豪華な屋敷と鬼神ジジイ
「お前ら、生意気だぞ! 少しは歳上を敬えってんだ」
ふて腐れたようにあたしは言う。もちろん両隣のアンジェラとミシェルに向けてだ。
「年齢マウント……。歳上の癖に言うことが、まるでお子様。……ふふ」
「負け惜しみは恥ずかしい行いですよ」
……むかつく。
アンジェラとミシェルはどこまでもいけすかなかった。だけど、ここまでのやり取りで悪いやつらじゃないことはわかるし、さっきまでの暴行も主人の命令を忠実に実行しただけなのだろう。主人を守るためなら、あたしみたいな不良に制裁するのは必要なことだしな。
認めるのは悔しいけれど、このやり取りもちょっとは楽しいのだが……、それでも……、むかつくものはむかつく。
「……なんだと……この」
「また関節痛めたいのかしら?」
「そうみたいですよ。お姉さま。いっそのこと折ってしまっていいのでは? と。ミシェルは思います」
…………ぐぬぬ……。
あたしは何も言い返せなかった。
追い詰められたあたしは、素直に言う。
「折るのはマジやめて……」
もはや、あたしの劣勢だった。圧倒的な力の前には、あたしも折れるしかなかったのだ。
そうやって、あたしが両隣のメイドたちと口論していると、リムジンが豪勢なお屋敷の前で停止した。門がでけえ。
「お嬢様、到着しましたよ」
運転手のおっさんがそう言った。
「着いたようですわね」
みやびがそう言って車を出る。
「ほら胡桃――」
「――出てください」
アンジェラとミシェルに力強く押し出される。
「――くわっ! ちょっ! 乱暴に扱うな! あたしはものじゃねぇんだ!!」
反抗したかったが、アンジェラとミシェルには二対一では敵わないことは身をもって知ったので素直に出た。
屋敷を正面から見る。
「………………でっけぇ……」
そのあまりの大きさに圧巻された。財閥経営者は伊達ではないらしく、庭もすごく広いのがわかる。
あたしはみやびの隣に並ぶ。アンジェラとミシェルは門を開くため、何かやってる。
やがて、門が開いた。
「ようこそ。ここが花園家よ」
大きな噴水があった。あっちにはお花が咲き誇る園まである。
そこで気付く。大きなプレッシャーを放つジジイが二階の窓からこちらの様子を伺っていた。
「お爺様……」
みやびが呟く。
それに対して、あたしは反射的に返した。
「お爺様?」
「ええ、私のお爺様花園仙里です。お爺様は、かつて《財界の鬼神》と呼ばれていました。そう呼ばれるだけのこともあり、隠居している今でも、その身に纏う強烈な覇気は健在なのですわ」
確かに、ジジイからはこちらを圧迫するかのような大きな大きなプレッシャーを感じた。
と、次の瞬間――。ジジイが窓を開け、こちらに向け弾丸のように飛び出してきた。
高いところから飛び降り、スタッと着地したジジイは、こちらをそのとてつもない眼力でギロりと睨んだ。
目を引くのは、鍛えあげられた太い腕。手には木刀を持っている。
突如現れたジジイを油断なく注視していると、
「――そこのお若いの」
ジジイがそう言った。
あたしは左右をキョロキョロと見回す。アンジェラとミシェルが顔の前で、ちがうちがうと手を振り、あなたあなたと掌であたしを指し示してきた。そっか、あたしか。
どうやら、ジジイはあたしに向けていったようなので、ジジイに答えてやる。
「えっと……、あたしか?」
「そうだ。今の状況で呼び掛けるような相手で、お前以外に誰がいる」
「たしかに。わざわざ二階から飛び出してきて呼び掛けるような相手は、この場にはあたし以外にいねーな」
「さよう。――であらば、次に続く言葉ももう察しがつくじゃろう」
「いや、それは無理だ。エスパーじゃねえから、あんたの考えてることなんざわかんねえよ」
「そうか。ならば仕方がない。答えを教えてやろう。『いざ尋常に勝負!』じゃ!」
「話がわかりやすいや、つまり、あんたを倒さなければ敷地は跨がせないってことだろ?」
「そうじゃ。じゃが、別に倒さんでも、儂がお主を認めればそれでいい。逆に、お主が負けたら、資金援助はせぬ。じゃから、心してかかってこい!」
ジジイが構えた。
「わしは花園仙里。人呼んで、《財界の鬼神》じゃ!」
――ジジイに敗北したら資金援助なしだと!? おい、あたしはなんとかなるが、あたしのお袋が路頭に迷うじゃねえか! いい加減にしろよ、ジジイ!! ジジイはなんも悪くないけど。
あたしが内心で理不尽に憤っていると、
「はい、胡桃さん。武器です」
ミシェルに、『武器』と言われて細長い棒を手渡された。それはどう見ても洋服をかけるアレにしかみえない。というか、それだろう。つまり――
「物干し竿じゃねえか!」
「いいえ。ただの物干し竿ではありません。それではもしも運悪く急所に当たったりした場合、お爺様がぽっくり逝ってしまうかもしれないではありませんか。人に優しく人を傷つけない――その名も、《慈悲の物干し竿》です。どうです、素晴らしいでしょう?」
「もうなんでもいいや……」
あっちは普通の木刀だろうにこれじゃあ手加減みたいなものだな……、まあ、老人には優しくしないといけないしな。などと思いつつ、あたしは《慈悲の物干し竿》を構える。
「来い、ジジイ!」
「――では、いくぞ! 若いの!」
剣豪ぶった気合いとともに――実際剣豪なのかもしれんが――ジジイがこちらに向かって猪のように疾風のごとく真っ直ぐ突っ込んできた。結構な速度である。
あたしは息を飲んだ。
やるなジジイ!
