第四十四章 晃と悩み 立ち位置
もうすぐ日が完全に沈む時間だけど、急いでルブロンダルの王都にある口入れ屋に向かう事にした。
普通、口入れ屋とは貴族や金持ちの家で働く者の斡旋や、一時的な保証人になったりする店の事で、数日限定の重労働や、アルバイト的な仕事の仲介とかも行っている所も多い。
この世界では、その仲介業の他に、奴隷売買も請け負っている。
レイミーの母親と姉が奴隷として売られたからには、ここの口入れ屋を通して売買された可能性が高い。
だがまぁ、裏の奴隷売買とかだと、追跡は困難になるはずだけど、今はそれは言えないでいた。
俺たちは濃い緑の野戦服に特殊プロテクター、ヘッドギア、同色のマントという、いつもの姿になって、王都の街を口入れ屋に向かって走っている。
ツーロ商会のアルシンさんに伝えなければならない事もあったけど、まずはレイミーの方の事情を優先した。
だけど、それだと、何となくマズイ気もしたので、事情を書いた紙をグラウに届けて貰う事にした。
ツーロ商会の主人の殺害を狙う、クロアロンの手先が実際に従業員として入り込んでいるという内容。直接それを指摘すると暴れられる危険が有るので、商会の未来を左右するほどの大きな取引を任せる、という理由でケアイアの街のケルス先生の所で、約束してある荷物をしっかり受け取ってきてくれ、と、外に出せと書いておいた。空荷の馬車で行け、と言えば信用するだろうという追伸と共に。
特徴や、昨日、取り次いでくれた細身の商人というのも書いておいたので、問題なく排除出来るだろう。明日にでも、旅の途中で迎撃して、クロアロンの情報収集の追加を行う予定。
そして、王都の、スラム街に近い場所にある口入れ屋の建物に到着した。
かつては、この場所が外壁だったという名残の場所で、元は兵士の詰め所兼用の小規模な砦の形をしていた。ここなら、地下牢とかもありそうだ。
まず、インセクターに潜入してもらって、中にいる者の内訳を調べてもらう。
同時並行で、俺が堂々と話を聞きに行く。野戦服のポケットに、金貨と銀貨を数枚ずつ入れて、しっかり準備も済ませておいた。
ジェイたちには、ちょっと離れた所で待機して貰って、俺だけで行く事にした。通信機を入れて、俺の声と、俺の周りの音を、皆にも聞こえるようにしておくという条件で。
「ちょっといいかい?」
入り口でたむろって居るちんぴら風の男に声をかけた。
「なんだ? 仕事が欲しいのか?」
「いや、楽しめる奴隷を探してるんだ。表に出せなくてもいいから、いろいろ出来る、気持ちのいいのが欲しいねぇ。」
そう言って、銀貨を1枚、放って渡した。
「おう、こっちに来な。今は、そう大したモノは無いが、見るだけ見ていけや。」
「それは残念だな。ま、しっかり見せて貰おう。俺の好みのモノもあるかも知れないしな。」
そのちんぴらの案内で中に。入り口のホールにはテーブルが置かれ、そこが受付みたいなモノになっているようだ。
そこには初老の男が座っており、羊皮紙に何かを書きつづっていた。
「あんた、名前は?」
初老の男が、ほとんどこちらを見ないで聞いてきた。そして、ボソボソと何かをつぶやく声も。
あ、ヤバイ、嘘発見魔法だ。こんな所で使われているとは。
俺からは見えにくい位置に、白い灯りが出来上がったのがなんとなく判った。こちらも魔法を唱える。
「俺の名前は、ジョンだ。ジョン=スミス。」
「そうかい。」
一瞬だけ見て、後はもう感心ないという風に、また羊皮紙に取りかかっていた。
嘘発見魔法は消えていた。安心して、俺も光の幻覚魔法を解除した。こういう仕事だと、精神系の魔法とかは重宝するんだろうな。
油断しないようにしよう。
それから、奥の階段から下の地下牢へと降りていった。
俺がキョロキョロしていると、
「珍しいかい?」
「ああ、ここは、初めてだからな。」
「ああ、なるほど、他の所は普通の屋敷だしなぁ。こんな、昔の砦を利用したのなんて、無いもんな。」
珍しい物は、珍しいと言っておく事も、自然に見せるポイントだよね。
そして、地下牢には、かなりの亜人が鎖に繋がれ、生気のない虚ろな目で座り込んでいた。
中には人間も居たが、同じように虚ろな目で座り込んでいるだけ。
これは、心を抜かれているのかな?
