第三十二章 晃と砂漠の城 昆虫
次の日、遅めの朝食を摂ってから、俺たちはデルデの街に来ている親方を訪ねた。
「おう、お前たちか。ってなんでここにいるんだ?」
「それはどうでもいいんで、状況を教えてください。」
「まぁ、お前たちだもんな。」
うん、うん、良い具合に信頼関係を築いたよね。呆れられたとは言わないよ。
「それで、こちらの状況と、向こうの状況もわかりますか?」
「おう。こっちは全部で51ぶっ潰した。それに11匹捕まえたな。あのドラゴンは、出そうとしてたんだが、ちぃと時間がかかるって事で、ガッスの街に置いてきた。もしもの時はガッスの街を護る為に使うつもりだったけどな。」
「なかなかの成績ですね。ここの兵には、もうカッパードラゴンぐらいは怖く無いくらいでしょう。」
「かも知れねぇな。ヘルハウンドぐらいなら1対1で行けそうだしな。」
がっはっは、っと豪快に笑った。南からのモンスターの襲撃は、親方にとっては儲けただけの事だったみたいだねぇ。
「で、エンデ伯は?」
「あっちも笑ってやがったぞ。なんでも、捕まえた多頭巨人を王都へ運ぶとか言ってやがった。」
「あ? 俺がどうしたって?」
丁度そこへ、通信機からエンデ伯の声が聞こえた。そう言えば、エンデ伯の所に置いて、起動させたままだった。まぁ問題はないけど、忘れてたなぁ。
「おう、エンデの。そっちの様子はどうかって、この黒いのが聞きたいってよ。」
「ああ、あんたらか。昨日はずいぶん世話になったなぁ。
今朝は、傭兵を連れ立って南の荒れ地を見て回ったが、とんでもない事だって、改めて感じたよ。
俺たちは、よく、今を生きてられたもんだなってな。」
「確かにな。全部で千なんて数のモンスターだったんだ。俺らの領地だけじゃねぇ。この国の半分は無くなってたかも知れねえんだ。ホント、感謝する。」
「今回は俺たちが中心になって行ってしまいましたが、これからは、俺たち抜きでも同じ程度の襲撃は撃退出来るようになるでしょうね。」
「ああ、それは俺も感じたな。魔法なんていう飛び道具1つで、こうも状況が変わるとは思わなかった。エンデの。直ぐにそっちにも教えてやっからな。」
「うむ。期待しているよ。この事は陛下には?」
「今回の一部始終は俺とお前の連名で報告しようと思ってる。陛下と騎士団へ魔法を教えるのは、この黒いの、アキラって言うヤツの役目だ。
俺の方で教えるってのは簡単なんだが、前にも言ったとおり、こいつとは国として付き合わなければならない。俺たちごときが頭越しにやっていいことじゃない。」
「俺たちとしては、きちんと危険性を説明して、しっかりとした覚悟を持って貰えれば、誰が教えてもかまわないんですけどね。
どちらかと言うと、して貰った方が面倒が無いから楽かな。」
「馬鹿言ってねえで、てめえの仕事はてめえでしろ。
それで、おめえらはこれからどうする?」
「いろいろ考えてはいるんですが、親方から例のモノを見せてもらう約束が先に伸びそうなんで、少し南を見てこようかと考えてます。何があって、こんな事になったのか。まるっきり謎ですからね。」
「ああ、それがはっきりしない事には、夜も眠れない事になりそうだしな。この街から逃げ出す住人も増えそうだ。実際、今回避難した住人の一部が、そのままガッスの街に残りたいと言って来たのも居るそうだ。」
「原因がわからないと、次には数倍での規模で襲ってくる可能性も否定できませんしね。」
「イヤな事言うねぇ。だが、確かにその通りだ。こっちは、あと3~4日はかかりそうだから、その間、そっちで調べておいてくれ。俺からの依頼ってことでもいい。報酬ははずむぜ。」
「報酬はかまいません。例のモノを見せてくれるって約束を、エンデ伯にも頼んでくれれば、俺としては充分です。」
「おう、わかった、それについては、俺がはっ倒してでもやらせるから安心していい。」
「では、これから、さっそく行ってきます。」
ごく短い会話を済ませて、デルデの街を後にした。
小型輸送艇で南に向かい、なにかあるかと、皆で地上を映したモニターを見つめる。エイプリルにも頼んであるんだけど、一般的なモノと異常性のあるモノとの区別がつきにくいそうだ。この世界の基準に慣れてないから、きっと、俺も同じような感じに見えるんだろうな。ジェイたちに期待しよう。
「場所が荒れ地や砂漠だから、足跡もあまり残ってないのかな?」
地上の様子を見ながら俺がつぶやいた。
「千の集団ですからね。足跡が多すぎて逆に自然に見えちゃうのかも知れません。」
「出発地点が判るかな?」
「砂地にぃ入ったらぁぁ、判らないかもぉ知れませんねぇぇ。」
何かを見つけるのが絶望的になってきた。
地道に歩いて探すとかなってたら、この状況は辛かっただろうなぁ。
「あれ? 建物ですか?」
ジェイが前方のモニターに何かを見つけたようだ。
「移動停止。画像拡大。」
俺の2つのコマンドで、小型輸送艇が空中にとどまり、モニター画像が大きく拡大される。
「位置的に言えば荒れ地と砂漠の境目ぐらいですかね。まるで城のように見えます。」
