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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第二部 二章 『日和祭り』
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#004 興味

 華流院家のパーティーから帰宅した俺と雪那。

 一縷の望みを賭けた、寮の入り口から部屋までの最後のイベントチャンス。


「雪那、大丈夫か?」

「えぇ、もうすっかり」


 ………………。


「……あ、あの、悠木くん? 何故かは分からないのだけれど、どうしてそんなにガッカリな空気を放ってるのかしら……!」

「気のせいだ。気のせいなんだ……」


 意外と立て直しが早いな、雪那さんや……。

 俺の描いたプチハプニング的な、そういう美味しい展開があるのかと……まぁ、思ってなかったりもするんだよな、これが。

 俺は巧のような主人公体質じゃないし。


「……ねぇ、悠木くん。美堂さんと仲良かったみたいだけど、いつ知り合ったの?」

「いつも何も、あの会場で外に出てたろ、俺。あそこでバッタリ会って、少し話しただけだぞ」

「……少し、ね。少しだけで、あんな風に名前を呼び捨てになったりするのかしらね」


 名前で呼び捨て……あぁ、そういえばそうだったな。

 少し前の俺ならば感涙してもおかしくない、名前呼びしてくれる女子だったんだよな、美堂さんは。

 てっきり、外国人的なノリならそれが普通なのかと思っていたが。

 あの妙に馴れ馴れしい海外の通販とか、そういうイメージだったりするんだが。だいたいが、「これがあれば、大丈夫!」みたいなパターンになるアレだ。

 最近見ないけど。


「ほう、つまり雪那は俺が呼び捨てにされた事に嫉妬したと――」

「いいえ、美堂さんはともかく、別に悠木くんが名前で呼んでいるとか訳じゃないもの。嫉妬する理由なんて特にないわ」


 ……あれ、俺が想像していた反応と違う。

 つまりあれか? 俺まで名前で呼んだりしていたら、雪那は嫉妬するに値すると考えていたのか?


「まぁいいわ。とにかく悠木くん。今日はありがとう」

「あぁ、気にすんなよ」

「えぇ。それじゃあね」


 雪那が部屋へと戻って行く姿を見送って、俺は徐ろに近くにあった椅子を引っ張り出して腰を下ろした。


 …………イベントなんて、イベントなんて……ッ!




 華流院園美の誕生日パーティーへの参加から、二日後――八月九日、朝。

 夏休みはまだまだ続くが、すでに折り返しに近い場所にあるものなのだと考えると、なんとなく億劫になるのは気の所為ではない。


 そんな朝、俺は食堂コーヒーで目を覚まそうと優雅な一時を過ごしていた。


 うむ、コーヒーへの拘り――それはやはり豆だろう。

 まぁ俺はインスタント派だし、そもそも豆から美味しいコーヒーとか言われてもさっぱりなんだが。


「おはよう、悠木くん」

「おう……って、なんだ、もう行くのか?」


 優雅な朝を迎えていた俺に声をかけてきた雪那は、私服を詰め込んでいるらしいキャリーバッグを持って、向かい合う様に椅子に腰掛けた。

 今日から何やら実家で数日程過ごし、家族水入らずの時間を過ごす事になっているそうだ。

 まぁ、同じ町内だから遠出とは言えないレベルなのだが。


「えぇ、朝食を食べたら一度実家に荷物を置いて、そのまま両親と駅で合流。わざわざ荷物を取りに来るのも面倒だと思って」

「そっか。なんか大変そうだな」


 朝から動くとなると、いくら町内と言ってもハードスケジュールに思えるのは俺だけなのだろうか。雪那は俺の言葉に小首を傾げ、「これぐらい別になんともないけど」とさらりと告げてきた。


