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第八十一章 晃と浮かぶ島 引き寄せる力

 ジェイによると、ターナの街での教育は始まったばかりで、それを完全に任せようというのなら、それなりの準備が必要だと言っていた。


 なので、引き継ぎが終わるまではターナの街に残る事になった。


 ジェイとレイミーがレゼとキャスのアシストを受けながら、街の教育システムを構築していく、って事になり、俺としてはニヤニヤが止まらない。実地で学ぶ事はいい経験になるからねぇ。


 でも、そう簡単にお任せというわけにもいかなかった。


 「アキラには道徳の事について書いた本を作ってもらおうと思っています」


 既に、算数や魔法の教科書は見せているから、道徳についても「教科書」という概念は直ぐに連想出来たようだ。


 「なにしろ、道徳というのは、普通の人付き合いでの在り方というは判っていても、アキラしか明確に言葉に出来る人は居ませんからね」


 確かに。エイプリルだと軍規則って感じになるだろうねぇ。


 「判った。判ったけど、俺は大元になるモノを作るから、ターナの街に必要な部分だけを抜き出したり、付け加えるってのは皆でやってよね」


 「あ、そう言えば、アキラはあまりターナの街の住民とは関わりが無いんですよね」


 「会話が成立したのはレゼたちとボードたちぐらいだもんねぇ」


 「判りました。どんなモノを付け加えなければならないのか、今は判りませんけど、この街に合ったモノにしたいと思います」


 「うん。それでいいよ。あと、それが上手くいったら魔法の単純詠唱ぐらいは教えちゃってもいいだろうね。それも上手くいったらゲートの譲渡だね」


 「ああ! こうしてみると、まだまだ、やる事が多かったようです」


 「魔法は、この森で生きるにはどうしても必要だからねぇ。ゲートにしても、魔法にしても、ジェイの判断で決めちゃっていいよ。エイプリルやガジェットによく相談してね」


 「そ、それは、責任重大で怖いですねぇ」


 「うん。そう思うよ。その判断が間違っていたり、早すぎたなんて時は、このターナの街が滅ぶかも知れないしね」


 「お、脅かさないでください」


 「脅しじゃなく、ターナの街の住民同士で殺し合う事になったり、王都との戦争になったり、俺たちが手を下したり、って事になるかも知れないしね」


 「……はい」


 「まぁ、上手くいったら、アカデミーで学ぶ生徒が増えて、この街ももっと色々な物を作れるようになるだろうからね」


 「どんな物を作る事になるんでしょうね」


 「さあ? でも、他の場所で作っている物よりも良い物なら、売り先は全世界ってことになるよね」


 「あ、そうか。良い物なら、作れば、作っただけ売れるんだ」


 「逆に、良い物が作れなければ、余所の物を買うだけになるか、余所が使わないような粗悪品を使う事になるよねぇ」


 「それもまた怖い話しですね」


 「道徳の本にも書くつもりだけど、他人が努力している状況で怠けるのは、自分が作ってたはずの物を他人に作られてしまう事になるよね。努力をしていても、他人に追い抜かれる事は多いしね。その時に、くさらず、更なる先を目指して考え、行動していく事が後々に自分の財産になる、という考え方がしっかりとできないと、新しい世界では生きていけなくなるかも知れないね」


 「それはそれで、なんだか大変そうですね」


 「大変だよぉ。でも、苦労した分、人の生活は豊かになるだろうしね。腕力という意味ではなく、人が強くなる事でもあると思う」


 「アキラがいつも言っている、人を強く、賢くする、ってヤツですね」


 「うん。それも、まぁ、押しつけなんだけどね。だからこそ、強く、賢くなる努力が嫌ってのなら、切り捨てるしかないんだよね」


 「はい。判ります」


 そして、俺は翼人たちの方を切り上げるため、一人で大岩の小型輸送艇に戻った。


 明日は、いきなり後二日だと言わなければならないけど、荷物は無いし、避難するだけなら大丈夫だろう。


 既に夜も遅くなったが、道徳用の教科書、もとい、文言集を書いていく。覚えているような内容だと、挨拶をしましょうとか、回り回って自分に返ってくるとかしかないから、そこから発展させた言葉を創作していくしかない。

 例えば、拾った金を持ち主に返す努力をする事や、隠れての陰口の弊害、信用喪失の恐怖、技能取得の恩恵や感謝出来る社会環境の構築まで。


 俺は小学校で道徳の授業を受けた記憶は有るんだけど、内容は忘却の彼方へと飛び去っていってしまった。それでも、先生が言っていた道徳とは、という言葉だけは覚えてる。

 道徳とは、社会生活の仕方の正解だ、っていう言葉。

 多くの他人と社会生活という関係を続けなければならない場合に、結果的に得をする考え方、生き方の正解だという意味だろうけど、当時は何言ってるんだ? って思ってた。


 嘘をつかず、丁寧に対応し、仕事に誇りを持ち、妥協を許さない、なんてのは、他人に良いように利用されるだけじゃないのか?


 損な生き方でしかない、って思えてた。


 だけど、段々と、正解の理由が納得出来ていった。犯罪が取り締まられる、という法律があるという理由もあって、社会生活のルールを破る事が割に合わないと判る。

 一度嘘をついてそれがバレると、当分の間は嘘をついた者として扱われ、信用されなくなる。一度暴力的な無理強いをすると、表面的には普段通りの付き合いでも、本質的な信用はされなくなる。

 信用出来る相手には、信用された方がいいのも当然だし、信用できる者として知られれば、いい話も増えてくる。


 結局、馬鹿正直に生きていれば、本当の馬鹿を見る事はないってわけだ。


 嘘をついても、それがバレ無ければいい。そんな事も考えた事がある。けど、一つの嘘がバレないと、その嘘をずっと引きずらなければ辻褄が合わなくなるという、更なる嘘が必要になる。

