#002 青い感情
瑠衣と一緒に部室へとやって来た。
ここに来る途中から、俺はずっと考え事をしていた。
華流院さんに教えてもらった、俺に関する噂。
あれは確かに真実だ。
だが、一体どうして、どうやって、誰から漏れてしまったと言うのだろうか。
あの真相を知っているのは、少なくとも俺と長嶺さん。それに外野クン。
あとはウチのクラスの女子で、長嶺さんと俺の間に入ったバスケ部の女子である青宮ぐらいなものだろう。
もしかしたら、青宮や長嶺さん辺りから他の女子に伝わったのかもしれないが、彼女達がわざわざそんな話を広めるとも思えない。
こう言うのも何だが、彼女達の恥を晒すような真似になるだけで、俺にしかメリットがないのだ。
それを俺が言うなと言ってしまっているんだから、わざわざ噂する必要もない気がする。
「なぁ、瑠衣。お前も俺のその噂って聞いてたのか?」
「へ……? あ、えっと、ハイ。聞いてたですよ」
「マジか……。下手な真似したらアイツの耳に届いちまうし、もしそうなったらキツいと思うんだけどな……」
告白してフラれた、なんて知られて良いはずがない。
ましてや、一年間以上も黙っていたなんて思われたら、長嶺さんが何かを言われる可能性もあるだろう。
「……それは心配要らないと思うですよ」
「は?」
「あ、いや、その……。と、とにかく聖燐祭が始まるんですから、難しい話は後にする方が良いですよ!」
………………。
「おい瑠衣。お前一体何を隠してやがる」
「っ!? か、かか隠してなんかないですっ! 気のせいですよっ!」
「嘘つくんじゃねぇ。お前、嘘吐くの苦手なんだから、素直にゲロッちまえ」
「は、犯罪者扱いみたいな言い方しないで欲しいのです! し、知らないったら知らないのです!」
「……何してるの?」
瑠衣を問い詰めていた俺と、そんな俺から逃げる瑠衣に浴びせられた冷ややかな言葉。
その言葉の主は、部室へと顔を出した雪那であった。
なんだかずいぶんと久しぶりに顔を合わせたような気がする。
俺と三神のいざこざ以来、俺は雪那と会ってもいないし話してもいない。
その気まずさから俺が視線を外すと、雪那は何も言おうとはせずに部室の扉を後ろ手に閉めて俺の前へと一歩歩み寄った。
「……悠木クン。私に言うべきことがあるんじゃないかしら」
――今更な訳で、全部を知っているけれど。
そう言わんばかりの雪那の態度に、下手な言い訳が通用しない予感がする。
退路を探ろうとしていた俺が思考を巡らせていると、雪那が嘆息した。
「暴力沙汰。恐らく、三神クンが悠木クンにちょっかいを出したんでしょう? 大方その内容が私だったり他のみんなの中傷に走って、それに怒った悠木クンが激昂した、とか。
そんなところなんじゃないの?」
――ご明察です。
まさかそこまでハッキリと言い当てられると、さすがに俺もぐうの音も出ずに沈黙するしかなかったりする。
「……ごめんなさい」
「……え?」
「元はと言えば、彼が私に対しておかしな執着をしてきた事に私が苛立って言い返してしまったから、こんな事態を招いてしまったのよ。だから原因は私にあるわ」
「な……、何言ってんだよ。問題を起こしたのは俺だろうが……。
アイツがウチの部活の事とか、その、他の連中の事を馬鹿にしたような事言うから、ついその言葉にカッときて胸倉を掴んだのは俺で……」
「殴ったりしてしまったんでしょう?」
「そこまでしてねぇよ。胸倉掴んだ瞬間、周りに他の生徒が集まって……。ハメられちまったのは俺だ。結局、俺がバカだっただけだ。あんな安い挑発に乗っちまって、引っかかった俺を嘲笑う三神にも、何も言えなくて……」
だから雪那は関係ないんだ、と。
俺はそう言うつもりで、それでもうまく言えずに言葉に詰まる。
結局俺は、俺が勝手に苛立ってやってしまったんだと自覚している。
だから特に何を弁明するでもなく、噂を受け止めていた。
だから瑠衣に知られたり、雪那に知られたり。
他の『読書部』のメンバーに知られて、例えそれで俺の事を庇おうとされても、それは違う気さえしていた。
