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第八十二章 晃と催眠魔法 ゴーストタウン

 もともと山の高い位置に住んでいた翼人たちにとって、千メートルの空中に浮かぶ島は丁度いい環境になったと感じるようだ。

 しかも、自由に空を飛べるために位置的な負担も無い。モンスター軍団に恐怖する事も無くなり、安心して暮らしていける、第二の故郷を手に入れたと言っていた。


 元テーブル台地。現、空飛ぶ島で、翼人たちの生活が再開される事が正式に決まったため、翼人たちは各々の家を造るために働きだした。


 モンスター軍団から逃れるために、多くの男手を失っているせいで、女一人、とか、母子のみという家族も多いが、皆が協力して助け合っている姿は微笑ましい物がある。


 実は、俺と、アレの目を気にしているらしい。


 アレは、ここではかなりの信仰を集めている。もし、再び怒らせたら? という潜在的な恐怖が、模範的な行動を強いているようだ。


 まぁ、一時的な物だとしても、今の状況では非常に助かるからこのままで良さそうだよね。


 俺も、この島が豊かになるように、色んな場所から森を動物ごと転移させて、緑を増やして行っている。同時に森用の溜池も作り、水の発生装置も設置していった。


 避難先の第二候補だった海岸にはゲートを置き、城の城壁並みの石壁を作り、ちょっとした街レベルの安全地帯を確保してある。

 内側には、塩を作るための工場、漁のための道具を保管する倉庫、休憩や会合が出来る建物、そして、獲物を加工するための施設を作ってある。


 塩、干物や薫製などが一定量以上作り出せるようになれば、他の部族や集落との取引も活性化するだろう。


 これで、翼人たちは理想的な土地を手に入れ、魔法と空を手に入れた。余計な信仰までも持ってしまったのはお茶目ってことで許してもらおう。


 俺は、暫定的に翼人たちの代表になったバヤガにだけ別れの挨拶をする事にした。


 「俺のここでの仕事はほぼ終わったようだ。これから次の場所へと向かう事にするよ」


 「なっ、あ、アキラ殿。それは、もう少し思いとどまってはもらえないだろうか? 我らとしても、何の礼も出来ぬのは、一族としての尊厳をも貶めてしまう。せめて、我らの新しき村が完成し、しっかりとアキラ殿へと報いる事が出来るまで、お待ち頂けないだろうか?」


 「礼を言われると俺の方が困るんだよね。実際、俺の方の都合に翼人たちを巻き込んじゃっただけだしね。

 ほぼ、上手くいったような感じで収まったけど、こういう結果にならなかった可能性もあったわけだしねぇ。これで礼を言われると、自分の不甲斐なさが浮き彫りになって恥ずかしくなるよ」


 「ですが、我らがここで夢にまで見た暮らしを作る事ができるのは、全てアキラ殿のおかげである事は事実。我らに忘恩の徒という枷を科すと仰られるか?」


 「そんな大げさな。それに、今生の別れというわけでもないから。

 十日に一度とか、長くても季節ごとに一度は様子を見に来るよ。それに、俺の方でちょっと困った事が起こったら、翼人たちに手助けを求める事もあるかも知れないしね」


 「ならば、我らが行うべき礼は、アキラ殿の手伝いと言う事でよろしいのでしょうか?」


 「うん、そうしよう。いつ、どんな形でってのはわからないけど、協力してくれる仲間がいるってのは頼もしいからね」


 「な、仲間……。はっ、ははっ!我ら翼の一族。全身全霊をもって、お手伝いをさせていただきます」


 「そんな、力まなくてもいいから」


 それからバヤガには二つのことを頼んだ。

 一つは、翼人たちへの文字の読み書きや計算の教育。

 これは、手伝ってもらう時に最低でも読み書き計算ぐらいできないと、手伝ってもらう事の幅が狭くなると言ったら、死に物狂いでやりそうな勢いだった。


 二つ目は、集落としての掟の策定。

 つまり、集落の中でもやってはいけない事や、罰せられるべき犯罪の設定という、法律だね。国と言うレベルじゃないから掟って事でいいかな、って思った。

 その中には、挨拶をしよう、とか、助け合おう、とか、約束は絶対に守ろう、なんてモノも盛り込ませてもらう事にした。


 翼人たちは、一度は同じ種族の者同士で戦いをしてしまったという過去があるからねぇ。法律というモノで律するように心がけてもらう、ってのは重要だよね。


 しっかりとバヤガに確約して貰い、俺は「じゃぁ、またね」の一言を残してオアシスの近くに泊め直した小型輸送艇へと転移した。


 「ふぅぅぅ」


 息を大きく吸ってから、また大きく吐き出す。深呼吸みたいな、大きなため息だ。


 「簡単なお使いがやぁぁぁっと終わったぁぁぁ」


 ちょっとした愚痴を含ませて言い放ち、小型輸送艇内のソファにどっかりと座り込んだ。


 「簡単なお使いじゃったのか?」


 金色のフクロウであるグラウが、俺の肩の定位置からソファの背もたれという、もう一つの定位置に飛び移って聞いてきた。


 「アレにとってはそうじゃないのかな? もう、終わった事だし、いいけどね」


 「でじゃ。今回のお使いは、具体的にはどんなモノじゃったんじゃ?」


 「んー。エイプリル? 一度見に行こうか」


 『了解しました』


 エイプリルの応答と共に、小型輸送艇の操縦室への扉が開いた。

 確かに、外側から見ながら近づくのなら、操縦席の球形モニターの方が判りやすいはずだね。


 俺はグラウを肩に乗せ、操縦室の機長席に座った。同時にまだ発進前の外の様子がモニターに立体的に映し出された。


 そして、小型輸送艇が何の振動も無く発進。外の景色が動いた事で、小型輸送艇が動いたという事が判った。

 そして砂漠のみを映していた画像が、丸みを帯びた玉になっていく。空の青の色が藍色へと変わっていき、その中で太陽だけが変わらぬ姿を見せていた。


 そして、太陽と、太陽に照らされた丸い大地の輻射光に照らされた、歪な小惑星が見えてきた。


 「なんじゃ、あれは」


 グラウが恐れるように聞いてきた。


 「昔の人間が作った星。今は壊れて、半分近くが無くなっちゃってるけどね。元々はまん丸の玉のように見えていたらしいよ」


 「このような星の世界に、人が作った物があるというのか」


 「そして、今回、テーブル台地が浮かび上がるほどの綱引きをして、引っ張ってきたのがあれなんだ」


 「なんと。あれだけの物を引っ張ってくるのに、あんな苦労をしたというのか」


 どうやら、グラウには大きさが実感出来ていないようだ。無理もないか。空気による霞みも無いし、モニターカメラは焦点を合わせてくるので、目でピントを合わせるという距離感が測れないからねぇ。


 俺は何も言わず、接近していく様子を眺めているグラウの態度を見守っていた。


 小型輸送艇はかなりの速度を出しているはず。それに合わせてモニターの中の画像も大きくなる。


  戦略的移動要塞ポーリー。


 もう面影は無いけど、元々は直径二百五十キロの球形をしていた。それが、戦争か、自然災害か、二つの世界融合に巻き込まれたのか?

