第十二話 小さな君の名は
更新遅くなりました(´;ω;`)スイマセン
続けられるように頑張ります!
最初に動いたのは、ルナリアだった。
一歩、また一歩と、灰色の小さな生き物へ近づいていく。その目は、これ以上ないほど輝いていた。
「ふわふわだねえ! 可愛いねえ」
はしゃいでいるのに、声も足音も、目の前の小さな生き物を驚かさない加減に収まっている。
「お名前は?」
ルナリアが尋ねると、小さな龍は眠たげに瞬きをした。
「人に名前を聞く時は、まずは自分からだよぉ」
「あ、それもそっか」
ルナリアは素直に頷く。
「私はルナリア。ルナリア=ドーンフェルっていうの。よろしくね」
「よろしく、ルナリア!」
返事は早かった。
さっきまで「だれェ?」と呟いていたわりに、もう距離感が近い。一人と一匹、というべきなのだろうか。ともあれ、二人はもう打ち解け始めていた。
ラヴィだけが、まだ状況に追いつけずにいる。
自分の胸の奥から出てきた、羽が生えた小さなネコ。
その不思議な動物?と、さっき出会ったばかりの森の少女。なぜか二人が、普通に会話している。
分からないことが多すぎた。
「ボクは……」
小さなふわふわは、そこで首を傾げた。ふわりとした尾が、空中でゆっくり揺れる。
「お名前、なんだろう?」
「自分の名前は分からないんだ」
ルナリアが不思議そうに繰り返すと、小さな生き物は当然のようにラヴィの方を向いた。
「ねえラヴィ、ボクの名前はなぁに?」
急に名指しされて、ラヴィはようやく我に返る。
「……お前、俺のことは分かるのか?」
「当たり前でしょぉ。ずっと中にいたんだから」
「中」
ラヴィは思わず自分の胸元を見下ろした。
そこから出てきたのだから、まあ、間違ってはいない。間違ってはいないのだが、納得できるかどうかは別だった。
その横で、ルナリアがぱちりと瞬きをする。
「ラヴィ君の中から出てきたってことは……ラヴィ君が生みの親ってこと?」
「違う」
「ラヴィ君、ママなの?」
「ママじゃない」
即答した。
灰色の小さな生き物が、今度は真剣な顔でラヴィを見る。
「ラヴィはボクのママなの?」
「だから違う」
森のかたちが、くすりと笑うように揺れた。
フォルシルだ。
先ほどから静かに見守っていた精霊は、このやり取りを止める気はないらしい。
「じゃあ、パパ?」
「えっ、ラヴィ君パパなの?」
ルナリアが、丸い目をして食い気味に尋ねてくる。
「なんで俺がママってことより、そっちの方が意外そうなんだ」
ラヴィが言うと、小さな龍はますます首を傾げた。
「じゃあ、ラヴィはラヴィ?」
「そういうこと」
「ボクは?」
「……それは」
ラヴィは言葉に詰まった。
名前をつける。
簡単なことのようで、すぐに決められるものでもなかった。
すると、横からルナリアがそっと身を乗り出してくる。
「じゃあ、私がお名前つけてもいい?」
「ルナリアが?」
「うん。見た瞬間に、いい名前を思いついたの」
小さな龍の銀色の瞳が、ぱっとルナリアへ向く。
「ルナリアが名前つけてくれるの? ありがとう!」
早い。
ラヴィがそう思うより先に、謎のふわふわ猫はすっかり受け入れていた。
ルナリアは一度、ラヴィの方を見る。本当にいいのかと、表情で尋ねているようだった。
ラヴィとしても、特に止める理由はない。名前を決めかねていたのは自分だ。小さく頷くと、ルナリアは嬉しそうに笑った。
「フィオ」
ルナリアは、小さな龍の前でそっと指を立てる。
「あなたは今日から、フィオちゃん」
「フィオ」
フィオと名付けられた者は、確かめるようにその響きを繰り返す。
「ボクはフィオって言うんだね。初めて知ったよ」
「だって、今決まったんだよ」
ラヴィは思わず笑いながら返す。
フィオは不思議そうに首を傾げている。
自分の胸の奥から出てきた小さな龍に、ルナリアが名前をつける。その名前を、フィオは当然のように受け入れている。
けれど、悪い気はしない。
胸の奥に残っていた空白へ、温もりがそっと収まったような心地がした。
◇
名前が決まると、フィオはますます機嫌が良くなったらしい。
ふわふわとラヴィの周りを一周してから、ルナリアの肩の上あたりまで飛んでいく。
「フィオちゃん、こっちおいで」
ルナリアが両手をそっと差し出すと、フィオは素直にその手のひらへ降りた。
灰色のちいさな身体は、思ったよりも軽いらしい。ルナリアの指がそっと背を撫でる。フィオは目を細めて、気持ちよさそうに首を伸ばした。
「あったかい」
「ボクもあったかいよぉ」
返事は、半分眠そうだった。
森のかたちが、また小さく揺れる。
『……いい名だな』
フォルシルの声が、ぽつりと落ちてきた。
『フィオ。よく似合っている』
「ふふん、でしょ?」
ルナリアが、得意げに胸を張る。
フィオはその胸元あたりで、もぞりと体勢を変えた。短い前脚で、ルナリアの指先をちょいちょいと突いている。何かを要求しているというより、ただ触れていたいだけ、という仕草だった。
「……お前、人懐っこいな」
ラヴィがぽつりと呟くと、フィオは銀色の瞳でちらりとこちらを見上げた。
「ラヴィのことは、昔から知ってるもん」
「俺は今日初めて会ったんだが」
「ボクはずっと知ってるよぉ」
話が噛み合っているのか、いないのか。
ラヴィは小さく息を吐いて、もう深く考えるのをやめた。
木漏れ日が、フィオの背に淡く落ちる。
ルナリアの手の中で、ちいさな身体がゆっくりと上下している。
ふと、ラヴィは妙な感覚に気づいた。
胸の奥にずっとあった、形にならない違和感。
名前のつけようがなかった、あの重さ。
それが、今は消えている。
代わりに、目の前にこの小さな生き物がいる。
たぶん、繋がっているのだろう。理屈で説明はできないが、そう感じた。
フォルシルが、何かを言いかけて、すぐに口をつぐんだ気配があった。
ラヴィがそちらへ視線を戻したときには、もう森のかたちは静かに揺れているだけだった。




