仕事を継いで、僕は兄貴の片腕になって働きたいってずっと思ってる。

 小さい頃からずっとそう思ってる」

優治が溜息まじりにマサルを見る。


「家はおまえが継げ。俺には無理だ。そんな甲斐性はない!!

 それに俺は小説を書いていたい」

マサルは真直ぐ前を見てそう言った。



マサルと父・優三は気が合わない。

というより、優三はマサルが売れない小説を書いているのが気に食わない。


マサルは自分が小さい頃から、父親の会社の跡継ぎにされ結婚相手を決められ、

なんでも勝手に決めてしまう父・優三を嫌っていた。

ずっと反発していたが大学を出たと同時に家も出て、好きな小説を書き続けている。

生活はきついが優三と一緒にいるよりは、貧乏でも今の生活のほうが数万倍幸せを

感じている。

ただ、母親には申し訳なく思っていた。心配をかけ、近くに住みながらも中々顔を

見せられない。



「春に父さんが還暦祝いのパーティやるんだけど、兄貴、出るだろ?」

優治がさきいかを裂きながら聞いた。

「ぁあ?還暦パーティー?なんで俺が出るんだよ。欠席!」

マサルは怪訝な顔をした。


「それくらい出ろよ。母さんがまた泣くからさぁ。あっ、スーツあるだろ?」

マサルは春に優治からイタリアブランドの高級なスーツを貰っていた。


「…ない!スーツなんてないから出れない!から、出ない!」

そう言い、マサルはビールをグビグビと飲んだ。

「今年の春に渡したやつ。あれでもいいし、家に戻れば何着も置いてあるでしょ?」

「…スーツは質屋だ!」

「ええーー!!あれ、すごく高かったんだぜ!兄貴に似合うと思ってイタリア行った時、

 母さんと見立てたのに、なんだよ~質屋ってー」 

優治はガックリとコタツの上に頭を乗せた。

「はははっ、すまん!高い割にはあんまり金になんなかったぞ、質屋のおやじ、

 足元見やがったか!!くそ!!」

「そういう問題じゃなくて…しょうがねーなぁ、もぉ」 

優治はガックリ気分だが、そんな兄をいつも許してしまう。




「あっ、そうだ!忘れてた」

優治がゴソゴソと鞄から何かを探し、コタツの上にのせた。

「・・・」  マサルは何も言わずそれを見た。

マサル名義の貯金通帳。


前回、優治が来たときに「おやじに返しておいてくれ」 とマサルが渡したものだ。

大学の頃から毎月かかさず、同年代のサラリーマンの月給の倍以上の額が

振り込まれている。

マサルは学費は出してもらっていたが、通帳に振り込まれるお金には手をつけていない。

ただ一度だけ、道端で怪我をしていた野良猫を見つけ動物病院に連れて行き、

治療費がなく、止むなく8500円を下ろしたが、バイト代が入るとすぐに返した。


通帳は相当な額が手付かずのまま入っている。

マサルは何度か優治を介して実家にこの通帳を返しているが、必ずまた優治が持って

きてしまう。

「母さんもさぁ、兄貴がこれ持っているだけで少しは安心するんだから、使わなくても

 ここに置いておいてよ」

優治は何度この言葉を兄・マサルに言っているだろうか。




10時が回り、優治は「正月くらいは家に帰って来いよ」と言い残し、

マサルのアパートを後にした。




実家とアパートを何度も行き来している通帳は、コタツの上にのせられたままだ。


「はぁぁ…」

マサルの溜息は大きかった。





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