「あっ、お母さんだぁ!」
沖縄への下見旅行が決まって数日後。
学園の一室では、全国大会に向けた準備を進めていた十席のメンバーが、スマートフォンやパソコンの画面を囲んでいた。
画面に映っているのは、ティンカーベルの公式配信チャンネル。
沖縄の青い海を背景に、乙羽たちが楽しそうに歩いている。
「……あいつら、本当に観光してるな」
綾小路政宗が、画面を見ながら呟いた。
「そりゃ沖縄に行ったんだから、観光くらいするでしょ」
如月アリスが答える。
「でも、下見が目的じゃなかったっけ?」
「それもやってるんじゃないか? 昨日はダンジョン攻略の配信をしていたらしいしな」
大門龍太がそう言いながら、画面を指差した。
「それにしても、いい景色だな!海もきれいだし、俺も行きたかったぜ……」
「龍太、あなたは合宿の準備があるでしょう」
藤堂ヒカルが冷静に突っ込む。
「わかってるって! だからこうして配信を見てるんだろ!」
「それ、準備の手は止まってない?!」
五代瑠奈が笑いながら言った。
「うっ……。ま、まあ、休憩も必要だろ!」
「そういうことにしておこうか」
小金沢祐樹が苦笑する。
羽生翔も画面を覗き込みながら、楽しそうに笑っていた。
「でも、こうして見ると、本当に旅行って感じだな。ダンジョンの中にいるときとは全然違う」
「そうね。普段の配信では戦闘が中心だから、こういうのも新鮮だわ」
アリスも頷いた。
今回、沖縄へ向かったのはティンカーベルの五人と静。
全国大会に向けた合宿とは別に、彼女たちの実力に合ったダンジョンを探すための下見旅行だ。
ただ、せっかく沖縄まで来たのだから、観光も楽しもうという話になったらしい。
そして今、配信では、その観光の様子が映し出されていた。
◇
「みんなぁ、見て見てぇ。海がすっごくきれいだよぉ!」
画面の中で、乙羽がカメラに向かって手を振っていた。
背後には、透き通った青い海が広がっている。
「本当だね。天気もいいし、観光にはぴったりだよ」
琴が穏やかに微笑む。
「こういうところに来たら、やっぱり海で遊びたくなるよな!」
柳も楽しそうに声を上げた。
「今日は観光が中心だから、あまり遠くまで行かないようにしましょうね」
静が三人に声をかける。
「はぁい」
乙羽が返事をした。
その横では、梓が海を眺めながら、少しだけ表情を緩めていた。
「……沖縄って、こんなにきれいなのね」
「梓ちゃん、初めて来たのぉ?」
「ええ。冒険者として遠出することはあっても、観光目的で来る機会はあまりなかったから」
「そっかぁ。じゃあ、いっぱい楽しもうねぇ」
「そうね。せっかく来たんだもの」
梓は素直に頷いた。
いつもなら、もう少し強気な返事をしそうなところだが、今日ばかりは景色を楽しむ気持ちのほうが勝っているらしい。
そんな彼女たちの後ろから、小さな妖精がふわりと飛んできた。
「皆さん、そろそろ次の場所へ移動しましょうか。お昼も近いですし、沖縄の名物料理を食べに行きたいところです」
「先生、やっぱり食べ物が目的なんじゃないのぉ?」
「何を言うのですか。観光において食事は重要ですよ」
リーゼロッテは真面目な顔で言い切った。
「それに、現地の食文化を知ることも立派な調査です」
「ふふっ。そういうことにしておきましょうか」
静が笑った。
画面の向こうでは、コメント欄も賑やかだった。
『海きれいすぎる!』
『今日の乙羽ちゃん、完全に観光モードだな』
『柳ちゃん、今にも海へ走っていきそうw』
『梓ちゃんが普通に旅行を楽しんでるの、なんか新鮮』
『先生、食べ物の話になると急に元気になるなw』
『静さんも一緒なのいいなぁ』
十席のメンバーも、それぞれコメントを眺めながら笑っていた。
「こういう配信もいいね」
瑠奈が言った。
「戦闘中は見られない表情も見られるし、観光地の紹介にもなる。普通に参考になるよ」
「確かに。合宿で沖縄に行くときにも、役に立ちそうだな」