 俺の向かい側に荷物を置いたまま、雪那と俺の朝食が始まった。

 今日の朝食は、雪那も俺もグラノーラ。牛乳で柔らかくして食べるアレである。


「そういえば雪那。日和祭なんだけど、どうする? 現地集合でいいのか?」

「えぇ。日和祭の日まで向こうにいるから。それに、たまには待ち合わせとかもいいでしょ?」

「お、おう。じゃあ予定分かったら連絡くれよ」


 なんだろうな、この同棲しているカップルみたいな会話は。

 これは録音チャンスだったんじゃないだろうか。是非もう一度、今度は俺がスマホを準備してから言ってもらいたい。


 しかし……グラノーラ食べてると喋りにくいな。

 ばりぼりと言いながら食べるグラノーラは、食べながらだと相手の声が聞こえない。

 恐るべき骨伝導。ぼりぼりぼりぼりうるさい。

 お互いにそんな事を考えたらしく、必要最低限の会話だけで朝食を済ませる事になってしまった。


 食器を下げてから、雪那は再びこちらに戻ってきて荷物を手に取った。


「それじゃ、行ってくるわね」

「ん、おう。家族水入らずなんだから、たまには楽しんで来いよ」

「えぇ、ありがとう」


 皿を下げて、雪那が炎天下の下へと旅立っていった。


 ――それにしても、だ。

 今ではテレビでもコマーシャルで流れるメーカー『SAKURA』。

 大手化粧品メーカーとしては、老舗でありながら常に名の売れている場所もあるが、ここ最近で急激に人気を伸ばしているらしい、新進気鋭の化粧品ブランドである社長令嬢が、沙那姉と雪那だというのだから……実感なんて湧かないな。


 ただ、そんな立場である雪那は、よくよく考えてみれば二日前のパーティーに参加するのだって決しておかしくはない存在なんだよな。


 外野くんも含めると、俺だけ場違いだったって事か……?