 原因も過程も、結果もわからないけど、その成れの果ての姿として約半分になった残骸の姿を晒している。


 小型輸送艇はポーリーの大型船ドッグだったであろう場所に、元無人戦艦と共に停泊している武装補給艦ゲンブの元へと向かっていた。


 徐々に大きくなるゲンブの姿。そして、小型輸送艇を収納する格納庫のハッチをくぐる時になって、ようやくポーリーの大きさの見当が付いたようだ。


 「な、なんちゅうデカさじゃ」


 グラウのまん丸の目が、開きすぎて落っこちちゃう? と心配になるほど見開いていた。


 「こんな物を人が作ったというのか?」


 「俺はその時代を知らないけど、戦争用として必要と判断されたらしいからねぇ。戦争準備には、今も昔も、金と人材を大量投入するのは当たり前みたいだね」


 「なるほどのぉ。街中の橋が無くとも死にはしないが、戦争で負ければ、皆が死んでしまうというわけじゃしな。かける金の量も違うというわけじゃな」


 「でもまぁ、その要塞も、大昔にぶっ壊れて虚空に漂う残骸として朽ち果てていたんだよね。それを、今回、人を守護する星に変えて、位置を大地に近い場所まで移したんだ」


 「あの大岩が浮かび上がるほどの引っ張り合いをして、ここまで移してきたということじゃな。とんでも無い事をしたもんじゃ」


 全くの同意だね。その半分ぐらいを俺が担当したってのも、とんでも無いことだった。聞いてないよぉ、って思いっきり言いたかったけどねぇ。


 俺はグラウを肩に乗せ、小型輸送艇から降りて、艦内移動用のトランスポーターでブリッジに向かう。

 エイプリルからの状況報告を聞くためだけど、実際はどこに居ても聞く事は出来る。ただ、俺の拘りとして、艦内に居るのならば正式な報告はブリッジで聞く事にしている。


 『艦長、ブリッジへ』


 自動放送と同時にゲンブのブリッジに入った。


 「エイプリル、こちらではどうなっていた?」


 『ポーリー及び、我が艦隊全てには慣性制御が働いていたと推察されます。事前に放ったサテライトによってベクトル観測は可能でしたが、ゲンブによる慣性質量の観測では変化を観測出来ていませんでした』


 「ああ、そう言うのが無ければ、この要塞自体が空中分解してただろうね」


 『現在、軌道計算を実行中です。他惑星、及び観測可能な遊星や小惑星の軌道と合わせて重力影響での変化の有無を調査しています。

 現在観測出来ていない小惑星やイレギュラーが無ければという条件付きですが、三万八千年先までは軌道に大きな変化は無いと算出されました』


 「さすがは神の眷属って事かな。もう、そこら辺は心配する必要無さそうだよね。少なくても俺たちが考える範囲を越えているだろうから、それ以上の計算とかはする必要も無さそうだね」


 『了解しました』


 これで、人を守護する星に関しては、全て終わった事になるね。続いて他の報告を聞こうとした時、突然目の前が金色に輝きだした。


 「今回の件、東島晃には多くの負担をかけた事を詫び、その成果に大きく感謝するものなり」


 突然、ゲンブのブリッジに戦略的移動要塞ポーリーを拠点にして、ポーリーを人のための守護星に変えようとしている天使が現れた。


 なんか、もう、慣れたけどね。


 「お疲れさん。なんか、いろいろ言いたい事はあるんだけど、とりあえず上手くいって良かった」


 「まこと、感謝する。我の予想でも、もっとも理想的な結果となった」


 「え? まさか、どうなるか判らない、とか、行き当たりばったり、とかの要素もあったって事?」


 「あった。それは、東島晃の行動に関する事だ。

 現在の地上に居る人と呼べる者たちの行動や思慮であれば、おおよその予想は計算出来るが、東島晃については、その範囲を逸脱している」


 「え? 俺がこの先、何をやるか判らないから、正確な予想が出来ないって事?」


 「然り」


 「り、理由を聞いてもいい?」


 「東島晃は我と力の共有を行っている。現在は我が力の管理を行ってはいるが、本質的には同等の物と言える。それだけならば、我の力の範疇と言えるが、東島晃は精霊王としての力をも身に着けた。我もまた精霊王としての力を内包する者ではあるが、それは既に東島晃と共有していた力となる。東島晃は、その力の上に精霊王としての力を得た。よって、実質的な力量で言えば、我よりも大きな力を持っている事になる。

 そのため、我の力量では東島晃の未来は推し量る事あたわず。可能性を推察するのみとなった」


 「あ~、俺が余計な力を貰っちゃったから、これからどうなるのかが判らなくなっちゃったって事かぁ。なんか、ゴメン」


 「謝罪には及ばず。元々、人と関わりを持つのならば、未来を読む事は意味を持たないと言われてもいた。これもまた、人を守護する者の定め」


 「人って、未来予測出来ないの?」


 「然り。個々によりて、素直に未来予測通りの行動を行う者がもっとも多いが、中には未来予測に逆らって幸運を掴んだり、逆に不幸に陥ったりする者もいる。その者が周囲に与える影響もまた無視出来ない。この度は、東島晃を中心として不確定要素が次々に生まれ、我にも確実性は得られなかった」


