赤を殺した者(8)
初老の官吏を眠らせることは容易い。赤を悠真の中に受け入れれば良いだけなのだから。術士と術士でない者の力の差は大きい。それは権力とは異なる力だ。先の下村登一の乱の時のように、人質を捕られたりしない限り、容易く負けたりしない。力の差は埋めがたいものだ。
僅かな赤い光が輝いた後、初老の官吏は弾き飛ばされた。
弾き飛ばされた初老の官吏は、壁にもたれかかって座るような形になっている。そして、黒の色神を覗き込んだ。
生きている。
悠真は黒の色神が息をしていることに安堵した。しかし、黒の色神の一色は、少しずつ、少しずつ弱まっている。それは、異形の者が暴走したためなのかもしれない。それでも、悠真は黒の色神の無事を信じていた。
「黒の色神」
悠真は黒の色神の身体を揺すった。何かが起こった。それは確かなことだ。
「大丈夫か?」
悠真は黒の色神の身体を揺すった。黒の色神の顔色は悪く、悠真の声に反応もない。まるで、抜け殻だ。空っぽの黒の色神は色を失い命を失う。その時は刻一刻と迫っている。
あわあわと狼狽する声に悠真は振り返った。そこには初老の官吏がいる。初老の官吏はまるで、失われた権威を取り戻そうとするように叫んだ。
「起きろ九朗!」
悠真は初老の官吏を見た。初老の官吏と下村登一が重なって、悠真の心に沸々と湧き上がるものがあった。けらけらと笑うのは、初老の官吏だ。
「あんた、何者だ?」
悠真は初老の官吏に歩み寄った。赤を自由に使える悠真の方が、初老の官吏より圧倒的に有利なのに、初老の官吏の威圧感が悠真を追い込んだ。年の功と表現するには言葉が足りない。術士は強大な力を持つ。その力を凌駕するものを初老の官吏は持っているというのだ。
「黙れ、小猿。術士と抜かしおって。どれほどの力があると思っておったら、わめくことしか知らぬ小猿め。お前に儂は倒せぬ」
初老の官吏は立ち上がり、悠真に迫った。
「儂は瑞江寿和。自力でのし上がった官吏よ。未熟な小猿術士よ。人は人を殺して強さを得る。儂はお前より強い。強いのじゃ」
迫るのは瑞江寿和という官吏。悠真の目に映ったのは、醜悪な一色だ。
色は力を持つ。
当然の事なのに、悠真は失念していた。瑞江寿和の醜悪な色は渦を巻き、悠真を飲み込もうとしていた。