 納得できぬ。

 何より外野くんがそういう立場だってのが解せぬ。


 相変わらずぼりぼり言いながらゆっくりと朝食を食べつつそんな事を考えていたら、今度は水琴がこっちにやってきた。


 どうやら水琴もグラノーラモーニングらしい。

 ばりぼり仲間が増えそうだ。


「おはよー、悠木くん」

「おやすみ、水琴」

「っ!? あ、はは、起きてたのバレたかなー?」

「まぁ、寝癖もないし寝起きのボーっと感もないし、そんなトコだろうとは思っていたが」

「いやぁ、バレバレだねぇ」


 相変わらず飄々としているな。


 しかし、ジャージにちょっと小さめのぴっちりシャツ。

 視線は当然、俺も健全たる男子としては美堂さんのアレと比べてしまう訳で。

 やはり夏はいいものだ。


「悠木くんよ。そういう視線って意外と女子から丸分かりなの、知ってた?」

「バカな……ッ! さ、さりげなく見る事に長けている俺のスキルを見破っているだと……!」


 …………。


「いや……、というか見てた事は隠さないんだね……」

「隠しようがなさそうだからな。諦めた」


 何より、衝撃の事実だったから普通に受け止めてしまった。

 しかしそうと分かれば、鋼鉄の意志でどうにか見ないように気をつけなくては、セクハラだなんだと騒がれてしまいかねないな。


 ……こうやって伏目がちに見てればバレないだろう。

 問題解決だ。


「そういえばたっくんとゆずっち、最近会ってないなぁ」

「たっくん? 巧のことか? と言うかお前、たくみんって呼んでなかったっけか」

「ん、本人がたくみんって呼ばれると引っこ抜かれる気がするって言うからねー」

「……投げられて戦うのか、アイツは……」


 シュールな歌を思い出してしまった。

 ゲームソフトのコマーシャルだったかな、あの隷属ソング。オブラートに包んで言えば、貢ぎ系戦士達の哀歌。


「でも、言われてみれば会ってないなー」

「でしょー」


 俺がアイツらに会ったのは、確かプールに行った日が最後だったか。

 あれからなんだかんだで連絡取ってなかったな。


 夏休みだもんなー。

 あの二人の間に、何かこう、イベント的な事とかあんのかなー。

 どうせ宿題やってないんだろうなー。


「あ、そうそう。悠木くん、今日暇?」

「暇か暇じゃないかって聞かれれば、昼寝すれば腰が痛くなって目が覚めるぐらいまで眠れそうなぐらい暇だ」

「それって暇の中でも最上級の暇具合だよ……! せめてゲームするとかすればいいのに……!」

「まぁ、特にやることは決めてなかったからな。宿題ももう終わったしな」


 ……。


「ゆ、悠木くん。私を助けると思って……って、ちょっとっ、目、目を逸らさないで……っ!」

「おいやめろ……! 俺は無条件に施しをくれてやる程甘くない……! というかその手を放せ……!」

「じゃ、じゃあ目を伏せて見た事に関しても許容してあげるから……!」

「バッ、お前、このっ、気付いてやがったのか……ッ! だがそれなら別に構わん! 見ないでいるぐらい、俺の鋼鉄の意志があれば耐えられる!」

「っ!? じゃ、じゃあ悠木くんの部屋に行く時はもう少し胸元が見えるような服を着るから……ッ!」


 …………。


「まったく。本当にまったく。おい水琴、あまり俺をバカにするなよ」

「き、効かない……!?」

「フッ、俺にそんな安い色仕掛けが通用するとでも? ――だがまぁ、まったく不本意ではあるが。そこまで譲歩するって言うなら吝かじゃない。俺は同じ部活の仲間に関しては基本的に甘いのかもしれないな。宿題ぐらいなら見せてやってもいい気がしてきた」


 ……………………。


「……ゆ、悠木くん……。私から条件を引き合いに出しておいてアレだけど……」

「おいやめろ、それ以上は言うな。取引を持ちかけてきたのはお前だぞ、水琴。前言撤回と罵りはお断りだッ」

「……どうしよう……ッ! いっそ潔くて罵りにくい……ッ! というか、意地張ってそこは拒否する所じゃ……ッ」

「目の前にチャンスがあれば飛び込んでいく。俺はそういう男で在りたい」

「その座右の銘みたいなの何ッ!? キメ顔で言う所じゃないよっ!?」


 思った以上に水琴のツッコミが激しい。

 このまま押し切ればちょっとは美味しい展開になるんじゃないだろうか。


「まぁ、ゆっきーに告げ口するけどねー」

「っ!?」


 美味しい展開さようなら。

 雪那にはそういう冗談が通じそうにないので、大人しく白旗を揚げる事にした。




 結局、水琴は昼過ぎまで眠り続け、普通のシャツ姿で俺の部屋に来た。

 ちくしょう、強く出れなくなってしまった。

 

「悠木くん」

「ん?」

「るーちゃんの事なんだけど、どう思う?」

「は?」


 あまりに突拍子もない質問が飛んで来たせいで、間抜けな顔をしてしまった。


「どうって何が?」

「悠木くん的にはるーちゃんに対してどういう感覚でいるの?」

「どういう感覚って、どういう意味だ?」

「ほら、可愛らしい子だなとか付き合いたいとか、そういう意味でさー」

「はー……?」


 俺にとっての瑠衣のイメージかぁ。

 というか、なんでこんな質問されてんだ、俺。


「それって答えなきゃいけないのか?」

「答えにくい事とかあるのかなー?」

「そんなんじゃねぇって。……うーん、瑠衣か。からかいやすい妹って感じかなぁ」

「妹?」

「あぁ、妹っぽいだろ、瑠衣って。素直っつーか従順っつーか」

「うーん、確かにねぇ」

「もしくは……犬」

「犬!?」


 尻尾振ってる雰囲気が犬っぽいんだが、いまいちピンと来ないのか。


「というかだな、何でそんな事聞いて来るんだ?」

「そりゃ、興味があるからだよ。キミに」

「は……?」


 水琴の一言で、時間が止まった――――。


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