 「運命に逆らって不幸になるのもいるわけね」


 「大難が起こるはずであったのが何事もなく過ぎ去ったという事例もある」


 「それが人の業なのかもねぇ。ところで、この星って、既に人の守護星として働いているのかな?」


 「微かにではあるが。現在は翼人たちにのみ、良き影響を与えているようだ」


 「それって、信仰が影響しちゃっているって事?」


 「今のこの守護星の力は弱い。故に力が及び易き所にのみ到達している」


 「つまり、もっと布教活動しろって事?」


 「それには能わず。東島晃には、東島晃の望む形での目的遂行を期待する」


 「じゃあ、守護星の方は?」


 「星として人の目に捉えられれば、それだけでも信仰を得る事はできる。しかし、東島晃が来なければ、未だ、守護星としての力を溜める事も叶わぬはずであった。故に、東島晃の行動を抑制する事はせず、全面的な協力を行う事にし、守護星の力を上げる試みはその後の課題とする事にした」


 「俺に協力していれば、守護星の方も棚ぼたでなんとかなるかも、って期待してるってのもありそうだねぇ」


 「然り」


 「いや、そんな、胸を張って言う事じゃないような……」


 「我からの協力として、共有している我の力の行使力を東島晃に大きく譲る事にする」


 「え? また、俺の力が上がっちゃうの? ちょっと勘弁して欲しいんだけど?」


 「否。東島晃の人間としての能力以外の、魔法力、神力の制御を行う力として譲る事にする」


 「あ、それはいいねぇ。具体的にはどんな感じになるのかな?」


 「東島晃の人間としての能力以外の力を四段階に分け、第四段階で全能力、第三段階で五割、第二段階で二割五分、第一段階で一割のみ常時使える力とする。その切り替えを己で制御出来るようにする」


 「そ、それは助かる。一々精霊王の宝珠を作らなくてもよくなるね」


 「但し、それでは緊急時の東島晃の安全が確保出来ない。よって、東島晃には守護精霊をつけてもらうことにする」


 これ以上キャラ増えるのかなぁ?


 「否。守護精霊には、東島晃の肩に乗る精霊の端末に兼任してもらう」


 「な、なんじゃと?」


 「グラウに守られる日が来るとは……」


 「な、なにを涙ぐんで居るんじゃ。ワシは確かに魔法を使えるようにはなったが、お主の敵と戦えるほど機敏でも無いし、力もないぞ!?」


 「その精霊の端末には、精霊と同等の力を精霊王の宝珠から引き出せるようにし、周囲への探知能力、防御結界魔法、転移魔法を負担無く行えるように施す」


 「な、なるほど。お主が油断した時のための時間稼ぎが主な任務というわけじゃな」


 「グラウ? 迷惑じゃない?」


 「そんな事は無いぞ。偶にお主は間の抜けた事をするからのぉ。そんな能力であるのなら望む所というモンじゃよ」


 「では、東島晃よ。目を閉じ、心に命のシンボルを思い浮かべ、望む力量を示せ」


 俺は言われたとおり瞼を閉じて、真っ暗な目の前に命のシンボルの形を思い浮かべた。そして、心の中だけで「第一段階」と唱えてみる。


 すると、今まで左手で作り続けていた精霊王の宝珠が重くなり、注ぎ込む力が反発して戻ってくるような感じを受けた。


 「あ、あれ? 宝珠が作りにくくなった」


 「ほう? どんな感じじゃ?」


 「今まで通り力を注ぎ込んでいるのに、宝珠の中に入ってくれないような感じ」


 「入れる力を強くしてみてはどうじゃ?」


 「あ、うん、やってみる」


 今までの倍の力を込めてみると、ようやく中に浸透していくように入っていった。それを伝えると。


 「それが宝珠の本来の作り方じゃな。完成に近づくほど安定した強い力が必要になるのが普通じゃ」


 「今は第一段階だけど、とりあえず確実に弱くなったって事だねぇ。で、グラウ、周辺探知ってのはどんな感じ?」


 「今は部屋の中じゃしな、あまり判るとかいう感覚はないな。何処かの森の中や街中に入らん事には実感できんのかもな」


 俺が納得している間に、アレは姿を消していた。もう用事は無いって事だねぇ。


 「これで、本当にこの仕事は終わったって事だね。じゃあ、次の事を考えようか。

 翼人たちの所へは時々様子を見に行って、アカデミーへ参加出来そうだったら紹介するって感じでいいよね。

 問題は、モンスター軍団に攻められている南の獣人たちの砦と、西の催眠魔法で支配している国だね」


 俺のセリフに合わせて、エイプリルがブリッジのモニターに二つの場所の様子を映し出した。


 「ほっほう。いつの間にこの情報を得たんじゃ?」


 「グラウがこういう情報を知れない時にね」


 「むむ」


 「南の砦はエイプリルがモンスター軍団の動向を調べている時に見つけたし、催眠魔法の方は、その土地の土地神が接触してきて気が付いたんだけどね」


 「土地神じゃと?」


 「え~っと、なんだっけ? ぱ、ぱ、ぱら、なんとか…」


 『パラヴェルトのヴァーレとカーシャと名乗っていました』


 「ああ、それそれ。なんか、覚えにくい名前だよねぇ」


 「パラヴェルトか。なるほどのぉ。精霊の記憶によると、一時的じゃが、この世界で一番魔法の活用が進んだ場所じゃな。その土地神とやらも、そのおかげで生まれた存在じゃろう」


 「じゃあ、神とは名乗っているけど、妖精とかと似たような存在ってことでいいのかな?」


 「ワシを生み出した、知識を司る神の象徴と同じようなモノじゃな。妖精と同じとも言えるじゃろうし、言えないとも、かろうじて言える存在じゃな」


 「神を名乗っていたから、呼び方は一柱って事になるのかと思ったけど、一人って言い方でもいいのかなぁ?」


 「一匹でもかまわんじゃろ。何しろ、今となってはお主の方が見上げるほどに格上の存在じゃからのぉ」


 それは、あまりにも……。でも、あの様子だと柱呼ばわりはする必要はなさそうだねぇ。柱とはそもそも、世界を支える存在ってことだからねぇ。


 「とにかく、この二つの場所について、エイプリルが調べた事を聞かせて貰おう。それで、出来れば、ジェイたちには片方を担当して貰おうと思ってる。今回は特にレイミーに頑張って貰えればと思ってるけどね」


 そして、エイプリルが調べた報告が始まった。


 南の砦の方は、現在均衡状態が続いている。攻める側の道程に狭い渓谷があり、そこで隊列を崩したモンスター軍団に打撃を与えているためで、そのうち均衡が崩れそうではあるけど、今のところは大規模戦闘になる事自体を回避できている。