ジェイの言うとおり、四角いブロックを積み重ねたような建物に、煙突の化け物みたいな塔をいくつも貼り付けたという感じの城だった。
しかも、大きい。
「誰か、あの城の形に似たのを見た事あるとか、聞いた事あるとかって居る?」
俺の問いに答える声は無かった。
「だとすると、砂漠地方独特の城って事になるのかな。」
作りも、まるで日干し煉瓦を積み重ねたようで、全体的にのっぺりしてる。
「砂漠地帯の国が、前線基地として作ったという感じでしょうか?」
「可能性としては、一番ありそうだよね。まぁ、確かめていないんだから、断定しちゃうと後の対応を間違えちゃいそうだけどね。」
ここで、密かにエイプリルに注文を出す。
「皆の装備を、砂漠地帯用に。ここで黒だと、かなり目立ちそうだしね。」
『了解しました。砂漠迷彩のポンチョも用意しますか?』
「あ、いいね。それもお願い。」
そして、装備が出来上がるまで、遠目に監視して様子を見る事にした。インセクターも出して、内部も調べてみるつもり。
「そんなわけで、今日はゆっくりしよう。昨日の疲れも、今のうちに解消しておこう。」
それぞれ、やりたい事があったら、それをやる、としたけど、あんまりやる事は無かったけどね。
真っ黒装備は、砂漠では使えないと言う事で、外して濡れタオルで拭いてやる事にした。地面を転がったりとかはあったけど、基本的に敵の攻撃は受けていないし、たぶん、並のモンスターの攻撃じゃ傷も付かない素材だからか、汚れ以外はついていなかった。
忘れてたけど、軍用ナイフはロウサに貸してあげちゃったんだった。テイザー銃のホルスターの座りが悪いし、また新しいのを装備するか? って考えたけど、砂漠用のナイフが来るかも知れないので保留した。
銃とテイザー銃は専用キットで分解掃除。基本的にススが出にくい火薬を使っているので、銃身の手入れは頻繁じゃなくてもいいらしいが、こういう時間がある時にはやっておくべきだよね。
案の定、ガンオイルを吹き付けたら、軽く泥汚れが流れ出てきた。これってやばかった? エイプリルに聞いたら、特殊硬化処理をしてあって、俺の想像するような暴発は起こさないそうだ。さすがは未来技術? まぁ、内部機構的に使い物にならなくなる事は確実なので、簡単な手入れは使うたびにした方が良いと言われたけどね。
超振動ブレードの方は、どうやって整備していいか判らなかった。なのでエイプリルに聞いた所、分解して摩耗状態を計測して、許容範囲を超えていた場合に部品交換するという事だった。つまり、俺の出る幕はないってことだね。
丁度いいので、予備のモノと交換して、今まで使ってきたモノは検査に出す事にした。レイミーにもそう言って、予備品に交換してもらう。
そして、まったり過ごして、1日を終えた。
翌日の朝に新装備が届き、皆で装着して具合を確かめる。ミリ単位で同じ物で、伸びて緩むという事も無いため、着心地はほとんど変わらない。しいてあげれば、真っ黒装備から砂漠色装備になったため、気分的に違和感がある、って感じだけ。
きっと、親方から、黄色いの、って呼ばれる事になるんだろうな。
軍用ナイフも、持ち手と刃以外の刀身が砂漠迷彩風になっていて、ここまでやるものなんだなぁ、と、妙に関心もした。
ヘッドギアやシャツやズボン、ベルトやグローブ、ブーツも似たような色になっていて、砂の上で倒れたらきっと見つからないだろうな。それって遭難したら、助けが期待できないって事?
新装備を付けたまま、モニターを見ながら砂漠の城を調べる。
インセクターの映像で、その城がモンスターの巣窟であるのは判った。そして、その城の主は人間型をしているのも判った。
人間じゃなく、人間型。言ってしまえば昆虫人間という感じの生き物だった。
「誰か、ああいうのを知っている? 噂とか、おとぎ話でもいいけど。」
誰も、なにも言わなかった。
頭は、トンボとか、カマキリを想像するような形で、巨大な複眼の目が特徴的だ。身体の方は、服か鎧か、地肌なのかも判断できない。
昆虫型なんだけど、羽根もないし、はさみも持ってない。昆虫としての特徴の共通部分だけ。つまりアリみたいな感じだ。
音声も拾っているので、風の音や足音、物がぶつかる音は聞こえているのに、会話の音は聞こえていなかった。超音波かな? それとも匂いとか、ジェスチャーでコミュニケーションとっているのかも。
「これは、人との友好関係を結べるのかなぁ?」
「既に戦端は開かれている事を考えれば、まず無理っぽいですね。」
「近づいただけで、攻撃されるかな。」
「お友達にぃはぁ、なりたくない感じぃですねぇ。」
俺の仲間たちによって、敵認定されちゃいました。
城の前庭というか、こっち側の広場には、多頭巨人が3体、その周りには繭のような形の物体が多数置かれている。そして、広場の端の方には、巨人の腰ぐらいの高さを持つ、砂漠の砂の色をした蜘蛛型のモンスターがいた。
あの繭は、蜘蛛の糸で雁字搦めにされたモンスターか?