「亜人ってのも面白そうだが、とりあえず人間を見せて貰おう。腰の振り方も判らないような小娘じゃなく、しっかり楽しめるようなのはいるかい? ああ、孕んでいるようなのは勘弁してくれ、長く楽しめないからな。」
「へいへい。たいてい、同じ事言うよなぁ。ここに入れたのは、しっかり傷物にしないように気を遣ってるんだぜ。俺たち用には、売れ残りの鉱山行きが決まっているようなのしか、使わして貰えないんだ。」
「なるほど。それなら、安心して遊べそうだ。」
そこで、ちょっとちんぴらの方により、金貨を1枚渡す。
「例えばだ。例えば、貴族の娘とかで、まだ尊厳の残っているのとかは、あるかな? 貴族じゃなく、いいとこの嬢ちゃんでもいい。」
「ああ、そう言うのは、入荷して直ぐに売れちまうんだ。あんたと同じような趣味ってのは多いみたいだな。」
「そうか、それは気が合いそうだ。そういうのと一緒に宴会でも開けたら、楽しい時間を過ごせそうだな。まぁ、宴会用に用意するものが多くなりそうだけど。」
「ああ、その気持ちはわかるよ。金を持ってるってのはいいよなぁ。」
そのセリフで、もう1枚、金貨を渡す。
「で、今は、そういう楽しい時間を過ごすためのモノは、まるで無いのかい?」
「俺の記憶だと、半年前のが最後だな。後は、借金崩れのくたびれたモノしか入ってきてない。」
「半年前かぁ。半年も経ってたら、もう、美味しい所が残って無さそうだな。」
「ほとんどは、初めの1ヶ月で壊れるらしいからな。」
「だろうねぇ。ちなみに、半年前に入ったのは、どんなモノだったんだ?」
「ああ、たしか、ワズムルって所の商人の女房と、その娘だったかな。」
「女房の方はどうでもいいけど、その娘ってのはいくつぐらいだったんだ? 美味そうだったか?」
「たしか、18~19ぐらいだったかなぁ。けっこういい女だったぜ。あれなら、壊れてからでも使えそうだったなぁ。」
「使い込まれて、壊れたのなんか、汚くて使い物にならないだろう。」
「そう言うが、そういうので遊ぶしかないからな。俺たちは。まぁ、壊れたのは、壊れたなりに、もっとぶっ壊して遊ぶって使い方するわけさ。」
「そう言う方法も教えて欲しいもんだなぁ。
ちなみに、その娘の方は誰が買っていったんだい?」
「ああ、そう言うのは、言っちゃならない決まりなんだ。」
「同じ趣味なら、俺にとっては重要な事なんだがなぁ。」
そう言って、2枚の金貨を渡した。
「しょうがねぇなぁ。誰にも言うなよ? 俺が言ったなんてのも、言わないでくれよ。」
「ああ、約束する。」
「ワズムルって所の、お偉いさんの使用人ってのが、主人の遊び道具用に親子共々買っていったんだ。」
「ワズムルか、遠いな。そんなんじゃ、気軽に趣味の交流とかも出来そうもないなぁ。
結局、ワズムルから来て、ワズムルに帰っていったわけだな。皮肉だねぇ。」
「ああ、まったくだ。」
「で、そのお偉いさんってのは? 俺が話を通すのに、なにか目印があるかい?」
「すまねぇな。もう1枚、とか言いたい所だが、むこうも、身元が判りそうなのはわざと隠してきたらしい。」
「それは、まぁ、当たり前だな。しょうがない、その紳士とはいつか巡り会えるだろう。」
「はっはは、そうだな。」
「じゃあ、亜人の掘り出し物でも見せて貰えるかな?」
「おう、こっちだ。」
そして、鳥の亜人というのを見せて貰ったが、存在自体はレアなんだろうけど、男として楽しめそうもないという理由で断った。
そして、今回はタイミングが悪かったと言う事で、次にまた来ると言って帰る事にした。
入り口のホールの爺さんにも金貨を1枚放って、次は冬が終わった頃にまた来ると言って出てきた。
「エイプリル、他の階とかに、密かに捕まっているのとかは、見つかったかな?」
『いえ。奴隷販売物扱いで捕らわれているのは、地下だけと判明しました。』
「そう、ありがと。インセクターは引き上げちゃっても良さそうだね。」
『了解しました。』
そして、少し歩いた所で待っているジェイたちに合流したと同時に、グラウが俺の肩に留まった。
「お待たせ。どうやら、ワズムルに居るらしいね、ってどうしたの?」
レイミーとファイエーの俺を見る目が痛いよ?
「いやー、アキラもなかなかやるもんですねぇ。」
ジェイの解説によると、俺が奴隷売買で女をオモチャ呼ばわりする状況に、ドン引きしてたらしい。壊すとか、遊ぶとか、同じ女としては、とてもじゃないが受け入れられない状況の話を、平然と話す俺に、女としての恐怖を感じたようだ。
「き、気持ちはわかるけど、しっかり情報を引き出すために必要だったんだよ?」
「それも判っていますが、アキラも男だったんだなぁ、っていうのが素直な感想なんじゃないでしょうか。」
「お、俺は、ここで、なんて言ったらいいんだ?」
「難しい問題ですねぇ。」
認める事も否定する事も出来ない! ああ、調子乗ってた? でも、必要だったでしょ?
「エイプリル! 人生相談に乗ってくれ~。」
『残念ですが、艦長以上の回答を導き出す自信が有りません。』
「わ~、今更ながらに、自分で飛んでもないセリフを言ってきたってのを、思い知ってしまった。ジェイ! 助けて。同じ男でしょ?」
「僕なんか、アキラと比べたら、お子様レベルですしねぇ。」
「何を持ってお子様とか言うのか知らないけど、そのうちジェイにも降りかかる問題でしょ。」
「いえいえ、僕はそこまで出来ませんので、なんの問題も有りません。」
「そこまでってどこまで?!」
俺の、男として最低っというあらぬ疑いは、そう簡単に消えそうも無かった。
許すまじ、クロアロン。絶対泣かしちゃる。
轟沈でロストしかかっている俺は、責任転嫁でクロアロンを恨む事にした。
そして、その足でツーロ商会に潜入していたホダルを捕まえることにした。
人はこれを、八つ当たりと言う。
ツーロ商会から出た馬車で、ケアイアに向かうモノを探し、一度顔を見ているホダルの特徴を探すだけなので、エイプリルにとっては楽な仕事だったようだ。
重要な仕事だということで、けっこう夜道を飛ばしているが、月が傾いたら野宿でも始めるだろう。
それまでの間に、俺とジェイがヘルメットをかぶって準備を始めておく。今回はジェイとの2人だけ。ヘルメットについているカメラ映像を小型輸送艇のモニターで見られるようにして、留守番の2人にも備えておいて貰う。ヘルメット映像だけじゃなく、インセクターの映像もあるので、位置関係や周りの状況も監視出来るようになっている。
『ターゲットが野営の準備を始めたようです。ただし、焚き火はおこすようですが、基本的に馬車からは降りない形式での野営のようです。』
「こういう時の基本的な野営のやり方かな?」
「まぁ、普通はこんな夜に馬車で街道を移動するなんてしませんからね。直ぐに逃げられるようにしておくってのは、ごく当たり前のやり方なんでしょうね。」
「しょうがない。アルシンさんには悪いけど、馬車を少し壊してしまうかも知れないけど、それもよしということで行こう。
エイプリル、終わった後に馬車を回収して修理する準備もよろしく。」
『了解しました。』
そして、ジェイと2人で小型輸送艇から降り、ヘルメットの内部モニターに映る指示表示を頼りに森の中を歩く。
ヘルメットの光量を調節した映像のおかげで、真昼のように周りが見える。