 嘘をついたせいで嘘をつかないとならなくなる、なんてのは、どれだけ馬鹿馬鹿しくて愚かな事か、ってのは、一度嘘をついた事があるのなら良くわかっているはずだよね。


 俺はそんな事を想いながら、言葉を書き綴った。


 なんか、取り留めが無くなった、駄文の綴りって感じだ。内容は、精霊王に並ぶほどの恥ずかしさだしね。


 「こんな事当たり前じゃないか」って言って恥ずかしく感じるほどの理性を持ってもらいたいね。


 後はエイプリルにまとめを任せて、仮の印刷物をジェイに渡して貰う事にした。


 ジェイの方で必要ないモノを省いて、必要になりそうな文言を追加して貰う。


 何故か、グラウがじっくりと覗き込んでいたのが気になった。きっと、知識の精霊や知識の神の象徴と連絡を取り合っていたんだろうなぁ。


 「グラウ? 知識関係の方々の感想はどんな感じ?」


 「ほっほ。概ね面白いと言う所じゃの。しっかりと考えれば、当たり前じゃないのか? という感じと、単独の言葉として残すという事に意味があるという感じじゃな」


 「まさしく、それだけのための言葉だからねぇ。今のこの世界には、ことわざとか格言とかって無いのかな?」


 「ことわざ? かくげん?」


 「あ~、つまり、失敗は成功の基、とか、出る杭は打たれる、とか、少年老い易く学成り難し、とかって感じの言葉」


 あれ? グラウのまん丸の目が更に見開かれているような。大丈夫? 目玉が転げ落ちない?


 「グラウ?」


 「あ、あぁ。その、なんだ。失敗は成功の基というは、失敗の原因を追及すれば、それは成功へと続く近道になるから、挑戦する事を諦めてはいけない、という意味の言葉じゃな?」


 「うん、大正解。しっかりと追求して、挑戦し続ける事が大事って言う言葉だね。続ける事が大事って方だと、継続は力なり、とか、千里の道も一歩から、って言葉もあるね」


 「せ、せんりの道とはなんじゃ?」


 「千里ってのは長さの事なんだけど、特に決まった長さの事じゃなく、長い旅路って意味で使われるね。つまり、どんなに長い道のりでも、始めは一歩目から始まる、って意味。要は、結果を急がずに一つ一つをしっかりと積み重ねろ、って事になるね」


 なんか、グラウの様子が変だよ?


 「主よ。そう言った言葉は、どういった感じで教えを受けるのじゃ?」


 「こういうのは、道徳じゃなくて国語の授業だったかなぁ? 本を読むのに必要な表現の一種って感じで教わったような気がする。なんか、ことわざは知っていて当たり前って感じの教わらない必須教科って感じだったなぁ」


 「どういう事じゃ?」


 「どういう事なんだろう? 俺も良く判らないけど、まぁ、ことわざってのは、人から人への口伝えで広まった言葉ってのが原因なのかもね」


 必要な事じゃないかも知れないけど、知っていれば少しは便利って感じだしね。


 「でも、グラウ? 随分食い付いてきたね? そんなに興味有る?」


 「当たり前じゃ。確かに知識とは異なるだろうが、そのことわざと言うのは知恵にあたる言葉じゃろう。人が生きる上での知恵を端的に表した言葉なのに、なぜ当たり前などと言うのじゃ」


 そ、そうなのかなぁ? それから、グラウにせっつかれて、思い出せる限りのことわざや格言を言うハメになった。


 口は災いの元、だね。


 次の日は、朝から翼人たちの所に行き、二日後にヘビーコアの起動がある予定だと伝えに行った。それを逃すと一ヶ月後になるから、出来れば二日後に行いたいという俺の希望も伝えておいた。


 そのため、この砂漠地帯の周辺に生活に適した場所を探すために、エイプリルの調査を基に飛び回る事になった。


 南はモンスター軍団が居るし、そのモンスター軍団は西から現れた。と言う事で、候補は北か東。東だとしても、出来れば北東寄りという感じが望ましい。

 もし、ヘビーコアの起動後もここのテーブル台地で生活出来るのなら、その方が良いと言うのが翼人たちの希望だ。でも、ヘビーコアの起動でテーブル台地がグズグズに崩れ始めたら、生活は出来ないと判断するしかない。

 その時のための、第二の候補地の捜索って事になるんだよね。


 もっとも、生活が出来なくなるほど崩れないように、昨日、強化しちゃったんだよね。


 たぶんだけど、ここで生活出来る可能性は高い。あくまで、高いだけで、駄目になる可能性もあるわけで、他の場所を探しておく事は必須というわけだ。


 そして、見つけたのが北東の位置に小さなオアシスが一つ。さらに北には海に面した平地があった。


 共に、開けた場所にあり、翼人たちの気質には合わない感じもするが、土魔法で壁を作り、城塞都市風にすれば、何とかなりそうな感じだ。


 特に海に面した土地は、ここのテーブル台地が無事だった場合にも、海の幸を捕るための狩猟用として使えそうだ。生きるためには塩は必須だしねぇ。


 一度、バヤガや希望者数人とで、その海辺の平地を見に行った。


 全員が初めて海を見たと言っていた。遠くに青いラインが有るのは空を飛んだ時に見えていたけど、それが、こんなに広い海だとは思わなかったそうだ。


 塩辛く、べたつく海の水にも驚いており、海鳥が海中に飛び込んで、魚をくわえて飛び出てくる様を見て、更に驚いていた。


 丁度流れ着いていた流木を使い、それを水魔法の水流で動かすという荒技で簡単な船に見立て、それに乗って沖に出た。

 思いっきり適当に作った鎖付きの銛を海中に撃ち込み、魚を捕ろうという無謀な試み。


 何とか三尾ほどの魚を捕まえた所で、翼人たちが狩りと言う事を認識した。そして、水上を風魔法で飛びながら弓を構え、水中の魚目掛けて撃ち込んでいった。


 結果は惨敗。屈折率のせいで、見た目の位置が異なるという事がイマイチ理解出来なかったようだ。貴重な矢尻を無駄にしてしまったと凹んでいたので、俺から追加で矢尻を作ってあげて置いた。


