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第六十八章 晃と恨みの浄化 後悔

 『現在、邪霊は人型の何かを依り代にして、最下層の中央広場の位置に停止しています』


 「人型の何か?」


 『人類、亜人、モンスター。人型の全てと様相を違えています。モニターに映し出します』


 それは確かに人型と呼べる物だった。直立で両手が有り、二本の両足で立っている。だけど、人型と言えるのはそれだけだった。


 全体は影のように黒く、微かなテカリさえ無かった。まるで、そこだけ切り抜いたように何も無いと感じる『漆黒の穴』と呼べそうな存在。


 まるで空虚。いや、闇。


 「もしかして、あの闇と関係あるのかな?」


 「そんな感じがしますが、別物にも見えますね」


 「ああ、俺の中の闇とも共通する感覚なのかもね」


 「そもそも、闇とはどういった属性なんでしょう?」


 「前にも言ったけど、決して悪い属性ではないけど、手放しで良い属性ってのは絶対に言えないモノだね。

 基本的には、光が届かない場所。

 ってのが闇だから、光に晒されることを嫌って隠れる場所ってのが、普通は皆が思う闇じゃないかな」


 「まぁ、犯罪者が身を隠す場所とか、見えない場所で悪さする、って感じですよね」


 「逃げる、隠れる、息を潜める、って場所だね。でも、それは犯罪者だけがするモノじゃないよね。

 モンスターから逃げるのも、敵から隠れるのも、狩人が息を潜めるのも、同じ闇だよね」


 「そう言われれば、そうですけど。基本的には悪巧み用の必須条件みたいな感じですよね」


 「はは、確かに。それに、入ってしまったら簡単には抜け出せないって感じも有るかな」


 「ああ、何となくそういうイメージもありますね。でも、なんか、どんどん負の属性って感じがしてきます」


 「それは正解だと思うよ。俺の中に闇の精霊が入って、光の精霊と一緒に楽しそうに回ってるのを感じると、大切な負の属性ってのが感じられるんだ」


 「大切なんですか?」


 「そう。光から逃げて闇に入る、ってのが基本なんだと思う。そして、闇から逃げて光に入るってのも大事。

 闇が負なら、光は正だけど、光の中にずっと居るのは疲れてしまうよね。理想はずっと光の中だけど、疲れたら光から逃れて闇の中で肩の力を抜くのも必要な事って感じなんだ。

 まぁ、闇の中に入って犯罪を行えって意味じゃないからね」


 「昼と夜って関係ってわけですか」


 「全くもってその通りだね。夜と犯罪は結びつきやすい関係に思えるけど、実際には夜は夜でしかないってのは当たり前で、犯罪とは結びつくわけじゃないよね」


 「犯罪の方が夜を利用しているだけってことですね。

 では、あの邪霊と闇属性はどんな関係になるんでしょう?」


 「本当のところはどうか判らないけど、俺が思うに、『恨み』とかいう感情は基本的に表に出さないで隠して生活する傾向が有ると思う。

 そういう、内に秘めた、はき出せない思いってのは、どんどん溜まって濁っていくと思うんだ。もちろん、光に晒すって事も出来ないで、更に、更にと光から逃げていくんだろうね。