 砦の獣人には傭兵がそのまま街の防衛隊になったような戦闘要員が多くいる。でも、エイプリルの分析では連携が取れていない上に個人プレーが好きなようで、大規模戦闘になったら不利になるだろうと予測されている。


 「ここは、レイミーを中心に大規模戦闘のやり方を教えて行くしかないかな」


 「あの嬢ちゃんにできるかの?」


 「何度も城の兵士と訓練を共にしているし、作戦にも参加しているからね。ある程度のやり方は判っていると思う。エイプリルにフォローして貰えれば余裕じゃないかな。

 それに、魔法を教えていけば、状況も一気に有利になると思うんだけどね」


 そして、西のパラヴェルトの状況。


 以前調べた通り、特権階級と奴隷階級しか無く、特権階級の一部が催眠魔法で奴隷の心を操っている。

 戦争には、死を恐れずに国のために戦う戦士に奴隷たちを変え、新たに占領した地域の人民を全て奴隷として洗脳し、その全てを上納させている。


 農作業による収穫もほとんどを上納させているために、飢えによる死者も頻繁に出ているが、奴隷たちもそれを不自然に思う事もなく、ただ黙々と従っているだけになっている。


 実は、特権階級は神殿を造り、多く存在する神をそれぞれ奉っている。


 特権階級の唯一の仕事みたいな感じになっていて、催眠魔法は神から送られた力で、特権階級が奴隷を支配する事を神に許されたと信じているようだ。


 「なんか、この特権階級の連中を皆殺しにしてしまいたいねぇ」


 『通常弾頭のミサイルを用意しますか?』


 「いや、いや、いや。さすがにそれはどうかと思うよ。まぁ、結果は同じだとしてもねぇ」


 「どうするつもりじゃ?」


 「催眠魔法を阻害するアクセサリーとシールを作ってたよね?」


 『現在、耳飾りタイプが二百。シールタイプが三千枚用意されています』


 「まずは、それを奴隷たちにバラ撒こう。それで、奴隷たちが反乱を起こすのなら、それも良し。反乱も起こさずに、それでも奴隷で有り続けるのなら、それもまた良し。って感じで行こうと思う」


 「お主は、きっかけを与えるだけに留めるというわけじゃな?」


 「自分の運命は自分で決めて貰わないとね。俺が勝手に決めつけて、その責任を取れ、なんて言われたくないしねぇ」


 「ふむ。今まで通りの方針というわけじゃな」


 「うん。で、問題は、ぱ、ぱ、ぱ~」


 『パラヴェルト』


 「の、土地神ってのが、どっちの立場なのか、ってのと、どんな未来を考えているのか、って事だね」


 「ほっほう。さすがに、どの精霊の属性にも含まれない、亜種としての妖精じゃからな。その考えはワシにも判らぬわ」


 「実際に会って聞くしかないかぁ。でも、基本、土地神の考えなんか無視して行動するしかないんだけどね」


 「場合によっては、その土地神と戦う事になるやも知れんな」


 「ヤバイかな?」


 「神殺しのアキラ、と呼ばれるようになるかものぉ」


 「そ、それはヤバイねぇ。これ以上、中二病全開の二つ名は欲しくないなぁ」


 おおよその方針は決まったんで、エイプリルに資料をまとめて印刷して貰う事にした。


 一つはジェイたちに渡す、南の砦の情報。砦内の地図や有力者の情報、戦力としての獣人たちの特徴、さらに周辺地図やモンスター軍団の特徴も判っている限り記載した。

 この情報を元に接触してもらい、どんな協力をするか、それともしないかを、ジェイたちの判断で行って貰う事にする。


 もう一つは俺用のパラヴェルトの情報。必要な時には、ヘッドギアのアイシールドへも投影して貰えるから、事前に見るだけってなる。でも、しっかり見ておかないと、あとで困りそうだけどね。


 「今、メイがいる小型輸送艇はジェイたちに使って貰って、俺の方はさっきの小型輸送艇でいいだろうね。ガジェットには引き続きジェイたちの護衛を頼もう」


 『申し訳ありません。現在、小型輸送艇は清掃及び改修の為に、しばらく時間がかかります』


 「ああ、かまわないよ。まず、ジェイたちの方を片付けるのを手伝わないとね。実際にパラヴェルトへ行くまでに間に合って貰えれば充分」


 ブリッジでの打ち合わせはそこで終了。


 俺は艦長室へと向かい、まずは熱めのお湯でゆっくりと湯船に浸かった。やっぱり、シャワーだけじゃくつろげないよねぇ。

 それから一通りの装備を交換。同じ物だけど、整備済みの超振動ブレードや拳銃は武器に対する信頼が大きいからね。

 ドラゴンの翼皮膜で作ったカバンの中身も整理して、当面使わないような物はゲンブの倉庫に移動させた。

 さらに、催眠魔法に対抗するアクセやシールをしっかりと格納。


 気分一新した所で、ジェイたちの使っている小型輸送艇へと転移する事に。


 今、俺の魔法力レベルは第一段階。このレベルの力で、どれぐらいの事が出来るのか確認してなかった。

 元々の俺の力量は、平均よりも頭二つ分ぐらい上って感じに思ってた。まぁ、平均ってのがジェイたち、ってのは問題あるかも知れないけどね。


 その頭二つ分上って所に、もう少しだけ追加される、ってぐらいを考えておけばいいとは思う。


 まず、転移魔法を紋様で空中に描く。


 昨日までだったら、想像して指先を展開予定の場所に持っていくだけで出来上がっていたはずなのに、今は指を指しても何ともならない。

 前のように、一文字一文字描いていかないとならないのかなぁ? と思って指先に魔法力を集中したら、空中ににじみ出すように紋様が出来上がっていった。


 「ああ、魔法力の量が減ったから、その分、強く出さないと紋様が形成されないって事かぁ」


 「力を紋様にするという部分は以前と同じままというわけじゃな」


 「なんだろ。力と技の違いかな? 前の技はそのまま持っていて、単純に行使する力だけが減ったって事でいいのかな?」


 「そのようじゃな。まぁ、単純に考えれば当たり前とも言えるな」


 「うん。力を抑制しているだけであって、レベルが下がったわけじゃ無いんだもんね」


 そして、転移魔法の紋様の中に転移先を映し出してみる。


 アレ? なかなか出ない。入れる魔法力を強くしていく。そしてようやく転移先にと思っていた小型輸送艇が映し出された。


 「転移先を映すってのも、大きな魔法力が必要だったんだねぇ。たぶん、一般の人だと無理じゃないかな」


 「何と言うか、色々と今更じゃな」


 「うう、ごもっとも」


 今までが規格外だったってのを、今になって自覚したって事だもんねぇ。まぁ、これからは無意識に魔法が起動する事も無いし、意識しても魔法力を強く注ぎ込まないとならないって事で、しっかりとした安全装置が出来たって事を喜ぶ事にしよう。