 俺の投げやりな銛でも、なんとか人数分の魚はゲットできたので、それの味見をする事にした。


 ナイフの背で鱗を取ってから腹を裂いてはらわたを取り、風よけぐらいの意味のかまどを作って、金属精霊の魔法で金網を作り、流木から水分を抜き出した薪で火をおこした。


 俺の感覚ではサンマに近い魚のようだ。


 川の魚は知っているから、翼人たちも特に抵抗は持っていないようだ。


 じっくり火を通して、ホクホクに焼けた所で実食。醤油がないのが残念だ。

 骨はサンマっぽいのに、身の味と匂いはアジっぽいのはどうにかして欲しいなぁ。


 魚に関しては、翼人たちにも概ね好評だった。次はタコやウニだね。デビルフィッシュ! って驚くかなぁ? ちょっと期待。


 第二候補の生活場所として、一応の合格点は出たようだ。ここが気に入らなかったら、また探せばいい、という事で候補地の視察は終了した。


 そして、テーブル台地に戻って荷造りをさせる。


 避難場所は始めに見つけた小さなオアシス。


 エイプリルにゲートを持って来て貰い、オアシスとテーブル台地の上とで繋いだ。


 俺がしょっちゅう転移魔法を使っているのを見ているせいで、ゲートは直ぐに受け入れられたようだ。第一陣が荷物を運び終わった後は、男たちが第二陣の荷物運び。女たちがオアシス周辺に生活施設を作り始めた。

 ここには長くても二日か三日しか居ないはずなんだけど、本格的な自分たちの街を作るための練習用にしたようだ。

 特に、沐浴場、トイレ、洗濯場は俺が作ったモノを参考に再現出来るか試している。更に個人宅用のレベルに落としたモノも作って、意見を出し合っている。


 この女たちがいれば翼人たちは安泰だねぇ。


 後は任せて、俺はヘビーコアの真上の位置に戻った。


 「このままだと、ヘビーコアの重さが足りない可能性があるみたいだけど、俺の精霊王の力でヘビーコアを強化する事は可能かな?」


 「無理じゃな」『不可能と推察します』


 「え? 二人してそんな。一応、理由を聞いても良いかな?」


 「ヘビーコアというモノが、どの精霊もよく判って居らん。精霊と言えども、わからぬ物には力が及ばぬモノじゃ」


 『ヘビーコアは基本的に重引力発生因子となりますが、作用としてはヘビーコアの周囲にのみ有効となります。直径十二メートルの球体状では加重効果範囲が最低限と推察されます』


 二人に駄目出しされてしまった。


 「えっと、昨日なんだけど、周りを鉄に変えてた時に、ヘビーコアの中に重さの精霊を感じたんだよね。重さというか、引力の精霊かな? そういう重力関係の精霊。その精霊なら何か判ると思うんだけど?」


 「じゅうりょくの精霊? その言い回しは聞いた事がないのぉ。いんりょくというのも初耳じゃな」


 「聞いた事がない? グラウが? 今ならグラウは全精霊の知識まで使えるんじゃなかったっけ?」


 「そのはずじゃがな。その、重さの精霊じゃったか? 他の言い方は無いのか?」


 「物体には重さがあって、それは互いに引き寄せる力を持ってるって事ぐらいかな。ほら、俺たちが地面に立っているのも、俺たちが地面に引き寄せられているからになるんだよね。重いほど引き寄せる力が大きいから、この大地そのもの、全部の重さはかなり大きいから、俺たちは強力に地面に引き寄せられているんだよね。

 えっと、つまり、下に落っこちる、ってのが、重力の力の影響ってわけ」


 「下に落ちる?」


 「うん。見た目はね。実際は重い方が下って感じるだけだんだけどね」


 「では、上とは?」


 「うん、まぁ、下の反対って事だね」


 「なるほど。要は上下の理を司る精霊の事じゃな?」


 「上下? あ、なるほど。互いに引き合う力って認識が無ければ、物は上から下に落ちるっていう現象しか見えないわけかぁ」


 リンゴが落ちるのを見て、上から下に落ちた、という事じゃなく、大地にリンゴが引き寄せられたって見方をしたニュートンは凄いんだねぇ。


 「なんじゃ? 上から下に落ちる現象しか見えないとは、どういう事じゃ?」


 「重い物は重さなりの引き寄せる力をもってるんだよね。だから、大地という大きな引き寄せる力に霞んで見えなくなってるけど、落ちている物にも引き寄せる力はあるんだ。まぁ、大きさ比から言って、引き寄せるというより、自分が引き寄せられる力に加わってしまうんだけどね」


 「重さによって、引き寄せる力の強弱がある、と言うわけじゃな」


 「その通り。その力を引力、って呼ぶんだ。だから、この世には上も下も無くて、引力が強い方が下に感じて、その反対が上に感じてるだけって事になるね」


 「なら、鉄の精霊と同じに、上下の理を司る精霊も名前を変えた方が良さそうじゃな」


 「その上下の理を司る精霊が、俺の思っている引力と同じならそうした方がいいけどねぇ」


 「ならば、作り出して呼び出せば良かろう」


 う、また、それ? 俺の中にどんどん精霊の分身が増えて行くんだよねぇ。全部の精霊が、って事はまず無さそうだけど、俺が精霊王になるきっかけになった精霊たちが揃ったら、また抑えるのが大変になりそうなんだよね。