だから、自分で全部背負ってしまった方が、いっそ気楽だったりもする。
――結局は俺のワガママで、ただそれだけの事だ。
言葉に詰まった俺がふと雪那の顔を見ると、雪那がニヤリと口角をあげ、俯き加減であった顔をぱっと上げてみせた。
「瑠衣ちゃん、録音はどう?」
「バッチリなのですっ!」
サムズアップしてスマフォを片手に瑠衣が雪那に向かって答えた。
「いやー、これで真相の証言は取れたって訳だな」
「悠木クンが騙されるところなんて、なかなか見れないよねー」
「作戦は順調だねぇ」
唖然としている俺の耳に入ってきたのは、巧と篠ノ井、それに水琴の声だった。
三人はどうやら部室の奥にある本棚の向こう側に潜んでいたらしく、ニヤニヤとしながら姿を現した。
「お、お前らいたのかよ……」
「首尾はどう?」
「噂はすでに浸透しているっぽいです」
「風宮クン達は?」
「あぁ、問題ない。ここに全部入ってる」
雪那に振られて答える瑠衣。その次に、巧が自分のスマフォを見せて答えた。
一体何が起きているのか、さっぱり分からないまま俺はその成り行きを見ていた。
「じゃあ瑠衣ちゃん、今のその音声は美堂さんに送っておいて」
「了解なのです!」
「ゆっきー、私達の方ももうしっかり押さえてあるから、予定通り動けるよ」
「そう、予定通りね。期待しているわ」
「なぁ、一体何の話しをして――ッ!?」
トントン拍子に続いていく会話について行けず、声をあげた俺の腕を雪那が強引に引っ張った。
バランスを崩しかけながら振り返った俺の顔の目の前に、雪那の顔が近づけられた。
「――悠木クン。これはアナタだけの問題じゃない、私達『読書部』の戦いよ」
「な、何を……」
「アナタはただ見ているだけで良いわ。あとは全部、何もかも任せてちょうだい」
鼻をくすぐる独特な匂い。
そんな女の子らしい感触や匂いとは裏腹に、強い意志で支えられている射抜くかのような真っ直ぐな眼を俺に向けて、雪那は俺に告げた。
「何をするつもりなんだ……?」
「決まっているわ。反撃よ」
事も無げに、雪那ははっきりとそう言った。
相変わらず唖然としていた俺を置いて、雪那が瑠衣や水琴、篠ノ井達と話し始める。
そんな中、巧が俺の近くにきて、肘で俺を小突いた。
「みんな、お前の事をこのまま放っておけないんだってさ。それに、俺もそれは一緒だ。やり返してやるから、見てろよな」
巧の言葉に、俺はここに来てようやく事態を理解した。
具体的に、何をするかなんてさっぱり分からないけれど、みんなが俺の為にどうにかしようとしてくれているんだ、と。
何だか酷く気恥ずかしい気分で、俺はむず痒い感情を抑えて笑いながら、巧を見る。
「まったく、お前ってヤツは……――」
笑ってみせた巧の肩に、俺はポンと手を置いた。
「――その思いやりや気遣いを、少しは他に生かせよな」
「っ!? なんか思ってた反応と違うんだけどっ!」
巧のカッコ良さげなセリフをそのまま受け入れるのだけは、何故か許せなかった。
◆ ◆ ◆
開場時間。
閉じられていた仮設の門から来場者が増えると同時に、学園内のお祭りムードは膨れ上がった。
過去にこういった、まさにお祭りと言わんばかりの催しを行った事がない聖燐学園の文化祭は、言うなれば発表会のようなものであったと言える。
その為、他校の生徒達が学園に入るような事はなく、その規模は今回に比べて小さなものであったと言える。
お嬢様学園として名高く、憧れの聖燐学園。
その門戸が開かれたこの聖燐祭を記念に、一目でも学園の中を見てみたいという中学生の女子や、他校に進学していた女子生徒が客には多かった。
一方で、やはりまだ女子の花園といった印象もある為、男性客には『招待券』を配る必要があり、それがなければ門前払いを受けるというシステムになってしまっている。
生徒会室の窓辺に立ったレイカは、外の大通りを行き交う人々の姿を見ながら、その辺りの男性に対する規制解消は来年以降になるだろう、と思考を巡らせながら、その賑わいを遠巻きに見つめていた。