 とにかく、出来上がった転移魔法の紋様に手を置いて、起動するための魔法力を注ぎ込む。


 そして、いつもの通りに少しだけバランスが崩れた感じがすると、転移が終わっていた。


 目の前には後部ハッチを開いた小型輸送艇。中にいきなり転移するとビックリさせてしまうようだから、転移は外から入るようにすると決めていた。


 皆とは五日ぶりくらいかな。ターナの街の教育はどうなったかな、と考えながら小型輸送艇の後部ハッチを上っていった。


 「お帰りなさいませ」


 メイの挨拶だけだった。


 「ただいま。皆は?」


 「ターナの街に学校施設を作るという事で、皆様は泊まり込みで作業を行っているようです」


 今、ここでの時間帯は夜になったばかり、という感じだ。泊まり込みとも言っていたし、今日は会えそうもないね。

 トホホという気持ちで周りを見回したら、ちょっとした違和感があった。


 なんか、折りたたみベッドの数が増えている。しかも、いつも俺が寝ているベッドの所に見知らぬ荷物が置いてあった。


 「あれは?」


 とりあえず、訳を知っていそうなメイに聞いてみる。


 「はい。あれはジェイさま、レイミーさまのお弟子さんのお荷物になります」


 「ジェイたちに弟子? はー、それは、また、なんとも……」


 なんて言えばいいんだろうねぇ。ちょっと感慨深い物が。


 あ、そう言えば、ジェイの始めの弟子は俺たちだった。つまり弟弟子が出来たって事かな?


 これは、兄弟子として、しっかりとパシってやらないとならないかな?


 でも、ジェイたちに弟子が出来て、ジェイたちの仕事を手伝えるレベルになったら、それだけ有能な人材が増えるって事だよねぇ。これは、かなり期待出来る話しだね。


 まぁ、そう言う事なら俺のベッドはあきらめて、この小型輸送艇の生活スペースはジェイたちに一任する事にしよう。できれば、その弟子たちにも南の砦の対応をしてもらい、経験を積んで欲しいもんだね。


 「さて、今夜の寝床は何処にしよう」


 男なら一度は言ってみたいセリフだけど、どの場所にも湯たんぽは無いので虚しさだけが吹き荒れる。


 「エイプリル。ジェイたちの弟子って何人ぐらいいるの?」


 『ジェイに二人。レイミーに二人です。皆、押しかけ弟子という体裁です』


 「押しかけ? つまり、ジェイたちは旅があるからって断ったんだ?」


 『はい。ですが、その旅に同行を申し出ています』


 「それはなかなか有力だねぇ。いずれ、アカデミーで働いてくれるかもね」


 『可能性は大きいと推察します』


 「なら、小型輸送艇の中のレイアウトも変えて、もう少し入るようにした方が良いかもね」


 『大幅な改造となりますが、二階建て構造にして、ガジェットのシンを二階に上げるだけでもスペースを確保出来ると推測します』


 「うん。その場合、シンが自由に外に出られるようにも配慮してね。人数増えるのなら、寝床も完全に仕切った方がいいのかなぁ?」


 『二段ベッドにする案も考察していましたが』


 「ああ。その方が入るね。同性同士ならそれでいいんじゃないかな。アカデミーや冒険者ギルドで働いて貰うのなら、快適な環境での旅、ってのはむしろ遠慮して貰いたいからねぇ」


 『メイは何処に配置しますか?』


 「ジェイたちには半分ほど自炊して貰った方がいいかも。メイはファイエーに付けて、ファイエーとジェイたちが一緒にいる時はメイもジェイたちの自炊に協力する、って感じかな。そうすれば、ジェイたちも色んな食材を集めてくれそうだよね。

 そして、二階建てが完成して引っ越しが終わったら、この小型輸送艇は俺が使えば資材の無駄遣いもないでしょう。

 ファイエーの工房にも、弟子を泊まらせる場所ぐらい、あってもいいかもね。

 あとは、レゼとキャスがどうしたいかを聞いて、それに対処。

 まぁ、だいたい、こんな所かな」


 『では、小型輸送艇の改造をゲンブ内にて開始します』


 「よろしく。俺は、丁度いいから、これからパラヴェルトへ行って見る事にするよ。向こうとこっちは昼夜逆転だから、このまま向こうで起きていて、生活時間を合わせようと思う」


 『パラヴェルトでの生活拠点は、翼人たちの所で使った小型輸送艇でかまいませんか?』


 「うん。もしも、俺も弟子とか取った場合は、この拡張した小型輸送艇にした方がいいだろうけど、未だ俺だけならあれで充分だしね。

 俺は今から転移で先に行くけど、あとで、適当な所に寄こしておいて」


 『了解しました』


 俺はメイに、ジェイたちに見せるための南の砦の資料を渡し、転移の準備に入った。


 「あ、あれ? そう言えば、一度も行った事無かった場所だった。エイプリル。適当な場所の映像を出してくれるかな?」


 『了解しました』


 すぐにパラヴェルトの上空からの画像と、地表近くから映した草原の画像がモニターに映し出された。その画像だけで転移先の設定は出来たようだけど、今度は相当量の魔法力が必要なようだ。行った事のない場所だと、魔法力を余計に使う事になるわけね。


 一度、第二段階に引き上げたら余裕で転移できた。


 朝から昼にかけての時間帯の、パラヴェルトの丘の上に転移完了。


 空気の匂いも何となくだけど違う気がする。全く知らない、新しい場所だ。

 ちょっとだけ怖いドキドキ感。これが冒険の醍醐味だよねぇ。


 魔法力のレベルは第二段階に上げたままにしておこう。油断出来るほど旅慣れている訳でもないしね。


 現在位置は、下方に街と海を見下ろす丘の上。緑に染まるほどの草原になっていて、太陽も心地よく、ここで昼寝したらさぞ気持ちよく寝られるだろうなぁ。

 周辺には誰も居ない。特に道らしきモノも無いので、この辺りは利用価値の無い場所なんだろう。


 まぁ、そう言う場所には、当然のように居るんだけどね。


 草原の草がザザザザザッ! っと鳴った。


 何かが草を強引に押し分けながら進んでいる。


 位置は近づいてきている。向こうはこちらを確実に認識しているようだ。こっちは音で、おおよその位置しか判らない。


 ヤバイか? 少なくとも先手を打たれる可能性は高い。


 俺は腰を低くし、自分の動きは阻害しないようにしながら、敵から見えにくくなるような姿勢をとる事を心がける。

 でも、既に遅かった。突然、俺の右方向から何かが飛び出し、襲いかかってきた。


 チッ! 怪我を覚悟で、致命傷を避けるしかない!