周りには、凶暴なモンスターも、大人しい森の動物の気配もない。小さなネズミのようなモノが動き回っているのが、警戒モニターに表示されているだけ。でも、血の匂いがしたら、色んなモノが反応するんだろうね。
目標発見。街道側に焚き火を焚いているが、馬車の御者席で毛布をかぶっている人物がいた。ヘルメットの操作ボタンを押して、映像の一部を拡大表示させていく。
間違いなくホダルという男だ。
俺は土の呪文を唱え、馬車の4つの車輪の前後に、固い石で出来た車止めを作り出した。これで、無理にでも動かそうとしたら、馬車の方が壊れる事になるだろう。
ジェイには一旦、ここに留まって貰い、俺は馬車の向こう側に移動して、左右からの挟み撃ちをする事にした。
まだ、この時点ではホダルは気がついていない。
馬が気付いても警戒しない距離で遠回りして、ようやく作戦位置に到着。通信でジェイに合図を送って、タイミングを見て一緒に馬車に迫った。
灯りの呪文で、あたりを明るく照らす。
俺とジェイのヘルメット頭を見たホダルが悲鳴を上げつつ、馬車の馬にムチを入れた。
空荷の馬車なのに、根が生えたように動かない馬車を、馬が必至に引こうともがいているのが判った。
なんか、馬が可哀相になって、通じないのは判っているのに、馬に向かって声をかけていた。
「そいつの言う事は聞かなくていいから、大人しくしててくれ。」
本当に独り言のつもりで言ったんだけど、俺を見た馬が、尻に撃たれるムチを無視して、大人しくなった。
「え? 言う事聞いてくれた?」
密封されている訳じゃないから、ヘルメットから声が漏れ出てはいるけど、それでも、微かに聞こえると言う程度のはず。しっかり声を出すためには、外部スピーカーを使わなければ、モゴモゴ言ってるだけなんだけどねぇ。
もちろん、通信は皆と共用していて、俺の声は皆にもはっきりと聞こえているはず。
「かぁしこい、お馬さんですねぇぇ。」
とりあえず、ファイエーの感想で、この件は流す事にした。
俺は剣を抜き、御者席のホダルに向けて突き出した。
「オりろ。」
エフェクトをかけた外部スピーカーの声で、ホダルに命令する。
しかしホダルは抵抗する事を選んだ。
背中に隠しておいたナイフを抜きつつ、俺の方に飛びかかってきた。
バン!
左腕に取り付けたままになっているスタンガンであっさり気絶したので、なんの問題もなかったけどね。
のんきに気絶しているホダルの両足と両手をしっかり縛り、肩に担いで森の奥に進む。小型輸送艇とは反対方向に行き、街道からでも声が届かないだろうという位置まで移動した。
大きな木に縛り付け、水筒から水をぶちまけてホダルの顔を濡らし、ホダルの目を覚まさせた。
嘘発見魔法をかけて、ホダルの様子を見る。
UFOにさらわれて、テーブルの上に寝かされ、宇宙人に取り囲まれているってのは、こんな感じなんだろうね。
「クロアロンのホダルだな?」
今回はキズを治すのが面倒なんで、スタンガンを低出力で撃ち込む事にする。前にもドラゴンや多頭巨人で使った方法。
死ぬほどの衝撃じゃないし、キズも出来ないので安心の方法だよね。
こちらの質問に答えなかったので、1発スタンガンを撃ち込む。
「シツモンにコタえなければ、イマのをいくつもウちコんでいく。」
そう言って、何度も質問しては、スタンガンを撃ち込むと言う事を繰り返し、20発ぐらいで素直になった。
嘘だったらスタンガン、答えなかったらスタンガンという事を繰り返して、クロアロンの情報を聞き出す。
俺の元の世界だったら、拷問で、人権侵害の尋問方法だとネチネチ言われる方法だけど、こいつらのやってきた事を考えると、そういった法律や条約や人権団体が無い事が嬉しく感じる。
まぁ、人を守る法律が無いからこそ、こいつらのような強盗行為が行われてた訳だけどね。
そして喜んで教えて貰ったクロアロンの情報は、前の2人と似たような内容で、俺にとっては大したものじゃなかった。
他に活動しているクロアロンの部下の情報も持っていなかったし、クロアロンの容姿さえ知らなかった。
部下と言えども、徹底的に情報を制限しているのか、それとも、頭の悪い部下だけを使っているのかが気になったが、どちらにしても、抜け目のない怖い存在として覚えておく事にした。
最後に、ホダルの両足の筋を切って、泣き言を言っているのを無視してその場を後にした。
この男は特に、利用した相手を実際に殺してきた主犯だしね。レイミーの父親もこの男の手にかかったかもと思うと、素直に許す気にもならない。
血の匂いを嗅ぎつけた獣に喰われるか、そのまま干涸らびて死んでしまうか、そのどちらかだろう。
ただ、レイミーには手を下させてはいけない気がした。
馬車の所に戻ると、言われたとおり大人しく待っている馬が居た。ジェイと2人でヘルメットを取って、様子を見てみる。
普通の馬だ。
この世界に来るまでは、本物の馬とは縁が無かったけど、こっちに来てからはよく見る、本物の馬。一応は、馬車馬と早馬の区別は有るようだけど、それは生まれてからの特性で決まるようだ。つまり、走るのが速ければ早馬。そうでなければ馬車馬。持ち主が早馬を使う予定が無ければ、足の速さに関係なく馬車馬になる。だから、ほとんどの馬が、だいたい同じような体型をしてる。
この馬も、そのほとんどに入る普通の馬で、俺なんかには、他の馬との区別もつかない。他の馬と違う所は、変に脅えた目をしてないって所かな。落ち着いた感じで、俺たちの様子を眺めている。
まず、土魔法で作った車止めを、同じ土魔法で消し去る。
「問題は、この馬が異様に賢いのか? それとも、俺が異様に変なのか? と言う事だよねぇ。」
「女性を異様に恐れさせる事が出来るというのは、問題に入りますか?」
がっくりと力が抜ける。マジで、orzの姿勢に崩れ落ちた。
「そのネタ、まだ続くのぉ?」
「少なくとも、女性たちの恐怖を払拭するまでは、忘れない方がいいでしょうね。」
ニヤニヤしながら言ってくるジェイを無視して、俺はシクシクと泣いていた。
「それで、この馬車はどうします?」
「馬車は明日にでもアルシンさんに返すつもりだよ。あのホダルがクロアロンの手下だったってのを、しっかり伝えないといけないしね。」
「明日までここに置いておきますか?」
「いや、血の匂いを嗅ぎつけたモンスターも寄ってくるだろうから、別の小型輸送艇に朝まで格納しておくつもり。」
その言葉と同時に、上から別の灯りが刺して、風が勢いよくながれた。
エイプリルが別の小型輸送艇を馬車回収のために寄こしてくれた。後部のハッチが開き、馬車の受け入れが調う。
「あの中に入っててくれ。あの中ならモンスターも怖くはないぞ。明日の朝には出してやるからな。」
その俺のセリフに、素直に従ってコンテナの中に馬車を引いて入っていく。
「本当に判ってるみたいですねぇ。」
「明日になったら、俺以外でも言う事聞くか調べてみよう。今日はもう疲れたよ。」
「ですねぇ。」
その夜の夕食は、ごく普通に済ませる事が出来た。俺をからかっているのか、それとも本気で恐れられているのか、それがまだ判らないうちは、そのどちらの対応も出来ない状態だ。出来れば、からかいであって欲しいが、それでも、うかつな事をすると、一気に本気モードへシフトする危険もはらんでいる。
当分は理想の紳士モードで行くしかない。ジェイと一緒に内緒で花街に繰り出そうとか言う壮大な夢の計画は、当分の間延期するしかないだろうな。
これも、みんなクロアロンが悪いんだ!
