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次元迷宮の迹  作者: 藤閏
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本格的 ガチムチラッシュボーディング 第三節

 口上を言い終えたのか、射手が第二射を放ち始めた。

 小型船の乗員は、戦闘員が少なくとも七人、帆や舵を操る船員が六人、漕ぎ手は見えづらいが、彼らが動かしている櫂は片舷七本だった。櫂の二対は水からあげられたまま止まっている。帆をたたんだ小型船は、ふたたび漕走を始めていても加速はしなかった。風の助けなしに一人当たり一トンは、かなり重いのだろう。

 矢は五本がウィングに当たり、一本がガラスを割り、平三角の鏃が喰いこんだ。矢はガラスを貫通はできず、船外にぶらさがった状態になった。


「大きさのわりに見かけ倒しですね。あの弓」

「合板の強化ガラスで、厚さ三センチほどか」砂利状に砕けたガラスと、鉄製らしい鏃を観察して有馬は答えた。フィルムを挟んで接着してあるのか、ガラスは崩壊せず大きな穴は開かなかった。「胴に当たれば、臓器まで深く刺さる。一撃で行動不能だ」


 礼佳は一瞬だけ怯んだものの、すぐに冷静な言葉を返した。


「あ、当たらなければどうということはない」

「もっともだ」

「そのピストルもこけおどしのモデルガンじゃなくて、本物ですよね?」

「本物だ」

「ですよねー。荷物検査は?」

「分解して機材にまぎれこませた」


 地球人と同じに見える原住民が外で元気に活動していること、外気とつながった窓の穴に異常な現象は認められないことを勘案し、有馬は『この世界』の大気に自身をさらすことを決断した。


「火炎瓶がほしい。ラウンジへ戻る」


 海図机に駆け寄った有馬は、そこに礼佳が置いたドラムバッグから携帯無線機を出した。

 前かがみになってついてきた礼佳が言った。


「あのザイ○ス猿軍団が、このあたりを実効支配してる軍隊や警察なら、叩きのめすのはまずいんじゃないですか」

「おそらくだが、やつらも仲間は壊滅している。近くに他の船はない。無線も狼煙も使おうとしていない」

「援軍が来たら? あれが沖に出られる船だとしても、長距離航海するものには思えません。人大杉。すぐに行方不明者の捜索隊が、こっちの船を見つけるかも」

「その可能性はやつらに聞く。既に攻撃をかけられている。選択肢は、降伏するか勝利するしかない。それとも見つかって引きずり出されるまで隠れるか?」


 無線機を手渡された礼佳は、それを睨んでから選択を決めた表情で質問した。


「使いかたは?」

「電源ボタンを押すだけだ。同時通話できる」

「わたしはなにを?」

「敵船を見張ってくれ。一〇分で調達する」


 廊下と階段を大股に歩き、有馬は六階ラウンジへ戻った。

 二キロメートル超(ブリッジから持ってきた文綾丸船員の双眼鏡についているレーザー距離計の性能限界が二キロメートルだ)、この高さからの水平線距離が一五キロメートルとすれば目測で八~一二キロメートルは離れた暗雲は拡散し、光を失い、成層圏あたりまで上昇し、キノコ雲と化していた。文綾丸が一〇〇ノットを大きく超える速度で動いて転覆せずにいられたことは、やはり船が乗っていた水もろとも崩落したからだろうと考えられた。


 軽食をつくるだけのラウンジの調理室には、ガソリンはなかった。

 有馬はガラスの酒の空瓶に食用油を入れ、ペットボトルのプラスチック蓋をかぶせ、ガムテープで固定した。さらに酒瓶の口に布を、胴に金属のフォークをガムテープで巻きつけた。数本のフォークは、帆布や索具に当たったときは引っかけ鉤に、木の甲板などに当たったときはガラス割りになることを期待したものだった。

 四本目の火炎瓶をつくっているときに、礼佳が無線で知らせた。


「バンデットが本船の船尾へまわります。ん? あるいはバッカニア」

「わかった。確認する」


 小型船は五〇メートルほどの距離を保ちつつ、片舷の櫂をゆっくりと動かしていた。脆そうな部分でも矢を弾かれたからか、とりあえず文綾丸を一周することにしたらしい。

 戦士と水夫が船縁で、文綾丸の巨体を見まわしている。数人が網梯子を広げ、帆綱で船につないだ棒と鉤を握り、乗りこみの準備をすませていた。

 文綾丸の船尾は、このラウンジ内よりもひどく水浸しになっていた。客船らしいクルーザー・スターンながら、こちら側に大きな露天甲板はない。棚田のような小甲板が、船楼の各階から三階までかさなっている。三階の床が、船体上面であり文綾丸の最も低い甲板だった。

 破壊されたラウンジの窓には、強く海風が吹きこんでいた。海は射ちあいをするには不向きな場所だった。軽い拳銃弾は、短い距離で風に流されてしまう。

 襲撃者を撃つならば小甲板が上下に段状となり、左右から船楼の外壁が伸びて、風を弱める設計になっている船尾構造体の奥へ引きこんでからだった。


「船尾の三階デッキで戦う。やつらを誘いこむ」

「三階デッキ……、タコ焼きの屋台があった?」

「タコ焼き? ああ。憶えていないが、たぶんそうだ」


 壁に隠れて下を見ながら、胴衣の胸ポケットにさした無線機に有馬は言った。

 三階デッキには露店の土台らしきものが残っている。他にも残骸は散らばっていたが、それらは危険を冒して怪しげな霧からあらわれた大型船へ、値打ち物をあさりに入ろうという気分にさせる魅力を欠いていた。戦争屋は貪欲だが、わりにあわない行為を嫌う。

 窓辺にへばりついている女の体を、有馬は壁から引き剝がした。上半身が左半分になっている死体から、焦げた肝臓と胃がこぼれた。


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