 バシッ!


 まるで張り手のような、腹に響く音がした。


 俺には何も起こっていない。


 「ほっほう。これは便利じゃな」


 どうやら、グラウが防御結界を張ったようだ。


 グラウの防御結界にぶち当たったモノが、空中に浮かんでいるように見える。


 「あれ、何?」


 俺の見た目では、蛇の一種のようだけど、胴体部分が縦長に伸ばした小判を飲み込んだかのように膨らんでいる。まさにツチノコだ。


 「どうやら、毒蛇の一種のようじゃな。名はハンマーチャイルドじゃ」


 ハンマーは槌、チャイルドは子。槌の子。つまりツチノコ?


 久々に来た。あまりの事に、がっくりとへたり込み、四つんばいで力尽きていた。


 「ど、どうしたのじゃ?」


 「いや、何でもない。本当に何でもないんだ。だから、しばらく放って置いて欲しい」


 お、俺の時代だったら懸賞金が出たのにー!


 俺はグラウの張った防御結界の中でへたり込み、結界に張り付いたままの未確認生物、もとい、未確認だった生物を眺めていた。


 「所でグラウ? なんでこれは防御結界に張り付いたままなのかな?」


 「こやつは、こうなっても攻撃をし続けているようじゃ。結界がそれに反応しているようじゃの」


 「なかなかしぶとそうだね。俺がトドメを刺すから、タイミングを合わせて結界を解いてくれるかな」


 「判った。いつでもいいぞ」


 俺はナイフを抜き、左に振りかぶって力を溜め込む。


 「いくよ。三、二、一、ゴー!」


 俺がツチノコの首目掛けてナイフを振るのと、グラウが結界を解くタイミングが合った。


 空中に取り残されたツチノコの首を跳ね、胴体だけがしばらくのたうつのを眺めていた。


 「グラウ。周囲に何かある?」


 「ようやく使い方が判ってきたな。この丘の上なら、もう虫ぐらいしか居らんようじゃ」


 「人の多い所に行ったら、ちょっと面倒になるだろうけど警戒は頼んだよ」


 「判った。いざとなったら、直ぐに結界を張る事にするぞ」


 「それでお願い」


 そして丘を下り、海に面した街へと歩き出した。


 海からの風を感じながら歩き、これからの展開を予想する。


 まず言葉は大丈夫。金は? ここの金は持ってないけど、そもそも奴隷階級しか居ない所に金銭による取引は存在しているんだろうか。物々交換ならありそうだけどねぇ。


 「あっ。さっきのツチノコを持ってくるんだった」


 一食分にも満たない量でも、会話のきっかけにはなってくれただろうにねぇ。


 「今更戻るのもしゃくだし、場所も忘れちゃったから、これから会う獲物を持っていく事にすればいいかな」


 「じゃが。この周辺には虫ぐらいしか居らんぞ?」


 「え? 街まで?」


 「うむ。おそらくじゃが、奴隷階級の連中が狩り尽くしてしまったのかものぉ」


 あ、あり得る。奴隷階級の食事事情なんて、考えてる連中じゃなさそうだもんねぇ。戻って、牛ぐらいの獲物を探した方がいいかな?


 「なにか、食い物の一つでも持って行った方がいいかなぁ?」


 「全ての者に与えられるのでなければやめた方が無難じゃろう」


 「うう、そうだよねぇ。街一つがパニックになる、とかも想像できるしねぇ」


 「とりあえずは、実体を知る事が先決じゃろう」


 カバンの中には非常食としてのビスケットも入っているけど、それ以外の食料は無い。実は、まだこの世界を甘く見ていて、腹減ったらどっかの酒場にでも入れば軽食ぐらいあるだろう、って思いがあったようだ。


 かなり心許ない状況だった。


 「で、出直そうか?」


 「何を言っておるんじゃ。さっさと進まんかい」


 グラウにせっつかれて、街の近くまで降りてきた。


 街の入り口は大きな石造りの門があり、街を囲む壁も大きな石を積み重ねて作られている。


 元は立派な街だったんだなぁ。


 元はね。今は、門を閉じるための扉部分が無いし、壁の一部も崩れて、壁としての役割を果たしていない。壁面にはツタや苔が生え、見た目としての手入れもされていない事が判る。


 当然、門番も居ない。入出チェックする兵士も居ないし、入場税を取る役人も居ない。


 居るのは、門の壁に寄りかかって眠っているカルシウム質だけの人。風が吹くとカタカタと話し掛けてくる。

 きっと、日経平均株価の変動を気にしているのかも知れない。


 と、嫌な気持ちになる自分の心を誤魔化しつつ、門をくぐって街に入った。


 街の中も同じだった。


 街並みは石造りの二階建ての家が並び、大きく開いた窓には内側にカーテンが引かれているだけという簡素な作り。ドアもカーテンで、元々はオープンな人間関係で成り立っていた街だと言うことが判る。


 でも、道の端には、カルシウム質の、ダウ平均株価や、東証株価指数を気にする人たちで埋め尽くされていた。


 「まるでゴーストタウンじゃないか」


 「幽霊の街とな? 言い得て妙じゃな。本当にゴーストが近づいて来ておるぞ」


 「え? ゴースト? 幽霊? どうやって戦えばいいの?」


 俺、お経なんて覚えてないよ!