あ、城のテラスらしき場所から昆虫人間が出てきた。特に合図らしい事をした様子もないのに、繭が解けて中からモンスターが出てきた。
繭から出てきてから、しばらくは動きがない。なんか、寝ぼけているような感じだ。それが徐々に動き出すと、今度は多頭巨人が大きく吠えているように見えた。これは望遠映像だから声は聞こえないけどね。
そして、北上する進路を取って、1体の多頭巨人に追い立てられたモンスターが進み始めた。
もう、間違いないね。ここが襲撃の為の前線基地だ。
城前の広場では、砂色の大蜘蛛が再び繭を並べていってる。どこかにストックがあるみたいだ。
「どうします?」
ジェイがさっさと潰しましょう、という目で聞いてくる。
「もう少し近づいた位置から、あの城ごと光魔法で殲滅するのは楽そうだね。」
「ですよね。アキラだけじゃなく、皆でやれば、あの城ごと消し去れると思いますが。」
「うん、あと、問題なのは、あの城に人間が捕らえられているかどうか、って事なんだよね。」
「あっ。」
「あれだけの規模の城だし、襲撃地点の状況判断も考えると、最低でも1人や2人は捕らわれているんじゃないかと思うんだよねぇ。
まぁ、まったく居ないって可能性も大きいんだけどね。」
「それは、まったく気にしてませんでした。」
「このまま、もう少し監視を続けよう。インセクターが城の中をくまなく調べてくれるはずだから。」
「あの、出発した多頭巨人の方はどうします?」
「城の近くじゃなく、ここの近くに来てから風を中心にして倒そう。出来れば、あの城から見えない位置で。」
城で何かの活動を起こす事を考えたら、騒ぎになるのはマズイね。
そして、しばらくはインセクターの画像をチェックしていたが、
「見つけました。おそらく、牢だろうと思われる所に、蜘蛛の糸で拘束されているようです。」
ジェイが勢いよく報告してくる。
「い、生きてる?」
なんか、動かないよ?
「えっと…。」
皆も不安になって、モニターを見つめている。
ピク!
動いた!
「今、動いたね。」
「はい。僕も見ました。」「うん、動いた。」「ふぁぁぁいぃ。」
「もう少し寄ってもらおう。」
俺がそう言うと、画面が徐々に近づいていった。
顔が見える。髪はボサボサ、顔は汚れているけど、確かに人間だ。かなり衰弱してるみたいだ。
「よし、直ぐ行こう。」
そう言って、新装備の砂漠色装備を再点検。ポーションや水筒、タオルや念のため毛布も持っていこう。
今回用にわざわざ用意してもらった砂漠迷彩のポンチョも着込み、快適温度の小型輸送艇から外に飛び出した。
あ、暑い。
予想してた以上に暑い。まだ、ルーノス伯領からそんなに離れていないはずなのに、なんでこんなに暑いんだ?
「皆、ヘッドギアのアイシールドを降ろして。
それと、暑いから薄着になりたいと感じるだろうけど、装備はこのままを維持して。
水分補給も忘れずにね。」
ピッ
『艦長に報告があります。』
突然エイプリルから通信が入った。緊急時以外はそう言う事が無いから、なにかヤバイ事でも起こったかな?
『地熱を測定したところ、太陽輻射熱以上の温度を観測しました。原因の予想では、砂漠地帯の地下の浅い所にマグマ溜まりが出来ていると思われます。』
「すると、いつ火山噴火するか判らない状況なのかな?」
『その可能性もあります。他にはマグマ溜まりを原因とする流砂現象や、突発的な地形の崩壊、地下水による間欠泉の可能性もあります。』
何十年か、何百年後かには、ここに大きな火山ができていそうだねぇ。
「どうしました? アキラ?」
固まった俺にジェイが心配してきた。
「この砂漠の下に、火山の卵があるらしい。いつ、どこに溶岩が吹き出すか判らない状況だそうだ。」
「火山ですか? この暑さはそれが原因ですか?」
「いくら砂漠とはいえ、この暑さは異常だからねぇ。ジェイはサラマンダー経由で、なにか感じないかな?」
「あ、はい。試してみます。」
そういうと、杖を掲げて瞑想状態に入った。同時に杖からサラマンダーが現れ、ジェイの身体をよじ登ったりしながら動き回る。
「すごい。これがサラマンダーが感じている世界なのか。」
ジェイが独り言をつぶやく。サラマンダーと感覚を共有できたのかな?
