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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三部 二章 聖燐祭――Ⅱ
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#001 聖燐祭、始まる

「いよいよ明日か」


「うん、明日だね」


 俺の後ろの席――つまりは巧の席で、巧と篠ノ井がまるで何かに参加するかのような口調で話していた。

 少なくとも俺達はただの客として冷やかし行脚をする程度だとは思うんだが。


「悠木、明日瑠衣と回るんだろ?」


「……まぁ、そうなるかな」


 雪那は実行委員の都合で忙しく、巧と篠ノ井の二人とは同行する気はない。

 瑠衣に誘われたってのもあるので、とりあえずは一緒に回る約束をしてはいるが、正直迷っていたりもした。


 と言うのも、ついに俺とキザ男との揉め事の件が公になっているらしく、渦中の人物である俺と、言い方は悪いがぼっち気味の瑠衣を一緒にして良いものなのだろうか、という不安があるのだ。


 かと言って、断ろうにも部活参加への禁止が言い渡され、最近は微妙な軟禁状態が続いていたせいで、瑠衣とも顔を合わせていない。

 メールで断りを入れようかとも思いながらも、何故か瑠衣からは毎日のように念を押す一方通行のメールが届けられてくる始末だ。


 そうこうしている内に、今日もまた放課後を迎えてしまった。


「なぁ、篠ノ井。お前からも瑠衣に言ってやってくれねぇか?」


「ん? 何を?」


「ほら、俺の噂やらもあるし、俺と一緒に回ったりしたらぼっちぶりが加速するぞ、とか」


「……悠木クンはもしかして、女の子から誘われておきながら他の女の子を使って断るような、そんな最低な真似をするつもり――」


「――いやぁ、聖燐祭楽しみだなぁ。瑠衣と一緒にはしゃいじゃうかもな、俺。って事で俺は明日、瑠衣と回る訳だ。だから篠ノ井、その曇りきった眼で俺を見るな」


 こいつの病みモードの沸点が最近よく分からない。

 とにかく、なんとか生命の危機を脱した俺は、これから部活へ向かうという篠ノ井と巧と別れ、寮へと帰る事にした。


 この一週間近く、部室に顔を出さなくなってからというものの、水琴や瑠衣、それに雪那とは顔を合わせていない。

 俺の方から接触しておかしな巻き込み事故を増やしたくないってのが本音であり、その為にはなるべく目立たないように自室や教室に篭もるのが一番だと踏んでいるからだが。


 雪那や水琴からは、特に何があったのかと問い質すようなメールも来なかった。

 呆れられたのか、はたまた俺が言うのを待ってくれているのかは分からないが、俺からも連絡をするつもりはない。


 とは言っても、ちょっとぐらい心配だから話を聞かせて、ぐらいの言葉があってくれても良い気がする。

 そんなピュアな青年男子の心をあいつらは分かってくれなさそうな気がする。

 水琴に至っては、巧とのファミレスでの一件を見られている以上、むしろ納得すらされてそうだ。


 ましてや雪那に言おうものなら、アイツが責任を感じてしまう可能性だってある。

 言及されない現状は心地いいものではないが、言及されて俺の口から言わなくてはいけないというのは避けたい、というのが本音だ。


 瑠衣にもそれは当てはまるが、瑠衣はまるで何も知らないかのようなメールで終わってばかりで、何も聞こうとはしなかった。


 気を遣わせてしまっているんだろうか。

 元はといえばキザ男の挑発が悪いが、それに乗ってしまった俺も俺だ。

 そう思ってしまうせいか、そんな恥を俺からは話せない。

 我ながら、実に女々しい理由を、誰かの為にと言い換えているような気がしている。


 自己嫌悪。

 胸の内に渦巻いた怒りと、それ以上に大きな情けない感情で泣きたくなる。

 いや、泣いてすっきりするような程度のものじゃないから、泣けはしないが。


「……だぁーっ、クソ……ッ」


 すっかりと秋らしくなってきた帰り道で、俺は自分に対する嫌悪感を吐き出すように、頭を掻きむしりながら呟いた。


 うだうだと考えてばかりで、現状を打破出来ないのがもどかしい。

 それに、不安もある。


 停学や、特待生資格の剥奪。

 最悪の場合、退学だってあり得ない訳じゃない。


 聖燐祭を前に、俺は鬱蒼とした気分で寮へと帰っていた。











 一夜明け、ついに聖燐祭が始まった。

 どうやら学園の敷地内で、高等部に続く通路に特設の門が設けられ、そこから屋台が並んでいるらしい。

 朝になって寮の入り口にいる俺はまだその光景を見ていない。

 だが何故知っているかと言うと、俺の目の前に立っている小さい女の子によって齎された情報だからだ。


「……それで、何でわざわざここまで来たんだ?」


「こうでもしないと、悠木先輩はドタキャンする可能性があったです。もし出て来る気がなかったとしても、可愛い後輩が待っているって知ったら悠木先輩だって出て来ると思ったですよ」