あたしが目を見張った隙に、ジジイが斬りかかってきた。
「うぉ!!」
慌ててすんでのところでかわす。ジジイは止まらずそのままの勢いであたしの真横を抜けていった。
直ぐに体制を立て直し振り返ると、ジジイが居なくなっていた。
……あれ、ジジイ何処行ったんだ?
あたしはぐるりと視線を這わすも、どこにも見当たらない。さっきとの違いといえば、さっきまでジジイが居たところに大きな穴が――
「胡桃! 気を付けなさい、下から来るわよ!」
あたしの思考に割り込むように、アンジェラがぴしゃりと鋭い口調で、そう警告してくれる。
アンジェラにも優しいところあるんだなとちょっとは見直した。あのジジイの味方したくないだけかもしれないけどな。
「は? 下?」
あたしが足元に注意を払うと、地面が揺れる。あたしは、慌ててとびすさった。
すると、メキメキメキと地面が捲れ――地面が割れた。
「せいやぁ!!」
そんな叫びと共に、さっきいたところの土が吹っ飛ぶ。土や石ころ、さらに、ミミズやらモグラやら、あげくのはてに、なんかの幼虫が出てきて、盛大に土煙が舞った。
なんと土にまみれたジジイが地面から出てきたのである。地中を泳いできたとでもいうのか!? なんにせよ、とんでもなく迷惑なジジイであった。
「お爺様!! 後でそこ直してくださいまし!」
みやびが頭を抱えていた。
うん、語気を荒げる気持ちもわかるわ。こちらまで、腹立ってきた。
「おい、ジジイ!! 服が汚れるじゃねえか!! クソ迷惑な真似しやがって!! 暴れんなよ!」
「うるさいわい。勝負の最中に世迷い言を申すでない」
ジジイはそんなあたしの憤慨に対し、何処吹く風といった様子だった。土で汚れた服を叩いている
こんにゃろお……なめ腐りやがって……。
「にしても。秘奥――《土竜突き》。これを避けるとは、お主、やるのう」
ジジイが見直したような目で見てくる。
――いや、アンジェラが警告してくれなきゃ、ヤバかった。
そのとき、ジジイがいたのは、地下だからジジイにはアンジェラの警告が聞こえてなかったのだろう。アンジェラの助太刀のせいで負けるのも嫌だし、助言については、言わないでおく。
というか、何が秘奥だよ。ただ地面に潜っただけじゃないか……、とんでもないジジイだ。この技はジジイ以外には実現不可能だな。
「へっ! た、大した技じゃねえな」
実はそれは強がりから出た嘘だった。内心結構驚いているが悟られないように余裕ぶったのだ。
「ならば、これはどうじゃ!」
ジジイが高く飛び上がった。なんということだろう、屋敷の2階と同じ高さだ。
超人的な跳躍力を発揮したジジイは叫ぶ、
「《大車輪》!!」
二階に当たる位置の空中で力を蓄えるかのようにグルングルン縦回転する。ジジイを中心に、大気がかき混ぜられるかのように、うねった。ジジイがまるで小型の竜巻になったかのように、砂埃が舞い踊る。
回転の勢いは殺さずにそのままこちらに向けて、急速に降下してきた。
木刀は大気を割るかのように風音を立てながら突き進んでくる。木刀なのに真剣に劣っていないように思えた竹を切れそうなくらいの威力を孕んでいた。
――なるほど、こうきたか。
あたしは至って冷静だった。みやび、それにアンジェラやミシェルが、避けるように言ってくるのも聞こえたが、それどころではなかった、あたしは技の分析をしていたのだ。
あれは、たしかにとんでもない攻撃だ。威力、速度、共に申し分もない、あんなの食らったらひとたまりりもないだろう。というか、人間相手に使っていい技とは思えないくらいに、恐ろしい技だと、あたしは評価した。素人相手に使うならばの話だが……。
――残念ながら、あたしは玄人なんでね……!