言い出しっぺなのに、精霊とシンクロしすぎるのは大丈夫なのか心配になる。
「はぁ。」
大きく息を吐いて、ジェイが瞑想を終える。サラマンダーも杖の中に帰っていった。
「確かに、砂の下の岩石の下に、岩をも溶かす熱の固まりがいくつもありました。少し厚い岩盤があるので、直ぐに噴火するような場所は西の丘にあるぐらいで、ここら辺での心配はありませんね。」
凄いな、そんな事まで判るのか。
「ジェイ? サラマンダーの感覚を受け取ったって感じだけど、ジェイの身体とか心とかは大丈夫かな?」
「あ、気付きました? はい、確かに自分の気持ちというか、心というか、そういう自分自身が押しつぶされそうな圧力を感じました。
でも、押された、という感じで、殴られたという程にはなっていません。きっと、打ち抜かれたら自分の心が壊れちゃうんでしょうね。それは判りました。」
「そっか。押された程度って思えるのなら大丈夫ってことだね。でも、ジェイ? それ以上は、たとえ試しでもやらないでくれるかな? 約束して欲しい。」
「ええ、もちろんですよ。僕も壊されたくはないですからね。」
にっこり笑って言うジェイ。でも、ジェイの性格なら、追い込まれた時にやっちゃいそうなんだよね。特に、仲間の為とか皆のためとかいう状況だと。
かつて、ゴブリンから村を護るために無償で戦い続けていたジェイだもんね。
「うん、その言葉を信じているよ。」
俺に言えるのはそのセリフだけだった。
「さて、いきなりの火山噴火の危険はとりあえず無いってことで、捕まっている人を助けに急ごう。」
遠くに微かに見える城を目指して歩き出そうとした時、近くに迫ってきたモンスター軍団を見つけた。
「そっか、こいつらがいたんだっけ。城に当たる可能性があるから光魔法は無し、派手な音を立てるのも無しで、さくさく倒しちゃおう。」
城に警戒されないように、風の刃中心で切り刻んでいく。レイミーの水魔法は調子が悪いそうだ。やっぱ、砂漠の影響に火山の影響も加わったせいかもね。でも、俺たちが普通の場所で使う水魔法よりは強力なのを起動できるらしい。全力ってどのくらいなんだろうね。
モンスターの内容は前回とほぼ一緒。動き方や攻撃パターンもわかっているし、遠慮無く殲滅ってことで、あっさり片が付いた。
そしてさらに先に進もうとした時、第2陣が向かってくるのが見えた。進んでいって迎え撃つとかすると、城から丸見えになりそうだったので、ここまで到着するのを待つ事にした。
待っている間に、俺の魔法力の全体回復を試す。
こういうのは回数やって慣れるのが大事だしね。砂漠だと精霊の力が偏るかと思ったけど、意外にいつも通りにできた。魔法力が世界に満遍なく行き渡っているって事なのかな。
そして第2陣を殲滅。
第3陣が来るかと思ったが、今日はここまでのようだ。
砂漠迷彩の装備と言う事で、堂々と砂漠の真ん中を進む。派手な動きをしないかぎり、簡単には見つからないはずだ。相手が赤外線を見る事が出来ても、地熱の方が熱源の迷彩にもなってるはずだからね。紫外線は………、わかんないや。
見張りとかは立ててない? すんなり城の入り口らしき場所に到着した。
遠くからの見た目は城ぽいのに、近くで見ると昆虫の巣のような感じがする。昆虫人間がアレだから、蟻塚みたいな物なんだろうね。
インセクターで確認した牢獄は1階の奥。入り口から人間サイズの通路をたどれば、比較的安全に移動できるはず。
通路の中も、モンスターを送り出すという一仕事を終えた感じで、かなり閑散としている。今のうちに進めるだけ進もう。
そして、昆虫人間と接触することもなく、牢に到着した。
牢は、溶岩石と蜘蛛の糸を組み合わせたような、穴の開いた壁という雰囲気を持っている。昆虫が作ったにしては良くできている。
超振動ブレードで人が楽に通れるだけの穴を空け、中に入った。
蜘蛛の糸に捕らわれているのは全部で5人。しかし、蜘蛛の糸で顔まで閉ざされた人間は生きているのだろうか?
手分けして、蜘蛛の糸を切り払っていく。軍用ナイフでようやく切り裂ける蜘蛛の糸ってどんだけ堅いんだ。この世界で売っている普通のナイフじゃ、相当な苦労が必要になってただろうね。
俺が切り広げた中に入っていた人間は、もうミイラ化してた。唯一、レイミーが切り開いた人間だけが息をしている。急いで治療魔法をかけ、俺の水筒の水を身体全体にかけていく。レイミーにも水筒を用意させ、意識が戻ったら水を飲ませるように言った。
でも、なかなか意識が戻らない。仕方なくレイミーに、口の中に水をこぼれまくっても良いから注ぎ込み、その後、強引に口を閉じさせるように指示した。
あごが上がり、歯が噛み合わされると、自然と飲み込む形になりやすい。このとき、頭を上げておいて鼻で呼吸が出来るようにしておくのも大事だね。
ゴクリ
咽が動いて飲み込んだ。
続けて水を飲ませるように指示。水がこぼれまくっているけど、かまわずに飲ませて、俺は身体の方を診察していった。
「あ、女だ。」
思わずつぶやいてしまった。
革の鎧を着て、ごついグローブをはめ、ボサボサの短い髪をしてれば、男と間違うよね。
ファイエーから水筒をもらい、カバンから出したタオルを濡らしてレイミーに渡し、顔を拭いてあげるように言う。
拭き終わった頃に、ようやく意識を取り戻した。
「うわぁぁぁ。」
俺たちを見て脅えた。身体は衰弱で動かせないのに、その場から逃げようともがいて暴れようとする。急いでヘッドギアを外して顔を見せる。
「俺たちは人間だ。君を助けに来た。」
「う!」
俺に習って、他の3人もヘッドギアを外した。
「大丈夫だ。まずは水を飲んで落ち着け。腹が減っているのなら食い物もある。自分の身体をしっかり感じられるか? 少しずつで良いから、ゆっくり動かしてみろ。」
震える腕を動かして、レイミーから水筒を受け取ると、あおるように飲み始めた。そして、むせて咳き込む。
治療魔法の効果で、一時的に身体が活性化しているため、水を飲むのも、咳をするのも普段通り出来るようになっている。今のうちに水分補給と栄養補給を済ませてもらおう。
カバンからタオルとクッキーの包みを取り出す。そして、ジェイの水筒もレイミーに渡し、レイミーの予備の服に着替えさせてあげるように頼んで、ジェイと一緒に牢から出た。
俺は空になった水筒に水を注ぎ足しながら、ジェイと一緒に周辺警戒。
少し遠くから、カシャ、カシャという足音っぽい音が聞こえてくる。人間大の昆虫の足音?
