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扉  著者:冨田武市  作者: 冨田武市
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第ニ章 『八龍』第四話 「憑依」

八龍にほど近い闇深き森の中…

アズサの後方を横切ったモノは、オレの内臓に微かなプレッシャーを与えた。

見れば、霧子も固まっている。

この微かなプレッシャーを感知したのならば、彼女も鋭いタイプなのだ…

オレの視線に気づいたのか、霧子は

「ははっ!」

と短かく笑う。

「何か、あったのですか?」

益井が眼鏡を小さく上下させながら尋ねてきた。

「いや、今あっちゃんの後ろに…」

益井の問いにオレが答え終わらないうちに

「いやあ~!!」

という悲鳴が響いたあと、重大な霊障が木林に降りかかる。


バシバシ


アズサの前に立っていた木林の背中に、アズサの凶暴な張り手が遅いかかった。

「あっちゃん痛い!あっちゃん痛い!」

木林の悲鳴が響く。

アズサははっとして手を引っ込めるが、

「怖い事言わんといてよ!アンタ、アホちゃうか!?」

と、何故か木林を責める。

「オレちゃうやろ!しかも何たる張り手の威力!」

木林が背中を気にしながらアズサをたしなめる。

益井は呆気にとられ、霧子の肩は揺れている。

一行は気をとり直し、闇深き森の中を進む…

空気が肌にまとわりつくようだ…

かなり湿度が高いのだろう。

足元も少し緩い感じがする。

しかし、最近雨が降った記憶はない。

いくら日陰になっているとはいえ、こんなに湿り気を感じるものなのだろうか…

八龍が近いのか、内臓に重さを感じ始めた…

「あ~ミスったな~」

アズサの声が聞こえた。

振り返ると、アズサはかなり足元を気にしている。

そりゃあサンダルなんか履いてきているのだ、足はかなり汚れているだろう…

「あっちゃん大丈夫か?」

木林も察したのか、アズサに尋ねた。

「足ビチャビチャやわ…どうしてくれんの、コレ?」

アズサが木林に絡む。

木林は

「どうしてくれんのって、サンダルなんか履いてくるからやろ?」

とアズサを刺激する。

「無理矢理連れてきたのアンタやろ?責任とってもらうで!」

アズサは怒気を前面に出した声で木林を責める。

木林もそれを受けて応戦する。

「無理矢理って、断ればええやんけ!それに、責任とれってなんやねん!」

しかし、アズサは強敵であった。

「このサンダル、弁償な…明日、買い物連れていってもらうで…」

アズサの声には断固として己の意思を貫き通さんとする気迫に溢れていた。

もはや、木林に言葉はなかった。

身内の痴話喧嘩は、微笑ましくもあるが、聞くに堪えないものだと思った…

オレは空気を変えるために益井に話しかけた。

「先生…確か森を出たら、もう敷地内なんですよね?」

益井は、

「ええ…八龍がまだ営業していた頃は直接、車でこれたそうですから…おそらく駐車スペースが広めにとられていたのでしょう…それ故に敷地はかなり広いですな…」

と答え、手首で額の汗を拭っている。

そういえば、オレもかなり発汗してきている…

いやな湿度だ…

しばらく歩くと、樹々の密度が徐々に低くなり、ようやく森を抜けた。

益井の言った通り、かなり広大な敷地である。

地面は砂利っぽくなり、地面の緩さはかなりマシなようだ。

四方を森に囲まれている八龍は、上空から見れば発見は容易であろう。

森の中心あたりに、四角く切り取られたようにその敷地が存在している為だ。

料亭旅館として営業中していた頃は、隠れ家的な感じで、富裕層を相手に、なかなか繁盛していたらしいと聞く。

その『八龍』が今、オレの視線の先に存在している。

名前から、木造の日本家屋を想像していたが、意外にも、鉄筋コンクリート造りの建物だ。

四方を囲む森をバックに、月明かりに照らされた八龍は、充分な迫力を持ってオレを威圧する。

しかし何より、内臓へのプレッシャーが増している。

闇に紛れて、輪郭がおぼろげな黒い人影が揺らめくように数体蠢めいているのが、オレの目に映る。

「冨田君、見えてるよね?」

気がつくと、霧子がオレの横に立っていた。

「酒井さんも?」

尋ね返したオレに、霧子はひとつうなづいた。