 「まぁ、ここが失敗したら大変だもんねぇ。で、その精霊ってどんな感じ?」


 「既にお主に興味を持って、呼び出されるのを待っておるようじゃ。名を呼べば直ぐにでも飛び出て来るじゃろう」


 グラウの言ったとおりに手を付きだして上下の理を司る精霊、と言っただけで、凄く線の細い、針金細工のような姿の人型のモノが現れた。

 シルエット的にもポーズ人形みたいな感じで、細かく見ると、本当に針金を丸めて作ったんじゃない? と言う見た目だ。


 とても、生き物には見えない。まぁ、精霊だしね。


 「ハジメテオメニカカリマス ワタクシ ジョウゲノコトワリヲツカサドルセイレイデアリマス」


 まぁ、見た目通り、人と同じ音を出す構造はしていないから仕方ないのかもね。


 「はじめまして。俺はアキラだ。よろしく」


 そして、そこからは何故か物理の実験になった。


 上下の理を司る精霊が、重さと引力の関係を詳しく聞きたいと願い出てきたためだ。その内容次第では、引力の精霊と名を変えたいという話しにもなった。


 そして、まずはエイプリルのCGによる概念の解説。


 地球の形とその重さ、重心の位置が下という扱いになる事、宇宙は、その重いモノから遠ざかる事で、下の無い空間になる、と言う事。エイプリルは、上下のない空間でもヘビーコアを使う事で仮初めの下を作り出し、その場でなら地上と同じように立って歩ける状態を作り出せる事などを聞かせていった。


 さらに、精密な天秤という設定のCGを作り、両方に同じ重さの重りを乗せ釣り合わせ、片方の天秤皿の真下に十トンぐらいの鉄塊を置くと、その鉄塊の引力で天秤が傾くという映像を見せた。


 塔の頂上で二つの桶を用意し、片方には銅貨一枚、もう片方には金貨百枚を入れ、頂上から同時に落としたらどちらが先に地面に当たるか? という定番の問題や、途中に九十度カーブのある滑り台で、重りを乗せた台車と空荷の台車を上から滑らせ、どんな結果になるか? という慣性の法則の問題も出してみた。


 余談として、太陽と地球の関係と、紐に重りを付けてグルグル振り回す事の関係性も話しておいた。


 全て、重さと引力に関する内容。それを聞いた針金細工は、もとい、上下の理を司る精霊は最後には細かく震えて、泣いているように感じた。


 「ありがとうございます。精霊王。ワタクシは、今、初めて、自らの本質を知りました」


 精霊なのに? 本質から役割を振って精霊が出来上がったんじゃなかったのかな? まぁ、人間だって自分の体の構造を実感出来ないし、人としての本質なんて考えた事もないからねぇ。

 それに、話す言葉も変わってきている。自己認識が変わっただけで変わるモノなのかな?


 よく見ると、針金細工だった姿も人間っぽく変わっている。まだ細長いって印象だけど、無機物的ではない。


 「なんか、見た目も変わっているけど、大丈夫なのかな?」


 「ハイ。ああ、本当に、本当に、ワタクシは精霊になれたようです」


 「つまり、仮初めの上下を作る事だけを求められていて、それに応えて来ただけだったんだね。しかも、この世界に来てその必要も無くなり、存在感も本当に無くなりかけてたってことかな?」


 「ハイ。ですが、今なら全てのモノに引き寄せる力があるのが判ります。なんと素晴らしい力でしょう。本当に、本当に……」


 色々極まった所でいきなり消えてしまった。


 俺の中に戻ったという感じもしないし、近くに居るという感じもしない。何処行ったんだ?


 「グラウ? あの精霊はどうしたんだろう?」


 「おそらくじゃが、この世界の精霊と一つになりに行ったのかもの」


 「ああ、この世界に元々居た引力の精霊と………。って、居るのかな?」


 「微かでも居るじゃろうな。お主のような認識を、昔の人間が持っていたのなら、生まれて居るはずじゃ」


 「なるほどね。この世界の精霊と一つになれば、存在自体がはっきりするって言ってたっけ?」


 「言葉ではそうじゃな。じゃが、存在がはっきり見えるというわけではないぞ。世界へと関わる力がはっきりするというわけじゃ」


 「あれ? 一つになる前も、ジェイたちはガンガン魔法使ってたけど?」


 「あんなのは、まだまだ温いもんじゃ。これからは、あの小僧たちにも、はっきり判るほどの変化が見られるじゃろうな」


 「へ~」


 そんな話しをしていた所に、精霊が帰ってきた。一瞬、別の精霊が訪ねて来たのかと思ったほど姿が変わってる。


 細身なのは変わらないけど、針金細工よりもポーズ人形って要素が増えている。そして、男か女かは判らないし、たぶん意味は無いんだろうけど、女性的な面影の顔が見えるようになった。

 服っぽいのは、大きめのシーツの真ん中に穴空けて被っただけって感じだけど、その身体を何重にも包むように鎖が巻き付いていた。


 あの鎖が重力の象徴なのかもね。


 「この度は精霊王に対し、大変お騒がせしてしまい、ワタクシといたしましては……」


 「そう言うのはいいから、結果を聞かせてくれるかな? 上下の理を司る精霊って、やっぱり引力の精霊だったのかな?」


 「ハイ。引き合う力。それがワタクシの本質。ワタクシの力。ワタクシの命。そして、ワタクシ自身が全ての属性の一端に含まれる事も判りました」


 なんか感極まっているって感じだ。しかも、引力って全部の属性に関わるってのも納得出来る話しだね。たしか、エネルギーの形態って、「固体」「液体」「気体」「プラズマ」という形で「流れる」ってモノだと聞いた覚えがある。大地、水、風、炎も重力に縛られる。電子一つにも重さが有るし、光りさえ重力でねじ曲げる事も出来るわけだし、「心」関係以外ならほとんどに影響する精霊って事なんだねぇ。


 「なら、聞きたい事と、協力して欲しい事があるんだけど?」


 「なんなりと。精霊王の思うがままに」


 「ここのヘビーコアに魔法を通したら、電気を通すよりも重くなるのかな?」


 「でんきというのは……」


 「ああ、一定の力で安定的に流す事が出来る雷の事なんだ。ヘビーコアは元々、その電気ってので動くように作られてたみたいだけど、今回、特別に魔法で動くようにしたみたい」