ジェイと共に大きく下がって、俺が光り魔法の幻覚を作り出す。
通路にはなにもなく、牢も破られていない、捕虜も蜘蛛の糸の中で干涸らびている状態。
そして、昆虫人間が2足歩行で歩いてきた。俺たちの目の前を通過。近くで見るとやっぱキモイなぁ。
一瞬俺の方を見たが、特に疑問にも思わずに通過していった。
ここは人間の捕虜を収めた牢なので、人間の匂いが充満していたんだろうな。
この1匹を倒して、力量を計ろうかと思ったけど、助けなければいけない人間がいるために、無茶できないって事でやめた。まぁ、大サソリよりも強いって事はなさそうだしね。
さらに、もうしばらく待ち時間が必要だったが、捕虜にされて衰弱しきっていた女性がレイミーに支えられて牢から出てきた。
彼女もおそろいって感じに、砂漠色の服になった。俺のカバンから同じ色のポンチョを取り出し、レイミーに渡して着させる。これで、見た目的にはヘッドギア以外は区別がつかない。砂漠に出れば、見つからなくなるから危険度が減るしね。
そして、どこから出るか迷う。
もう、捕虜は居ないんだから、壁でもぶち抜いて飛び出てもいいんじゃないかな? 内部崩壊に巻き込まれないように気を付けさえすれば、混乱も誘えるし、城自体を崩壊させる事もできるしね。
少し奥に歩いて、構造を確認しようとしたら、別の牢を見つけた。中には同じように蜘蛛の糸で拘束された何かが居た。
「あれ? 誰か居るのか?」
囁きよりは大きな声で、慎重に聞いてみた。
グルルルルルル。
犬型の獣の唸り声だ。声だけでも強そうだとわかる。牢に捕まっているのだから、昆虫人間の味方では無いだろうけど、人間の味方でもなさそうだ。
「アキラ? 誰か居ましたか?」
「いや、モンスターかな? そういうのが捕まってる牢みたいだ。俺たちには扱い切れないから、このまま行こう。」
ガウ! ガウ!
モンスター? が、俺の言葉に対して、何かを言ってきているような気がした。
「今、こいつが何か訴えかけてきたような気がしたんだけど。」
「はい、僕にもそんな気がしました。」
2人して、妙な気持ちになった。
「もしかして、俺の言ってる事が判るのか?」
グゥ。
「? 良くわからないな。ここから逃げ出したいなら、その糸を切ってやるぞ。もちろん、俺たちに危害を加えないという約束を絶対に守ってもらうけどね。
糸を切って欲しいし、約束が守れるっていうのなら、がう、っていうのを2回言ってごらん。」
我ながら、何を言ってるんだろう、って赤面モノのセリフを言ってみた。
ガウ、……、ガウ。
「もう一度。」
ガウ、ガウ。
結構素直だね。俺はジェイと顔を合わせたが、こっちも約束したんだから、拘束をといてやる事にした。
牢に超振動ブレードで大穴を開け、中に入ると1頭の大きな白いオオカミらしきモンスターが、蜘蛛の糸にくるまれていた。
「へぇ、なんか、格好いいなぁ、お前。」
ごく自然にそんなセリフが出た。蜘蛛の糸が無ければ、綺麗な姿で野を駆けめぐりそうだ。
そして、軍用ナイフで糸を切っていく。
かなりしつこく糸を巻かれているようで、そうとうな厚さになっていた。あの蜘蛛が居れば、親方たちのモンスター捕獲も捗りそうだな、なんて不謹慎な考えもしたりした。
そして、糸を切り終えると、白い大オオカミは4本の足でしっかりと立ち上がった。
やっぱり、綺麗だな。
俺は、手から水を勢いよくあふれる程噴き出させ、大オオカミに飲めと誘った。初めはいぶかしんでいたけど、咽の渇きには逆らえないようで、勢いよく舌を出し入れしながら飲んでいった。
けっこう満足したかな? って所で止めて、今度は大オオカミの身体を診察する。
後ろ足の骨にヒビが入っていて、その周囲が腫れている。これだと、立っているのも激痛のはずだけど、それを表に見せないのは、この大オオカミの矜持ってやつかもね。
さっそく骨のヒビを治し、腫れをひかせていく。
身体の他の部分を診察。腹が減っている以外は健康そのものだ。
「よし。これで存分に走れるだろう。俺たちがここを脱出する時に騒ぎを起こすから、その時にお前も逃げ出せよ。」
そう言って、背中を向けて牢を出た。
「アキラって、凄い度胸を持ってますねぇ。」
「そうかな? あの大オオカミの目を見てみた? あれは、しっかりと知性のある、賢い生き物だよ。こういう状況で、本能のままの愚かな行為をするような獣じゃないよ。」
「僕としては、オオカミ型のモンスターというと、あのウェァーウルフを思い出すんで、知性があると余計に怖いんですけどね。」
「うっ。」
イヤな事思い出して、一瞬息が詰まった。
「あんなのが2匹以上いたら、この世界はおしまいだよぉ。」
「かも知れません。」
そこで、その話題はお開きにした。
レイミーたちと合流。結局、来た道をそのまま帰る事にした。ただ、帰りは大騒ぎを起こして、最後は城を崩落させる方向で暴れようということになった。
そしてゆっくりと出口に向かって移動開始。
捕らえられていた女性は、意識ははっきりしたが全力で走る事は叶わず、たまにフラフラするため、誰かの肩を借りないと危ないっていう状態。背負う程じゃないという本人の希望で、女性陣2人に支えられて歩いている。