クロアロンへの恨みが、もう一つ加わった。
深夜、皆が寝静まった頃を見計らって、俺は一人、小型輸送艇の操縦室に入った。
シートに深く座り、背もたれをリクライニングして、倒し、リラックス出来る姿勢にした。
「エイプリル、相談に乗ってくれ。」
『性癖に関する相談だと、理解しかねる部分があります。』
「そ、そうじゃなくって………。」
半分以上、シートからずり落ちた身体を無理矢理はい上がらせることになった。
「今日は、1日で3人の人間を、ほとんど殺したも同然の事をしてきた。
実際には動けなくして、獣やモンスターに処分させるという感じだけど、俺が殺したのと同じ事だ。
だけど、今、その事に関して、自責の念がほとんど起こらない。自業自得だ、ざまあ見ろという気持ちでスッキリしたという感情は有るけど、人を殺したという気持ちの悪さが無いんだ。
俺はこれが怖い。簡単に人を殺せるようになるのかも、と言う事が怖くてたまらない。
確かに、この世界は、殺さなければ殺されるという殺伐とした世界だ。でも、こんな世界の中でも、俺は、人を殺す事に躊躇する人間なはずだ。生まれてから、ここに来るまで、俺はニュースや新聞だけでしか人殺しという存在を知らなかった。物語や漫画の中では、当たり前に殺しの場面を見てきたけど、そんなのは作り物の話だと、しっかり切り離して考えていた。でも、いつの間にか、俺はそんな物語の主人公のように、当たり前に人を殺すようになっていたんだ。」
『艦長の懸念は、理性の箍が外れて、非情なる行動に制限がかからなくなる可能性があると言う事でしょうか?』
「そう、英雄だのとおだてられて、何千人をも簡単に殺すようになったら、きっと、それは人の枠を超えた、モンスターになってしまうと思う。
ついでの感想だけど、そんなモンスターには、人を導くとかは出来ないと思うよ。」
『わたくしも、敵であれば人間を殺す事に、なんの躊躇も抵抗さえも感じませんが、モンスターという存在と同じモノでしょうか?』
「エイプリルは、そのために、艦長という存在を必要するんだと思う。艦長の判断と指示に従う事で、モンスターではない、人のパートナーという存在になってるんじゃないのかな。
まぁ、その艦長が、大量殺人鬼になっちゃったら、パートナーじゃなく、モンスターだろうからねぇ。」
『はい。武装輸送艦のシステムであるわたくしの務めとしては、モンスターでもかまわないと認識しますが、人のパートナーである方が嬉しく思います。』
「それって、大事だよね。俺も、モンスターにはなりたくない。
アレとの約束で、人を強く導く、ってことをしてるけど、それがなかったとしても、モンスターにはなりたくないよ。」
『はい。この世界の人の良きパートナーで有りたいと思います。』
パートナーか。そうだよねぇ。指導者とか、神の使徒じゃなくていいんだ。
「ありがと、エイプリル。おかげで少しスッキリした。
俺は、まだ、自分の立ち位置ってのを、しっかり考えて無かったんだな。」
『艦長はご自分の立ち位置を、どのように考えていますか? わたくしも、同じ立ち位置に着くべく、参考にさせて頂きたいと思います。』
「俺が立てる位置は、3つある。
1つは、この世界の住民となって、どっぷりと深い関係を築いて、この世界の人と共に生きる事だ。
2つ目は、武装輸送艦ゲンブをホームにして、この世界の人との関係に、一線を引いて付き合っていく事。
3つ目は、その中間の位置で、どっちつかずの関係で付き合っていく事。今がその状態だね。」
『はい、理解出来ます。』
「本来なら、この世界の人を導くのなら、この世界の人間に、ってのが理想だから、1つ目の立ち位置にすべき事なんだと思う。
だけど、状況的に、ゲンブの力を使わないと、なかなか出来なかった事だと考えて、今までやってきたんだよね。でも、よくよく考えてみると、時間の浪費や遠回り、やり直しがたくさん有るだろうけど、ゲンブの力が無くても出来たんじゃないか、ってのを考えるんだ。」
『効率を無視した場合、条件付きで、その可能性もあります。』
「ちなみに、その条件って?」
『失敗、挫折、遠回りに挫けない、やり遂げるというモチベーションの継続です。』
「ああ、それが続けば、ってことだね。確かに、人の力を削ごうとしているモンスターの軍団や、自分だけが得しようとする犯罪者、亜人との戦争もあるし、国同士の戦争も起こってたかもねぇ。そういう遠回りは、大抵は挫けるよねぇ。」
『現在、その要因は少なくなっていると考えられます。この時点で、ゲンブからの干渉を少なくして、この世界の力優先で行動を進めますか?』
「それも出来ない。っていうか、俺がその方法を知らないんだ。俺にはゲンブが必要だし、アレからの依頼をやり遂げるには、ゲンブ無しじゃ行動できないってのが現実なんだよね。」
『では、2つ目の、一線を引いて、ゲンブをホームにしての行動にしますか?』
「それだと、初めの、人を簡単に殺せるモンスターに成り下がってしまう事が懸念されるんだよね。
もしかしたら、俺たちの遠い子孫の筈なんだけど、未開の猿と見下して、粗暴な個体を間引きする、なんて行動をとってしまうんじゃないのかと思うと怖いんだ。」
『ですが、本日、クロアロンの配下3人にした事を考えますと、同じ行動でしかないと推察されますが?』
「そうだね。それだから、やるなら、俺自身も含めて、その当事者がしっかりと自覚してやらないとならないのかな、と思う。
それが、この仕事に伴う責任なのかも知れない。」
『わたくしは、戦争に勝利する事を求められて作られたシステムなので、賛同以外の答えは出せませんが、それが無くても同意の意見を持ちたいと考えます。
わたくしも、艦長とともに、同じ責を持ちたいと考えます。』
「ありがとう。この弱肉強食の世界で生きるためには殺す事から逃れられないけど、自分が殺した事をしっかりと受け止めるべきではあるよね。
だから、ゲンブから、将棋の駒を動かすように人を動かす、というのは駄目って事なんだと思う。」
『では、今まで通りの立ち位置と言う事ですか?』