 「なるほど。確かに雷撃の力で活性化するようです。魔法力を使う事で引き寄せる力を拡大させる仕組みも確認できました。雷撃の力を際限無く使用した場合の効果が不明ですので、魔法力との力の比較は難しいとしか言えません。

 大変申し訳ありませんが、ワタクシでは明確なお答えが出来ません」


 「まぁ、それも仕方ないか。なら、あのヘビーコアを重しにして星を引き寄せる時に、引力の精霊の力で足りない重さを補ってくれる事はできるかな?」


 「ハイ。それがどれほどの重さになるか知れませんが、ワタクシの存在をかけて力を振るわせて頂きます」


 「じゃあ、頼むね。現状では引力の精霊の力だけが頼りだしね」


 お役に立てるだけではなく、頼りにまでして頂けるとは、とかって、更に感極まってる引力の精霊には、その時まで休んで貰うように言って、俺の中に入って貰った。


 これで何とかなるかな? これ以上は、さすがに精霊王といえど手は無いと思うしね。


 そして、俺の方の準備は終わった。後は翼人たちの一時的な引っ越し作業だけ。これも、俺が手伝うほどの事もなく無事に終了し、捕らえておいた家畜たちも翼人の土魔法の使い手によって移動されていた。


 なんか、もう、どこででもしっかり生活出来そうなんだけどねぇ。


 翼人たちの逞しさを再確認した翌々日。いよいよ、ヘビーコアの起動の日になった。


 翼人たちは、テーブル台地から離れた所にあるオアシスから、テーブル台地を眺める事になる。

 俺自身もやる事がないから一緒に見物することにした。後は、アレがどんな手腕を見せるかって事だけだよね。


 念のため、ノームと引力の精霊には出てきて貰って、事の推移を観測して貰うように頼んだ。


 精霊の判断でヤバそうな時は、強制終了って事も考えられるからね。


 そして昼過ぎ。空から光の線がテーブル台地の真ん中に突き刺さるのが、離れたオアシスからも確認出来た。


 どうやら、始まったようだ。


 次の瞬間。テーブル台地自体が霞んでぼやけた。


 いや、地面からの高さが約二百メートル、直径三十キロ近い岩の塊が震え、砂煙が覆ったようだ。それが判った瞬間に、オアシスの場所も震えた。


 足下がびりびりと細かく振動している。


 「エイプリル?」


 『未だ、ポーリーは移動を開始してはいません。現在、慣性質量の三割ほどが相殺された状態だと推測します。慣性質量が完全に相殺された時点で移動が始まるものと推定されています』


 「あと、どれぐらいで決着付くのかな?」


 『アレの移動計画が不明のため具体的な数字は算出できません。推測ですが、移動開始が一時間後、予定ポイントへの到着が十一時間後、最終調整が終了するのは二十時間後になる可能性を試算しました』


 「それでも早い方なんだろうねぇ」


 『ポーリー建造時のスペックでも同程度の時間で移動が可能でした。ですが、現在、ポーリー自体が半壊状態であり加重制御が存在しない状態ですので、移動そのものが危険と推定されます。これを移動させるための論理や実行力の推定は、現在のゲンブには不可能と判断されました』


 「つまり、魔法とか神力とか、不可思議な力が使われるから、矮小な人間ごときには理解出来ないって事なんだろうねぇ」


 俺とエイプリルが、詳しく解説されていない事に愚痴を言い合っている間に、テーブル台地を震源とする振動が大きくなってきた。心なしか、テーブル台地が持ち上がっているようにも見える。


 『艦長に報告。ポーリーの移動を確認しました。しかし移動速度がこちらの想定を大きく上回っています。それに伴いアンカーとしてのヘビーコアへの負担が増大しています』


 エイプリルの報告中に、引力の精霊は俺の前から消えた。おそらく、ヘビーコアの所へといったんだろう。


 「引力の精霊は、どのくらい働いてくれると思う?」


 『正確な状況は不明ですが、本来であれば既に破綻している状態と推定されますので、相当量の加重が加わっていると推測されます』


 少しは安心出来る話しだったけど、それでも、テーブル台地を覆う砂煙の量が増えているのが判った。

 マジ、ヤバクナイ?


 『まもなく、ポーリーの軌道復帰不可能地点を越えます』


 「は、早すぎない?」


 『早すぎます。ですが、計算上は許容範囲に含まれます。ヘビーコアが耐えられない場合という安全枠が取られてはいないと推察されますが』


 「つまり、ヘビーコアが浮かんじゃった場合の緊急停止はもうできないって事か。何考えてんだ」


 それからは、しばらく、砂煙を上げるテーブル台地を見ているだけだった。


 翼人たちには不安があると言う事は伝えていないため、大地が震えるという異常現象でも、一時間もすると慣れ始め、各々がくつろぐ場所を探したり、仲間内で話しをしたり、食事の準備を始めたりと、気の抜けた雰囲気になってきた。

 不安があるから一緒に緊張してくれ、ってわけじゃないから、これはこれでいいんだけどね。


 でも、俺個人としては、もしもの場合の相談役がいて欲しい、という切実な思いはあった。


 今は、チビチビとブランデーを舐めているノームだけが頼りかも。


 不安だ。


 そして、やっぱり、というか、来るべくして、というか、ヘビーコアの重さが耐えられなくなったようだ。

 テーブル台地が、徐々に浮き上がり始めた。


 ヘビーコアの加重された重さと、テーブル台地その物の重さを持ってしても、支えきれなくなっている。


 「ノーム!」


 「うむ。引力の精霊の力も、これ以上は無理なようじゃな」


 「このままじゃ、あの大岩が飛んで行ってしまって、それを頼りにしているポーリーが弾かれてしまう。最悪、空中分解だ。何とかする方法はないのか?」


 「始めから、大地にクサビを打ち込んでおいた方が良かったかのぉ」


 「ああ、今更、そんな」


 「じゃなければ、これから打ち込むか?」


 「今から? 間に合う?」


 「デカイ鎖でも作って、つなぎ止めるとかじゃな」


 鎖を作る魔法の技は教えて貰ったばかりだ。大きさを変える事も出来る。俺の精霊王としての力を使えば、相当に大きな鎖が作れる。それでつなぎ止めておけるか?