そのため、俺が前衛、ジェイが後衛になって、取り囲まれないように移動している。
出口までの行程も半分程の所で、第1昆虫人発見。
さっそく風の刃で切り裂いてみました。あ、実際は第2昆虫人だった。
さらに第3昆虫人、第4昆虫人と続く。
氷の槍は、昆虫人の丸みを帯びた胴体のせいで、上手く突き刺さらないような気がしたので、もっぱら風の刃で切り裂いていく。
出口が見えてきた時に、ようやく騒ぎになってきた。そこで、氷の棘を地面から発生させ、天井を突き抜けさせるのを何個も作った。
俺たちの方へ来る昆虫人を足止めし、なおかつ、氷が溶けたら天井が崩れ落ちるというオマケ付き。でも、水魔法はやっぱり調子悪くて、使った力からすると、かなり小さい物しか作れなかった。
この砂漠に住む昆虫人にとっては、氷の柱ってのは初めて見る物なんだろうな。どうしたらいいか、対処に困っている印象だ。
その間に外へと脱出完了。今度は城が崩れても良いような攻撃に切り替える。
ジェイは巨大煙突の下の方に巨大なたき火を作り続けている。
レイミーは水を放水し続けて、城の1階部分を水浸しにしている。
ファイエーは範囲は小さいけど高さのある、強いつむじ風をいくつも作っている。
皆、なかなかにえげつない攻撃だ。誰かに影響されたのかな? だとしたらその誰かは要注意人物だね。
このまま一気に城を潰せるかな、と思ったけど、現実は甘くなかった。
城の両脇から多頭巨人が2体出てきて、俺たちに向かって、何かを叫びながら迫ってくる。
捕虜だった女性が悲鳴を上げるが、まず、ファイエーの風が1体の巨人の足を薙ぎ、あまり血は出ないが、大きな傷口が広かった。数歩進んでから、まるで、今気がついたと言う感じで巨人が倒れ、その後に大量の血が噴き出す。
そして、2体目も同じように砂漠の砂の上に転がる。足の痛みに転げ回る巨人の腹に、レイミーの氷の槍が突き刺さり、もう1体にはまとわりつく炎の蛇が顔を焼いていた。
だいたい、巨人の倒し方はこれで確立したね。大きければ足下を崩すというやり方は、空を飛ぶ力が無ければ問題ないしね。そのうち、巨人が足を覆うブーツや鎧を付けるようになったらどうしようかな。
次には大蜘蛛が飛び出してきた。アレの糸に捕らわれたら、きっと巨人でさえ身動きが出来なくなるだろうな。そんな大蜘蛛が10匹。1匹ずつなら問題ないだろうけど、糸に絡められて抵抗出来なくなる危険は避けなければね。
蜘蛛の足下に向けて風の刃を撃ち込む。でも、衝撃は与えたけど切り裂くには至らなかった。蜘蛛の足の外骨格が真空に打ち勝った?
ぱっと見、細長い昆虫の足に見えるけど、実際は直径50センチぐらいの太い甲殻の足だから一瞬の真空には耐えてしまうのかな。
大サソリは切り裂けたけど、あれは間接が多かったから?
ならばと、粘り着く炎の蛇を、蜘蛛の足、特に足首に当たる所に張り付かせる。
しかし、これも余り効果ない? 実際は燃えていて、燃え尽きたならば蜘蛛は動けなくなりそうだけど、それまでの燃えている段階では普通に動いている。
火に対する恐怖を本能的に持ってないのかな?
ちょっとヤバイ? と思ったら、
グルルルル!
白い大オオカミが飛び出して、蜘蛛の後ろ足に噛み付き、身体をねじって引きちぎった。
そして、また、次の蜘蛛へと食い掛かる。
蜘蛛の後ろ足の付け根付近に噛み付き、下半身をひねり、そのひねりを上半身に伝え、そのまま首もひねり回して、蜘蛛の足をねじ切る。
まさしく犬科の回転式食いちぎり戦法。
あの白い大オオカミも、蜘蛛には恨みがありそうだったしね。大オオカミが城から出た事をはっきり確認出来たし、もう、遠慮はいらないや。
光魔法のレーザーに切り替えて、城をも巻き込む方向で攻撃を開始する。
呪文詠唱、威力設定、方向決定、魔法起動。
光の帯が一瞬で蜘蛛を貫通して城に大穴を開けた。
ジェイたちも次々にレーザーを撃ち込む。救出した捕虜の女性と、なぜか、白い大オオカミが驚いて見つめるなかで、蜘蛛を全滅させ、城の土台を穴だらけにした。
魔法攻撃を終了させて城を見てみる。なんか、中から地響きみたいなのが聞こえる。やばそうなので、急いで離れる事にした。案の定、城が崩れ初め、大きな地響きと砂煙を上げながら砂に帰っていった。
「これで、一応の不安材料はなくなったかな。」
「この城を造った、大元の虫が再び前線基地を作る可能性はありますけどね。」
俺のつぶやきに、律儀に答えるジェイ。
そう、根本的な解決になったかどうかが判らないんだよね。
「虫人間の国が砂漠の向こうにあるかどうかは、また、あとで調べよう。」
城跡の砂の山では、生き埋めになったモンスターの叫び声が聞こえている。でも、追い立てる巨人さえ居なければ、北へ進軍することも無いだろう。
ここでの仕事は終わった事にしていいよね。
捕虜だった女性には見せないようにしながら、小型輸送艇をちょっとだけ離れた場所に降ろさせる。飛んでるってのを改めて見せなければ、捕まってて混乱してたんだ、っていう話で落ち着くかな? って勝手に期待しているだけなんだけどね。
そして、着陸したという報告を聞いてから移動を始めようとした時、白い大オオカミが近づいてきた。一緒に行きたい?