「そうなんだよね。でも、今までは、ゲンブとこの世界の間でフラフラ動いていたと思う。どっちつかずじゃなく、両方についていた感じかな。
それは、悪い事じゃなく、臨機応変に対応出来る立ち位置。でも、これからの事を考えたら、この世界とゲンブの世界は、どんどん引き離さなければいけないと感じたんだ。」
『同意します。いくら近づけようとしても、差は歴然と存在します。距離が縮まる事はないでしょう。』
「うん。例えば、今日の3人のことだけど、実際はレイミーに殺させる事が正しかったんじゃないかと思ったんだ。
でも、俺は、レイミーには手を汚して欲しくなかった。
レイミーは傭兵の仕事で、人を殺す事も行ってきたという話も聞いてるのに、今更、俺のきれい事で、レイミーの仇を俺が済ませてしまったようなモノだ。
この世界のレイミーに、俺が俺の世界の理想を押しつけたようなモンだね。
レイミーにしてみれば、仇を討つために、なりたくもない傭兵になって、苦労して力を付け、人を殺す仕事までしてきたのに、それを俺の都合で横取りしたみたいなモンだ。
それで、俺が人を殺した事で悩んでるんだから、ほんと、ピエロだよねぇ。」
『艦長は、この世界の事は、この世界の住民に、というスタンスを強めようとお考えですか?』
「うん、それが、今日の悩みから出た結論。俺の立ち位置って、ゲンブとこの世界の住民をつなぐパイプ役なんじゃなく、ゲンブの力を使って、この世界の住民を踊らせる事なんだよね。」
『その立ち位置は、もっとも効率良く目的を果たせるモノと推察されます。』
「レイミーの仇はレイミーに討たせて、それでいて、レイミーとワズムルの関係を壊さないようにして、冒険者ギルドの運営を円滑になるようにするのが俺の役割だと思う。つまり、もうちょっと裏方に回るべきなんだよね。」
『艦長が、争いごとの矢面に立たないようになるという事ですね。』
「しっかりと踊らせるために、俺もその輪の中に入って、一緒に踊る事になるけどね。
踊らせるために踊る。という立ち位置をしっかり持つ。これが今日の結論。
そして、俺は、踊らせた責任をしっかりと自覚するべき、ってことだね。
あ~、スッキリした。」
『明日から、その立ち位置での行動に変更しますか?』
「いやいや、そんな直ぐには変えられないよ。俺自身も、どんな行動をするべきかも想像つかないしね。
行動自体は今までと一緒。だけど、みんなに任せる比重を増やす、って感じ。エイプリルにも、今まで通り苦労をかけるけど、よろしくね。」
『艦長のお役に立てる事は、大変な喜びです。』
エイプリルの定型文を聞きながら、俺の意識は薄れていった。小型輸送艇の操縦席のシートだけど、安心したせいでか、心地よい眠りに逆らう事は出来なかった。
翌朝は、俺たちの朝食を摂る時間も惜しんで、アルシンさんの馬車を外の草地に運び出した。適当なバケツを探してきて、そこに水をいっぱいに張ったものも横に置いた。
「餌とか水を用意してなかったのはまずかったよねぇ。」
「なんか、恨みがましい目で見られた気がします。」
「単純に、そのせいで今日は言う事聞いてくれなかったりしてね。」
「有りそうですね。」
ペットの犬、猫も飼った事のない俺には、生き物と付き合う感覚が欠けているんだろうな。
「ファイエー。ファイエーは、あの馬車と馬をつなぐ所を、外したり、つけたりって出来る?」
「あの形式はぁ、やった事無いのでぇ、上手く付けられるぅ自信ないですぅ。」
「アルシンさんの所に戻るまでは、付けたままで我慢して貰うしかないってことだねぇ。」
俺たちの中で、一番馬を操る事が上手いファイエーでも、これじゃあ、ほんと、我慢して貰うしかないか。
エイプリルに折りたたみテーブルと椅子のセットを持って来てもらい、メイに朝食を届けてもらって、馬車の見える位置でピクニック的に朝食を摂る事にした。
俺たちがくつろいで朝食を摂っている間、馬をまた閉じこめておく事をしたくない、というか、出来ないだろうから。
一応見える位置で、モンスターが現れた場合の対処をするつもり。そして、昨日の決断からの、今後の方針を伝える。
皆が、食後のお茶を楽しんでいる状態になったところで、
「皆に、俺の予定を言っておくよ。」
そう切り出して、皆に真剣に聞いて貰う態度を求めた。
「まず、ワズムルと友好関係を作って、ルブロンダルとシャシルと同様に、傭兵たちをとりまとめる組織の支部を作る事と、拠点の場所に小さな国みたいな組織を作る事を認めて貰う。
そこには、傭兵をとりまとめる組織と、魔法の開発や研究をする組織、農作物や鍛冶仕事、焼き物や色々なモノを作り出す、研究や開発を行う組織を作りたい。
そして、貴賤無く教えていく学校も。
人がいれば、食い物や生活に必要な物が色々あるから、そう言ったモノを扱う商人の出入りや、その場所に住み着いて店を出すのもいるだろう。宿屋や食堂もできるだろうね。
だから、国かと聞かれれば、それに近いモノだと言えると思う。
モンスターの脅威は完全にはぬぐえないと思うし、中での犯罪や、ちょっとしたいざこざは当然有るはずだから、それを取り締まる警邏も必要になるだろうしね。
つまり、俺は、そこまでの事をするつもりなんだ。
そこで、皆にも働いて貰いたい。
ファイエーには、その組織を維持するための道具や、モンスターとの戦いに役立つ道具、一般の生活に役立つ道具とかを作ってもらいたい。魔法の道具だけじゃなく、魔法を全く使わない道具とかも。そのための工房や、研究のための人員を集めて、その組織のまとめ役を頼みたいんだ。
ジェイには、魔法の開発と研究のとりまとめと、学校組織のとりまとめを頼みたい。
そして、レイミーには、傭兵をとりまとめる組織のトップとして、この世界で人が強く生きられるように支援をしていって貰いたいんだ。」
そこで一旦お茶を飲む。ジェイにはなんとなく想像がついていたみたいだけど、レイミーには違う気持ちがあったんだろうなぁ。今度はそれを崩さないとね。
「レイミー? レイミーは、クロアロンとグイイトを殺すために、ワズムルに着いたら俺たちから離れて、別行動をとるつもりだったよね?」
レイミーがあからさまな動揺を見せた。ばれてないと思ってたのかなぁ?
