「番外編」入江部長の憂鬱・3
休日の朝、俺は流行りの美容院に言った。若いオシャレなお客さんが多かったので、入る時は緊張したが、思い切ってドアを開けた。スタイリストさんには、自分の年相応にカッコよくして下さいとオーダーした。さすが有名な店だけあって、仕上がりは、いつもの床屋では考えられない出来だった。その後、洋服を買いに行った。教えられた感じの洋服を選び、そのまま着て出た。最近の洋服は、こんなオシャレなものでも安いんだな。時代のギャップを感じた。美容院もブティックも、小林君と黒崎君に教えてもらったのだ。彼らは親切にスタイリストさんも指名して予約してくれて、服のコーディネートも教えてくれたのだ。
髪型を変え服を今風の物にして全身を鏡に写すと、そこにはまるで違う新しい自分がいた。人は見た目とか、形から入るとか、世間でよく言われているけど、なるほどその通りだ。見た目を変えたら、何か内から力が沸いてくるような気がする。学生の頃、文房具を新品にすると勉強する気が増した、あの感覚に近いものがあった。もっと早くこうすれば良かったと少し後悔した。
変身が終わると、予約していた大通り沿いのオシャレなレストランへ向かった。席に着くと、少しドキドキしてきた。驚くだろうか?俺の家族は。俺は妻と子供たちをこのレストランに呼んでいたのだ。時間になって三人はやってきた。レストランの中をキョロキョロして俺を探している。そしてオープンテラスの方へやってきた。まだキョロキョロしている。もしかして俺がわからないのか? 三人に向かって手を振った。三人は俺を見て、誰だ?という顔をしていたが、その後俺とわかったのか、びっくりした顔をしてこちらへやって来た。
「お父さん!どうしたのー!」
娘が言った。
「おやじ!いいじゃん!髪どこで切ったの?教えて!俺もそこ行きたい。」
息子が言った。
妻はしばらく口を開けたまま俺を見ていたが、ふと視線をそらし呟いた。
「似合ってるじゃない…。」
どうやらみんなに気に入ってもらえたようだ。その後三人は俺の変身の理由を聞いてきた。妻など、「もしかして浮気でもしてんじゃないの?」などと言っている。しょうがないので、化けタヌキの話から会社の話、部下たちに教えてもらった事などを全て話した。化けタヌキの事だけは、みな半信半疑だったが、もしそれが本当なら、オバケどころか神様のお使いじゃないの?と言われた。結果的にそうかもしれないな。タヌキのおかげで自分を変える事が出来た。考え方が変わるだけで、気持ちがこんなに楽になれるなんて知らなかった。ほんと、タヌキ様に感謝だ。
「俺さ、おまえに甘えてて、家事も子供たちのことも任せっぱなしだったよな。ごめんな。」
妻に謝った。
「今頃何言ってんのよ。気持ち悪いわね。」
妻はそう言いながらも、照れて嬉しそうにしている。
「何か手伝いたいんだけど、この年まで何もしてこなかったから何も出来ないんだ。だから時間のある時、少しずつ家事を教えてもらえないかな。」
「私の指導料は高いわよ!」
妻はニヤリと笑った。
俺たちが座っているテーブルから少し離れたところに、この間俺が嫌がらせをしたデザイン事務所の社長が彼女か嫁さんらしき女性と一緒に座っていた。女性はすごくかわいくてキレイな人だった。やっぱりイケてる男にはいい女が寄ってくるんだな。今ではほほえましく見える。社長とは目があったように見えたが、変身した俺には気付きもしない。どうやら俺の変身は成功したようだ。もう一度二人をチラリと見ると、彼女の方が俺を見て、ニヤリと笑った。何故か俺は背筋に悪寒が走った。そして、その彼女は初めて見るはずだが、どこかであったようなデジャヴ的な何かを感じた。
(ヒロキとタヌ子の席)
「タヌ子~、こないだ俺話したじゃん、すっごい嫌味な取引先の相手のこと。」
「うんうん!私がしっかり呪いかけといたからね!」
タヌ子の目の中に炎が見えた。
「その…おかげかもしれないんだけど…、なんとあれから少したって連絡あって、全部最初の俺の案でオッケーだって!やり直しいらないって!」
「ほんと!ヒロキ良かったじゃーん!」
「タヌ子のおかげだね!」
「ううん、私何にもしてないもん!ヒロキの実力がわかったんだよ!」
タヌ子は口の回りにクリームをつけたまま喜んでいる。
でも…入江部長の態度の変わりようは…何かあったとしか思えない…。
もしかしてタヌ子、本当に呪いをかけたのでは…。
ふとタヌ子を見ると、目の中を真っ白にして口だけ笑いながらフルーツパフェを食べている。
…やっぱりコイツは何かやってるな…。
「ヒロキー、それ食べないんだったらもらっていい?」
おねだりタヌキ、かわいいな。ま、よしとするか。
終わり