 勇気を出して光に晒せば、あっという間に霧散するような思いも有っただろうけどね」


 「すると、心に秘めた思いってのは基本的に闇属性ってことですか?」


 「例えば、心の中で『僕は世界一の魔法使いになるんだ』って思いを描いたとして」


 「そ、それは、妙に具体的ですが………」


 「そのための努力。例えば、魔法を知る機会を逃さず、常に練習を欠かさず、ベッドの中でもノートを取りながら新しい展開を考え続けているってのは、闇に属すると思う?」


 「な、な、な、なんで、なんでそれを………」


 「たとえ話だからね。あくまでたとえ話。

 で、内容は表に出さなくても、しっかりと努力をしているってのは、ほとんど光に晒しているってのと同じ事だと思う。

 その努力さえも知られないようにこっそりやって、思いも努力も隠し続けるのは闇属性になるってことだね。

 闇属性だけど、悪いモノじゃないよねぇ」


 「そ、その場合の、悪いモノってのは?」


 「思うだけ思って、努力をせず、なぜ思いが叶わないんだ、って鬱憤を蓄積していくタイプだね。これが、闇属性の中の困ったちゃんって事になるんだろうね」


 「我が儘みたいなものですか?」


 「そうだね。我が儘も、表に出してしまうと闇属性じゃなくなるっていう性質を持っているから、我が儘が闇属性ってわけじゃないけどね」


 「我が儘って負の感情じゃないんですか?」


 「夢を実現させるために努力するっていう拘りも我が儘の一種だよ」


 「そう言われれば、そうですけど。すると、負の感情ってのはあまり存在しない感じですねぇ」


 「そう思うのはジェイが恵まれているせいなのかもね。

 生まれながらにどうしようもなくて、妬み、恨み、そして憧れながら地面に這いつくばって生きるしかない、って境遇は多いからね」


 「僕もけっこう苦労したとは思っていたんですが、それでも恵まれてたんですかねぇ」


 「一番大事な、恨まないで居られる心を育ててくれた周りの人たち、という恵みだけどね」


 「ああ、そうですねぇ。しっかり怒ってくれた。しっかりなだめてくれた。しっかり諭してくれた、ってのは、僕の大切な思い出です」


 「うん。感謝しないとね。恩返しは、ジェイが後から続く者たちに、しっかり諭してあげることだね」


 「はい。僕もそう思います」


 ああ、あまり情報が行き来してない世界というのは、こういう所が長所だよねぇ。つまり、こんなセリフを吐いても、『くっさ~』って茶化されないのがいいよねぇ。


 「で、話しは戻るけど、邪霊は完全に困ったちゃんの塊になってるわけだ。恨み辛みを溜め込んで、表には出さないで光から逃げ続けると言うことで闇属性になったんだろうね。

 しかも、恨みを直接晴らす存在も居ないわけだし、他の者の心にだけ、陰鬱な負の感情を注ぎ込んでいるんだろうね」


 「では、僕たちも近づくと危ないんですか?」


 「その可能性は大きいと思う。でも、これって、前に経験してるよね?」


 「あっ、闇との戦いですね。光魔法の灯りを真正面に置くことで、心の負担が無くなった、あの戦い」


 「心への影響はあれでかなり防げると思うよ。まぁ、それが効かなかったら、一旦退却して出直すことにするけどね」


 「心の影響はそれで良いですね。後は実際の力の衝突ですが」


 「まず、あの邪霊は生け贄に憑依している状態だと思う。そして、邪霊をどうにかするには、器としての生け贄を壊す必要があると思うんだ」


 「生け贄にされた存在を殺すと言うことですね」


 「そう。可哀想だけど、もう助けられるほど元々の部分が残っているとは思えないんだ」


 「見た目からしてそんな感じですしねぇ」


 「だけど、ギリギリまで器は壊したくない。器が無くなったとたんに何処かに行っちゃうってのが一番怖いからね」


 「生け贄を必要とする邪霊が、ターナの街へ行ってしまうという危険ですね」


 「生け贄という器が無くなったら、取り押さえる事も出来ないだろうからね」


 「アレを取り押さえるって事ですかぁ。ガジェットさんの土魔法か、レイミーさんの氷ですかね。僕の炎とファイエーさんの風では役に立ちそうもありませんし」


 「うん。魔法を使って良いかも判らないんだけどね。魔法が使えれば今の意見のままだけど。

 エイプリル? 捕縛に使えそうな接着剤とか硬化剤とかあるかな?」


 『極低気圧状況に晒される事を前提としたタイプを除外しますと、補修用硬化剤の一種類が条件に該当します』


 「ガジェットに搭載できるかな?」


 『タイプとしては六リットルのウォーターガンですので、個人による携帯も可能です』


 「六リットル? 本体合わせて十キロ近くってことかな。ガジェットに任そう」


 『ガジェットに搭載する場合、三十リットル入りの保管タンクを噴射装置に直結した物を用意できます』


 「いいね。それでお願い」


 『了解しました』


 「アキラ? エイプリルさんとの打ち合わせが終わったのなら、今の話しの解説をお願いします」


 「ああ、ゴメン。

 エイプリルの持ってる道具に、ひび割れた所を埋める粘土みたいな物があるんだ。例えば、鉄鍋の底が割れて抜けちゃっても、その粘土を貼り付けて乾かせば、一時的には鉄鍋をそのまま使えるようになるって感じの物がね。

 で、エイプリルの持っている物だから、それが凄い性能を持っているんだ。

 粘土とは言ったけどほとんど水みたいな物で、その水を吹き掛けてやれば、濡れた所が固まっていくんだ」


 「凍るのとは違うんですか?」


 「見た目的には、透明じゃない、って以外は似たような感じかも知れないね。

 とにかく、その水で濡らしてやれば、十数えるぐらいの間で石のかたまりみたいになっちゃうんだ」


 「なんか、凄く便利そうなんですが、なんで今まで使わなかったんですか?」


 「濡らせば、濡らすほど分厚い石になっていくけど、その反面、ちょっと濡らしただけじゃ薄い膜を作る程度の物なんだよね。

 素早く動く敵には当たりにくいし、そういう戦闘で使用したら、味方まで巻き込んじゃうっていう優れものってわけなんだ」


 「なるほど。水をまき散らすだけで石に変える道具で、戦いで使うと自分まで石になっちゃう可能性のある便利な道具なんですねぇ」


 「まぁ、そんなわけで、邪霊みたいに動きにくい状態になっている場合以外は、持って行くだけ損って感じだね。

 基本的にはしっかりと修理をする時間が無い時用のその場しのぎの為の道具だしねぇ」


 「そこら辺は、まぁ、相変わらずって事ですね」


 「そして、作戦としては、光魔法の灯りで周りを囲って、動きにくくした所でガジェットに固める水をぶっかけて貰い、抵抗できなくなったところで俺が切り裂き、その場で闇の精霊の中に取り込む、って算段だね」


 「闇の精霊が取り込むと言うのは、具体的にどのように行うんですか?」


 「俺が邪霊その物に触れて、呪文を一言唱えるだけ、だね。あとは闇の精霊がやってくれるそうだ。

 ああ、言い忘れてた。闇の精霊が取り込んで浄化している最中は、俺自身が全く動けなくなるらしい」


 「ええ? それって、どういう事なんでしょう? 危険な行為なのですか?」


 「邪霊に触れても、俺の心には何の影響もないし、身体も傷つくことは全く無いって言ってたよ。光の精霊も樹齢も手伝ってくれるらしいから、尚更危険は無くなるみたいだね。ただ、闇の精霊が全力を使う事になるらしく、その器である俺もしっかり邪霊と向き合わないといけないみたいでね、その間、俺も邪霊の浄化以外は考えられないほど忙しくなるらしい。見た目的にはそんなに忙しそうに見えないらしいけどね」


 「呼応に入った時みたいな感じでしょうか?」


 「そこら辺は実際にやってみないと判らないけどね。でも、長く時間がかかるようなら、動けない俺をその場に残して、皆には小型輸送艇まで戻って欲しいんだ。俺の所にはガジェットだけ残しておいて貰えば、崩落が起きても埋まることも無いし、ガジェットだけならいくらでも待てるしね。後は俺が復活したら転移で戻るし、何か問題が起きても、ガジェットの中のノームに頼んでおくことも出来るしね」


 「僕たちは待っていては駄目でしょうか?」


 「正直、どのくらい浄化に時間がかかるか判らないんだよね。問題になるほど長時間ってわけでは無さそうだけど、その間、皆が帰らずに待ってるってなったら、俺の方も気になって落ち着いてられないってのが本音かな。

 それに、動かない俺の周りで、する事も無いとは思うけど?」


 「そ、そうですねぇ。なら、アキラの周りで踊っていましょうか? それとも、アキラの顔を使って芸術大会というのも面白そうですね」


 「ゴメンナサイ。オネガイシマス。ソットシテオイテクダサイ」


 闇の影響を受けなくても心が折れそうだ。


 一通りの方針が決まったので、後はイレギュラー的な、『予想外』な出来事が起こった時のための対応を想定していく。

 例えば、邪霊がゴブリンやオークたちを『召還』して、次から次へと現れたら? という想定など。別に召還じゃなくても、後ろの扉に控えていたら? とかでも同じだから、いないと思っていた敵が大量に現れたら? っていう想定だね。

 その他にも、邪霊が巨人になってしまったら? とか、小人サイズになったら? とか、普通なら有り得ない状況でも、考えておくと言うのは現場でパニックにならないために有効な手段だ。


 ほとんどの、有り得ないだろうという状況を想定してきたのはキャスだった、というのは、名誉のために言わない方が良かったのか迷う所ではあるけどね。


 でも、邪霊が三体に分裂して、マイムマイムを踊り出すというのは、本当に有り得ないと思うよ。


 もちろん、キャスはマイムマイムとは言わなかったけど、あの足運びはそれ以外無かった。

 もちろん、リーリーの足の爪で、頭から血を流すことになったのは余談だ。

 もちろん、治療魔法を使えるキャスを心配する者は誰もいなかった。


 そして、次の日は徹底的にモンスターを排除するためにじっくり探索を続けた。


 二時間おきに小型輸送艇まで戻って休憩する事になったのは余談になるのかなぁ。おかげで全員の体調は万全。レゼとキャスも問題なくオークを倒し、水を消滅させてミイラにしたり、周りに熱を放射しないように気をつけながら完全に炭にするというワザも出来るようになっていた。


