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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三部 二章 聖燐祭――Ⅱ
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#003 ハズレと当たり

 あの後、雪那は実行委員の仕事に。

 巧と篠ノ井はデートに。

 水琴は何やら、何処かの出し物を手伝いに行くと言うので部室で別れた。


 開場時間を過ぎて、すでに学園内はだいぶ多くの来校者で溢れていた。

 さすがは屈指の元お嬢様学園と言うべきか、女性客が多い気がする。


「ひ、人混み凄いですね……」


「だなぁ……」


 これはあれだろうか。

 人混みを歩く時は両手を上に上げたりとかしてなくちゃいけないんだろうか、満員電車的に。


「ま、負けないです……!」


「お前は一体何と戦うつもりなんだ……」


 さっきから人混みを抜ける度に、小さい瑠衣は眼を回しかけているのだが。


 とりあえず色々な店を見て回ろうと話した訳だが、どうにも人の波が凄まじい。

 校舎内で出し物をしている店は喫茶店などが多いのだが、パンフレットを見る限り、ここがお嬢様学園なのだと実感させられる出し物がいくつかあったりもする。


「……なぁ、瑠衣。お前が行きたがってたのって、アレだよな?」


「……た、多分あれだと思うです……」


 俺達の視界の先には長蛇の列。

 ついでにその中からは、何やら黄色い悲鳴があがっている。


 パンフレットを見て俺はそのクラスの出し物を確認する。


 ――『カップ犬喫茶』。

 喫茶店形式になっている10卓に、一匹のカップサイズのプードルが鎮座しているという、癒やし空間だ。

 ちなみにこの犬達は、このクラスの女子生徒のペットだそうだ。


 本来あまり寿命が長くなく、病気にもなりやすい為、なかなか手を出しにくい犬ではあるが、そんな犬達を用意した喫茶店には何しろ女性客が殺到している。

 瑠衣も小さい女の子として、小さい動物に癒やされたいという性があったんだろう。

 大型犬じゃ瑠衣よりデカいからな。


「……なんだかすごく失礼なことを言われた気がするです」


「すまん、俺は正直者なんだ」


「それ謝ってるとはお世辞にも思えない言い方なのですよ!」


 最後尾に並びながら、俺と瑠衣はいつも通りのくだらないやり取りで話をしていた。


 しかし混んでいる。

 後回しにしようにも、昼時になったらもっと混むだろうと思われる為、早めに入りたいと瑠衣は言うが、俺にとっては場違い感がハンパじゃない。


 一応、滞在時間は30分と制限を設け、支払い金額――つまりは食事などを頼んだ場合は5分であったり10分であったりと加算するつもりだそうだが、10席ではやはり足りなさそうだ。

 何より、衆目に晒され続ける犬が可哀想だと思えてならない。


「なぁ、瑠衣。変なこと聞いても良いか?」


「……こまめに卓上のワンコは控えのワンコと入れ替えるらしいです」


「そうか」


 要するに犬のトイレやらどうするんだ、と言いたかったのだが、瑠衣は俺の疑問にしっかりと答えてくれた。

 それでも粗相があったりしたら、やはり生徒が急いで変えるんだろうか。


「悠木先輩、いい加減そっちの妄想から外れるべきだと思うですよ……」


「お、おう……」


 こいつ、俺の思考を読んでやがる。


 さすがに来場時間から間もない為か、せっかくの聖燐祭に来たばかりで長時間ギリギリまで滞在する客は少なかったらしく、俺達は長蛇の列の割りには早く店の中へと案内された。


