赤を殺した者(4)
初老の官吏が戦うつもりがないことを信じて、悠真は赤星に駆け寄った。傷ついた赤星は力ない。悠真は信じられなかった。初老の官吏に殴られて、赤星がこれほどまでに動けなくなるとは思っていなかったからだ。赤星の頭を抱き上げると、悠真は抱きしめた。
「星」
悠真は赤星を呼んだ。赤星はうっすらと目を開いた。
赤。
赤。
赤。
直後、悠真は赤に包まれた。
――まったく、手がかかる。術士だと明かしやがって。お前、俺の石も持ってるんだよ。
赤星の声が赤の光の中で聞こえた。
――俺を捨てていけ。死ぬなよ。
赤の光の中で聞いた赤星の声。赤の光が消えると、そこには瓦礫をもって初老の男が倒れていた。赤星は目を閉じている。息も荒い。
「赤星?」
悠真は赤星の名を呼んだ。赤星は返事をしない。
「星?」
再び呼び、赤星の身体を揺すった。しかし、赤星は動かない。赤星の持つ一色が翳り始めた。赤星が弱っているのは事実で、このままでは赤星の命が消えることが、悠真は直感で分かった。
なぜ、赤星の命が消えようとしているのか、悠真には皆目検討がつかない。赤星は犬であっても、その命は必要なものだ。紅のために、赤影のために、火の国のために、彼は命を落として良い犬ではない。生きて、紅を守る存在だ。
「星」
悠真は赤星を揺すった。それでも、何も出来ない。
「赤星」
悠真は思わず赤星の首を抱きしめた。濡れた犬の独特の匂いがする。
――俺を捨てていけ。
赤星の言葉が悠真の肩を叩いた。それでも、悠真は何も出来ない。
――死ぬなよ。
赤星は犬だ。団子屋で悠真を守り、官府で悠真を守った。赤星は既に悠真にとって、仲間であった。只の犬でない。赤星は悠真の心の中に陣取っているのだ。