二人して、広角が上がる。

木林はまた気色が黒っぽくみえるのか、常備のサングラスを外し、シャツの胸ポケットにそれをしまった。

「やはり、何か見えるのですか?」

益井が後ろから声をかけてくる。

「判然とはしませんけど、やっぱり居てますね…」

と、オレは控えめに答えておいた。

アズサは木林の後ろにピッタリ張り付いている。

ここの探索が終わったら、木林を問い詰めてやろう…

何故かはわからないが、オレは隣の霧子が気になった。

八龍を見つめる霧子の横顔を見ていると、

『睫毛、長いんやなあ…』

と見とれている自分に気づき、プッと吹き出してしまった。

それに気づいた霧子は、

「え?何?私また何か変な事した?」

と一歩離れてキョロキョロしている。

「ごめんごめん、何もないから、気にせんといて!」

オレは笑って誤魔化した。

霧子はまだ自分の匂いを嗅いだりして気にしてしているが、

「そろそろ行きませんか、冨田殿?」

と、益井が促してきた。

それを合図に、みな引き締まった表情になり、今度は益井が先頭を歩き始めた。

オレ達は『八龍』の正面玄関にたどり着いた。

やはり外観は旅館というよりホテル…鉄筋コンクリートの三階建てである。

看板はかなり錆びて傷んでいるが、ライトを照らすと何とか読む事ができた。

『御食事・御宿泊 八龍旅館』

と、おそらくそう書かれてある。

正しくは『八龍旅館』であるようだ。

しかし、正面玄関はベニヤ板が打ち付けられ、厳重に封印されている…

見渡すと、窓にもベニヤ板が打ち付けられている。

「あ、あ~ん…これ、どうやって侵入するんよ?」

木林がもっともな疑問を口にした。

すると益井が、

「正面玄関はここですが、入り口はここではありません。さ、裏手に回りましょう…」

と言って建物の裏手に向かって歩き始めた。

オレも噂に聞いていた。

たしか、裏手にある窓や勝手口はここを訪れたであろう者たちに破壊されており、侵入は容易のはずだ。

今、この建物の持ち主がだれであったとしても、長年取り壊しもせずに打ち捨ててある建物を修理をするはずもない。

また、何か事件があったとしても、勝手に侵入した者の自己責任である。

裏手にまわったオレ達を

「ここが一番安全です。」

と、おそらく厨房の勝手口であろうドアに案内する益井。

ドアに手をかける益井…

ドアを開けるかと思いきや、益井はドアを取り外した。

益井は取り外したドアを慣れた手つきで、丁寧に壁に立てかけると、

「もし、この中で何かが起こり、逃走せねばならない時にドアが開かなくなっていたりしたらゾッとしませんか?」

と笑った。

ホラー映画の中では定石といえる展開だが、実際にそうなるのは御免こうむる。

益井の行動は正しいと思った。

みな、申し合わせたように一斉にライトで中を照らした。

業務用のシンクや冷蔵庫がそのままにされている。

フライパンなどの調理器具がわけのわからないゴミと一緒に地面に散乱し、あまり安全ではない。

「あっちゃん!気ぃつけろよ!サンダルなんやから!」

と、一番防御力が低い出で立ちのアズサを気遣う木林。

しかし、

「もうグチャグチャなんやから、手遅れ!」

と、足が汚れて不機嫌なアズサには逆効果だった。

しかし、中に入ると一層内臓にくる…

霧子もあまり体調がよさそうではない。

「あなた、大丈夫ですか?」

益井が霧子の様子に気づき、声をかけた。

「あ、まだ、大丈夫です。ありがとうございます…」

と答える霧子だが、声に力をがない…

「あなたも、鋭い方のようだ…飲まれぬようにお気をつけ下さい。」

益井のこの言葉を聞いて、オレは心霊現象研究家を名乗る益井の知識が確かなものだと感じた。

霊感の鋭い者が、霊体からのプレッシャー…『霊圧』とでも言えばよかろうか…その霊圧が高い場に入ると、霊障を受ける。

オレの内臓に感じるプレッシャーなどは明らかに霊圧である。

幼少から霊感が鋭いオレは経験を積んでいるし、叔母からの教えである程度の知識を持っている為、そうなる事はほとんどないが、『飲まれる』とは、その霊圧に負けて、体調不良になり、ひどい場合には行動不能…最悪の場合になると肉体を乗っ取られる…所謂『憑依』されるというやつだ…そういう状態に陥る事を、その筋の専門用語で『飲まれる』と表現するのだ。