 精霊を宿していないレゼたちにとってはかなりの荒行になったようで、魔法力の容量もかなり上がっていた。


 試しに転移魔法をやらせたら、保有魔法力全てを引き替えに転移を成功させた。


 これは、元々ほうきで空を飛ぶという空間魔法を使い続けていた影響らしく、相性が良かったということらしい。


 小型輸送艇に戻ってから休憩を挟み、レゼとキャスの習得率を皆で称賛してしまった。


 適性のある魔法のほとんどをしっかり経験し、その仕組みにもしっかり理解を示したので、今度は道具化の知識を教えていくことにした。


 いきなり、呪文を道具化しろ、なんて言うつもりもなく、時間もないので、始めは実物を見てもらうことにした。


 紋様を刻み込むことで、周りの魔法力を蓄積して好きな時に魔法力を引き出せる水晶を見せる。全てはこれが基本になるね。


 そして、水晶を利用したコンロ、水道、ストーブ。


 「これがあるだけで、精霊樹の負担はまるで無くなるんじゃないのかい?」


 レゼが、根本的な解決が出来るんじゃないのか? という意味で聞いてきた。


 「確かに、『今』の状況は解決するでしょうが、しっかり締めておかないと、最悪な状況に発展するでしょうからねぇ」


 人の欲には際限がないからねぇ。しっかりと律する線引きがないと、だらだらと転がり落ちるんだろうね。まぁ、線引きが有ってもその線を越えて転がり落ちるのも居るけどね。


 それから、周辺三カ国で使われているゲートの状況を記録映像で見せた。実物を見せるには大きすぎるし、転移を実行出来るようになったので、映像を見るだけで実感出来るはず。


 「馬車を馬ごと一回で転移させてるのかい。それをあんなに簡単に」


 「街から街へは大体歩きで三日ほど。乗り合い馬車だと朝から夕方まで、ってぐらいの距離ですね。行ける場所は隣の街というわけでは無いので、実際はもっと距離が有るわけですが」


 「隣町から隣町ってわけじゃないのかい?」


 「ええ、例えば、他国が戦争を仕掛けてきた時を想定して、真っ直ぐ王都まで攻め込まれないように回り道している、と言えば判りやすいですか?」


 「ああ、なんとなく判るよ。そうかい、そこまで考えているのかい」


 「利用者の方が回り道しているって事ですが、それでも一回当たり店で食事をとる時の二~三回分の料金で移動が出来るとなれば、馬車で隣町に行くよりも安全で安く行けることになりますからね。

 馬車は、ゲートが無い小さな村へ荷物を運ぶ為に必要で、まだまだ使われていくようです」


 「すると、あたしらも、その国に簡単に行けるようになるのかい?」


 「ゲートを置けば簡単に行けるようになりますね。問題は、その出口のゲートを置いても良いという国が有るかどうかです」


 「なるほど。よからぬ事を考える国と、そんな簡単に繋がるなんてのは問題って事だねぇ」


 「アカデミーに、ゲートのターミナルを作って、アカデミーからならどの国にも行ける、という状況にすることは考えていますけどね」


 「それも、アカデミーって所に、変なちょっかいをかけない、と約束した国だけってわけだね」


 「ええ、ちょっかいをかけてきたら、その国とのゲートを閉じて、その国と絶縁すると宣言するわけです」


 「あんた。かなり怖いねぇ。あたしもようやくその怖さが判ったよ」


 「臆病なだけですよ」


 「あの~。何が怖いんでしょうか?」


 キャスの相変わらずの質問で締めくくった。




 次の日。いよいよボス戦の日。


 小型輸送艇の前でファイエー以外が集合した。実質、俺とガジェットだけが行けばいい筈なので、ファイエーには工房でお籠もりを続けて貰うことにした。


 昨日までにゴブリンやオークは全滅しているはずで、残っていても数匹、多くても二十は居ないだろうという状況を作って来た。本当にイレギュラーでも居ない限り、邪霊だけしか居ない筈。いきなり行っても俺と邪霊だけの対決って事になる可能性もある。

 ジェイたちには、もしもの時の保険としてついて来て貰うだけだ。


 そして、もう一つの懸案を解決するために、俺はカバンから前艦長秘蔵のブランデーとウォッカの二本を取り出した。


 「ノーム!」


 ガジェットの胸に呼びかけるように言っただけで手元から瓶が消え、俺の後ろから声がかかった。


 「久しぶりじゃなぁ。ふぉっふぉっふぉっ」


 「ノーム」


 「わかっとる、わかっとる」


 「うん。よろしく」


 ノームは相変わらずっぽかったけど、その表情の中にしっかりとした真剣な目を見せてくれた。


 これで準備は終わった。


 「よし、皆行くよ。帰りの転移のためにジェイは魔法を控えてね。レイミー、レゼ、キャスは、居ないと思うけど、邪霊以外のモンスターが居たら掃除をお願い。

 じゃ、いいかな?」


 皆が真剣なまなざしを向けて頷いた。




 「それが、彼らを見た最後の姿だった。邪霊はその力を増し、人の心は乱れ、世は不毛の争いが占める邪悪な世界となった」


 「アキラ? なに、ブツブツと不吉なことを呟いているんですか?」


 「いや、これからの未来を予想して、ちょっとナレーション入れてみた」


 「縁起でもないこと言ってないで、さっさと灯りを出してください」


 邪霊の居る場所から十メートル程の位置にある小部屋で、俺は光魔法の灯りを作り出して小さく光らせた。邪霊に近づく前に刺激したくはないので出来るだけ弱い光にしておく。現場に到着したらガンガン光らせるつもりだけどね。


 「さて、最終確認。

 邪霊が居たら、皆で灯りを出して囲み、ガジェットが固める水をぶっかける。しっかり固まったら俺が切り込んで、そのまま闇の精霊に取り込む。俺が動かなくなったら、ガジェット以外の皆はジェイの転移で戻って、俺が戻るまで待機。

 って事でいい?」


 「戻って待機している間、僕たちは何をしていたらいいでしょうか?」


 「まずは、魔法力の回復のためにじっくり休むって事だね。翌日までずれ込むようなら、ジェイたちにはターナの街へ行って、様子を見てきて欲しい。まとまっていたら事のあらましを再度説明するって言ってあるしね」


 「判りました。予定は押してたんですねぇ」


 「本当はもう一日あるんだけど、進捗状況も気になるしね。俺の方が長引いたら交渉はジェイに頼む事になるから、ジェイが落ち着いて交渉出来るようにするためにも準備も必要だろうからね」


 「アキラ。早く帰ってきてくださいね」


 「今までで一番真剣に言われた気がするけど、まぁいいや。

 でも、全ては闇の精霊にお任せだし、邪霊がどれだけ濁っているかと言うのもあるしねぇ。俺が頑張ろうにも、頑張る場所が無いってのが現実なんだよねぇ」


 「闇の精霊が僕に入れば解決しそうな問題だと思うのですが」


 「そんなに交渉に行くのが嫌なんだ?」


 「はい!」


 「良い返事だねぇ。困ったモンだ。まぁ、早く戻ってくるためにも、早いとこ片付けちゃおうか」


 そして、あまり足音も立てないように、会話も無く通路を進んで、最下層の中央にある集会用兼講堂に到着した。


 光魔法の灯りは小さな光のまま、薄暗い中を進んでいく。皆にはボンヤリとしか見えていないだろうけど、俺には闇の精霊のおかげではっきりと見えている。


 中央。円形広場になった所に邪霊が居る。そして、こちらをじっと見つめている。どうやら、俺たちが来るのをじっと待っていたようだ。

 気付かれているのなら仕方が無い。薄ボンヤリとしか見えないのならこちらが不利になるので、灯りをゆっくりと強い光に変えていく。


 いきなり明るくしちゃうと皆の目がくらんじゃうからね。


 で、皆も光魔法を唱えて灯りを掲げ上げていく。


 昼間ほど、と言うわけではないけど、はっきりと周りが見えるようになった。


 光魔法の灯りの中でも、そこだけ切り抜いたように真っ暗な人型。身長は二メートルに近いようだが、時折揺らぐと百六十ぐらいに見える時もある。まるで黒い炎だ。


 「ひ、ひ、ひさ、ひさ、し、ぶ、ぶ、ぶり、ぶり、の、の、の、にん、げ、げ、げ、げん、だ」


 しゃべった!