 「エイプリル! 試算!」


 『鎖の、一つのリングの大きさが、太さ二メートル、縦十五メートルと推定するのならば、約三百本の鎖で固定可能と算定されました。あくまで、最低限の数字です』


 「よし! やるぞ。ノームは俺の中に!」


 今俺は、テーブル台地から離れたオアシスに居る。ここからだと、俺の認識が曖昧になるので強力な鎖を作って、大地と台地をつなぎ止めるのは難しい。

 直接、現場に行って鎖を作らないとならない。


 ならば。


 「ゼーン!」


 俺は空に向かって従魔である、ドラゴン型幻獣のソードドラゴンのゼンの名を叫んだ。


 同時に、空中に切り裂いたようなひび割れが出来る。そして、空間がガラスのように割れて、そこから全身が剣で出来ているようなドラゴンが姿を現し、剣で出来たような翼を広げて俺の前に降り立った。


 いきなりのドラゴンの出現に、ビビる事も忘れて見入っている翼人たちへの対応は後回し。


 早速ソードドラゴンのゼンに乗せて貰い、テーブル台地の所へと向かおうとした。


 ふと見ると、手の中には作りかけの精霊王の宝珠。

 俺は、少しだけ魔法力の力を強めて、宝珠を完成させた。そして、それをゼンに差し出す。


 「ゼン。受け入れるか?」


 ゼンは俺の持つ精霊王の宝珠を見て、一度だけ目を見開いて見つめていた。


 何度も見てきたせいで、ドラゴンのビックリした表情ってのは、ちょっと判ってきたような気がする。


 ほんの二呼吸程度のためらいは有ったけど、ゼンは宝珠に鼻先を付け、目に見えない手で持ち上げるように宝珠を額に移動させていった。


 宝珠とゼンとの間に力の繋がりが出来た事が判る。


 強い繋がりだ。それは、俺とゼンとの間の繋がりも強くなったようにも感じた。考えている心の中は判らないけど、今現在の感情ならしっかりとわかる。


 今、ゼンは力に酔ってほろ酔いのいい気分という感じだ。宝珠の力が、額からドラゴンとしての体全体に広がり、染みこんでいるのを気持ちよく感じているようだ。


 そして、ソードドラゴンのゼンの体が輝きだした。


 鋭い剣を百本近く身に纏っているソードドラゴンの体が光りに包まれると、一瞬だけ、光で出来た繭に包まれたような見え方をした。

 その光りは、十秒もしないうちに消えていったが、光りが消えた後にはソードドラゴンは居なくなっていた。


 ゼンは居るんだけどね。たぶん。


 そこに居たのは、鋭い、金属質の剣を体中から生やしているソードドラゴンではなく、薄い金色の柔らかな長い羽毛に包まれた、モフモフ感満載のフェザードラゴンだった。


 「フェザードラゴン、っていうのでいいのかな?」


 ちょっと心配で呟いちゃった。


 「ふむ。そのようじゃな。ソードドラゴンの本質が変化して上位の幻獣へと変わったようじゃの」


 同じような金色の羽毛を持つグラウが、俺のつぶやきに応えてくれた。


 「本質って変わっちゃマズイんじゃない?」


 「そうかの? もともと、本質は有っても姿は持っていなかった者たちじゃ。それが、この世界の融合の影響を受け、本質に従った姿を得ていた、というのが幻獣じゃからのぉ」


 「あ~、幻獣ってそう言う存在なんだぁ。でも、それなら尚更本質って大事じゃないの?」


 「触れるモノを全て切り裂く、というソードドラゴンとしての本質よりは、良い本質に変わったとは思うがな」


 「そうなのかなぁ。

 ゼン! 体や心や本質ってのは大丈夫か?」


 以前も可愛いとは思えてたゼンの顔つきも、かなり穏やかな感じを受けるようになった。ゼンはその鼻先を俺の近づけ、以前にもあったように俺にこすりつけてきた。


 うん、ゼンだ。本質や姿は変わっても、心はゼンのままなんだね。


 「ゼン。本質が変わったばかりで悪いんだけど、俺を乗せて飛んでくれないか?」


 精霊王の宝珠を取り込む事で、体調が変化する可能性を忘れていた。精霊王の宝珠を持っていると、ちょっとだけ迂闊になっているような感じがする。与えたい、って思えてしまうのは宝珠の特徴なのかもね。


 俺が反省していると、ゼンの感情が俺に流れ込んできた。たぶん、体調は万全。俺の役に立てる事がとても嬉しい。って事だと思う。


 俺はゼンの鼻先に足をかけて登り、顔の中央を駆け上がってゼンの後頭部に座り込んだ。


 そこには握るのに丁度いい角が生えており、羽毛のモフモフ感で安定感も良くなっていた。


 「よし! 行こう!」


 俺の合図でフェザードラゴンのゼンが柔らかな翼を広げ、ゆっくりと羽ばたいた。


 エンシェントドラゴン、エルダードラゴン、リーフドラゴン、下位の獣レベルのドラゴン、そして幻獣のドラゴンたちを見てきたが、その全てと比べても段違いに柔らかい飛翔だった。

 まるで、水中を泳ぐように空に舞い上がっている。しかも早い。既にテーブル台地の近くにまで来ていた。


 「ゼン! テーブル台地の縁に沿って飛んでくれ!」


 細かい指示は必要ないぐらいの繋がりは感じるけど、一応声に出して指示した。


 実は俺自身を落ち着けさせる為。テーブル台地は大量の砂煙をまき散らしながら、既に地面から浮き上がっていた。これを金属の魔法で鎖を作り、地面に縫い止めなくてはならない。


 いくら精霊王の力があっても、本当に出来るのか?