「でも、駄目だよ。それでグイイトが死んでも、謎の暴漢に襲われて死んだ正義の大臣って事で葬られる事になるしね。死んでからその墓に唾を吐きかけても、なんの意味もない下劣な行いだしね。
グイイトには、犯罪を犯した下賤な大臣だと、しっかりと暴露してから、ワズムル公認でレイミーに敵討ちをしてもらいたい。
それが、1番の復讐になるだろうね。」
レイミーは俯いて、震えている。ファイエーも覚えが有るからだろう、心配な目でレイミーを見つめている。
「俺は、そのためだったら、いくらでも手を貸すつもりだ。」
そこでジェイを見る。ジェイはそれに頷いて、
「はい。僕も協力は惜しみませんよ。」
ファイエーを見ると、ファイエーも頷いて、
「一緒にぃ行きましょうぅ。」
「でも!」
レイミーはそれだけを大きく吐き出した。
「でも、失敗したら、俺たち全員が犯罪者になって、最悪、死んでしまうかも知れない。そんな危険に俺たちを巻き込むわけにはいかない、って事だね。」
レイミーがさらに俯く。ほとんどテーブルに頭がぶつかる寸前だ。
「レイミー1人だったら、確実に犯罪者として殺されるだろうね。俺たちがそれを許すと思う?
そんな扱いでレイミーが死んだら、俺はワズムルを滅ぼしてしまうかも知れないよ。」
「光魔法を唱えまくりですね。」「ですぅ。」
「レイミーには、このワズムル国のためにも、グイイトとクロアロンの犯罪を暴く俺たちに、協力して欲しいんだ。
大丈夫。エイプリルにも手伝って貰って、慎重に、確実に追いつめるから。
そして、追いつめた後、とどめを刺すのはレイミーの役割だよ。」
レイミーは下を向いたまま、ヒクヒクと震えている。俺たちの言葉はしっかり届いたよね。なら、少しだけ一人にしてあげた方がいいだろうね。
俺たちはテーブルを立って、近くで草を食んでいる馬の近くに歩いて行った。テーブルの上をかたしにいったメイが、タオルを渡している。これで、一通り泣けば、いつものレイミーに戻ってくれると思う。
「これで、レイミーは大丈夫だと思うけど、ファイエーはどう思う?」
「わたしもぉ、これでいいとぉ思いますぅ。」
ジェイを見ると、
「僕もこれで大丈夫だとは思います。もう、問題は、どうやってワズムルの大臣を追いつめるか、って事ですね。」
「だね。そこら辺は、ルーノス親方にでも相談してみようと思ってる。アルシンさんに馬車を返したら、親方の所に行こう。」
そんな会話をしつつ、馬の所にいったら、まるで話を聞いていたよ、って目で見つめられた。ちょっと、引いちゃう。
「グラウ? 馬と話をする魔法ってない?」
「確か、気持ちがわかると言う程度の魔法があったはずじゃが、今は失われておるのぉ。」
「なんで失われたんだろう?」
「その時、その時の気持ちしか判らなかったらしいわい。わざわざ呪文使って、腹減った、とか、眠いとかしか判らんのだから、使う意味もないな。」
「なるほど、確かに。
でも、この馬が何を考えてるのかは、聞いてみたいんだよねぇ。」
でも結局は、その時間もなく、馬車に4人で乗り込み、王都に向けて出発する事になった。ガジェットは歩き。
馬に、ルブロンダルの王都の、ツーロ商会に行こう。って言ったら、勝手に動いてくれたので、手綱を握る者もいない馬車が、勝手に走っている状態になった。
御者席のファイエーとレイミーまで、荷物席の俺とジェイの方へ向いて、お茶をしながらビスケットを囓っている。なぜか、それを羨ましい目で馬が見ているのが気になった。
目的地までは、実際、大した距離では無かった。夜に急にお使いに出されて、それでも月が見えている間は進んだが、それも直ぐに途切れたという状態だったので、ほとんど進めなかった所を俺たちが襲撃したのが原因だしね。
アルシンさんに事情を話し、馬車を返すと、アルシンさんは素焼きの状態の人形を見せてくれた。
がっちり固く焼き上がり、簡単には壊れない騎士や王様、ドラゴンの人形。デザインはエイプリルなんだけど、ほどよいデフォルメで、楽しいオモチャという感じに仕上がっている。
ツーロ商会の従業員の家族に渡したら、兄弟間で取り合いの喧嘩にまでなったそうだ。
人形目当てにツーロ商会を利用する親子の姿が目に浮かぶと、アルシンさんはホクホク顔だった。ちょっと、黒いよ。
クロアロンをなんとかしにワズムルへ行くと言って、アルシンさんの所から出ようとしたら、
「期待しては居りますが、あまり無茶はしないでくださいね。」
そう、言葉を返してくれた。
その言葉に、素直な意味と、裏に、まだまだ俺を利用したいよ、という意味を考えた自分に凹んでしまった。やっぱり、ちゃんと線引きしないと、俺が持ちそうもないなぁ。
2日ぶりのガッスの街。祭りも終わり、冬支度の為の喧騒があちこちから聞こえる。家の補強のための材木が並んだり、大きな樽を家の中に押し込んだりしている。一生懸命薪割りをしているのや、わら束を小屋の中に押し込んでいるのもいる。
そんな街の中を進み、捕獲牢の対面にある親方の事務所的な家に行ったら、窓には板が打ち付けられ、ドアの所にも簡単には開かないように数枚の板が釘打ちされていた。
「これって、どういう事? 親方ってば、夜逃げでもした?」
俺のセリフに笑う3人。
「ここは、モンスターの捕獲の為の家だと思う。だから、冬場は閉めて、領主の館に居るんだと思う。」
レイミーのセリフで納得。祭りの主催者なんだけど、あの親方って領主なんだよねぇ。