 全員が身構える。光魔法を邪霊に押しつけようとする気配が感じられたので、手を横に出してそれを止める。


 「意識はあるのか? 恨みの中に飲み込まれてはいないのか?」


 「ひ! ひ! ひゃ! ひゃ! ひゃ!」


 あれ? 笑ってる?


 「どうした? お前は生け贄にされたんじゃないのか?」


 「ひゃ! ひゃ! ひゃ! く、くわしい! くわしい! 知っている! 知っている!」


 「ああ。お前を殺すことしか出来ないが、その恨みの苦しみから解放してやるからな」


 完全に取り込まれた状態では、もう分離は不可能。すでに心が修復不能に壊れているはず。と言うのが精霊たちの意見だった。

 でも、何故か、そんなには壊れていないように見えるのは気のせいなのかな?


 「か、か、かい、かいほう? ひゃひゃひゃ。

 な、なに、なにを、言ってる? 言ってる? いてる?」


 「解放されたくないのか?!」


 「ひゃ、ひゃ。わ、われ、われは、これ、こ、これを、支配、したのだ!」


 「何だって? まさか、自分から?」


 「わ、われ、われ、は、無敵。わ、われは、無限。の、の、の。ち、ちから、ちから、ちからを、を、を、てに、入れ、入れ、入れ、た、の、の、のだだだ」


 「精霊並みの力を手に入れるために、自ら邪霊を取り込んだということか」


 前言撤回。取り込まれる前から壊れていたみたい。


 「ひゃひゃひゃひゃひゃ」


 何がそんなに可笑しいのか、気の抜けた笑い声を振りまきつつ、邪霊は両腕を広げて周りを撫でるように振り動かしている。

 そして、その動きに合わせるように空間が歪んで見えた。


 「一旦離れよう!」


 俺の言葉に、皆が引いて体勢を整える。


 すると、手を動かしていた邪霊の両脇に影が出来たかと思うと、黒い塊がボトボトと落ちて来た。


 「まさか闇? 自己犠牲無しで召還したのか?

 皆! 光を!」


 皆が唱えて空中に待機させておいた光魔法の灯りが、邪霊と地面に落ちた黒い塊に向かう。すると、地面に落ちた黒い塊はグネグネと蠢き別の形を取ろうとしていた。


 「やっぱり闇か。変形って事は光が効かなくなるって事だったはず。

 皆。脇の黒い塊は変形が終わるまでとりあえずは無視! 光は邪霊に集中して!」


 「どうします?」


 ジェイが聞いてきた。もともとジェイは転移用の魔力タンク扱いだったけど、ここで魔法を使って応戦するかどうかを聞いてきたって事だね。


 「いざとなったら走ってでもここから出られるわけだしね。出し惜しみは無しで、全力で行こう」


 「はい!」


 そしてジェイも光魔法の灯りを作り出し、邪霊に押しつける。これで邪霊が動けなくなって、新たな闇を召還出来なくなればいいんだけどねぇ。


 でも、そう甘くは無いようだ。


 速度は遅くなったけど、召還は続いていて、先ほどの一気に四つという勢いでは無いけど、今、ようやく新たな一つを召還し終わった。


 そして、闇の変形が最終段階に入る。なんか、凄く早い気がするけど、大きさがヒュドラ級じゃないからなのかな?


 四つの闇は四体の鬼に変わった。


 身長は三メートル近い。頭には短めの角が何本も生えていて、その目は三白眼で瞳の色は薄い。まるで白目のように見えるけど、実際は薄い緑色のようだ。身体は筋骨隆々、ボディビルダーが自信を無くしそうなガチガチマッチョ。腰ミノ風の何かを着けているがはっきりとは判らない。そして、三メートルぐらい有りそうな金属製の棍棒を握っていた。


 「変形が終わったよ! 全力攻撃!」


 その俺の声に真っ先に反応したのはガジェットだった。


 本来なら俺たちのフォロー役に廻るはずだけど、ガジェットの判断で危険と思ったんだろう。腕のカバーをスライドさせて、内蔵されていた機関銃を撃ちまくっている。


 あっという間に穴だらけになる鬼たち。


 呪文を撃ち込もうとしていたジェイたちもかなり引いてる。でも、次の瞬間にはもっと引くことになった。


 蜂の巣になって、体中から赤い血を流しながら鬼たちが立ち上がってきた。


 中には頭の半分が無くなっているのに起きあがってくる。


 「ゾンビってやつですか?」


 ジェイのもっともな感想だけど、それも外れたようだ。


 傷口から機関銃の弾が吐き出され、無くなった脳みそが盛り上がって修復されていく。


 「ウェアーウルフ並の不死属性ってやつか?」


 俺の言葉にギョッとするジェイとレイミー。レゼとキャスにはその恐ろしさは判らないかもね。いや、目の前で傷が治っていく様を見れば、充分に恐ろしさは感じられるだろうね。


 「呪いによる不死なら灯りで打ち消すことが出来るはず。何らかの道具を使っているなら、それをぶっ壊せばいい。ガジェット、ジェイ、レイミー、攻撃の手を弛めないで! 徹底的に焼き尽くしてしまおう!」


 「は、はい」「わかった!」「了解しました」


 そして再び機関銃の掃射、アンド、「マグマコート!」「アイスクルレイン!」


 ジェイとレイミーの省略魔法による連続攻撃が機関銃でボロボロになった鬼を更にボロボロにしていく。

 その間に俺は「フォトン!」で光魔法のレーザー攻撃を邪霊本体に撃ち込んでいく。


 腕を打ち抜けば、一時的に腕の動きが止まる。その都度、闇を召還する動きにリセットがかかる。しかし、打ち抜いて一息つく程の時間で腕は復活し、左右の腕を交互に打ち抜き続けないとならなかった。


 ガジェットの機関銃が邪霊をも打ち抜いているんだけど、そちらは何の影響も無いようで、効果があるのは光魔法だけなのか? という疑念が沸き上がる。


 ダメ元で闇魔法を試しているか?


