赤を殺した者(7)
当然なことかもしれない。悠真は赤でない。悠真は全ての色であると同時に、何色でもないのだから。
悠真は立ち上がり、官吏を振り返った。すると、事情が分からないだろう初老の官吏は立ち尽くしていた。初老の官吏に赤の姿は見えない。赤の声は聞こえない。事情が分からずとも当然だ。悠真が初老の官吏の対応に困っているとき、初老の官吏の口があわあわと動いた。
直後、初老の官吏は駆け出した。
「待て!」
咄嗟に追ったのは初老の男に違和感を覚えたからだ。初老の男の一色は、悠真が思わず吐き気を覚えるような一色だったからだ。長年の積み重ねにより、濁った色は表現しがたい色となっていたのだ。
黒ではない。白でもない。赤でもない。悠真が避けたくなるような色をしていたのだ。
(黒の色神)
悠真は心の中で黒の色神を思った。悠真が行って何が出来るのかは分からない。しかし、悠真は行かなくてはならない。行かなくてはならないのに、悠真は初老の官吏を追っていた。
初老の官吏は走るのが速いわけではない。しかし、初老の官吏は官府のことを熟知していた。熟知しているからこそ、走る速さの調整が絶妙で、みるみる抜けていくのだ。
「待て!」
悠真は叫んだ。
待てと呼ばれて、待つ者がいるはずがない。
そして初老の官吏は一つの部屋に駆け込んだ。
黒。
黒。
黒。
悠真は初老の官吏が部屋の戸を開いた瞬間、黒を感じた。そして、部屋の中を見て納得した。
(黒の色神)
部屋の畳の上に、一人の男が倒れていた。濃厚で澄んだ黒が部屋に満たされている。黒の着物を纏った男は、濃厚で澄んだ黒を持っていた。この黒を悠真は感じたことがある。団子屋で、薬師の小屋で、この黒を悠真は感じていた。
「おい、九朗!」
初老の官吏は黒の色神の身体を叩いた。
「おい、九朗!起きんか!何のためにお前を連れてきたと思っているんだ!」
初老の官吏は黒の色神の身体を揺すり続けている。起きるはずがない。黒の色神の一色が弱っているのが証拠だ。赤の色神である紅の一色は鮮烈な赤色だ。火の国のどの術士よりも強い色を持っている。黒の色神も色神だ。色神の色がそんなに弱いはずがない。
「九朗!」
叫ぶ初老の官吏。悠真はそっと紅の石に手を伸ばした。