極限まで集中した意識で、あたしは、《大車輪》の弱点を把握した。この間、僅か数秒。
《大車輪》の弱点、それは――側面だ。正面から挑んだら難敵だが、側面の防御は若干おざなりなのだ。
つまり、横から突けば、崩れる程度の柔な技だったのだ。――まあ、あたしに匹敵するくらいの戦闘力がなきゃ、こうは言えないが。
危険範囲から横にずれ、ジジイのいる高さまでジャンプ。
《慈悲の物干し竿》をジジイに向け、振るう。
「くらぇぇ!!」
「――ぬぉぉおおお!!」
雄叫びと共にジジイは凄まじい反射神経で《慈悲の物干し竿》を弾こうと木刀を合わせてきた。《慈悲の物干し竿》と木刀がかち合った。――だが、ジジイの応戦は、それでも僅かに遅かったのだ。
――ジジイはよくやった。正直、驚いたよ。ここまでやるやつがいるなんて……、だが、今回はあたしが勝ちをもらう!
次の瞬間、ジジイの手から木刀がすっぽぬけた。あたしの持つ《慈悲の物干し竿》が、ジジイの木刀を弾いたのだ。
「なにっ!?」
「吹っ飛べぇぇ、ジジイィィ!!」
驚愕に目を見開くジジイに、トドメとばかりに、《慈悲の物干し竿》をぶち当てた。もちろん加減はしているが、《慈悲の物干し竿》は、ジジイに効果覿面だった。
――さっきの《土竜突き》とやらで汚れているし、噴水で綺麗にしてこい!
ジジイはあたしが意図した通りに噴水に向けて、弾き飛ぶ。
「――ぐふぉ!」
ジジイは苦悶の声を漏らす。
だが、ジジイはただ飛ばされるだけではなかった。
「見事なり!」
と、飛ばされながらジジイが言ったのだ。
そしてジジイ、噴水に墜落。ド派手に入水。
――バッシャーン!! という大きな着水音。
噴水に溜まっていた水が飛沫をあげる。
噴水の水量がかなり少なくなったが、まあ大丈夫だろう。
ジジイはというと。噴水に浸かったものの、すぐに飛び出てきた。
「ゲホッ、ゲホッ!……こんな老いぼれを、容赦なく噴水に放り込むとはな……。お主、いい筋しとるのう。認めよう。敷居を跨いでよいぞ。――じゃあの」
「……あ、ああ」
あたしはジジイのタフさに驚いて、若干引き気味にそう返した。
ジジイはぴとぴとと水滴を垂らし、落ちていた木刀を拾いあげ、普通に玄関から家へ戻ってった。風呂に入って、暖かくして寝てくれよ? 風邪引かれたら、困るし。
あっ、タオルケット持ってきて妙齢のメイドさんがジジイを拭いてる。メイドって、アンジェラとミシェル以外にもいるんだ。
それはともかく、どうやら私は、ジジイに認められたらしい。正直ジジイに認められようと認められまいと至極どうでもいいが、資金援助絶たれてお袋を悲しませるのはどうでもよくなかった。一応、喜んでおこう。というか、ジジイの無様な姿に、アンジェラとミシェルが大爆笑してる。たしかに笑えるかもしれないが、酷い奴等だ……。
――それにしても、まったく元気なジジイだ。てか、地面直しとけよな。まあ噴水に突き落とした手前、強く言えないが。
さっきジジイが荒らしやがった地面を見ると、モグラやミミズや幼虫たちが路頭に迷っていた。
あのジジイ……、ひでぇことしやがる。
「まったく、ここまでめちゃくちゃにして、困ったものね……」
「そうですね、お姉様。パワフルなお爺様の暴れっぷりには、ただただ呆れるしかありません……」
後始末は、ぶつくさ文句をいいながら、アンジェラとミシェルがやっていた。ジジイみたいな常識はずれなことは行わず普通にスコップで埋めていた。
「あたしも手伝うよ」
「わたくしも助力しますわ」
四人で埋めたらあっという間に埋まり、モグラやネズミも土に返されていく。めでたしめでたしだ。
…………にしても、あのジジイのせいで、二人も苦労してるんだな……。
あたしは二人にえらく同情した。
ちなみにそのあと、ミシェルに《慈悲の物干し竿》を返し、「これはいいものだな」と絶賛してやると、ミシェルが「ふふん、当然です」と子供のよう(実際まだ中学生くらいだし、子供だけど)に無邪気に笑い、胸を張った。
あたしは、そんなミシェルがいとおしく思え、思わず、頭を撫でてしまったが、ミシェルは「仕方ないですね……」と受け入れてくれた。
――そんな胡桃とミシェルの馴れ合いを見たみやびがむすっとしてたのに、胡桃が気付くことはなかった。