 腕の復活を許すと闇の召還を成功させてしまうが、上手くすればガジェットの硬化剤を温存出来、それを復活する鬼の方に回せるかも知れない。


 一瞬の隙をも与えないつもりで、「シャドウバインド」を短く唱えた。そして直ぐに「フォトン!」で腕を打ち抜く。


 上手くいった。


 邪霊の足下の影からロープのような物が伸び、邪霊を縛り付けている。


 俺は更に二度、シャドウバインドを唱え、邪霊をグルグル巻きにした。


 「ガジェット。硬化剤を鬼と邪霊に!」


 結局召還された闇は八つ。その八つ全てが肉片となりながらも未だに蠢いている。そこにガジェットが硬化剤を噴射してかけていく。硬化剤は肉片に混じりながら固まっていき、肉片の増殖をある程度押さえた。


 「今の内だね。光魔法の灯りを高密度で作って、周囲を満遍なく飛び回らせよう」


 近くに見えない『呪い』の元が漂っているかも知れない。あるいは肉片の中に埋まっているかも。ということで、地面さえ削る勢いで灯りを振り回していく。

 そして鬼の肉片の中で金属同士をこすりつけたような不快な音が響いた。


 「音のした所へ集中!」


 数カ所でキシキシとした金属音が響き、そしてガラスが割れるような音と共に消えていった。


 「残りが居ないか捜索!」


 光魔法の灯りがまるで警察犬のように動き回る。すでに広場の隅々まで動いているので、もう残ってはいないだろうと推定することにした。


 「光を邪霊に!」


 シャドウバインドの三連に硬化剤で固められた石の柱を光が囲う。


 「ひゃひゃひゃ!」


 いきなり邪霊が笑った。と、同時に光の中から消える。そして元の場所から五メートルほどの所に沸き上がるように現れた。


 「ひ、ひ、ひ光あるところに、かかか影がある~。かか影は闇みみみに、つううじ、てててる~。ひゃひゃひゃひゃ」


 わざわざ俺たちにタネを晒してる。たぶん、自分で再確認していることが、言葉に出ているだけなんだろうなぁ。


 俺たちの光魔法で出来た影を使って移動したって事なら、それに対したやり方をすれば良いだけだよね。


 「無影灯って知ってるかい?」


 何となくそう呟いて光魔法の灯りを全部で九つにする。ここまで作ると他の魔法を起動させることが出来なくなるけど、影を発生させないようにするためには仕方ない。


 無影灯とは、医療器具の一つで、手術の時に使う丸い照明装置の事。弧を描く形で鏡面にされた台座にいくつもの光源が配置されて、極力影が出来ないようにされている。

 極力って事で完璧ではないけど、もしも手元に影が出来たら、無影灯自体を動かして影を減らすという使用法になる。


 つまり、原理はあちこちから光を当てて影を作らないってだけ。


 まず三つを三角形に配置して丁度頭の天辺の位置に移動。次の三つは同じ三角形だけど角度を変えて腰の高さに移動。最後の三つは地面ギリギリの位置に、角度を変えて移動させた。


 ジェイやレイミーの灯りも有るので、ほぼ影は無くなった。うっすらとした影が光の中に出来ているけど、闇の精霊を宿した俺には、その影が闇に通じるほどの『深さ』を持っていないことが充分に理解出来た。


 ここで俺が超振動ブレードで斬りかかり、露わになった邪霊本体に接触。闇の精霊に取り込む呪文を唱えれば終わる!


 俺は超振動ブレードの柄を握り直し、腰を落として邪霊目掛けてダッシュ。ブレードごと体当たりを入れようと邪霊に迫った。


 だが、その一瞬の間に、邪霊の腹の中から黒い塊が盛り上がってきた。


 ヤバイのか? だけど、他のことをやっている余裕もない。このまま突っ込む!


 でも、間に合わなかった。黒い塊がカウンターになって俺の顔面にぶち当たる。

 俺の突進力がそのまま顔面に押し返され、身体ごと弾き飛ばされた。


 「「アキラ!」」


 一瞬のことで俺自身は何がなにやら判らない。判るのは失敗したということだけ。後は、素早く追撃される位置から下がって、身体のチェックをしなければならない。

 かろうじて地面の位置は判るので、四つんばいになってから真横に飛びしさる。


 その、元居た位置に地響きを立てて、何かの足が踏み込まれた。


 その足が何かと言うことも気にせず、更に後退する。そこで、それが何かが判った。いや、判らなかった。


 そこに居たのは、足と腕と頭だけだった。


 足は筋骨隆々の鬼の足に似ているけど、膝から下しか無かった。腕も肘から下しかなく、空中に浮いている。そして頭は丸い金属球が頭があるべき位置に浮いていた。


 なんだろ、これ。


 こんなのが俺の顔面に直撃したのか。


 手で自分の顔を触ってみたら、左側半分がベコっと凹んだ。しかも左目は見えていなかったようだ。顎も砕かれていて、右側は閉じるのに左側はだらしなくぶら下がっている。


 やばすぎる!


 俺は更に下がってから治療魔法を唱えようとしたが、顎と舌が動かなかった。

 魔法の呪文は、確固たる意志が有れば呪文を唱えなくとも魔法を発動出来るとエイプリルが言っていた。でも普通の人間にはそれを簡単には実現出来ない弱さがある。


 集中というのも、本来は捕食者だけが許される行為で、弱い猿が周囲を警戒しないで集中することは命の危険を意味する。

 道具を使うことで食物連鎖の頂点に立ったつもりでも、肉体的には弱い猿よりも劣る強さしかないのが俺たち人間の実体だ。そんな人間が集中しようと思っても本能で集中しないようになっているわけで、訓練無しでは雑念に邪魔されて簡単に集中するなんて出来る事じゃない。


 でも、本当に命の危険が目の前に迫ると、生きていくための雑念が、綺麗な水に溶けていくように消えていった。


 何をしなければならないのか。しなければならないことだけを考える事が出来た。


 頭の中だけで治療魔法を唱える。口は顎が砕かれ、ろれつが回らないって以上に舌が動かない。もう、声で呪文を唱えることが出来ない。


 でも、絶体絶命時の集中力か? 呪文は起動して、俺の頭の左半分を治して行ってる。


 しかも呪文の効果が半端無い。ものの三秒ほどで完全復活した。


 左前頭葉部分に深刻なダメージが有ったけど、それも完全に治っているのが判る。左目も少し曇っていたけど、一度目をこすっただけでいつも通り見えるようになった。


 「あぁ。痛みを感じる前に治せた。良かった、良かった」


 「アキラ?」


 レイミーが泣きそうな声で聞いてくる。


 「油断しちゃったねぇ。頭の半分が潰れかかったけど、完全に治せたよ」


 「ア、アキラ。怖いこと言わないでください」


 ジェイは俺の言った内容にびびったようだ。


 「決めた。皆にも治療魔法はしっかりと習得して貰おう」


 「い、いつも通りのアキラなんで安心しましたが、無茶はしないでください」


 「無茶だとは思わなかったんだけど、浅慮だったのは確かだね。

 皆、悪いけど俺は後ろの方で引き籠もるから、その間頑張ってて貰えるかな?」


 「はい! 判りました」


 今更ながらに心臓が跳ね回っているのが実感出来た。ドッドッドッドッドッっと頭の中がノックされている。こんな状況で呼応に入るほど集中できるかな。

 先ほどの、治療魔法を頭の中だけで唱えられた時の集中力が残っていれば良いんだけどねぇ。


 とにかく、グズグズしている暇はない。さっさと呼応に入って、皆の魔法力と俺自身の魔法力を回復しなければ。

 皆はまだギリギリというわけでは無いけど、それでも半分以上は消耗しているはず。邪霊の攻略が振り出しに戻ったような現状、ギリギリまで使い切ってから回復させる余裕なんか無いだろう。


 さっさと呼応に入る!