「判ってはいるんだけど、まだ、心が納得してないんだなぁ。」
この言葉は、かなりの共感を得たと思う。
そして、領主の館に歩いて移動することにした。転移魔法の陣を描いた所だから、それを目当てに一瞬で移動ってのも出来るんだけど、その魔法を使う時の心構えから、魔法を実行する時の疲れとかを考えると、歩いた方が楽だという結論になる。陣が残っていない可能性もあるし、不安があるから余計に気を遣うってのが大きな理由だけどね。
ようやく領主の館に到着し、ノックして執事? だと思う男に取り次ぎをして貰い、親方の居る執務室に案内された。
そこには、貴族っぽい服装をして、羽根ペンを持って、書類にサインをしている親方の姿。
「似合わねぇ。」
ゴム風船を膨らませ、その口を閉じていた指を放すとどうなるだろうか?
答えは、中の空気が一気に吹き出す。
プロ野球の球場で、ある条件が合致するとよく見られる現象だね。
それと同じように、どうしようもなく吹き出てしまう空気もある。
親方を見て出た言葉も、そんな感じだった。
「うるせぇ、もう、言われ慣れてる。」
「良かった。俺はこの世界の標準的な感覚の持ち主だと言う事が証明された。」
「いい度胸だ。これが終わったらぶん殴ってやるから、ちぃとそこで待ってろ!」
「すみませんが、それよりも先にしなければならない事が出来ました。」
「なんでい、改まって。いったい、なにをやろうってんだ?」
「グイイト大臣の犯罪を暴く事です。」
「な、なにぃ!!」
驚いて立ち上がろうとしたけど、深く椅子に座っていたのと、椅子を前に出しすぎていたのとで、太ももを机の天板の下側に思い切りこすりつけ、その後、椅子に座り損ねて床に転がった。
あーあ。痛そう。
仕方ないから治療魔法を唱えて、全身の打ち身と、太ももを擦った痛みを癒していく。
「ああ、楽になった。
それにしても、あの大臣の不正を暴くだと? 自分で何を言ってるのか判ってるのか?」
「そんなにも難しい話ですか?」
「ああ、ヤツは、取り巻きに旨い汁を吸わせて、自分の身代わりをさせるのが上手いんだ。おかげで、なにか不正が発覚した時でも、身代わりが全て引き受けてくれるっていう形を作り出している。
全てはヤツが取り仕切ってる事は明白で、その利益はほとんどヤツの懐に入っているのに、直接叩けないってわけだ。」
「つまり、正攻法で行くなら、取り巻きを1人ずつ引きはがしていかないと、本人の元に届かないと言うわけですね。」
「ああ、しかも、取り巻きのトップが、大臣2人と主計局長というメンツで、その他にも使い捨てに出来るのがごろごろいろいろいるらしい。
この国の3分の1はヤツのモノと言ってもいいかも知れん。
正攻法で行こうとしたら、ヤツの元にはほぼたどり着けんだろうな。」
「親方は、よく、そういう大臣を野放しにしてますねぇ。」
「言いたい事は判るが、ヤツは尻尾さえ出さねえんだ。一応は大臣職としての務めもしっかり果たしている。
場合によっては、どんな非道な事をしても、貴族の加護の内に入るような形式にすり替えてしまうからなぁ。
表向きは優良な臣下ということで、国王陛下でさえ手出し出来ねえんだ。」
「その表向きの顔をぶち壊す事は、どうやったら出来ますかね?」
「それが問題だ。ほぼ、ヤツがやってるだろうってのは判っても、どんな方法でやってるのか、ってのがまるで判からねぇ。
この国の貴族の間では有名な噂だが、ヤツの所に忍び込んだ族が帳簿を盗んだんだが、そのどれもが真っ当なモノしかなかった、って話もあるぐらいだ。」
「な、なんか、いろいろと作為的な噂ですねぇ。」
「それっぐらい隙がねぇってことだ。」
「グイイトに従う者たちの情報ってのは揃ってます?」
「ああ、基本的に王都で羽振りがいいヤツが繋がってると考えてもいいな。そうじゃなければ、グイイトに潰される運命ってわけだ。」
そして、一番関係が深い方から順に、名前と役職や職業を書き出して貰った。その数10! うろ覚えは書かないと言っていたのに、あっさり10も出てくるとは。
「最近の情勢はわからんが、3~4ヶ月前の話だとそんな感じだ。
それで、どうするつもりなんだ?」
「出来れば、陛下との謁見の前にカタを付けたいんですよね。ですので、ちょっとだけ無茶をしようと思っています。ですが、そう言う事は、この国の貴族である親方は知らない方がいいと思います。」
「馬鹿言え。どうせ俺は成り上がりの田舎領主よ。今更この地位が惜しいとは思わねぇ。あの極悪大臣の罪を暴こうってんなら、喜んでなんでもやってやるさ。」
「親方の娘さんにまで累が及ぶ事も考えられますからね。陛下との謁見のとりまとめに注力して貰うだけで充分ですよ。」
「う、そうかぁ。」
心底残念そうにつぶやいた。祭りに参加出来ないっていう残念さみたいだったけどね。
「3分の1はグイイトの味方として、残りの3分の2はグイイトの敵と考えてもいいんですか?」
「簡単に言えばそうだが、いつグイイトに取り込まれるかも判らない状況だな。グイイトの敵だと思っていたのに、いつの間にかグイイトの身代わりになってたなんてのもいたらしい。」
「親方が取り込まれていないのは、どういう理由で?」
「まぁ、俺みたいなのを取り込む利点がないってのが一番だな。なにしろ、領地のやり繰りで借金でもしようかと悩むような貧乏貴族なんざ、ヤツにとってはゴミみたいなもんらしい。」