そんなレイカの後ろにあるテーブルの上で、彼女のスマフォが鳴動した。
早速とばかりにそのメールを受け取ったレイカは、添付されていた音声ファイルを早速確認する。
――雪那に騙され、悠木がついに真相を口にしている。
その内容を聞いたレイカは、悠木は今頃唖然としているのだろうと思いながらくすりと口角をあげ、早速そのファイルを生徒会の他のメンバーに向けて転送した。
しばし待ってみると、すぐに送った相手からの着信があった。
「もしもし」
《会長、お疲れ様です。音声ファイル、受け取りました》
「ごめんなさいね、今日になってしまって」
《いえ、問題ありません。朝一なら余裕です》
頼もしい返事を聞いてレイカは小さく笑う。
雪那達『読書部』に頼まれ、レイカは今回、生徒会として力を貸す事にしたのだ。
僅か一週間。
そんな短い期間で片付けなければならないというのは確かに骨が折れる。
だが、そんな短い期間でも強引に下準備を行う事が出来た。
それには当然、レイカが生徒会の会長であるという立場もあるが、何より大きかったのは、協力的な教師の存在――三和だ。
雪那達『読書部』と生徒会。
それに三和と複数名の教師によって密かに進められた準備。
その仕上げとなるのが、「悠木の声による本物の証言」であった。
「それにしても、まさか当日の朝になるなんて、ね」
《あはは……、確かに危険でしたね。やっぱり真実を告げているのかいないのかで、結果は変わってしまうと思いますしね……》
仕上げの材料となる悠木の証言。
雪那が必ずそれを録ると言った以上疑ってはいなかったが、よもや当日の朝になるとは思ってもいなかった、というのが彼女らの本音であった。
「少し忙しくなってしまうけど、お願いね。それと、現状でのそっちの経過はどう?」
《問題ありません。こちらも予定通りですよ》
「さすがにインパクトもあった訳だし、名前も知れているのだから、まぁそうなるでしょうね。安心したわ」
《……しかし、良いのでしょうか?》
電話越しの声が不安げに呟いた。
その言外に告げられた危惧について、レイカはふっと再び小さく笑って答える。
「こんな事、当たり前に行われている事だわ。心配しなくても良いわ、許可だってもらっているんですもの」
《ですが……――》
「――騙しているようで釈然としない、かしら?」
《……ッ、はい……》
レイカに言わんとしている言葉を告げられ、電話越しの声の主が返事を返した。
その青いとも取れる電話越しの言葉を前に、レイカは目を閉じて言葉を選んだ。
「……これは騙しなんかじゃないわ。純然たる結果、よ。
今はまだ納得出来ないかもしれないけれど、社会に出たらこういった裏工作と言えば聞こえは悪いけれど、結果を得るべく多少の手を打つというのも当然になるわ。
それに、今回の場合は私達は何も不正はしていない。それだけは事実なのだから」
《……そう、ですね……。すみません、おかしな事を言って》
「良いのよ。それじゃあ、後はお願いね」
通話を切ったレイカは気疲れしたかのように溜息を吐いた。
聖燐学園の生徒というのは、所謂箱入り娘が多い。
社会の現実や仄暗さであったり、厳しさや汚さであったりを受け止めるには、まだまだ青い。
その青さはいずれ徐々に失われていくものだ。
レイカはそう感じている。
(……まぁ、私も人の事をそう評する事が出来る程、大人でもないのだけど……)
思い返すのは数日前の雪那との会話だ。
三和の思惑に踊らされるというのがどうにも気に入らない、という自分の青さを思い出し、バツが悪そうに苦笑を浮かべ、再び窓の外へと眼を向けた。
刻一刻と近づく、大きなサプライズ。
そんな物を胸の内に秘めているような、そんな感覚に浮かれてしまわぬように自分を律してはいるものの、ついついその光景を早く見たいと思ってしまうのもまた事実である。
「……ホントに、私もまだまだ子供なのかしらね……」
舞台は整った。
あとはその時間が訪れるのを待つだけであった。