 そう自分に命令する。戦いのことすら忘れて、魔法力の世界に行くことを願う。ジェイたちが放つ魔法の攻撃を、魔法力を感じる部分で追いかけていく。


 そして、心は別世界に居た。


 呼応の世界に入れた。あとは、呼応の世界の魔法力を引きずって、現実世界に戻るだけ。だけど、俺は邪霊がどのような姿をしているかが気になり、それを見つめてしまった。


 邪霊は居た。黒カビが繁殖したら、そんな塊になるだろうか? そんな汚れた黒い塊が見えた。そしてそれに埋まるように手足と顔が出ていた。邪霊を取り込んだと思っている何者かだろう。カビのような邪霊に侵されて溶けかかっているように見える。程なく、邪霊に全てを取り込まれるんだろう。


 だけど、それだけじゃなかった。


 黒カビの塊の後ろ。何故か近くに見えるけど、実際はかなり遠い所に居る何かが、黒カビから何かを吸収していた。黒カビが生成した要素を搾取しているというイメージが流れ込んできた。


 邪霊さえ、多くの手足の一つでしかない。そんな、黒幕が居るという事を実感した。


 それが何なのか。とても気になる。気になるけど、今はそんな暇はない。


 俺は後ろ髪を引かれる思いを振りきって、現実世界に戻ってきた。ジェイ、レイミー、ガジェット、レゼ、キャスに、たっぷりと魔法力が注ぎ込まれることをイメージして。


 「うわわわわ」

 「うううううう」


 意識が現実世界に戻ってきて聞いた声は、ジェイとレイミーの悲鳴に近い声だった。


 急いで二人を見る。二人は胸を押さえ、苦しみながらも手足頭だけモンスター相手に魔法を撃ちだしていた。レゼとキャスはうずくまって苦しみに悶えている。


 何があった?


 「ガジェット! 状況報告!」


 唯一いつも通りに見えたガジェットに理由を聞くことにした。


 「艦長の呼応による魔法力供給において、過剰供給があったと推察します」


 え? 俺のせい? たっぷり魔法力を補給、ってイメージで過剰供給になっちゃった?


 「ごめん! 皆! 一番魔法力を使う術を撃ちっぱなしにして、とにかく魔法力を使っちゃって! 苦手な術でも、今なら強引に起動出来るはずだから」


 そう言ってから、光魔法の灯りを強く発生させて上空に放り上げる。俺の出した無影灯モドキの灯りは消えていて、周囲は薄暗くなっていた。

 明るくなったのを確認した直ぐ後に、ジェイが雷撃で手足頭だけモンスターを焼き始めた。大太鼓をいくつも並べて打ちまくっているような轟音を響かせて、雷がモンスターに落雷していく。


 ジェイ自身は風魔法を普通に使えたとは思うけど、火魔法よりは苦手としていた。そんなジェイがここまで強力な雷撃を撃つのは初めて見た。

 まぁ、ファイエーが居たから雷撃自体を撃つ必要が無かった、というのは有るんだけどね。


 次にはレイミーが一番苦手としている火魔法で高熱の塊を作り出して、手足頭だけモンスターに撃ち込み始めた。


 レゼとキャスはうろ覚えの苦手魔法を唱えるよりも、しっかりと起動できる魔法を選択したようだ。


 皆、気分が悪い状況を押して、攻撃魔法を撃ち込んでいく。


 その間、俺も光魔法のレーザーを、省略魔法形式で次々と撃ち込んでいく。


 次々に生み出される手足頭だけモンスターを、それを上回る勢いで駆逐していく。そして、皆の攻撃魔法が邪霊に集中していく。

 攻撃され、手足頭だけモンスターを生み出す隙も無くなった邪霊がジェイたちの魔法でどんどん削れて行ってる。


 今度こそチャンスだ。


 「ガジェット! 俺を邪霊の真上に放り投げてくれ!」


 超振動ブレードを構え、ガジェットに突進していく。俺の意図を読んだガジェットが片手を突き出して、足場にしてくれる。その足場に足を乗せると同時にガジェットは俺を高く放り投げた。


 なんの回転も与えないように力加減を調節された軌道で、俺は弓なりに邪霊に飛んで行く。その到達予想地点を見極め、超振動ブレードを真っ直ぐ突き出す。


 そして超振動ブレードの刀身に魔法力をまとわりつかせる。


 出来た。


 以前出来たので練習しようと思ったけど、実はぜんぜん再現出来なかった。それきり諦めていたんだけど、こういった非常事態になら火事場のなんとかで実現出来るんじゃないかという目論見があったのでやってみた。

 結果は成功。超振動しているはずの刀身が、うっすらとした光を発している。

 駄目で元々って思ってたんだけどね。でも、これで邪霊に大ダメージを与えられる。そうすればその後の隙も大きくなるはず。


 自由落下の加速をつけて、魔法力を纏い白く光った刀身が邪霊に突き刺さった。


 俺がぶち当たるタイミングに合わせて、ジェイたちの魔法は消えている。かなりボロボロという感じに見える影のような存在に、超振動ブレードが深々と突き刺さり、その後の俺の重みで下方向に切り裂いていく。


 !!!!!


 邪霊か、それに取り込まれた者の悲鳴が響き渡る。叫び声と金属がこすれ合う音と爆竹の連続爆発音を足して割らないという感じの悲痛な空気の振動と言うしかない声だった。


 突き刺したままの超振動ブレードのスイッチを切り、そのまま手を放してぱっくりと広がった胸をさらに左右に広げる。

 まるでコールタールに手を突っ込んでいる感触だけど、かまわずに『内側』に手を差し込み、邪霊そのものに手を突っ込んだ。


 多少息を吹き返した邪霊が俺の肩を掴んで引き剥がそうとするが、それよりもこちらのキーワードの方が早い。


 「メルト イン ダークネス」 恨みの固まりたる邪霊よ、俺の中の闇に溶かされろ!