 「いつもの光の呪文でもいいじゃろう」


 「あ、そうか。でも、ゴーストってモンスター扱いでいいのかなぁ?」


 そんな間抜けなことを言っている間に、件のゴーストが見えてきた。


 見かけはカルシウムの人とやせ細っているけどタンパク質を身に纏っている姿を同時に見ているような感覚。生前と死後の姿がダブっているのは何故なんだろう。


 「あれって、どういう状態なんだろう? 攻撃されたらどんなダメージが来るのかな?」


 「なんじゃ? お主、精霊視を使っておらんのか?」


 「あ、鬱陶しいから切ってた」


 心の中で精霊視をしっかりと意識し、精霊視ONと唱える。


 瞼を開くと、そこには歩いて近づいているように見える、宙に浮いているゴーストと、その胸の中心に黒くモヤがかかっているのが見えた。


 「あの、黒いモヤがゴーストの正体なのか? どっかで見たことがあるような」


 「死ぬほどの思いをしておいて、よく忘れられるのぉ」


 「え? あっ! あれって、邪霊?」


 「正確には邪霊の元じゃな。あれが幾万と集まって、互いを喰らい合い、恨みに恨みを重ねることで邪霊になるようじゃ」


 「うーわー、それじゃ、どうしよう? 命のシンボルを使って、闇の精霊の中に溶かすってのがいいのかな?」


 「そこまでしなくても良さそうじゃがな。まずは、光の呪文で様子見をしてみたらどうじゃ?」


 「だね。やってみる」


 俺は光魔法の灯りの呪文を唱えた。すると、目の前に眩しすぎるほどの光の玉が出来上がる。


 「うわ。そう言えば、第二段階に引き上げたままだった。ええい、このまま行け!」


 眩しいほどの光の塊が、俺の操作で動き出す。そしてゴースト全体を包むようにぶつかった。


 灯りが過ぎ去った後には何も残っておらず、逃げられたのか、消し去ったのか、イマイチ判らない。


 「グラウ? どうなった? 上手く消せたかな? それとも、逃げられちゃった?」


 「逃げた気配は無いのぉ。おそらく、有無を言わせずに消し去ったんじゃろうな。

 それよりも、別のゴーストが迫ってきておるぞ」


 「何匹ぐらい?」


 「おおそよ五十と言う所かのぉ。

 いや、今、二百ほどに増えたようじゃ」


 「もしかして、この街全てのゴーストが俺を狙って来てる?」


 「かものぉ」


 「ええい、全部、光で消してしまおう」


 「お待ちください、精霊王」


 いきなり声がして、次の瞬間には俺の目の前に闇の精霊が立っていた。


 「闇の精霊? どうしたの?」


 「精霊王。どうか、彼の者たちにお慈悲を。

 この地の人々は操られ、ひたすらに過酷な生き様の後、苦しみぬいて死した者たちです。そこに、邪念が取り憑き、浄化されない濁った魂となり続けております。

 どうか、彼らを闇に戻し、静かなる眠りへと誘って頂きたいと願います」


 「つまり、ここのゴースト相手にアレをやれって事かな?」


 以前、精霊並みの力を持つ邪霊を浄化する時に、俺の中に取り込んで、それを闇の精霊が浄化するという魔法を使った。

 でも、そのせいで俺の精神は壊れかけ、ちょっとした痛みや苦しみに対しても恐怖と最悪の幻痛を感じるようになってしまった。冒険なんてとんでも無い。引き籠もって、痛みや恐怖に脅えながら何も起こらないことを願うだけの人間になりかけてしまった。


 その最悪の状況はアレが治してくれたけど、あの状況になる可能性のあるような行為は、二度と行いたくはない、という心の防御壁が出来上がっている。


 一応、同じ事になった場合、アレが苦しみを肩代わりしてくれるって事になっているけど、他人にやらせるんだからOK? なんて無責任なことは言いたくない。


 「精霊王。どうか、お慈悲を」


 闇の精霊が土下座して頼み込んできた。


 闇の精霊にとっては、明るい性格の魂も、暗い性格の魂も、恨みを持った魂も、一度、闇の中に溶けて眠りにつくモノらしい。

 どんな色の魂でも、黒の中に溶ければ皆同じってことらしい。そして、闇の中に全てを溶かした魂が無色になって浄化されるという事になるそうだ。


 じゃあ、闇の中には、邪な念が溜まり続ける?


 実はそうでも無いようで、邪念や邪霊の色は闇の色には遠く及ばない。闇の色というのは、一切の光が届かない場所の色、と表現できるが、全ての色を混ぜ合わせた黒、とも表現できるということだ。そこに、少しばかり濃い色が混ざっても、焼け石に水という程度の影響も無いらしい。


 濁った色の魂を包み込み、そのかいなの中で安らかな眠りに誘い、その魂を浄化する。


 それが闇の精霊の存在意義ということだ。


 でもねぇ。


 「ほっほう。闇の精霊よ。お前は精霊王を再び苦しめることを目論んでおるのか?」


 「滅相もございません!」


 「ならば、当面の間は邪なるモノの浄化を精霊王に行わせることを求めるな。我らが精霊王は若く、そのお心は精霊王としては幼すぎる。邪なる魂で精霊王のお心を傷つけることが、どのような意味を持つかは闇の精霊ならば充分に理解していよう」


 「は、はい」


 「精霊王のお心の中に宿りて奉仕すべき立場のお前たちが、精霊王を微かにでも乱すことをするでない。よいか?」


 「申し訳ありませんでした」


 なんか、グラウと闇の精霊の間で決着が付いちゃったみたいだ。いつの間にかグラウが偉そうになってるよ? 大丈夫? 死亡フラグじゃないよね?


 「えっと、グラウ? 俺ってどうすればいいのかな?」


 「何を言っておる。さっさとゴーストを消しさってしまえばよかろう」


 うーん、そうは言ってもねぇ。確かに俺としてはやりたくは無いんだけど、闇の精霊の想いも大切にして上げたいんだよねぇ。


 そういえば、命のシンボルを使って、闇の浄化をすれば、俺への負担は無くしてくれるって言ってたはず。

 じゃあ、命のシンボルを使って、光の魔法を使ったら、浄化と似たような事ができるんじゃない?


 まぁ、試すだけならいいよねぇ?


 俺にも街中のゴーストの気配が感じられてきた。その中で、命のシンボルを握り、頭上高く掲げ上げる。


 その命のシンボルが発生源になるように力を調節し、光魔法の灯りの呪文を唱えた。


 同時に、いつもの灯りとは違う、やや黄色っぽい、というか、金色っぽいと言うか、そんな、暖かい光が周囲を照らし出した。


 光は、街の建物を突き抜け、光が届く範囲をくまなく照らし出す。


 そして、その光を浴びたゴーストたちが、まるで安心したように力を抜き、その場に崩れ落ちていった。


 浄化成功?


