赤を殺した者(1)
悠真は官府の中を歩いていた。どこまで続くのか分からない階段を上り続けていた。途中、物が散乱した部屋を覗きながら、悠真は先へ進んだ。行き先は赤星が知っている。
官府内部で物が散乱しているのは、異形の者が暴れたからだろう。異形の者の濃厚な黒が、官府の上に続いていた。
「赤星、どこまで上るの?」
悠真は赤星に尋ねた。
「どこまでって、どういうことだ?」
赤星が悠真に笑いながら問い返した。どこまで進むのかも分からない。どこに行くのかも分からない。本当に、黒の色神の身体があるのだろうか。そんな疑問さえ湧いてくる。
「進め、悠真。何も迷うな」
赤星は言った。赤星の呼吸は荒い。最初は赤星が悠真を引っ張っていたのに、今は赤星と悠真は一緒に歩いていた。赤星の歩く速さは心なしか遅くなっていた。
「黒の色神の身体にたどり着いてどうするの?」
悠真は赤星に尋ねた。尋ねることしか出来なかった。何をすれば良いのか和からない。それはいつものことで、悠真は何をすれば良いのか、何が正解なのか、何も分からないのだ。悠真は、赤星なら何でも知っていると思っていたのだ。赤星は強くて、決して迷わない。するべきことも知っていて、迷うこともない。そう思っていたのだ。すると、赤星は苦笑した。
「さあな」
それが何を意味するのか。悠真は力尽きて膝を折った。黒の色神の身体にたどり着いても、何も出来ない。どうすれば、異形の者の暴走が止まるのか分からないのなら、火の国に未来はない。
「立て、悠真」
赤星が振り返り、悠真を諭した。それでも、悠真は動くことが出来なかった。
「もう、疲れたんだ」
思わず呟いたその言葉は、正直な気持ちだ。悠真は酷く疲れていたのだ。他の術士が必死になって戦っているのに、紅が火の国の未来を思い官府に進入しているのに、悠真は疲れていたのだ。
「立て、悠真」
赤星は再度、悠真に言った。その声は凛と響いた。
「でも、結局……」
悠真は弱っていた。疲れが悠真を弱くして、走り出す気力もない。このまま、誰かが助けてくれるのを待っていたい気持ちだった。
「ごちゃごちゃ、悪態をつくんじゃねえ。立て、小猿。立て、小猿。ここで諦めるな。お前も術士だろ。最後まで、立て。俺がいなくても、一人で動けるようにな」
赤星は言い捨てた。そのあまりの迫力に、悠真は萎縮してしまった。見た目は犬でしかない。言葉を話していても、その容姿は犬だ。なのに、悠真はその強さに萎縮してしまったのだ。まるで、都南に威圧されているような気持ちだった。赤星の一色が強く輝き、悠真を飲み込もうとしていた。赤星の身体は、濡れた犬の独特の匂いがした。その匂いは、幼いころ、近所にいた犬の匂いに似ていて、どこか悠真を安心させた。
「立て」
再度赤星が言ったときには、悠真は立ち上がっていた。
「分かったよ、赤星」
決して犬に威圧されたわけではない。悠真は己に言い聞かせていた。赤星はどこか笑っていた。
――犬なのに
悠真は思った。しかし、赤星の強さは本物で、赤星が悠真よりも人生の先輩であることは真実なのだ。