 呪文とも呼べない程の、闇の精霊と取り決めたキーワードを唱える。


 それと同時に、俺の目の前にいた邪霊が消えて無くなった。いや、完全に俺の中に居るのが判る。先ほどまでの、ドロドロに溶けかけたコールタールのような感触が、そのまま俺の心に触れている。

 同じ感触が俺の身体の皮膚全てにべっとりと塗りつけられている感触までする。


 更に、俺の内臓を鷲掴みにして、ひねり、引きずり出そうとしている感触が生まれる。

 両手、両足をそれぞれ握り込み、ねじり、引きちぎろうとする感覚が生まれる。

 焼きごてを全身に押し当て、押しつけたまま身体の中に食い込ませようとする痛みが発生する。

 脳みそ内の圧力が上がり、内側から破裂しそうな程の頭痛が生まれる。

 目玉にナイフを何度もねじ込む痛み。舌をニッパーで何度も切り刻まれる痛み。耳の穴の奥まで、アイスピックを何度も突き刺される痛み。


 強烈な痛みが俺を襲った。


 身体は一瞬で硬直、痙攣を繰り返し、上げようとした悲鳴は限度を超えた痛みのためにかすれ声も出ない。

 見開いた目は何も見えず、皮膚感覚は何も感じなかった。


 痛みのせいで感覚がオーバーフローを起こしている。


 今、俺がどうなっているのかなんて判らない。判るのは気が狂いそうな痛みために、全力で悲鳴を上げているつもりになっている事だけ。


 実際は呼吸さえ確保出来ているかどうかも怪しい。


 窒息するか、心臓が止まるか、多臓器不全で自家中毒で死ぬか?


 でも、そんなことを考えるのも辛い。痛い! 苦しい! 嫌だ。


 こんな、こんな痛みを耐え続けなければならない?


 なんだそれ。


 嫌だ。痛い! 痛い! 痛い!


 狂ってしまえれば、どれだけ楽になるんだ? こんな、こんな痛みが続くなんて耐えられない。


 死ねば楽になるのか? 死にたい。誰か殺してくれ!



 ◆◇◆



 「「アキラ!」」


 ジェイとレイミーが邪霊の居た位置に駆け寄り、横になって倒れているアキラに駆け寄った。

 

 「これが、邪霊を取り込んだ状態なんですか?」


 ジェイが独り言のように呟くが、それに応える者は居ない。ガジェットも含めて、この状況を知る者は居なかった。


 アキラの直ぐ横に膝をついたレイミーが、慎重にアキラの首筋に触れてみた。そこには、ピクピクと痙攣している身体と、汗がにじみ出ている状況、呼吸が浅く、呼吸困難を繰り返している現状が確認出来た。


 「苦しんでる! 駄目! このままじゃ!」


 悲鳴のようなレイミーの声でジェイもパニックになる。


 「ガジェットさん! アキラをエイプリルさんの所へ運びましょう!」


 その言葉でガジェットも動き出した。中継器を通してエイプリルと現状確認する。


 「まぁ、落ち着け」


 いつの間にか、アキラの前にノームが立っていた。一瞬の空白が生まれた。


 「ノーム!」


 ジェイが悲鳴に近い声を上げる。とりあえず、自分よりも詳しいことを知っていそうな存在が現れてくれた事に安堵の息を吐く。


 「もう一度言おう。落ち着くんじゃ」


 そしてまた周りが静かになる。ここで、皆がようやく邪霊との戦いが終わっていることに気付いた。


 「さてじゃ。お主らは作戦を聞いて居ったよな?」


 「は、はい。アキラの中の闇の精霊が邪霊を取り込んで浄化する、ってことは」


 「そうじゃ。今、まさに、こやつは闇の精霊による浄化に立ち会って居る」


 「アキラの意識は? アキラ、苦しそう」


 「ふむ。闇の精霊から受けた説明を、こやつはお主たちに全ては話しては居らんかったのじゃ」


 「それは、……どういう?」


 「闇の精霊が邪霊を取り込むと、こやつの魂が直接邪霊に触れることになるんじゃ。その結果、このように邪霊の受けた痛みを直接魂で感じることになるんじゃ」


 「それって、命に関わるような?」


 「いや。実際には何の痛みもない。じゃが、心では生々しく痛みを感じているはずじゃ」


 「心で、って、それは、実際に痛みを感じるよりも酷いことになるんじゃ………」


 「場合によってはのぉ」


 「アキラは、アキラは大丈夫なの?」


 「こやつは、こうなることを知って居った。覚悟を持ってそれに挑んだんじゃ。心配するというのはこやつの覚悟を信じていないという事じゃないのかのぉ?

 こやつは、これからの指示をお主たちに与えて居ったよな?」


 「あっ、はい。

 ガジェットさんだけを残して戻り、回復に努めることと、この後のターナの街との交渉…」


 「ならば、なんの役にも立たない心配をするよりも、自らのやるべき事をやるんじゃな」


 「………アキラは苦しんで居るんですよね」


 「ああ、苦しすぎて、悲鳴さえ出せない程の状態じゃ」


 「これが、アキラの選んだやるべき事なんですね」


 「そうじゃ」


 ジェイとレイミーの二人は、何も出来ない自分の不甲斐なさを悔やみ、耐えるかのように歯ぎしりをして震えていた。


 「アキラは、これが自分にしかできない事だからと挑み、僕らに心配かけまいと秘密にしていたわけですね」


 「言ったら、お主らは反対したじゃろうしな。それに、精霊樹の持つ精霊の加護でも、もう邪霊を押さえつけておくことが難しくなっておったしのぉ。

 余裕も無かったわけじゃ」


 「僕らは、いつも力不足です。いつも、いつも、アキラに頼り切っている」


 「それは間違いじゃな。こやつにはこやつにしか出来ないことがある。お主らにはお主らにしか出来ないことがある。

 熟練の鍛冶屋に国王をやれとは誰も言わんじゃろ」


 「はい。それに、僕らはアキラに育てられている最中でした」


 「それが判っていればいい」


 「あの、アキラは大丈夫なんですか?」


 「邪霊の浄化は闇の精霊が。光の精霊と樹精が全力でこやつの魂を守っとる。こやつの魂が穢れたり、壊れたりなどは絶対にないじゃろう」


 「そうですか。つまり、精霊が直接守っている状態なので、僕たちに出来ることは無いって事ですね」


 「そう拗ねるもんじゃない。もし、出来ることが有っても、こやつはそれを望まんじゃろう」


 「………はい」


 「では、お主たちは、お主たちのやるべき事を成せ。こやつは、ワシらが見ていよう」


 そう言って、小人であるノームが手を振ると、ジェイたちの身体が薄くなって、そして消えていった。次の瞬間には地上の小型輸送艇の前に出現し、それがノームの持つ形式での転移魔法だと知ることが出来た。


 地下シェルターの最下層。邪霊の居た位置には倒れているアキラとガジェット、そしてノームだけが取り残された。


 ガジェットが暗くなった周囲に光魔法の灯りを作り出し、三メートル程の高さに固定する。


 「ふむ。ワシもまた本当のところは伝えんかったのぉ」


 ノームには、今、アキラが叫び声を上げて苦しんでいる様子が感じられていた。


 -痛い! 苦しい! 嫌だ! 嫌だ! 嫌だ! 痛い! 痛い! 痛い! 誰か助けてくれ! 殺してくれ! せめて狂わしてくれ!-


 「すまん。耐えきってくれ。ワシらには何も出来んのじゃ」


 小人のノームが苦悩から頭を垂れた。もしかしたら、もう、元のアキラでは無くなっているかも知れない。いや。その可能性の方が高い。


 実際の痛みなら、神経ブロックという方法で痛みを感じなくすることが出来る。だが、今、アキラが感じているのは実際の痛みではない。

 事故などにより手足を失ってしまった者が、有るはずのない手足に痛みを感じるというファントムペインという現象に近いモノだった。


 その想像を絶する痛みに、アキラの心が悲鳴を上げ、その痛みから必死に逃げようとしている。そして、それが叶わず、逃げたいのに逃げられないという状況に、更に悲鳴を上げている。


 一度目の痛みでトラウマが生まれ、二度目以降の痛みでトラウマが刺激されている状況だ。人間とは、それだけで心のあり方が変わってしまう。こんな辛さが続くのなら、本気で死にたいと思うようにもなってしまう。


 アキラの魂は守られているが、心はどんどん壊されて行く。


 「すまん。耐えきってくれ」


 ノームの懺悔が広いホールに響いた。



 ◆◇◆



 痛い! 痛い! 辛い! まだ終わらないのか! もう、やだ。助けてくれ! 誰か!


