好きな物を共有するときはドキドキする
王女様との話し合いから一ヶ月が過ぎた。
僕は、あの日から僕のお手伝いさんたちと共に銅像付近の情報を集めていた。
そして、あるとき、気づいてしまった。
住民の……住民達の会話が面白いと言うことに!
例えば、これ。
「てめえ、なに言ってるのか全然聞こえねーんだよ!もっとハッキリ喋りやがれ!」
「ああ?いま何つった?」
「なんだって?」
「なんだって?」
「なんだって?」
「なんだって?」
「……おまえら人の話はちゃんと聞こうな?」
「「…え?」」
……いや、どっちも話聞いていないんかい!!
どっちの声も相手に届いていないのだ。ハッキリ喋るかどうかの話じゃない。
続いてこれ。
「あ、あのマサオ君……」
「なんだ?リーダー?」
「その、仕事場にアフロってのは、衛生的にも良くないって言うか…髪切ってきて欲しいなぁ……なんて」
「リーダー」
「は、はい!」
「確かここに……お、あったあった。ほい。饅頭食べる?」
「……あ、あははは……そのアフロ食べ物収納できたんだね……有り難くもらっておくよ……ははは……美味しいなぁ…………」
「……ぷっ、アハハハハハ!!!」
もはや爆笑である。なにこのレベルの高さ。凄く面白い。
普通の会話ももちろん含まれているが、それを加味しても会話の内容が面白すぎる。
特に意味不明の会話は僕の笑いのツボだ。
このことをレポートにして、教えてくれたヴァイオレットさんはセンスあるなぁ。
そういう訳でヴァイオレットさんは僕の中でかなりのお気に入りだったりする。
「これはあたりだな」
「そうだ!こんな面白いんだ。皆にも教えてあげよう」
楽しいことを共有すると、もっと楽しくなるしね!
そう思った僕は今日の夜に皆を集めるように近くに常駐しているゴリラ系ムキムキ女子ベビーちゃんに声を掛ける。
「ベビーちゃん、今夜みんなを集めれるように呼びかけてくれる?」
「はぁい!」
……しかし、大きいなぁ。僕よりも十センチくらい大きいよ。この図体で名前がベビーちゃんと来た。この名前を聞いた人は何を思ったのだろう。
♢
街の灯りが消え、住民達が寝静まった頃。
十畳ほどの僕の部屋に集まった黒ずくめの集団。と窓の外に規則正しく整列している黒ずくめの集団。
……さすがに、この部屋に集合させるには狭すぎたかなぁ。
「ユーリ様。団員全員揃いました」
「エリノラ姉さんは?」
「はい。気持ちよさそうに寝ています」
「ありがとう。それなら心置きなく始められるね」
僕は部屋と窓の外を見回しながら、口を開いた。
「さて、今日集まってもらったのは他でもない。これを見てほしい」
僕はお手伝いさんたちのリーダー、アリスさんにヴァイオレットさんが作ってくれたレポートを渡す。
ヴァイオレットさんが紫色の髪に整った顔立ちをした綺麗な女性だとすると、アリスさんは金色の髪にどこか幼さの残った可愛い系の女性だ。
「これは……?」
アリスさんは不思議そうな声を出す。
僕は、その問いに答える。
「これはヴァイオレットさんが作ってくれたレポートだよ。その中でも特に気に入った部分に印を入れている。確認してみて」
何だろう。いまこの瞬間がとてもドキドキする。
面白いよね?笑えるよね?
笑って欲しいな~~。
人に自分の好みを共有する事がこんなにも怖いなんて思ってもいなかった。
「……!!!!」
おおお。結構大きな反応してくれてる。
これは来たか……?
「……どうだい?面白いと思わないかい?」
「これは……なるほど……そういうことですか。さすがですね」
……んん?なんだか思ってた反応とは違うけど、一応は面白いと思ってくれたのかな?
僕とヴァイオレットさんが一緒に作り上げたレポートが次々に隣の人立ちに渡っていく。
みんな、読むの早いな~二〇秒もかかってないんじゃないかな?
てか、誰一人爆笑しないなぁ~。笑っても「ふっ」って鼻で笑うだけだし……ん?あれ?もしかしなくても面白くなかった?
ヤバイ。それはヤバイ。
自分のセンスのなさをただ暴露しただけの痛い奴じゃん。 めっちゃ恥ずかしい奴じゃん。
自分の顔が真っ赤になっていくのを感じる。
顔から火が出そうなくらい熱い。
な……なんとかして誤魔化さないと……。
「そっ……そういう訳だ!」
どういう訳だよ!!
「あっ……明日からは気になったところ…から順にしらみつぶしで調べていこう」
あ、あれ?僕は何を言っているんだろう?
こんなの誰にも分かる訳ない。
「了解致しました」
分かられちゃったよ!?
「皆、聞いた通りよ。ユーリ様が我々に大きなヒントを見つけてくださった。このチャンスを逃さないようにするわよ。早速取り掛かるわよ」
……はは。ほんと、つくづく僕の意思を尊重してくれる人達だなぁ。
この事件が解決したら、一日限定五〇個の饅頭でもプレゼントしよう。
えっと、たしか、このお手伝いさん達は二〇人。一回あたりに買える饅頭の数は五個までだから、全員分買うには四回。……うん、並んで買うのは現実的に無理だな。
そういえばレポートの中に一日従業員として働けば、何個か融通してくれるって書いてあったような。
「明日、饅頭屋で働くか」
僕は、饅頭屋で働くことを決意した……。
♢
――ヴァイオレット視点
全体のミーティングが終わり、移動をしようとしたとき、「ヴァイオレット」と呼ぶ声が聞こえて来た。
絹のような艶を持った美しい金髪に透き通るような深い青色の目。
飛輪騎士団の副団長アリスだ。
「あなた気づいていたの?」
アリスは開口一番にそう言った。
気づいていたの?とは恐らくユーリ様が発見したあの会話の法則性のことだろう。
「いいえ。アリス。私はユーリ様の指示に従ったです。「街でどんなことが話題に挙がっているのか調べて欲しい」そう言われましたわ。最初は意味が分からなかったのですが、今日見て驚きました。まさか、あんな不自然な会話が紛れ込んでいるなんて」
「そう。じゃあやっぱり彼は天才なのね」
「ええ。間違いなく」
そう。彼は天才と呼ぶに相応しい活躍を見せた。今回の彼が印を付け、面白いといった部分には決まって体が重いや腰が痛いと言った会話が多く存在した。
それも、老若男女問わずだ。
この不自然な現象を、彼は日常の会話から見つけ出し、会話を集めさせることで、根拠を作り出した。
印が文と文の間にあるのは少し不思議だったけど……。
「それでヴァイオレットは、今回の件いったい何が原因だと思うのかしら?」
アリスは真剣な顔を浮かべてこちらを覗くようにして見る。 それに対して、ヴァイオレットは先程から頭に思い浮かんで仕方のない一匹の龍のことを思い浮かべる。
その龍の特異能力は――重力
「……地龍グラビトン」
そういうと空気が一気に重くなるのを感じる。
それもそのはず、龍はこの世界で最強たる種族なのだから。
そして……その龍が王国の地下にいるなど、あってはならない。
だがしかし、もしもいるとしたら……?
考えるだけで背筋がゾッとする。
アリスは……私と同じ表情をしていた。
「どうやら考えることは一緒のようね……」
「ええ、残念なことに……」
「さて、仕事は多いわよ。ヴァイオレット足を引っ張らないでね」
「それはこちらのセリフです。副団長」
彼女たちは軽く笑い合い、その姿を闇夜に溶かしていった。