プロローグ
「んーーー! 潮の香りが最高やね、ゴン!」
私の頭の上で、ゴンが「きゅ〜!」と短く鳴いて同意する。もふもふの尻尾が私の首筋に当たってちょっとくすぐったい。
異世界にポツンと一人(と一匹)で放り出されてから、はや数ヶ月。
最初は「16歳の女子高生を12歳前後のお子様に縮ませて拉致るとか、どこの犯罪組織やねん!」とキレ散らかしていた私だけど、人間、慣れればどこでも生きていけるもんで。
今、私たちが立ち寄っているのは、大陸の南側にある小さな港町。
これがもう、めちゃくちゃ最高なロケーションなのだ。
「見てみぃ、この景色。白い壁にオレンジ色の屋根。青い海とのコントラストが完全に『映え』の塊やん。昔、テレビの観光番組で見たイタリアのアマルフィとか、あのへんのオシャレな街にそっくり。日本におった時は海外旅行なんて縁遠かったのに、まさか異世界でこんなリゾート気分味わえるとはなぁ……」
キョロキョロと綺麗な街並みを見回しながら、私は右手に持った串焼きをパクリとやった。
じゅわっと口いっぱいに広がる、ジューシーな肉汁。
「んんんーーー! この『マウンテン・バイソン』の牛串、めっっっちゃ美味い! おっちゃん、焼き加減天才ちゃう!?」
「ハハハ! 嬢ちゃん、いい食べっぷりだね! 特製のハーブ塩が効いてるだろ?」
屋台の気前のいいおっちゃんが笑う。
山も海も近いこの街は、新鮮なシーフードはもちろん、山の幸や美味しいお肉も集まるグルメのパラダイスらしい。食べ歩き大好きな私へのご褒美ですか、神様。あ、存在抹消された件はまだ許してへんからな。
私はもぐもぐと口を動かしながら、左手に持った本――私の相棒である『異世界ガイドブック』を開いた。
巻頭の地図を開くと、今いる場所がピカピカと光っている。親切設計、ほんま助かるわぁ。
「さてさて、お腹も膨れてきたし、次はどこ行こっか。ゴン、なんか気になる場所ある?」
「きゅきゅっ」
ゴンが頭の上から身を乗り出して、ガイドブックのページを覗き込んでくる。可愛い。狼にいじめられてた時はどうなることかと思ったけど、今や立派な私の旅の相棒(兼癒やし担当)や。
「なになに? 『街の裏手にある高台の教会からは、夕暮れ時に海が一望できて、ロマンチックなデートスポットとして大人気!』……デートスポットかぁ。今世(?)の私は12歳やし、相手はキツネやし、色気もへったくれもないなぁ。まぁ、景色綺麗そうやし行ってみる?」
本をパタンと閉じ、カードホルダーのページをめくる。
生活費カードの残高はまだまだ余裕。ついでにパラパラと自分のステータスカード(魔法&スキルスロット)をチェックする。
「魔法カードのコピーもだいぶ溜まってきたし、魔力操作も身体強化も順調、順調。……まぁ、物理攻撃力は相変わらずゴミやから、いざとなったらゴンの『いないいないばぁ(幻術)』でビビらせて、私の『マジックブリット(ただし出力は核レーザー級)』で消し飛ばす脳筋スタイルやけど」
我ながら、見た目幼女のやることではない。
でも、そんな物騒な魔法、使わずに済むのが一番に決まってる。
平和な街の活気。
すれ違う人々のおだやかな笑顔。
潮風に乗って聞こえてくる、波の音と子供たちの笑い声。
「はぁー……。世の中、平和が一番ですん。どっかの誰かさんは、今頃おらん魔王を探して血眼になってダンジョンとか潜ってるんやろなぁ。……うん、強く生きてや、みんな!」
どこかの王都で必死こいてるはずの元クラスメイト(勇者一行)に、心の中でそっと(生温かい)エールを送る。
「よし、ゴン! 夕暮れまでまだ時間あるし、まずはガイドブックお勧めのジェラート屋さん探そか! 期間限定の『ルビー・ベリー味』、絶対食べなあかんやつや!」
「きゅ〜ん!」
私たちは弾むような足取りで、白い壁の坂道をのんびりと歩き出した。
異世界観光、本日もすこぶる順調です!