「どうした? 一緒に行くか?」
高さは2メートルぐらい。大蜘蛛や大サソリと比べると小さく感じるけど、実際は馬よりも大きな体格をしている。馬とほぼ同じ高さに頭があるけど、その身体付きは2回り以上違う。
やや上から俺を見つめる目には、やっぱり知性を感じる。そして、野生には似つかわしくない優しさも。
そして、大オオカミの胸から光があふれ出した。
初めは眩しいほどの光を感じたけど、本体らしき光の固まりが飛び出た所で、はっきり観察できるぐらいの光になった。
「あ、これって。」
光の精霊のかけらだ。ルブロンダルの王女殿下に入っていて、ノームが俺の中に入れ直した精霊のかけら。
それと同じ物が、大オオカミの胸から俺の胸に向かってゆっくり移動してくる。
つまり、俺に受け取れってことだね。気持ちも落ち着いたので、受け入れるという意識でリラックスする。
すると、それが自然な事という感じで、すんなり俺の中に入っていった。
「これで2つ目ですね。そもそも、光の精霊のかけらって、いくつあるんでしょう?」
ジェイがもっともな事を聞いてきたけど、俺には違う確信が芽生えている。
「俺が受けた印象だけど、個数じゃなく、大きさが必要みたいだ。かけら1つでも、実は光の精霊そのものって感じ。かけら1つだと、意識らしいものもほとんど無いみたいだけどね。」
「すると、半分以上集めたら、自分で他のかけらを集めたりとかも出来るように?」
「たぶん。でも、今受ける俺の印象だと、今の時点では集まって1つになる事に執着はしてないって感じを受けるんだよね。」
「自分自身の事なのに、おおらかなんですねぇ。」
「ジェイ? 今、思いっきり言葉を選んだよね。」
「はい、もちろんです。」
もともと、どんな言葉だったのかは、聞かないでおこう。
俺の受け入れが終わり、落ち着いていると判断したのか、大オオカミが身を翻して立ち去ろうと動き出した。
このまま別れるのは、なんかもったいないな。
「おおい! また会おう!」
俺の叫びに、尻尾を振って答える大オオカミ。ちょっと可愛いところがあるんだね。
そしてまっすぐに走り出した。やっぱり、走る姿も綺麗だ。
でも、速度が増し、加速がしっかりついたところで、いきなり翼が生えた。
「え?」
かろうじて俺だけは声を出せた。他の皆は絶句してる。
大オオカミは翼を羽ばたかせると空に浮かび上がり、次の瞬間には前足も消え、後ろ足は完全な鳥になっていた。
一度、旋回して俺たちの周りを回る。
頭もオオカミではなく、くちばしの尖った鳥の頭になってる。まるで極楽鳥のような彩色で、羽毛の1つ1つが輝いているようにも見える。
そして一周すると、そのまま東の方向に飛び去ってしまった。
ぽかーん。
ホントに、そんな擬音が聞こえてきそうな程呆けてしまった。
「誰か、ああいうのの話を聞いた事あるのは居る?」
捕虜になってた女性も含めて、皆が首を横に振る。
「人間がオオカミに変身するのは見ましたが、オオカミが鳥に変身するなんて、聞いた事もないですねぇ。
オオカミと人間なら狼男ですが、あの場合はなんて言うんでしょう。鳥オオカミ? オオカミ鳥?」
ジェイが間抜けな事をつぶやいている。
「オオカミと鳥以外にも変身できる可能性もあるしねぇ。」
ここは砂漠だし、海を護る巨大なロボットにでも変身できないかな。
「アキラは何か、心当たりは無いんですか?」
「神と呼ばれるような存在が、いろいろな動物に姿を変えて、あちこちに動き回るとかいうのは聞いた事があるような、無いような。」
「神ですかぁ。」
「この場合にそれが当てはまるかは判らないしねぇ。」
「そうですよねぇ。」
そしてまた、皆で呆けた。
「さて、帰ろうか。ルーノスとエンデの両親方たちにも報告しないとならないしね。」
親方たちなら、砂漠の昆虫人間の事を何か知っているかも。
捕虜になっていた女性に聞くと、ペールの街の出身らしい。移動先はエンデ伯領が良いって事だね。
「ペールの街っていうと、ロウサと同じ所の出身だね。」
その俺の言葉に、初めて女性から緊張がほぐれていくのを感じた。今の今まで、かなり警戒してたんだねぇ。
まぁ、無理もないかってのも思う。昆虫人に捕まって、死にそうになってたわけだしね。
小型輸送艇が見えてきて、アレは何か? とか、いろいろ聞いてくるようになった。とりあえず、俺たちの移動キャンプだと答える。ジェイたちが吹き出しそうにしていたのは無視。
中に入ってソファーに座ってようやく力が抜けた。捕虜女性以外の皆も同じような感じだ。
移動を開始させ、ついでに虫の城や、集会状態の巨人たち、昆虫人、蜘蛛の姿を大きくプリントアウトしてもらうように頼んだ。周辺の航空写真も含めて3セット。
冷蔵庫から出したオレンジジュースを皆で飲んで、ゆっくりくつろいでから外に出ると、扉の横にコンテナが置かれていた。
そこから写真の束を取り出してカバンに詰め込み、エンデ伯のいる街に向かう。
周辺がすでに砂漠からは遠く離れたエンデ伯領だと気付いた捕虜女性が軽くパニックになっていたが、いつも通り「魔法です」と言い含めておいた。
便利だよね。
エンデ伯の居るテントは一昨日のままだった。テントの前に警備の兵がいたので、取り次ぎを頼んだんだけど、真っ黒装備じゃなかったので確認に時間がかかった。