「ふわぁぁ……」


 瑠衣が案内された席に着くなり、声を漏らした。


 わざわざ外から運び込んだのであろう円卓の中央には人工芝が置かれた柵が設けられ、その中にはカップ犬がうろうろとしている。

 やはり人がいっぱいいるせいか、何やら落ち着かないらしい。

 これじゃカップ犬ならぬただの小さな仔犬だ、と言いたくもなるが、それを言ったら店内の女性達から呪詛を吐かれそうな気がする。


 先程心配していたトイレについても、柵の隅っこに置かれた犬小屋らしき建物が置かれ、その中にペットシートが置かれている。

 さすがにお嬢様の飼い犬――つまりセレブ犬なだけあって躾けられているのか、粗相の心配はあまりなさそうだ。


 早速とばかりに俺達は犬を前に座り、メニュー表を見る。


「……チョコレートケーキ、か……」


 ………………。


「悠木先輩、もういい加減にしないと怒るですよ?」


「あぁ、うん。何でもないぞ」


 さっきまで眼を輝かせていた瑠衣に、本気のジト目で睨まれた。


「まぁ、その、なんだ。……カレーがなくて良かったな」


「死ねば良いです!」


 ガチで怒られた。


 結局、俺達は飲み物を飲みながら今日をどう過ごすかを話し合う事にした。

 しばらく瑠衣の機嫌があまり良くなかったが、その理由は語る必要もないだろう。











 カップ犬に癒やされた瑠衣を連れて、俺は学園の外――つまりは露店の方へとやって来ていた。

 お祭りさながらに続いている露店を見ながら瑠衣と一緒に歩いていると、なんだか日和祭りを思い出す。


「悠木先輩、さっきのお詫びに綿飴以外も買ってもらうですよ」


「へいへい」


 したり顔の瑠衣に返事を返す。

 さすがに俺も、さっきのはやり過ぎたとは思っている。

 が、瑠衣以外の女子が相手だったら、さすがに俺も言わなかったとは思う。


 何を奢ってもらおうかなー、と口ずさむように歩く瑠衣はやっぱり、妹のように見える。

 確かに可愛いが、恋愛とかそういう感情になれない対象、というべきだろうか。

 もしかしたら、巧も瑠衣に対しては俺と同じような感覚で接しているのかもしれない。


「悠木先輩、あれなんてどうです?」


「あれ?」


 瑠衣が指差したのは、たこ焼きを焼いてる屋台だった。

 焼きそばであったりたこ焼きであったりという定番もあるが、わざわざ学園祭で食べるかと言われれば首を傾げるものが多い。


「学園祭でたこ焼きなんてなぁ……」


「奢るですよ。ほら、行きましょー」


 まぁ瑠衣が食べたいならそれでも良いか。

 そんな事を考えながら、俺は瑠衣の後をついて歩いて行く。


「このロシアンたこ焼きとかいうのの3個セット1つくださーい」


「……は?」


 瑠衣の口から紡がれた言葉に、俺は思わずメニューを見つめた。

 そこにはロシアンたこ焼き、というものが確かにあった。

 何でもそこの中には、一つだけからしたっぷり入りのたこ焼きが入っているらしい。


「おい、瑠衣」


「あれれー? 悠木先輩、怖いんですかぁ?」


 …………。


「お前その安っぽい挑発やめとけ。なんていうか、似合わない」


「う、うるさいです! 勝負ですよ、悠木先輩! 逃げようとしたら3つとも口の中に押し込むです!」


「別に勝負するのは良いんだけどな、お前大丈夫なのか?」


「だ、大丈夫です!」


 どう見ても大丈夫そうにないんだが。

 とりあえず俺も追加で飲み物を頼んで、二人で露店の並ぶ通りから少し外れた道のベンチに腰掛けた。


 瑠衣の小さな膝の上に置かれた、3つのたこ焼き。

 この内の一つが恐ろしい事になっているのだが、瑠衣がさっきから真剣な目をしてその3つの差を見極めようとしている。


「どれにするんだ?」


「う……、も、もうちょっと待ってください……!」


 何でそんなに無理するんだ、と言いたい気分だが、瑠衣は瑠衣なりに楽しんでいるらしい。


「き、決めました! これで行きます!」


「お、先にいくか?」


「勝負を持ちかけたのは私ですから。それに、3分の1ならきっと……!」


 まぁ、確かにそれは言える。

 瑠衣は覚悟を決めて、早速選んだ一個を口に入れた。


「~~~~~ッ!」


「お、おい、吐きだせ! 無理に食うな!」


 結論から言えば、瑠衣は見事にハズレを引いた。

 顔を真っ赤にした瑠衣が目をぎゅっと閉じて、それでも首を振ってブンブンと首を左右に振る。


 飲み物を買っておいて良かった。

 瑠衣に手渡すと、流し込むようにお茶を口に入れてなんとか飲み込んだ。


「ぷは……っ、し、死ぬかと思ったです……!」


「お前なぁ……。無理に飲み込まなくても良かったんだぞ……」


「は、吐き出すなんて出来ないですし……。それに、悠木先輩だって自分がハズレだったら吐き出したりしないですよね」


「まぁ、そりゃ男だしな……」


「で、でもお茶の味がからし味です……。うえー……」


「……ぷふっ、くっくっく……」


 瑠衣のその仕草に、思わず笑ってしまう。

 そんな俺のリアクションに瑠衣が文句を言うかと思ったら、瑠衣は涙を溜めたままの目を少しだけ細めて、笑った。


「悠木先輩が笑ったの、久しぶりに見た気がするです」


「へ? そうか?」


「最近会ってなかったですし、今日の朝から困ったような顔はしてたけど、笑ってはなかったですよ」


「あー……、まぁ、な」


「だからアレです。さっきのからしたこ焼きも、私はハズレという当たりを引いたのです!」


「……何だよ、そりゃ」


 呆れたようなツッコミを入れた俺に、瑠衣が笑顔を向けた。

 どうやら、俺はまた瑠衣に心配をかけてしまっていたらしい。


「……お前、ホントに凄いな」


 なんだかんだで、瑠衣はよく見ているんだなと気付かされる。


 確かに俺は心のどこかで、今も俺と一緒にいたら瑠衣が周りから変な目で見られるんじゃないかって心配している。

 でも瑠衣は、俺がそういう心配をしているって気付いていたのかもしれない。


 肩肘の張った俺を笑わせて楽にしようとしてくれる。

 そんな瑠衣の優しさに、俺は瑠衣の言葉を聞いて初めて気付いた。


 敵わないな。

 コイツの底抜けの優しさは、やっぱり俺には眩し過ぎるぐらいだ。


「心配すんな。俺は元気だし、何か処罰を食らってもしょうがないと思ってる」


 こんな良い子を侮辱した三神を、むしろ今からでも本気で殴りに行ってやっても良いのかもしれない。

 むしろ退学になったりしたら、そうしてやろうと心に誓う。


「にっひっひ、でも悠木先輩はそんな処罰を受けるようにはならないですよ」


「どうだか。聖燐学園のこれまでの事を考えると、停学か、最悪は退学だってあり得るぞ」


「ううん、それは絶対にあり得ないです」


 堂々と、瑠衣が俺に向かって断言する。


「悠木先輩、行きましょう」


 瑠衣はそう言うと勢い良く立ち上がり、俺の顔をまっすぐ見つめた。


「綿飴買って、特設ステージへ」


「特設、ステージ?」


 何を言っているのか、それにその特設ステージとやらで、一体何が起きるのか。

 この時の俺には、想像もつかなかった。

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