 高さは四百メートル前後。これは視界に収まりきる。でも、二~三十キロの幅は、とてもじゃないけど認識しきれない。とても遠く、という意識で、ぼやけたモノという見え方しかできなくなる。

 イメージが大事な魔法で、見え方がぼやける、ってのは、魔法もぼやけて実体化できなくなってしまう。


 つまり、鎖を作ってつなぎ止めるのはいいけど、実際にその場所に行ってやらなければならない。それを三百本以上。


 遠すぎる目標に、ちょっと、クラッと来た。ホントに出来るのか?


 でもやらないと、移動中のポーリーがどこに飛んでいくか判らなくなる。最悪の場合は、いつか地表に落下する軌道を取るかも、という可能性。

 恐竜絶滅ぐらいの被害はでるだろうな。それを回避するためにも、このテーブル台地を押さえつけなければならない。


 俺は形状登録で作っておいた鎖の図面を取り出し、その数字を頭に思い浮かべる。そして、精霊王の力を制限せずに鎖を作れと心の中で命令した。


 心の中に思い浮かべるのと同時に地面の中から、先っぽに五メートルはある鉄杭を取り付けた巨大な鎖が、上り龍の如く登っていく。


 そして、鉄杭が台地の上に到達した時点で反転させ、杭を地面に打ち込む。その後は、鎖の生成を地面の中の方にシフトし、適当な深さの所で鉄板を作ってそれに鎖を繋げた。


 これで、鎖と地面の固定はいいはず。


 そう思っていたら、テーブル台地の上昇によって、太さ二メートル、魔法で作ったために継ぎ目のない鉄の鎖が千切れ飛んだ。


 ヤバイ、次々に作って、さっさと三百本以上にしないと支えきれない。


 千切れ飛んだ鎖はそのままにして、今度は十本を同時に作れと、そのイメージを心の中に思い描く。


 ゼンにテーブル台地の外周を飛んで貰いながら、鎖を作り続ける。でも、作るそばから千切れ飛んでいく。


 それでも、作った十本が、次に十本作るまでに五~八本千切れ飛ぶので、相対的には増えて行っている。


 テーブル台地はどんどんと上昇していっているので、作る鎖の長さも増えていき、固定するまでに時間がかかるようになってきた。そのため、千切れる鎖も増え、一度に十本の鎖を作るだけでは追いつかなくなってくるのも時間の問題のようだ。


 「うおおおおおおおお!」


 別に叫ぶ必要は無いんだけど、自分自身に気合いを入れるために腹の底から声を出した。


 そして一度に作る鎖を十五本まで増やす。


 地面からの距離も長くなり、作った鎖がテーブル台地を固定するまでの時間もかかる。それを、気合いでカバーしていく。


 ゼンの飛翔速度も上げ、鎖を発生させる間隔も広くしていく。既に、テーブル台地は五百メートルぐらいの空中に浮かんでいる状態だ。

 作る鎖の長さも八百メートルは超えていると思う。


 でも、そんな事はもう、頭の中から消えた。


 ゼンの頭に乗って台地の周囲を回りながら、次々と純鉄の鎖を作り、伸ばし、杭を打ち込み、地下深くに鎖を固定していく。


 千切れた鎖の残滓と、新たに打ち込んだ鎖で、テーブル台地の縁が埋め尽くされていく。


 まだ、テーブル台地の上昇は止まらない。ほんの微かだけど、登っている。同時に、短い鎖が弾ける。


 「後少し!」


 俺自身が折れないように俺自身に発破をかけて、新しい鎖を作り出していく。


 どのくらい鎖作りを続けたのかも判らなくなった。でも、ようやくテーブル台地は、その上昇を止めた。


 はじけ飛ぶ鎖もなくなり、ギシギシと軋んではいるけどしっかりと残っている。


 「エイプリル! 確認!」


 『現在、ポーリーは安定して移動中です。ヘビーコアの位置も大きな変化は確認されていません』


 「と、とりあえず、一段落って感じかな。これ以上の補強は必要になりそう?」


 『安全枠をとるのであれば、二倍で充分な余裕を取れますが、現実的では有りませんので、必要になり次第追加するという方針が適切であると推察されます』


 「うん。しっかりと観測を密にして、飛んでいかないように対応しよう」


 ようやく力を抜いて、ゼンのフカフカ頭の上に座り込んだ。


 「ゼン。もうしばらく、このまま付き合ってくれよな」


 空中に浮かんだテーブル台地の横を、フェザードラゴンのゼンが泳ぐように飛んでいる。よく見ると、テーブル台地は一キロ弱ほどの高さに浮かんでいるようだ。


 普通なら雲の上とも言える場所。砂漠の地表よりは涼しいという感じだ。


 「お、俺って、ここまで届く鎖を作りまくったのか」


 改めて見ると、とんでも無い力だ。


 幅三十キロ弱、高さ四百メートル前後。岩と言うより鉄の塊と化したテーブル台地を四百本近い鎖で縫い止めてある。


 今回と同じぐらい力を使えば、エベレスト級の山を平地にする事も出来るかも知れない。


 正直、今回は力の使い方が悪かったかも知れない。もっと、この力と精霊の力を理解していれば、違う方法も有ったかも、という懸念が収まらない。


 まぁ、他の方法自体、未だに思いつかないんだけどね。


 土魔法で大きな腕を作って、その腕でテーブル台地をがっしりと掴んで固定する、なんて事も考えたけど、きっと、腕ごと空に登っていったと思うしねぇ。


 『艦長に報告。ポーリーによる引き寄せは、あと一時間程度で終了すると推算されます。その後、引き寄せられているヘビーコアは、落下を始めると推測されます』


 「え?」


 『一時間後に、このテーブル台地は地表に落下します』


 一瞬。いや、少しの間、エイプリルの言っている事が判らなかった。


 鎖に繋がれて、地上千メートル付近に浮かんでいるテーブル台地が、ここから落下する?