エンデ伯自身からも、「誰だお前ら。」というありがたいお言葉を頂いた。
「一昨日、どこかの馬鹿息子に怪しいヤツとして捕まりそうになった魔法使いですよ。」
という言葉で、快く認めて貰えたけどね。
ルーノスの親方にもつないでもらって、捕虜になっていた女性に話の証人になって貰いながら、写真を見せて砂漠での状況を説明していく。
砂漠の昆虫人間については、なんか知っている事がありそうだ。
「まさか、俺の代で来るとはなぁ。」
エンデ伯が気落ちしたようにつぶやいている。
「砂漠地方からの攻撃は、過去にもあったわけですか?」
「ああ、今回のように大規模な物は初めてだが、あんたたちの言う昆虫人間というのが、攻撃をしてきたというのはあった。その時はかろうじて撃退させたがな。
それをきっかけに、モンスターを使った競技会が始まったわけだ。」
なるほど、納得。競技会がかなりの金を使って催されるのも、こういう脅威があったからなんだねぇ。ここら辺の領主はともかく、貴族ってのは自分の為にしか金を使わないって印象があるから、妙な違和感があったんだ。
「もっとも、40年近く問題がなかったから、ほとんどの国民は忘れさっていたけどなぁ。
出来れば、俺も忘れたままにしたかった。」
「前回の襲撃とはどんなモノだったのですか?」
「詳しい事は、もう本にしか書いてないから、あとでそれを見せよう。だいたいの所は、後ろ足だけで走る大トカゲに騎乗した、蟻の出来損ないを人間大にした感じのモンスターと言われていた。
これを見て、それが真実だという事が初めて判ったがな。
それが約100匹で、この国の兵たちを蹂躙しまくったそうだ。」
後ろ足だけで走る大トカゲって、恐竜みたいな感じかな。それに乗る昆虫人は騎兵みたいなものだろうね。それが100だけで蹂躙? 魔法が無かったとはいえ、ちょっと誇張過ぎないかな?
「100だけで、国を揺るがせたのですか? ちょっと想像がつきませんが。」
「ああ、すまん。言い忘れてたな。その大トカゲってのが、家よりもデカイと記されていたんだ。
今となっては、どんなモンスターなのか想像もつかん。あんたが持ってきてくれたような似姿でもあれば良かったんだがなぁ。」
なんか、カッパードラゴンを思い出した。けど、ドラゴン系は後ろ足だけで走るのは慣れていないようだから、別のトカゲ系なんだろうね。
「なるほど、確かに家ほどの騎獣が相手では、手に負えませんね。」
「当時は、かなりの犠牲を出しつつも、雨のように槍を降らし続けて、なんとか撃退したということだ。」
「そうでしたか。あの昆虫人を生け捕りにした方が、王都には喜ばれたかも知れませんね。」
「よしてくれ。あんたらでないと倒せないようなのを、あんたら抜きで扱いたくはないよ。」
「あの多頭巨人は、もてあまし気味って所ですか?」
「ああ、今は、アレを運ぶための荷車を作らせているところだ。」
「巨人自身に歩かせないんですか?」
「何故かな、あんたら以外には、そんな事出来ないって兵たちが言ってきた。なにやったんだ?」
「え? ちょっと、心当たりがありませんが。」
あれ? 俺の後ろの方で、何かが崩れ落ちるような気配がしたけど、気のせいだよね。
「まぁ、とにかく、この似姿は、陛下への報告に使わせてもらう。ヤツらの姿がはっきりして、王都でも重宝するだろうからな。」
「でしたら、同じ絵がもう1セットありますんで、これを使ってください。」
一応、俺たち用にプリントしてもらったのを渡す。ここは一番の現場なんだから、敵になる相手の姿ぐらいは判るようにしておいた方がいいよね。
「それで、砂漠にあった、この城は潰したんだな?」
「はい。蟻塚のような砂の固まりという感じで崩れましたので、今は砂の山状態のはずです。天井も床も無くなりましたので、アレを再利用するよりは、1から作り直した方が手っ取り早いでしょう。」
「なら、直ぐにも襲撃という事はないんだな?」
「一応、周辺も見ましたが、似たような城はありませんでした。家ほどの大トカゲに乗っての襲撃は判りませんが、一昨日のような集団での襲撃は、近日中には有りえないと考えられます。」
「そうか。」
そして、大きく息を吐くと、肩の力を思いっきり抜いた。
エンデ伯にも、思う所があるのだろう、雰囲気として一人になりたい、という空気を作っていた。
捕虜の女性を含めて5人で外に出る。特に休まなかったけど、けっこう回復したようだ。
聞くと、この街でまた傭兵をやるそうだ。懲りないのかな? とか思ったけど、一番の原因は金が無い、と言う事だった。手っ取り早く金を作るには、傭兵仕事しかないそうだ。
変に危険な仕事をして死んでしまったとかなったら、わざわざ助けた意味がないってことで、金貨5枚を渡して、一応は貸しと言う事にした。
レイミーがカバンに入れていた装備もそのまま返して、
「そこそこの武器を揃えるには、あまり十分とは言えないだろうけど、普通の生活するには、かなりの額のはず。その金貨をどのように使うか、しっかり考えてみろ。」
と、言って、そこで別れた。
どうなるんだろうね。
そして、俺たちはルーノス親方の街、ガッスに戻って、親方が戻るのをのんびり待つ事にした。