政宗も頷いた。
「ただ、俺たちが行くときは、観光より訓練が中心になるんだろうけどな」
龍太が少し残念そうに言う。
「まあ、合宿だからね」
アリスが苦笑した。
「でも、訓練が終わったあとに少しくらい観光できるかもしれないよ」
「おっ、それはいいな!」
龍太の表情が明るくなった。
そのとき、画面の中で乙羽が何かに気づいたように振り返った。
「あっ、お母さんだぁ!」
「……え?」
政宗が思わず画面を見直した。
乙羽が駆け寄った先には、一人の女性が立っていた。
柔らかな雰囲気をまとい、穏やかな笑顔を浮かべている。
艶のある髪と若々しい顔立ち。どう見ても二十代後半ほどにしか見えない。
その女性は乙羽を見つけると、嬉しそうに手を振った。
「あらあら~。乙羽、待ったかしら~?」
「ううん。今、着いたところだよぉ!」
乙羽は女性のそばへ寄ると、嬉しそうに笑った。
「お母さんも着いてたんだねぇ!」
「ええ~。せっかく沖縄まで来たんですもの。お母さんも一緒に楽しみたいわ~」
奏はそう言って、乙羽の頭を優しく撫でた。
その様子を見て、学園の一室では、十席のメンバーが一斉に固まっていた。
「…………」
「…………」
「…………え?」
最初に声を上げたのは瑠奈だった。
「ちょっと待って。今の人、お母さんって言った?」
「言ったな……」
政宗が呆然と答える。
「乙羽のお母さんってことは……」
「音無奏さん、だよね?」
アリスが確認するように呟いた。
「そうだと思うけど……」
ヒカルも画面を見つめていた。
彼女たちも、乙羽の家族についてまったく知らないわけではない。
静が姉であることも、奏が母親であることも聞いている。
ただ、実際にその姿を見たことはなかった。
そして、目の前に映っている女性は、どう考えても母親という年齢には見えなかった。
「……若くないか?」
翔が思わず口にした。
「若いっていうか、二十代後半くらいにしか見えないんだけど……」
祐樹も困惑したように言う。
「いや、でも乙羽ちゃんたちの母親なんだよな?」
「そうだよね……?」
アリスも、画面から目を離せなかった。
「……おい。静さんも、20歳って言ってたけどかなり若く見えるよな?」
龍太が思い出したように言った。
「確かに。静さんも年齢を聞かなければ、高校生でも通じる。」
政宗が頷く。
「音無家って、どうなってるんだ……?」
「それ、私たちが聞きたいよ!」
瑠奈が即座に突っ込んだ。
◇
配信画面では、奏がカメラに気づいたところだった。
「あらあら~。皆さん、こんにちは~」
奏はにこにこと笑いながら、カメラへ向かって手を振った。
「乙羽と静がお世話になっています。音無奏です~。今日は私も一緒に沖縄を楽しませてもらいますね~」
『えっ、お母さん!?』
『乙羽ちゃんのお母さん!?』
『若すぎない!?』
『二十代にしか見えないんだが!?』
『あらあら系のお母さんだ!』
『声も雰囲気も柔らかいなぁ』
『音無家、遺伝子どうなってるんだ……』
コメント欄が一気に流れ始めた。
奏はそれを見て、少しだけ首を傾げた。
「あらあら~。皆さん、そんなに驚かなくても~」
「お母さん、みんな、お母さんが若く見えるって言ってるんだよぉ」
乙羽が説明する。
「あら~。そうなの?」
奏は自分の頬に手を当てた。
「ふふっ。ありがとうね~。でも、そんなに若く見えるかしら~?」
「見えるよぉ。すっごく若いよねぇ」
「まあまあ~。乙羽ったら~」
奏は嬉しそうに笑った。
その隣で、静が少し呆れたように口を挟む。
「お母さん、あまり視聴者の皆さんをからかわないの」
「からかってなんかいないわよ~?」
「その笑顔で言われても、説得力がないのよ……」
静がため息をつくと、乙羽がくすくすと笑った。
「お姉ちゃん、お母さんはいつもこんな感じだよぉ」
「それは知っているわよ」