「……可愛い後輩……?」


「首を傾げるとか失礼です! あぁっ! 私の頭の上だけを見回して見当たらないアピールとかやめるですよっ!」


「痛い痛い! おまっ、人の腹を指で刺すなっ! 悪かった、冗談だ! 半分は!」


「半分!? 半分って何ですか! もう半分は優しさとか言ったりしたら、あまりの寒さに凍死レベルですよ!」


 ぎゃーぎゃーと騒ぐ瑠衣につられて、俺までいつものようなやり取りを返してしまった。

 聖燐祭当日という事で早めに出ている生徒も多いが、それでも何人も生徒はいる。

 そのせいか、周りからはずいぶんと注目を集めてしまったらしい。


「ったく、お前のせいで変に目立っちまったじゃねぇか。ほら、行くぞ」


「なんか不本意なのです! 訂正を要求するですよ!」


 ふふん、と得意気な様子で自分を可愛い後輩と称した瑠衣に、思わずツッコミを入れてしまったせいだ。

 俺は悪くない。

 まぁ、可愛いのは認めるが、それを無言で肯定すると思うなよ。




 学園に近づくに連れて、もはやお祭りムードである事はすぐに見当がついた。

 お嬢様学園のお嬢様達が、それぞれ熱に浮かされてコスプレ姿でうろうろしている。

 それにしても、やたらと安っぽさのないメイド服を着ていたりするんだが、あれはコスプレショップ云々じゃなく、本物なのか……?

 ともあれ、今はそれぞれのクラスで最終チェック、といったところだろうか。


 来場者を招くのは10時から。

 今はまだ8時だが、今の内にとばかりに冷やかしに回っていた。


 今日は開会式なんてものは行わず、出席確認はそれぞれのクラスの実行委員が行うらしい。

 そのせいで雪那は朝一番で寮を出て行く事になり、今日も顔を合わせる事はなかった。


「悠木先輩! あとで綿飴買ってください!」


「綿飴……? まぁ、あったら買ってやっても良いけど、何で綿飴なんだ?」


「にひひー、教えてあげないですー」


 俺の顔を見上げて瑠衣が笑う。

 俺が巧ぐらいのクオリティを持っていたら頭でも無意識に撫でるんだろうが、俺はそんな瑠衣の頭にコツンと当たるぐらいのチョップを落とした。


「人にたかっておきながら満面の笑みを浮かべんな」


「えー、良いじゃないですかー。私も悠木先輩に何かお返しするですよ」


 だったら自分で綿飴買えば良いじゃねぇか、とは思ったが、さすがにそんな言葉も野暮だろう。

 まぁ文化祭の食べ物は基本的に200円程度に値段が絞られている訳だし、別に奢ってやるのも嫌ではない。


 そんな事を考えながら瑠衣と一緒に歩いていると、やはり視線とコソコソとした喋り声が聞こえて来る。

 俺は別に良いんだが、やっぱり瑠衣の立場的にはあまりよろしくない。


「……なぁ、瑠衣。どうせ待ち時間あるんだし、10時に部室とかでも良かったんじゃないのか?」


「それはダメですよ」


「何で?」


「……何でも、です。というか、こうして迎えに来てあげたんだからそれだけで感謝するべきなのです! 悠木先輩を将来の夢も希望も展望もない引きこもり候補になる可能性を潰してあげたですから!」


「え、何その恩の押し売り。というか俺は別に自分から引きこもってる訳じゃないんだが」


「とにかく、空いてる内に目ぼしい出し物をチェックするのが通だから良いのです!」


 よく分からない理由で俺の提案は却下された。


 どうやら瑠衣も周囲の俺に対する目とかには気付いているらしい。

 それでもこうして俺を引き連れて歩いてるって事は、俺に気を遣わせてしまっているのかもしれない。

 なら、俺がいつまでもウジウジと気にしていてもしょうがないのかもしれないな。


「ありがとな、瑠衣」


「はい?」


 前を歩いていた瑠衣が振り返って返事をしてきた。

 気付いているのやら、本当に聞こえてなかったのやら。

 まぁ、何だか満足気な顔をしてるし、本当は聞こえてるんだろうな。


「よし、じゃあお化け屋敷探そうぜ!」


「っ!? そ、それは別に探さなくても良いですよ……?」


「おい何を言ってるんだ。文化祭のチープなお化け屋敷なんて面白いにも程があるじゃないか」


「だ、ダダダダメですよっ! 今回のウチの文化祭、資料棟をそのまま使ったお化け屋敷なんてあるですから! あんなのとても……ハッ!」


 ………………。


「……なぁ瑠衣。俺はそういうアトラクションが大好きなんだ。是非行ってみたいと思うんだがどうだろうか」


「わ、私はそういうアトラクションはあまり好きじゃないですよ。ああいうのは、ホラ、その、じ、時間がかかったりとかしちゃって、そのせいで他の素敵な場所を回れなくなってしまったりしたら勿体ないですから……!」