霧子は、オレが感じるに、オレと同じくらい鋭い。

しかし、経験ではオレとは雲泥の差があるように感じられる…

この間の北尾の絵画事件の時に感じたプレッシャーと比べれば、全く問題にならないレベルである。

しかし、霧子は今、その低い霊圧に押されている。

オレはポケットからメンソールキャンディを取り出した。

この間、AYAさんに教えてもらったのだが、メンソールの清涼感は、霊圧による体調不良を和らげる効果があるのだという。

それで、ポケットに入れて五個持参していたのだ。

「酒井さん、これ舐めときや。ちょっとマシになるよ。」

オレはキャンディを霧子に手渡した。

「あ、ありがとう…」

霧子は包みを開けて、キャンディを口に入れた。

キャンディを口の中でコロコロと転がす霧子。

「どう?気分マシかな?」

オレは霧子に尋ねた。

「うん…ちょっとスーとしたかな…」

そりゃスーとはするだろう、メンソールなのだから…

「あ、頭がね!」

自分が当たり前の事を言ったと自覚したのか、霧子は少し笑いながら答えた。

霧子は頭タイプのようだ。

オレは胃からくるタイプで、AYAさんもそうらしいが、まあ、色々いる。

霊圧を受けると、瞼が痙攣するタイプ、唇が痙攣するタイプ、尿意をおぼえるタイプ…変わり種では、鼻の穴の周りが痒くなるという人もいるらしい。

それは、アレルギーの症状に似ているのかも知れない。

さて、厨房にはめぼしいものが何もない。

オレ達は厨房を出て、廊下に出た。

暗い。

建物の奥へ行けば行くほど暗くなるのは当たり前だが、人間は本能的に暗闇を恐れる。

やはりいい気はしない。

しかし、木林のライトは明るい。

どこから入手しているんだろう、これを…?

廊下を歩くと、引き戸の部屋を見つけた。

見ると、木製の看板が挙げられており、

『一龍の間』

おそらく、そう書かれている。

益井が口を開いた。

「ここ、八龍には一から八までの龍の名がついた客室があったようです…それをまとめて八龍という名前になったのかも知れませんな…」


それを聞いた時、何故かはわからないが、オレは激しい嫌悪感を覚えた…

その名前のつけ方がひどく不遜な事のように感じたのだ…


しかし、わからない事に思いを馳せている場合ではない…

隣で、何やらバシバシと音がする。

「ちょっ、やめろや、あっちゃん!痛いって!」

ライトで照らすと、アズサがまた、木林の背中を左手で叩いている。

アズサは、笑っている。

「あははははははっ!」

木林は、

「何やねん!ほんまにやめろや!」

とアズサを振り払おうとするが、アズサは笑ってやめようとしない。

はっとしたオレは、アズサの顔をライトっ照らした。


アズサの両目の瞳が、まるでそれ単体の生き物のように不規則にグルグルと回っている!


「ええ加減にせえ!やめろ言うてるやろ!」

ついに切れた木林がアズサを突き飛ばそうとした。

「待て木林!あっちゃんおかしい!」

木林ははっとして手を止めた。

霧子がアズサを抑えようと駆け寄る。

「斎藤さん!」

アズサの体に手をかけた霧子だが、それを凄い勢いで振り払うアズサ。

その勢いで背中から壁に激突する

霧子。

「あははははは、あははははは!」

アズサの笑い声が激しくなるにつれて瞳の回転が増しているように見えた。

突然の事に、オレ達は固まってしまった。

次の瞬間、アズサは手に持っていたライトを投げ捨て、走り出した。

更に深い闇の中へ、アズサの姿が消えていく。

アズサの履いたサンダルがコンクリートを打ち叩く音が、建物中に響いていた…

第五話へ続く



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