 「えっと。確かに、あっちの引っ張る力が無くなったら、落ちちゃうよねぇ」


 フェザードラゴンのゼンの頭の上から、改めてテーブル台地を眺めてみた。二~三百メートルごとに鎖の杭が打ち込まれ、その間隔の間には、失敗して千切れた鎖の杭が残っている。

 約百キロ近い外周は、鎖と杭とで鈍い鉄色に染まっていた。


 外周。縁から約二百メートル程度はそんな有様だけど、内側は未だに以前の状態を保っている。


 俺が転移させた森も、一時生活スペースとして作った施設も、何の損傷もなく残っている。


 これが落ちたら、いくら鉄の塊のように強化したテーブル台地でも、表面の土部分は粉々に砕けるだろうな。


 翼人たちは、この生活スペースが再び使える事を望んでいた。


 「なんとか、ゆっくり下ろす方法はないかな?」


 思わず呟いてしまった。


 「ほっほう。このまま空に浮かべておれたら、翼人たちにはいい場所となりそうじゃのぉ」


 金色のグラウがそんな事を言ってきた。


 確かに、翼人たちは自力で飛べるんだから、高度千メートルでも関係ないよねぇ。逆に、ここまで攻めてくるモンスターも少ないだろう。

 翼を持つ系統のモンスターや、ドラゴンぐらいだろうねぇ。翼人たちは魔法を使えるようになっている。だから、犠牲は出るだろうけど、ドラゴンを退けるぐらいは出来るはずだ。


 俺が転移させてきた森もここでの環境なら水の確保さえあれば問題なく育っていくと思う。


 その水は、魔法を道具化した装置を渡してあるし、水魔法を使える翼人たちも居る。


 食糧の確保は、始めから渡すつもりだったゲートで、この台地の上と移住予定だった海岸とを繋げれば本当に問題ないはず。

 じっくり腰を落ち着けるのなら、テーブル台地の上に畑も作れるだろう。


 ただ一つの問題は、空中に浮かび続ける事が出来るか、と言う事だ。


 「グラウ。このテーブル台地を浮かんだままにする方法ってある?」


 「引力の精霊に聞いてみてはどうじゃ?」


 「あっ、それがあった。今、引力の精霊と話せるかな?」


 -可能でございます-


 引力の精霊の声が頭の中に響いた。もしかして、俺の考えた事って精霊たちに駄々漏れなのかな?

 まぁ、それはあとで考える事にして、今は可能という話しを聞こう。


 「引力の精霊! それは、どういった手段が必要なんだ? 引力の精霊の力だけでどうにかなるものなのか?」


 -確かに、ワタクシが引き寄せる力の鎖を絶ち続ける事によっても可能です。その場合、ワタクシのこの分体をこの地に残す事になりますので、精霊王におかれましては新たなる分体をお作りいただきたいと考えます-


 なんか、引力の精霊が犠牲になる、って感じがするなぁ。


 「他の方法はないのか?」


 -ヘビーコアと呼ばれる物を使わせて頂けるのであれば、これに引き寄せる力に反発する力を生み出す事が可能と思われます。ただ、ある程度の時間で力が減衰すると思われますので、魔法力の補充も必要となります-


 「定期的な魔法力の補充かぁ。それって、精霊王の宝珠がいくつかあれば賄える?」


 -せ、精霊王の宝珠であれば、一つで充分であります。もしも二つもあれば、如何なる事にも負けない強き物となりましょう-


 「判った。二つ作って渡すから、今のヘビーコアが役目を終えたら、落っこちないうちに変えちゃってくれるかな?」


 -判りました。精霊王の望みのままに-


 両手で精霊王の宝珠を作りながら、ヘビーコアの真上の位置に移動する。ゼンの頭に乗ったままの俺の前に引力の精霊が現れ、二つの宝珠を受け取って、直ぐにまた消えた。


 実は、引力の精霊にとっても、ギリギリだったようだ。


 実際、ヘビーコアに引力の精霊が加重をかけていないと、現在の均衡も実現しなかった。


 「エイプリル? ここまでの流れって、アレが予想したとおり、って事はあるかな?」


 『テーブル台地の強化、引力の精霊による加重支援、艦長の精霊王としての力によるアンカーの撃ち込み、これらの全てが揃わなければ実現しない計画だったと判明しています』


 「だよねぇ。アレが俺たちの知らない、神の力を使って辻褄を合わせると思っていたのが間違っていたようだしねぇ。

 結局、いいように使われちゃったってだけだよね」


 『アレに対して、抗議を行いますか?』


 「うーん。大きな貸し一つ、って事でいいかな。俺の心の修理や精霊王の力の抑制とかもしてくれているしね」


 『了解しました。アレとの関係は良好なままでの交流を維持します』


 「アレが目指す人を強くすると言う目的は、俺たちにとっても有意義だしね。」


 一時間後。引力の精霊からヘビーコアを変化させたという報告が入った。今の状態なら、数千年単位でテーブル台地が浮かんだままになるそうだ。


 大量の鎖で繋がれているため、ほぼ揺れる事も無いし、精霊王の力で純鉄として作った鎖のため、簡単に錆びて朽ちる事も無いだろうというのはノームのお墨付き。


 翼人たちには空を飛べる翼と魔法がある。これで、どこよりも安全で快適な土地が出来上がったわけだ。

 この小説は、冒険の舞台を作ると言う事が目的に一つになってます。


 そして、今回は、「鎖に繋がれた空に浮かぶ島に、信仰心の厚い翼を持つ人間が住んでいる」、という場所が出来上がりました。


 後々の冒険者が、この場所を訪れ、翼人たちとどんなトラブルを起こすのだろう、という事を考えながら綴っていきました。


 ホント、長かった…。もっと簡潔にしても良かったんじゃね? とか思ってましたが、これが限界でした。

 アキラのドーピングは、次でもっと良い形で抑制される予定です。

 巨大な鎖を作るためにだけ、ああなったようなモノなんですよねぇ。


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