これは、俺も想像していた。だから、親方に相談したんだけどね。本当は、親方の性格だと、取り込まれても、死なば諸共って食い付くだろうからねぇ。
そういう性格の親方は、取り込むよりも排除すると思う。特に、クロアロンと組んでるんだから、使い捨てのちんぴらを使って、ってのは想像しやすいよねぇ。だから、今、親方が生きている事が、グイイトには相手にされていない、グイイトの敵って事になるんだよね。
「良かったですよ。貧乏貴族で。」
「よーし、そこに直れ、その首、叩っ切ってくれる。」
「一番の懸念は国王陛下なんですが?」
「あ、ああ、陛下は一応、ヤツにとっての敵の部類に入るかな。だが、行政的にはほとんどを握られている状態だからな。半分以上傀儡みたいな扱いを受けてる。」
「もしかして、親方は、俺のゲートと魔法を、陛下の武器にしようとしてました?」
「うう、そ、それはなぁ。」
「簡単にやったら、直ぐにグイイトに乗っ取られてたでしょうから、グイイトが居ない時にでも契約させて、グイイトが手出し出来ないようにしようと?」
「なんで、そこまで。」
親方の目がまん丸だ。
「反グイイト派にでもゲートの利権を渡して、グイイトの力を削ぐとか考えてた訳ですね。」
「まいったな、畜生め。
で、どう思う?」
「失敗します。」
「なっ。」
「グイイトには今、クロアロンという不思議な人物が付いています。」
「クロアロンだと?」
そこで、クロアロンの犯行を詳しく説明していった。周辺3カ国全てで、そういった活動をしていることも。
「商売のあり方さえも壊そうだと? そんな事できるのか?」
「普通なら無理ですね。でも、クロアロンは利益さえ無視し、使い捨てのちんぴらを使って、無駄に高く買い取ったり、店の人間の振りをして契約をぶち壊しています。
こんな事を繰り返されたら、商売人の信用は直ぐに壊されてしまいますよ。」
「儲けさえ無視してって、何者なんだ。」
「そこが不思議と言った理由です。ですが、敵対者を壊す事を目的とするのならば、とても怖い手段です。」
「敵対者を殺す、じゃなく、壊す、か?」
「はい、最終的には手段を知れ渡らせないために殺すようですが、表面的には商売に失敗して、店が人手に渡るだけにしか見えませんから。
それと同じ手法を使われたら、ゲートの利権も、自然にグイイトに渡る事になるでしょうね。」
「ちっ!」
親方が舌打ちして、執務机に握り拳を叩き付けた。
「俺はどうすればいい? 陛下との謁見を遅らせた方がいいか?」
「謁見はあとどのくらいになると予想されますか?」
「グイイトは領主じゃないが、自分の故郷に屋敷を持ってる。そこの領主も完全に傀儡だがな。
で、自分の仕事の調整のために、祭りが終わった後に休みを取って城から故郷に戻るそうだ。
俺たちはそこを狙って、陛下との謁見を調整してた。陛下自身も、それに協力してくれたからな。
予定だと、グイイトは4日後に城を出発するはずだ。だから、俺たちは5日後か6日後を考えてた。
お前が何かするってんなら、1ヶ月ぐらい遅らせるぞ?」
ここで、ちょっと考える。まず、どうやってグイイトの犯罪を暴露するのか、実は全然考えてなかった。この後、王都に行ってから、状況を見ながら考える予定だ。
でも、仕事の調整で戻らないとならないという予定があるのなら、その予定をぶち壊してやりたくなる。
まず、相手のリズムを壊す事。って、なんかの漫画で読んだ記憶がある。
いつも通り行かない。という状況を作り出す事は、いい作戦だと思う。
「謁見は7日後にしてください。そして、それがゲートに関する重要な契約になると公表して、大がかりな謁見ということにして貰いたいと思います。」
「おい、それじゃ、グイイトのヤツが、おおっぴらに利権を奪いに来るぞ。しかも、陛下の前で公式にヤツのモノになるようにするだろうな。」
「その場でするか、後でそうするかの違いでしかないと思います。なら、その場で踊って貰った方が好都合です。」
「その理屈はわかるが。」
「俺たちは王都に行きます。7日後までになんとか出来ないようなら、ゲートの契約が失敗するようにします。そして、改めて別の日に話し合いの場を持つという事にすれば、やり直しは可能な筈です。」
「なるほど。」
「魔法の事。学校の事。ゲートに伴う周辺3カ国での協定の事。
俺たちには、まだカードがあります。それをネタにすれば、まだまだグイイトを踊らせる事が出来ます。ですが、将来的に、グイイトのような連中がのさばっているという状況は、俺たちにとっては死に至る病を抱えているようなモノです。この状況は許せません。
場合によっては、グイイトと、ヤツに与する連中の処刑をワズムルに要求するという非常手段も考えています。ですが、ワズムルの事はワズムルに、という形にする事が理想だとも思っています。なんとか、理想を追求していくつもりです。」
ゴン!
親方が執務机に頭突きを喰らわせた。あ、土下座かな?
「すまねえ! 本来なら、俺たちの仕事なのに、関係のねぇお前らに頼る事しか出来ねぇ。ほんとにすまねえ。」
「俺たちには、俺たちの目的があります。そのためには、ワズムルとは、いい関係で有りたいんです。
グイイトやクロアロンのような輩の居ない、真っ当な国としてのワズムルと、付き合っていきたいんです。」
俺の言葉を聞きながらしきりに頷く親方。
「では、7日後、大々的にお願いします。」
「わ、判った!」
俺たちは、親方の書いてくれたリストを持って、ガッスの領主の館を後にした。