「おい、ちょっとこっち向け。お前さっきから微妙に目が泳いでるぞ」


「っ!? や、き、気のせいです……! ま、回りこんでまで目を見ようととかしなくて良いですよ……っ!」


 なんだか久しぶりなやり取りをしながら、昇降口へと向かう。


 昇降口にはそれぞれのクラスの実行委員がタブレット端末を持って立っていた。

 俺も実行委員のペアのもとへと向かい、自分が出席していると告げてチェックをしてもらう。

 教室なんかは出し物であったり更衣室扱いになっていたりと入れない場所が多い為か、こうして登校チェックをしているらしい。


 ちらりと他を見ると、人垣の向こうに雪那の姿があった。

 その横には、三神が立っている。

 面白くないものを見た気分だ。


 とにかく、瑠衣もチェックを通して部室へと向かうと言っていたし、わざわざここで落ち合う必要もないだろう。

 俺はさっさと人混みを抜けて部室へと向かって歩こうと階段を上がっていく。


「悠木先輩! 置いて行くなんて酷いですよ!」


 階段を上がったところで、後ろから肩で息をした瑠衣の声が聞こえてきた。


「あー、悪い。さっさと人混みから抜けて部室で落ち合った方が早いと思って」


「そうですけど、ちょっとぐらい待っててくれても良かったじゃないですか!」


「いやぁ、瑠衣のサイズだとあの人混みから抜けるのは大変だろうと……は、思ってない。うん、思ってないから怒るな」


 本気でジト目で睨まれるとは思っていなかった。

 とにかく二人で並んで部室へと向かう事にした。


 いつもの穏やかな空気とは一変した学園の中の空気は熱で浮かされているようで、なんだか不思議な気分だった。

 聖燐学園でこんな普通の高校らしい雰囲気になるなんて、考えた事もなかった。


「ご機嫌よう、永野さん」


 ………………。


「あら、どうかなさいました?」


「……えっと、もしかして、華流院さん……?」


「えぇ、もちろんですわ」


 横合いから声をかけられて振り返った先に立っていたのは、華流院さんだった。

 しかし正直、最初は誰か分からなかった。


 かつては保護者かペットの戦闘民族の方だと思っていた彼女だが、あのパーティーでは少しふくよかなお嬢様に変わっていた。

 そして今、俺達の前に立っているのは、何故か普通の女子。

 ただ、相変わらずのドリルテイストは残っていた為にその正体を把握出来たのだが、あまりにもシルエットが違う。


 むしろ、ちょっとだけ可愛くなっているというのだ。

 これはもう、聖燐学園の七不思議があったら入れて良いんじゃないかというぐらいの変貌ぶりだと思うんだ。


「華流院さん、しばらく見ない間に痩せ……綺麗になったね……?」


「あら、永野さんったらお上手ですこと」


 お上手も何もねぇよ、とは言えない。

 ハッキリ言って他人にしか見えないって……。

 かろうじてドリルが彼女を物語ってくれなかったら、一体どうすれば良かったのやら。


「宝泉さんも、ご機嫌よう」


「おはようです、華流院さん」


「ん、お前ら知り合いだったのか?」


「えぇ。宝泉さんと私、同じクラスですの。永野さんこそ、宝泉さんとは一体どういう繋がりですの?」


「部活の後輩だよ」


「まぁ、そうでしたの。それより、聞きましたよ、永野さんの噂」


「あぁ……、だろうな」


「何でも、変な噂から女の子を庇って悪役を自ら買って出ていたそうではありませんか。さすがは永野さんですわ」


「……は?」


「逆恨みの噂から、自分は何もしていないのに否定もしないで女の子を守るなんて、そんな殿方はなかなかいませんわ。まったく、卓さんにも見習ってもらいたいものです」


「お、おい、何だよ、その噂」


「あら、否定なさらなくても結構ですのに。紳士ですわね。一年前からずっと一人の女の子の心を守ってきた男子なんて、まるでお伽話の騎士のようではありませんか」


 ――その後詳しく華流院さんに聞いてみると、彼女が語ったのは一年前の俺と長嶺さんの間に起こった話の真相だった。

 さすがに長嶺さんの名前は出ていなかったが……。


「――ですから、今回の暴力沙汰なんて与太話も、きっと誰かを庇っていらっしゃるのでしょう? 私達でお力になれる事がありましたら、いつでも仰ってくださいね」


 そんな言葉を告げて、華流院さんが歩いて行く。


 一体、何がどうなってるんだ……?



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