 念のため、かなり長めに照らし出しておき、ゴーストの気配が消えたのを確信してから光を止めた。


 すると、今度は光の精霊と闇の精霊が目の前に居た。


 「精霊王におかれましてはご機嫌麗しゅう」


 「いや、いや、いや、そういうのいいから。で、どうしたの? 二人して」


 「先ほどは、大変失礼な物言い、まことに申し訳ありませんでした」


 「いや、ほんと、それはどうでもいいから、本題に入って」


 「はい。今し方の精霊王のお力は、我が光の力を聖なる浄化の光へと昇華させました。おかげをもちまして、邪念に取り憑かれた哀れな魂たちが浄化され、皆、魂の原野へと旅立ちました」


 「精霊王のお力により、哀れな魂たちをお救い頂けたこと、まことに感謝致します」


 やっぱ、あれって正解だったんだぁ。ダメ元でもやってみるもんだねぇ。


 「うん、まぁ。今回は上手くいったみたいだけどね。だけど、いつもこれで浄化出来るとは限らないしねぇ。その時には、二人とも力を貸して貰うからよろしく頼むね」


 「「精霊王の望みのままに」」


 そして光と闇の精霊は俺の中へと消えていった。


 「グラウ、街の中の気配は?」


 「ふむ。どうやら、生きているモノは居らんようじゃな」


 「完全に死の街かぁ」


 「いや、待て。海の方に、何人か居るようじゃ」


 「それは、ちゃんと生きてる人の気配?」


 「………」


 「答えてよ!」


 「とりあえずは人間の気配じゃな。じゃが、確約は出来ん。実際に見に行くしか無いようじゃ」


 そして俺は、カルシウムの人たちを避けながら走り出した。ここから海までは、ほんのちょっと遠い。でも、生きている人間が死霊に襲われたら? と、思うと、もたもたしているわけにもいかないしね。


 でも、さっきの、命のシンボルを使った浄化の光って、かなり広範囲に広がったようだ。俺の魔法レベルが第二段階にしていた影響もあったんだろうけど、小さな街ではあるけど、ほぼ、街全体が浄化されたようだ。

 その分、カルシウムの人たちが転がりまくりなんだけどね。

 魂の方は浄化、つまり、成仏したみたいなんだけど、カルシウムの方は、放って置いたら「がしゃどくろ」になるんじゃないかな?


 それは、それで、見てみたいけどねぇ。


 そんなことを考えながら走って、海に面した街の出口に到着した。


 ここも壊れかけていて、海からの脅威をせき止める役目を放棄した石壁が並んでいる。


 崩れた石壁を軽く飛び越え、海岸に出る。見ると右手の方に船らしきモノと人らしきモノが居た。本当に人間だよね? 今度はゾンビなんてのは嫌だよぉ。


 まぁ、バレッタじゃないけど拳銃は持ってるけどね。


 何処かに武器が入った箱が無いか探しつつ、六人ほどが集まっている所に寄っていく。


 その六人は俺が近づいても反応せず、黙々と船の中から魚を籠に移していた。


 でも、その魚、干物と言うより、骨と皮だけの残骸って言わない? それに、船の近くの二人が一生懸命籠に移し、その籠を受け取った三人がバケツリレーして、最後に受け取った一人が籠から船に魚をぶちまけている。


 なんの罰ゲーム?


 「あれって、生きた人間なのかな?」


 「精霊視で良く見てみぃ」


 グラウに言われたとおり、精霊視の方に焦点を合わせて見つめてみた。すると、六人の頭には白いモヤがかかっていて、そのモヤを注視すると、幼い精霊のような存在がかいま見えた。


 「あれ? あの精霊は見たこと無いけど、あれが何かやってるのかな?」


 「そうではなく、あの精霊の力を使った魔法じゃろう。催眠魔法の元に居る精神の精霊じゃ」


 「あれが、催眠魔法で操られている人たちって事か。なら、催眠魔法を阻害するシールをさっそく使ってみようか」


 「ま、待て。考え無しに性急に事をなそうとするな」


 「え? マズイ?」


 「あの者たちの姿を見よ。痩せそほって、生きているのが不思議じゃろう?」


 「うん。だからこそ、早く催眠を解いて上げないとマズイんじゃないのかな?」


 「今は、催眠の命令に従って動いているが、その催眠が解けたらどうなると思うんじゃ?」


 「え? 目が覚めて、自分を取り戻すんじゃない?」


 「目が覚めたあやつらが、あの体でまともに生きられると思うか?」


 「あ、アレって、催眠魔法で命令されているから生きているようなモノなの?」


 「ワシにはそう見えるな。命令が無くなって、自分の状態を認識したら、ぽっくり逝ってしまうかものぉ」


 「うぅ。お、俺にもそう見える。でも、このままでも朽ち果てそうだし」


 「治療魔法でも、痩せた者を太らせる事はできんじゃろう? しかも、ワシには、もう、あの者たちは死んでいるのと同じに見えるんじゃ」


 「え、エイプリル!」


 『………申し訳ありません』


 「………」


 結局、俺は六人の作業を遠目に、石壁に寄りかかったまま、じっと見ているだけしかできなかった。


 それでも、黙々と同じ作業を繰り返す六人。


 日差しも強くなり、普通なら汗をぬぐいながらの作業のはずなのに、痩せ細った体は乾いたままだった。

 確かに心臓は動いているかも知れない。でも、内臓は動いていないだろうし、脳もスカスカになっているんだろう。生物的にも生きているとは言わないかも知れない。


 そして、遂に六人のうちの一人が倒れた。


 倒れた衝撃だけで、あっさりと逝ってしまったようだ。悶えることもなく、完全に動かなくなった。


 六人の仕事のローテーションも狂ったはずだけど、残った五人は同じ作業を繰り返し、ついには籠さえ無い状態で形だけを繰り返していった。


 そして、また一人倒れた。直ぐに三人目も。


 残った三人も、それから一時間もたたずに倒れて、波の音だけが聞こえる静かな浜辺に戻ってしまった。


 俺は倒れた六人の元へと近づき、命のシンボルを掲げて光の呪文を唱えた。


 それが、俺に出来るたった一つの事だった。


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