「ふふっ。静ちゃんも、昔から変わらないわね~」
「……お母さん?」
静の目が細くなる。
「あらあら~?」
奏は、何事もなかったかのように微笑んだ。
画面の向こうでは、コメント欄がさらに盛り上がっていた。
『静さん、お母さんには勝てないんだなw』
『乙羽ちゃんも静さんも、お母さんには弱いのか』
『この親子の会話、ずっと見ていられる』
『奏さん、見た目だけじゃなくて雰囲気まで若いな』
『お母さんが来たことで一気に家族旅行感が出たw』
『静さんのツッコミが増えてて草』
学園の一室でも、十席のメンバーが笑っていた。
「なるほど……。静さんが乙羽ちゃんに甘い理由が、少しわかった気がする」
アリスが言った。
「いや、今のどこでわかったんだよ?」
龍太が首を傾げる。
「家族みんな、相手のことをよく見ているし、遠慮なく話しているでしょう? 仲がいいんだなって」
「ああ、そういうことか」
龍太も納得したように頷いた。
「でも、あのお母さんが家にいたら、毎日楽しそうだよな」
「そうだねぇ。あらあら~って笑いながら、全部見透かしてそう」
瑠奈が笑った。
「……それは、ちょっとわかるかもしれない」
翔も苦笑する。
◇
その後、配信は沖縄観光の続きへと移っていった。
奏が合流したことで、乙羽たちはさらに賑やかになった。
海沿いの道を歩き、景色のきれいな場所で写真を撮り、沖縄の名物料理を食べに行く。
静は観光地の案内を読みながら、乙羽たちが迷わないように気を配っていた。
琴と柳は、食事の注文を相談している。
梓は海を背景に写真を撮り、奏に「一緒に撮りましょう~」と誘われて、少し照れながら隣に並んでいた。
リーゼロッテは、メニューを見た瞬間から真剣そのものだった。
「これは何ですか? こちらもおいしそうですね……」
「先生、全部食べるつもりなのぉ?」
「食べられるものなら、いろいろ試してみたいではありませんか」
「ふふっ。じゃあ、みんなで少しずつ頼みましょうか~」
奏の提案に、全員が賛成した。
そして、テーブルに料理が並ぶと、配信のコメント欄は再び大騒ぎになった。
『飯テロだあああ!』
『沖縄料理おいしそう!』
『先生、目が本気すぎるw』
『奏さんも一緒に食べてるの、なんかいいな』
『静さん、家族の面倒を見てるお姉ちゃんって感じだ』
『梓ちゃんもすっかり馴染んでるな』
『これ、ダンジョン下見の配信だったよな?』
『観光も食事も楽しんでるから、これはこれでありがたい』
学園で見ている十席のメンバーも、画面に釘付けだった。
「……なんか、こっちまで旅行した気分になってきたな」
政宗が呟く。
「だよね。沖縄の景色もきれいだし、料理もおいしそうだし」
瑠奈が頷いた。
「合宿が終わったら、少しくらい観光する時間も欲しいね」
アリスが言う。
「そのためにも、まずは全国大会に向けて頑張らないとな」
政宗が改めて口にすると、全員が頷いた。
今はまだ、合宿の準備を進めている段階だ。
沖縄でどんな訓練をするのか。どのダンジョンを使うのか。11人でどう連携を取るのか。
決めなければならないことは多い。
けれど、こうして先に沖縄の様子を見られたことは、いい刺激になった。
「よし。俺たちも、負けていられないな!」
龍太が拳を握る。
「そうだね。せっかくの合宿なんだから、しっかり成果を出そう」
ヒカルも頷いた。
「うん。ティンカーベルのみんなが観光を楽しんでいる間に、こっちはこっちで準備を進めようか」
政宗がそう締めくくる。
画面の向こうでは、乙羽たちがまだ楽しそうに笑っていた。
沖縄の青い海。
家族と仲間たちの賑やかな会話。
そして、若々しい母親の「あらあら~」という柔らかな声。
今回の配信は、ダンジョン攻略とは違う魅力で、視聴者たちを楽しませていた。
そして、学園に残った十席のメンバーもまた、画面越しに沖縄の空気を感じながら、全国大会への気持ちを新たにするのだった。