 俺は泣き言を遙かに超えたヘタレな状態で救済を願っている。本当にもう嫌だ。自分から挑んだ事なのに、実際に痛みを感じて後悔している。

 俺の手足を捧げれば、この痛みが無くなるのなら喜んで切り落とす!

 そんな事も考える。でも、痛いのは嫌だ。痛みもなく死ねるのなら、それを本気で実行出来る。


 もう、未来や他人なんてどうでも良い。早く、この痛みをどうにかしてくれ!


 痛みに苦しみながら、俺はそんなことをうっすらとした意識で繰り返し叫んでいた。


 そんな俺の心に、何かが漂うように近づいて来るのを感じた。


 始めはそれに気付いても、どうでも良いという思いしかなかった。この苦しみを救済出来る存在なんて居ないのだから。


 でも、それが、俺の心の直ぐ近くに来ると、否が応でもその存在が何であるのかが判った。


 酒精。


 ターナの街に行った時にはぐれたはずの酒精が何故ここに?


 一瞬だけそう思った所で、酒精がニコニコして俺の心の中に入って来たのを感じた。




 そして、俺は酩酊した。




 痛みはボンヤリとして、どんどん感じなくなり、疲れも感じなくなった。眠ることは無理みたいだけど、ほんわかと暖かい良い気分だ。


 心の何処かで、邪霊の恨みによる痛みは感じているようだけど、ボンヤリと霞んではっきりしない。


 なんだ。こんな事で対応出来るのか。


 「はっはははは」


 つい声に出して笑ってしまった。


 「お主! 笑ったのか?」


 ノームが俺を覗き込んできた。その後ろにはガジェットも居る。

 他の皆は居ないようだから、ノームが説得して戻らせてくれたんだろうな。来る前にお酒を渡しておいて良かった。


 「ノーム。皆を戻してくれたんだねぇ」


 「お主。酔っとるのか?」


 「酒精が来てくれたんだぁ。おかげで、楽になったよう」


 「なんと。そんな事で恨みの痛みを消すことが出来たのか?」


 「痛みは有るけどぉ、なんか、遠くの出来事だねぇ。あっ、それでも、ヤツが中にいるのは判るよぉ」


 「それは良かった。本当に良かった。

 所で、心の傷はどの程度ある?」


 「心の傷ぅ? あぁ。トラウマねぇ」


 「虎馬?」


 「トラウマってのは、例えばだけどぉ。ある場所で本当に死にそうになって死の恐怖を感じた時ぃ、後からその場所に行ったりとか、思い出した時とかにぃ、その時の死の恐怖がよみがえってぇ、その場所から離れたいっていう苛立ちや恐怖に心が苛まれたりする心の反応だねぇ。

 それだけじゃなくてぇ、他にも色々な形式の恐怖があるみたいだけどねぇ」


 元々は、命の危険のある場所や状況には二度と近づかないようにしようという、生物的な本能から来ていると思う。

 きちんとした思考を取ることの出来ない、ネズミとか、それ以前の生物だった時に、生き残る術として本能に作られた機能だったんじゃないのかな。だけど、その危険な場所に近づくなという『警告』はとんでも無い程強力だった。


 死ぬ程の恐怖を感じて、呼吸困難になり、訳もなくいらつき、その場所から走り去りたくなる。


 それでも、その状況から逃げ出せないと、苛立ちはつのり、凶暴に暴れ出したくなる。そんな本能の『警告』を押さえつけ、我慢し続けると、どんどん疲弊して生きているのも嫌になるほどになったりもする。

 生き残るための『警告』なのに、その『警告』が辛すぎて、死んだ方がましと思う場合もあるという本末転倒振りだ。


 ネズミだったら、その場所に近づかなければいい、ってだけの話しだったんだろうけど、人の場合はそう言うわけにもいかないから、一般的な生活に大きな阻害を産んでしまう『傷』という扱いになったんだろうね。


 「ふむ。実感は湧かないのじゃが、想像は出来る。そのトラウマじゃな。今回は死ぬほどの痛み、いや、死にたいと思うほどの痛みじゃったわけじゃが、恐怖は刻み込まれてしまったか?」


 「あ~、たぶん、刻み込まれましたねぇぇ。

 後で、エイプリルに催眠暗示をかけて貰うつもりですぅ」


 「なんじゃそれは」


 「今回だとぉ、痛みは怖くない、痛みは怖くない、って繰り返し聞かされてぇ、痛み全般に対する恐怖を薄くするって感じかなぁ」


 「なんじゃ? それは、生き物として危険な事じゃないのか?」


 「はいぃ。思いっきり危険ですぅ。絶対にやっちゃいけない方法かも知れません~」


 「なら、止めとくんじゃな。そこまで危険を背負い込むこともないじゃろ」


 「でも~。そうしないとぉ、邪霊を取り込む前の俺に戻れないかも知れないんだよねぇ。

 それはマズイでしょう?」


 「うっ。それについては、精霊を代表して謝る」


 「俺が勝手に挑んだことですからねぇ。挑んで、いきなり後悔して、泣き叫んで助けを求めちゃってましたけどね。

 まぁ、自業自得なんで謝らないでいいですよぉ。酒精には大感謝ですしねぇ」


 地面に直接寝っ転がったまま手を振る。もう、今は細かいことは気にならない。それに、怠さが全身を包んでいる。酩酊のためにそうなったのか、先ほどまでの痛さや辛さに耐えていたために体力を消耗したのかは判らない。その事も、今は気にならないんだけどね。


 その後は、あまり会話らしい会話は無かった。偶に、意味の無い挨拶の応酬や、世間話みたいな言葉のやり取りはあるけど、酔っぱらった俺の発作のようなモノに、ノームが付き合ってくれているだけだった。

 一応、闇の精霊による浄化が終わるまでは付き合ってくれるようだ。心の中がザワザワしているような感覚のせいで眠れないため、ノームが言葉を受け取ってくれるのはとても助かっている。


 そして、長い夜が始まった。


 俺とノームとガジェットは、取り留めのない会話を繰り返しながら、闇の精霊による浄化が終わるのをひたすら待った。

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